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「ウェルカム・ノースダコタ州」の看板の前が広場になっていて,そこで写真を撮る。
ノースダコタ州ではじめて見た風景は,これまでみたことがない地の果てまで続く一面のひまわり畑だった。そして,遠くには,石油を採掘する井戸がいくつも見えた。
車にもどって,さらにしばらく走ると,また,これまでと同じ景色になって,やがて,そして,また,それからかなりたって,やっと,民家やらサイロやらが目に付くようになったころ,ボーマンに到着した。午後6時を過ぎていた。
ここでホテルを探すことにした。
ボーマンという町は交通の要所で,東西を横切る国道12と南北を横切る国道85の交差するところ。半端な長さでないトレーラーが何台も轟音とともに走り抜ける。町は西に観客席のあるスタジアムが唯一のレジャー施設か。それ以外は,国道沿いにガソリンスタンドと売店,いくつかのモーテル,そして,民家・病院・教会・学校があるだけの小さな町だった。
国道85はこの町で少しだけ国道12と同じになって東にずれて,再び進路を戻し,住宅地の中を不似合いに通りぬけて北上を開始する。
町の広さを把握しようと,国道85に沿ってゆっくりと進んでいくと,すぐに町を過ぎてしまい,再びまっすぐな道が続くだけになった。
町に引き返すと,国道12と国道85の交差するところに,よく見ないとわからないほど小さな観光案内所があったので,車を止めて中に入ると,年取ったおじさんが出迎えてくれた。
ノースダコタ州の地図 ―詳しい地図すら持っていなかった― をやっと手に入れて,ボーマンにあるホテルの情報を聞く。
この案内所の南にある「ノースウインズロッジ」というのが一押しだというので,案内所を出てから行ってみたが,すでに空室なしのネオンサインが光っていた。
仕方がないので,少し先の「スーパー8」というホテルへ行ってみる。あまり,きれいでないが,どこでもいい,きょうの宿泊先を確保するのが第一だ。
フロントで部屋があるかと聞くと,あるというので,泊まることにする。フロントのお兄さんの話では,今はシーズンなので,このあたりのホテルはどこも空き部屋なんてないよ。ここで部屋があったのはラッキーだ,ということだった。「このあたり」がどこまでの範囲を言っているのか皆目見当がつかないが,あすからのことを考えると,かなり心配になる。
こんなことは,これまでではじめてだった。シーズンのフロリダでも部屋はあった。
ともかく,チェックインをして,荷物だけを置き,ホテルを出て,徒歩でボーマンの小さな町を歩く。
この町もホームレスは皆無で,民家は,どれも大きくきれいで,車が3台も入るくらいのガレージと清潔な平屋の住居,庭は緑の芝生にしめつくされ,深い木々の緑に覆われた,どこにもあるアメリカの平和な住宅地だった。そして,ここの町にも,町はずれの一角にトレーラーハウスの集落があった。
そんな住宅地が終わる頃,この町でたった1軒であろうと思われるファミリーレストランを見つけたので,夕食をとることにした。他の客は,ド田舎のおじさんやおばさん風ばかりだった。店員さんの英語のなまりがかなりつよい。えらいところに来たように感じた。
食事をとって,再び住宅街を散策するが,少し雨が降ってきたので,早々にホテルに引き上げた。
きょうも,エキサイティングな1日だった。とにもかくにも,ここはノースダコタ州である。
明日は,早朝にホテルを出発して,まず,泊まるホテルを確保しよう,と思った。
2012アメリカ旅行記-ついに北上開始③
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ルートは,インターステイツ90を西に引き返し,ラピッドシティを越え,ホワイトウッドまで行って,州道34に入り,ベル・フォーシェイという町で国道85に乗ってどんどんと北上して,そのままノースダコタ州に入るというものだ。
