しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場を制覇し,南天・皆既日食・オーロラの3大願望を達成した不良老人の日記

カテゴリ:アメリカ合衆国旅行LIVE > LIVE・2014春

結局のところ,友人は,私がそのホテルに着いたという連絡があってから,家を出て,ホテルに来ました。サンアントニオは,漢字の「井」の字のようにインターステイツが走るその真ん中がダダウンタウンで,さらに,その外側に環状にインターステイツが走っています。そして,郊外に向かって,北西にインターステイツ10,北に国道281,北東にインターステイツ35が伸びていて,人口も,そうした道路の並びも,きわめて名古屋に似ています。違いは,道路の車線が多く,車の数も比べ物にならないこと,そして,町自体が広いということです。
私は,インターステイツ10をサンアントニオに向かって戻ってきて,途中で環状道であるインターステイツ410に乗り換えて少しだけ東に走り,国道281と交わったところの北東に空港があるので,その辺りで,インターチェンジを降りて,ホテルに行きました。簡単にホテルは見つかりました。
ところが,友人は,住んでいるにも関わらず,GPS(カーナビ)任せなものだから,迷ってしまい,なかなかホテルに来ることができませんでした。

このホテル,スーパー8・アントニオエアポート(SUPER8 Antonio Airport)は,きわめてきれいなホテルで,部屋も豪華でしたけれど,なぜかエレベータがなくて,私の部屋が2階だったものだから,カバンを持って階段を2階に上がらなければならなかったのが,何かチグハグデした。
フロントの隣には朝食を食べることができるようになっていました。
私は,このホテルに2泊しました。

最終日,一番心配していた早朝の出発便には,朝早く起きすぎてしまったために,逆に大変でしたが,レンタカーを返却するために,ハーツまで行き,そこで,シャトルバスに乗って,無事に空港に行くことができました。
早朝だというのに,けっこう混み合っていて,自動チェックインののち,バッグを預ける長い列ができていました。
  ・・
こうして,今回の旅も,さまざまなホテルに泊まって,旅をすることができました。
旅の初日と最終日は,やはり,空港の近くの比較的高級なホテルに宿泊するのがいいと思いますが,あとは,流れに任せて,小さな町のモーテルに泊まって,人との出会いやその町の空気に触れて旅をすることが,アメリカを旅する醍醐味だと,今回も改めて思いました。

DSCN1869 DSCN1877 DSCN1878

ジャンクションから早朝のインターステイツ10を走って,10時ころにサンアントニオに戻りました。
ここでも,サンアントニオの友人に振りまわされました。私は、帰国便の出発時間が朝7時10分ととんでもなく早い,つまり,空港にはその2時間前に到着する必要があったので,出発前に最終日のホテルを空港の近くに予約しておいたのですが,現地に着いたときに,私が朝空港まで送るから,私の家の近くのホテルに泊まるといいから,予約したホテルをキャンセルするといい,と言いました。予約してあったホテルはキャンセル自由だったので,それを聞いて早速ホテルの予約をキャンセルしてしまったのですが,その後の行動や時間のルーズさを考えても,任せておいて,帰国の朝,無事に私を時間に送れずに空港まで送ってくれるとは思えませんでした。
そこで,朝早くで送るのは大変だろうからという話をして,もう一度,空港の近くに,はじめに予約したホテルとは別のホテルをエクスペディアで予約したのでした。

それ以降,さらにいろいろとあって,結局,もう1日,そのホテルの予約をして,結局,最後に2泊を同じホテルですごすことになりました。エクスペディアでは,すでに予約したホテルの宿泊日数だけを増やすといった操作が出来ず(私ができなかっただけかも),連泊であるにもかかわらず,別の予約を入れるということにはなったのですが,まったく同じ料金(約9,000円)でこのホテルを予約したのでした。
ホテルは,本当に空港の目の前で,空港に接したレンタカー会社ハーツの営業所までは車でわずか数分のところの,スーパー8・アントニオエアポート(SUPER8 Antonio Airport)でした。

私は,この日,朝10時にこのホテルに着くからそこで待っていて,というメールをその友人に送って,了解の返事ももらってました。私は,ジャンクションの町から,インターステイツ10をそのまま戻らず,途中,バンデラという素敵な町を経由して午前10時ぎりぎりにホテルに到着しました。借りた車にはカーナビがなくて,レンタカー会社でもらった小さな地図だけを頼りに走ってきたのですが,土地勘がさえて,ホテルを見つけることができました。
ホテルは,新しくきれいなところでした。ところが,時間に間に合うように急いで戻ったのに,やはり,友人は,この日も時間通りに来ませんでした。
フロントに行って,今晩予約をしてあるのだけれど,チェックインできるかと聞くと,余分に料金が必要だということでした。これも,ホテルによって違っていて,何の問題もなくチェックインできることもあります。
そこで,フロントで wifi が繋がるかと聞くと,パスワードを教えてくれたのですが,パスワードはホテルの電話番号,それをホテルのスタッフが「フォーンナンバー」と早口で言ったので聞き取れず,困っていたら,ちょうど降りてきた宿泊客が小声で「テレフォーンナンバー」と教えてくれました。
そこで,友人と連絡を取ることができたというわけでした。

