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 馬籠宿旧中山道43番目の宿場で,家は69軒,うち本陣1軒,脇本陣1軒,旅籠18軒で人口は717人でした。 1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の火災により古い町並みは石畳と枡形以外はすべて消失していて,現在の姿は復元されたものです。
 宿場自体がかなりの急坂にあるので,登りが大変ですが,ここは昔の宿場というよりもテーマパークのようなところで,いつも観光バスで多くの観光客でにぎわっています。このブログは観光案内ではないので,馬籠宿についてはこのくらいにします。

 馬籠宿から妻籠宿までの街道歩きで実は一番しんどいのが,この馬籠宿の登り坂だったりするのですが,登りきった展望台からは恵那山を美しく見ることができました。
 今はもう,日本ではどこに行っても満足な星空など見ることができないと知ってしまった私ですが,昔は,このあたりまでくれば満天の星空が見られるのではないかとずいぶんと地図で探したことがあります。そのときの候補になったのがこの恵那山でした。結局登ったことはないのですが,恵那山は眺望を楽しむというよりは登山行程を楽しむ山で,標高2,191メートルの美嚢最高峰の山ということです。
 また,旧中山道を描いた浮世絵の「木曽街道六十九次」は「東海道五十三次」とは異なり,渓斎英泉(けいさいえいせん)と歌川広重の合作で,この馬籠宿は渓斎英泉が描いた馬籠峠です。

 恵那山を見ながら旧中山道を歩いていきます。馬籠宿から妻籠宿までの街道歩きもまた,歩く人が多い観光地で,そのためにきちんと整備されています。
 クマが出るみたいで,クマよけ大きな鐘が街道の多くの場所にかけられていて,これをゴ~ンと鳴らすようになっていました。それにしても,こんなにたくさんの人が歩ていてはクマも出てこないでしょうけれど。
 この日も多くの人が歩いていましたが,その外国人が目立ちました。どこから来たのか聞いてみるとフランス人がほとんどでした。馬籠宿も,このあと到着する妻籠宿も,宿場の中を歩いているのは中国人が多いけれど,宿場と宿場を結ぶ街道歩きを楽しんでいるのはヨーロッパ人が多いのです。
 アメリカでもそうですが,海外ではトレイルが完備されているところが多いので,それと同じつもりであるいているのでしょう。私は以前,どうして人が多く気候も蒸し暑い日本なんかに外国からわざわざやってくるのか不思議だったのですが,それは結局,西洋にない摩訶不思議なもの見たさだということがわかってきました。

 そんなこんなで,ときどき自動車道路をまたぎながら整備された旧道を歩ていくと,ほどなく馬籠峠に到着しました。馬籠峠は南木曽町と中津川市の境をなす峠で標高は790メートルです。峠の御頭の碑があり眼前に東濃の平野が広がっていました。左手には恵那山も見えます。
 さて,ここからはずっと下り坂です。