しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

September 2016

アンドロメダM52C_2014S2_PanSTARRS_20151007C_2015F4_Jacques_20151018エンケ20131109星図

☆☆☆☆☆☆
 昨年は春から初夏にかけて数か月間まったく星が見られませんでしたが,秋は毎晩晴天でした。それに比べて,今年は初夏は晴れ間もあったのですが秋は一向に晴れません。かろうじて中秋の名月の日に月が見られただけです。
 日本では美しい星がみられないとはいえ,それでも星空の美しい季節なので,今日はせめて写真だけでもということで,お星さまの写真をご覧ください。

 秋の北の夜空にはカシオペア座が高く輝くので,それにつれられるようにアンドロメダ座のM31銀河が肉眼でも見られます。それに対して,春は北斗七星が昇ってくるのでそれにつれられるようにしし座やおとめ座の銀河団が見られます。
 そこで今日の1番目の写真はアンドロメダ座のM31銀河を左端に配置した星野写真です。そして,2番目の写真がカシオペア座の代表的な散開星団であるM52です。
 こういった星の集まりは空の暗いところで双眼鏡を使ってじっくりと楽しみたいものです。

 星雲や星団のように毎年同じ季節に見ることができるものは別として,今年は残念ながらまったく彗星が見られないのです。
 さすがに肉眼で容易に見られるような明るいものは数年に1個くらいしか現れないのですが,11等星より明るくカメラで簡単に写せるようなものなら2~3個くらいはいつも夜空に見られたのですが,この秋は,なんとそれすらひとつもないのです。
 これでは,学者さんは別として一般の天文ファンを引きつけるための「ウリ」がないので,そうした人を対象としてメシを食っている人は大変です。

 そこで,昨年の今ごろ見えていた彗星の写真を載せましょう。
 3番目はパンスターズ彗星(C/2014S2 PanSTARRS)が北極星に大接近したときのもの,そして,4番目のものはジャック彗星(C/2015F4 Jacques)です。
 こうした暗くてかわいい彗星なら,空が多少明るくても写すことができてそれはそれで楽しいので,日本で星見をするにはよい対象です。
 で,これから先のまさに期待の「星」なのはエンケ彗星(2P Encke)です。5番目の写真は3年前,前回の接近のときのものです。

 エンケ彗星という名は天文ファンではあまりに有名ですから,知らないという人は「もぐり」でしょうか? 私は,星に興味をもった今から50年近く前から頻繁にこの名前は天文雑誌にあったので自然と知ったのですが,だからといって,この彗星はそれほど明るいものでないので,自分の目で見ることができるようになるまでにはずいぶんと時間がかかりました。

  ・・・・・・
 エンケ彗星は古くから観測されている周期彗星で,この彗星の軌道の研究に尽くしたエンケの名をとって命名されました。
 エンケは1818年にマルセイユのポンが発見した彗星が周期3.3年の短周期彗星であることを計算しました。さらに,この彗星が1786年1月17日にパリのメシャンが発見した彗星,1795年11月7日にハーシェルが発見した彗星,1805年10月19日にマルセイユでチューリが発見した彗星と同じものであることも突き止めたのです。
 周期が3.3年と周期彗星の中でもっとも短いもので,現代では太陽から最も遠い遠日点でも21等程度で観測することが可能です。
  ・・・・・・
 この彗星が3年ぶりに地球に近づきます。今日の最後に載せた星図は来年1月30日の午後7時の西の空ですが,金星のとなりに尾を引いた7等星くらいのかわいい彗星の姿を双眼鏡でも見ることができることでしょう。

DSC_3805 (1024x683)DSC_3808 (1024x683)DSC_4200 (1024x683)DSC_4201 (1024x683)●ハワイ島にもマクドナルドが●
☆7日目 4月4日(月)
 私はハワイ島に来たそのすべての目的が達成されて,すっかり満足して最終日を迎えた。
 すでに書いたことだが,ハワイ島から一旦オアフ島へ渡って,オアフ島のホノルルから日本に帰国するのだが,ヒロからホノルル便の時間が遅く,ホノルルから成田までの乗り継ぎのためだけにホノルルで1泊する必要があった。あれからいろんなことを知って,今ではそんなくだらないことをする必要などないことがわかるのだが,このときはそういう帰り方しかないのかな,と思っていた。
 そのために私は,夜遅くホノルルに到着して,その晩に泊まるホテルに行くのに苦労することになるのだが,うかつなことにそれが大変なことだという心配など,このときはまったく頭の端にもなかった。
 それほど,私がハワイ島で楽しい日々を過ごしていたということだ。

 あす早朝にホノルルから帰国することになるから,今日は,ハワイ島というよりも今回のハワイ旅行の最終日であった。はじめから,最終日は空港のあるヒロのダウンタウンを観光することに決めていた。そんなわけで,私は,この日になってはじめてヒロという町の様子を知ることとなった。
 思えば,はじめてのハワイ旅行というのに,一般とはずいぶんと異なる旅をしたものだ。このブログで,私はハワイ島で一箇所だけ行くことができなかったところがあったと書いたが,それは「イミロアアストロノミーセンターオブハワイ」のことであった。
 私が今でもハワイ島にはよい思い出しかなく,また行きたいと思っているのは,きっと,これだけ十分にハワイ島を楽しんでも,すべてを成し遂げることができなかったことがその理由であろう。
 博物館に行くことができなかた理由は,この日があいにく月曜日,休館だったからである。まったくもって情けない話だ。これまで何度でも行く機会などあったのだから…。しかし,私はこういうとき,いつかはそれを必ず実現しているから,おそらく,数年うちにはこの博物館を訪れるに違いない。

 そんなわけで,私は急いでヒロに行く理由ももなく,半日ぐらいはコナコーストをドライブしてからヒロに行くことにして,ホテルをチェックアウトした。
 まず,ヒロのある東ではなく南に車を走らせた。目指す目的地は「グリーンウエルファームズ」というコーヒー農園であった。
 ここは,2日前にカイルアコナを散歩していたときふと立ち寄ったディスカウントツアーを取り扱っていた観光案内所のおじさんと雑談をしていたときに教えてくれたところである。
 その観光案内所というのは,ハワイ島のオプショナルツアーを安価で斡旋していたところで,金券ショップのような店舗であった。さまざまなツアーが売りに出されていた。そのなかには,私が参加した潜水艦ツアーもあったし,マウナケア星空観察ツアーもあったし,へリコブターツアーもあったが,値段が全然安かった。
 この店がまともかどうかは私にはわからない。いずれにしても,当日になってツアーに空きがあればそれはディスカウントになるのが資本主義の道理だから,おそらく問題ないにちがいない。しかし,こういうことを知ってしまうと,日本の代理店で正規にお金を出して高額のオプショナルツアーを予約するのは本当にバカらしくなる。
 「グリーンウエルファームズ」は州道19を南に走って行ってマクドナルドを越したところにあるといわれたので,今日の朝食はマクドナルドということにした。ハワイ島にもマクドナルドはあるのだ。


ある天文学者の恋文

 「ある天文学者の恋文」(The Correspondence)。
 内容もまったく知らず,題名だけにつられてこの映画を見にいきました。原題のまま(=「文通」)だったら見にいったかどうか?
 もし,私の好むものではなかったらどうしよう,と思っていましたが,心に深く残る素敵な映画でした。そしてまた,見終えてしばらくしたらさらに心に染みてきました。忘れられない映画のひとつになりそうです。

  ・・・・・・
 ある天文学者が仕掛けた"謎”を解き明かした時,極上のミステリーは美しくも切ない愛の物語に生まれ変わる――
 大ヒットを記録した「鑑定士と顔のない依頼人」で鮮やかなミステリーの手腕を披露したジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore)監督の最新作は,一人の天文学者が恋人に遺した“謎”をめぐる物語。数十億年前に死してなお,地球に光を届ける星々のように,命尽きても,我々の愛は大切な人たちの行く先を照らし続けることができるのか。そんな壮大でロマンに満ちたテーマを,名匠トルナトーレが描きあげる。
 天文学者のエドには英国が誇るアカデミー賞俳優ジェレミー・アイアンズ(Jeremy Irons)。彼の恋人エイミーには,「007/慰めの報酬」のオルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)。アカデミー賞作曲家のエンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)の心のひだに触れる優美な旋律にのせて描かれるのは,次第に明かされていくエドの本当の想いと,エイミーの過去の秘密。天文学者が仕掛けた“謎”がすべて解き明かされる時,極上のミステリーは美しくも切ない“永遠の愛”の物語へと輝きを変えていく。
  ・・・・・・
というのが,この映画の紹介です。そして,あらすじはつぎのとおりです。
  ・・・・・・
 著名な天文学者のエドと教え子のエイミーは,周囲には秘密で年の差の恋愛を満喫していた。
 ある日,大学で授業を受けていたエイミーのもとに,出張中のエドから「もうすぐ会える」というメールが届くが,エドの代わりに教壇に立っていた別の教授から,エドが数日前に亡くなったという訃報を知らされる。
 その後もエイミーのもとにはエドから手紙やメール,贈り物が届き,疑問を抱いたエイミーはエドの暮らしていたエジンバラの街を訪れる。そこでエイミーは,彼女自身が誰にも言えずに封印していた過去について,エドが調べていたという事実を知る…。
  ・・・・・・

 はじめのうちは私の好むものではないような展開で,よほど途中で帰ろうかと思いました。さらに,ある天文学者を演じていたエドとその恋人エイミーが父と娘ほど年齢が違うのにそういう関係であることがとても不自然だったし,しかも,どうしてこのふたりに恋愛感情が芽生えるのかもよくわからず,かなり無理があるなあと思ってみていました。また,スタントマンのアルバイトをしているエイミーが天文学者の恋人という物語の流れとどうつながるのかもわからず,戸惑いました。
 ところが,話が進むにつれて,そうした謎が次第に解けてきました。そうすると,それまでさまざまに放たれていた伏線がすべてつながり始めて,物語に不自然さがなくなり,見終わったときにはずいぶんと暖かな気持ちになれました。結局,エイミーは天文学者エドに父親の影,そして自分の過去を見ていたのだし,余命いくばくもない天文学者エドはエイミーに自分の最後の生きる力を感じていたのです。
 この作品は見る人の年代や性別によって,映画に出てくる人たちのだれに同化できるかが違うのだ思います。私は,数か月後の死を宣告された天文学者に同化しました。そして,死に直面した人間が,精神的に満たされて生きることによっていかに充実した生と現実の死に向かい合うことができるか,ということにこの映画のテーマを見いたしたのですが,エイミーに同化した人にとれば,天文学者の献身的な愛情によって救われた若い女性ということがテーマになるのかもしれません。しかし,私は,エイミーは映画で描かれた大学生という年齢よりもずっと精神的に成熟した女性でないと少し無理があるように思えました。まあ,この映画でエイミーを演じた女優さんの実際の年齢自体がそうなのですが…。私が日本の大学生を見てそう思うだけで,映画で描かれたイギリスの大学生はそうでないのかもしれません。

 この作品のエドは別に天文学者でなくともよいのでしょうが,一般の人にとっては,人間の力を超えた宇宙というものを物語の根底に据えることによって,人は生きるのではなく生かされている,特に精神的に生かされているというテーマに深みを持たせることに成功しています。それには天文学者という肩書を与えることが最も適格だったのでしょう。しかし,エイミーは天文学を専攻する優秀な学生,というには少し無理があるように思えました。あの精神状態と環境で天文学の卒業論文は書けませんから。
 それはともかくとして,映画のロケ地であるエジンバラやイタリア湖水地方のサン・ジュリオ島がとても美しく,また,音楽がさらにこの映画の美しさに深みを加えていました。
 なお,この映画で天文学者を演じたジェレミー・アイアンズが今度は「奇跡がくれた数式」(The Man who knew Infinity)で数学者を演じる映画が上映されるのだそうです。またまた「リケジョ」には期待の映画でしょう。
 今日の写真は私の写したかに星雲。この写真と映画の関係? がおわかりになるでしょうか。

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●夢はこうして実現したのだった。●
 時刻は夜の9時ごろであった。家族連れが帰るときに,子供たちが「お星さまさようなら」と大声で言うのが聞こえたし,星空観察ツアー御一行様らしき団体さんも帰途につくところであった。ここはハワイ島の天体観察のメッカ,いわば観光地であったのだ。
 とはいえ,非常に条件がよいから,星を見るにも写真を写すにも,観光地であっても日本とは全く違って非常に快適であった。

 私は,来る前,ハワイ島でこんなに楽しく星を見ることができるとは思わなかった。
 それまでは,日本の山で美しい星空を見たという人の話をうらやましく思っていたのだが,ここは標高が24,000メートルもあるからそれ以上だし,車で簡単に来ることができるし,空は真っ暗であった。しかも日本では見られない南十字星も見られる!
 私はここで星を見てすっかり満足した。というよりも,この後,日本で星を見る情熱がすっかり冷めてしまったのだった。
 夜も9時を過ぎると,ビジターセンターの駐車場からは車も人もどんどんと少なくなっていった。どうやら星見の観光客の門限は午後9時であるらしい。だから,心置きなく星を見るには,この後の時間が最適であるのに違いない。そして,この季節は,南十字星が昇ってくるのがまさにこの時間なのである。

 この日の天気は,眼下に雲が流れていたがここは雲の上だから快晴であった。
 いつもこの場所がこの日のように晴天なのかどうかは知らないが,この晩はなぜか絶対に晴れているという確信があった。
 それよりも一番私がびっくりしたのは,あまりの暗さに目の前に三脚を置いても,それさえ見えないということであった。
 日本ではどんなに暗いところに星を見に行っても,懐中電灯などなくてもどこに何があるかなんてはっきりと見ることができるから,この暗さはとても信じられないものであった。

 ここマウナケア山のビジターセンターの駐車場からは東の空が開けていて,南十字星が昇るのを見るには最適であった。
 私は,まず,昇りつつある「偽十字」を目を凝らして探した。
 「偽十字」(False Cross)というのは南半球で見られる十字型の星の配列の通称である。ほ座のδ星κ星とりゅうこつ座のι星ε星を結ぶと十字型に見える。これらは南十字星と見間違えることからこの名がついた気の毒な星々だ。あまりに有名な南十字星は南十字座のα星β星γ星δ星を結んだこじんまりとした十字型の4つの星なのだが,それよりも大きくて,しかも,南十字星よりも早く昇ってくるので,初めて見るとこちらを南十字星と勘違いするのである。それが今日の1番目と2番目の写真である。
 日本からは見えないのであまり知られていないが,実はこの偽十字のあたりは,りゅうこつ座の大散光星雲が天の川に浮かんでいて実に素晴らしい,というか,全天で最も素晴らしいところなのだ。そしてまた,この最も素晴らしい星空を見るには,この時期が最高なのである。
 やがて,南十字が昇ってきた。私の夢は,こうして実現したのだった。
 3番目の4番目の写真をご覧ください。この気品のある姿をどう例えればいいのだろう! まさに,全天一の星座であった。

 実際に両方の十字星を見比べてみると,本物の南十字星のほうがずっと貫禄があるのだが,偽十字のほうがすぐに目につく。それが偽十字だということを知っていれば本当の南十字と違うというのは容易に判断がつくが,知識がないと偽十字を本物の南十字と勘違いするというのもわからないことではない。
 私は小学生の頃に名古屋市科学館の「星の会」でそういう知識を得たのだが,ドリル学習しかさせてもらえない今の子供たちはそんなことすら知らないだろう。