DSCN1645DSCN1647DSCN1649

「サンバレー・モーテル」のあったジャンクションという町は,インターステイツ10のインターチェンジを南に下りて国道377を走っていくとその道沿いに町があって,公園があったり,小さな飛行場もある,すごしやすそうな町でした。インターチェンジを降りたところには,広場があって,キャンピングカーがキャンプをしていました。
サンアントニオまで,車で2時間程度のところなので,便利なところなのでしょう。
道路沿いに数件のモーテルがありました。泊まっている車の数を見ても,どこもさほど混雑した様子もなくて,閑散としていました。私が泊まったモーテルも,典型的な田舎のモーテルで,コの字型に部屋が並んでいて,それぞれの部屋の前に車を停めて,それぞれの部屋は外から入ります。アメリカをのんびりと旅するには,こうしたモーテルに宿泊するのがいいと思います。
全国チェーンのホテルにも、田舎に行くとモーテルとさほど違いがないところも多いのですが,やはり,こうした個人経営のモーテルのほうがなにか旅情があります。

外から見たときには,なかなか飛び込みで入るのには抵抗があったり,部屋の様子がわからなかったりと不安もあるのですが,実際に経験してみると,どこもさほどの違いはありません。たいてい,夜になるとフロントは空になって,朝になると,フロントにスタッフが来るというようなところが多いです。
この「サンバレー・モーテル」も、朝食を取ろうと早朝,フロントに行ってみたのですが,まだ,施錠がしてありました。6時過ぎになると,フロントに明かりがともったので,中に入ってみると,朝食の用意ができていました。トーストにコーヒー,ジュースといったどこも同じな朝食でしたが,このモーテルは,そういったものも手抜きがなくて,非常に気持ちが良いところでした。

朝食を取っていると、私よりも少し歳をとった2人のガイが現れました。大きなオートバイに乗って旅をしているライダーでした。
「お前,昨日,町のレストランにいただろう」と話しかけられて,それを糸口に話が弾みました。こうしたことも,こういうモーテルに泊まって旅をする楽しみです。
食事を済ませて,早々にジャンクションを出発して、サンアントニオに戻りました。
途中.日の出がきれいでした。

DSCN1591 DSCN1595 DSCN1614

結局,4日のドライブで,この旅に出発する前に行きたかったニューメキシコ州の主だったところに行くことができました。残念だったのは,アルバカーキーに行かれなかったことだけでした。当初は,ホワイトサンズ国定公園やカールスバッド洞穴群国立公園に行って,その後,ロズウェル,サンタフェとまわり,アルバカーキーでレンタカーを乗り捨てて国内線でサンアントニオに戻ろうと思っていました。これだけの距離を往復するのはむちゃくちゃだと思っていたからでした。
だから,出発前に,そういったことを連絡したのだけれど,それはもったいない,私が運転するから帰りも車で,とサンアントニオの友人が言ったので,そうすることをやめたのでした。何か月も前に予約すれば,国内線の料金もそれほど高くなかったように記憶しています。ところが,その友人は,都合が悪くなったので,ニューメキシコ州には行けなくなったと突然言い出だしたのです。日本では,これをドタキャンと言います。アメリカ人は一般にその日暮らしなので,そのことを悪かったとも思わないし,実際,悪気もないし,でも,結果的に梯子を外された私は,自力でこの長距離を戻るしかなくなったわけです。
一応,現地でアルバカーキーからサンアントニオの国内線を調べてみたのですが,片道の航空券が10万円もするのでした。また,アルバカーキーからの航空便は,アルバカーキーとダラス間がほとんどでした。それでは,ダラスからサンアントニオまでがまた大変な移動になります。
それならそれで,と,エルパソまで遠回りをしてサンアントニオに帰ることにしました。
そして,エルパソからサンアントニオに帰るときは,サンアントニオからニューメキシコ州に向かったときに考えたように,直接サンアントニオには帰らず,サンアントニオまで車で2時間ほどのところにあるジャンクションという小さな町のモーテルに泊まることにしました。

以前,このブログに書いたように,私は,アメリカの小さな町に滞在して,のんびりと旅をするのが夢でした。今回,このようにして,のんびりとはいかなかったけれど,小さな町に滞在するという夢は実現しました。
そんなわけで,前日,エクスペディアで探したのが,宿泊代わずか3,000円足らずのサンバレー・モーテル(SUNVALLEY MOTEL)でした。
結果的に,そのモーテルに宿泊したことが,今回の旅で最も印象に残っていることなのでした。
モーテルは,インド人が経営していました。ここは,ほんとうに,個人経営のモーテルでした。2年前にノースダコタ州へ行ったときにその日に宿を探して泊まった州都ビスマルクの隣町マンダンのモーテルと同様でした。
小さく,けっして新しくもなく,きっと,こういう旅をしたことのない人なら戸惑う様なところでしたが,よく見るときめ細かく補修されていて,私には,好感が持てました。

DSCN1594DSCN1539DSCN1588

カールスバッド洞穴群国立公園でどのくらい滞在できるか,そして,そのあと,ホワイトサンズ国定公園までどのくらいの時間で移動できるかわからなかったので,1日で両方の公園に行くことができる場合とホワイトサンズ国定公園には翌日に行く場合を想定して,次の日は,ホワイトサンズ国定公園の近くのアラモゴードという町に泊まることにしました。
アラモゴードで泊まったのはデイズイン・アラモゴード(Days Inn Alamogordo)でした。値段は約7,000円。昨日泊まったカールスバッドのコンチネンタルインに比べれは,値段も安く,遥かにきれいでよいホテルでした。ただし,私は,このホテルに関しては,ほとんど記憶がないのです。