だが,これ以上の情報がない。サウスダコタ州の公式ガイドブックにも何も書いていない。事前に調べたところでは,どうやら泊まる施設がありそうな町は,途中の,スピアフィッシュとベル・フォーシェイ。この町を過ぎたら,サウスダコタ州にはもう町はないので,覚悟を決めてノースダコタ州まで走らなければならず,ノースダコタ州に入ってからも,しばらくしてボーマンという町に達したときにホテルが数件あるくらいらしい。
地図を見ても,南北に,定規で引かれたかのような,ひたすらまっすぐに伸びる道があるだけだ。
インターステイツ90を西にスピアフィッシュまで行って,その町で北に進路を変えて国道85に入るのではなく,予定通りにスピアフィッシュの手前のホワイトウッドという町で北西に走る州道34に入って,ショートカット,つまり近道をしてベル・フォーシェイという町まで来たので,スピアフィッシュという町は通らなかった。
したがって,宿泊先の第一候補はベル・フォーシェイだ。この町には確かにモーテルは存在した。予想よりも広い町だった。まず,そこではじめてガソリンを入れた。7.18ガロンで26ドル(約1リットル96円)だった。
まだ午後4時。ラピッドシティを過ぎたあたりで一度雨になった天気はすっかり回復しているし,早いので,ここで宿泊する気にはならず,ノースダコタ州までひたすら走って,ノースダコタ州のボーマンまで行くことにする。
こういう決断が,ときに墓穴を掘ることになるかもしれない。以前,カナディアンロッキーを走ったとき,夜遅くまでホテルが見つからなかったことを思い出して,きょうは大丈夫かな? と思った。
ところが,このあとに走った国道85が,とにかくすごかった。というか,すばらしかった。
とにかく,想像を絶していた。
目に入る景色は,まっすぐにつながる道と遠くに見えるビュート(小高い山)。それ以外は牧草地帯。他に何もないというものだったのだ。すれ違う車もほとんどないのだ。ときおりすれ違うのは,巨大なトレーラーや農作業用の車だけだった。これが1時間以上にわたって続いていたのだ。
まだ,サウスダコタ州である。この先にノースダコタ州があると考えるだけでも,これはいったいなんだという気持ちになった。
遠くに地平線が延々と横たわる。道は,少し起伏があって坂を上ることがあると,上りきったあとで再び下り坂になったとき,眼下に,先ほどのような風景が,延々と果てしなく続いて見える。
この景色を見ただけでも,本当に,「何もない」ということがどういうことか実感できる。
「何もない」というのは,とても神秘的な,そして,感動的な風景だった。
そして,やがて,果てしなく続く,こうした道を,いつまでもいつまでも進んでいくと,やっと,ノースダコタの州境になった。
ついに,念願のノースダコタ州に到達した。
2012アメリカ旅行記-ついに北上開始②
ドアトレイルの次は,はしごを登るトレイルを行くといいと高木さんから聞いていた。
途中にはしごのあるのはノッチトレイルという名のトレイルだということがわかったので,そのトレイルを行く。少し進むと,考えが甘かったことに気がついた。ノッチトレイルはえらく大変だった。
はしごがあるとのことだったが,そこまでの道のりも簡単なものではなかった。第一,ドアトレイルの華やかさに比べて,歩いている人がほとんどいない。次第に,トレイルは,道なき道になる。初めてすれ違った若者に,この先どのくらいあるのかと聞くと,1.5マイルくらいかな,この先クライミングもあるし,エキサイティングだ,でも,楽しいトレイルだ,と言ったので,本当にどうしようかとも思ったけれど,ここまで来て引き返しても後悔するだろうし,そのまま道があるようなないような,時折,行き先の表示だけがある断崖絶壁のような道を,慎重に進む。やたらと暑いし,足場は悪いし,たいへんだった。
やっとあったはしごを延々と登って,でも,登った後も結構長かった。
すると,山の迫った平原のような異様な景色が広がった。
不思議な気持ちがした。
ここの景色は,いつか見たことあるぞ。それは,映画にでてきた火星の1シーンだったか? あるいは,いつか見た夢の中の景色か?
