しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

January 2025

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【Summary】
In January 2025, I began a 2-day trip to the Izu Peninsula. After an NHK Symphony Orchestra concert, I stayed at Toyoko Inn near Mishima Station to avoid high Tokyo accommodation costs. However, the lack of nearby amenities and logistical issues, like the distant car rental location and no station passage between exits, made for a rough start.

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 ここ数年,わざわざ行こうと思わなければなかなか行く機会がなかったところをめぐっているのですが,結果として,主に,一昨年は離島めぐり,そして,昨年は半島めぐりになりました。そして,2025年の第1弾は伊豆半島1泊2日です。
 伊豆半島の下田,堂ヶ島,城ケ崎,修善寺,石廊崎など,名前だけはたくさん知っています。しかし,どこも立ち寄ったことがありません。近くて遠く,狭いようで広く,どうやって行くか,どこをまわるか,今ひとつよくわからなかったからです。
 2025年1月18日,NHK交響楽団の定期公演終了後の夜,在来線に乗って,まず,三島駅まで来ました。宿泊代の高い東京都内を避けて,伊豆半島に近いところに1泊して,翌日の朝レンタカーを借りようというわけです。
 宿泊するのは,夜9時に東京から行くことができて,伊豆半島にアクセスしやすいJR東海道線の駅という条件で探しだした三島駅。三島駅前には東横イン富士山三島駅がありました。
 そして1泊して,翌日の午前8時にニッポンレンタカーで車を借りました。しかし,詳しく調べもせず,適当に決めたことが失敗でした。

 まず,いつも書いているように,私は,原則として,東横インでは朝食をとりません。朝から,狭い食堂でごったがえすバイキングの朝食をとる気にならないからです。それだけで旅の楽しみが半減します。特に,この日は,宿泊客の多くは大学受験生で,朝の混雑した食堂の様子が目に浮かぶようでした。そこで,私は,近くのコンビニで朝食を買っておいて,部屋で食べるか,または,ファーストフード店に行くか,なのですが,東横イン富士山三島駅の近くは閑散としていて,ファーストフード店どころか,コンビニすら見あたりません。チェックインしたときにフロントで聞くと,歩いて5分行くとコンビニがあるということだったのですが,行ってみると,現在,上げ底で有名なセブンイレブンしかなく,しかも,ほとんどが売り切れで,かろうじて,気が進まない菓子パンが若干あっただけでした。
 さらに,私が予約したニッポンレンタカーの営業所は,三島駅の南口にあって,北口にある東横イン富士山三島駅とは反対側でした。しかも,三島駅というは,北口と南口の連絡通路がない! というのが,知る人ぞ知る話だったのです。
 いつものように,おバカな私です。

 ということで,散々な旅のはじまりだったのですが,こんなことは大したことではなく,早朝,部屋で食事を済ませ,予想通り受験生でごった返す食堂を横目にチェックアウトして,1キロメートルほど線路際を歩き,北口までたどり着き,レンタカーを借りました。
 この日の天気予報は,小雨,ということだったのですが,雨は降っておらず,富士山が見えました。
 三島市は一度来たことがあるのですが,この町は三島大社以外には,何もない,という印象しかありません。とはいえ,こういう町は気になるので,今度は,下調べをしてから来てみようと思いました。

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【Summary】
Walking along Nakanocho Street, I visited Yoshiwara Shrine, a guardian of the Yoshiwara red-light district, and nearby landmarks like Hanazono Park and Yoshiwara Benzaiten. I explored Kasutori Shobo, a bookstore specializing in red-light district history, and saw cultural spots like Doteno Iseya and Nakaya. Finally, I visited Hiraga Gennai's grave and learned about his achievements.

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 仲之町通りを南西に歩いてくと,左手に吉原神社があります。吉原神社は吉原遊廓を守護していた氏神様で,6つの神さまをお祀りしています。
 かつて,吉原遊廓には入口と四隅に稲荷社が祀られ遊廓を守護していましたが,1881年(明治14年)にその5つの稲荷神社を合祀して誕生しました。当初は遊廓入口の旧吉徳稲荷社境内に祀られていましたが,1934年(昭和9年)に現在地に移転しました。
 吉原神社を右手に見て進むと,台東病院のところで道路が南方向にカーブするのですが,そこにあるのが花園公園です。この日,花園公園では「江戸の華まつり」と題したお祭り行われていました。午前11時から午後4時までの開催で「観る,聴く,創る,遊ぶ,食す」を楽しめる江戸の魅力を体験できるイベント,ということです。

 さらに行くと,左手(東側)の飛地境内地に吉原神社の境外末社として吉原弁財天があります。
 吉原弁財天は明治期に創建された神社で,1935年(昭和10年)に吉原神社御本社に合祀されました。 境内には,1957年(昭和32年)の売春防止法の施行で幕を閉じた吉原遊廓の歴史を永く伝えるため,1960年(昭和35年)に建立された「花吉原名残碑」という石碑があって,多くの観光客でにぎわっていました。
 吉原弁財天から道路を隔てた反対側(西側)にあるビルの1階に「カストリ書房」があります。
 「カストリ書房」は遊廓専門の書店です。店主の渡辺豪さんは,2010年(平成22年)ごろに遊廓に興味をもつようになり,12年間にわたって趣味として遊廓の調査を行い,「全国女性街ガイド」の復刻などを目的として2015年(平成27年)に「カストリ出版」を設立,2016年(平成28年)に吉原大門の跡地近くに「カストリ書房」を開店したそうです。そして,2023年(令和5年)に現在の場所に移転しました。
 少しの時間,店内に入ってみました。

 私は,ここまで来て,再び,仲之町通りを引き返しました。それは,エレキテルで有名な平賀源内の墓に行ってみようと思ったからです。
 土手通りまで戻って,左折すると,飛び込んでくるのが,「土手の伊勢屋」とそのとなりの「桜なべの中江」という店です。
 「土手の伊勢屋」は天丼を主商品にしている店で,1889年(明治22年)創業。昭和初期に建てられた木造の2階建ての店舗は登録有形文化財に登録されているそうです。いつも行列ができているので,私は,まだ,入ったことがありません。
 「桜なべの中江」は馬肉料理専門の老舗レストランです。店舗は1924年(大正13年)築100年になる登録有形文化財です。

 私は,そこを通り過ぎて,日の出会商店街から東に歩いてきました。
 平賀源内の墓は明治通りを隅田川に架かる白髭橋まで行く手前にあります。平賀源内の墓のある場所は入り口の門が閉ざされていましたが,説明書きを読むと,門を開けて中に入ってもよいことがわかりました。
 エレキテル(摩擦起電機)を復元製作したことで知られる平賀源内は,1728年(享保13年)現在の香川県志度町に生まれました。実名は国倫。本草学,医学,儒学,絵画を学び,物産開発に尽力しました。
 1779年(安永8年)誤って殺傷事件を起こし,小伝馬町の牢内で病死し,遺体は橋場の総泉寺に葬られました。総泉寺は1928年(昭和3年)に板橋区小豆沢へ移転しましたが,平賀源内の墓はそのまま残され保存されました。

 こうして,今回,大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ゆかりの地を何となく楽しく歩いたのですが,浅草の台東区民会館にできるという大河ドラマ館は2月1日オープンということだったので,今回は行くことができませんでした。

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【Summary】
JR Central's Doctor Yellow, the 923 Series T4 set, known for its role in Shinkansen track inspections since 2001, retired in January 2025 due to aging. Its last run was likely on January 29. Rarely seen and considered lucky, the T4 will spend its retirement at the SCMaglev and Railway Park in Nagoya.

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 だれが名づけたか「ドクターイエロー」。幸せを呼ぶ黄色い新幹線電気軌道総合試験車のうち,JR東海が所有する923形0番台のT4編成は,2025年1月で引退することがが発表されていますが,予測される1月の運行スケジュールは,1月28日の「のぞみ」下り,1月29日の「のぞみ」上りが最後なので,おそらく,今日,1月29日がラストランとなります。
  ・・・・・・
 「ドクターイエロー」にはJR東海が所有する923形0番台のT4編成とJR西日本が所有するT5編成があります。JR東海所有のT4編成は2001年から,JR西日本所属のT5編成は2005年から運用が開始され,交互に走行しながら,東海道と山陽新幹線の東京駅と博多駅間の検測を行い,安全・安定輸送を守り続けてきましたが,老朽化に伴い,T4編成は2025年1月をもって検測走行を終了,T5編成は2027年以降を目途に検測を終了する予定となっています。
  ・・・・・・
 ということだったので,1月28日の午後1時40分,伊吹山を背に走った姿を写真に収めてきました。

 乗客を乗せることはなく,運行スケジュールも非公開となっていることに加えて,あまり走らないので,めったに見ることができず,偶然出会えた日はいいことがありそうなそんなレアさから,私の周りにも見たことがない,見てみたい,という人が少なからずいます。
 運行スケジュールが非公開とはいえ,それを予測するサイトもあり,それがほぼ正確なので,見ようと思えば簡単に見ることができました。私の住んでいる場所からはいつも新幹線が見えるので,これまでに「ドクターイエロー」は何度も見たことがありますが,そうでなくとも,偶然,名古屋駅に停まっている姿を見たことも,掛川駅のホームで新幹線を待っていたら走っていったこともあります。こうしたときは,やはり,うれしいものです。

 1964年,東京オリンピックを10日後に控えて開業した東海道新幹線ですが,「ドクターイエロー」の元祖は1964年6月に登場した922形0番台電気試験車T1編成,これは東海道新幹線の試作車1000形を改造したものでした。
 山陽新幹線が博多まで延伸した1974年には2代目となる922形・921形10番台T2編成が登場。
 1979年には3代目となる922形・921形20番台T3編成が新造されました。
 そして,現役なのが,2001年に登場した4代目で,これは700系をベースにした923形T4編成でした。
 引退後は,名古屋市にあるリニア・鉄道館で余生をおくるそうです。


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DSC_0457IMG_5600吉原細見‗平賀源内の序文(1775年)一目千本

【Summary】
The bustling Nakanocho Street, transformed by the taiga drama "Berabo," now attracts tourists, including families and women. On its opening day, I visited Kosho-do, a shop modeled after Tsutaya Juzaburo's Edo-period bookstore in Yoshiwara, offering local souvenirs and illuminated ukiyo-e displays at night.