というのは,結局,カールスバッド洞穴群国立公園は午前中に見学を終えて,そのあと,カールスバッドとロズウェルの途中のアテージアという町まで延々と来た道国道285を引き返して,やっとそこを左折して国道82を西へ,さらに3時間くらいひたすらまっすぐな道を走って,やがて,民家が見えてきて,リンゴ畑,スキー場と通り過ぎて,峠のトンネルを抜けると,眼下にアラモゴードの町が見えてきて… というように,この間の移動距離が半端なものではなかったわけです。
しかし,ロズウェルからサンタフェまでの何もない道,というのものではなくて,先ほど書いたように,やがて,民家が見えてきてからというものは,一大リゾート地帯で,なにか,昨年の秋に行った九州の久住連峰のような感じで,日本を走っているような気がしました。
アラモゴールドという町は,やたらとだだっ広く,道もだだっ広くて,ダウンタウンはバイパス化した国道70の1本東の国道54に沿って存在していました。そこには多くのホテルやら,レストランがありました。

結局,私は,国道70を走っていたものだからダウンタウンを通り過ぎてしまい,その広い広いだだっ広い国道70を走り続けてそのまま走ると,ホワイトサンズ国定公園に着いてしまうのだけど,とりあえず,アラモゴールドに予約したホテルの場所だけは明るいうちに知っておこうと引き返して,ちょうどダウンタウンの中央あたりに簡単にホテルを見つけることができたので安心して,そのままチックインをしないで,ホワイトサンズ国定公園に行ったのでした。
そして,ホワイトサンズ国定公園ではサンセット・ストールとよばれる夕暮れのホワイトサンズを歩くツアーに参加してしまったものだから,帰りは夜の8時過ぎに,真っ暗な国道70をアラモゴールドのダウンタウン目指して戻る羽目になりました。
ホテルに着いたのは,夜の9時頃,フロントにいたのは,たしか,インド人のようなおじさんで,早速チェックインして,そのまま近くのデニーズに行って食事をして,戻って寝て,そして,次の日は,朝早くチェックアウトをしてしまったというわけなのです。
だから,このホテルには,ただ,寝たという記憶しか存在しないわけです。
  ・・
ところで,アラモゴードって,どういう町か知っていますか? 原子爆弾の最初の試験場だったところです。いまでも,ミサイルの発射試験場があって,実際に発射実験をするときは,ホワイトサンズの公開が中止になります。

DSCN1348DSCN1346DSCN1340DSCN1336

ということで,4日目は,ロズウェルに泊まりました。
ロズウェルの町は,こじんまりとしていて,とてもよい所でした。町については,また,旅行記で書きたいと思います。ここでは,ホテルの続きです。
  ・・

次の日は,サンタフェに行ったのですが,4日という猶予しかなかったことと,せっかく来たのだから,無理を承知で,なんとかカールスバッド洞穴群国立公園とホワイトサンズ国定公園へ行こうと思いました。そこで,サンタフェへ午前中に行って,折り返して,ロズウェルを過ぎて,さらに南下して,翌日の朝カールスバッド洞穴群国立公園を見学するために,5日目はなるべくその近くに宿泊することにしました。
カールスバッド洞穴群国立公園の入口にホワイツシティという小さな町があって,そこに数件のホテルがあると「地球の歩き方」の「アメリカの国立公園」に書いてありました。また,そこから車で10分ほどのところにあるカールスバッドという町にもホテルがあるとありました。エクスペディアで調べてみると,ホワイツシティのホテルは登録されておらず,カールスバッドにも数件のホテルが登録されているのみでしたので,気は進まなかったけれどカールスバッドのコンチネンタル・イン&スウィーツ(Continental Inn&Suites)というホテルを予約しました。

ホテルは,思ったよりも広いカールスバッドの町はずれの古くてあまりきれいでないところでした。2階の角の部屋で,出入りは外からでした。フロントが道路際にあって,朝は,コーヒーと袋に入った菓子パンがいくつか用意されていました。
はじめ,部屋に入って,wifi がつながるという話でパスワードを入れても接続せず,がっかりして,そのまま夕食を食べるために,カールスバッドの広い2車線道路をダウンタウンの方へ車を走らせていくと,ベストウェスタン・スティーブンスイン(BEST WESTERN STEVENS INN )という立派なホテルがあって,そのホテルにレストランがあった(ホテルにレストランが併設されているのはめずらしい)ので,レスランで wifi 使えるかと聞くとパスワードを教えれくれたので,そのレストランで夕食を取りながら,その次の日のホテルの予約やブログの更新をしました。日本に帰って改めて調べてみると,「地球の歩き方」には,このホテルの宿泊代は8,000円程度と書いてあったので,びっくりしました。

泊まっているホテルに帰ってみると,部屋の中で,快適に wifi がつながったので,また,びっくりしました。
この町には,エクスペディアの検索で見つからなかったホテルがたくさんあって,それらがすべて満室だったかどうかは定かではなかったのですが,私の泊まったホテルが,値段(9,000円程度)の割に大したところでなかったので,ちょっと後悔しました。
まあ,寝るだけだし,結局,wifiもつなかったので,問題はなかったのですけれども。
ともかく,朝,カールスバッド洞穴群国立公園のビジターセンターが開く午前8時に間に合うように,そうそうにチェックアウトをしました。
カールスバッド洞穴群国立公園の入口には,これが町かいな,と思われるほど小さなホワイツシティという一角があって,たしかに,ホテルが2,3軒ありました。立派なホテルでした。カールスバッドとホワイツシティのホテルについては,もっとしっかり調べてみると,安価で快適なホテルがあると思います。

