【Summary】
Toshodaiji Temple in Nara is admired for its refined beauty and harmonious layout, often called a “symphony of buildings.” Founded by the Chinese monk Ganjin, it was central to establishing Buddhist precepts in Japan. The temple preserves the spiritual legacy of formal ordination and disciplined monastic life.
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唐招提寺に到着しました。観光客はほとんどおらず,静寂に包まれていました。奈良の寺院めぐりはこの時期が最適のようです。
私は,唐招提寺が好きです。なんといっても,品があります。この美しさに勝るところはありません。そしてまた,長い期間の修復作業が終わって,その気品がさらに増していました。
唐招提寺は「伽藍の交響楽」といわれます。
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唐招提寺が「伽藍の交響楽」と称されるのは,その建築群がまるで交響曲のように調和し,静けさと荘厳さを奏でているからです。
奈良時代の天平文化を代表するこの寺は,鑑真和上が創建したことで知られていて,建物ひとつひとつがまるで楽器のようにそれぞれの役割と美しさをもっています。
金堂は,重厚な低音のようにどっしりと構え,仏の存在感を響かせています。
講堂は,中音域のように人々の学びと祈りを支える場所。
鼓楼や経蔵は,リズムを刻む打楽器のように,伽藍全体にリズムと秩序を与えている。
そして,それらが一直線に並ぶ伽藍配置は,まるで楽譜に並ぶ音符のよう。
というように,風が吹き抜け,光が差し込むたびに,建物たちが静かに語り合い,ひとつの壮大な「音楽」を奏でているように感じられるのです。
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唐招提寺は,奈良時代の756年(天平勝宝8年)に唐から日本に渡ってきた高僧・鑑真(がんじん)によって創建されました。鑑真はは日本に仏教の正しい戒律を伝えるために,6度目にしてようやく来日に成功しましたが,命がけの渡航で失明してしまいました。
戒律を学ぶための道場として建てられた唐招提寺。「唐」は唐の国を意味し,「招提」は僧侶が集まり修行する清らかな場所という意味です。
学生時代,教科書に載っていた鑑真和上坐像(がんじんわじょうざぞう)を見たいと思いました。鑑真和上坐像は,日本最古の肖像彫刻で,奈良時代に作られた脱活乾漆像(だっかつかんしつぞう)です。鑑真が亡くなった直後にその姿を忠実に写し取って作られたとされているものです。
調べてみると,鑑真和上坐像は御影堂(みえいどう)に安置されていて,通常は非公開ですが,鑑真が日本に到着した旧暦の6月6日にちなんで行われる「開山忌」(かいざんき)の前後,6月5日から6月7日までの3日間だけ特別公開されている,ということだったので,これを見に行きました。厳かですばらしいものでした。
当時は,この時期を待たなければ,何らかの特別公開が行われるとき以外は,見ることができなかったのですが,今は,開山堂という小さな祠に「御身代わり像」という鑑真和上像の精巧なレプリカがあって,これを見ることができるようになっていました。このレプリカは,東京藝術大学の技術陣が精巧に模刻したもので,材質や表面の質感,細部の表情までが,まるで本物のように再現されています。本物でないと気が済まない,という人もいますが,このレプリカを見れば十分だな,と本物を見たことのある私は思いました。
ところで,私が習った50年以上前の日本史の教科書には
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遣唐使にともなわれて中国にわたった多数の留学僧や,はるばる唐から渡来して戒律を伝えた鑑真などの活動もあずかって…
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と書かれているだけで,それ以上の説明がなかったので,私は,戒律とは何ものか? ずいぶんと疑問でした。現在の教科書には詳しい説明があるようですが…。
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戒律を授けるというのは,仏教において僧侶として生きるためのルールや誓いを正式に授けることで,これを「授戒」(じゅかい)ともいいます。
仏教では,ただ出家して頭を剃っただけでは本当の僧侶とはいえず,正式な儀式を通して戒律を受けることが必要でした。しkし,日本に仏教が伝わった当初は,戒律を正しく授けられる僧侶がいませんでした。そこで,唐で戒律を極めた高僧である鑑真が,日本ではじめて正式な授戒を行い,仏教界に本物の「律」を根づかせたのです。
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唐招提寺に今も存在する戒壇(かいだん)は,戒律を授ける場所でした。唐招提寺の戒壇は,土壇(どだん)式といって,土を盛って壇を築いたものです。そこに仏像を安置し,仏・法・僧の三宝を象徴する空間がつくられていました。
戒壇では,厳粛で荘厳な儀式が行われていました。
戒律が「個人の誓い」だけでなく,僧団全体の承認によって成り立つという考えに基づき,授戒には,三師七証という3人の授戒師と7人の証人僧が必要でした。戒子(かいし=受戒する人)は,身を清め,こころを心を整えたのち,衣を正し,合掌して,仏・法・僧の三宝に帰依することを誓います。そして,授戒師が「殺してはならぬ,盗んではならぬ,偽りを言ってはならぬ」と問いかけ,戒子はひとつひとつ「守ります」と答えていきます。三師七証がその誓いを認め,正式に「戒を授けた」と宣言することで,戒子は正式な僧侶となります。
平安時代以降になると,戒律よりも信仰や念仏を重視する天台宗や浄土宗などが広まり,戒壇での授戒は次第に行われなくなっていきました。さらに,明治時代の廃仏毀釈や宗教制度の変化によって,正式な授戒制度は廃止されていき,現在は,唐招提寺では実際の授戒は行われていません。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは
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