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 お歯黒どぶのあったところを1周して吉原大門に戻りました。次は,仲乃町通りを南西に向けて歩きます。
 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の影響で,女性のグループやら,さらには子供連れの夫婦などが歩き回っていたりと,従来と雰囲気が変わっていました。こりゃ,観光地だな,と思いました。風俗店の入り口に立っていた黒服さんに「観光地になっちゃったねえ」と話しかけてみると,「ちょっと迷惑しているんですよ」と返答されました。
 私は,日本国内に限らず,海外でも,いかなるところであろうと,それこそが人間社会の現実の姿だと思っているのですが,そこに差別感をもっている人も少なくないようです。しかし,どんな場所でも,そこで人生を過ごす人があり,そうした人から目を背けてはいけません。

 と思いながら,京町通りの交差点を過ぎると,左側に「耕書堂」(こうしょどう)という看板を掲げた店があって,賑わっていました。店内に入ると,若い女性も多くいました。
  ・・・・・・
 「耕書堂」は,江戸時代に版元として活躍した蔦屋重三郎の屋号で,この店は,蔦屋重三郎が吉原大門前に開業した「耕書堂」を模した施設として,吉原に特化した観光案内や土産品の販売などを行います。また,夜間はシャッターに描かれた浮世絵をライトアップしています。
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ということですが,私が訪れた日がまさに開店した日だったようです。
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 蔦屋重三郎は吉原で産まれたとされています。石川雅望が撰した「喜多川柯理墓碣銘」や大田南畝が浅草正法寺に建てた実母顕彰碑文によれば,父は尾張の丸山重助,母は津与といいました。蔦屋重三郎の本名は柯理(からまる)で,7歳の時に母と別れて蔦屋を経営していた喜多川氏の養子となりました。
 1773年(安永2年)に,五十間道に面した蔦屋次郎兵衛店を間借りし,「書肆耕書堂」(しょしこうしょどう)を営むようになり,吉原細見「這婥観玉盤」(このふみづき)の卸しや,小売りをはじめました。1775年(安永4年)には,福門鬼外(ふくちきがい=平賀源内)戯作の序文を載せた,自ら「籬の花」(まがきのはな)と題した吉原細見の刊行をはじめ,さらに「一目千本」を刊行しました。
 1783年(天明3年)に,日本橋大伝馬町に店を移し,「耕書堂」という地本問屋に発展させました。
  ・・・・・・

 なお,福門鬼外戯作の序文は次のとおりです。
  ・・・・・・
 女衒,女を見るに法あり。
 一に目,二に鼻筋,三に口,四にはえぎわ,ついで肌は歯は… となるそうで,吉原は女をそりゃ念入りに選びます。
 とはいえ,牙あるものは角なく,柳の緑には花なく,知恵のあるは醜く,美しいのに馬鹿あり,静かな者は張りがなく,賑やかな者はおきゃんだ。
 何もかも揃った女なんて,ま,いない。それどこか,とんでもねぇのもいやがんだ。
 骨太に毛むくじゃら,猪首,獅子鼻,棚尻の虫食栗。
 ところがよ!
 引け四つ木戸の閉まる頃,これがみな誰かのいい人ってな,摩訶不思議。世間ってなぁ,まぁ広い。 繁盛繁盛,ああお江戸
  ・・
 女衒(=ぜげん 遊女のスカウト)には独特の基準があるそうで。
 まず見るのは目,次に鼻筋,口元,髪の生え際,そして肌の質感や歯並びと続くんだとか。とにかく吉原では女性を慎重に,念入りに選んでいる。
 とはいえ,完璧な人なんてそうそういないもの。牙のある獣には角がない,柳のようにしなやかな人には花がない,賢い人は美人じゃない,美人にはちょっとおバカなところがある,静かな人は地味だし,賑やかな人は品が足りない。
 こんな具合に,みんな一長一短がある。それどころか,明らかに外れだなぁと思う人もいる。
 骨太で毛深い,首が短い,鼻が大きい,お尻が平らで虫食いの栗みたい,みたいな。
 ところがだ!
 吉原の四つ木戸が閉まるころには,そういう女性たちもみんな誰かのお気に入りになっているという。いやぁ,世の中って広いもんだなぁ。だから今日も吉原は繁盛,繁盛! ああ,これぞお江戸。
  ・・・・・・

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【Summary】
The streets of Senzoku 4-chome, the former Yoshiwara pleasure district, are uniquely tilted northwest to avoid north-facing arrangements. Walking along the historical roads that follow the old "Ohaguro-dobu" moat route, the area retains its Edo-era street names, such as Edomachi, Agemachi, and Kyomachi. Established in 1617 near Nihonbashi, Yoshiwara moved to its current location as "Shin-Yoshiwara," carrying its original town names. Now, with modern establishments and traces of its past, exploring the area is best in the quiet morning, though it becomes lively with black Alphard vans ferrying customers. Banners proclaiming “A refined town alive with Tsutaya Jūzaburō’s dreams” line Nakanocho Street.

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 地図を見ると,江戸時代吉原遊郭のあった現在の千束4丁目あたりの区画が他の地域と異なっていて,北西に傾いているのがわかります。これは,北枕を避けるためということです。まず,吉原大門から反時計回りに現在は埋め立てられて道路になっているお歯黒どぶのあったところを1周してみました。
 道路の交差するところに,道路の名前が書かれ粋な形の柱があります。これらを順に写真に収めながら,古地図と現在の地図と照らし合わせてみます。
 北側のお歯黒どぶのあった道路は一段低くなっていて,どこも千束4丁目に入るところで坂となっています。道路は,順に,江戸町通り,揚屋通り,京町通りとなり,京町通りを今度は,南東に向って歩いていくと,南側の端,花園通りに至ります。今度は,花園通りを北東に歩いていくと,逆に,京町通り,角屋通り,江戸町通りとあって,左折して北西に進むと吉原大門に戻ります。

 1617年(元和3年),江戸幕府は日本橋葺屋町東側に,江戸で唯一の遊郭開設を許可しました(旧吉原)。翌年営業を開始した遊郭は,葭の茂るところを埋め立てて造ったことから、「葭原」(よしわら)とよばれましたが,1626年(寛永3年)に縁起のいい文字にかえて吉原となりました。
 日本橋に開設されたころの吉原は,江戸町一丁目,江戸町二丁目,京町一丁目,京町二丁目,角町の5か町でしたが, 吉原が新吉原へ移転する際に,町名もそのまま引っ越し,さらに,それまで各町にあったいくつかの揚屋を1か所にまとめたときに揚屋町ができました。
 江戸時代と変わらぬその地名に,ちょっと感動します。
 現在,この場所には,今も140軒ほどの風俗店や,そこで働いている人たちの住むホテル,駐車場などがあります。この場所を歴史散策するのは,まだ静寂の残る午前中がいいのですが,この日は少し遅く,さらに土曜日だったので,すでに町は活動をはじめていて,それぞれの店に通うお客さんの送迎に使う黒いミニバン -なぜかそのほどんどは「アルファード」なのですが- が行き交いはじめていました。

 次は,吉原大門から仲乃町通りを突き抜けます。道路際には,「蔦重の夢が息づく粋な町」という幟が並んでいました。

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【Summary】
In 2025, Japan's university entrance exam introduced the "Information" subject, featuring a programming question on identifying the member with the smallest value. The issue lay in oversimplified assumptions, reducing the challenge to comprehension over programming. The author critiques the limitations of multiple-choice tests, emphasizing the need for creative problem-solving skills in society, which future AI advancements might assess.

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 以前(2024年1月13日),大学入学共通テストに加わった新しい教科「情報」について書きました。
 2025年1月18日,1月19日に大学入学共通テストが実施され,2日目にはじめての「情報」のテストが行われたので,出題された問題を見てみました。
 その第3問がプログラミングに関する問題でした。
 問題は公表されているのでそれを見ていただくことにして,ここでは,要点だけを載せます。そして,予想通り,DNCL言語の穴埋め問題でした。今日は,私が,この問題で提示されたDNCLを Rythonでプログラミングをしてみたので,そのプログラムと出力結果を載せることにします。

 報道されている講評では,プログラミングというよりも読解力次第だったと書かれていましたが,講評どおり,問題内容を理解することが難しいとすれば,それは,むしろ,出題者側の責任です。「情報」では,情報をわかりやすく発信できるようにするというのが教科のねらいだからです。
 さて,そんな皮肉はともかく,今回の問題の趣旨は
  ・・・・・・
 部員1から部員Nまで部員がN人いて,仕事が空いている部員に工芸品の制作を担当させるプログラムを作る,というものですが,要するに,これは,1からNまでの部員それぞれに,ある数値を与えたとき,最も小さい数値である部員はだれか? 
  ・・・・・・
を調べるという問題に帰着します。
 例えば,部員1から部員6まで6人の部員がいて
  部員 1  2  3  4  5  6
  数値 6  2  3  5  1  4
だったとしたとき,最も小さい数値である「1」をもつのが「部員5」だということを導くプログラミングを作るということになります。
 やり方のアルゴリズムは
  ・・・・・・
 ①まず,部員1の数値が最小だと決める。
 ②次に,部員1と部員2を比べて,数値が小さいほうを最小と決める。
 ③②で最小と決めた部員と部員3を比べて,数値が小さいほうを最小と決める。
 ④③で最小と決めた部員と部員4を比べて,数値が小さいほうを最小と決める。
 これを,部員6まで繰り返す
  ・・・・・
ということになります。
 これを,部員がN人いたときは部員Nまで同じことを繰り返すだけなので,アルゴリズムに汎用性が保たれるのです。

 しかし,残念なことに,この問題では,部員は3人しか想定していないので,この問題の趣旨が生かされておらず,このアルゴリズムを理解していなくても,問題は解けてしまうことにあります。ならば,この問題で正解できた生徒が,プログラムが作れるか? というと大いに疑問が残ります。
 プログラミングに限らず,たとえば,英語の和文英訳にせよ,数学の証明にせよ,作者の意図に沿って半分完成した状態を提示して,残りの部分を穴埋め問題にして正解を探す,というテストにどれだけ意味があるのかな? と私はいつも思います。
 プログラミングにせよ,英作文にせよ,証明にせよ,無から完成させなければ,何もできないのに等しいのです。そこで,これがマークシートで行うテストの限界であって,したがって,マークシートで成績を競うことの危険性となります。今の社会に必要なのは無から何かを作り出せる力を持っている人材であって,他人の意図に従って誘導されて,未完成な部分の穴埋めができるような人材ではないと思うのです。
 しかし,憂えることもありますまい。おそらく,近い将来,人口知能の発達によって,無から完成させたものを評定できるようになる日がやってくることでしょう。

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【Summary】
Higuchi Ichiyo’s Takekurabe portrays life in Yoshiwara, highlighting the vibrant yet transient nature of the pleasure district. It depicts scenes like bustling crowds near Omon, lively festivities, rundown tenements, and preparations for selling kumade (bamboo rakes) for the Tori-no-Ichi festival at Mishima Shrine.