DSCN0918DSCN0919DSCN0922DSCN0910

4泊目は予約もしないままホテルを探すことになりました。
3泊目に泊まったホテルを早朝に出発して,タクシーでダウンタウンに戻り,ダウンタウンのマリアットホテルのフロントにあったハーツの営業所でレンタカーを借りました。
そして,レンタカーでニューメキシコ州を目指して走り出したのですが,何せ,どこまで行くことができるかさえ,定かでありませんでした。
出発前の予定では,7日間でニューメキシコ州を観光することにしていたのですが,アントニオ在住の友人が,もう一度サンアントニオに戻ってこいと言うし,それも,話が毎回異なって,ふりまわされる始末で,本当に困りました。このことは,また,後日,書くことになると思います。
私としては,サンアントニオよりもニューメキシコ州に行きたくて出かけた旅であり,1日でも多くニューメキシコ州の旅がしたかったのが正直な気持ちでした。
ともかく,4日間,ニューメキシコ州を周遊することにしましたが,どこまで行けるか,また,ニューメキシコ州がどういったところか,全くわかりませんでした。まあ,わからないからこその旅です。
そこで,この日は走れるだけ走って,午後6時に着いたところに宿泊することにしました。

800キロメートル以上は走ったでしょうか,サンアントニオからインターステイツ10をどんどん西北西に向かい,フォートストックトン(Fort Stockton)で国道285に下りて,さらに北北西に進んで,ロズウェル(Roswell)に着いたころに午後6時になりました。朝10時から8時間走ったことになります。
国道285は,フォートストックトンからしばらくは片側1車線だったのですが,やがて,片側2車線になって,インターステイツと変わらない道路になったので,助かりました。ただし,インターステイツと違って,道が市街地に入ると速度が落ちます。
ロズウェルは人口約45,000人,メインストリート沿いにダウンタウンがあって,きわめてわかりやすい町でした。アメリカでは,このくらいの町が一番快適です。町の出入り口あたりにホテル街があることは経験上わかるので,しばらくロズウェルの市街地を走って,町の中心を過ぎ,さらにしばらくすると,何軒かのホテルがあったので,適当に,ベストウェスタン・サリーポート・イン&スィーツ(BEST WESTERN Sally Port Inn & Suites)というホテルの駐車場に車を停めて,フロントで部屋があるかを聞いて,宿泊することにしました。
部屋は,スウィートルームで,広く,でも,結構古いホテルでした。できた当初はかなり立派なホテルであったことがうかがわれました。
ホテルの部屋はロの字型に配置されていて,中央に大きなプールがありました。フロントの前には広いロビーがあって,反対側は朝食が食べられる食堂でした。
1泊約9,000円でしたが,この広い部屋は寝るだけの私には少しもったいない気がしました。

ホテルに到着して,夕食を食べにダウンタウンに行ったのですが,実は,テキサス州からニューメキシコ州入ると時差が変わって,まだ,午後5時だったことは,この時は知りませんでした。
だから,この先まで行くことは可能だったのですが,これは,次の日にわかったことなのですが,ロズウェルからサンタフェを目指してニューメキシコ州を北上して行くと,全く町が存在せず,200キロ先に,人口500人ばかりのボーン(Vaughn),その先には,人口90人のエンシノ(Encino)という町が存在するだけでした。確かにボーンという町にはモーテルが存在しましたが,エンシノはガソリンスタンドさえなくて,まさにゴーストタウンでした。
このように,アメリカを旅行するときは,次の町が近くにあるかどうかを知っていないととんでもないことになります。

DSCN0729DSCN0711DSCN0733DSCN0737DSCN0727


Encino

3日目は,行く前にホテルが予約してありませんでした。行く前は,この日からレンタカーを借りる予定だったからです。
また,後日,旅行記に書こうと思っていますが,今回の旅は,いろいろと予定が変わることが多くて,こんなことなら,3日目ももう1日,同じホテルに泊まることが一番よかったというのが結論でした。
しかし,アメリカは,春休み,しかも,月曜日がセントパトリックデーの休日ということで,もう1泊できるかと尋ねても満室で,ダウンタウン内に予約のできるホテルは皆無でした。日本で,この連泊したホテルの予約をしたときに,通常はキャンセルができるのにこのホテルではキャンセル不可だったというのももっともなことです。
ここは強気で商売ができるわけです。
資本主義国アメリカでは,商売ができれば,極端な強気の価格設定になります。以前にも書いたように,たとえば,飲み物食べ物持ち込み禁止の野球場内では,ペットボトルの水さえ,250円という値段になります。

1,2日目に宿泊したホテルから歩いて2分ほどのホテルにロビーにハーツの営業所がありました。当初の予定を変更して翌日の朝9時にその営業所でレンタカーを借りることになっていたので,ぜひ,ダウンタウンのホテルにもう1泊したかったのですが,それができないので,なるべくダウンタウンの近くにホテルを探して,次の日の朝,タクシーでダウンタウンに戻ることが得策だと思い,予定を変更する原因となった友人にホテルを探してもらいました。
そうして見つけてもらったのが,ベストウェスタンプラス・ポサダアナイン・メディカルセンター(BEST WESTERN PLUS Posada Ana Inn Medical Center)でした。
場所は,サンアントニオからインターステイツ10に乗って車で20分。車で20分というのは,アメリカだと40キロ弱ということになります。

