しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

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【Summary】
Toshodaiji Temple in Nara is admired for its refined beauty and harmonious layout, often called a “symphony of buildings.” Founded by the Chinese monk Ganjin, it was central to establishing Buddhist precepts in Japan. The temple preserves the spiritual legacy of formal ordination and disciplined monastic life.

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 唐招提寺に到着しました。観光客はほとんどおらず,静寂に包まれていました。奈良の寺院めぐりはこの時期が最適のようです。
 私は,唐招提寺が好きです。なんといっても,品があります。この美しさに勝るところはありません。そしてまた,長い期間の修復作業が終わって,その気品がさらに増していました。
 唐招提寺は「伽藍の交響楽」といわれます。
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 唐招提寺が「伽藍の交響楽」と称されるのは,その建築群がまるで交響曲のように調和し,静けさと荘厳さを奏でているからです。
 奈良時代の天平文化を代表するこの寺は,鑑真和上が創建したことで知られていて,建物ひとつひとつがまるで楽器のようにそれぞれの役割と美しさをもっています。
 金堂は,重厚な低音のようにどっしりと構え,仏の存在感を響かせています。
 講堂は,中音域のように人々の学びと祈りを支える場所。
 鼓楼や経蔵は,リズムを刻む打楽器のように,伽藍全体にリズムと秩序を与えている。
 そして,それらが一直線に並ぶ伽藍配置は,まるで楽譜に並ぶ音符のよう。
 というように,風が吹き抜け,光が差し込むたびに,建物たちが静かに語り合い,ひとつの壮大な「音楽」を奏でているように感じられるのです。
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 唐招提寺は,奈良時代の756年(天平勝宝8年)に唐から日本に渡ってきた高僧・鑑真(がんじん)によって創建されました。鑑真はは日本に仏教の正しい戒律を伝えるために,6度目にしてようやく来日に成功しましたが,命がけの渡航で失明してしまいました。
 戒律を学ぶための道場として建てられた唐招提寺。「唐」は唐の国を意味し,「招提」は僧侶が集まり修行する清らかな場所という意味です。
 学生時代,教科書に載っていた鑑真和上坐像(がんじんわじょうざぞう)を見たいと思いました。鑑真和上坐像は,日本最古の肖像彫刻で,奈良時代に作られた脱活乾漆像(だっかつかんしつぞう)です。鑑真が亡くなった直後にその姿を忠実に写し取って作られたとされているものです。
 調べてみると,鑑真和上坐像は御影堂(みえいどう)に安置されていて,通常は非公開ですが,鑑真が日本に到着した旧暦の6月6日にちなんで行われる「開山忌」(かいざんき)の前後,6月5日から6月7日までの3日間だけ特別公開されている,ということだったので,これを見に行きました。厳かですばらしいものでした。
 当時は,この時期を待たなければ,何らかの特別公開が行われるとき以外は,見ることができなかったのですが,今は,開山堂という小さな祠に「御身代わり像」という鑑真和上像の精巧なレプリカがあって,これを見ることができるようになっていました。このレプリカは,東京藝術大学の技術陣が精巧に模刻したもので,材質や表面の質感,細部の表情までが,まるで本物のように再現されています。本物でないと気が済まない,という人もいますが,このレプリカを見れば十分だな,と本物を見たことのある私は思いました。

 ところで,私が習った50年以上前の日本史の教科書には
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 遣唐使にともなわれて中国にわたった多数の留学僧や,はるばる唐から渡来して戒律を伝えた鑑真などの活動もあずかって…
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と書かれているだけで,それ以上の説明がなかったので,私は,戒律とは何ものか? ずいぶんと疑問でした。現在の教科書には詳しい説明があるようですが…。
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 戒律を授けるというのは,仏教において僧侶として生きるためのルールや誓いを正式に授けることで,これを「授戒」(じゅかい)ともいいます。
 仏教では,ただ出家して頭を剃っただけでは本当の僧侶とはいえず,正式な儀式を通して戒律を受けることが必要でした。しkし,日本に仏教が伝わった当初は,戒律を正しく授けられる僧侶がいませんでした。そこで,唐で戒律を極めた高僧である鑑真が,日本ではじめて正式な授戒を行い,仏教界に本物の「律」を根づかせたのです。
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 唐招提寺に今も存在する戒壇(かいだん)は,戒律を授ける場所でした。唐招提寺の戒壇は,土壇(どだん)式といって,土を盛って壇を築いたものです。そこに仏像を安置し,仏・法・僧の三宝を象徴する空間がつくられていました。
 戒壇では,厳粛で荘厳な儀式が行われていました。
 戒律が「個人の誓い」だけでなく,僧団全体の承認によって成り立つという考えに基づき,授戒には,三師七証という3人の授戒師と7人の証人僧が必要でした。戒子(かいし=受戒する人)は,身を清め,こころを心を整えたのち,衣を正し,合掌して,仏・法・僧の三宝に帰依することを誓います。そして,授戒師が「殺してはならぬ,盗んではならぬ,偽りを言ってはならぬ」と問いかけ,戒子はひとつひとつ「守ります」と答えていきます。三師七証がその誓いを認め,正式に「戒を授けた」と宣言することで,戒子は正式な僧侶となります。
 平安時代以降になると,戒律よりも信仰や念仏を重視する天台宗や浄土宗などが広まり,戒壇での授戒は次第に行われなくなっていきました。さらに,明治時代の廃仏毀釈や宗教制度の変化によって,正式な授戒制度は廃止されていき,現在は,唐招提寺では実際の授戒は行われていません。

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【Summary】
On December 27, 2025, before a much-anticipated Beethoven Ninth concert by the Kyoto Symphony Orchestra, I visited Nara’s Saidaiji area. Rediscovering Yakushiji and Toshodaiji after decades of restoration, I also explored the massive Hōraiyama Kofun, traditionally attributed to Emperor Suinin but historically uncertain.