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 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の舞台である新吉原とよばれた吉原遊廓は,江戸幕府によって公認された江戸の遊廓です。当初は末廣神社あたり現在の中央区日本橋人形町にあり(旧吉原),1657年に起きた明暦の大火後、浅草寺裏の当時日本堤とよばれた現在の台東区千束に移転しました(新吉原)。
 吉原大門から南西にのびるのが吉原遊郭のメインストリートだった仲之町通りです。
 まず,吉原大門から吉原遊郭だった場所の周りを歩いてみました。
 吉原遊郭は横が約330メートル,奥行きが約250メートル弱の四角い形をしていて,かつて,周りは5メートル以上も幅がある堀が張り巡らされていました。これは遊女の逃亡を防ぐために設けたもので,遊女たちが使ったお歯黒の汁を捨てたところから「お歯黒どぶ」とよばれました。
 現在,「お歯黒どぶ」の遺構はほとんどないのですが,道の片側のみが高くなっているのはわかります。また,吉原公園は,公園側だけが一段と高くなっていて,その近くにあるマンションの階段の右端に石垣の一部分が存在していました。

  ・・・・・・
 廻れば大門の見返り柳いと長けれど,お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く,明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて,大音寺前と名は佛くさけれど,さりとは陽氣の町と住みたる人の申き,三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦もなく,かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や,商ひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に,あやしき形に紙を切りなして,胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう,裏にはりたる串のさまもをかし,一軒ならず二軒ならず,朝日に干して夕日に仕舞ふ手當こと/″\しく,一家内これにかゝりて夫れは何ぞと問ふに,知らずや霜月酉の日例の神社に欲深樣のかつぎ給ふ是れぞ熊手の下ごしらへといふ,
    樋口一葉「たけくらべ」
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【Summary】
On January 18, 2025, I explored locations related to the NHK Taiga drama Berabou. Starting from Asakusa, I visited Shohoji Temple, where Tsutaya Juzaburo is buried, then walked along Dote Street to the Yoshiwara Omon gate, passing Sanyabori, a historic Edo-era canal known for its picturesque summer scenery. At Sanyabori Park, I found a haiku monument by Masaoka Shiki depicting the bustling canal traffic. Near the Mikairi Yanagi (Willow of Regret), I reflected on its history as a spot where visitors to Yoshiwara bid farewell. Finally, I walked the winding Goju-kenmichi road to Yoshiwara Omon, rich with historical anecdotes.

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 2025年1月18日,NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ゆかりのところを歩いています。
 まず,浅草から蔦屋重三郎の眠る誠向山正法寺に行き,そのあと,土手通りを吉原大門に向けて進んでいくと,途中にあったのが,山谷堀(さんやぼり)でした。山谷堀は,江戸の名所として「よろず吉原,山谷堀」と歌われた場所で,夏の夕方は絵のように美しかったといいます。
  ・・・・・・
 山谷堀は,かつてあった東京の水路です。江戸初期,荒川(現在の隅田川)の氾濫を防ぐために箕輪(三ノ輪)から大川(隅田川)への出入口である今戸まで造られました。現在は埋め立てられて,日本堤から隅田川入口までの約700メートルが山谷堀公園として整備されています。
 江戸時代,吉原遊郭への水上路として,隅田川から遊郭入口の大門近くまで猪牙舟が遊客を乗せて行き来し,吉原通いを「山谷通い」ともいいました。船での吉原行きは陸路よりも優雅で粋とされました。
  ・・・・・・
 山谷堀公園には正岡子規の句碑がありました。
  ・・・・・・
  牡丹載せて 今戸へ歸る 小舟かな
  ・・・・・・
 たくさんの人や荷物を載せて賑わい,忙しく行き来していた吉原への舟路の風景が詠まれた句です。

 やがて,仲之町通りとの交差点に到着しました。そこにあるのが見返り柳(みかえりやなぎ)です。
 このあたりが衣紋坂。衣紋坂は遊客の衣紋を直す所でした。また,見返り柳は逆に吉原から帰る客が,名残り惜しさにここまで来て見返るところでした。1757年(宝暦7年)に発行された「吉原細見」の序文に「出口の柳」と書かれていて,これがのちに見返り柳とよばれるようになったといいます。
  ・・・・・・
  衣紋坂 たびたび下りて 左前
  もてた奴 ばかり見返る 柳なり
  ・・・・・・
 この交差点を左にまわります。
 江戸時代,江戸市中から吉原遊郭へ向かうには,いったん日本堤に出て廓へ入ることになっていました。日本堤から唯一の出入口である吉原大門までは「五十間道」(50間は約90.9メートル)といわれました。五十間道はわざと道が三曲がりに造られていましたが,それは,将軍が鷹狩に御成のとき日本堤から大門が見えては畏れ多いとあっての配慮だと伝えられるそうです。
 五十間道を進むと,吉原大門に至ります。

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【Summary】
In January 2025, the user visited Tokyo to attend an NHK Symphony Orchestra concert and explored locations related to NHK's Taiga drama Berabo: Tsutaya Jūzaburō’s Dream of Glory. The drama, set in Edo's flourishing 18th-century culture, depicts the life of Tsutaya Jūzaburō, a prominent publisher. The user visited Jūzaburō’s grave at Seikōzan Shōbōji Temple in Taitō-ku, where a memorial stands, replacing the original lost to disasters.

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 2025年1月18日,NHK交響楽団定期公演Aプログラムを聴きに東京へ行った折り,昼はNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ゆかりのところへ行き,夜は定期公演を聴いたのち,翌日1月18日から1泊2日で伊豆半島を旅することにしました。
 昨年のNHK大河ドラマ「光る君へ」がとても興味深いドラマだったので,さて,今回はどうか? と思っていたのですが,心配を裏切り,とてもおもしろいドラマでした。時代はまったく違えども,描いている人間の本質というテーマはよく似ていると私は思います。
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 2025年(令和7年)は,日本でラジオ放送が始まってからちょうど100年を迎える節目の年。その記念すべき年に,江戸時代の浮世絵版元(出版人)として知られる蔦屋重三郎を主題にした「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」を放送します。
 蔦屋重三郎が生きた18世紀半ばの江戸時代は町民文化が花開いた時代。人口が100万人を超える大都市・江戸を舞台に「江戸のメディア王」として一世を風靡した蔦屋重三郎の生涯が描かれます。
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ということで,あらすじは
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 吉原の貧しい庶民の子として生まれた蔦屋重三郎は引手茶屋の養子になり,その後,吉原大門前に書店「耕書堂」を開き,書籍の編集・出版業を開始。蔦屋重三郎は数多くの文化人と交流を重ね、ヒット作を次々に出版。33歳にして「江戸のメディア王」に成り上がっていきます。
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 まずは,主人公・蔦屋重三郎の墓を目指すことにしました。
 調べてみると,墓があるのは,台東区東浅草にある誠向山正法寺でした。そこで,JR品川駅で新幹線を降り,京急電鉄に乗り換えて浅草駅まで行きました。少し距離がありますが,ここから歩くことにしました。
 インバウンドでごった返す浅草には用はなく,少し離れると,観光客は皆無になりました。感じのよい喫茶店があったので中に入って昼食をとったあと,誠向山正法寺に向かいました。
 誠向山正法寺に蔦屋重三郎は眠っていますが,元の墓石は火災,震災,空襲によって失われてしまい,現在あるのは新たに建てられた蔦屋重三郎とその母の顕彰碑と蔦屋家(喜多川家)の墓ということで,公開されているのか不明だったのですが,ちゃんと案内がありました。
 来ていた人はいませんでしたが,途中で女性がひとりやってきました。さすがにドラマがはじまったばかりで,まだ墓を訪ねる人は多くないのでしょう。

 上蓮華つきの和型墓石の竿石に「幽玄院義山日盛信士」という蔦屋重三郎の戒名が刻まれていました。また,墓碑に刻まれた「喜多川柯理墓碣銘」は,蔦屋重三郎と同じ時代を生きた国学者・石川雅望(いしかわまさもち)と大田南畝(おおたなんぽ)によるもので,蔦屋重三郎の生い立ちから最期までとともに,蔦屋重三郎の人柄も漢文でかかれてあります。
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  為人志気英邁 不修細節 接人以信
  その人となりは志人格才知に優れ 小さな事を気にもかけず 人には信頼をもって接した
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 さらに,石川雅望の気持ちが
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  予居相隔十里 聞此訃音心怵神驚 豈不悲痛哉
  自分は十里を離れたところに居て 訃報を聞き畏れの心と共に心底驚いた 悲痛の極みである
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とありました。

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【Summary】
Shostakovich's Symphony No. 7, composed during WWII, reflects the terror and oppression of war rather than a simple anti-fascist theme. Its evocative structure and emotional depth resonate deeply amid current global tensions, offering a mix of darkness, absurdity, resignation, and hope.