デジャブー,妙な気持ちだ。
ともかく,これは地球の景色じゃない。すごい。この景色に比べたらグランドキャニオンなんて,ほんとにたしたことないぞ,と思った。
そうして,30分も歩いただろうか。やっと終点についたら,眼下には,延々とサウスダコタ州の大地が広がっていた。絶景だった。
来た道を引き返して,やっとのことで車に戻って,汗まみれの体を冷やして,先を急ぐ。
途中のビジネスセンターのあるシーダーパスからは屏風状の岩山がそそり立っているのが見えた。その次は,フォッスルトレイル,つまり,化石の道を歩いた。
イエローマウンズのあたりから,道路が工事中となり,片側一車線の交互通行で,展望台も閉鎖されてしまっていたのは残念だったけれども,最後のピナクルズでは,どうにか展望台で車を駐車することができて,360度広がる地球創世期のような景観を味わうことができた。
公園はこれでおしまい。西側のゲートを出て北上する。やがて,ウォールに着き,ウォールドラッグをめざした。昼時ということもあり,ウォールドラッグは車を止めるのもたいへんなくらいの混雑だった。
このドラッグストアは,ウォールという小さな町のメインストリートの片側全てをこの店が占めていて,ウェスタンブーツからカーボーイハット,先住民アート,書籍,アウトドア用品と何もかもを扱っている。また,裏手には子供用の遊戯施設やら喫茶店やらがあって,昔の写真を集めた展覧会もやっていて,非常に興味深かった。
この店のことは,「語るに足る,ささやかな人生」という本に取り上げられていて,以前,読んだことがあるが,まさか,そこに本当に来るとは,そのときは思ってもみなかった。
有名なバッファローハンバーガーの食べられる食堂は満員だった。バッファローバーガーを注文するところは列ができていて ―なぜか,アーミッシュもいた― やっと自分の番になって,注文したら,中国から留学中の学生だという店員が親しげに話しかけてきた。ひとりでここのバーガーを食べにわざわざ日本から来たといったら,本当にびっくりしていた。
気のせいか少し臭みがあるような感じがしたバッファローバーガーを食べてから,ドラッグの中や周りを少し散策して,車に戻った。
さあ,いよいよノースダコタ州を目指すことにする。
2012アメリカ旅行記-ついに北上開始①
☆4日目 7月24日(火)
朝8時に,予約してあった空港に向かうシャトルバスがホテルに来るので,それまで,近くを散歩することした。
ホテルから南に500メートルくらい歩いたところにファミリーレストランがあって,朝食のセットメニューが表示されてあったので,中に入ることにした。ウエイトレスのおばちゃんも見かけは怖そうだが,話しかけるとやさしいおばちゃんだった。
朝食はオムレツとトースト。コーヒーがよい眠気覚ましになる。飲むたびに思うのだが,こちらのミルクは日本にはない独特な香りがしてコーヒーにほどよく合ってとてもおいしい。
ホテルに戻って,チェックアウトをして,フロント前で待っていたが,ほぼ定刻にシャトルバスが到着した。シャトルバスのドライバーは気さくなおじさんで,雑談をしていたら,10分くらいで空港に到着した。無線を聞きながら運転したりして,たいへんそうだった。20ドルとチップを2ドル払って,握手をして別れた。
いよいよきょうから2日間,レンタカーを借りて,ここラピッドシティからノースダコタ州の州都ビスマルクまで移動する計画であった。
ラピッドシティの空港は小さく,レンタカーのカウンタものんびりしたムードだった。すぐに手続きが終わり,キーをもらって,屋外の駐車場に止めてあった白い車へ向かった。車は,韓国製だった。数年前までは日本製品で溢れかえっていたのに,本当にどこもかしこも韓国製だらけだった。
大都市の空港と違って,レンタカーは係員のいるゲートもなく,そのまま空港から外に出ることができた。車を借りたばかりのころは,いつものことだが,イスの位置,ハンドルの位置,バックミラーの位置などが,自分の運転しやすい状態になじまず,手間どってしまうことがあるので,慎重に運転する。
今日の予定は,まず,ラピッドシティからインターステイツ90を東に1時間あまりのところにあるバッドランド国立公園へ行き,東西にのびるバットランド国立公園を東側から西側に観光して,再びインターステイツ90を西にラピッドシティまで引き返して,さらにラピッドシティを越えてしばらく西に進み,やがてインターステイツ90を離れてサウスダコタ州の西の端を沿うように北上して,ノースダコタ州をめざし,行けるところまで行くというものだ。