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 2025年12月27日。この年最大の楽しみだった沖澤のどか指揮京都市交響楽団の特別演奏会「第9コンサート」を控え,午前中,どこに行こうかと考えました。はじめは伏見桃山あたりを考えていたのですが,天気もよく,この時期は修学旅行や遠足もないからきっと閑散としているだろうと期待して,私の好きな唐招提寺から薬師寺あたりを散策することにしました。
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 「古都奈良の文化財」のひとつとして世界遺産に登録されている薬師寺と唐招提寺。
 白鳳様式の伽藍を現代によみがえらせた薬師寺,鑑真和上の思いが今も受け継がれる唐招提寺。 趣きの違う奈良時代の2大寺で気持ちのいい西ノ京散策を。
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 私は,この地が好きで,学生時代から何度も訪れていたのですが,唐招提寺では,平成の大修理が行われ,2000年(平成12年)からおよそ10年間,ありのままの姿を見ることができませんでした。また,薬師寺も1968年(昭和43年)から,金堂,西塔,中門,大講堂などが復興され,終了後の2009年(平成21年)からは12年間,東塔の解体修理が行われたりと,ありのままの姿を見ることができませんでした。
 つまり,ここ20年は,その美しい姿を見ることができなかったのです。
 12月23日に,飛鳥地方へ行ったとき,近鉄電車の車内から偶然,薬師寺を見て,すべて完成したんだ,と気づきました。それを思い出して,今行くしかない,と気づきました。

 いつものように,午前7時37分。京都駅から近鉄電車に乗りました。
 唐招提寺は午前8時30分開門,薬師寺は午前9時開門だったので,尼ケ辻駅で降りて,先に唐招提寺へ行き,そこから南に歩き,次に薬師寺に行くことにしました。
 地図を見ると,尼ケ辻駅の南西に巨大な前方後円墳があることがわかりました。この古墳は宝来山古墳といい,現在,菅原伏見東陵(すがはらのふしみのひがしのみささぎ)」として11代垂仁天皇の陵に治定されています。そこで,散歩がてら,宝来山古墳を通って,唐招提寺に向かいました。
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 宝来山古墳の墳形は前方が南向きの前方後円形。墳丘は3段築成で,墳丘長は227メートルあり,全国で第20位の規模という巨大なものです。また,墳丘周囲には鍵穴形の周濠が巡らされていて,周濠を含めた古墳総長は330メートルにも及びます。
 また,垂仁天皇陵の周濠にある小さな島のように見えるのは田道間守(たじまもり)が葬られたとされる「湟内陪冢」(こうないばいちょう)です。垂仁天皇は田道間守に命じて,常世国にあるという不老不死の「非時の香菓」(ときじくのかぐのみ=橘)を探しに行かせます。10年後,苦労の末に田道間守は「非時の香菓」を持ち帰りますが,すでに垂仁天皇は崩御していました。という逸話があります。
 宝来山古墳は,古墳時代前期の4世紀後半ごろの築造と推定されています。
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 機会があれば, 奈良時代以前の天皇陵についてまとめてみたいと思っているのですが,「欠史八代」(けっしはちだい)というように,神武天皇の次の2代綏靖(すいせい)天皇から9代開化天皇までの8代の天皇は歴史学的には実在が疑われ,創作された天皇と考えられていて,「日本書紀」の巻4には,粛々と8代の天皇についてそれぞれ短く書かれています。そして,実在していた最初の天皇といわれる10代崇神天皇から42代文武天皇までの宮内庁が治定している天皇陵も,現在,実際にそれがそうであったのか疑わしいものがほとんどということです。
 10代崇神天皇の第3皇子だった垂仁天皇は「日本書記」には140歳,「古事記」ではで153歳で亡くなったと書かれていますが,垂仁天皇陵とされる宝来山古墳は,山辺道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)として次の12代景行天皇陵とされる渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん)より新しく,発掘された埴輪による推定造成時期は,垂仁天皇の皇后であった日葉酢媛命(ひはすひめのみこと)の陵とされる佐紀陵山古墳より遅く,狭城盾列池上陵(さきのたたなみのいけのえのみささぎ)として14代仲哀天皇の皇后とされる神功皇后の陵に治定される五社神古墳(ごさしこふん)より前とされ,垂仁天皇陵である確率は低いとされます。
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此天皇御年壹佰伍拾參歲 御陵在菅原之御立野中也 又 其大后比婆須比賣命之時 定石祝作又定土師部 此后者葬狹木之寺間陵也
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此の天皇御年(みとし)壱佰伍拾参歳(ももとせあまりいそとせあまりみとせ)にて,御陵(みささき)菅原之御立野(すがはらのみたちの)の中に在り。
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この天皇は御年百五十三歳,御陵は菅原の御立野の中にあります。
   「古事記」中つ巻
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九十九年秋七月戊午朔 天皇崩於纏向宮 時年百卌歲 冬十二月癸卯朔壬子 葬於菅原伏見陵
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九十九年(ここのそとせあまりここのとせ)秋七月(ふみづき)戊午(つちのえうま)の朔,天皇纏向宮(まきむくのみや)に崩(ほうず)。 時に年(みとし)百四十歳(ももとせあまりよそとせ)。冬十二月(しはす)癸卯(みづのとう)朔壬子(みづのえね=十日) 菅原伏見(すげはらのふしみ)の陵(みささぎ)に葬(はぶ)りまつる。
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九十九年七月一日 天皇は纏向宮に崩御しました。時に御年百四十歳でした。十二月十日 菅原伏見の陵に葬られました。
   「日本書記」巻8
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月齢18.4の月の出。