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 以前,シャルル・デュトワさんがNHK交響楽団の音楽監督だったころに盛んにショスタコーヴィチの曲をとりあげていたので,今回のプログラムである交響曲第7番「レニングラード」も聴いたことがあるように思うのですが,私は,この曲を普段録音でも聴くことがないし,近年は演奏会でも取り上げられることが少ないから,はじめて聴くような気持ちでした。
 第2次世界大戦の異常な状況下で作曲,初演されたこの交響曲は,当時のソビエト連邦のレニングラードの開放を賛美するような内容ではありません。作曲以来,反ファシズム闘争の象徴になっていたのですが,歓迎されたわけでもなく,前衛主義が隆盛した冷戦時代になって,この作品の評価は急落しました。しかし,近年の世界情勢を受けてその真価が見直されているようです。
 ショスタコーヴィチはこう語っていました。
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 (第7番の意味は)もちろんファシズムさ。でも真の音楽は,決してある主題に文字通りに結び付けられることは出来ない。国家社会主義は唯一のファシズムの形態ではない。この音楽はあらゆる形のテロル,隷属,精神の束縛について語っているんだ。
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 第1楽章の提示部では,生命力に満ちた力強い第1主題「人間の主題」ののち,第2主題「平和な生活の主題」で極めて澄み渡った美しい主題が続きます。ところが,第2主題の高音のモチーフが現れて消えてゆくと,その静けさの中から,小太鼓のリズムが小さく小さく奏でられはじめ,やがて,象徴的になります。これが「戦争の主題」といわれる展開部ですが,まるで軍隊の行進で,ラヴェルの「ボレロ」のようです。「戦争の主題」は,小太鼓のリズムにのって楽器を変えながら12回繰り返されます。そして,小太鼓が途切れた時点で第1主題がもどってくると音楽が静かになり,再現部である戦争の犠牲者へのレクイエムの音楽が奏でられます。この楽章だけで30分あります。
 第2楽章は複合3部形式で,ショスタコーヴィチが「回想」と名づけたスケルツォです。こうした楽章での指揮者のトゥガン・ソヒエフさんは魅力的です。とにかくリズムがいい。
 第3楽章は美しい緩徐楽章で,ストラヴィンスキーの「詩篇交響曲」第3楽章に似たコラールとバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を様式化した主題が現れ,唐突にはじまる中間部で鞭打たれながら行進するような激しい音楽は,戦争の痛みを喚起します。そして,アタッカで途切れずに第4楽章に続きます。
 第4楽章では,冒頭で奏される2つの主題がサラバンド風のエピソードを挟みながら多彩に展開され,最後はバンダも加わって壮大な第1楽章の第1主題の循環を導き出します。このときの盛り上げ方は圧巻でした。

 交響曲第7番「レニングラード」非常に長いのですが,聴きどころ満載で,充実感のあふれる曲でした。現在のきな臭い社会情勢の中で,ショスタコービッチが聴かれているというのは,人々が,その音楽の現実を直視する暗さの中で,ある種の滑稽さとあきらめがあるのにもかかわらず,そこに希望を感じることができるからなのでしょうか。聴いている我々に生きるということの意味を改めて問い直してくれます。
 ソビエトの連邦の圧政の中で苦しみながら作曲を続けたショスタコービッチの音楽が,果たして,現在のロシアでも聴かれているのだろうか? と思ったことでした。それとともに,トゥガン・ソヒエフさんの母国への想いを感じて,悲しくなりました。はやく平和が訪れますように。
 貴重な時間でした。

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【Summary】
On January 18, 2025, I attended NHK Symphony Orchestra's 2028th subscription concert conducted by Tugan Sokhiev, featuring Shostakovich's Symphony No. 7 "Leningrad." The performance was extraordinary, with a full audience, reflecting Sokhiev's immense popularity. Notable incidents included a violinist appearing with crutches and a cello string breaking mid-performance.

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 2025年1月18日,トゥガン・ソヒエフ(Tugan Sokhiev)指揮のNHK交響楽団第2028回定期公演 Aプログラムを聴きました。-ショスタコーヴィチ没後50年-として,曲目は交響曲第7番「レニングラード」(Leningrad)でした。
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 第2次世界大戦のドイツ。ソビエト連邦戦で,レニングラード攻防戦は最大の激戦といわれます。
 1941年,ソビエト連邦への軍事進攻を開始したナチス・ドイツは,レニングラードを完全に包囲し,約900日後に解放されるまでに,64万人の餓死者を含む80万人の犠牲者が出たといわれます。
 この間に着手されたこの交響曲は,生まれ故郷であるレニングラードに捧(ささ)げられ,封鎖下のレニングラードでの演奏は,極限状態に置かれた市民に生きる勇気と尊厳を思い起こさせました。そして,この交響曲と作曲者は,全世界的な反ファシズム闘争の象徴になりました。
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 2022年,祖国ロシアのウクライナ侵攻に胸を痛めたトゥガン・ソヒエフさんは,モスクワ・ボリショイ劇場とトゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団の音楽監督を辞任しました。そして,その年のザルツブルク復活祭音楽祭へ出演し,ショスタコーヴィチが,「ナチズム」ではなく「ファシズム」への戦いに捧げると言明した「レニングラード」を,ドレスデン国立管弦楽団と演奏しました。
 この日の演奏会は演奏時間約73分のこの1曲でした。
 現在,ロシアの指揮者でナンバーワンと高く評価されているのが,トゥガン・ソヒエフさんで,実力と個性は他の指揮者を圧倒しています。
 私は,トゥガン・ソヒエフさんの指揮するのが大好きで,いつの楽しみにしているのですが,これまで聴いた中で最高だったのが,ベートーヴェンの交響曲第4番でした。今回の「レニングラード」をどのように指揮するか,とても興味がありました。

 ショスタコーヴィチの「レニングラード」でどれだけ観客が集まるのか? と思っていたのですが,会場は満員でした。ひとえに,トゥガン・ソヒエフさんの人気でしょう。トゥガン・ソヒエフさんはNHK交響楽団を愛しています。私は,首席指揮者はファビオ・ルイージさんよりトゥガン・ソヒエフさんのほうがいいように思うのですけれど…。
 内容は次回書くとして,この日は第2ヴァイオリンの島田慶子さんが松葉づえをつきながらステージに現れてびっくりしました。なんでも右足を痛めたとかいう話ですが,ご回復をお祈りします。また,演奏中,第3楽章の途中で,チェロ次席の西山健一さんの弦が切れてしまい,後ろで弾いていた奏者とチェロを交換,そして,後ろの奏者はステージから消えて,弦を張りなおしてくる,というハプニングが見られました。生演奏ならでは,なのですが,先日はビオラの弦が切れるのを見ましたが,チェロは私ははじめてでした。
 とにかくそんなことは超越して,この日の演奏会はすばらしいの一言でした。

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【Sumaary】
Akita Prefecture may seem to have little to offer, but it hides many hidden gems. Among them, Lake Tazawa stands out for its stunning deep blue surface and serene beauty in all seasons. The lake is Japan’s deepest, with a depth of 423.4 meters. The area also offers notable hot springs, including Nyuto Onsen, providing relaxing stays with scenic mountain views.

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 何もない,といわれる秋田県ですが,この県には隠れたすばらしさがあります。さすがに角館はインバウンドも見られますが,それ以外のところは,観光客も少なく,自然も多いのです。私が特に気に入ったのは,田沢湖周辺でした。田沢湖は
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 田沢湖は水深423.4メートルを誇る,日本で1番深い湖です。
 田沢湖の見どころは,なんといっても息を飲むほど美しい瑠璃色の湖面です。 夏には周辺の木々の緑とキラキラ光る湖面の調和がすばらしく,冬には白銀の世界の中,風に揺られて静かに波うつ湖が神秘的な景色を見せてくれます。
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 というように,神秘的な風景を楽しむことができます。
 また,田沢湖には,クニマスが生息していましたが,1940年(昭和15年)に灌漑と水力発電のため田沢湖に入れられた玉川の水が酸性であったために絶滅してしまったそうです。

 田沢湖の周辺には,乳頭温泉をはじめとして,旅情を差そう温泉があります。温泉のある高台からは,天気がよければ,山形県との県境にある鳥海山を見ることができます。
 まだ行ったことがないのですが,山形県との県境に近いところには,隠れた名湯が多くあって,落ち着いた時間が過ごせるということなので,機会があれば,一度行ってみたいものです。

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【Summary】
Kakunodate, known for its samurai residences, preserves its Edo-period streetscape. The Ishiguro and Aoyagi families played key roles in local history. The Ishiguro family served the Satake clan, contributing to education and town leadership. Aoyagi House, the oldest in Kakunodate, displays historical artifacts. Notably, Odano Naotake’s Akita Ranga art, influenced by Western techniques, left a lasting impact on Japanese painting.

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 武家屋敷で知られる角館は,1620年に芦名義勝が古城山の南麓に町を造ったことがはじまりといわれますが,今もなお江戸時代から変わらぬ町なみを残しています。
 武家屋敷の中には公開されているところがいくつかあります。そのなかで,私が訪れたのは石黒家と青柳家でした。

  石黒家は佐竹北家の佐竹義隣に召抱えられた石黒勘左衛門直起を初代とし,財政を担当する用人として佐竹北家に仕えました。8代石黒直信は,幕末から明治初めにかけて家塾「紅翠亭」を開き学問の普及に尽力した人物で,9代石黒直幹は晩年には角館町長を務め,10代石黒直豊は角館図書館の初代館長を務めました。 さらに,12代石黒直次は最後の角館町長を務め,合併後は仙北市の初代市長となりました。現在もこの武家屋敷に子孫が暮らしているそうです。
 また,格式高い薬医門で知られる青柳家は,角館に現存する武家屋敷のなかで最古の建物で,茅葺きの母屋の座敷に入って建物を主体に内部を見学できました。 四季折々の草花あふれる3,000坪の敷地内には,母屋,武器庫,解体新書記念館,秋田郷土館,武家道具館,アンティークギャラリー喫茶・ハイカラ館,幕末写真館,時代体験庵などがありました。
 私が特に興味をもったのは,青柳家と姻戚関係である小田野直武が描いた「解体新書」の挿絵でしたした。西洋の陰影法を取り入れ,後の洋画界に大きな影響を与えた秋田蘭画は,小田野直武と秋田藩主・佐竹義敦によって完成されたということです。

 このように,この国の江戸時代というのは,想像以上に人々の文化的水準と知性が高く,地方まで,そうした教養が行き届いていたことに驚かされます。

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【Summary】
In July 2024, I traveled along the Tsugaru and Shimokita peninsulas, focusing on Cape Tappi. Despite passing through areas like Minmaya, Takanozaki, and Kanita without fully exploring them, I found them charming. I hope to revisit these places, including Minmaya’s Yoshitsune Temple, Okutsugaru-Imabetsu Station, and the Tairadate Furofushi Onsen.

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 青森県に2024年7月4日から7月7日まで行ったときは,津軽半島と下北半島を海岸沿いに時計回りに走りました。とりあえずの目的地は龍飛崎でしたが,その後,どのくらいの時間で行くことができるかわからなかったので,見どころがあっても,通過してしまった場所もありました。それと同時に,新たに,魅力的なところをたくさん知りました。
 そんなわけで,今日取り上げる津軽半島の東側のほとんどは,単なる通過点になってしまいました。それでも,三厩,高野崎,蟹田と通りましたが,どこも素朴で,私には郷愁ただよういいところでした。

 ということで,このときは通過してしまったのですが,この場所は,また,行きたいと思うところが少なからずあります。
 まず,三厩には義経寺があります。ここまで源義経が逃げ延びたという伝説があるのですが,その真実はともかく,ここから蝦夷の地にわたるには,津軽海峡が横たわっているというのが衝撃的に思えます。
 次に,北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅があります。どうしてこんなところに新幹線の駅が? とよく話題になるのですが,私が見たいのは,新幹線ではなく,ここから在来線の貨物列車が青函トンネルを通るために新幹線軌道を走っていく姿です。
 さらに,平舘不老不死温泉に泊まってみたいということです。

 蟹田駅を過ぎると,急に家が増えて,津軽半島の郷愁がなくなってしまうのですが,それ以外のところは,私にとって,まさに理想的な「旅」という目的にかなうところです。また,機会があれば,ゆっくりと訪れてみたいです。

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【Summary】
I purchased a printed guidebook for the Nikon Z50 II, which, though identical in content to the free digital version, is more convenient for me. With 796 pages and a 3 cm thickness, it rivals a dictionary. While daunting, this detailed manual embodies Nikon's dedication, rarely found in other brands.