最も不安な材料は,今晩の宿泊先だった。とにかく,夜6時をめやすに走って,そこで宿泊先を探そうと思っていた。
空港から出て,インターステイツ90はこちらという標識に従って走ってきたが,途中で,「インターステイツ90BUSINESS」という表示にわけがわからなくなる。そうして,だんだんと,自分のいる地図上の位置もよくわからなくなってきた。なかなかインターステイツ90にたどり着かない。
今回は「BUSINESS」と表示された道路にだまされた。つまり,インターステイツ90とインターステイツ90BUSINESSは全く別の道路なのだ。ともあれ,方向的に間違っていないので,そのうち郊外に出てしまえば,道も少なくなり,なんとかなるだろうと,気にせず走っていくと,やがて,どうにかインターステイツ90にたどり着いた。
インターステイツ90は75マイル(120キロメートル)制限だった。インターステイツ90に乗ってしまえば,あとは,快調に,バッドランド国立公園をめざして東に進む。今走っているインターステイツ90が,7年前の,因縁の,事故に遭った,あのモンタナ州ビュートからつながっているということを思うと,懐かしくなった。
やがて,インターステイツ90の姿は,あたりを見回しても牧草地帯だけでほかに何もない大平原を縫うように描いていく。そうした状況が1時間も続くと,やがて,ウォールという町に近づいて,周りに住宅やら倉庫やらの建物が見られるようになった。インターステイツ90の道路際には,有名なウォールドラッグの巨大な古びた看板がいたるところで目に付くようになった。
バッドランド国立公園の帰りに,ここに立ち寄って,有名なバッファローバーガーを食べることとしよう。
ラピッドシティから約1時間,ウォールを過ぎると,南側のはるかかなたに国立公園の雄大な山々が連なっているのが見えてくる。
バッドランズ国立公園は東側から西側に抜けるコースをとることにしたので,とりあえず,国立公園の西側のアクセスポイントであるウォールから,東側のアクセスポイントであるカクタスフラットという町までさらに進む。それにしても,遠く南側にその影がみえるバッドランド国立公園は雄大だ。
やがて,カクタスフラットに着き,フリーウェイを降りて,南へ少し。国立公園はこちらという道路標示をみて右折したらまもなく国立公園の東側のゲートに到着した。
バットランズループに沿って,ところどころにあるみどころで駐車し,トレイルを散策しながら,公園をめぐることにした。
・・
公園に入って早々,広い駐車場があったので,そこに車を止めて,まず,ドアトレイルという,一番手前のトレイルを歩く。すぐにトレイルの端に出たが,そこから見る景色は絶品だった。展望できるポイントからは,延々と,この世のものとは思えない景色が続く。これだけでも,グランドキャニオン以上だ。
2012アメリカ旅行記-サウスダコタ州の夜が明けて④
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ツアーに参加しなければ,きっと,この汽車には乗らなかったと思うので,参加して本当によかった。ヒルシティーでトレインを下車して,再びバスに乗り,クレイジーホースモニュメントに行った。
クレイジーホースモニュメントは,かつて白人と戦ったインディアンのスー族の英雄クイジーホースの彫像で,完成時には世界最大の彫像となるとのことだけれども,現在完成しているのは頭の部分のみ,いつ完成するかもわからず,正直言って,なんだこりゃ,という感じだった。
遠くの展望台と売店のある場所から眺めるだけで,近くに行くには,さらに,お金を出して乗り物に乗る必要があるけれど,それほどの価値があるとも思えない。ちょっと興ざめであった。 さらに輪をかけたのが中国人観光客の団体だった。彼らがただひとつしかないカフェテリアに押しかけたために,昼食を食べることすらままならない。ほとほといやになった。
クレイジーホースは,いかにも,マウントラッシュモア観光の団体客を目当てにした観光施設であった。アメリカ合衆国の歴史上の微妙なことはよくわからないが,そうしたいろんな問題があるので,ツアーはここを避けないように配慮しているだけのような気がした。
きょうのツアーの最後は,カスター州立公園で,この公園を車窓から眺めてから帰路についた。カスター州立公園では,野生のバッファローの群れを見ることができた。
このツアー,6年前,イエローストーン国立公園へ行ったときに参加したような小型のバスによる少人数のツアーであれば,いろいろな出会いもあったり,小回りのきく観光ができたりしたのになあ,という点は残念だったけれど,マウントラッシュモア国立モニュメントは素敵だったし,1880トレインにも乗れたし,とても楽しかった。