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世界一の星空が見られる絶好の場所
 明るく赤く輝くボルケーノの火口を見て納得した私に残るのは,満天の星に輝く南十字星を見ることだけであった。
 私はハワイ島で南十字星を見たかったのだが,ハワイ島に来た日に参加した星空観察ツアーでそれを話すと「南十字星なんてまだ昇ってこないよ」というつれないコメントがツアーガイドから返ってきた。このツアーは,ハワイ島までわざわざ星を見にきた人が何を期待しているのかをまったく理解していないのだった。それでも私はツアーから帰ったあとで,幸運にもカイルアコナのホテルからコナコーストから昇る南十字星を,本当に「奇跡的」に目撃することができた。
 その後,こうなったらすべてを達成して帰国しようと固く決意した私は,満天の星の下で再び南十字星を見ようと思った。そこで,深夜のマウナケア山に行くことを決めたのだった。

 マウナケア山に来るのは今日だけでも2度目,通算で3度目になった。ただし,私がこの晩目指したのは4,205メートルの山頂ではなく標高2,400メートルにあるビジターセンターの広い駐車場であった。ここで十分に星空見られるはずであった。すでに勝手知ったところであるとはいえ,実際に深夜のビジターセンターがどんな感じになっているのかが,今ひとつよくわからなかった。
 ともかく行ってみるしかないと決意して,キラウエア火山から再びヒロを経由して夜の州道200を走らせた。
 このこともすでに何度も書いたが,この夜の州道200は街灯はなく真っ暗なのだが,車を走らせるときだけ道路の端と通行帯の区切りにひかれたホワイトラインとセンターにひかれたイエローラインが車のライトに照らされてくっきりと光り輝く。そこで,まったく街灯がないにもかかわらず非常に走りやすい。しかも空は真っ暗だから星を見る環境が保たれているのだ。
 これもまた,もう書くのにも疲れたが,日本の深夜の山道が,意味のない街灯が空に輝きわたり星の光を消し,しかもドライバーの目にはまぶしく,そのくせ,道路にひかれたラインは消えかかって見にくく,道路はどこが端なのかがさっぱりわからないからものすごく危険なくせに,気が向いたところだけ錆びたようなガードレースが設置されてわざわざ景観を台なしにしていて,しかも事故を誘発しているのとは,まったく対照的なのだった。

 私の見たい南十字星が東の空に昇ってくるのは夜の9時頃だから,焦ることもなく車を走らせて,やがて,マウナケア山のビジターセンターの駐車場に着いた。
 ところがどうであろうか。
 私の不安をよそに,ビジターセンターの駐車場は多くの星空観察ツアーのバンをはじめ,一般のビジターの車で一杯であった。
 考えてみれば,この日は日曜日だったのである。いつにも増して人が多いのはきっとそのせいであろう。いや,曜日に関係なくいつもそうなのだろうか? 私はそのことに驚くとともに,ここは正真正銘,世界一の星空が見られる絶好の場所で,星空に飢えた世界中の人がここに集結しているということを認識させられた。それとともに,星を見るのにこれほど安全な場所があろうかとも思った。
  ・・
 これだけ車があふれているのにもかかわらず,空を見上げると満天の星が輝いているのである。
 時折,山に登って来る車や降りていく車のライトが道路に映えるのだが,駐車場は広く道路は遠く,しかも上手に植えられた木々がその光を遮るので,そんなものが少しばかり光っても一向に気にならないのである。しかも,確かに寒いことには違いがないが,別に耐えられない寒さということもなかった。
 私もむちゃくちゃ広い駐車場の空きスペースに車を停めて,車のトランクから持ってきた三脚と簡易赤道儀とカメラと取り出してそれを接続して,南十字星を含めた星空を写すために,人の少ない駐車場の端まで歩いていくことにした。
 西の空には沈みかけのオリオン座が輝いていた。

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●私には表現の仕様がない。●
 すでに展望台には大勢の人がいたが,さらにごったがえしてきた。何度も書くようだが,この時期は春で夏休みではないのだが,そう錯覚するほどの混雑であった。私はすでに一度来ていたから勝手知ったるところだったので,見やすい場所に陣取った。
 まだ日が暮れるには少し時間があったが,ここで場所を譲るわけにはいかず,気長に待つことにした。火口から白い煙がただ上っているだけなのは前回と変わらず,私は,こんなものが赤く見えるのかいな? とかなり懐疑的であった。

 ところで,私はこのキラウエア火山を何かと勘違いしているような気がずっとしていたのだが,これを書きながらそのわけにやっと気がついた。それはロッキー山脈の山火事であった。
 アメリカ本土のロッキー山脈は夏になると山火事が頻発する。山火事はインターステイツを走っていても見ることがあるし,飛行機の窓からもものすごい迫力で見えたりする。
 キラウエア火山の噴煙は,この山火事と比べたらまったくもって大したことがないのだ。だから私はこの火山を「がっかり」と表現したのだった。

 次第に空が暗くなってきた。
 時折,火口の一部が「バチ」と音を立てて(本当に音がしたのかどうかよくわからないのだが)赤く光るのだ。そして,そのときに見ている人が「ワーッ」と歓声を上げるのである。
 それがしばらく続くこともあれば,すぐに何事もなくなることもあるのだが,私は,そのときもまた,なんだこれだけのことか,と落胆した。
 今もって私がわからないのは,こうした赤い煙は,お昼間にも同じように出ているのだが,それが空の明るさよりも負けているから見えないだけなのか,それとも,夜になると気温が下がったりすることによって赤くなるのか,ということである。
 ともかく,空が暗くなっていくにつれて,火口はどんどんと赤くなっていった。

 しかし,火口から溶岩がどろ~と出てくるわけでもないし,火の粉が巻きあがるわけでもなく,煙が赤く赤く立ち上っていくだけのことであった。これが実はものすごいこと… なのだろうか? 私には表現の仕様がない。要するに,私には興味がないというだけのことである。
 ただ,この火口は夜見に来なくては意味がないということだけは実証された。
 きっと,私がこの後で見にいって大感動をすることになる南十字星だって,興味のない人にはなんということもないのかもしれない。私があれだけ行きたい見たいと思っている南半球のマゼラン雲だって,せっかくニュージーランドまで行っても見もしないで帰ってくる人が多くいるのと,まあ,同じようなものだろう。

 私はこのあとでさらにマウナケア山まで行って南十字星を見ようと思っていたから,まだ完全に空が暗くなりきれていない時間だったが,キラウエア火山から帰ることにした。
 私は帰り道,カーナビがわけのわからない指示をだしたので,道に迷って軍の宿舎か何かにに入りこんでしまったが,なんとか道路に戻ることができた。
 国立公園のゲートは夜間も開放されていたが,すでにレインジャーはいないので入園料は不要という感じであった。つまり,ハワイ島に行ってキラウエア火山を見たい人は,この時間から行けばいいということなのだった。

◇◇◇
Congrats! Go-ei-do captures 1st career Cup.
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 前回「呪縛が解けた」というお話を書きましたが,「呪縛が解けた」のはアメリカ旅行だけではなかったのです。
 そのひとつが星を見ることに対してでした。
 これまでもこのブログに何度も書いていますが,私は,満足に星も見えないこの国で,山奥まで車で出かけていって,クマに襲われる心配さえしながら星を写して,家に帰ってコンピュータで画像処理をして,見えていなかったものまでさも見えていたかのように画像処理をして自己満足の世界に浸る,というような,ある意味なさけないことをしていました。しかし,「呪縛が解けた」結果,そんな面倒なことをするよりも,ハワイやロッキー山脈やニュージーランドに出かけて肉眼で美しい星を見たほうが絶対にいい,と思うようになってしまったのです。
 これからも,この国で星を見ることはやめないでしょうが,日本人の好きなハイテクにお金をかけて大げさに趣味に没頭するように,そんなに一生懸命にお金をつぎ込んでまでやることもないわ,と吹っ切れた,これが「呪縛が解けた」ということなのです。
  ・・
 ここからは余談になりますが,近頃,中央高速道路の恵那山トンネルの上にある阿智村というところが星見のブームになりました。この場所がそうなるまで,ずいぶんと関係者の人たちの苦労があったのだそうですが,一旦それで「銭が取れる」となると,人まねの大好きなこの国は,それまではそういうことには関心も示さず夜空を明るくするようなことばかりしていたほかの場所も,相次いで同じような企画を始めました。本当に懲りない人たちです。
 それはそれでいいことなのでしょうが,問題は「安全」という大義名分のために,星を見る時間以外は夜空を明るく照らして星を見るときだけ電気を消すというようなバカなことをしたり,これもいつも書いているように「ブームになったから自分もする」という群れることの好きなだけの人たちが大挙して押しかけることによるモラルの低下で環境が台なしになることなのです。
 これではブームが去ったときには惨憺たる状況が待っていることでしょう。もしそうなってしまったら,これもまたいつか来た道です。この心配が私の杞憂であるとよいのですが…。

 もうひとつは,この国で出版されている雑誌やら新聞やらで取り上げられている記事や話題があまりになさけなく意味のないものばかりだと確信をもったことです。これまでもそうは思ってきましたが,そうした考えが確信に変わりました。そこで,私はこれを機会に日本の雑誌や新聞から一定の距離を置くことにしました。
 日本で毎週,あるいは毎月出版される雑誌の類はどれも下品でおどろおどろしい見出しが並んでいて,「さも売りなん」という感じしかしないのですが,そんなものを読んでもなんの「益」もありません。また,新聞も,近頃は記事に深みが薄く,そこに書かれている記事の多くは本当に足で取材したのかな? と思えるものばかりです。有能な記者はもはや将来性のない出版社はいうに及ばず,新聞記者なんて辞めてしまったのでしょう。
 そうして一定の距離を置いてみると,なんと毎日が精神的に落ち着くことでしょう。意味のない情報は知らないほうがはるかに多くの有益な情報がもたらされるのです。このようにして,私はクラシック音楽を聴きながら,コーヒーを片手に雑誌「TIME」や「Sky & Telescope」を読んでいればそれで満ち足りてしまうことに,改めて気づいたのでした。

 では,旅の話にもどりましょう。
 前回,名古屋から成田が遠いと書きましたが,さらに調べていくと,何か月も前に予約をするならば,ANAでもJALでもセントレア・中部国際空港から成田へのフライトが数千円で利用できることを知りました。わずか1時間15分でセントレアから成田に行けるのですから,これが利用できるのならば成田まではわけないことです。
 成田まで行くことができれば,シアトルはすぐそこだし,シアトルからはアラスカまでも簡単に行けます。また,ニュージーランドに行くにはカンタス航空に乗ればオーストラリアのブリスベン経由でこれもまたわけなくいくことができますし,パラオにも直行便が飛んでいます。
 ハワイに行くには成田まで行かなくてもセントレアからホノルルまで直行便があるし,ホノルルに着いてしまえばハワイアン航空で他の島にも簡単にいくことができます。
 そのどこへも10万円くらいで往復できます。
 これなら,満天の星もすぐに手に入ります。
 そんなわけで,「呪縛が解けた」今は,これまで以上に考えかたを自由にし生活自体もシンプルにして,さらに飛躍していきたいと思うようになったのです。

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●火山は暮れてからくるものだ。●
 私はうまくカーナビを使うことができない。特に日本の車のカーナビは機能がありすぎて全くよくわからない。そういえば,私はガラケーというのも使えない。しかし,iPhoneはとてもよくわかるし使いこなせる。
 要するに,メニューが複雑な階層になっていて,作った人の頭のなかだけの理屈で構成されるとだめなのだ。
 小学校や中学校のときに私は理科が苦手だった。高校生になって,授業ではまだ習っていなかったが自分で数学の教科書を読んで微積分というものを知ってから,物理の教科書に載っていた公式はこんなものはみんな微積分すれば導けるんじゃないの,とわかったら,なんの問題もなくなって得意になった。

 原理だけを教えてもらえばあとは自分で導けるものなのに,そうした根っこを知らずに花やら葉っぱやらだけを教えられても,全く理解できないのだ。ガラケーは,そのメニューの仕組みが納得できないから使えないわけだ。その点,iPhoneはよくわかる。
 それと同じように,地図も,その町の様子を広域図で見て町の概要や歴史的な発展を知った上で道案内をされれば,その場所がその地域のどういう位置関係にあるのか納得できるのだが,単にカーナビで次は右だの左だのと命令されたところで,目的地には到着できるのだろうが,どこをどう走ったのかという疑問だけが残るし,道路が渋滞していたり工事中だったりしてカーナビどおりに行くことができないときに修正の仕様がないではないか。
 だから,ハワイ島に到着した1日目の夜,すでに外は真っ暗で,ヒロの空港からカーナビの道案内だけで行ったホテルがヒロからどういう位置関係だったのか,そこがどういう場所だったのかさっぱりわからなかったし,それから何度もヒロからマウナケア山に向かう州道200をカーナビに従って走ってはみたが,それがヒロの町のどういう場所を通っているのかさっぱり理解できていなかった。

 この日もまた同様で,私はレインボー滝からヒロの市街地を通ることなく一旦州道130を走って海岸へ行ってから,ヒロの市街地を迂回する形でキラウエア火山に向かうことになったから,もう,明日がハワイ島滞在最後の日だというのに,依然としてヒロという町の様子は謎のままであった。
 結局,次の日にきちんと地図で確認しながらヒロのダウンタウンを歩くことができたから,帰国した今はとてもよくわかっているのだが,このときはまだそういう状況でしかなかった。
 ともかく,この日はヒロのダウンタウンを通ることもなく,州道11を南西にキラウエア火山をめざして走っていった。市街地を出てしまえば,あとは片側1車線の単調な道路を走るだけだったし,はじめて走る道でもなかったから,私は悠々と州道11を走っていった。
 そして,道を間違えた。
 まだキラウエア火山のある「ハワイイボルケーノズ国立公園」の入口に到着していないのに,1本手前の道路を知ったかぶりで右折してしまったのだった。そして,ちいさな町に紛れ込んだ。まるで日本の山村のなかに入り込んだような錯覚に陥ってずいぶんともとにもどるのに戸惑ってかなり遠回りをしたが,どうにか州道11に戻ることができて,今度こそは国立公園の入口を見つけて右折して,国立公園のゲートに到着した。

 情けないことに,先日この国立公園に来たときにデートで支払った領収証を私は持ってくるのを忘れてしまったから,再び入園料を支払わなけれならなかった。この入園料はたしか1週間ほど有効であったはずだったからもったいないことをした。しかも,クレジットカードを出すと,パスポートを見せろと言われた。クレジットカードを出してパスポートを見せろと言われることはたまにあるが,国立公園のゲートでそんなことを言われたことはこれまで一度もなかったし,このゲートを先日通ったときも言われなかった。いつもパスポートはすぐに出せるようにしているのだが,このときはたまたま運悪くパスポートを入れたカバンが車のトランクに入っていて戸惑ってしまった。後ろに結構な車が列を作っていて,私がごちゃごちゃやっていたので,レインジャーは見せなくてもいい,といった。いい加減なものだ。それならはじめっからそんなことを言わなくてもいいじゃないか,と思った。
 ここで思い出したので余談を書く。
 アメリカでは20ドル札より高額の紙幣は受け取ってもらえないことが多いから使うことができず不便なのだが,たとえ20ドル札であってもそれを受け取った店員が透かしを確認している姿によく出会う。現金というのははじめっから信用されていないようなのである。アメリカのそういう実情を知らず,はじめて旅行をする人が日本の10,000円札のような感じで100ドル札を何枚ももっていくのは絶対にやめたほうがいい。現金など10ドル札が5枚もあれば事足りて,ほとんど場合クレジットカード1枚で十分である。

 ここに来たのはもう2度目だったのでよくわかっていて,空が暗くなったころにトーマスジャガー博物館のある展望台からキラウエア火山のカルデラを見ればいいのだから,それまでまだ少し時間があった。しかし,すでに入口を入ったとところにあるビジターセンターは閉まっていたので(というか,アメリカでは閉館時間を1秒でもすぎれば閉館になり,なかにはひとひとりいなくなる),ビジターセンターをそのまま通り過ぎてトーマスジャガー博物館の途中にある「蒸気の噴気孔」のあたりまで行ってそこの広い駐車場に車を停めて遠くからカルデラを見ていた。
 すると,けっこう多くの車がこの駐車場を通過してトーマスジャガー博物館のほうに走っていくので,こんなところでのんびりしていてはトーマスジャガー博物館の駐車場が一杯になってしまうと焦って,私も急いで博物館の駐車場まで行ってみた。
 もうすでに駐車場には車が一杯だったが,なんとかスペースを見つけて車を停めて私も展望台に向かった。展望台は前回太陽が高いときに来たのとは大違いで,すでに大勢の人でごった返していた。
 やはり,この火山は火が暮れてからくるものだと,このとき実感したのだった。

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2016春アメリカ旅行記-がっかりキラウエア火山③


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Thank you for coming 150,000+ blog visitors.