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 前回書いたように,ニコンZ50Ⅱの詳しい説明書である活用ガイドの冊子版を購入しました。内容は,無料でダウンロードできる電子版と同じですが,電子版では不便なので,高価な冊子版を手にすることにしたのです。
 届いたものを見て,改めて驚きました。それは,ページ数が796ページあるので,本の厚さが何と3センチメートルと,辞書くらいもあったからです。他のメーカーには,こうした書籍は存在するのでしょうか? おそらく存在しないと思います。そこで,これだけ詳しい冊子が存在するというのが,武骨なニコンの良心ともいえます。ニコンのカメラの愛好者はこういうところにも惹かれるのでしょう。しかし,こうしたことは,ほとんど知られていません。
 それにしても厚い。とはいえ,800ページ足らずです。調べてみたところ,ニコンZ9に至っては1,053ページにもなります。

 車もスマホもコンピュータも,そして,カメラも,今や,ものすごい性能です。しかし,カタログなどに載っているスペックを見るだけで,ああだこうだと言ったり,書き込みをしたり,あるは,雑誌の特集などで比較しているものは多いのですが,その多くが,実際に使っているのかな,と疑問に思うことが少なくありません。それは,検査結果だけを見て診断する医者とか,成績だけで進路指導をする教師と同様です。そこには最も大切なことが抜けています。
 私は,若いころは,ろくに説明書も読まず使っていたことが多いのですが,それでは私の手元にやってきた道具に申し訳ないと思うようになってきました。それは,旅でも同様で,訪ねた地の歴史とかさまざまな風土を知らずに感想を語っているようなもので,そうしたことを詳しく知ると,魅力が増すのです。

 これを操作しながら読んで理解しようとすると,どれだけの時間がかかるのか…。楽しみでもあり,大変でもありますが,やはり,電子版では不便なので,こうしたものがあると,とても助かります。私が古い人間だからなのでしょうか? 
 というわけで,時間を見つけて説明書を読んで,自分ができることを工夫していきたいものだと,この分厚い本を目の前に誓ったことでした。


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【Summary】
The Tsugaru Railway runs from Goshogawara City to Tsugaru-Nakasato in central Tsugaru Peninsula. Unlike the often-closed JR Tsugaru Line, it rarely stops service and features a famous stove train in winter. In March 2024, I visited during an unusually mild winter, but still enjoyed the snowy scenery. Along the route are notable spots, including Goshogawara, the "Shayokan" (Osamu Dazai's childhood home) in Kanagi, and Ashino Park. The area is rich in Tsugaru culture, making it worth revisiting.

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 津軽半島の中央部を,五所川原市から津軽中里まで走るのが津軽鉄道です。
 知っている人には当然ですが,私は,行くまで,津軽鉄道とJR津軽線の区別がわかりませんでした。JR津軽線は,青森駅から津軽半島の東岸を北に蟹田駅まで行き,そこから北西の山の中を三厩駅までつないていて,津軽鉄道とは別のものです。そして,現在,蟹田駅から三厩駅までは,豪雨の影響で不通になっていて,代行バスが走っています。そこで,津軽鉄道とJR津軽線を混同して,津軽鉄道が不通になっていると誤解してしまいます。
 地元の人に聞くと,JR津軽線は「すぐ止まる」けれど,津軽鉄道は「止まらない」といいます。そういう認識のようです。そして,津軽鉄道には,冬の間,有名なストーブ列車が走ります。
 私は,このストーブ列車に乗りたいとずっと思っていたのですが,冬の青森県なんぞ,大雪で行くのも大変だしなあ,と躊躇していました。しかし,ストーブ列車が3月末まで走っていることを知って,さすが3月ならいくら何でも大丈夫だろうと,昨年2024年の3月に行ってみたのでした。この年は暖冬で,私の行った3月は雪があったのですが,2月でも雪がない日があったということでした。今年2025年とはえらい違いです。いくら雪が大変とはいえ,雪原を走る津軽鉄道に乗りたくて行ったのに,雪がない,というものまた,困った話だったようです。

 津軽鉄道は,ストーブ列車だけでなく,沿線にも見どころが多くあります。
 まずは,五所川原市です。この町はいかにも津軽,という感じのする味わい深いところです。そして,太宰治が生まれ育った,現在は「斜陽館」として公開されている建物が,金木という町にあります。そこを北に行くと,芦野公園があって,太宰治の銅像があります。この辺りが,津軽三味線発祥の地でもあります。
 また,終着の津軽中里駅周辺も,いかにも雪国,とった風情のあるところです。
 また行ってみたいものだと思います。スクリーンショット 2025-01-12 191935b


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【Summary】
Over the past two years, I traveled to Aomori four times and became fascinated by its charm, especially the Tsugaru Peninsula. I visited iconic places like Tsurunomai Bridge, Kodomari, and Cape Tappi. Though I covered many spots, I later learned about Takayama Inari Shrine, known for its red torii gates, and hope to see it in a snowy landscape someday.

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 ここ2年ほどの間,2023年5月18日から5月20日まで,2024年3月6日から3月8日まで,2024年4月15日から4月16日まで,そして,2024年7月4日から7月7日までと4度も青森県を旅行しました。はじめのうちは,何があるのだろう,と思っていたのですが,行けば行くほど,その魅力にはまってしまいました。
 どこもおもしろいところなのですが,その中でも,私は,津軽半島に多くの興味がわきました。そこで,今日は,津軽半島の西側について書きます。
 
 まずは,鶴の舞橋です。ここは,日本一長い三連太鼓橋として有名なところです。遠くには岩木山も見ることができて,とても美しいところです。
 さらに北に行き,十三湖を過ぎると,太宰治の小説「津軽」にゆかりのある小泊に着きます。ここには小説「津軽」の像記念館があります。小さな素朴な町ですが,なかなかよいところです。
 そして,津軽半島の最北端,龍飛崎に至ります。龍飛崎は断崖となっていて,高台にある展望台からは,西は日本海,北は津軽海峡,東は陸奥湾という雄大な風景を見ることができます。

 このように,念願だった場所にはすべて行くことができたのですが,実は,あとで,高山稲荷神社というところがあるのを知りました。ここは,朱色の千本鳥居という美しい風景を見ることができるのです。できれば,いつか,雪景色の姿を見てみたいものです。

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Wolf Moon 2025.

早朝の火星と1月の満月「ウルフムーン」。
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【Summary】
In May 2023, I visited Aomori for the first time, exploring Oirase Gorge and Lake Towada. The calm atmosphere and few tourists left a great impression on me. Although Lake Towada attracts many group tours, it feels less crowded now. The balance between nature and tourism remains well-maintained.

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 私がはじめて青森県を時間をとって旅したのが2023年5月だったことを考えると,あれからまだ2年も経っていないのが不思議な気がします。そのころぜひ行ってみたかったのが十和田湖であり,奥入瀬渓谷でした。そして,そのときの印象がとてもよくて,私は青森県が大好きになりました。
 私が訪れたのは5月だったのですが,秋に出かけていたら,さぞかしすごい人混みだったことでしょうし,そうであれば,また,印象は異なっていたかもしれません。初夏の奥入瀬渓谷は,それほど人もおらず,落ち着いた時間をすごすことができました。

 また,奥入瀬渓谷を走っていくと,十和田湖に行きつきます。
 十和田湖は,まず,周辺を1周して,それから船に乗りました。さすがに有名な観光地なので,団体観光客が多く乗船していました。とはいえ,さびれ感も感じられるところでした。やはり,以前よりは団体観光客も少なくなっているようです。
 十和田湖に限らず,以前に行われていた団体旅行のための観光施設から脱却して,個人や小グループ向けの観光地に脱却できるかどうかが,今のその地の状況に結びついているように思います。
 とはいえ,アニメなどで脚光を浴びて,その結果,インバウンドであふれるという状況は,まったく望ましいものではありません。また,リゾートと名を打って,やたらと豪華な観光地になってしまったら,素朴さを求める観光客は敬遠してしまいます。
 今の十和田湖や奥入瀬渓谷は,それがいい感じで調和されているように,私には思えました。

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【Summary】
After initially struggling with short battery life on my Nikon Z50 II, I contacted support and learned that a setting was causing the issue. After adjusting it, battery performance improved significantly, allowing me to take around 300 photos. I realized that mastering such a complex camera requires time and effort, so I plan to keep learning to make the most of its capabilities.

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 発売日に購入したニコンZ50Ⅱを使いはじめました。そのとき
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 ニコンZ50Ⅱで,(ニコンZ50と)同じような使い方をしていたら,あっという間に残量表記が2目盛りになり,さらに,1目盛りの赤色になりました。しかし,一度電源を切ると,1目盛りが3目盛りに復活したりするので,訳がわかりません。実際のところ,どれだけバッテリーが持つのか,使い切っていないのでさっぱりわかりません。そして,不信感が残りました。バッテリー表示は正確なのか? これは個体差なのか? それとも?…。
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と書きました。

 以前なら,家の近くにカスタマーセンターがあったので,そこへ出かけて聞いてみるのですが,閉鎖されてしまったのでそれができません。そこで,ホームページから会社にメールで問い合わせてみると
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 SnapBridgeをご利用の場合は,「ネットワークメニュー> 「スマートフォンと接続」内にある「電源OFF中の通信」の設定をご確認いただき, 「する」にセットされている場合は,「しない」にセットして動作をご確認くださいますようお願いいたします。
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というていねいで詳しい回答をもらいました。
 そんな次第だったので,その回答のように設定を変えて,再び,名古屋市の東山動植物園へ出かけて,写真を撮ってきました。今度は,300枚程度写してみたのですが,バッテリーの持ちは格段に改善されて,300枚程度写したところで,やっと残量表記が2目盛になりました。

 以上の結果から,私の抱いていた「バッテリーの持ちが悪いのか?」という疑問は,カメラの設定の問題であったことがわかりました。これで,安心して使用できることになりました。
 いずれにしても,これだけ多機能のカメラを使いこなすのは容易なことではありません。何せ,説明書も800ページ近くあるし,これを読破しないと,そもそも,自分がどういう設定で写すのがいいのかさえわからないのだから,せっかくの高性能カメラも,宝の持ち腐れ,となってしまいます。
 それではニコンZ50Ⅱくんが気の毒なので,これから,いろいろと勉強して,私の手元にやってきたニコンZ50Ⅱくんを活躍させてやりたいと思いました。そうそう,活用ガイドという詳しい説明書がpdfファイルだけでなく,冊子として出版されました。かなり高価ですが,購入することにしました。

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【Summary】
On January 11, 2025, I attended the Central Aichi Symphony Orchestra’s concert featuring violinist Mayuko Kamio, conducted by Junichi Hirokami. Kamio’s performance of Tchaikovsky’s Violin Concerto was outstanding, especially the first movement. The encore was Paganini’s Caprice No. 5. The program also included Berlioz’s Symphonie fantastique, which was delightful. After the concert, Hirokami gave remarks and requested donations for disaster relief in the Noto Peninsula, followed by an encore of Grieg’s Last Spring. It was a truly fulfilling experience.