このホテルの横にバス停があって,ダウンタウンまで1時間で行くことができるということでした。こういうのは珍しい例で,普通は車がないとどうにもならないのですが,アメリカでは,このように,都会からは30分程度離れた郊外にホテルが林立したところがあって(それを見つけるのがコツ),そうしたところには,きれいで快適で安価なホテルが利用できます。
このホテルも,ダウンタウンなら30,000円はするのでしょうが,宿泊代は9,000円程度で朝食付き,しかも,朝食はきわめて豪華でした。
もちろん wifi も完備していて,パスワードで保護されていて,しかも,テレビもチャンネルがしっかりと設定されていてチャンネルの一覧表もありました。

ホテルのフロントの女性が若くすてきだったのがさらに高感度アップでした(これは余計な話かな)。
チェックインの際,予約の日にちを1日違えていて,予約リストになかったので少しびっくりしましたが,ちゃんと空き部屋があって,この日に宿泊することができました。
ということで,3泊目はこの安価なデラックスなホテルに宿泊しました。翌日の朝,フロントでタクシーを呼んでもらって,ダウンタウンに戻り,レンタカーを借りましたが,タクシー代は約2,000円。宿泊代と合わせても,ダウンタウンに泊まるよりも得かもしれません。

DSCN0584DSCN0578DSCN0571DSCN0585

2014年春のアメリカ旅行から帰って,1週間以上が過ぎました。旅慣れた人ならともかく,アメリカを個人旅行した経験のない人には知りたい話題だと思うので,ここで,「2014アメリカ旅行LIVE・番外編」として,今回の旅で宿泊したホテルについて書いてみます。
  ・・

アメリカには,「DAYS INN」とか「BEST WESTERN」とか「SUPER8」とか,そういう名の全国チェーンのホテルがたくさんあります。それらのチェーンも少しずつランクに差があったり,都会と郊外ではずいぶんと設備に差があったりするのですが,ともかく,車なら,そういったホテルのたくさんある場所を見つけて,その日の夕方にそのうちのどこかのホテルで「フロントで部屋はありますか」といって入れば,まず,宿泊することができます。したがって,日本から出かけて,レンタカーを借りていろんなところを周るのなら,ホテルの予約をする必要はまずありません。
また,特に,田舎町では,全国チェーンのホテルでなく,個人経営のモーテルがあって,そういったところでは,看板の下に空きありなしが表示されているので,空きがあるモーテルに行けば,宿泊することができます。
私も以前はそのようにしてホテルを見つけては旅をしていました。
問題は,ホテルのたくさんある場所が見つからないとき,そして,その町に夜遅く着いてしまったときに不安なことです。
少し前は,マクドナルドなどの店内にホテルの情報がいっぱい掲載されたパンフレットが置いてあって,そこには割引券がついていて,それを頼りにホテルを探したものですが,今は,インターネットにとってかわりました。

そこで,この頃は,私は,インターネットの「エクスペディア」か「ブッキングコム」というサイトで翌日のホテルを検索して,予約をするようにしています。
今回泊まった9泊のうちの6泊はそのようにして予約をしました。はじめの2泊は,出発する前に「エクスペディア」で予約をしました。ロズウェルでの1泊だけは,当日の夕刻,その場で探しました。
ホテルを探すコツは,とにかく,まず,場所です。
とくに,比較的大きな都会だと,場所を間違えると,どうにも不便です。特に,車がないときは,そこへ行く方法があるかということが大問題になります。また,車があれば,郊外のほうが,ずっと宿泊代は安価です。
そうして,念入りに場所を決めたら,私は,とにかく,値段の安い順に検索して,そのホテルに特に問題がなければ,一番安いホテルを予約します。それで,困ったことも,失敗したこともありません。
とにかく,寝るだけなのですから。
しかし,現地に住んでいる人に聞いても,女性はそういう旅行はしない,といいますから,これは,男の特権なのでしょうね。

では,今回宿泊したホテルについて,順に書いていきます。
まず,1日目と2日目はサンアントニオのダウンタウンにあったリバーウォーク・デイズイン・サンアントニオ(Alamo Riverwalk Days Inn, San Antonio)に連泊しました。このホテルは,全く期待していませんでした。値段は日本円で一泊12,000くらいで,割高でしたが,場所だけで選びました。サンアントニオの名所アラモの砦から徒歩2分なので,ここなら,空港から公共交通機関で行くことができること,そして,3日目の朝レンタカーを借りるハーツの営業所までも歩いて行けるという点が決め手になりました。
各部屋の入口は外に面していて,駐車は宿泊者のみ可,部屋はベッドとバストイレという普通のもの,そして,フロントで朝食がとれました。郊外なら4,000円程度のホテルです。
私は,グーグルアースなどで見た感じは,このホテルのある場所はもっと殺伐としたところに思えたのですが,完全に都会の真ん中でした。
車がなく,サンアントニオに行くときは,ぜひどうぞ。近くには,マリアットホテルなど,高級ホテルもたくさんあります。また,歩いて1分で,デニーズもあるし,リバーウォークもすぐ近くです。