観光シーズンを避けて,ゆっくりと過ごすことができるのなら,キーストンという町も素敵なところだし,もっともっと楽しめるのではないかと思った。
いずれにしても,2日間にわたって,サウスダコタ州ラピッドシティ近郊のおもな観光名所を訪れることができて,ここにはたくさんの見所があるのだなあ,と再認識した。
マウントラッシュモア国立モニュメントにしても,日本では,有名ではあっても,どこにあるか知らない人が多い。ノースダコタ州ほどではないにしても,サウスダコタ州というのは,あまり馴染みがない。遠いということが最大のデメリットなのだろうが,次の日に訪れたバッドランズ国立公園も加えれば,このあたりは,ラスベガスとグランドキャニオンに行くよりも,ずっとずっと魅力があるところだなあと思った。
午後5時ごろ,ホテルにもどった。きょうの夕食は,昨日行ったモールへ再び出かけて,フードコートで中華料理を食べることにしようと,外に出た。
2012アメリカ旅行記-サウスダコタ州の夜が明けて③
☆3日目 7月23日(月)
きょうは,朝7時30分のグレイラインのバスがホテルに来て,そのまま,マウントラッシュア国立モニュメント,クレイジーホースメモリアル,カスター州立公園の観光に出かける現地ツアーに参加した。
朝食はツアーに付いているということだったので,ホテルのフロントにあるコーヒーを飲みながら,バスの到着を待った。しかし,午前7時30分になってもバスが来ない。少し心配になってきたころ,大型バスが,ホテルを目指してのろのろと走ってくるのが見えた。
私を乗せた後,バスは,さらに数件のホテルを巡り,そのつど,観光客を乗せて,やがて,はじめの目的地であるマウントラッシュア国立モニュメントを目指して進んだ。
マウントラッシュモア国立モニュメントは,朝食を含めて1時間30分くらいの時間が与えられて,のんびりとトレイルを散策したり,朝食をとったりすることができた。
まず,全米50州の州旗が並ぶアベニュー・オブ・フラッグスをまっすぐ抜けるとグランド・ビュー・テラスと呼ばれる展望台に出た。そこで写真を撮って,展望台の左手からはじまるプレジデンシャルトレイルを散策した。
1周1キロあまりの周回路からは,角度を変えてワシントン,ジェファーソン,テオドア・ルーズベルト,リンカーンの4人の大統領の彫像姿を見上げることができた。
展望台の下には博物館やみやげ物店もあって,映画も上映され,予想以上に豪華できれいなところだ。さすがに,政府の施設だなあ,と思った。
そのあと,食堂で朝食をとった。売店では,昔,このモニュメントを削ったという人のサイン会をやっていた。
出口を通るとき,入り口では車があふれかえっていていた。この施設は,早朝に訪れるのが正解なのだと思った。
次に目指したのが,クレイジーホースモニュメントだった。
その途中に通るキーストンという町は,やはり,ゴールドラッシュで栄えた町で「大草原の小さな家」を書いたローラ・インゲルスの住んだところ。この町には,サウスダコタ州で唯一の蒸気機関車「1880トレイン」の始発駅がある。しかし,蒸気機関車ではなく,ディーゼル機関車に引かれた列車に乗り込んだ。
この列車は,ブラックヒルズの森の中を走るもので,1880年代のゴールドラッシュ時代にキーストンとヒルシティー間を走っていた蒸気機関車をそのまま再現した観光用のトレインで,約1時間,車窓からは,ハーニーピークというブラックヒルズで一番高い山をはじめとして,壮大な山々,曲がりくねった路線,急な勾配を見ることができる。愉快な車掌さんもいて,ゆっくりと景色を眺めながらの観光ができた。
2012アメリカ旅行記-サウスダコタ州の夜が明けて②
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次の目的地,デッドウッドにむかう途中の町サンダンスに,1軒だけあるというアロという名前のレストランで昼食をとった。地元のレストランというのは,その地に住んでいる人の様子がよくわかるし,食べ物もおいしいし,素敵なところだ。きょうは日曜日でもあったので,お店の中は家族連れが大勢いた。
デッドウッドは,1876年に金が発見されてゴールドラッシュが勃発,こうしてできたこの町には,当時,西部映画に名を連ねる人々が暮らしていた。現在は,歴史的なランドマークとして観光地化されていて,ワイルドウエストの雰囲気とアンティークな町並みが,西部開拓時代のアメリカを思い出されるところだ。