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 2025年1月11日。
 これまで,演奏会で多くのソリストの演奏を聴いてきましたが,以前から一度聴いてみたいと思っていたヴァイオリニストの神尾真由子さんは,その機会がなくて,残念に思っていました。そこで,このたび,セントラル愛知交響楽団の定期演奏会で,神尾真由子さんが出演することを知ったので,行ってみることにしました。
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 神尾真由子さんは,10歳でソリストとしてデビュー,2000年ニューヨークへ留学,2002年日本に戻り,演奏活動をはじめました。2007年第13回チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門第1位。2011年に拠点をニューヨークに移し ,2019年に再び拠点を日本に移しました。
 使用楽器は,2017年より宗次コレクションから貸与された1731年製ストラディヴァリウス「ルビノフ」(Rubinoff)ということです。
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 この日の演奏会は,広上淳一指揮で,曲目は,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とベルリオーズの「幻想交響曲」でした。
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は哀愁ただよう曲で,若いころよく聴きましたが,なぜか,このごろはあまり耳にしません。神尾真由子さんの弾くチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は定評があるので,とても楽しみでした。
 私は,技術的なことはさっぱりわかりません。演奏のできだけでなく,さまざまな要因もすべて含めて,今日は聴きにきてよかったなあ,と思うときに,幸せを感じるわけで,それを体験したいから,演奏会に足を運ぶのです。愛知県芸術劇場コンサートホールは,音響はよいのですが,座席がいまいちで,たとえば2階席の最前列は,一見よさそうですが,実は,前にある落下防止の手すりが邪魔になって,指揮者が隠れます。今回は,2階の左側2列目で,この席は,なかなかでした。ソリストと指揮者をしっかりと見ることができました。欲をいうと,2階の右側のほうがよりよいです。
 さて,神尾真由子さんの演奏ですが,本当にすばらしいものでした。特に第1楽章。第1楽章が終わったところで,思わず拍手が起きたのもわかるような気がしました。音程もしっかりしているし,一音一音がしっかりと奏でられる,かつ,美しいのです。円熟の味。のめりこみました。
 アンコールはバガニーニの「24のカプリス」より第5番。こちらは神尾真由子さんお得意の技巧的な曲でした。

 もう1曲は,ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz)の「幻想交響曲」(Symphonie fantastique)でした。この曲もまた,以前はNHK交響楽団の定期公演でずいぶん聴いたことがあるのですが,このところご無沙汰していました。「幻想交響曲」は「恋に深く絶望しアヘンを吸った豊かな想像力を備えたある芸術家」の物語を音楽で表現したもので,「史上初のサイケデリックな交響曲」といわれる不思議なファンタジーですが,いつも楽しめる曲です。この日の演奏もなかなかのものでした。楽しい土曜日の昼下がり,こうした曲はとても適していました。
 プログラムの終了後,広上淳一さんの挨拶と能登半島の災害に関して寄付のお願いもありました。あわせて,グリーグのふたつの悲しい旋律から第2番「過ぎし春」のアンコールがありました。
 満ち足りた時間になりました。

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【Summary】
In 2024-2025, Aomori faced severe winter snow, unlike the previous mild year when I visited Tsugaru Railway and Furofushi Onsen. Aomori’s greatest charm lies in its many unique, relaxing hot springs, such as Sukayu Onsen, Furofushi Onsen, and Lamp Inn Aoni Onsen, making it a fascinating destination.

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 2024年の夏は猛暑でしたが,一転して,2024年から2025年の冬は近年になく寒く,青森県は雪害がひどいようです。私は,昨年の3月に津軽鉄道に乗り,「黄金崎不老ふ死温泉」に行ったのですが,ほとんど雪もなかったのですが,今年なら,行くこともたいへんだったにちがいありません。
 そんな青森県ですが,最大の魅力は,何といっても温泉です。これまでに私が行ったのは,「酸ヶ湯温泉」「黄金崎不老ふ死温泉」「ランプの宿青荷温泉」「東北温泉」です。また,龍飛崎の先端にある「龍飛崎温泉ホテル竜飛」もいいところでした。

 これ以外にも,名前をあげるなら,いくらでも出てくるのですが,私の理想とする,人が少なく,規模が小さく,くつろげるところ,となると,なかなか難しいもの。行ってみなければわからない,というところでしょうか。
 先にあげた酸ヶ湯温泉は,冬はものすごい積雪ですが,それでも,温泉に行くことは可能で,この季節がもっとも静かで魅力的だということなので,何とか,また,行ってみたいものだとひそかに思い続けています。
 また,ぜひ行ってみたいのが大鰐温泉です。ここにある「ヤマ二仙遊館」は
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 旅館業としての創業は明治5年,現在の建物は明治30年に建てられたもので,大鰐温泉で最も古い旅館。平川河畔に面した閑静な宿には,近隣に住む裕福な家から多くの湯治客がやってきたそうで,金木の津島家(太宰の生家)も訪れた宿です。
 そのほか,森鴎外の師としても知られる漢文学者の依田学海,南満州鉄道初代総裁の後藤新平,詩人大町桂月が宿泊した記録もあり,現存する宿帳には,小説家葛西善蔵の名が残されているなど,多くの文人に親しまれてきました。
 今も当時のままの部屋に宿泊する事が出来ます。
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とあります。

 このように,青森県は,行ったことがなかったころは,何があるところなのだろう? と思っていたのですが,実は,実は,なんとまあ,魅力的なところだったのでしょうか。

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【Summary】
When I was young, I traveled all over Hokkaido. Now, tourist spots are crowded, which discourages me from visiting. I especially liked the quiet Route 275 in northern Hokkaido and Shumarinai Lake, which reminds me of Northern Europe. Despite heavy snow in winter, auroras aren’t as visible as in Finland. I’d like to take the Soya Main Line from Asahikawa to Wakkanai someday, but I wonder if I'll ever have the chance. Also, bears might appear.

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 若いころ,北海道は津々浦々,ほとんどのところに行きました。今は,どこも,観光地というところはどこもすごい人混みらしく,それを聞くだけでも,私は,行く気が失せます。
 これまでに行った中で,私がいいなあ,と思ったのは,道北でした。特に,国道275号線。ここを走ると,本当に何もなく,それが魅力的です。朱鞠内湖という湖もあって,北欧を思い出させます。
 この冬はものすごい雪だそうですが,それでも,私がオーロラを見にいったフィンランドの北極園よりは緯度が低いので,かろうじて空が赤くなることはあっても,美しく満足のいくオーロラが見られないのが残念です。
 ここには,旭川駅から稚内駅まで宗谷本線が走っています。私は,まだ,乗ったことがありません。こうしたところをのんびり旅するのも,また,いいものだと思うのですが,そんな機会が果たして訪れるのでしょうか。
 いずれにしても,クマが出そう。

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【Summary】
In July 2020, during the pandemic, I visited Hokkaido to see the Neowise comet. While traveling from Rumoi to Wakkanai, I stopped by the roadside station "Sunflower Hokuryu" on Route 275, surrounded by beautiful blooming buckwheat fields. Though Hokkaido is now crowded with tourists, I wonder if this quiet, expansive area remains unchanged.

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 しばらくどこへも行く予定がないので,これまで行ったところから,思い出に残るところの写真を載せることにします。今日は,2020年7月に行った北海道からです。
 このごろは,北海道は,特に,函館,小樽,稚内,倶知安町など,インバウンドで混み合っている,と聞いています。また,北海道新幹線は,函館北斗駅までは開通していても,その先は工事が難航して,札幌駅までの延伸はいつになるのか定かではないようですし,在来線にもさまざまな問題が山積しているようです。
 そんなことを聞くと,もはや,私は行ってみたいという気持ちにはなりません。

 とはいえ,私は近ごろも北海道に行きました。
 行ったのは,コロナ禍真っ最中の2020年7月でしたが,これは,ネオワイズ彗星を見るのが目的でした。その昼間,宿泊していた留萌市から北の果て稚内市まで遠出をしたのですが,その時に走った国道275号線沿線にあったのが,道の駅「サンフラワー北竜」でした。
 あたりは一面そば畑でしたが,ちょうど白い花が咲いていて,それはすばらしい風景でした。日本にもこんな広々としたアメリカのような景色を見ることができるところがあるのだなあと,そのとき思いました。
 再び観光客が戻った北海道ですが,その場所は,今,どうなっているのでしょう。
 まだ,そのときのまま,人が少なく静かな平原地帯のままなら,また,その場所なら行ってみたいものだと,ときどき思い出します。

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【Summary】
On January 6, 2025, I visited the SCMaglev and Railway Park in Nagoya. The next day, I attended a Central Aichi Symphony Orchestra rehearsal at Inazawa Civic Hall, which was free to watch. Before that, I cycled to Chiyoda Elementary School in Inazawa, inspired by an NHK BS program that featured a heartfelt story about the school.