今日も天気がよく,雲がなかったので,美しい月の出を見ることができました。
毎日約1時間ほど月の出が遅くなります。
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【Summary】
I now plan shorter trips of one day or one night. I hope to visit Shima’s coastal viewpoint, explore the historic Usui Pass and its railway heritage, and eventually cross the Tsugaru Strait by combining the Seikan Tunnel and a ferry, carefully considering timing and logistics.

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 これまでが,すでに決まっている,1泊,もしくは2泊の旅行の予定でした。
 次は,日帰り,もしくは1泊程度で,行きたいなあと思っているいくつかのところです。
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●志摩
 三重県大紀町の塩浜山村広場(しおはまさんそんひろば)へ行きたいとずっと思っていますが,まだ,実現していません。この広場は,熊野灘と錦港を一望できる高台にあって,特に夕暮れ時の景色は映画のワンシーンのように美しいところだそうです。
 紀勢自動車道の紀勢大内山ICから車で約15分。遠いところではないので,日帰りで行くことができそうなので,近いうちに天気予報と相談して行ってみたいと思っています。
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●蔦の淵
 愛知県奥三河にあるということですが,これまで知りませんでした。
 日帰りでも行くことができるので,先日,飯田線の秘境駅を巡ったときに降りることができなかった田本駅も併せて,行ってみたいと思っています。
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●高松塚古墳壁画
 キトラ古墳壁画は1月24日に見るので,その次は,高松塚古墳壁画を見たいなあ,と思っています。年に4回ほど公開があるので,都合のよい日を探して,行ってみたいと考えています。
 飛鳥地方はほかにも見たいところが多くあるので,上手に計画したいです。
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 ここからは,願望です。
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●碓氷峠
 碓氷峠(うすいとうげ)は,群馬県安中市と長野県軽井沢町の境にある標高956メートルの峠で,かつては関東と信州を結ぶ交通の要衝だった場所です。
 東側が急勾配で西側がなだらかな「片峠」(かたとうげ)という地形で,江戸時代には中山道の難所でした。明治時代には日本初のアプト式鉄道が導入され,技術の粋が集められました。
 名所「めがね橋」は日本最大のレンガ造りアーチ橋で,今も美しい姿が残っていて,秋には紅葉とのコラボが絶景となります。また,旧線跡を歩ける「アプトの道」や鉄道の歴史を学べる「碓氷峠鉄道文化むら」もあります。
 いつ行こうか,車で行こうか,列車にしようか,どこかで1泊するか,途中のどこに寄ろうか,などと考えているうちに冬になってしまいました。今年こそ。 
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●津軽海峡横断
 最後に,計画段階の旅を紹介します。
 青函トンネルが開通して,青函連絡船がなくなりました。しかし,今でも,函館港と大間港間はフェリーがあることを知りました。また,北海道新幹線の青函トンネルを一度は通ってみたいと思っているので,これを合わせて,行きは青函トンネルを通って北海道へ行き,函館港から大間港まで今度はフェリーで渡るという旅をしたいと思うようになりました。
 どこで宿泊するか,青森市までどうやって行くか,など,考え中です。いずれにしても,天気が大きく影響するので,いつ行くべきか? 悩ましいところです。
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2026トラベルマップ


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月齢17.4の月の出。

天気がよく,雲がなかったので,美しい月の出を見ることができました。
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【Summary】
Having visited most places I long wished to see, now plans short trips to destinations long left unfinished. Using concerts as opportunities, I visit Kujukuri Beach, Fukushima, and the San’in region, embracing the unpredictability and quiet joy that still make travel rewarding.

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 海外,国内とも,ほぼ,行きたいところには行ったので,店じまい。と思っているのですが,それでも,そういえばここは行っていないなあ,と思いつくところがけっこうあるものです。ということで,今年は,そんな場所に,何かのついでに行ってみることにしました。
 今日からは,そんな場所に書いてみますが,果たして,2026年が終わるときにはどうなっているのでしょうか。予測不可能であるからこそ,旅は楽しいのですが…。

