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6月4日,第91期ヒューリック杯棋聖戦挑戦者決定戦で藤井聡太七段が勝利し,最年少タイトル挑戦者となりました。
対戦相手の永瀬拓矢二冠はバナナを主食とする(?)藤井聡太七段の兄貴分のような棋士です。公式戦初対戦,私は藤井聡太七段に勝ち目がないのでは,と思っていました。
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藤井聡太七段の越えなければならない壁となっていた棋士が4人いました。それは,豊島将之竜王名人,そして,斎藤慎太郎八段,菅井竜也八段,永瀬拓矢二冠です。
斎藤慎太郎八段と菅井竜也八段にはこのところ連勝して克服しました。依然,豊島将之竜王名人には公式戦での勝利がありません。また,永瀬拓矢二冠とは対局がありませんでした。
永瀬拓矢二冠は強敵です。今回のヒューリック杯棋聖戦に続いて,おそらく,王位戦の挑戦者決定戦も対局相手は永瀬拓矢二冠になると思われるので,悪くするとともに敗戦,ということもありえるなあ,と思っていました。
対局は永瀬拓矢二冠の先手で相掛りになりました。これは実は藤井聡太七段の最も勝率の悪い戦法なのです(そのことを知っている棋士もあまりいないみたいですが…)。この戦法に誘導したこと自体,私は永瀬拓矢二冠が藤井聡太七段を知り尽くしている証だと思いました。
私は,少しの期待と,敗れたときにがっかりしないようにと戒めながら,いつものように,ABEMAと将棋実況中継を観戦していました。私はこのごろ,藤井聡太七段がまれに負けると何もかもが嫌になり将棋など二度も見たくなくなり絶望的な気持ちになるので辛いのです。困った話です。
この対局は途中まで僅差で藤井聡太七段の分が悪い状況が続いていました。この差が逆転したのが永瀬拓矢二冠が大長考の末指した55手目です。
しかし,私は,そうした結果よりも,この対局で55手目を大長考する永瀬拓矢二冠と,そして,自分の手番でないにもかかわらず,一緒に局面を読みふける藤井聡太七段の姿に感動しました。この長考時間68分の間,ABEMAで流れていた映像の迫力のあること! これには涙が出てきました。
今は,このようなシーンを映像で見られるというのもすごいことなのですが,その間,お互い全くスキがなく,まるで格闘技のような雰囲気を感じました。ここまで人は没頭できるものなのか,と思いました。
結果的に,この大長考で指された1手がよくなく,将棋は逆転しました。
藤井七段の脅威の終盤力が亡霊となって,勝負どころで放つ藤井聡太七段のぎりぎりの攻めの1手に対して,相手は攻めればいいところで受けたり,あるいは,読みを外そうとして考えすぎの疑問手を指すのです。そして,その瞬間から,なぜか局面はまったく違う姿を見せはじめ,藤井聡太七段のこれまで死んでいたような駒までがきらきらと躍動しはじめ,相手方の駒が凍り付いたように働きがなくなる,という妙なことを,これまで何度見たことでしょうか。
この将棋もまた同じでした。
しかし私は,この68分を見ることができたことで,すっかり酔いしれました。そして,永瀬拓矢という青年棋士のファンになりました。ふたりの年齢差は10歳,少し離れていますが,永瀬・藤井の対局は,昔の大山・升田,米長・中原,そして,羽生・森内に続く,この先,将棋界を何十年も湧かせ,語り継がれるものとなることでしょう。
この将棋は難解すぎて,解説の棋士も解説に困り,AIの評価値も揺れ動くというすごい内容でした。私には,この最高の対局の深い内容はわからずとも,すごいものだということだけはわかる程度の棋力があってよかったと思いました。いいものを見ました。泣けました。