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 2025年1月6日は,正月のお籠り状態から脱出するために外出して,名古屋市のリニア・鉄道館に行きました。そして,その翌日,1月7日は,稲沢市民会館でセントラル愛知交響楽団のリハーサルを見にいくことにしました。年に6回ほど,この会場でリハーサルを行っていて,無料で見学できるのです。前々から気になっていたのですが,これまで行く機会がありませんでした。

 と,その前に,少し時間があったので,ある場所を経由することにしました。リハビリ?の続き?です。ある場所というのは,2024年12月4日にNHKBSで放送された「にっぽん縦断こころ旅」の1259日目愛知県稲沢市「田んぼしかない通学路」で取り上げられた稲沢市立千代田小学校です。
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 泣いてしまい,ひとりで登校できない娘さんの後ろから,毎日,小学校までついて行った通学路が真理さんのこころの風景です。お手紙には心細そうな後ろ姿の娘さんの写真と手書きの地図が同封してありました。手紙を読んだぐっさんは,ご自分のお子さん達のことを思い出し,気持ちがわかると。
 稲沢市の祖父江ぎんなんパークを出発。快晴の秋空の下,銀杏や稲刈り後の田んぼなど秋の匂いを堪能しながらまずは小学校へ。そこからは地図をたよりに,通学路を逆走し写真の場所を探します。
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 ということで,自転車でぐるりと回ってみました。
 稲沢市立の小中学校は,今でも,二宮金次郎の像があります。

 さて,そのあと,稲沢市民会館に行きました。ここの中ホールは,一昨日にも室内楽アンサンブル-ニューイヤーコンサート「七」を聴きに来ましたが,今日は大ホールです。
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 セントラル愛知交響楽団(Central Aichi Symphony Orchestra)は,名古屋市に本拠を置くプロのオーケストラです。1983年(昭和58年)中部地区では2番目となるプロオーケストラ「ナゴヤシティ管弦楽団」が結成されました。1997年(平成9年)にセントラル愛知交響楽団に名称を変更しました。
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 この日リハーサルを行っていたのは,2025年1月12日に愛知県芸術劇場コンサートホールで行われる公演のもので,松尾葉子指揮,金原聡子ソプラノで「超!有名曲シリーズ」と銘打って,ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」より 序曲,喜歌劇「こうもり」より「チャルダッシュ」,レハールの喜歌劇「メリー・ウィドウ」より「ヴィリアの歌」, ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」でした。
 私は,まったく楽器が弾けないので,演奏会など出たこともないし,こうしたリハーサルを見るのもはじめてでした。
 会場には約100人の観客がいました。
 わずか1時間程度でしたが,みるみる演奏が完成していくのがおもしろかったです。実際の演奏会にかずとも,これで十分に堪能できました。

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【Summary】
Feeling cooped up after a cold winter and too many autumn travels, I decided to step outside for a change. Since many places close on Mondays and the weather was gloomy, I visited the SCMAGLEV and Railway Park at Kinjo-Futo, expecting it to be quiet. The visit brought back memories of the 100 Series Shinkansen dining car, evoking the joy of leisurely train journeys, now a rarity in an age of speed-focused travel.

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 2025年1月6日。正月明け,雨の月曜日です。
 この冬は寒すぎ,また,秋に旅行をし過ぎたためか,気力が失せてしまい,すっかりお籠り状態で数週間を過ごしてしまいました。しかし,いつまでもこれではいかん,ということで,外出することにしました。とりあえず,今日はリハビリ?です。
 とはいえ,月曜日がお休み,というところも多く,また,この天候では,屋内でなければ,どうにもなりません。そこで思いついたのが,名古屋港の金城ふ頭にあるリニア・鉄道館〜夢と想い出のミュージアム〜でした。ここは,月曜日も開館しているのです。おまけに,この悪条件なら,きっと空いているだろうと期待しました。
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 リニア・鉄道館〜夢と想い出のミュージアム〜(SCMAGLEV and Railway Park)は,JR東海が2011年(平成23年)に名古屋市港区金城ふ頭に開館した鉄道に関する事物を展示する鉄道保存展示施設です。
 高速鉄道技術の進歩などを広く紹介することを目的とし、以下の3点をコンセプトとしている[4]。 ①高速鉄道技術の進歩の紹介 ②鉄道が社会に与えた影響について学習する場を提供 ②楽しく遊べるよう模型などを活用しバリアフリーを徹底した設備 をコンセプトとしています。
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 開館したころに,1度行ったことがあるのですが,それからずいぶんと時が経ち,私の記憶では,以前は駐車場があったように思うのですが,今回行ってみて,周りの様子がずいぶんと変わっていました。駐車場はなく,少し離れた名古屋市営の駐車場に車を停める必要がありましたが,ずっと通路には屋根があって,傘は必要がありませんでした。

 到着したのが午前12時ころだったので,まず,食事をとることにしました。
 2階に売店があって,駅弁を売っていたので「東海道新幹線弁当」というものを買いました。おいしい弁当でした。
 それから館内をまわったのですが,私がもっとも懐かしかったのが,100系系新幹線の食堂車でした。今から30年以上前の東海道新幹線は,2階が食堂車,1階がビュフェという車両がありました。名古屋駅で乗車して,座席には向かわず,いきなり食堂車に行って,朝食を食べ,コーヒーを飲み終わるころに京都駅に到着するのです。これが,旅の中で一番楽しかったような…。
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 100系の最大の特徴は中間に2階建て車両が連結されていることでした。2階部分は,車両によってグリーン車もしくは食堂車でした。
 東海道新幹線は,食堂車ではなくビュフェではじまりましたが,山陽新幹線が全通したとき,食堂車が連結されるようになりました。2階のない0系では食堂車の端に通路があったので狭かったのですが,100系では2階建て車両の利点を活かして車両間を行き来するための通路を階下にすることで食堂車が広く,利用者は通路を歩く乗客と目が合うことがなくなりました。食堂車へ行く階段を上るとき,踊り場には、国鉄歴代の車両側面をデザインした壁があって,それも魅力的でした。
  ・・・・・・
 今は,車内販売すらなくなってしまって,列車での旅を楽しむことはできなくなってしまいました。
 仕事でとにかく早く現地に到着する必要があるのならともかく,旅の楽しみは,こうした列車での往復にもあるのです。と考えると,この先,リニア新幹線ができると,さらに,列車での旅を楽しむなとどいうことは夢物語になってしまうことでしょう。まあ,私には,そんな未来のことは関係ないのですが…。
 リニア・鉄道館,昔の旅を思い出す楽しい時間でした。

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【Summary】
On January 5, 2025, I attended the “New Year Concert ‘Seven’” at Inazawa City Hall, featuring a seven-member ensemble from the Nagoya Philharmonic. The program included Strauss, Brahms, and Beethoven’s Septet. Despite its appeal, the concert saw only half occupancy due to poor promotion. Local halls like Inazawa City Hall have great potential but are underutilized, while nearby venues such as Tokai City Arts Theatre and Toyota Concert Hall host more frequent performances.

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 2025年1月5日,愛知県稲沢市の稲沢市民会館で「ニューイヤーコンサート「七」」が開催されたので,聴いてきました。名古屋フィルハーモニー交響楽団のコントラバス奏者・坂田晃一さんが稲沢市在住ということで,このようなコンサートが企画されたそうです。昨年は,2024年1月21日に稲沢市民会館で「NEWYEAR2024洋と和の弦楽CONCERT~新春ストリングスの祭典~」が開催されたので聴いたのですが,あれから1年が過ぎました。
 今年は,名古屋フィルハーモニー交響楽団から7人の奏者で結成されたアンサンブルで,曲目は前半がヨハン・シュトラウスの「春の声」「シャンパンポルカ」「観光列車」とクイズのお楽しみ,続いて,ブラームスのハンガリー舞曲第5番,そして,後半が最後がベートーヴェンの七重奏曲でした。
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 6楽章からなる七重奏曲は,1770年生まれのベートーヴェン初期の傑作です。作曲されたのは交響曲第1番と同じ時期である1799年から1800年にかけてです。
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 前半は,気楽に楽しめるもので,後半は,うって変わって,ベートーヴェンの傑作を40分ほど味わうことができました。
 こうした音楽が身近に楽しめるのはとてもいいものです。

 愛知県稲沢市は人口約13万人です。名古屋駅から近く,名鉄電車なら10分ほどです。名古屋市にはクラシック音楽を楽しめるホールがとても少なく「名古屋飛ばし」も多くて,私も,東京や大阪まで出かけているのですが,実は,名古屋市周辺には,けっこういいホールがあります。
 なかでも,東海市芸術劇場,豊田市コンサートホールは,多くの演奏会が行われています。稲沢市民会館も客席13,000人ほどの大ホール,500人ほどの中ホール,250人ほどの小ホールとあるのですが,なかなか私が聴きにいこうと思うような演奏会が開かれません。市の組織のひとつとしての位置づけでしかなく,何をやっているのか宣伝がほとんどされていないというのが実情です。私も,今回の演奏会を知ったのは1週間ほど前のことでした。もったいない話です。
 昨年の「NEWYEAR2024洋と和の弦楽CONCERT~新春ストリングスの祭典~」も,石田泰尚さんが演奏したのにもかかわらず,空席が目立ったし,今年も,これだけ魅力的な演奏会なのに,会場は中ホールでしたが,それでも,半分ほどの入りでした。

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【Summary】
I initially planned to trade in my Nikon Z50 after buying the Z50 II, but changed my mind due to its larger size and shorter battery life. Despite minor issues with the Z50, it works well for regular use. The Z50 II lacks a physical manual, offering an 800-page PDF instead, which is difficult to navigate on an iPad. Digitalization without searchable features or a better index makes finding necessary information challenging. Enhanced usability, like database functionality or interactive search and links, is needed.