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●九十九里浜
 子供のころ,地図を見ていて,千葉県の東部海岸に広がる九十九里浜を見つけて,そこはどういうところなのだろう? とずっと思ってきましたが,近そうで遠く,これまで行くことができませんでした。また,房総半島を一周したときも,少しだけ離れていたので行くことができませんでした。
 そんな折,2月下旬に東京で名古屋フィルハーモニー交響楽団のコンサートを聴くことになりました。ならば,その機会に行ってみようと思いました。とはいえ,調べてみても,公共交通では時間がかかります。しかし,車だとずいぶんと近いところだったのです。そこで,上野駅でレンタカーを借りることにしました。
 一体どういうところだろう? と探してみると,なかなかの宿泊先がたくさん見つかったので,そのうちの1軒を予約しました。あとは天候だけ。楽しみになってきました。
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●福島県
 以前書いたことがありますが,私は,何もないといわれる郡山市にずっと行ってみたかったのです。その理由はすでに書きまた。しかし,わざわざ郡山市だけに行こうとまでは思っていませんでした。ここもまた,3月上旬に,東京,いや,大宮市でNHK交響楽団のコンサートを聴くことになったので,その機会に足をのばしてみようと思ったのです。
 とはいえ,郡山市だけではもったいないので,どうしたものか,と考えました。磐梯熱海温泉に宿泊するとか,また,只見線に乗るとか,あるいは,さびれているといわれる会津東山温泉に宿泊するとか,さまざまな候補をあげてみたのですが,どこも,調べてもいまひとつでした。
 考えてみれば,郡山市以外に白河市あたりも行ったことがないので,大宮市でコンサートを聴いた後,夜,新幹線で新白河駅まで行って,駅前の東横インに泊まり,翌日朝からレンタカーを借りて,郡山市も含めて1日観光をするということで妥協することにしました。
 と,その後,ここらあたりにも私が片想いをしている和泉式部関連の場所があることを思い出して調べてみると,「式部のやかた」という旅館を見つけたので,そこに1泊することにしました。こんな機会でもなければ行くことができない,ということで,1泊2日だった旅が2泊3日になりました。
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●山陰地方
 今年もっともやりたかったのが,このコースでした。
 今から50年ほど前,はじめてひとり旅をしたのが山陰地方で,このあたりは列車で通っているのです。しかし,萩市には降りたけれど,津和野市は通り過ぎただけで行きそびれました。
 そこで,出雲市あたりから山口県の西の端まで,山陰地方を旅をしたいなあと考えて,出雲えんむすび空港まで行ってレンタカーを借りることにしました。
 さらに調べると,けっこうおもしろそうな旅館を2軒見つけたのでさっそく予約をしました。
 果たして,2泊3日でどれだけのところにいくことができるか,今はまだ不明ですが,何だかとても楽しみです。
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【Summary】
“Kyoto People’s Secret Pleasures: Rouge – Inheritance” revives the series with a fictional, dreamlike narrative set between Kyoto and Paris. While aware of its distance from reality and the passage of time, the reviewer welcomes its beautiful imagery and romantic tone, finding it a comforting and hopeful return to Kyoto’s allure.

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 2015年1月から2017年5月まで「京都人の密かな愉しみ」の第1シリーズが放送されました。最後は,主人公の常盤貴子さんが演じる沢藤三八子が,不倫をしてパリに旅立ち,密かな愉しみというのはこういうことだったのか,というオチで終了しました。
 これで終わりにしておけばいいものを,だれが引っ張り出してきたものか,アイデアが枯渇してしまったのか…。ともあれ,その続編となる第3シリーズ「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」が2026年1月4日から放送されることになりました。
 その第1話は題して「十一面観音」
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 長い伝統を誇る京都の和菓子屋の若女将(わかおかみ)だった沢藤三八子は、三上驍(すぐる)との恋を実らせ結婚しパリで暮らしていた。仕事のため一時帰国した驍は,三八子の母・鶴子が重い病気にかかっていることを知り,店の継承はどうなるのか? との思いに駆られる。先妻との間の娘・洛(みやこ)はパリ育ちの大学院生。留学を希望する洛に驍は,とある大胆な提案をする。
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 というのがストーリーですが,この続編は,番組の題名にある「継承」どおり,果たして,第1シリーズの遺伝子を引き継いだすてきな番組になったのでしょうか?

 かくいう私は,第1シリーズが放送されていたころは京都に恋をしていたので,とても楽しく見ていたのですが,その後,京都は豹変し,というか,京都にインバウンドが押し寄せ,その結果,京都のよさがなくなってしまい,私も失望して,唯一,インバウンドの去った2020年のコロナ禍以外には京都には足を運ばなくなっていました。それが,2025年,京都市交響楽団の定期会員になったことで,再び,京都に足を運ぶようになったことで,京都熱が再燃しているので,私的には,放送するにはいい時期です。
 第1シリーズがドラマと現実のミックスでとてもすてきな番組だったのに,第2シリーズが現実中心だったのはがっかりしました。それに対して,今回の第3シリーズがドラマ仕立てなのは,私には好印象でした。「旅するフランス語」も終わってしまい,常盤貴子ロスだっただけに,常盤貴子さんが再び登場となれば,テンションも上がります。

 パリと京都を舞台にする,なんて,一見,何とエキゾチックなドラマのステージなんでしょう。「京都人の密かな愉しみ」だけでなく「旅するフランス語」の続編にもなります。この現実離れをした雰囲気を醸し出す想定こそが,このドラマの真骨頂。しかも,美しい映像に仕上げているから,まさに,夢物語のドラマとなっていて,これがすばらしい。
 が,現実は,ゴミだらけらしいパリとインバウンドだらけの京都。そう考えると,果たしてその実態は…と,人間をやりすぎ,実際の姿を見過ぎて冷めた目で見ているもうひとりの私がいます。そう無理せんでも,と。さらには,常盤貴子さんが母親役となっているのが,年月の重さを感じ,現実に引き戻させます。
 とはいえ,そんな私を再び夢見心地にしてくれるほどすてきなドラマです。娘役の若い主人公・洛を演じる穂志もえかさんもいいです。今後に期待。

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【Summary】
After lunch, I left Toei Uzumasa Eigamura and stopped at Nijo Castle on the way to Kitayama. Visiting during a quiet year-end period, I explored the usually crowded site’s three gardens and the rarely noticed exhibition hall displaying original Ninomaru Palace wall paintings.

