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「国内旅行の最大の問題は,天候です。とにかく,天気が悪ければ,すべてが台なしですが,これは,自分の運を信じることにしましょう」と書きましたが,毎日とてもよい天気,しかも,冬とも思えない暖かな日々でした。今回も晴れ男の面目躍如です。
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2023年12月9日土曜日。旅の最終日です。
JR名古屋駅からJR名古屋駅の紀伊半島1周片道の旅は,今回のように2泊しなくとも,1泊でできるのですが,私が天王寺でもう1泊したのは,最終日に大阪か京都を観光しようと思ったからです。そして,JR京都駅からJR名古屋駅へは新幹線自由席で帰ろうと,切符を持っていました。ただし,大阪か京都のどこに行くかは全く白紙でした。というか,迷っていました。
大阪を観光してもいいのですが,強いて行きたいところもありません。また,京都は,あまりの人混みで行く気が失せていました。ただし,先日行った将棋の竜王戦第2局の前夜祭のお土産で,対局場となった仁和寺の拝観券をもらったので,これを持参していました。そこで,いろいろと考えたあげく,混雑覚悟で,仁和寺に行ってみることにしました。
まず,東横インの朝食を取るか取らぬか迷っていたのですが,とにかく1階に降りてみると,人がほとんどいなかったので,東横インで朝食を取ることになりました。天王寺に泊るような人は,前日の夜遅くまで出歩いていたのでしょう。朝が遅いのです。これもまた,うれしい誤算でした。朝食後,早々にチェックアウトして,JR天王寺駅に行きました。京都へは,JR天王寺駅から大阪環状線,東海道線と乗り継ぎます。
しかし,JR天王寺駅が複雑でわからないこと! 近鉄の難波駅もそうでしたが,大阪は案内板がわかりにくいです。駅員さんに聞いて,何とか大阪環状線のホームにたどり着きました。この国で,東京や大阪を列車で旅することは,海外旅行をすることよりもずっと難解なのです。
それにしても,JR西日本は,京都線,琵琶湖線,神戸線,嵯峨野線など,どうしてこんな名前をつけるのでしょう。これでは,この地に住んでいない人には理解不能です。東海道線上り・下り,山陰線でいいではないですか。そんな話をすると,東海道線ではわからない,琵琶湖線でなきゃ,と地元の人はいいます。私には,琵琶湖線というと何だか,私鉄やローカル線のように思います。どうやら,頭の中の地図のスケールが違うようです。関西の人は,関西地方だけをイメージし,私は,日本地図をイメージしているのだと,このごろ気づきました。
ともかく,大阪環状線に乗って,JR大阪駅に着きました。ここで京都線とやらの東海道線上りに乗り換えです。私は,先に来た快速に乗ったのですが,途中で新快速に追い越されました。ほんとうにこれもまた,訳がわかりません。快速がどの駅に停まり,新快速がどの駅に停まるかという経路図が見あたらないのです。ともかく,このようにして,まがりなりにもJR京都駅に着きました。
これでは,ヨーロッパを鉄道で旅するほうがずっと簡単です。
JR京都駅で一旦途中下車して,コインロッカーに荷物を預けて,今度はSuicaで改札を入り,嵯峨野線とやらの山陰線に乗ってJR花園駅で降りました。仁和寺はここから北に歩くつもりでした。JR京都駅で降りて,京都市内を混雑するバスやら地下鉄に乗るよりマシだと思ったのです。私は歩くことは苦になりません。
JR花園駅から北に向かって歩いていったのですが,観光客がほとんど見当たりませんでした。街中だからかな,と思ったのですが,やがて,仁和寺の二王門が見えてきても,やはり,ほとんど観光客はいませんでした。これもまた,うれしい誤算でした。
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知恩院の三門,南禅寺の三門とともに京都三大門のひとつに数えられる仁和寺の二王門は,3代将軍徳川家光の寄進によって,1641年(寛永18年)から1645年(正保2年)ごろに建立されました。
知恩院三門,南禅寺三門が禅宗様であるのに対し,仁和寺の二王門は平安時代の伝統を引き継ぐ純和様で建てられています。門正面の左右に金剛力士像,後面には唐獅子像が安置されています。
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御室の仁和寺には久しぶりに来ました。仁和寺はさすが門跡寺院,立派です。門跡寺院とは皇族や公家が住職を務めたお寺のことです。
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仁和寺は平安時代の886年(仁和2年)に58代光孝天皇によって発願され,888年(仁和4年)59代宇多天皇によって完成しました。897年(寛平9年)譲位した宇多天皇が出家し,仁和寺1世宇多法皇となりました。以降,皇室出身者が仁和寺の代々門跡を務めました。
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12月だというのに,まだ,紅葉がきれいだったし,竜王戦で対局場となった「宸殿」(しんでん)も見ることができました。さらに,国宝の金堂北側部分に当たる空間「裏堂」の公開を見ることもできました。これもまた,ツイていました。2018年(平成30年)に372年ぶりに公開されて以来,5年ぶりの公開だそうです。
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金堂内の本尊阿弥陀三尊の後壁裏に描かれた五大明王像の公開は,寛永年間に御所・紫宸殿を下賜移築されたものです。
長期間光を受けず人の呼気にもあたらなかったので,輪郭は細部まではっきりしていて,朱が大変鮮やか,ということです。左から大威徳明王,降三世明王,不動明王,軍荼利明王,金剛薬叉明王と並んだ5人の明王は,恐ろしささえ感じます。
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人が少なかったのが幸いして,久々に京都らしさを堪能しました。
ゆっくりと仁和寺を鑑賞してから,二王門の前にある「松風」というおそば屋さんで昼食をとりました。紅葉のライトアップが終わって,急に観光客が減った,ということでした。
京都はこうでなくちゃ。
ところで,御室の仁和寺といえば,御室桜とともに有名なのは徒然草です。
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仁和寺にある法師,年寄るまで石清水を拝まざりければ,心うく覚えて,ある時思ひ立ちて,たゞひとり,徒歩より詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて,かばかりと心得て帰りにけり。
さて,かたへの人にあひて,「年比思ひつること,果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも,参りたる人ごとに山へ登りしは,何事かありけん,ゆかしかりしかど,神へ参るこそ本意なれと思ひて,山までは見ず」とぞ言ひける。
少しのことにも,先達はあらまほしき事なり。
「徒然草」第52段
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学生のころ知った「徒然草」でその名前を知ったのが,仁和寺とともに石清水八幡宮でした。そこで,石清水八幡宮へも一度は行ってみたいと思っていたのですが,なかなかかないませんでした。
やっと,2016年になって,「仁和寺の法師」の教訓を得て,石清水八幡宮参道ケーブルで男山へ登って,石清水八幡宮を拝んでくることができました。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは





























































































































































































































































