DSCN0254DSCN0253DSCN0248

いよいよ帰国します。
今回,はじめて春にアメリカに来ましたが,ここテキサス州は夏は暑すぎるので,よい選択だったかもしれません。
アメリカは本当に貧富の差が大きくて,金持ちはものすごい家に住んでいるし,平日だろうと,どこも混んでいるし,道路の広さやら車の多さやらスピードの速さやら桁違いです。
日本で走れもしないのに高い車を買ったりウサギ小屋のような小さな家を買ったりするために遅くまで働いているのとは全く異なる世界です。
アメリカ人は我先に人をかき分けて生きている感じでもないし,他人のことに気を使っている感じでもないし,でも,譲り合いというのは日常だし,だけど,明らかに価値観の根本はお金だし,本当にどんどんわからなくなってきました。
しかしまあ,こうしてこの国のことを知ってくると,それはそれで生きてゆくのに大変なところです。
日本の若い女の子が将来は英語を使った仕事がしたいと言いますが,そう簡単なことかいな,と思ってしまいます。でも,ひとりの旅行者としてこの国に存在していれば,人は親切だし,とてもよいところなのです。それに楽しいことがたくさんあります。
アメリカは来るたびにどんどん変わっています。今は,みんな iPhone を持っていて,ほとんどのことをこれひとつでやっています。知り合った途端に facebook に登録します。ホテルはエクスペディアで簡単に予約できるし,飛行機のチェックインもネットでできます。wifi もいろんな場所で繋がります。
今の日本人に不足しているのは,こうした時代を突き進む革新性と既成の概念を超える想像性なのでしょう。昔から同じですが。 飛行機の中では,「ゼログラビティ」も「42」も「ネブラスカ」も見ることができたので,こちらに来る前に映画館に行く必要もなかったなあと思いました。

2014-03-23-00-58-37 2014-03-23-00-59-33 2014-03-23-00-58-48 2014-03-23-01-10-22 2014-03-23-00-34-49

明日は帰国するだけだけなので,実質,観光には最後の1日になりました。
この2日泊まっているのは,目の前がサンアントニオ空港のスーパー8というホテルです。値段の割りにかなり立派です。
今回の旅では,タコベルというファーストフード店とソニックというテイクアウト専門店を初体験しました。日本に進出しても流行りそうでありません。文化の違いはおもしろいものです。考えてみれば,マクドナルドが日本で成功したほうが奇跡のように思われます。
サンアントニオという街へ行きたかったわけでなく,以前イエローストーンナショナルパークに行ったときに偶然知り合ったひとりの女性がここに住んでいて,遊びに来ないかというので,本当は行きたかったニューメキシコ州へ行くついでにとやって来たのが今回の旅でした。このブログで友人と書いているのは,この女性のことです。
これは国民性なのか個人の問題なのか,その女性の時間のルーズさには参りました。しかし,私だけの旅行では行くことができなかったことや,できなかったことを経験できたのは収穫でした。
今日は,サンアントニオ郊外のリンドンジョンソンステイツパークへ行きました。ここは,ジョンソン大統領の生誕の地であり,終焉の地であり,お墓のある地です。広大な敷地に多くの歴史的な見所があって,非常に満足しました。
夜は,友人の家族のファミリーパーティに,モンゴリアンレストランへ連れて行ってもらいました。なんだか日本にいるみたいでした。
これで今回の旅のスケジュールは終了です。明日の早朝,帰国の飛行機に乗ります。

2014-03-21-00-22-06 2014-03-22-11-30-15 2014-03-21-02-01-34 2014-03-22-03-50-55 2014-03-22-04-33-34 2014-03-22-05-07-33 2014-03-22-05-58-48 2014-03-22-09-20-19 2014-03-22-10-03-11 2014-03-22-09-42-09

長いドライブ,結局,3,000キロメートル以上走って,サンアントニオまで戻ってきました。とてもよい天気です。
昨日は,エルパソからの途中で検問にあって,ちょっと緊張しました。こういうときに,ジャパニーズという人畜無害な国民は得です。地球の歩き方にも書いてあったので,心の準備はできていたのですが,ここはメキシコ国境の近くなのでこういう検問が行われているのだそうです。
今日は昨晩泊まったジャンクションという町を出て,途中でカーボーイが今も住んでいるというバンデラという街に立ち寄って,サンアントニオに着きました
。 行ったのは,ジャパニーズガーデンと植物園。そして最後に,ザ・グリルというゴージャスなレストランでテキサスステーキの夕食。すばらしい1日になりました。
テキサス州というところも極めて治安のよいところなのですが,なぜか私には,とげとげしさを感じるところです。何か街全体がストリクトリーなんですね。
実は,ニューメキシコ州に行く前にこの街を案内してもらった友人の車に乗せてもらっていたとき,友人がポリスに停止を命じられました(私が捕まったわけではないのですが)。その理由というのが、ブレーキランプの片側一方が切れているということだったのです。ちょっと日本ではあり得ない話です。そして,文句があるなら裁判所に出頭しろとかいうやりとりをしていました。
すごいんですよ,ポリスが降りて来るまで車の中でじっとしていなくてはいけないんです。本で読んで知ってはいましたが,他人事ながらいい経験をしました。
これを書きながらテレビを見ていたら、今,ザ・トゥナイトショーにビリージョエルが出てきました。かと思えば,チェルシークリントンが次のゲストじゃないですか。別の番組にはビルゲイツも出ているし,ここは本当にアメリカなんだなと実感しました。