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 昼食をとって,東映太秦映画村を出ました。
 京都コンサートホールのある北山へは,太秦天神川駅から地下鉄に乗れば着くので,まず,東映太秦映画村から太秦天神川駅まで歩いて,地下鉄に乗りましたが,まだ時間があったので,途中の二条城前駅で途中下車して,二条城に寄ることにしました。
 これまで,二条城も行ったことがあるのですが,先日「ブラタモリ」 を見ていたら,京都・二条城として-世界遺産&国宝二の丸御殿へ!-をやっていました。二条城といえば,大政奉還を行った二の丸御殿の大広間。そこは見た記憶があるのですが,庭園と天守閣跡は行っているはずなのに記憶がありませんでした。そもそも,私は,二条城は御殿だとばかり思っていたから,江戸時代には天守閣があったという認識がなかったのです。それで,行ってみたかったのでした。
 しかし,二条城はオーバーツールズムの代表のような場所で,インバウントだらけで激混みなので,これまで敬遠していました。ですが,時節柄,いまならそんなこともないだろう,今がチャンスと思いついたのです。実際,行ってみたら,やはり,目についたのは外国人観光客ばかりでしたが,それでも,とても空いていました。

 二条城は12月29日から12月31日は休城で入城できません。私が行ったのは12月27日でしたが,12月26日から12月28日と1月1日から1月3日は「年末年始公開」として庭園のみの公開で,二の丸御殿と本丸御殿は休止でした。私は,庭園が見たかったので,問題はありませんでした。
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 二条城には3つの庭園があります。
 二の丸庭園は,小堀遠州が手がけたとされる池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園です。池のまわりを歩きながら,石組みや松の美しさを楽しみます。将軍が大名と会う二の丸御殿のすぐそばにあって,格式高い雰囲気が漂います。
 本丸庭園は,明治時代に整備された庭園で,洋風の要素も混ざっています。
 清流園(せいりゅうえん) は昭和時代に作られた新しい庭園で,和風と洋風が融合したデザインです。茶室もあり,イベントやお茶会が開かれることもあります。
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 城の中にこれだけ立派な庭園が3つもあるというのが驚きです。天守閣跡に上がり,景色を堪能することもできました。

 最後に,二条城障壁画展示収蔵館に行きました。ここはこの時期も公開していました。
 二の丸御殿の障壁画は老朽化しているので,現在,模写したものが二の丸御殿にあって,本物は収蔵されています。これを展示するのが,この二条城障壁画展示収蔵館で,二の丸御殿障壁画を保存,公開するために,築城400年を記念して,2005年(平成17年)に開館したものです。
 二の丸御殿障壁画の実物を,通常,年4回,御殿の部屋ごと,あるいはテーマごとに選び,ガラス張りの展示エリアに移動して公開しています。また,エントランスホールには,錺金具や城内から発掘された埋蔵文化財等も展示されています。こんな貴重なものなのに,素通りする人が多く,特に,外国人はあまり興味がないようで,静かな館内で鑑賞することができました。

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Wolf Moon 2026.

1番目の写真は,2026年1月2日の夕方写した月齢13.3の月です。
1月の満月「ウルフムーン」は1月3日ですが,あまりに美しいので,前日に写しました。
1月2日の月は1月3日の月よりも地球からの距離が近く,約36万キロメートルです。
2番目の写真は,2026年1月3日の夕方,正真正銘の満月が昇ってきたばかりの姿です。
月の近くをFDAが通っていきました。
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【Summary】
A year-end special of Local Bus Journey followed celebrities relaying a 550-kilometer route from Matsuyama to Tojinbo. Despite declining bus services, walking hardships, and harsh weather, the journey succeeded. I enjoyed the travel scenery and reflects that enduring severe natural conditions often creates the most memorable travel experiences.

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 2025年12月27日と12月28日の2日間にわたって,テレ東で「ローカル路線バス乗り継ぎの旅!総勢15名で挑む550キロSP」が放送されました。
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 テレ東を代表する「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」年末特別編!
 ミスターバス旅・太川陽介&バス旅Wで大活躍中の髙木菜那&テレ東でレギュラー番組を持つテレ東オールスターズを代表してオードリー春日の三人をリーダーに,チーム太川→チーム春日→チーム太川→チーム髙木と4区間たすきをつなぎ,550キロ超のコースに挑む!前代未聞のバス旅リレー。
 果たしてゴールできるのか!?
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だそうです。昨年は確か8時間だったので,年々,時間が長くなっていきます。
 出演者は,太川陽介,大友花恋,クロちゃん(安田大サーカス),稲田直樹(アインシュタイン),春日俊彰(オードリー),佐々木久美,ゆめっち(3時のヒロイン),山添寛(相席スタート),トラウデン直美,すがちゃん最高No.1(ぱーてぃーちゃん),宮澤佐江,エース(バッテリィズ),高木菜那,村井美樹,Aマッソ加納ということです。
 私は,ほとんど民放の番組を見ないし,NHKも,60年以上紅白歌合戦は見たことがないし,報道番組はまったく見ないし,朝の連続テレビ小説と大河ドラマのほかには,旅番組とクラシック音楽番組,そして,歴史番組と科学番組,ときにはMLB中継と大相撲というように,ほぼBSしか見ないので,太川陽介さんと高木菜那さん,村井美樹さん,春日俊彰さん以外はまったく知りません。そもそもお笑い芸人は苦手ですが,今回は,不快な人がいなかったからよかったです。