有名な殺し屋ワイルド・ビル・ヒコックがポーカーの最中に殺されたサロンもそのまま残っていて,殺されたときに座っていた椅子が展示されていた。殺されたといわれる場所でカウボーイ帽子をかぶって写真を撮った。このサロンは,床も当時のままで,西部劇そのままだったし,素敵だった。子供の頃に駄菓子屋で買った絵本に載っていたアメリカの西部の風景が蘇った。
ミッドナイトスターというサロンは,ケビン・コスナーが経営していて,主演した映画で使用された衣装などが展示されていた。
デッドウッドには「幽霊ホテル」というのもあって,幽霊の出るという廊下で写真を撮った。ひょっとしたら,写真に幽霊が写っているかもしれない。
きょうは,このようにして,ツアーガイドの高木さんのおかげで,ディープなサウスダコタ州やワイオミング州を味わうこともできたし,すっかり,アメリカの感覚も戻ってきた。
もう一度来ることができるのであれば,ケビン・コスナーやいろんな西部劇の映画をたくさん見てから,このあたりに宿泊して,ゆっくりとワイルドウエストを味わいたいものだと思った。
午後4時前,ホテルに戻った。
少しゆっくりとして,その後,ホテルの近くを散策しようと思って,インターチェンジの橋を北に渡った。ホテルやファミリーレストラン,そして,モールがあった。
まず,モールへ行った。広すぎて,着くまでが大変だったが,中は,閉店している店舗があったり,人があまりいない場所があったりと,これも不景気の影響なのかな? と思った。フードコートで食事をしようと考えたが,日曜日だけは午後6時に閉まってしまうので,片付けが始まっていた。
ホテルへ帰る途中,デニーズがあったので,そこで夕食をとることにした。
夕食後,ホテルに戻って,ベッドに寝転んで,テレビを見ていたが,こちらのテレビは,映画をやっているかコマーシャルをやっているばかりで,以前は,そんなことは感じなかったが,あまり面白くない。やたらとロムニー候補のネガティブキャンペーンのCMをやっていた。
きょうは,日曜日なので,CBSのレイトショーもやっていないし,結局,ESPNでMLBのニュースを見るか,CNNを見るかしかない。これでは日本とかわらないなあ,と思った。
テレビでは,イチローがヤンキースにトレードされたという話で持ちきりだった。イチローは,すでに,シアトルではする仕事がない。トレードするにもあの高い年棒には手を出す球団はないだろうと思っていた。
MLBで,イチローがやり残した仕事はワールドシリーズだけだ。だから,彼にとってみれば,たとえ,守備位置が変わり,打順が下位になっても,歓迎すべきトレードに違いないが,8月にマリナーズ観戦ツアーを計画していた人たちには大ショックだったろうと,すでにシアトルでイチローを見た私は,余裕でそう思った。
2012アメリカ旅行記-サウスダコタ州の夜が明けて①
☆2日目 7月21日(日)
頭痛がするような時差ぼけはない。でも,寝つかれず,そして,2時間ごとに目が覚める。朝,起きられるかということだけが心配だったが,早く目が覚めすぎて困ってしまった。
きょうは,日本人ガイドの高木さんが,朝8時にホテルに迎えに来て,そのまま,デビルズタワー国立モニュメントとデッドウッドの町の観光をするというのが予定であった。
到着早々,こちらの情報もよくわらないので,こうしたツアーはとても助かる。ということで,少し割高だったけれど,初日は日本語ツアーを予約してあった。
朝,6時前に眠気覚ましに外に出て少し歩くと,ファミリーレストランがあったので,朝食を食べに中に入った。ミルクを入れたコーヒーがとてもおいしいかった。
朝食後,インターチェンジにかかる歩道から眺めた景色が最高だった。東西にはインターステイツ90が延々とのびていて,東の空には,上ったばかりの太陽が,地面を照らしていた。北側には,雄大な大地が広がっていた。きっと,その向こうは,みんなが「何もない」という,憧れのノースダコタ州なのだ,と思った。
アメリカには国旗が目に付くがどこも半旗だった。デンバーの銃の乱射事件を悼んでのことだという。
時間通り高木さんが来て,さっそく車に乗りこんだ。
車はインターステイツ90を西に,やがて,サウスダコタ州からワイオミング州に入って,サンダンスという小さな町からデビルズタワー国立モニュメントを目指して進んだ。
久しぶりに見るアメリカの景色が,忘れかけていた感動を呼び覚ました。特に,このあたりは,モンタナ州の景色に似ていて,とても懐かしい。