2014-03-21-00-22-26 2014-03-21-04-25-56 2014-03-21-04-02-05 2014-03-21-07-01-27 2014-03-21-08-01-14 2014-03-21-08-13-20 2014-03-21-13-29-49 2014-03-21-13-16-12

今日はサンアントニオに戻る移動日です。
毎日,明日の予定を立ててホテルを予約しながら旅をしてきましたが,ついにニューメキシコ州の端まで来てしまったので,後はひたすら東に向かって走って戻らなければなりません。
それにしても,どこでも wifi が繋がるので便利になりました。
ニューメキシコ州は想像以上のところでした。ただし,来るのがすごく大変です。日本からの航空便は乗り換えをしてもよい便がないし,私のようにサンアントニオから旅をすると,すごい距離を走らなければなりません。すでに2,600キロメートル走破しました。
ということで,ここからサンアントニオまではあと800キロメートル。テキサスのインターステイツは制限速度80マイル,つまり,128キロメートルなので,1日で戻れるのですが,それもつまらないので,エルパソで国境を見学してから,サンアントニオまであと2時間ほどの途中のジャンクションという小さな町に泊まることにしました。
エルパソでは高台の展望台から国境とメキシコが見渡せるのですが,ガスっていて,メキシコ国内にはためく巨大な国旗しかわかりませんでした。しかし,リオグランデ川に沿った道路に出てみると川にかかった橋を歩いて渡ってくるメキシコ人の姿が見られてそれは生々しいものでした。日本人も歩いて渡ることができるのだそうですが,メキシコ側は極めて治安の悪いところなのだそうです。
ジャンクションで泊まったインド人の経営するモーテルは一泊3,000円,チープなんだけど,テレビのチャンネルもしっかりあっているし,朝食もちゃんとしているし,よく眠れたし,はじめに泊まったサンアントニオのダウンタウンのホテルの4分の1の値段の割にこのモーテルの方がずっとマシでした。この小さな町は,メインストリートが1本あるだけ。町には学校からスーパーマーケット,教会,ガンショップ,そして葬儀場までひと通りなんでもひとつずつあるという極めて興味深いところでした。せっかくなので,地元の人が行くレストランで夕食を取りました。
町には公園があったので行って見たのですが,それがまたバカっぴろいというか,想像を絶しました。
私はアメリカで暮したことがないので,こういうことが観光以上に楽しいのでした。

2014-03-20-00-39-18 2014-03-20-00-39-26 2014-03-20-08-54-45 2014-03-20-09-31-11 2014-03-20-09-13-16 2014-03-20-09-13-12 2014-03-20-09-53-54 2014-03-20-09-51-44

今日は,自然を満喫した1日でした。
まずは,カールズバッドの町から20分ほどのところにあるカールズバッド洞穴群国立公園へ行きました。ここは要するに鍾乳洞です。長さは180キロメートル,深さは489メートルで,日本の秋吉洞が,長さ10キロメートルであることを考えるととんでもない大きさであることがわかるでしょう。夏になるとここから無数のコウモリが飛び立つのだそうです。
次に行ったのがホワイトサンズ国定公園でした。カールズバッドから車で4時間かかりました。ここは琵琶湖よりも広い区域が全面純白の砂に覆われているところで,夕景はまさに絶品でした。行ったことはないのですが,きっと,サハラ砂漠も色だけは違いますがこういう感じなんだろうと思いました。
それにしても両方ともスケールが違いすぎます。しかも,行くのが大変すぎます。本当に来てよかったと思いました。
ここは地球上なのかしらとしみじみ思いました。

画像1 画像1 画像1 画像1 画像1 画像1

今日は,ロズウェルから片道3時間のドライブでサンタフェまで往復してきました。 今晩は,ロズウェルをさらに100キロメートル南下して,カールズバッドという街のモーテルにいます。 ロズウェルからサンタフェへの道がすごいのなんのって,360度地平線の見える何もないところに道路だけがまっすぐに伸びていて圧巻でした。昨日,ロズウェルに来るまでの道もすごかったけれどそれをはるかに凌いでいました。それも3時間ずっとです。町もボーンというのともうひとつ小さな町(ほとんどゴーストタウンだった)があっただけでそれ以外は家の1軒もありませんでした。 しかも,行きは早朝で,左手には沈む月,右手には昇る太陽,前と後ろはまっすぐな道だけというとんでもない風景でした。こんな景色は絶対に日本では見られません。 石油採掘の井戸が,まるで大平原に生息するツルの群れのように見えました。 そのうちに,風景は高原の原野に変わると,忽然と,アドビ建築の住居が現れました。 サンタフェは,宮沢りえさんの写真集で有名なところですね。彼女はこのサンタフェのどこで撮影したのでしょうか? 想像と違って,ここは日本の高山みたいな観光地でした。 今晩のモーテルは古くてはじめネットに繋がらなくて,近くの別のホテルに行って,次の日のホテルの予約やらブロクを書いていたのですが,戻ってみるとやたら快調に繋がるようになっていました。 今日はものすごく風の強い日で,車が飛ばされそうになりました。翼をつければ,本当に飛びそうでした。今日は,ロズウェルから片道3時間のドライブでサンタフェまで往復してきました。 今晩は,ロズウェルをさらに100キロメートル南下して,カールズバッドという街のモーテルにいます。