 今回のコースは,愛媛県の松山城から福井県の東尋坊までの全長約550キロメートルを8日間・4区間でつなぐというもので,瀬戸内海をいかにして超えるかと,琵琶湖が広がる滋賀県をどのようにして北上するかがカギでした。
 近年は路線バスが少なくなり,路線バスの旅というよりも歩く旅の様相を呈していて,見ていて気の毒になることも少なくありません。また,これだけの長寿番組となると,ほとんどコースが定番化してしまうので,コースを決めるのはずいぶん大変でしょう。
 今回もまた,最終日にハラハラさせながらなんとかゴールを達成する,というものになって,これは,おそらく,何らかの筋書きは用意されていたことでしょう。でないと,最悪の場合,番組が成り立たなくなってしまいます。とはいえ,私としては,楽しければそれでいいので,野暮なことはいいますまい。それよりも,私は,バス旅はしませんが,日本各地のさまざまなところに行くので,その様子がわかるだけでも大変楽しめますし,参考になります。何より,観光地でないところを知ることができるのがいいです。こんな旅ができるのも日本ならでは,でしょう。

 しかし,筋書きがあろうとなかろうと,天候だけはどうにもなりません。
 今回の最大の見せ場であった最終日。天候が最悪でした。雨が降ったり,晴れたり,虹が出たりと,ご苦労なことでした。
 私は,2014年の夏に,アメリカのネブラスカ州に行ったことがあります。
 ネブラスカ州はアメリカの中央部に位置するのですが,天候が過酷であることと,砂嵐が多いことで知られます。私が行ったときも,雷雲が発生したり,遠くにはトルネードが見えたり,雨が降っているかと思えば,反対側は晴れていたりと,それはそれは,すごいところでした。これが自然の驚異か,と思いました。
 今にして思うに,そうした経験がもっとも記憶に残るものです。過酷な自然を体験することこそが,旅の最大の醍醐味なのかもしれません。

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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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【Summary】
In 2025, becoming a Kyoto Symphony Orchestra subscriber deepened my passion for classical music and cultural life. By contrast, my interest in shogi has faded amid commercialization and limited spectator appeal, while stargazing feels increasingly hopeless as dark skies disappear and amateur astronomy loses its place.

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 人工知能の進化がめざましい1年でした。私もいろいろと試してみたのですが,結局,すばらしい芸術に接したり,旅に出てその土地の雰囲気を味わtったり,おいしいものを食べるという,人間にしかできないところに楽しみが純化するのでは,と思うようになりました。
 さまざまなビジネスの分野では,人工知能とどうつき合っていくのか,多くの課題が生まれたようですが,私は,むしろ,人間回帰で楽しめるいい時代になったと捕えています。

●クラシック音楽
 この分野は,むしろ,人間でしかできない,そして味わえないものとして,より価値が高くなってきたように思います。
 私にとって2025年は,京都市交響楽団の定期会員になったことで,生きがいがひとつ増えました。
 はじめは,沖澤のどかさんの指揮する演奏会に行きたかったというのが動機でしたが,次第に,京都市交響楽団にのめり込みました。さらに,思いがけない出会いも生まれました。
 私は,20年近くにわたるNHK交響楽団の定期会員で,特に,初期のころは熱心に東京へ行っていました。それまで知らなかった多くの楽曲を覚え,すばらしい演奏会もたくさん聴きました。これがテレビで放送しているNHK交響楽団の定期公演か,と感激しました。しかし,次第に,何か物足りない気がしてきました。それは,団員さんとの精神的な距離を遠く感じることです。敷居が高いのです。
 それが,京都市交響楽団では全く違いました。楽しそうに演奏している姿は最高でした。自分も参加しているような気がするようになりました。また,京都へでかける,ということのメリットもできました。京都は近く,演奏会に行く折りに,京都近郊の様々な場所をめぐることの楽しみもできました。
 そのような,オーケストラによる演奏会以外に,小さなホールで,室内楽の演奏会に行く楽しみも覚えました。ヴァイオリンやヴィオラのソロ,弦楽四重奏曲などを真近で聴く楽しみは,何ものにも代えがたいものです。
 学生時代,音楽,書道,美術は芸術科目として,いずれかひとつを選択する教科でしかなかったのですが,人間を長くやっていると,これらの文化や芸術こそが,人の生きる最大の糧だと思うようになりました。若いころにこうした知識を多く吸収しておくことが大切なのです。音楽に限らず,これからも,こうした楽しみを大切にしていこうと思うのです。