デビルズタワーというのは,地下深いところにあった巨大なマグマのかたまりが地層を貫いて地表まで上昇したものが,やがて,まわりの軟らかな地層が侵食されて削られたので,結果として,この塊だけが,タワーのように残ったものらしい。タワーは細長い柱状の柱が寄せ集まった状態でそびえていて,高さは約400メートル近くある。映画「未知との遭遇」のラストシーンでUFOが舞い降りたシーンで有名だ。
アメリカの名所というのはどこもかも,ガイドブックや写真で見るよりも,実際のほうが,ずっとずっとすごい。
ロッククライミングの名所ということで,この日も,数人のクライマーが登っている姿を見ることができた。1893年,初めて登頂したときに残したはしごがあって,注意深く探すとそれを眺めることができるが,こういったことは,現地を知るガイドさんがいないと見落としてしまう。
1周するトレイルがあって,これを歩くと,タワーは,場所ごとに姿を変えて,そのどれもが壮大で,写真で見るよりもずっと感動する。
トレイルの途中で,野生の仔鹿と遭遇した。背中に斑点があって,まさに,バンビ。とてもかわいかった。こういう姿も,そう簡単には見られるものではないらしい。
公園の入口にはビジターセンターがあって,タワーに残っているたての溝は熊が引っかいたものだというキオワ族の伝説を表した有名な絵画が飾ってあった。
デビルズタワー国立モニュメントの帰りに,公園のゲート近くに大平原が広がり,プレーリードッグが巣穴をつくっていた。プレーリードッグは,とてもかわいかった。
2012アメリカ旅行記-ノースダコタ州を目指して⑤
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そのうちに雲が切れてきて,遠くにラピッドシティの夜景が見えるようになった。
夜10時少し前,ラピッドシティに到着。こぢんまりとしたきれいな空港だったが,売店はすでに閉じられ,閑散としていた。
入国1日目。久しぶりのアメリカ,しかも深夜なので,ちょっと緊張した。
さて,問題なのは,空港のシャトルバスである。ラピッドシティから事前に予約済みの宿泊先のホテルまでは20キロメートル近くあって,空港シャトルバス(バン)で行くのだという。日本で調べても,それ以上のことがよくわからない。シャトルバスが空港にいつもいるのか,電話をしたらすぐに来るのか,そういったシステムがわからないので不安であった。
しかし,案ずるより生むが易しであった。
バゲジクレイムの隣が空港の出口で,出口の右隣にはレンタカーのカウンタが並び,反対側にシャトルバスの受付があって,そこに係員がふたりいた。
シャトルバスの受付で話をすると,さっそく手配をしてくれたが,今外に止まってバスは,すでに,乗客が一杯だという。次のバスまで待てといわれたが,どこで待てばいいのか,どのくらい待てばいいのか,こちらから聞かなければ,なにも指示がない。
この不親切さこそ,アメリカらしくて好きだ。日本の親切さは客にとれば便利でここちよいが,働いているほうは,ストレスだらけだろう。そして,客はますます横柄になる。
やがて,5分もしないうちに,同乗する人たちも集まり,次のシャトルバスが来た。出口を出ると目の前にシャトルバスがいて乗り込んだ。他のお客さんたちは,モンタナ州やらサウスダコタ州やらを旅している老人の5人組だった。このシャトルバスの料金はいくらだと隣に座った老人が聞くが,私が持っているガイドブック「地球の歩き方」は日本語だ。これは日本語だけど,といって見せると,今度は,私も昔日本にいったことがあるという話になって,そして,質問ぜめになった。一番の話題は3・11の東日本の地震のこと。
ちなみに,シャトルバスの料金は20ドル。それにチップが少々である。
バスの中にはカントリーミュージックが流れ,老人たちと運転手の合唱が始まる。ウ~ム,アメリカだ! 車内は私のほかはアメリカ人が運転手を含めて6人。話に花が咲いている。
雨は上がっていたが,道がぬれていた。今年の夏は,異常に暑いのだそうだ。しかし,湿気がなく過ごしやすい。サウスダコタ州の辺りは影響がないが,アメリカの穀物地帯は,ドラウト(干ばつ)で大変であるらしい。
やがて,バスは,ラピッドシティのダウンタウンにある,老人たちが泊まるホテルに到着して,彼らと荷物が降ろされ,次に,私の泊まる郊外の「モーテル6」へと向かった。
予約されたホテルはラピットシティのインターステイツ90とノースラクロスストリートの立体交差点(インターチェンジ)のところにあって,付近は,レストランやモール,多くのホテルが立ち並ぶ便利な場所だった。