画像1 画像1 画像1 画像1 2014-03-18-01-31-02 2014-03-18-01-05-48 2014-03-18-01-37-50

それにしても,なんと広いのでしょう。
友人と離れ,車で,ニューメキシコ州のロズウェルまで,やっと,たどり着きました。900キロメートルくらい走りました。
サンタフェまではあと350キロメートルです。
テキサス州の大平原は一面荒野が広がって,いたるところで石油を掘っていました。
ここロズウェルはテレビドラマにもなったUFO で有名なところです。また,私には今から18年前に知人の娘さんがここの高校に留学していたことでも印象が深いところです。
まさか,私がロズウェルに来るとは,不思議な気持ちがします。
ロズウェルに来て,町を歩いていたら,なんとも言えない清々しさとワクワク感が蘇って来ました。そうそう,私がはじめてアメリカに来たころに感じた気持ちです。胸がいっぱいになって,幸せな気もちになりました。
やはり,この国の良さは都会ではなくこうした広々としたところにあります。

画像1 画像1 画像1 画像1

昨日行ったジャーマンタウンには,日本の100円ショップのようなお店もあったのですが,売っているものは日本と全く同じなのに値段が3倍もしました。それをこちらの人は,安いといっているのが不思議でした。
郊外の広いところなのにアパートに住んでいる人もいて,家賃が30万円もするらしいのですが,その理由は,バーやらトレーニングジムやらが併設されていて,リゾートホテルと同じなのだからだそうです。
この国は,日本と全く違っていて,来れば来るほどわからなくなってきました。
サンアントニオはアラモ砦で有名ですが,近郊に,四つのカトリックのミッションがあって,それぞれすばららしいところです。
今日は,こうしたミッション巡りをしました。日本のガイドブックには載っていないので,このすばらしさが味わえたのはよかったです。ただ,テキサス州の歴史を知らないのが残念でした。
そして最後にアラモの砦に行ったのですが,アラモの砦だけはものすごい人混みでした。
リバーウォークといって,サンアントニオには,ダウンタウンに小川が流れていてその川に沿ってショッピング街やらレストランがあります。京都の高瀬川沿いみたいなものです。週末でもあって,しかも来週の月曜日はセントパトリックデイの休日とか,ダウンタウンはものすごい人でした。車なんか渋滞で動きませんでした。
まあ,アメリカは本当にどんな都会もすごい人混みです。
私には,田舎がいいなあ。

画像1 画像1 画像1 画像1

今日はサンアントニオから80マイルほど北西に行ったフレデリックスバーグというジャーマンタウンへ連れて行ってもらいました。
街全体がアウトレットモールのようなところで,多くの人が楽しんでいました。どうしてこんなに都会から離れたところにこれだけの人が集まるのか不思議です。
昨年の夏に行ったボストンの近郊もそうですが,アメリカには,こうしたショッピングを目的としただけの郊外の街があります。ただ,男の私にはさほど興味がわかないのですが,多くのカップルや家族連れで賑わっていました。やはり,この国では誰も働いていないのかもしてません。
この街にはなぜか,太平洋戦争に関する博物館があって,広い館内の様々な展示には考えさせられるものがたくさんありました。日本では学校で紙の上での知識ばかりですが,こうした生々しい展示が実際に見られて,しかも,多くの人が訪れているのがこの国の真面目さとそれとやはり戦勝国の誇りかな? を感じました。
その後で,ジャムの食べ比べをして,帰りはワイナリーでワインの飲み比べもしました。
食べたり飲んだり,これでは太るはずです。それでも,夕食は,お寿司を食べました。日本のお寿司と同じでしたがわさびは別だてでした。味噌汁付きだったのですが,白味噌,スプーンがついていたのが不思議でした。
明日は,ダウンタウンを散策することにしています。

画像1 画像1 画像1 画像1 画像1

現地時間の13日午後4時過ぎ,サンアントニオの空港に着きました。デトロイトとはうって変わって過ごしやすい爽やかな気候です。
友人と出会ってプエルトリコ料理をご馳走になりました。日本人にはミドルネームがないと言ったら、私にホセという名をつけてくれました。
明日は,サンアントニオ郊外のフレデリックスバーグというジャーマンタウンへ行って,明後日はサンアントニオの市内見物に連れて行ってくれるということです。
サンアントニオもやはり,思っていたよりずっと広く美しい街でした。これからの旅,不確定要素が多いのですが,明日からが楽しみです。

画像1 画像1 画像1

今日から23日まで9泊11日,アメリカを旅行します。そこで,今回も今日から帰国するまで2014アメリカ旅行記をLIVEで書きます。現地の wifi 状況によっては,更新できないことがあるかもしれませんができる限りその日にあったことを書いていきたいと思っています。
出発するまでいろいろありましたが,いきさつはまた後で書くことにして,ともかく,日本を出国してデトロイトに着きました。これから乗り換えて,テキサス州のサンアントニオに向かいます。
今年の冬,アメリカは異常気象で極端に寒い冬でした。デトロイトの空港から一面の銀世界が見えます。気温は未だマイナス10度だそうです。空港内にいるときは影響ないのですが,飛行機に乗るときに搭乗口から一瞬外気に触れるので,そのときに,この寒さを感じました。
ところで,デトロイトの待合室でもフリーの wifi がつながるようになっていました。

画像1 画像1

このページのトップヘ