【Summary】
After visiting Kyoto Ryozen Gokoku Shrine, I went to Nishi Hongan-ji to see Hiuun-kaku, one of Kyoto’s three famed pavilions alongside Kinkaku and Ginkaku. Built in the Momoyama style and linked to Toyotomi Hideyoshi, its asymmetrical beauty felt deeper with age.
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京都霊山護国神社に行った後は,西本願寺の飛雲閣(ひうんかく)へ行こうと思いました。
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飛雲閣は,京都の西本願寺にある歴史的な建築物で,桃山時代の華やかな建築様式を今に伝える貴重な遺構です。金閣,銀閣と並んで京の3名閣のひとつに数えられ,その美しさは空に浮かぶ雲のようとも称されます。
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飛雲閣は,学生のころ,日本史の教科書で知りました。見てみたいと思ったのですが,金閣,銀閣とは違い,非公開でした。その後,特別公開があると知って見にいったことがあるのですが,それもまた昔のことで,ほとんど記憶に残っていませんでした。偶然,今回「京の冬の旅」で公開されると知り,行ってみることにしたのです。
飛雲閣は,2017年7月から2020年3月まで,約20年ぶりの修復工事が行われ,屋根のふきかえを中心に,表具や框(かまち)の修復や畳の表替え,耐震補強などが施されました。
飛雲閣の特別公開は,近年は9年ぶりの公開として2023年秋,それ以降は,2024年冬,2025年秋にも行われているようです。今回は内部も公開されたようですが,これは事前予約制で,私が試みたときはすでに締め切りで,外観のみの見学となりました。
京都霊山護国神社から西本願寺まで,どうやって行こうかと考えて,タクシーにしました。私はめったにタクシーには乗らず,およその場所は歩くのですが,歳ですな。タクシーの運転手さんは,以前の外国人の少なかった京都が懐かしい,と言っていました。私も同感でした。
一般の公開は午前10時からということで,その30分ほど前に着きました。そこで,先に,西本願寺の唐門を見にいきました。
●西本願寺唐門
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西本願寺の国宝である唐門は,見ていると日が暮れるのも忘れてしまうことから,日暮門(ひぐらしもん)ともよばれます。桃山時代の豪華な装飾美を今に伝える貴重な遺構。細部まで彫り込まれた極彩色の彫刻が特徴で,牡丹,唐獅子,鶴,龍など縁起のよいモチーフが施されています。
豊臣秀吉の伏見城から移築されたという説が有力で,飛雲閣と同じく桃山文化の栄華を今に伝えるものといわれます。しかし,どうやら寛永年間に改造したらしく,そのときに彫刻などで飾り立てたといいます。寛永年間は,徳川家光が日光東照宮を大修築した時期にあたり,日光東照宮の陽明門を連想させます。
2022年に40年ぶりに修復されたということで,現在は,あでやかな様相を奏しています。
飛雲閣の公開時間が来たので,中に入りました。多くの人が来てごった返していたら,と心配だったのですが,それほどはなく安心しました。
●飛雲閣
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飛雲閣は,池に浮かぶように建てられた三層の楼閣で,それぞれの階が異なる建築様式になっています。
1層目は主室の招賢殿(しょうけんでん)や茶室などと,舟入(ふないり)の間があります。 飛雲閣は,滴翠園にある池「滄浪池」(そうろうち)に面して建てられていて,舟を直接正面に着けることができる造りです。書院造風で,落ち着いた雰囲。これは格式ある武家の住宅に見られるスタイルで,実用性と美しさが融合しています。
2層目は寝殿造の要素が取り入れられていて,貴族的な優雅さが感じられる空間です。柱や欄間の装飾も凝っています。三十六歌仙が描かれた歌仙の間があって,外からも歌仙の絵を見ることができます。
3層は摘星楼(てきせいろう)とよばれ,物見をする部屋だったといわれています。禅宗様(唐様)で,屋根の反りや装飾がとても華やかなので,この層が雲に浮かぶようといわれるゆえんです。
また,渡り廊下で結ばれている建物は黄鶴台(おうかくだい)とよばれ,別棟の浴室には脱衣所と蒸し風呂が造られています。
飛雲閣は,もともとは,豊臣秀吉が築いた聚楽第(じゅらくだい)の一部だったとされ,豪華絢爛な桃山文化の象徴ともいえる建築でした。1587年(天正15年)に完成した聚楽第は,政変の影響で1595年(文禄4年)には取り壊されてしまい,その際,建物の一部が移築され,現在の西本願寺に移されたと伝えられています。西本願寺に移された後,飛雲閣は本願寺第12代門主・准如(じゅんにょ)の時代に再建され,宗教的な場としての役割も担うようになりました。特に,格式高い来賓をもてなすための迎賓館として使われたこともあり,江戸時代には徳川家との関係も深く,幕府との政治的な駆け引きの舞台にもなった可能性があるということです。
左右非対称の美しさ。これがわかるようになるには,人もまた,年月が必要なようです。私もまた,若いころは,豪華な金閣,渋い銀閣に比べると,何じゃこりゃ,と思ったのですが,今では,ぴかぴかの左右対称な金閣,なにかやつれた銀閣よりもずっとすばらしいと思うようになりました。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは
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