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●この島には「秘境」が一杯●
 次に行ったのがレインボー滝であった。レインボー滝はヒロの町からワイルク川に沿って上っていくワイアヌエヌエ通りの右手にある。思っていたよりもずっと町なかにあって,こんなところに滝なんてあるのかいな? と意外に思うほどの場所であった。広い駐車場があって,そこに車を停めて歩いていくとまもなく展望台があって,そこから滝を見ることができた。しかも,滝の上まで見渡すことができて,それもまた珍しいものであった。
 ナイアガラの滝ならともかく,華厳の滝とか養老の滝とか那智の滝のような日本の滝を思い出してみればわかるように,滝は下から見上げるものと相場が決まっているから,こういうのははじめてであった。高さはわずか15メートルのもので,まあ,これもハワイ島「三大がっかり」のひとつであろう。
 この滝はその規模に比べて非常に水量が多いということで,風が吹くと水しぶきが舞ってそれが太陽光を反射して虹が出ることから「レインボー滝」という名がついているのだそうだが,私が行ったときには,こんなところに虹が見られるとは想像さえできないただの小さな滝であった。話によれば,ここで滝を見るには午前中がよいということだが,それほどこだわって虹をみるほどの場所でもあるまい,と私は冷淡に思ったのだった。

 ヒロの町を観光する予定はこの日はなかったから,あとはキラウエア火山に行くだけであったが,まだ日暮れにはずいぶんと時間があった。
 地図を見ていると,ハワイ島のそのほとんどすべての道路はすでに走ったのだが,ヒロから東に少し突き出た場所があって,そこに盲腸のように州道130が出ていて,そこだけ走っていないことに気づいたので,寄り道をすることにした。 
 後で調べてみると,この場所は意外な穴場で面白い観光地だったのだが,このときはそんなことは知る由もない。ヒロから近いので,私がここで書かなくてもよく知っている人も多いに違いないが,ツアーでホノルルからハワイ島2泊3日といった旅行をする観光客には無縁のところであるだろうから,ここで紹介しておくことにしたい。

 州道130をしばらく走っていくと,奇妙な形の木が生い茂った場所に出た。
 ここがラバ・ツリー州立公園(Lava Tree State Monument)であった。約69,000平方キロの広さで環状トレイルからは珍しい溶岩樹型を観察できる。1700年代に溶岩流がこの地区を押し流した際にオヒアの木の幹を覆った溶岩がそのまま時間の経過とともに冷えて固まり背の高い溶岩樹型となったものである。「ラバツリー」とは「溶岩木」を意味している。私は見ることはなかったが,ここには野生のニワトリやマングースなどの動物が多く生息しているのだそうだ。
 無知な私はトレイルを少しだけ歩いただけで,しかも,ラバツリーというのが背の高い怪しげな形の木のことだと思っていたから,まったくもって情けなかった。後で知って,こんなことならもっとしっかり見ておけばよかったと後悔したことであった。

 そこからさらに進むと,地図には道があるのやらないのやらさっぱりよくわからなかったが,実際はすれ違いができないほどの狭い道路がさらに延々と続ていて,そこを進んでいくとやがて海岸に出た。そして,その近くの駐車場にはすでに多くの車が停まっていて,海岸で多くの人が遊んでいた。
 そこはアイザックヘイルパーク(Isaac Hale Park)という名の公園であった。
 で,私は,それを後で調べてみてびっくりした。私はてっきりこの海岸こそがアイザックヘイルパークだと思っていたのだが,そうではなく,アイザックヘイルパークは海岸から奥まったところにある秘境の温泉だったのだ。
 ハワイに温泉があることはあまり知られていないが,ハワイ島には2か所で温泉が湧いているのだそうだ。それらは「アハラヌイパーク」と「アイザックヘイルパーク」で,そのどちらもハワイ島南東部の海岸にあるのだという。
  公園としてして整備され家族連れで賑わう「アハラヌイパーク」とは対照的に「アイザックヘイルパーク」のほうはまさに秘湯といった感じで,海岸から15メートルほど離れたジャングルのような林のなかの木々に囲まれた窪地に水が溜まっていて,それはどう見てもただの池のようであるが実は10人ぐらいは入れそうな天然の露天風呂ということだ。

 とまあ,わかったようなことを書いてはみたが,行ったときはそうとは知らず,ハワイ島にはおもしろいところがたくさんあるものだ,と思った程度であった。
 この島は,このようにものすごく有名な観光地であるにもかかわらず,無名な見どころがたくさんあってかなり奥が深いのだ。
 前回,リピートをする気持ちがわからないと書いたが,その言葉を撤回したい。私もぜひまた行ってみて,今度こそこんなディープな場所をたくさん探ってみたいものである。

画像 020 私は見ていなかったので番組の宣伝でしか内容は知りませんが,NHKBSで「受験のシンデレラ」という番組がありました。ドラマで受験を取り上げることは別にかまいませんが,そこに「東大受験」が出てくると私は引いてしまいます。今どきまだ,やれ○○大だのというのが特別な意味を持つと考えていることがずいぶんと古い価値観だからです。
 今だにそういう大学の名にこだわった30年前の受験指導をする高等学校もあるそうですし,日本の新聞社は相変わらず大学合格数を集約した雑誌を出版していますが,今や日本の大学自体が世界から遅れてしまって評価されていません。また,学歴で人は動くかもしれないけれどコンピュータは動かないし,大学で数年学問をしたくらいで問題解決ができるような甘い時代ではないのに,こんな価値観では情けない限りです。
 こういう番組を作ったりこういうものを出版しているのはきっとそういう価値観だけで学生時代を過ごし就職した人の集まる時代遅れの会社だからでしょう。
 大学に入るのが人生の目的ではありませんし,学歴がその人の能力を測るものでもありません。

 それはともかくとして,私はこれまでに,人生は40年が2度あって,1度目の練習の人生で得たもので2度目の本当の人生をおくるのだ,そして,2度目の人生では地位や学歴は関係なく,その人のもつ能力がすべてだと書きました。
 1度目の人生のうちにやっておくとよいのは「ギャップイヤー」です。
 「ギャップイヤー」(gap year)はアメリカでは積極的に奨励されています。
  ・・・・・・
 By definition, a gap year is a break typically taken between high school and college that might include travel, work, study, volunteering, or research.
 In practice, a gap year is much more. It’s a time for students to explore the world and gain valuable life skills and experience while transitioning into independence.
  ・・・・・・
 グローバルな時代,そしてSNSの時代,学歴ではなく,学生時代に世界に人脈を作り,彼らと自由に会話ができ,自分が生まれもった自分なりの素質(才能)を能力として身につけなければ,大学卒業後の1度目の自分の人生は,社会のその他大勢の渦の中でもまれ,2度目の人生にすら到達できず,あぶくのように消え去ってしまうことでしょう。
 1度目の人生の目標は組織で出世することではなく,2度目の人生で「プリタイヤメント」ができるように,自分の能力を身につけることです。

 そして,来る2度目の人生で目指すのは少しでも早い「プリタイヤメント」(pretirement)なのです。
 「プリタイヤメント」は新しい言葉ですが,次のようなものです。
  ・・・・・・
 Pretirement is the term being used to describe a new phase of life that fits between career and retirement.
 Traditionally our lives have been divided into three stages - education, career and retirement. But with longer life expectancies, generally better health and the economic need to continue to earn an income, the line between career and retirement is blurring. Emerging from that blur is an entirely new life stage called pretirement.
  ・・・・・・
 つまり,定職からは引退するけれど「退職=リタイヤ」はしないで,自分の能力を活用してフリーランスで仕事をするという,スマートな生き方です。逆に,退職してもなお昔の組織や肩書きにこだわるのは最もカッコ悪い生き方でしょう。
 私はすでに数年前からこの「プリタイヤメント」を実践しています。
 アメリカには定年制というものがないのでこういう概念が生れてきたのでしょう。私は,将来は日本でも定年制がなくなると予想しています。それは,社会保障制度が破たんするので高齢者になってもそうした恩恵に預かれなくなるからです。定年制がなくなると当然退職金もなくなり,自らの人生設計を若いうちから自分で構築する必要性が今以上に高まります。消費しろという国(日銀)の言うことを聞くのが最悪の選択です。この国ではお金を使ったほうが負けです。
 自分の2度目の本当の人生を自分らしく生きるためには,今後は「プリタイヤメント」の考え方を積極的に取り入れていくことが必要になってくることでしょう。それこそが「不良老人」になるための必須条件なのです。

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この国はお金を使ったほうが負け①-「子育て・家」について
この国はお金を使ったほうが負け②-「投資」について

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●たったひとつの場所を除いては●
 アカカ滝から州道19に戻り,もう間もなくヒロであった。
 夜明け前にホテルのあるハワイ島の西海岸カイルアコナを出発して,ハワイ島の中央にあるマウナケア山に登って日の出を見て,車の警告灯に気づいて一旦ヒロまで行って車を交換してから引き返し,今度はハワイ島の北海岸に沿って走って,楕円形にハワイ島の北半分を1周して再びヒロまで戻ってきたというわけであった。
 この日はヒロの町を観光する気はなく,私はそのままさらに島の東海岸を南下して,日が暮れたあとのキラウエア火山を見に行くつもりであった。そして,そのあと,再びマウナケア山に行って,満天の星に輝く南十字星を見ようという,まさにめちゃくちゃな日程を立てたのだった。昨日のまったりムードとは大違いであった。それというのも,この日がハワイ島で泊まる最終日であったからだ。

 ヒロに行く途中に気になるところがあと2箇所あった。そのひとつがハワイトロピカルボタニカルガーデン,つまり,熱帯植物園であり,もうひとつがレインボー滝であった。しかし,ともに絶対に行きたいというほどのこともなく,なんとなく行けたらいいなあという程度であった。
 まず,ヒロに向かって走っていったら自然とハワイトロピカルボタニカルガーデンに到着した。
 駐車場は無料で,その横に売店があった。道を隔てた反対側が植物園の入口で年取ったおじ(い)さんがいた。チケットはどこで買うのかと聞いたら,向うの売店だと不愛想に答えたのに少しムッとした。これが日本人の悪いところだ。別に愛想などよくなくてもそれが普通なのに。
  外から見るとあまり期待できそうになかったし,えらく暑い日だったので,どうしようか迷ったが,ともかく行ってみることにした。ところがどうだろう。園内は別世界であった。

 入口を通り抜けると綺麗に整備された木道とその先下って行く両側には背の高い木々が生い茂っていて,まさにジャングルであった。トーチジンジャー,ウナズキヘリコニア,インドネシアンワックスジンジャーなど熱帯地方の花々が色鮮やかに咲き誇っていた。園内を進みジャングルを抜けるとそこは海であった。滝もあり海の景色は壮観だった。
 ここは予想以上にとてもすばらしいところであった。日本の植物園には温室があって,そこに熱帯ジャングルというコーナーができていたりするが,ここにはまさに温室抜きの熱帯ジャングルが再現されていた。
 植物園を出るとき,あの不愛想なおじ(い)さんが,えらく愛想よく「Thank you.」と言ったのにおどろいたことをなぜかしっかりと記憶している。

 この植物園のことは「地球の歩き方」にも載っていない。この植物園はヒロに近いのに,ネットには何度もハワイ島に来ていても行ったことがないという書き込みもあった。
 ハワイ島に何度も来ている人は,仕事で来ているのかもしれないが,もし観光旅行だとしたら,確かにハワイ島は素敵な島ではあるけれど,世界にはほかにもたくさんおもしろいところがあるのに,このような小さな島に何度もリピートして,しかも植物園すら行かないでいったい何をしているのだろう… などと生意気にも思ってしまうのだった。また,ハワイ島に来る前にオアフ島のダイヤモンドヘッドへ行ったとき,毎年(ダイヤモンドヘッドに)来ていますと言った家族連れがいたけれど,せっかくハワイまで来て,ほかにも行くところがたくさんあるのに毎年ダイヤモンドヘッドへ行くというのもまた,私には理解できないことであった。
 まあ,人それぞれだけれど。
 この後,私は予定通り夜のキラウエア火山と満天の星に輝く南十字星を見ることになる。そして,次の日はヒロのダウンタウンを観光することになる。こうして,はじめてのハワイでしかもオアフ島ではなくハワイ島に来て,わずか数日の滞在でハワイ島の主だった見どころのほとんどに行ったし,それに加えてマウナケア山の山頂に2回も登って夕日も朝日も満天の星も見ることができたのだった。
 たったひとつだけ行くことができずに心残りになってしまった場所を除いては。

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Red Sox Four-Game Sweep Yankees since 1990.