●将棋
 藤井聡太竜王名人の活躍で,一時,ずいぶんと将棋を見る機会が増え,さまざまなイベントに行きました。しかし,正直いって,その先がない,と感じるようになってきました。
 それは,将棋というゲームは,長い時間がかかり,鑑賞するという媒体には少し困難さを感じるということや,さまざまなイベントもワンパターンで,あまり深みを感じないということ,将棋の内容も同じようなものばかりだということ,また,数年前のマイナーなころはそんなこともなかったのに,このごろは,何だか営利主義に走っているだけのように感じるからです。
 囲碁がそうであるように,将棋も,単に藤井聡太ブームで数年の延命ができて,しかも,その間に,関東と関西に新しい将棋会館を作ることができたという幸運があったのですが,それも終焉。この先は,人工知能の進化もあり,さまざまな困難が予想されます。
 せっかくできた将棋会館も,アマチュアには関係のないところ。せめて,いくつかある対局室のうちのひとつくらいは,一方を防音のガラス張りにして,そこを訪れる人が気軽に何分か,対局している棋士の姿を見ることができるとか,併設するレストランで,棋士の人たちと気軽に話ができるとか,そういう企画をしないと,将来がないように思います。関西の将棋会館にはやたらと広い将棋道場はあれど,カフェすらないので,立ち寄る意味さえありません。自分たちだけの楽しみならともかく,職業としてやっていて人に見せるということなら,もっと工夫が必要です。

●星見
 これが趣味としては,もっとも絶望的なものです。
 真っ暗なところで見る満天の星はほんとうに美しいものです。自分の手で,星空の写真を撮りたいとか,望遠鏡でもっと多くの星を見てみたい,という気持ちになるのはだれも同じだし,それが高じて,自分で機材を工夫して改良したりという楽しみは何にも代えがたいものでした。
 しかし,満天の星を見ることができる場所などほとんどなくなってしまったことや,天体現象は天気次第であること,そしてまた,天文学はより高度な学問となり,天文台の巨大な観測機器が発達しすぎて,アマチュアとはかけ離れたものになってしまったことで,学問としては興味があれど,趣味としては何をするのかわからなくなってしまいました。車1台もするような機材を手に入れても,それを使いこなすことは困難だし,これでは若い人が入り込む余地もなくなってしまいました。
 私は,小さなカメラとポータブル赤道機をもって,人のいない大平原でのんびり星見がしたいという願望はあるのですが,それをかなえるところなど,どこに行っても危険なクマが出没するようになった今の日本には存在しえないのが残念です。ハワイ・モロカイ島の海岸でのんびりと満天の星を見たのが懐かしい。

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Happy New Year 2026.
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【Summary】
In 2026, the writer reflects that their feelings have hardly changed over the past year. Overseas travel, once a passion, has come to an end after a final trip to the U.S. Instead, I have found deep satisfaction in domestic travel, discovering Japan’s endless historical depth and now preferring shorter, nearby journeys.

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 2026年になりました。
 1年前のブログを読み返してみると,この1年で何も気持ちが変わっていないことに驚きます。どうやら,何をするにも,どのようにすればいいのか,何をしたいのかがよくわかるようになって,「気の向くままの日々」をすごしていたら,2025年はあっという間に過ぎてしまったようです。
 ここで振り返ってみます。

●海外旅行
 前回,海外旅行をしたのは,2020年3月でした。その後,コロナ禍で,海外に行くことができなくなってしまいました。
 2020年のころは,コロナ禍が終わったら,再び行ってみたい,というところがずいぶんとあったのですが,その代わりに国内を旅するようになったら,次第にどうでもよくなってしまいました。こころ残りは,30万マイルもあったデルタマイレッジだけでした。
 そんな折,7月にロサンゼルスに行くことにしました。大谷翔平選手が見たかったからでした。その結果,ぜいたくにデルタマイレッジも使い果たすことができました。6年ぶりに行ったアメリカでした。楽しく,多くの思い出ができたのですが,以前はアメリカ旅行にあれほど情熱を感じたのに,正直,何のときめきも感じませんでした。そして,これで,海外旅行はおしまいにしようかな,と思いました。残念ながら。ド高い食費やら,出入国のわずらわしさやら…。安いころにさんざん行っておいてほんとうによかった。
 もう,今は,国内で,温泉に入って部屋で豪華に食事をするほうがいいや。歳ですな。

●国内旅行
 国内もまた,行きたいなあ,と思っていたところは,ここ数年でどんどんと出かけ,そのほとんどに行くことができました。
 以前は,国内なんて,京都と奈良だけで十分,と思っていたのに,その変わりように,自分でも驚きます。このごろは,オーバーツーリズムといって,観光地には人があふれてしまっていますが,それでも,探せば,あまり人の行かない魅力的なところが存在します。そして,そうしたところに行けば行くほど,まだまだ知らないことがたくさん見つかるのです。この国は歴史があまりに深く,掘っても掘っても底が見えないのです。
 2025年に2泊以上の旅をしたのは,2月に種子島,3月に宮古島と山口県,5月に青森県,10月に山形県だけでしたが,地図に書いてみると,けっこう遠くまで出かけています。ただし,距離の遠いほうが飛行機で行くのでむしろ時間的には近いし,交通費も安いのです。
 まあ,これもまたそろそろ店じまいです。私の興味関心が京都と奈良に戻ってきました。これからは,短い期間で近場の旅を楽しもう。そう思うようになってきました。それはそれで楽しみです。

2025トラベルマップ


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「ボレロ」大成功。

恒例の東急ジルベスターコンサート
沖澤のどかさん指揮の「ボレロ」によるカウントダウン
大成功でした。
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【Summary】
After visiting Izumi Shikibu’s grave in Kameoka, I returned toward Kyoto, stopping in Uzumasa. Walking through Uzumasa Izumi Shikibu Town, linked by legend to the poet, I visited Toei Uzumasa Eigamura, a historic film theme park now undergoing major renewal, enjoying shows and tasting the distinctive “Mito Komon ramen.”