ホテルのフロントは深夜でもあり閉じられているという話だったが,実際には開いていた。チェックインをしようとするが,宿泊者である私の情報がないという。困っていると,あすのツアーのガイドの高木さんが現れて,もう,チェックインはしてありますと言われた。このホテルは,今日,団体客が来ていたので,この時間にフロントが開いているのだという。ホテルは,中庭にプールがある2階建ての,ごく普通のアメリカのホテルであった。バスタブはなく,シャワーだった。そして,ここにも大きな韓国製のテレビがあった。
これで,きょうの長い長い1日は終わった。来ることができてよかった。
2012アメリカ旅行記-ノースダコタ州を目指して④
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シアトルからソルトレイクシティまでは1時間30分くらいのフライトである。ソルトレイクシティに近づくにつれて,眼下にグレイトソルト湖がひろがり,その圧倒的な景色に感動する。かなり広い塩湖だ。湖畔は塩の塊だらけだと,隣の女性に話しかけられる。
機内のアナウンスでは,当地ソルトレイクシティの気温は華氏99度(摂氏37度),天候は雨ということだった。隣の女性が「99度!」といってため息をついた。この人,ソルトレイクシティ到着後は,レンタカーで北上して,ワイオミング州からモンタナ州を越え -ソルトレイクシティはイエローストーン国立公園のアクセスポイントだ- カナダ国境を越えてサスカチュワン州を東に行きノースダコタ州の国境からからアメリカに戻ると言っていた。ひとり旅か? と思ったが,そうではないようだった。いずれにせよ,ノースダコタ州を目指すのは,自分だけではないのだな,と思った。
急に,ノースダコタ州が身近に思えた。
ソルトレイクシティの空港に到着した。ここには,一度,フロリダからの帰りに降りたことがあるが,ソルトレイクシティはグレイトソルト湖のほとりに広がり,モルモン教徒が作った大きな都会だ。いろいろと観光名所があるので一度は時間をとって訪ねてみたいものだと思うのだが,まだ,果たしていない。すでに雨はあがっていて,空から見た景色は雄大で,空港から眺める景色もすばらしかった。
ソルトレイクシティからラピッドシティに向かう飛行機は40人くらいが乗る小さなもので,搭乗口も空港の一番端にあった。
ここでは,まず,搭乗のチェックインが必要だと言われていたので,自動チェックイン機を操作して,搭乗券を入手する。
自動チェックイン機はなかなか便利だが,アメリカ旅行は,旅なれていない人には,ESTAにせよ,自動チェックインにせよ,なにがなんだかわからないだろう。さらに,今回の旅行で感じたのは,空港やホテルのテレビはサムソンやLG,この旅行で乗ったレンタカーはヒュンダイと,どこもかしこも韓国製だということ。空港では,みんな iPad や iPhone を使い,新聞を広げる人は誰もいない。
世界は変わった。そして,日本の影は薄い。内弁慶で威張り散らすだけの日本の老人男性も,外国に興味のなく平和ぼけの日本の若者も,意味のない教育 -教育でなくただのクイズ合戦だ- をしている日本の教育界も,あれはいったい何なんだろう。もう,日本は終わった。しみじみそう思った。
ソルトレイクシティの空港で,サンドイッチとフルーツジュースを買って,窓から外の景色を眺めながら夕食のつもりをした。到着のたびに時差で時間が変わり,体内時計がどうなっているのかもよくわからないが,ともかく,ラピッドシティに到着すれば,深夜になるから,夕食をとらなくてはならない。
ソルトレイクシティからのフライトは,座席がまた一番前で,今回はさらに窓際の席だったこともあり,夕方の景色がとても美しかった。カメラを片手にずっと窓から外を見ていた。客室乗務員の女性がひとりだけ乗っていて,とても忙しそうだったけれども,私がカメラを構えていると「いい写真が撮れるといいね」と話しかけ,他の客にも愛想がよく,素敵な人だった。機内のアナウンスの発音がとてもきれいだった。
快晴だったこともあり,夕日に映えるロッキー山脈がすばらしかった。
1時間と少し,窓からの景色が変わり,眼下は雲だらけとなり,雲の下が時々光っているように感じられた。やがて,機体が着陸態勢となり,雲の中に入ると,光っていたもの,それは稲光であった。いたるところで稲妻が走り,まるで,実験室のようだった。あのような稲光をはじめて見た。恐ろしい景色だった。まさに,地球全体が放電実験をしているかのようだった。

