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 「デファクトスタンダード」(de facto standard)という言葉があります。
 これは「事実上の標準」を指す用語で,ISO,DIN,JISなどの標準化機関等が定めた規格ではなく,市場における競争や広く採用された「結果として事実上標準化した基準」を指すものです。デファクトスタンダードに対して,国際標準化機関等により定められた標準を「デジュリスタンダード」(de jure standard)といいます。
  ・・
 「デファクトスタンダード」はもともはインターネットの通信規格であるTCP/IPや接続規格の多いコンピュータ関連分野で使われ始めた言葉なのですが,現在ではこれらの分野に限らず各種商品やサービスに広く使われるようになっています。
 たとえば,文字コードは1バイト言語ならASCIIコードだけで十分だったのに,日本語が使えるようにと定められたJISコードが,いかにも日本人らしい「能力と発想の限界」から定められたためにエスケープシーケンス6バイトが必要だったのを,マイクロソフトがSHIFT‐JISを編み出してそれを不要としたことで,それがデファクトスタンダートとなりました。
 はじめっからそのようにJISコードを定めればよかったのに,そういう発想がないためにこんなふうに複雑になってしまうのもまた,きわめて日本らしいことですが,そのために,今でもJISコードを使うメールはときに文字化けを起こします。

 「デファクトスタンダード」から話は少しそれるかもしれませんが,今日の話題は「量産型女子大生」です。
 「量産型女子大生」とは大量生産された商品のように同じ服装同じメイクを好む女子大生を指す言葉です。
 先日の朝日新聞の投書欄にこれを話題にした若い女性の投稿がありました。ただし,その投稿の要旨は,人と同じではなく個性のあるおしゃれを楽しみたい,というきわめて志の低い内容でした。
 その女子大生予備軍の女子高生のスカート丈と靴下の長さなんて「デファクトスタンダード」そのものではないか,と思います。私は変質者ではないのでできなかったのですが,ここ50年にわたって数年ごとに彼女たちの写真でもとりだめて定点観測をしておけば,社会学的にもその変遷がよくわかったのに残念なことをしました。そういう実社会の身近なことというのは,概して後世はすっかり忘れさられてしまうのです。これこそが社会現象であり文化なのにと思います。
 決まりでなくてもみんながするから流行ることでそれが標準になるのです。そこには何の個性も主張もなく,前回書いた「6:3:1」の法則のまさに「6」の部分です。

 現在のアラフォー世代,つまり40歳前後の女性たちの高校生時代が一番悲惨な時代でした。
 今では死語となった「ポケベル」が流行っていたころの女子高生の「6」の割合の人たちは,髪は染めるはスカート丈は短くなるはピアスの穴をあけるは… と学校の教師には何が何だかわからぬままに指導をする間もなく突如変貌を遂げました。その数年後成人式が大荒れという話題で,やっと世間がその世代の異変に気づきました。タバコを吸う若い女性がやたら増えたのも同じ時代です。
  ・・
 小学校の先生たちには「生活科」ができたときからそれがはじまったというのが定説だ,と聞きました。もっと前からわかっていたと。しかし,こういう話は世間には伝わりません。それは教室で座って先生の話をきくという基本的な生活習慣ができるまえから「生活科」で自由に歩き回って調べ学習を始めたからなのだそうです。
 しかし,こういうことは文部科学省も「有識者」も知りません。

 スカート丈の話にもどりますが,そんなものは教育者がいかに指導しようと規制をしようと無駄な努力なのです。だからといってスカート丈が短くなったら何か問題があったかといえばそんな検証をした学問的な研究も見たことがないから,学校は大変です。所詮は流行なのです。
 スカート丈なんて,親の世代と子の世代を足して2で割るとちょうどいい長さになるのです。そんなものです。学校の掲示板に,今日の一番下の写真にあるようなポスターが貼ってあったりするのですが,こんなことにむきになってポスターを作ろうと何をしようと,流行が収まればなくなるし,流行しているときはなくなりません。
 このポスターに書かれた女子高生自体今では時代遅れです。実際,その少し前に流行ったルーズソックスは完全に死滅して今どきの高校生はその存在も知りませんし,ルーズソックスをやめさせようとして始めたハイソックスもすでに時代おくれとなり,今の高校生は短い靴下を履き,靴下が短くなるにしたがってスカート丈も長くなってきました。これも「デファクトスタンダード」です。

 とまあ,長く生きていると,女子大生に限らず何事も単に「6:3:1」というだけだというのがわかります。「6」が「デファクトスタンダード」であって,それをたまたま女子大生にだけ「量産型女子大生」とマスコミ受けするように名づけているだけです。きっとそう名付けて揶揄するおじさんたちだって,まさに「量産型中年男子」で,みんな黒いスーツ着てネクタイ締めて,今回東京都知事になった小池さん最大の業績である「ノーネクタイ」が主張されるまでは暑い夏でもスーツを着て,それが突然,そうしなくてよいとなったらこれまで暑いのに我慢していたネクタイを率先して外して,今度は似合いもしない同じようなクールビズシャツを着ているだけではないですか。
 そういうのがこの日本の「量産型社会」なのです。なにせ「長いものにまかれろ」ですから。
  ・・
 それを批判的にみている人や自分がその「6」の仲間でありたくない人は,それをとやかく言うのではなく,自分が自分であるために外見ではなく自分の能力を磨けばよいでしょう。そうして,自分は「6」ではなく「1」であるための実力とそうして生きていくための勇気をもつことでしょう。
 「6」の人を批判してもはじまりません。どんなに批判的にみようが,この国では「6」の人はいつも「6」で居続けます。それが国民性です。その人たちは生まれてから死ぬまでずっと「パック旅行」をしているみたいなものです。だから,「量産型女子大生」だけでなく,おじさんは「量産型おじさん」でおばさんも「量産型おばさん」で,マスコミだって「量産的マスコミ」でしかなく,雑誌においしいと書かれたレストランに列をつくり,世界遺産に認定されるとそこに出かけ,田中陽希さんが百名山に登ると同じような登山グッズに身を固めてその山を目指すのです。
 雑誌はライバル誌と同じような下品な特集を組み,テレビだって同じようなニュースを同じ時間に放映し,オボカタさんにもマスゾエさんにもタカハタさんにも同じようによってたかって批判的なコメントをします。
 そしてまた,残念ながら,それを批判的に見ている「量産型」でない女子大生も「量産型リクルートスーツ」に身を包み,就職すると今度はそうした「量産型消費者」の人に買ってもらうためのものを「量産型店員」になって売るのです。
 日本の大学生は,いつのころからか黒ずくめのおんなじ恰好をして就職試験を受けに行くように「量産型マーケット」が仕向けているんだから,したたかな女子大生は無言でその反抗をしているのかもしれませんよ。
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●たとえ滝全体が見られなくとも●
 ワイビオ渓谷の景観を堪能して,私は,ハワイ島の北海岸を東に向かって走りはじめた。今度は右手,つまり南側にマウナケア山があるのだが,うっそうとした森が迫っていて山を見ることはできなかった。その代り,左手はとても美しい海岸線が続いていて,ときどき小さな町があった。
 ハワイ島といっても,場所によってこれほど雰囲気が違うのかと思ったが,私は,ハワイ島でこの北海岸がもっとも美しいところだと思った。なにせ,観光地化されていない,観光客があまりいない,ツアー客がいないということが素晴らしい。

 やがてラウパホエホエの町に着いた。ラウパホエホエ(Laupāhoehoe)は,ホオカアとヒロの中間に位置する人口470人ほどの町である。1946年4月1日に高さ9メートルの津波に襲われて24人が死亡したことから,ラウパホエホエの町は現在の場所へ移設されたのだという。
 さらに進むと,ホノムという町までやってきた。ホノム(Honomu)は,アカカ滝のほとりにある人口540人ほどの小さな町で,かつては砂糖産業で栄えたという。

 地図を見ると,ここから南に山の中に入っていくとアカカ滝(Akaka Fall)という滝があるということはわかったのだが,かなり海岸から遠く山深いところにありそうで,広域地図では道もなく,どうやって行くのかよくわからなった。しかし,実際はホノムに着いてみると,道路標示があって,それに従って舗装した片側1車線の道路を行くだけのことであった。マウナケア山北側の雄大な高原が広がっていた。
 このアカカ滝は,この後で行くヒロのレインボー滝と並んでハワイ島では有名なのだそうだ。
 アカカ滝は縦に長い滝で,126メートルもの高さを誇る。ここは州立公園に指定されていて,滝のまわりを周遊できるように遊歩道がきちんと整備されていた。

 滝に行くための遊歩道の入口に広い駐車場があったのだが,多くの車が停まっていた。
 この旅では常夏のハワイということでいつも錯覚するのだが,私の行った時期は夏ではなく,春。その時期にこれだけ観光客がいるのだから,きっと夏は大変なことであろう。
 やっと場所を見つけて車を停めたが,どうやらこの駐車場は有料であるようだった。というのは,駐車券を発券する機械があったからだが,説明もゲートすらなく,本当に有料かどうかもよくわからなかった。
 すると,機械の横に,これもやる気があるのかないのかよくわからない係員がボーッと立っていて,車を停めた人が自発的に機械ではなくその人にお金を払っていた。こんないい加減な状況だから,お金を払わずに遊歩道に行ってもなんの問題もなさそうなのに,アメリカ人というところのよくわからないことは,こういうことにはみなものすごく正直なことだ。
 私もお金を払った。

 駐車場から遊歩道に入って歩いていくと,はじめは遠目にしかみることができなかった滝がだんだんと大きく迫ってきた。さらに進んでいくと滝の落ちるj豪快な音が聞こえてきた。
 10分ほどでアカカ滝が真正面に見えてきた。そこには少し広い展望台があった。
 この滝のあまりの落差と展望台に設置された高い柵に邪魔されて,展望台からは滝つぼがみられなくて,少し後ろに下がったり角度をかえたりして,みんな苦労をしていた。この展望台の設計自体がよくないのだ。
 今日の写真にはちゃんと滝つぼが写っているが,この滝の全貌をこのように写すのは並大抵なことではない。私は広角レンズをつけて,手を上に伸ばしてノーファインダーで写したのでこうして滝全体を入れることができたのだが,背伸びをしてもこの滝つぼは見えないし,スマホでは画角がせまく滝全体が入らないのである。
  しかし,たとえ滝つぼが見られなくとも,豪快に水しぶきを上げて滝が落ちていくさまは,ハワイ島の大自然の雄大さと素晴らしさと体験するのに申し分のないものであった。

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●ここは聖地であった。●
 4日目にハワイ島の最北端に行ったときにボルロバレーオーバールックで断崖絶壁を見て,この先にあるのがワイピオ渓谷だと書いた。この日,私はこのワイビオ渓谷に行こうとしているのだった。
  ・・・・・・
 ワイビオ渓谷はハワイ島北海岸のハマクアコーストの西側に位置する。
 ハマクア(Hamakua)とは,ハワイ島北部の地域のことであり,ここはかつて砂糖産業プランテーションの中心地として栄えたところである。ここにあるホノカア(Honoka'a)はワイピオ渓谷の東に位置する人口2,200人,サトウキビプランテーションで労働に従事した移民が作った町で,現在の住民の多くもその子孫である。1873年に創業したホノカアシュガーカンパニーが1993年に製糖工場を閉鎖して以降は,観光業を主体とした町へ生まれ変わりを果たし,ハマクア最大の町となった。この町の図書館には,ハワイで最初の組合活動家として労働者の地位向上に貢献した日本人移民であるゴトウ・カツの記念碑が建てられているそうである。
  ・・・・・・

 ワイメアから州道19を北東にハマクアコーストに向かって走っていくとこのハマクアに着き,そこから海岸に沿って細い道を西に走っていくとククイハエレという人口300人ほどの小さな集落に出る。そのいちばん奥にあるのがワイビオ渓谷なのである。
 ククイハエレ(Kukuihaele)とはハワイ語で「歩く光」を意味しており,ハワイの神話クムリポにあるたいまつを持ってワイピオ渓谷へ向かう戦士の亡霊からつけられた名称である。
 ククイハエイはのどかな町ではあったが,ここに住んでも不便なだけだなあ,と私は率直に思った。

 ワイビオ渓谷の展望台はまさに絶景であった。
 ハワイ島へ行って,ここへ行かないという選択肢はないが,車でなければどうやってアクセスするのだろうと思った。駐車場に車を停めて展望台からその谷を眺めていると,谷底までも道路が伸びているではないか! 調べてみると,このワイビオの谷底まで降りていくには一般のレンタカーでは危険この上ないということであった。そして,この谷底まで降りてつれていってくれる現地ツアーがあるということだった。
 1,000年以上も前から人が住み着いていたというこのワイビオ渓谷はハワイの主食であるタロイモの栽培に適した環境にあって,ワイビオ川はボラやマスの養殖にも向いているのだそうだ。人が生きるというのは,こうした食べ物に恵まれているというのが絶対条件なのであるから,ここに住むことを不便と感じた私は恥じるべきなのだろう。
 ここには昔から偉大な族長が多く埋葬されていて,そのマナ(霊力)に守られた聖地だった。

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 ふたつのものが競い合うといっても,それが「5:5」で拮抗する,というわけではないのが日本です。たとえば,ライバル社の製品でもそのシェアが5:5になるのはまれな話ですし,大相撲の横綱でも,昔の「栃若」のように,両者の力が5分と5分というのは本当に少なくて,「柏鵬」のように一方的だったりすることのほうが多いのです。
 そういう勝負事に限らず,私は,この国では何事も「6:3:1という比の配分の法則」で成り立っていると思っています。政党の支持率も製品のシェアもそういう配分になっているものが多いのです。人々の意見や嗜好でも同じです。
 それは,「長いものに巻かれろ」とばかり,この国では「6」を好む人が多いからなのです。日本人というのはそういう国民性なのでしょう。主体性がない,つまり,自分の考えをもっていないので,同じ方向になびいちゃう人が「6」だけいるのです。つまり,バランス感覚が働かず,群れるのです。

 その一方で,絶えず「1」にいる人は独自の世界感をもっているし自分に自信があるからずっと「1」でいられるのですが,組織のなかでは孤立しています。危険人物とみなされていたりさえします。
 しかし,本当はそういう人が一番幸せなのかもしれないのです。閉鎖的なこの国から飛び出して楽しい人生を送っているのも,おそらくそうした「1」に属する人なのでしょう。
 社会全体から考えたときに最も問題なのは「3」の割合にいる人が「3」の割合を保てなくなるとき,つまり「6」になびいてバランスが崩れたときなのです。そうしたときにこの国は,太平洋戦争のようにどっと同じ方向に流れていくのです。これが幾度となく繰り返されたのが日本の歴史です。そんな大げさな話でなくとも,身近なところではビデオの規格である「βマックス」と「VHS」がまさにそれでした。

 だいぶ前のことになりますが,NHK総合テレビで「魅惑のソノタ」という番組が一度放映されました。続編がないのは人気がなかったからでしょう。それはともかくとして,その番組のテーマは,曰く
  ・・・・・・
 二宮金次郎といえばまきを背負って歩きながら勉強。そんな「スタンダード」な姿が知られているが,世の中には想像もしていない姿を持つ「ソノタ」の金次郎がいた。この番組は,森羅万象の「スタンダード」とその範ちゅうに収まらない魅力的な「ソノタ」を紹介。スタンダードがなぜスタンダードになったのか,秘められた新事実を発掘。そして型破りな「ソノタ」の存在とは。笑って泣ける新感覚のバラエティー番組。
  ・・・・・・
というものでした。
 どういう内容の番組だったかというと,世の中のありとあらゆるものを「定番」「バリエーション」「ソノタ」に分類するのです。そして,最もおもしろい少数派の「ソノタ」を「ソノタのタ」に認定するというバラエティーでした。その番組の説明で,世の中の様々なことは「スタンダード」が「6」で「バリエーション」が「3」,そして「ソノタ」が「1」という割合だという話をしていました。そのとき私は,同じことを思っている人がいるものだと驚いたものです。

 私はへそ曲がりだから「6」にはなびけません。しかし「1」である勇気もなかったのでいつも「3」に属してしまっていたわけですけれど,「3」が「3」でいられるのもそれはそれで結構大変なことなのです。強がってはいても本当はどうしても「6」が気になってしまうのです。
 ひとつの例でいえば,ニコンのカメラを使っているといつもキヤノンが気になるというようなことです。ネット上の新製品に対する書き込みで,いつもライバル社のものと比較したがる人っているでしょう。まさにそれです。自分に自信がないのです。いつも他人と比べたがる人や順位ばかりを気にする人も同じです。
 しかし,歳を重ねた私は,「3」ではなくこれからは「1」でいる勇気をもとうと確信するようになってきました。実際「1」であり続けるのは「3」でいるよりもはるかに大変です。小学生ならいじめられっ子です。しかし「1」であることが「6」であることよりすばらしいといえる強さがあればよいのです。すると主体性のない「6」は「1」が羨ましくなるのです。実は,「6」の人たちが意識しているのは「3」ではなく「1」の人たちなのです。だからいじめたりもするのです。
 どうしてそう思うようになったかですって? それは,私がこれまでの人生でいろんな人の生きざまやら哀れな末期,社会の仕組みやら体制を利用したあざとい人間たちの悲劇の歴史を知るにつれて,「1」であることが本当は正義であったり最も偉大であったりしたこと,そしてまた,あざとい人間たちがいかに「1」に属する人たちを敵にしてきたかということ,そして「1」であることを貫いた人たちが最も自分に正直で正しかったかということがわかってきたからなのです。


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Harvest Moon 2016.