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 亀岡市稱名寺の和泉式部の墓へ行くことができました。さらに亀岡市の見どころをまわろうと思っていたのですが,亀岡市は京都市のベッドタウンとしての位置づけで,特に行ってみたいというところもなく,私の主観ですが,明智光秀は「敗軍の兵」となってしまいその後の町の歴史に明るさを感じない空気があって,京都市内に戻ることにしました。
 トロッコ嵯峨駅とトロッコ亀岡駅間は,保津川渓谷沿いの旧線跡を「嵯峨野トロッコ列車」が走っていて,私も,一度,紅葉の時期に乗ったことがあります。紅葉の時期だけの運行だと思っていたのですが,通年運行しているようで,亀岡駅に戻ったとき,隣接するトロッコ亀岡駅に乗客が列を作っているのを見かけました。
 そんな場所なので,行きに京都駅から亀岡駅に来るとき,風光明媚な景色を眺めていたのですが,花園駅から太秦(うずまさ)駅の間に東映太秦映画村があるのを見つけました。亀岡駅から京都市内に戻るとき,これからどこへ行こうかな,と考えて,そのことを思い出しました。東映太秦映画村も以前行ったことがあるような気がするのですが,まったく記憶がないので,行ってみようと思いました。さらに,太秦といえば,太秦和泉式部町というのがあることも思い出したので,単なる町の名だけで何もないとは思ったけれど,和泉式部こだわりで,そこにも寄ってみることにしました。太秦映画村だけなら最寄り駅は太秦駅ですが,太秦和泉式部町を通るとなると,その次の花園駅なので,花園駅で降りて,太秦和泉式部町を通り,太秦映画村に行くことにしました。

 花園駅で降りて,線路沿いに歩いていくと,太秦和泉式部町らしきところに着きました。とはいえ,京都の町は,電柱に地名表示なるものがなく,よくわかりません。和泉式部町と地名のかかれたものがないものかと探しまわると,いろいろと見つかったので,写真に収めました。
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 この地は,かつては字和泉式部(あざいずみしきぶちょう)といいました。伝説によると,和泉式部は晩年この太秦のあたりで過ごしたともいわれています。
 また,13世紀,円覚がこの付近に法妙寺を開き,法妙寺の円覚上人の塔旧跡に槲(かしわ)の木があり,和泉式部の塚がその傍らにあったと「山州名跡志」に記されていますが,現在は,塚は失われてしまいました。
 1931年,字和泉式部より和泉式部町に町名が改められました。
 ちなみに,太秦とは,古代に渡来人の秦氏(はたうじ)が拠点を置いた場所でした。
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 東映太秦映画村は映画のテーマパークで,日本のテーマパークの先駆けともいわれます。
 1975年11月1日に開村した敷地2万9,000平方メートルの東映太秦映画村は,当時,ずいぶん話題になりました。
 今年はちょうど50周年を迎え,幾分老朽化しているのはやむを得ないとはいえ,さびれてはいませんでした。現在は,開業50周年を期して,リニューアル工事がはじまっていて,施設の半分は工事中でした。リニューアルは2028年完成予定で,全面刷新をして,従来の家族連れに加えて訪日外国人観光客によるインバウンド需要を見込み,日本の伝統文化を体験できるようにし,新たなオープンセットの建設,温浴施設の開業,新アトラクションの導入,京都の食を楽しめるフードエリアの開設,芝居小屋や町中のショーの刷新を行うそうです。
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 テレビの普及で斜陽となりつつあった映画。
 1965年に松竹京都撮影所が閉鎖するなど,1960年代に入り,日本映画界を取り巻く状況が厳しくなりました。広大な撮影所のスタジオやオープンセットは遊休施設と化し,映画村が合理化の大きな布石となりました。そこで,京都撮影所のオープンセットの維持を画し,映画のテーマパークとして具体的な建設計画がスタートしたのは1972年ごろでした。とりあえず1日だけやってみるということで実行すると観客が押し寄せる大盛況で,その結果,東映太秦映画村がオープンしたといいます。
 開村1年で目標の2倍以上の200万人を動員し,京都の観光名所になり,1990年ごろまでは年間動員230万人前後をキープしましたが,その後は漸減傾向となっているということです。 
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 あまり期待していなかったのですが,忍者ショーや映画村ツアーなど,けっこう楽しめました。
 お昼は「ラーメン喜らく」というレストランで「水戸黄門ラーメン」を食べました。
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 「水戸黄門ラーメン」は,水戸黄門とよばれる水戸藩2代藩主の徳川光圀が日本ではじめてラーメンを食べたという説にちなみ,当時のレシピを再現したご当地ラーメンで,蓮根を練り込んだ麺と火腿(ハム)だし,ニラ・ニンニク・ショウガ・ネギ・ラッキョウの五辛薬味が特徴です。
 明から来た儒学者・朱舜水(しゅしゅんすい)が水戸藩に滞在していたとき,中国風の麺料理を徳川光圀にふるまったという記録があり,これが「水戸黄門ラーメン」のルーツとされています。
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