Moon

DSC_4032 (800x533)DSC_4034 (800x533)DSC_4036 (800x533)DSC_4038 (800x533)●「案ずるより生むが易し」●
 車が新しくなって何の憂いもなくなった私は,時間が少し遅れたけれど,再び今日の予定を再開することにした。
 昨日はかなりのまったりムードであったが,考えてみれは,明日ハワイ島からオアフ島に戻らなけらばならなかったから,実質1日ハワイ島で観光ができるのは今日が最後だった。そこでやり残したことをすべて実行するには今日だけしか猶予がないのだった。

 旅に限らず,はじめての体験でうまくやるというのはいかに準備を周到にしても無理なのである。大切なことは,初めからうまくやろうと意気込むよりも,うまくいかなかった経験を2度目に生かせるかどうかということで,それが人の価値を決めるのだろう。
 だから,仕事でも,初心者にはとにかくやらせてみて失敗したことを次の機会にその教訓を生かせる人材なのかどうかを見極めれはいいのだ。そうしなければ人は育たない。しかし,私がこれまで出会ったバカな上司たちはそれができなかったから,人を使えなかった。このように,親にしても教師にしても会社の上司にしても,はじめっから手を出しすぎる人や失敗をすぐに叱る人は人を育てられない。
 私は,次回またハワイ島に行くなら今度はどんな旅をするか,というアイデアはたくさんもっているが,このときのハワイ島の旅では,ずいぶんと後悔することもあった。しかし,ビギナーズラックなのだが,それにもまして無知であったが故の幸運にもたくさん出会ったのだった。まさに「案ずるより産むが易し」である。

 当初,今日の予定はハワイ島の北の海岸線である「ハマクアコースト」(Hamakua Coast)を走ることであった。そして,その後夜のキラウエア火山を見に行こうと思った。さらに時間があれば,マウナケア山に行って,満天の星空の下で南十字星を見ようと思っていた。しかし,そのすべてを達成できるかどうかは皆目見当がつかなかったし,深夜のハワイ島を走るということ自体かなり無謀なことなのかな,という不安もあった。
 しかし,日本に帰ってからそれをしなかったという後悔はしたくないという気持ちのほうが強かった。

 実際は,日の出をマウナケア山で見るという予定外の行動からこの日がはじまって,しかも,車を交換するためにヒロに行くというさらに想定外の出来事がか起きてしまったのだった。
 車を交換するためにせっかくヒロまで来たけれど,ヒロの町を観光するのは明日の予定だったから,私は再び来た道を引き返し州道200をいつものT字路まで行って,そこを右折して州道190でワイメアまで行くことになった。いわば「リセット」であった。そして,ワイメアから北東に州道19を進んでハマクアコーストに向かうことにした。
 前にも書いたが,T字路からワイメアまでは道路が「∠」という形に進んでいくので,そこにはサドルロードという近道「\」がある。しかし,少し走ってみたところサドルロードは「~」状の上下のくねくね道で,それがあまりの急坂だったので私は恐れをなして断念した。なにせ車は交換したばかりの車高の高いジープで,坂を登ろうとすると目の前には空しか見えなくなるのだった。
 サドルロードといえば,ハワイ島に来た日にマウナケア山の星空観察ツアーに参加したときにドライバーがウケを狙って走った道であった。その星空観察ツアーといえば,すでにこのブログに書いたように,高いお金を出して参加したのにもかかわらず,マウナケア山の山頂にも行けなかったし夕日も満足に見られなかったし星を見せてもらった望遠鏡のピントは狂っていたし,散々だった。私は時間が経てば経つほど,あのツアーのことを思い出すともう少し良心的な商売があるのではないかと腹が立ってくるのだった。

 州道190からは右手にマウナケア山が望まれて,その山頂にすばる望遠鏡のドームを見ることができる。これもすでに書いたが,せっかくハワイ島へ行ってマウナケア山の山岳道路を登っても完全に4,205メートルの山頂まで登りきらないと全くすばる望遠鏡のドームを見ることはできない。唯一下界からかろうじてドームを見ることができるのはこのワイメアまでの州道190のほんの少しの場所だけなのであるからハワイ島ですばる望遠鏡のドームが見たいと思っている方は注意していただきたい。
 私はすばる望遠鏡のドームが山頂に見え隠れするほとんど車の通らない州道190を走っているうちにワイメアに着いた。
 ワイメアは何度来ても美しい町だ。この町がハワイ島で一番好きだ。
 今日は予定よりもずいぶん遅れているので,ワイメアで朝食をゆっっくり食べるというつもりであったが時間もなくなり,コンビニで菓子パンを買った。そして,これを朝食代わりにして食べながらさらに運転して,ワイメアからは州道19を北東に海岸沿いの小さな町ホノカワ(Honoka'a)に向けて走っていったのだった。

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 今日の一番下の写真はワシントンDCの国立アメリカ歴史博物館にあったものです。アメリカ文化が世界に進出したことを表しているのでしょうか? 日本のマクドナルドの看板です。そして,1番目から5番目の写真は,アメリカのファーストフード店での写真です。
 ところで,私がこのブログで「友人が『マックはつぶれるぞ』と予言した」を書いたころから本当にマクドナルドの業績は著しく不振になって,まるで私の予言が当たったかのようだったアメリカ文化の象徴「マクドナルドハンバーガー」ですが,昨年の秋ごろから少しずつ客足が戻りはじめ私も再び行きはじめ「こりゃ立ち直るぞ」という感じがするようになってきました。そのときにこのことをブログに書こうと思いながらそれを逸してしました。
 だから,今ごろになってこんなことを書いても遅いのですが,以前「つぶれるぞ」と書いてしまった手前,その後始末をしなければとずっと思っていたので,きょうはその話を書きましょう。

 客商売は難しいものです。いや,難しくないのです。お客さんをある意味「小バカ」にするような「せこい」ことをするとそれがすぐに跳ねっ返るだけのことなのですが,それが当事者にわからないところが怖いのです。
 たとえば「全商品2割引き」というチラシがあったとします。そして,見えないくらいの小さな文字で但し書きが書いてあるのです。つまり本当は「全商品」ではなく例外があるわけです。あるお客さんが,そのチラシを見てわざわざ買いに出かけていってその例外商品に出会ったとき,もう,そのお客さんは二度とそのお店には足を運ばなくなるでしょう。だからそんな割引サービスならむしろしないほうがいいのです。
 このように生半可なサービスをすると,お得感よりもせこさのほうが勝ってしまいお客さんを逃がしてしまいます。そしてこのお客さんは二度と戻ってきません。

 私が以前,ある医者に行ったときのことです。
 診察は午後5時からと書かれてありました。そのころの私は忙しかったので,なるべく早く診察を終えようとその時間に行ったのですが,すでに数人の人が先に待っていました。ところが5時になっても診察がはじまりません。どうやら医者はもっと患者さんがくるのを待っていたようなのです。私は時間がなかったので早く診察をはじめてほしいと受付で話をすると,なんと,私よりも前に待っていた人を追い越して私の診察をはじめたのです。それ以来,私は,この医者に通うのをやめました。いつ逆の立場になるかわかったものではないからです。
 他にも同じようなことはたくさんあります。
 私がどこかに行ったときに,うらやましそうに,今度は誘ってね,と言っておきながら本当に誘うといろいろ理由をつけて断る人… いませんか? あれほど人をバカにした話はないのですが,それを気楽に言う本人は気づいていないのです。
 それもまた同じことです。

 マックが蘇った… のは,お店に行くとその活気からどうやら本当らしく思えるのですが,私が以前,「友人が『マックはつぶれるぞ』と予言した」をこのブログに書いたときにこうするといいと要望した願いがみなかなえられていることに驚きました。今ではWIfiもフリーだし,お得感もあるし,私のブログを読んで改善してもらえたみたいな気さえしています。
 その一方で,今度は「ミスド=ミスタードーナッツ」が不振らしいのです。私もマクドナルドから遠ざかっていたときにミスタードーナッツを頻繁に利用していましたが,今は意識をしてそうしたわけではないのですが,足が遠のいています。
 ミスタードーナッツが不振なのは,一時期マクドナルドが陥ったのと同じスパイラルにはまり込んでいるからなのでしょう。
 その理由は,簡単にいえば「値段が高い=お得感がない」これが最も大きな原因です。それは,ドーナツの値段もそのひとつではありますが -ドーナッツの値段だって,頻繁に100円セールをやって,定価で買う人をいわば小バカにするようなことをしていたのに,売れ行きが悪くなったら値引きをやめたり値段が高いものばかり出てきた- それよりも,ドリンクの値段が異常に高いということなのです。たとえドーナッツが150円でもドリンクが100円でお代わりできるのならみんな行くでしょう。今でもホットコーヒーやホットカフェオレはお代わり自由なのですが,もともとの値段が高すぎますし,今どき,ファミレスのドリンクバーなら100円出せばでいくらでもお代わりができます。

 世間知らずの日銀の総裁 -きっと彼は吉野家なんて行ったこともないのでしょうが- が何といおうとわめこうと,これ以上の金融緩和やサプライズを企てようと,もう,市場のトレンドはデフレに逆戻りをしていて,値下げ競争に転じています。一時調子に乗って牛丼を値上げした吉野家も安価な豚丼を復活させました。
 そもそもインフレにしてその代りに社員の給料を少しばかり上げようという時代錯誤の政策など,この国ではゼロ金利政策によって目減りする年金を受給する人の数のほうが賃金が上がるような大手企業の正規社員の数よりも多いのだから無意味なのです。潮が満ちるときではなく潮が引くときに満潮にすることはできません。それを察知できないような商売はすぐに不人気になります。落ちていくボールを上から拾おうとしても無理で下から受け止めなければなりません。
 この時代,コンビニに行けば200円で済むのに,やたらとレジに時間がかかるミスドでドーナッツとコーヒーに500円も払う人なんていませんよ。Rポイントもだめだしね。

◇◇◇
すでに2年前-友人が「マックはつぶれるぞ」と予言した。①
すでに2年前-友人が「マックはつぶれるぞ」と予言した。②
夕食がマックで許せるか?-大人になれない大人たち

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●車がジープに変わった。●
 私はハワイだけでなくアメリカ本土をこれまで約30,000キロメートルは走っていると思うのだが,今もってわからないことがたくさんある。それは日本の車にない警告灯やら表示灯がアメリカの車には装備されているということだ。そして,それらが本当に危険を知らせるものなのかそうでないのかもよくわからない。
 日本の車に装備されていないものなのだから,およそどうでもいいものだ,と考えるのがもっとも自然であるように私は思うが,なにせ,日本とは走る距離自体が違うから,たとえそれが日本と同じ名前のついた日本車であっても,どうやら車の作り方そのものが違っているようなのである。
 今日の一番下の写真は上がアメリカのカローラ,下が日本のカローラのスピードメーターであるが,このようにカローラに限らず,アメリカで走っている車はメーターの中央に大きなディスプレイがあって,ここに様々な情報を選択して表示できるのである。
 さらに,この国では日本とは違って,オイル交換もブレーキランプの交換も自分でするというのが基本だから,本質的に車のメンテナンスの考え方も異なっている。

 日本で車に乗っていて心配されるトラブルというのはパンクくらいのものだろう。そして,そういったとき,多くの人はタイヤの交換などしたこともないから,JAFを呼ぶかディーラーやガソリンスタンドに行けばいいと思っているであろう。近頃の日本の軽自動車は交換するタイヤすら積んでいない。そしてまた,そんなアクシデントすらめったに起きることはほとんどない。
 アメリカでもそれは同様なのだが,運転をしていると,大概毎回出くわすのが,このわけのわからない警告灯や表示灯が点灯することなのである。本当にいいかげんにしてほしいと思うほどだ。
 そういったとき,自分の車なら対応のしようがあるが,レンタカーだと「で,どないするねん?」ということになる。

 一番多いのが日本の車にはない「メンテナンスリクワイアード」(MAINT REQD)という警告灯の点灯である。
 はじめてこの警告灯が点灯したとき私は動揺した。マニュアルを読んでもエンジンオイルを交換しろ,と書かれてあるだけで,そうしないとどうなるかなど,さっぱりわからない。それに,レンタカーのエンジンオイルをどうして私が交換しなくてはならないんだ!
 結局,その時はレンタカーの営業所まで走っていって車を交換してもらったのだが,帰国後に調べたり聞いたりしたところでは,これは単にエンジンオイルの交換時期だという標示なのだそうだ。であったから,その後は点灯しても無視することにした。

 そして,今回はタイヤの空気圧の表示であった。
 日本の車でもタイヤの空気圧が減れば警告灯が点灯するものがあり,私も一度経験があって,そのときはすぐにディーラーに行ったら,タイヤに小さな釘が刺さっているのがわかった。つまり,この警告灯は日本でも必要なのだが,近頃の車には見当たらない。
 しかし,このときの空気圧の表示は空気圧が減ったという警告ではなくて,単に4つのタイヤの空気圧が車のディスプレイに表示されたというものであった。アメリカの車にはこの表示がついていて,これを表示するかしないかはハンドルの部分に切り替えスイッチがあるのだが,私がそのことを知らずにスイッチにさわったものだから表示されたというだけのことであった。
 今の私はそれを知ったから,むしろタイヤの空気圧表示を有効に利用しているけれど,このときはそんなことも知らず,この車はパンクをしたのかと思って,かなりの恐怖感を抱いたのだった。

 実際このときは車の左前のタイヤの空気圧が低かったから,ガソリンスタンドで単にタイヤの空気圧を調整すればよかっただけだったのだが,そんなことさえ無知だった私は,恐る恐る60マイルも走ってヒロの空港にあるハーツの営業所まで行って車自体を交換した。
 途中で少しでも異常が感じられたらロードサービスを呼ぼうと覚悟して走っていたが,当然パンクなどしていなかったから,車はなんの問題もなくヒロに到着した。
 こうして交換した今度の車は完全な新車のジープであった。
 このときから私の車はヒュンダイからジープに変わった。

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●雲海から昇る日の出●
 やがて星が見えなくなって,空が白んできた。
 これを読んでいる方は日没や日の出をゆっくりとご覧になることはおありだろか? 私は,星を見にいくときに日没や日の出を見ることは多いが,星を見るために出かけるだけなので,地平線や雲海に沈んだり昇ったりする太陽をゆっくりと見るという機会はそれほど多くない。
 すでに書いたが,夕暮れは日が沈むころよりも30分程度早い時間に太陽が地面を輝かせる,いわば夕焼けの時間がもっとも美しく,日が沈んでしまうと,それまでの美しさは何だったのか,と思うほど何もなくなってしまう。そして,そのうちに星がひとつまたひとつと見えてくる。
 その反対に,日の出は,空が白んで星が見えなくなるのは日の出の時間よりもずいぶんと早い時間で,それから日の出までの時間が非常に長く感じられるが,太陽が昇るころが一番美しい。しかし,太陽が完全に昇ってしまった瞬間から,もう,まったくその余韻が残らない。
 私はこれまでに見た一番美しい日の出は,紀伊半島那智勝浦のホテルの屋上にあった露天風呂で海から昇ってくるのを眺めたものであった。

 やがて,太陽が昇る時間になって,ついに,雲海から太陽がその姿を現した。
 神々しい,というのは,このためにある言葉だ。太陽の赤い光が雲に反射して,そして空に輝いて,この世のものとは思えない姿であった。この感激は日没では決して味わえないものだ。
 やがて,すっかり太陽がその姿を現すと,すぐに現実の世界に引き戻された。
 私は,こうして,マウナケア山で,念願の雲海からの日の出を見ることができたのだった。

 ホテルに戻ることにして,車のエンジンをかけた。すると,私の車のディスプレイに変化が起きた。それは,タイヤの空気圧の表示であった。いったい何が起きたというのだろうか?
 車から降りてタイヤを調べても,見た目には特に何の異常も感じられなかった。おそるおそる走ってみても,パンクをしているようにも思えなかった。こんな山の上ではレスキューを呼ぶこともできないので,ともかく,こうなったら下山するしかないと思った。ふもとまで行ってから,タイヤを交換するか,レスキューを呼ぶか,幸いにもレンタカーのオフィスまで行くことができれば,そこで,車自体を交換してもらうのが一番だと思った。
 この場所からは私の泊まっているカイルアコナよりもヒロのほうがわずかばかり近いから,私はホテルに帰る予定を変更して,1時間ほどかかるが,ヒロの空港にあるレンタカーのオフィスまで行けるのなら行ってみることにした。

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 今日の地図に赤い線で示されたところが,私がこれまでアメリカ合衆国で走行した約30,000キロメートルの道のりです。
 自分でもずいぶん不思議に思うことなのですが,この夏の旅で念願の50州制覇を成し遂げて,このブログでも「これから行きたいところとは」と書いているうちに,どうやら私の「アメリカ合衆国50州制覇」という目に見えない呪縛が解けてきたようなのです。
 これまでもいろんな人に「アメリカ以外には行かないのですか?」と聞かれました。
 私は,アメリカだけでなく,オーストラリアやヨーロッパ,ロシアにも行ったことはあるのですが,本当にアメリカ以外には魅力を感じなかったのです。しかし,どうやらそれは「呪縛」によるものだったんだ,そんな気がしてきました。
 つまり,私にとって「アメリカ合衆国50州制覇」はゴールではなくてその先への出発点だったのです。
 とはいっても,発展途上国に行くだけの勇気も知恵もありませんし,興味もありません。それに,人の多いところはそれが日本でも海外でもあまり行きたくありません。どんなに優れた創造物であっても,自然に勝るものはないとも思うのです。きっと「呪縛」が解けた理由のひとつには,この夏に行ったアメリカ東海岸の人と車の洪水があるように感じるのですが,これからは,なるべく人の少ないところに出かけて,ゆっくりと大自然や星空を眺めたくなってきました。

 そこで私のなかにどんどん増幅されてきたのが南太平洋なのです。どうして「南」なのかというと,それは南天の星空が見たいからなのです。つまり,赤道を越えなければならないのです。ハワイは南十字星は見えますが,それよりも南にあるマゼラン雲を見ることができません。
 南太平洋… 地図を見ているだけでワクワクしてきたのですが,これまでオーストラリア以外は行ったことがないので,その行き方や塩梅がよくわかりません。そういう意味では初心者と同じなのですが,これまでの海外旅行の経験があるので,航空券を手配して空港に行って空を飛んで現地に着いたらあとは車を借りれば何とかなりそうなことだけはわかります。泊まるところもうまく選べば問題なさそうです。それよりも私にとっての問題は,果たして行った場所で星を見ることができるのかという地理的なことと天気がよいのかということなのです。
 ハワイも行くまでは勝手がわかりませんでしたが,とにかく行ってみたらその塩梅がわかりました。同じように,どうやら一度行ってみることが必要なようです。

 そんなことを考えているうちに,どうして,そうした塩梅を早くから知っておくために若いころからもっといろんなところへ出かけなかったのかという後悔の念がふつふつと沸き起こってきました。これだけ旅行をしていてもそう思うのですから,世界は広く人生は短いのです。
 言い訳をしましょう。
 お金がない? それは嘘です。海外旅行というのは,高級車を買ったり毎晩お酒を飲むようなお金があればどうにでもなります。そういうものの値段は外国に行くことに比べるとひとけた違います。
 時間がない? それも嘘です。時間など周囲の目を気にしないければいくらでもできます。周囲の目を気にしなければというのは,仕事で穴をあけて人に迷惑をかけるということとは違います。そうではなくて,この国には人をうらやむという陰湿な文化があるからです。特にそういう人が組織の上司にいると最悪です。
 言葉ができない? それもまた嘘です。日本の学校でやっている「英語」という名を借りた受験や資格試験のためだけのドリル学習がそうした固定概念を植え付けているのです。

 実際海外に行ってみると,世界に飛び出して生き生きと人生を楽しんでいる人が少なからずいます。そして,そうしたほんの一握りの人以外は,狭い社会に閉じこもって実につまらない人生を送っているということもまた実感するのです。この国にはそういうつまらない人が組織の上にいて,部下に非効率な仕事を強いて,自分だけがそうならともかく,他人をその価値観で束縛して,とても生きにくい国にしていることが多々あるのです。そして彼らはそういう広い世界があるなんていうことを想像すらしていないのです。
 まあ,そんな話はよして,私は,これからは,夏はアラスカ冬はハワイ,アメリカ本土なら国立公園,そしてさらに,いよいよ南太平洋にも飛び出すとしましょう。

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●再びマウナケア山頂に登る。●
☆6日目 4月3日(日)
 早朝3時過ぎに目が覚めた。私は起きるまでその気があったわけではなかった。
 満天の星空のなかに輝く南十字星を見たいとは思っていたが,マウナケア山の山頂に日の出を見に行くというのは,あまりにも無謀ではないか。ただし,昨日のサンセットクルーズで出会った日本人の家族の人たちが星空観察ツアーに参加した日に私が見られなかったマウナケア山頂で夕日を見たという話を聞いてうらやましかったこともまた事実であった。
 私は,この時間に目覚めたのは神のお告げだと思った。こうなったら,マウナケア山の山頂へ日の出を見にいくしかないと思った。日の出の時刻は6時過ぎだから,今から車でマウナケアまで行けば十分に間に合うのだ。
 そんなわけで,私は,三脚とカメラを持って車に乗り込んだのだった。

 アメリカの深夜の道路を走るなどということを私はこれまでしたことがなかったが,連日ハワイ島を走ってみて,ホテルからマウナケア山までは道路の状況もよく,何の問題もないように思われた。私は,日本では星を見に行くために深夜のドライブは慣れている。夜も12時を過ぎると急に世間は寝静まり,日本でさえも星がきれいに見えるようになる。
 来る前には,まさかマウナケア山の山頂まで日の出を見にいくとは夢にも思っていなかった。星空観察ツアーには夜明け前の星空と日の出を見るというものもあるが,きっと,夕日よりも参加者はずっと少ないであろう。私がハワイ島に来た時期は下限の月が深夜に東の空に昇ってくるので,明け方の星空観察ツアー自体が実施されていないときでもあった。

 いつものとおり,ホテルから州道190を北東に向けて走らせたが,さすがにこの時間では全く対向車は通らず,走っているのは私だけという状況だった。道路は,コナの市街地だけは街灯があったが,それでも日本のように白い光がまぶしく輝くということもなく,黄色く鈍い街灯があるだけだった。それよりも,道路の端のホワイトラインと中央のイエローラインがすべて蛍光になっていて,車のライトで照らされると真っ暗な中でそれだけが明るく輝き,安全で走りやすい道路がずっと続いていた。
 ここでもまた,どうして日本はこうした道路の整備ができないのだろうかと改めて感じたのだった。空には満天の星空が輝いていた。
 40分程度走って右折し,全く街灯のない真っ暗な州道200に入ったが,この道路もまた同じで,車のライトでホワイトとイエローのラインだけが輝いた。
 次第にあたりは霧に包まれて何も見えなくなったが,それでも道路のラインだけは車のライトで照らされて明るく輝いていたから安全だった。州道200に入ったあたりで霧になるのはいつものことであった。このくらいの標高になると霧が発生するのだろう。そして,いつものようにもう少し高いところまで登ると雲の上に出て,再び満天の星空が見られるようになる。

 州道200を左折して,マウナケア・アクセス・ロードに入った。次第に標高が高くなっていくと,思った通り霧が晴れてきた。
 ビジターセンターに着いた。ビジターセンターは当然すでに閉まっていたが,駐車場にも全くほかの車はなかった。空には明るく月が出ているので明け方の星空観察ツアーが実施されていないからにちがいなかった。それでもビジターセンターから先の道路はそのまま開放されていたので,私はためらうことなく登っていった。
 2度目のマウナケア山への登頂であった。
 未舗装道路を過ぎて再び舗装道路を走り,山頂の手前の広場に着いたので一旦車を停めて外に出ると,満天の星であった。月が明るいとはいえ,それでも日本の新月のころの空よりもずっと暗かった。外は思ったほど寒くもなく,ジャケット1枚着ただけで十分だった。
 再び車に乗り込んでそのまま山頂まで走って行くと,天文台は観測の最中であった。コンピュータやら空調やらがゴーゴーと音を立てていて,巨大なドームがなにかものすごく威厳のあるものに思え,身震いした。
 やがて空が次第に白んできて,星の数がひとつまたひとつと少なくなってきた。そして,ついに空に見えるのは月だけになってきた。夜明けの風景は見慣れていたが,なにせここは標高4,000メートルを越える山の山頂であったから,雲海が眼下に見えた。
 そのころになると,時折,日の出を見るためなのか車が昇ってくる。
 いよいよ夜明けが近くなってきた。

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●これほどすばらしい夕日を●
 ケアラケクア湾に着くと船が停泊した。まだ日が沈むには早いので,ここに停泊してゆっくりと食事をするのである。聞こえるのは波の音とハワイアンミュージックのライブ演奏だけであった。
 これほどすばらしい時間があるだろうか。
 私はこの旅でも天気に恵まれ,たいして下調べもしなかったのにとても充実した日々を過ごすことができた。そして,ほとんど思い入れもなかったハワイにすっかりハマってしまったのだった。

  ・・・・・・
 ケアラケクア湾はハワイの発見者となったジェームス・クック船長が不慮の死を遂げた場所である。白亜の記念碑は,そのクック船長を悼むものである。
 1728年生まれのジェームズ・クック(James Cook)は,イギリスの海洋探検家であった。通称キャプテン・クック という。一介の水兵から,英国海軍の勅任艦長(Post Captain) に昇りつめた。
 太平洋に3回の航海を行い,オーストラリア東海岸に到達,ハワイ諸島を発見し,自筆原稿による世界周航の航海日誌を残し,ニューファンドランド島とニュージーランドの海図を作製した。
 彼は10代を石炭運搬の商船船員として過ごした後,1755年に英国海軍に水兵として志願し,七年戦争に加わった。船員としての能力を認められたクックは1757年に士官待遇の航海長に昇進し,英国軍艦Solebay号の航海長としてセントローレンス川の河口域を綿密に測量し海図を作成した。
 やがて,クックは南方大陸探索の命を受けて,英国軍艦エンデバー号を指揮し1766年に第1回の航海に出帆,多数の地域を正確に測量し,いくつかの島や海岸線をヨーロッパに初めて報告した。
 しかし,第3回航海の途上にハワイ島で先住民との争いによって1779年に落命した。
  ・・・・・・

 やがて,船は再びハワイ島の西海岸を北上しはじめた。それとともに夕日が美しく海に輝き始めた。
 日没は沈む直前よりもその少し前の景色が最も美しい。そして沈んでしまった直後から何も美しくなくなってしまう。面白いことに,夜明けはその逆で,日が昇るまでが格段に美しく,一旦太陽が地平線から昇り切ってしまうと,まったく美しくもなくなってしまうのだ。
  ・・
 私は普段でもよく星を見に行くので,夕方や明け方の空の美しさは見慣れているつもりだが,ハワイは別格であった。この日の日没がさらに格別だったのは,水平線までまったく雲や靄がなかったことであった。そこで,太陽が完全に海に隠れるまでをしっかりと見届けることができたのだった。
 これほどすばらしい夕日を見たのは記憶にない。ああ,本当に来てよかったと,こころから思った。

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 今日は,これまで行ったなかから忘れられないところをあげてみましょう。
  ・・

 私は,アメリカというとなぜかいつもボストン近郊プリマスのホテルのビーチで時間を忘れ海に沈みゆく夕日を見たことを一番懐かしく思い出します。それは,単に私の精神的な理由からなのでしょうが,あんなに満ちたりた時間は他に記憶がありません。
 その旅では,その翌日に行ったボストンから西に1時間のところにあるタングルウッドもまた,本当にすばらしかった思い出です。ぜひまた機会があれば行ってみたいところですし,今度行くときは,そこに何泊もしたいものです。本当にタングルウッドは夢のような場所でした。
 私は今年の夏の旅をもって,アメリカの東海岸は北から南までをすべて走りましたが,そのなかでは,このように,ボストンより北,つまり,マサチューセッツ州からメイン州が絶対におすすめです。そして,マサチューセッツ州やメイン州の西にあるバーモント州やニューハンプシャー州も,私の行ったのは夏でしたが,紅葉のころが絶品だと聞きます。今度はその時期にもう一度行ってみたいところです。

 場所を西にずらしていきましょう。
 そこにあるのはハイオ州,ミシガン州などの五大湖周辺と,昨年の春に行ったミズーリ州,インディアナ州,ケンタッキー州などの中南部になるのですが,このあたりは観光地というよりも,単なるビジネス都市ばかりですからまた行くことはおそらくありますまい。
 しかし,ミネソタ州やアイオワ州はのどかでとてもよいところですし,とりわけ,ミネアポリスは,ほかの都市へ行く中継地点でもあるので,そのうちどこかへ行く途中でミネアポリスの空港に降り立っているかもしれません。ミネアポリスには懐かしい思い出ばかりが蘇ってきて,悪い思い出はまったくありません。

 そこからさらに少し西に行くと,私の思い入れがあるのはノースダコタ州とサウスダコタ州です。
 私がノースダコタ州に行ったときは,だれも行かない州へいってやろうという気持ちがだけが強かったのですが,ノースダコタ州のなかでもメドーラは素朴でとても楽しかったところです。メドーラで見た野外ミュージカルはぜひまた見てみたいもののひとつです。
 このときのミュージカルと同じような楽しみとしては,ミズーリ州のブランソンがあります。ブランソンという町の劇場街はゆったりと時間が流れる楽しいところでした。ぜひまた行ってみたいと思うのですが,その近くには特に何もないので,再び行くとすればわざわざそこだけに行くということになってしまいます。そう考えると結構遠い気がします。
 ミズーリ州の隣がコロラド州ならデンバーから走っていけばいいのですが,その間にはカンザス州,オクラホマ州などがあるので,そこを通過しないとコロラド州からは行けない,というのが難点です。それにしても,同じアメリカの中部でも,私はカンザス州,オクラホマ州といった州にはネガティブなイメージしかないのに,ネブラスカ州だと抱くイメージが違うというのは不思議なものです。ともに竜巻と雷雨の名所でしかないというのに一体どうしてなんでしょう…。

 さらに西に足を運ぶと,ロッキー山脈のふもとの美しい州であるモンタナ州,ワイオミング州,コロラド州,ニューメキシコ州,そしてその西には,アイダホ州,ユタ州,アリゾナ州… とあります。このあたりは何度訪れても本当にいいところです。
 そのなかでもモンタナ州は別格です。まさか十数年前まで,ほとんどの日本人にとってこの遠そうなイメージのあるモンタナ州に,私が何度も足を運ぶことになるとは思いもしませんでしたし,人生の大きな位置を占める場所になるなんて,本当に不思議な気持ちです。
 私にとって,モンタナ州は日本の東北地方よりもずっと身近なのです。

 そのまたさらに西へ行くと,ついに太平洋岸に出ます。
 太平洋に面したワシントン州,オレゴン州,カリフォルニア州に行くには,日本からは太平洋を渡るだけのことなので本当に近いところです。私は,ロサンゼルスは好きではないのであまり行きたくないのですが,シアトル,ポートランドは大好きな都会です。特にポートランドは住んでみたいくらいのところです。
 また,サンフランシスコには悪いイメージはないのですが,なにせ,ここはシリコンバレーが近いせいで物価が高すぎます。アメリカというところは,場所によってあまりに物価が違うし,ホテルの宿泊代も数倍も違うのです。

 このように,飛行機に乗ってさえしまえばアメリカの西海岸なんてわけないのですが,それに比べて,つくづく成田まで行くのが遠いなあ,といつもうんざりします。
 名古屋市内からも決して近くないセントレア・中部国際空港。それよりも福岡市内にある福岡空港のほうが成田を経由してアメリカに行くには安くて便利だなんて,なんかバカみたいな話です。
 そんな名古屋はともかくとしても,成田空港に行くには空港が博多駅の近くにある福岡市民のほうが成田から遠い東京都民よりも早くて便利というのですから,日本では福岡市に住むのが一番アメリカ,というよりも海外すべてに近いということなのでしょうか…?!
 いや,これを書いていて私は大きな間違いに気づきました。
 福岡ならわざわざ成田に行くよりも韓国のハブ空港インチョン(仁川)のほうがずっと近いのです。飛行機なら1時間と少しです。そう考えると,なおさら日本から海外にいくには福岡に住むのが一番便利です。もっと日本人は,日本という細長い国だけの地図を見ていないで,アジア全体を見まわして物事を考える必要があるのです。
 だから,成田だ羽田だ,などという自国中心的な航空行政などをこれからもやっていると,アジア全体の観光客はヨーロッパやアメリカに行くのにますます日本を経由しないようになっていきます。すでに,世界中の航空会社はアジア戦略から日本を度外視して,仁川や香港にシフトしはじめています。
 私も海外に行くときは,成田などにこだわらず仁川を中心に考えるべき時期なのかもしれません。

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●食事は焦らずとも豊富にあって●
 やがてサンセットクルーズの出港時間が近づいてきたので,私はカイルアピアの集合場所へ行った。
 アメリカ本土は違って,ハワイは今だに日本という国の存在感があって,中国人を見るのはまれであり,日本語も幅を利かせている。このクルーズに乗船したのも,私のほかには,家族で来ていた日本の人とモンタナ州から来たというお年寄りの女性の団体など,そういう人たちであった。ずうずうしく人を押しのけ大きな声を張り上げ場の雰囲気を台なしにする中国人の団体客がいなかったことだけでも,このクルーズが楽しいものになるのが予感できた。

 このような夕食つきサンセットクルーズはアメリカ本土でもいろんなところで実施されていて,どこもとても楽しい。私は,数年前に行ったバーモント州のバーリントンでシャンプレイン湖(Lake Champlain)のサンセットクルーズに乗船してすばらしい経験をしたのを思い出した。
 こういったときのクルーズ船はたいてい1階と2階に座席があって,通常みなオープンデッキの2階に行くのだが,このクルーズでは,1階にビュッフェ形式の食事が並べられていたので,2階に座った乗客はそれをとるために階下に降りる必要があった。また,1階の客席ではハワイアンミュージックのライブ演奏がはじまっていた。

 この日は非常に天気がよく,すばらしいクルーズになった。これをお読みになってこのクルーズに参加したいと思われる方がぜひ思えておくとよいことがたったひとつある。それは,座る座席の位置である。
 このクルーズは,カイルアピアを出港してハワイ島の西の海岸を南下していくのだが -そうそう,これを書きながら気がついたが,ハワイ島でのサンセットクルーズは西海岸だからこそできることだからカイルアコナに宿泊する以上,これに乗船しないという選択肢はない- 南下していくときはまだ日が高く見どころは地上の景色であるから,地上を見ることができる側に座るべきなのだ。
 この船はコナ南部のケアラケクア湾(Kealakekua Bay)まで南下していってその湾に停泊して日没の時間まで時間待ちと食事をする。そして,そこでUターンをして北上を開始して夕日が沈むのを見ながらカイルアピアに戻ってくるので,今度は日没の見られる側に座るべきなのだ。
 つまり,つねに同じ側,進行方向に向かって左側に座らないといけないということなのだ。

 話は脱線するが,アメリカ本土でMLBを見るとき,アメリカは夏時間なのでナイトゲームといっても日没は8時過ぎになるし,デーゲームならなおさらのこと,太陽の直射日光を受けない座席を選ばないといつも直射日光にさらされるから,とんだ悲劇が訪れる。つまり,こうしたクルーズでもMLBの観戦でも,座席を選ぶときに最も考慮しなくてはいけないのは太陽の方角だということである。

 船は,ガイドさんが吹く,古式ゆかしい笛の音とともに出港して,西海岸沿いを進んでいった。
 海岸に沿った景色にはすべて詳しい説明があるので,ハワイ島の歴史などもよくわかって,とても楽しいものであった。そのうちに,1階で食事の準備ができたという放送があったので,それをとるために2階の乗客は降りていったのもだから,ビュッフェにはすごい列ができてしまった。私は,せっかくのどかな船旅なのに食事をするのにこんなに並ぶ必要があるのかと気が重くなったが,それははじめのうちだけのことであった。
 そんなに焦らずともゆっくりと構えていれば十分なのであった。食事はたっぷりと用意されていて,そのうちにビュッフェにはだれも列を作らなくなったのだった。
  ・・
 やがて,ケアラケクア湾に着くと船が停泊した。

 ということで,前回は横道にそれましたが,私がアメリカでこれから行きたいのは,夏はアラスカ,冬はハワイ,そして,そのほかには国立公園だという話の続きです。
  ・・

 アラスカはオーロラで有名ですが,調べてみると,8月の下旬から9月にかけて,紅葉とオーロラが同じ時期に見られるという意外な事実がわかりました。そしてまた,夏のオーロラのよいのは寒くない,ということです。私は冬のオーロラを見に行こうと思っていたのですが,あの寒さとお昼間に何をするのか,という点で二の足を踏んでいました。それが夏に見られるとあれば,すべて解決です。もし,その年に見られなくても,避暑をかねて何年も足を運べば見る機会も増すことでしょう。それを知って,私はすっかりその気になりました。
 行き方はシアトルからアンカレッジまで空路があるので,問題はありません。つまり,シアトルでMLBを見たり観光してからアンカレッジに出かけて車を借りればフェアバンクスまでドライブです。夏なので雪もなく安全です。これは最高の避暑ではないですか!

 冬のハワイ。ハワイは10月から3月までが一応雨季ですが,さほど雨が多いというわけでもなさそうなので,2月から3月にかけてがよさそうです。
 昨年は何も知らなかったので航空券を手に入れるのに苦労しましが,調べてみると,日本からホノルルまでの往復航空券を買えばいいのです。これなら10万円以下で手に入ります。オアフ島以外は,国内線として別にハワイアン航空のチケットを購入するのです。1日に何便も飛んでいるので,私が春に行ったようにホノルルで意味もなく1泊するというくだらないことをする必要もありません。これなら,北海道へ行くくらいの気安さで行けるわけです。ハワイも近いものです。
 私はこうして,マウイ島,カウアイ島… と順番に行ってみたいと思っています。

 最後に国立公園ですが,これが一番距離が遠いという意味で大変です。
 私はカリフォルニア州やアリゾナ州の国立公園にはあまり行ったことがないので,サンフランシスコやロサンゼルス,あるいは,ソルトレイクシティやフェニックスからレンタカーで行くということになりますが,セコイア&キングスキャニオン国立公園はロスアンゼルスから車で4時間30分ほど東に走ったところにあります。デスバレー国立公園はラスベガスから車で3時間…。化石の森国立公園も,それにアリゾナの大隕石孔もぜひ行ってみたいところです。
 私がこれまでぜひ行きたかったモンタナ州のグレーシャー国立公園,ここへ行くだけでも6月に5泊7日を要しました。それでも,行くまではそれほどまでにしていく価値あるのかいな? と思っていたのに,予想をはるかに超えた景観に私は感動しました。
 きっとどこもわざわざ行くだけの価値があることでしょう。

 これでは50州制覇などと浮かれてもいられません。行きたいところはとどまらず,次第に時間との勝負になってきましたが,これからもますます元気で,より一層はじけようと思います。

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●ハワイ島の歴史が味わえる町●
 潜水艦ツアーを終えて,私は地上に戻ってきた。
 まだ午前中であったが,今日の残りの予定は夕方からのサンセットクルーズだけであった。たまにはこういう日があっても悪くない。
 この旅行記で書いているハワイは2016年の3月に行ったものだが,私は,この年の夏にはアメリカの東海岸に行ってきた。今これを書きなからハワイを思い出すと,同じ国だというのにこれほどの違いがあるのか,ということだ。東海岸のすさまじいほどの車の洪水や人々の多忙さに比べると,ハワイは本当にのどかでいいところだ。しかし,ここに住んでみると,行くところは限られるし,アメリカ本土や海外に行くのもけっこう大変だ。
 アメリカでも東海岸に住んでいる人に聞いてみると,ハワイというのは日本からハワイよりも遠いようなのだ。 
 だから,ハワイというのは,日本から年に一度くらい行くところであって,住むところではないのかもしれない。

 この日は,サンセットツアーまでのずいぶんの時間,私はカイルアコナを歩き回ったり,車に乗ってハワイ島の西海岸をドライブしたりした。
 そこで,今日はカイルアコナの紹介をしてみよう。
  ・・
 潜水艦ツアーやサンセットクルーズが出発するこのカイルアコナの埠頭を「カイルアピア」という。
 カイルアピアは,1918年に牛の積み出し用の埠頭として建造された。このこカイルアピアでは毎年10月に行われるトライアスロン世界選手権と毎年夏に開催されるハワイアンインターナショナルビルフィッシュトーナメントが行なわれるのだそうだ。
 カイルアピアの西側にはハワイの平和,農耕,繁栄の神である「ロノ」に捧げて建立された「アフエナヘイアウ」がある。「アフエナヘイアウ」はカメハメハ大王専用の別荘であったが,現在,アフエナヘイアウは復元されて,シュロで作られてた屋根の家と木製の像「キイ」が建てられている。また,このアフエナヘイアウに隣接したキングカメハメハズコナビーチホテルの敷地はカメハメハ大王の王宮跡である。
 このホテルの外には大きな売店があったので,私はそこで昼食を買ってカイルアピアを見ながら食事をとった。

 次に,カイルアピアから左手に行くと,広い緑に庭があって,その庭にある白い建物が「フリヘイパレス」であった。ここは1838年に2代目の総督であったジョンアダムズクアキニ(カメハメハ大王の妻カアフマヌ王女の弟)が自分の個人的な屋敷として建てたものである。彼の死後,ハワイ王家の別荘となり,1925年にハワイが購入して博物館として現在に至っている。
 私は,入場料を払ってこの建物を見学した。
 外はとても暑かったが,クーラーの効いた室内はとても涼しく,窓からは太平洋が美しく眺められた。非常に丁寧な説明があって,しばらく充実した時間を過ごすことができた。ちょうどこの日は結婚式が行われるということで,庭では食事の準備が忙しそうに行われていた。

 フリヘイパレスからアリイドライブをさらに進んでいくと,私がこの日の朝に行ったモクアイカウア教会がある。
 1820年4月14日,ハワイ最初のキリスト教宣教師がカイルア湾に到来した。カメハメハ大王の長男リホリホ大王自身はキリスト教に改宗しなかったが,他の宗教を認めここにハワイで最初のキリスト教会の建設を許可しこの地を与えたのだ。
 この教会は溶岩とサンゴを砂と珊瑚のモルタルで繋ぎ合わせ建てられ,教会内の信徒席の長椅子と説教壇はハワイ原産のコアの木で作られた。また,112フィートの高さの尖塔はコナ地区で最も高い建築物となった。
 再び中に入って,サデアス号とよばれた宣教師たちの船が展示されているのを見ることができた。
 教会を出た後,一度ホテルに戻って,車で海岸線を南に走ってみた。この道は海岸線から離れた高台を走っているので,周りには多くのコナコーヒーのプランテーションを見ることができた。
 このプランテーションでは見学や試飲ができるということなので,私はカイルアコナの最終日に行ってみることにして,この日はホテルに戻ってきた。

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 私はいろんな面で本当に日本人は頭が悪いなあ,と思うことが多いのですが,多くの日本人は優秀だと思っているから,よりたちが悪いのです。いつも書いているように,わざと事故を誘発するような道路の整備などその最たるものですが,やっている人たちはそう思っていないから最悪です。
  ・・
 さて,きょうは道路の話ではなく,海外旅行も「金」次第,というお話です。しかし,この「金」は「カネ」ではなく「ゴールド」のことなのです。念のために書き添えておきますが,「マネー」のほうの「金」は海外旅行ではさほど必要ではありません。それよりも必要なのは「知恵と勇気」です。

 これもまた私が日本人は頭が悪いと思うのは,携帯電話会社に限らず,日本では新規顧客の獲得に忙しいのにもかかわらず,せっかく確保したお得意さんを邪見にするということなのです。したがって,新規に契約する人にとってはお得でも何年も顧客である人には冷たいので,お得意さんを続けてもなんの徳にもならないのです。それどころかむしろ腹立たしいことのほうが多いから見限ってしまうのです。本当にバカです。
 それに対して,アメリカの商法はお得さんをつなぎとめることのほうにプライオリティがおかれているようで,実際は大した投資をしていないのに上手にお得意さんのプライドをくすぐるから,顧客が逃げないのです。
 その最たるものが海外旅行における「金」つまり「ゴールド」という資格なのです。それは,私がアメリカ旅行をするときのデルタ航空の「ゴールドエリートプラス」であり,ハーツレンタカーの「ワンクラブゴールド」であり,エクスペディアの「+ゴールド」です。そして,これが実に快適なのです。

 デルタ航空の「ゴールドエリートプラス」は,フライトの利用が少なくても「アメリカンエクスプレス」のゴールドカードを手に入れるとなれます。私もはじめのうちはそれを利用していましたが,年に3回もアメリカ旅行をするようになったら,フライトの利用におけるマイレッジで「ゴールドエリートプラス」の資格が手に入りました。
 この資格があると,まず,空港のチェックインがものすごく楽になります。並ぶ必要がないからです。そしてセキュリティも2番目の写真の「TSA Pre」と書かれた別の入口から入れるので,並ぶ必要がなくなりますし,検査も楽になります。特にアメリカの空港のようにまともに並ぶと1時間近くもかかるようなセキュリティがほぼ待ち時間ゼロになります。
 さらに,ターミナルではラウンジが利用できます。搭乗するときにははじめに乗れますし,名前を呼んで「いつもありがとうございます」と言ってもらえます。運がよければ座席がグレードアップされるのですが,アメリカの国内線では,まず100パーセントファーストクラスに座れます。預けた荷物も一番先に出てきます。また,帰国後,空港から自宅まで荷物を無料で送ってくれますから手ぶらで帰れます。
 さらに,フライトが変更になったときには優先的に変更を受け付けてくれますし,電話で問い合わせをしたときに混み合っていても繋いでくれます。
 とまあ,ともかく圧倒的に優位なのです。私もこの資格を手に入れてみてその快適さにびっくりしました。

 ハーツレンタカーの「ワンクラブゴールド」は,レンタカーをネットで予約をしておくと,レンタカーを借りるときにカウンタに行く必要がなく,メールで事前に指示された駐車場の番号の横に自分の名前が表示されていて,そのまま車に乗って出発することができます。
 この「ゴールドプラスリワード」は無料でだれでもなれますが,これもまたものすごく快適です。
 エクスペディアの「+ゴールド」にどういう特典があるのか私はあまりよくわかっていないのですが,サイトには宿泊代が割安になるとか何かあったときのサポートが受けられるといった特典が書かれています。私はこの「+ゴールド」の資格はエクスペディアをたくさん利用しているうちに手に入りました。

 このように,貧乏人の私にも,アメリカ旅行をするときだけはなぜか急に「にわかエリート」になれてしまうのですから,これほど快適な時間は他にないわけです。人が一杯並んでいるところを横目にさっさとセキュリティを通過したり飛行機に乗り込んだり,空港の混雑した待合所を横目にラウンジでゆったりと過ごす快適さは何ものにも代えがたいものがあります。
 これから海外旅行を何度もしたいという若い人や,ささやかな贅沢をしたいという人は,この「金」つまり「ゴールド」たちは絶対にお得ですから,これを利用しない手はないのです。
 このように,海外旅行に必要なのは「マネー」ではなく「ゴールド」という資格なのです。

 日本でも,運転免許証だけには「ゴールド」がありますが,携帯電話会社だって,事前に何年も契約するとお得などというバカげた商法など違約金を肩代わりしてまで新規顧客を得ようとしているのだから意味がなくて,そんなことよりも長く契約していれば「ゴールド」ステイタスが手に入って,そういう顧客にだけさまざまな特典を用意したほうが絶対にいいと思うのですが,日本人はバカだから,そういうアイデアは浮かばないのでしょうね。
 いろんなポイントカードがありますけれど,あれだって,たとえば何ポイント以上になったらゴールドステイタスを与えてコンビニで優先的にサービズが受けられるとかチケットの発券手数料が無料になるだとかのサービスをすれば,わざわざそのコンビニを選んで利用するようになると,私は思うのですが…。

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●海底30メートルへ●
 私の乗ったのは「アトランティス」という潜水艦であった。
 このツアーを運航しているアトランティス・サブマリーン社は世界8か所でこうしたツアーを実施しているということだが,ハワイでは,オアフ島,マウイ島,ハワイ島で同じようなツアーがあるので,オアフ島でこのツアーに参加した人も多いかと思う。
 潜水艦とはいっても観光用のもので,48人乗り,半数ずつが分かれて相対して座り,窓越しに海を眺めるというものである。沖合に停泊している潜水艦の上部に入口があって,そこからひとりずつ乗り込むのだがかなり入口が狭くて,大きなバックパックを背負っていると中に入れない。
 ヘッドセットをつけて説明を聞くようになっていて,日本語も選べるのだが,私があてがわれたヘッドセットはまったく音が出なかったから,これは意味がなかった。ヘッドセットなどなくとも,室内では大きな音で(もちろん英語で)説明が流れていた。もし,日本語しかできない人がこの日本語のヘッドセットを渡されたらどうするのだろうと思った。

 カイルアコナの沖合いには25エーカー(約3万坪)にわたって天然のサンゴ礁が生育しているという。この広大な天然サンゴ礁は18,000年前に海に流れ込んだ溶岩の堆積物の上に生成したもので,我々が潜った水深35メートル前後の海中にはこのサンゴの海に多種多様な海洋生物が生息しているので,それほど深くない海でも窓から外をみると変化に富んでいて,なかなか面白いものであった。
 きっとスキューバダイビングをすれば,こういう姿を自由に見ることができるのだろう。私はまったくの素人であったが,少しもぐっただけで,水族館とかにいる熱帯魚そのものが泳いでいるのにはびっくりした。また,海の中は,かくも変化に富んだ場所なのだということを初めて認識した。

 潜水艦は海底付近を静かに「進んで」いく。いや,ずいぶんと「進んで」いるような気がするが,実際はシャトルボールと周りをぐるりと一周しているだけであろう。
 途中に,船が2隻沈んでいた。沈んだ船のなかや周りは魚の住処になっていて,多くの種類の魚が群れをなして泳いでいた。大きな魚は一匹でその存在があるが,小さなものは,群れをなすことでそれと対抗しているのは,人間社会と変わるものではない。
 沈んが船をよく見ると,マストに骸骨が括り付けられてあった。
 いったいこれはなんだ?
 船は沈むときに船長はその船と運命を共にするのだとどこかできいたことがある。昔,太平洋戦争のミッドウェイ開戦を取り扱った映画があって,そのなかに,船長が沈む船に自分を縛り付けるシーンを見て,子供心にそれがおそろしかったのを私は思い出した。
 しかし,ここの骸骨は完全な観光用なのである。船も沈んだのではなくて,魚の住処として沈められたものなのであった。
  ・・
 パンフレットによると,このツアー,ワイキキで実施されているものは私の乗った潜水艦よりも大きい64人乗りのもので,窓がずいぶんと大きいのだという。また,マウイ島では,12月から4月ころまでは,シャトルボートの上から,あるいは,潜水艦からもクジラの姿を見ることができるのだそうだ。

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●コナコーストにまた朝がきた●
☆5日目 4月2日(土)
 翌日の朝になった。
 アメリカに行くと,到着した日の晩は時差のためにぐっすりと眠れない。何度も目が覚めるのだ。なんだかよくわからないまま2日目がきて「もう二度と来るものか」という後悔の念にさいなまれるのである。地獄の苦しみである。そして3日目の朝がくる。
 おもしろいもので,眠ろうと思わなくとも極限まで眠たくなるとなんの問題もなく眠れるのだ。さすがに2日目の夜ともなるとぐっすりと眠ることができるので,ついに3日目の朝からはバラ色の日々がやってくる。
 私は普段も5時間睡眠で生活していて朝は4時過ぎには起きているので,時差ぼけというのはほとんど感じないのだが,それでもこうなのだから,きっと若い人は時差ぼけの克服が大変かもしれまない。

 そんな到着直後の寝不足状態で車の運転をするのはやはりずいぶんと不安になる。アメリカでの車の運転は単調な道路ばかりだかりだから,そうでなくても眠くなる。この眠気を抑えるのにはコツがある。
 そのコツというのは冷たい水を飲むということで,冷たくないとだめなのである。だから,コンピ二でペットボトルに入った水を買っても意味がなく,大きなカップに氷をたくさん入れてそこに水や清涼飲料を注ぎ込んだものが必要となる。アメリカのコンビニだと,自分でコップに氷と清涼飲料を入れてレジで精算するという方法でこれを入手するのが手っ取り早い。あるいは,ソフトドリンクがお代わり自由のマクドナルドで,店から出るときにお代わりして持って出るのがいい。
 コップ(といっても日本のものよりかなりでかい)に入っていれば運転中にストローで飲むこともできるし氷だけをなめてもかなりの効果がある。
 飴やらガムはあまり意味がない。私は,ときどきガムを噛みながら運転することもあるが,これはガムがやめられなくなるだけで,実際はほとんど意味がないように思う。

 さて,この日はすでには5日目だったから,私は絶好調であった。それに加えて,この旅ですでにやりたいことをすべてやってしまったという満足感もあって,私としてはめずらしくまったりモードの1日となった。
 潜水艦で海の底に行くというツアーは,カイルアコナの桟橋に送迎用の船が来て,そこから海に停泊している潜水艦まで行くというものだったので,その桟橋に集合すればよかった。何事もそうなのだが,アメリカでのこうしたレジャーは,大げさな看板とかがまったくなく,集合場所といってもなんの表示もない。申し込んだときにそういわれるだけだ。だから本当にここにいればいいのかな,と思いながら待っていると,やがて,同じツアーに参加する人がだんだんと集まってくるという感じになる。
 この潜水艦ツアーは,日本語のパンフレットにも紹介されていて,あるいは日本の旅行代理店のパンフレットにも記載があるが,そのどのツアーを予約しても,私が参加したのと同じツアーである。潜水艦など,そうたくさんあるものではないからこれは1社独占である。
 ハワイ島には,ほかにもマウナケア山星空観察ツアーをはじめ様々なツアーがあるが,そうしたツアーは1社独占でないから,玉石混交で値段もずいぶんと違う。一般に,日本の代理店が紹介するものは,前にも書いたように「日本語」ということだけでずいぶんと高額であるが,この潜水艦ツアーのように,単に現地ツアーを斡旋しているだけのものも少なくない。
 どんなツアーを選ぶか? 旅というのは究極の知恵比べなのである。

 私は,集合時間よりもずいぶんと早かったので,ひとまず,このツアーを企画しているお店に立ち寄ってみた。そこで今日のツアーを申し込んだという話をしたら,ずいぶんと親切に対応してくれて,日本語のパンフレットもくれた。
 集合時間までまだ早く,特にすることもなかったので,朝のコナコーストを散歩した。さすがに早朝ではどこもまだお店は開いていなかったので,町のランドマークになっているモクアイカヴア教会(Mokuaikaua Church)に行ってみた。この教会は1823年にハワイで最初に建てられたキリスト教の教会で,白亜の外壁と尖塔が特徴であった。

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 「地球の歩き方」のアメリカを取り扱ったものははたくさんありますが,この広い国土を無駄なく1冊に編集した「アメリカ編」にはそのほとんどが網羅されている優れたものでこれだけで十分に旅ができます。
 しかし,私はこんな重たいものをもって旅をする気にはならないので昔はずいぶんと困りましたが,ありがたいことに今では電子ブックがあるので,この夏はこの本の「ワシントンDC編」を電子ブックで購入してiPhoneに入れて旅をしました。実に便利な時代になったものです。残念ながらまだ電子ブックになっていないものもあるので,早急にすべての書籍の電子化を望みたいものです。
 この夏に行ったワシントンのスミソニアン博物館の入口で,今だにこの重たい本を大切に抱えていかにもはじめて来たという出で立ちで旅をしている日本人の若い女性を見ましたが,これは安全上の問題も含めてやめたほうがいいと心配になりました。

 ところで,私が本として持っている「アメリカ編」の2012から2013年版(少し古いですね)を帰国してから見ていると,そこに書かれた場所のほとんどすべてに行ったことがあるのです。以前はここにはいつか行ってみたいなあと思った場所がたくさんあったのですが,そうしたところにすべて行ってしまった今になって読み返してみると,一度は行くべきだけれどまた行ってみたいなあと思う場所は意外と少ないのです。その反対に,特にアメリカの都会には,もういいやと思う場所も少なくありません。
 私は「ハワイ編」と「アラスカ編」(ともに電子ブックにはなっていない),そして,これはすでに電子ブックになっていますが「国立公園編」というのも本でもっているのですが,実は,今後私が再び行きたいアメリカは,このハワイとアラスカ,そして,国立公園なのです。
 あれだけ夢中になって50州を制覇した結論がこれではなにか寂しいのですが,結局,アメリカというのは大自然にこそ魅力があるのです。
 このことの続きはまた次回書きます。

 それよりも今日一番書きたいのは「アメリカの物価が高い」ということなのです。というか,物価が高いのではなくて「ドルが高い」のです。
 民主党政権下でしろうとが円は高くてもよいなどとまじめに正直に経済政策を語ってしまったおかげで世界から見透かされ痛めつけられて,一時期1ドルが80円になりました。自民党政権になって今度はサプライズ的な金融緩和という姑息な手を使って逆に120円まで安くなりました。これはあり得ない相場なのですが,その結果,外国人観光客が増え,輸出企業が持ち直しました。
 これが相場だと信じている人も多いのですが,言葉は悪いのですがこれはインチキ相場なんです。それを,日本は魅力があるから外国人観光客が増えた,とか,日本製品が優秀だから輸出が伸びた,と誤解するから話がおかしくなるのです。
 このごろはやっと相場が現実に戻ってきて,現在は1ドル100円あたりで攻防をしていますが,世間は今の相場をすでに円高だと騒いでいます。実際はこれでもまだ円安です。だからこの相場で輸出してモノが売れないというのなら,それは日本の製品には国際競争力がない,ということなのです。

 今アメリカ旅行ををすると,マクドナルドでハンバーガーのセット(アメリカの表現では「meal」)を頼むと1ドル90円くらいでないと日本と同じ値段にはなりません。アメリカのファミリーレストラン・デニーズで夕食をとると,1ドル80円くらいでないと割があいません。公共交通を利用すると地下鉄の1区間は2ドル50セントくらいだしコンビニでペットボトルのコーラを買うとやはり2ドル50セントくらいなので,これも1ドル90円くらいでないと,日本よりもかなり割高になるのです。
 そう考えると,1ドル120円などというのは尋常な相場ではないのです。
 ただし,資源のあるアメリカでは,1番目の写真のように現在ガソリンは1ガロン1.85ドル,つまり1リットル50円強という値段なので,これと比べたら1ドル200円でいい,という理屈になってしまいます。そこが経済を難しくし,単純には比べられなくしているわけです。

 戦後,偉大な先人があれだけ懸命に優秀な製品開発をして世界に名を売った日本の企業は,今や,見る影もありません。使われているスマホはサムソンとアップルばかりだし,テレビはL&Gとサムソンしか見かけません。
 カメラだけは日本の独擅場ですが,というか日本くらいしか作っていないのですが,カメラを使っているのがプロかよほどのカメラ好きだけで,カメラというもの自体がスマホにその役割をとって代わられてしまいました。
 車は,日本のメーカーであるホンダ,日産,トヨタなどが走ってはいますが,一番目につくのは2番目の写真のようなアメリカGMのシボレーです。そして,韓国のKIAやヒュンダイを日本車よりもたくさん見かけます。
 3番目の写真はアメリカで売られているカローラですが,日本のものよりいかつくてかっこいいです。私はこれならほしいです。日本で多く走っているような直線基調のデザインの車はおとなしすぎてアメリカでは全く映えません。4番目の写真はプリウスC,日本名アクアですが,日本であれだけ売れているアクアをはじめとしたハイブリッドカーもアメリカでは全くの不人気車種です。それよりも,5番目の写真のようにアメリカではピックアップトラックやSUVが多く,日本車のなかでは日産のエクストレイル(アメリカ名ローグRogue)のようなデザインが好まれているようです。一時韓国ヒュンダイの車は日本のデザインの模倣ばかりでしたが,今は,優秀なデザイナーを雇い入れたためにむしろ日本車よりもずっとアメリカで好まれるデザインになりました。
 
 ものすごいスピードで世界が変化しているのに,こうした現状をきちんと分析しないで,というか知らないで何十年も前と同じ発想しか持たない人たちがそういった価値観で製品開発をしたり政策的に何かをしても,すればするほど弊害が出てくるのです。
 そもそも,日本の教育が良い例で,昔と変わらずというか昔よりも退化して,一番大切な中学校と高校の6年間を受験だけを目的とした「訓練」で本当の「勉強」もさせず無駄に過ごさせていることが問題なのです。世代交代で,そういう教育を受けてきただけの若い教師が大量に増えているのもまた,将来を暗くしています。そして,小学校では過剰に教えることが増え,大学入試改革は理想はわかりますが,どう変えようとも,教師や受験産業がその精神を理解しないので受験指導は変わらない,というよりもさらにわけのわからない方向に進み,日本の受験だけを目的とした教育は今よりもおかしくなっていくことでしょう。

 6番目の写真はアメリカの有料道路のゲート,そして7番目の写真はインターステイツ95ですが,片側4車線あってもアメリカの都会はどこも車の洪水なので,さらに車線を増やしはじめています。また,8番目の写真にある表示はスピード違反は飛行機が取り締まっているということを意味しています。
 このように,私は,毎年行くたびに,ハイテクを駆使してすごい勢いで変化していくアメリカ社会を見て戸惑いと焦りを感じます。そして日本に帰ると逆浦島太郎になってしまいます。
 そんな世界の変化もまったく知らず関せず,何も変わらず30年前の価値感と発想で,というよりもオリンピックもいいけれどそうして首都東京だけに巨額の投資をして,地震や台風などの災害からの復興や壊れた原子力発電所の復旧もままならない地方は置いてきぼり,そして年寄りだらけで医療費と社会保障費の借金だけが増えていく,そんな日本が心配です。

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