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 はじめは,ニコンZ50Ⅱを購入したらニコンZ50を下取りに出すつもりだったのですが,気が変わりました。それは,思ったよりもニコンZ50Ⅱが大きかったことと,バッテリーの持ちが悪い? ことです。
 すでに書いたような,私の思うニコンZ50の欠点のうち「②⊕⊖ボタンが画面モニターにあって,独立したボタンでない。 ③リモートコード(従来のレリーズ)がない。」は,星を撮るようなときに問題になるだけで,「①接眼目当てDK-30がすぐ外れる」以外は,普通に使用するには何の問題もありません。また,「①接眼目当てDK-30がすぐ外れる。」については,接眼目当てを両面テープで固定すれば外れることもありません。
 ということで,結局,ニコンZ50にNIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VRをつけたもののほうが,使い勝手がいいので,下取りには出さずこれからも使い続けて,主に,旅行に持っていこうと思うようになりました。そして,ニコンZ50Ⅱはマウントアダプター FTZ IIをつけておいて,AF DX Fisheye-Nikkor 10.5mm f/2.8G ED,AF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VR,AF-P DX NIKKOR 70-300mm f/4.5-6.3G ED VRを使用するときの2台持ちか,あるいは,星を写すときなどに使用することにします。

 ところで,ニコンZ50Ⅱには説明書がついておらず,ニコンのサイトからpdf版の説明書をダウンロードすることになっています。これは,近ごろの他の製品と同様です。
 デジタル化については問題ないのですが,pdf版の説明書を見てみると,800ページほどもあって,ニコンZ50の500ページの1.6倍あります。これだけの分量を読むのは大変です。カタログには,〇〇ができる,などといろいろ書かれてあるのですが,カタログのようにするには,ずいぶんな勉強が必要です。
 とはいえ,pdf版を iPad で読むのには,ずいぶんと使い勝手が悪いのです。せっかくデジタル化してあっても,単に本にする予算を削って pdfファイルになっているだけで,デジタル化の利点がまったく活用されていません。外出時に参照できるように iPhone の中にマニュアルを入れてあったとしても,そこから必要な情報を探し出すのは不可能に近いのです
 これでは,この中から自分に必要な情報だけを取り出すのが大変です。せっかくデジタル化してあるのなら,その中から自分に必要な部分だけを取り出すことができるようにデータベース化しなければ意味がありません。
 もっとわかりやすい目次などを作るか,検索窓をつけて,そこからリンクできて,必要な情報がすべて見られる,あるいは動画がある,といった工夫が可能なのではないかと思います。

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【summary】
After purchasing the Nikon Z50 II, I tested it at Higashiyama Zoo and Botanical Gardens. Despite my satisfaction with its predecessor's battery life, the Z50 II's battery drained quickly, raising concerns. I now feel the need to carry spare batteries and a USB Type-C mobile battery, which is inconvenient.

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 ニコンZ50Ⅱを購入した数日後,名古屋の東山動植物園へ試し撮りに行きました。
 実は,私は,ニッコールZレンズは,NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VRしか持っていません。それ以外の画角が必要なときは,マウントアダプター FTZ IIで,AF DX Fisheye-Nikkor 10.5mm f/2.8G ED,AF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VR,AF-P DX NIKKOR 70-300mm f/4.5-6.3G ED VRを接続して使っています。ニッコールZレンズでこれに代わるものがないことと,私にはこれで十分だからです。
 今回は,このうち,AF-P DX NIKKOR 70-300mm f/4.5-6.3G ED VRを使いました。

 レンズは,画質がどうのこうの,といわれるのですが,特に大きく引き伸ばすこともないので,私には違いがよくわかりません。それよりも,大きくて重いのが苦手です。
 また,近ごろは,オートフォーカスがどうのとか露出がどうのとかいうスペックが話題になりますが,私のように,50年も前からカメラを使っていると,その当時はもちろんオートフォーカスもないし,露出もまた,自分で露出計を見ながら工夫していたから,焦点を合わせるとか露出を合わせるといったことは,むしろカメラを使う人間の腕次第だろうと,根本的には思ってしまいます。特に,プロのカメラマンがそういうことを言うのは情けなくなります。

 さて,それはそれとして,私が長年使っているニコンZ50のバッテリーの持ちが悪いというようなことが書かれたネットの記事があるのですが,私はそうは思いません。すごくバッテリーの持ちがいいです。特に,EN-EL25aは,1日中使ってもバッテリーを変える必要があったことがないのです。
 そこで,ニコンZ50Ⅱで,同じような使い方をしていたら,あっという間に残量表記が2目盛りになり,さらに,1目盛りの赤色になりました。しかし,一度電源を切ると,1目盛りが3目盛りに復活したりするので,訳がわかりません。実際のところ,どれだけバッテリーが持つのか,使い切っていないのでさっぱりわかりません。そして,不信感が残りました。バッテリー表示は正確なのか? これは個体差なのか? それとも?…。
 こんなにバッテリー表示に信用がないのなら,突然,動かなくなると困るから,今後は,予備のバッテリーとともに,ニコンZ50Ⅱで新たにUSB Type-C端子になったことで使えるモバイルバッテリーさえも持参する必要があるようです。これはかさばるなあ,とかなりショックでした。

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【Summary】
I upgraded from the Nikon Z50 to the Z50 II, released on December 13, 2024, as it addressed key shortcomings like the DK-30 eyecup detaching and lack of a remote release. While improved, it’s larger, partly for better video capabilities, which I don’t need. first, I took the Moon. Initial impressions were positive.

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 私は,何事も,自分に必要な機能さえあれば,それで十分です。
 そこで,カメラは,プロの写真家でないし,そんな腕もないので,小さくて,使いやすければそれでいいと思っていて,現在は,ニコンZ50を使い続けています。
 このカメラは小さくてとても便利なのですが,いくつかの欠点があります。それらは
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①接眼目当てDK-30がすぐ外れる。
②⊕⊖ボタンが画面モニターにあり液晶を押すことになっていて,独立したボタンでない。
③リモートコード(従来のレリーズ)がない。
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ことで,それ以外は満足していました。
 2024年12月13日に,ニコンZ50の後継機であるニコンZ50Ⅱ」が発売されました。
 上記に書いた欠点がすべて改善されるということだったので,早速,予約開始日に予約して,発売日に手に入れることができました。

 2024年にニコンから発売されたカメラはニコンZ6Ⅱの後継機であるニコンZ6ⅢとこのニコンZ50Ⅱの2機種でした。ニコンZ6Ⅲは持っていないので,本当のところはよく知らないのですが,書かれてあるものを読むと,性能はよいものの,ニコンZ6Ⅱユーザーが待ち望んていたものよりもオーバースペックでしかも高価格だったから,ニコンZ6Ⅱユーザーには期待外れだったということです。
 ニコンZ50Ⅱを手にして思ったのは,こちらもまた,ニコンZ6Ⅲと同じような位置づけで,ニコンZ50からずいぶんと性能がアップしたものだなあ,ということでした。しかし,ニコンZ6Ⅲのように高価格でなかったために,評判は上々のようです。
 メーカーは,それを知ってか知らずか,ニコンZ6ⅡはニコンZ6Ⅲ発売後も併売していますが,ニコンZ50はニコンZ50Ⅱの発売に伴って旧製品となりました。おそらく,この違いが,ニコンの考えているニコンZ6ⅢとニコンZ50ⅡのニコンZ6ⅡとニコンZ50のアップグレードに対する位置づけの違いなのでしょう。つまり,ニコンZ6ⅢはニコンZ6Ⅱの後継機ではなく,別グレードのカメラなのですが,すでにニコンZ9,ニコンZ8,ニコンZ7というカメラがあって隙間がなく,つける型番がないから,やむを得ずニコンZ6の名を引き継いだようなのです。

 はじめに写してみたのが月でしたが,上々でした。
 私の第一印象は,思ったよりも大きかった,ということでした。この大きさの増加の理由は,動画の性能がアップしたことで,断熱の必要があったというのが理由だそうですが,それでは,長時間の動画を撮らない私には,オーバースペックでしかないということになります。まあ,それは,単に私の問題です。
 後日,名古屋の東山動植物園に持っていって,試し撮りをしてみました。その感想は,次回。

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【Summary】
I watched TV Tokyo's special "Local Bus Relay Journey" and enjoyed its thrilling route from Naritasan Shinshoji Temple to Cape Tappi. The journey, especially through Tohoku, highlighted the challenge of traveling via local buses, with some relying on substitute buses due to past flood damage. While the program was dramatic and enjoyable, I worry about the sustainability of such travel shows given Japan's increasing transport suspensions.

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 昨年2024年12月28日と12月29日,2日間にわたって放送されたテレビ東京系の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅8時間SP」を見ました。
 この番組は,「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で千葉県・成田山新勝寺から青森県・龍飛崎を目指すガチンコ8日間の旅ということで
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 スタートの成田山新勝寺からゴールの龍飛崎までの4区間を,ふたつのチームが交代しながらリレー方式でつなぎます。リーダーを務めるのは「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズでおなじみのミスターバス旅・太川陽介と「ローカル路線バス乗り継ぎの旅W」で大活躍中の元スピードスケート日本代表・五輪メダリストの髙木菜那が,交互にタスキをつなぎ,4区間を駆け抜ける前代未聞のバス旅リレー。
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という企画で,第1区は,太川陽介と,信子,水谷隼,草薙航基。第2区は,髙木菜那と,佐々木彩夏,川村エミコ,高島礼子,第3区は太川陽介と,神田愛花,澤穂希,酒井貴士。そして、第4区は髙木菜那と,村井美樹,松村沙友理ということでした。

 私は民放をほとんど見ないのですが,「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」だけは楽しみにしています。しかも,旅のコースが,近年マイブームになっている東北ということで,ずいぶん期待しました。
 なかでも,2日目の秋田県から青森県は,私も旅行したばかりで詳しいのですが,路線バスなんてあるのかいな? と思っていました。特に,青森県は日本海側はずいぶん不便なところで,白神山地が大きく行く手を拒んでいるので,興味がありました。
 ずいぶんハラハラしましたが,あまりに奇跡的な幕切れだったので驚きました。
 この番組,どこまでが筋書きで,どこが出たとこ勝負なのかわかりませんが,所詮はバラエティ番組。楽しめればそれでいいのです。それにしても,この結末でなければ,これほど最高のドラマにはなっていなかったことでしょう。

 ところで,2024年7月に発生した大雨の影響による奥羽本線の新庄駅と院内駅間,2022年8月に発生した大雨の影響による津軽線の蟹田駅と三厩駅間において,現在バスによる代行輸送が行われていて,私はそのことを知っていて番組を見ていたのですが,もし,この区間がバスによる代行輸送でなかったら,バス路線はないのだから,この番組は成り立たなかったかもしれません。
 代行バスは定期バスではないから,その利用はルール違反じゃないの? などという野暮なことはいいませんが,バスによる旅も鉄道による旅もどんどんと運休が進んでいる現在の日本では,こうした企画自体がいつまでできるのやら,ということのほうが心配です。

cccbbbaaa

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tohoku


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2025年1月1日の太陽です。

初日の出を見損ねたので,せめて,黒点を…。
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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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Happy New Year 2025.
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【Summary】
In 2024, I pursued all my desired travels and classical music concerts, gaining insights into transportation, accommodations, and less-crowded, relaxing destinations. I also learned the importance of venue and seating for enjoying music. For 2025, I look forward to relaxed days and following conductor Nodoka Okisawa.

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 2025年になりました。
 2024年は,行ってみたいところへはすべて行ってみよう,聴きたいクラシックのコンサートはすべて聴きにいこう,と思って実行して,それらはほぼすべて実現することができました。
 これで,おおよそのことは気が済んだので,2025年は,気の向くままの日々がすごせそうです。
 ということで,今日は,これまでに経験してみて,自分なりにわかったことを書いておくことにします。

●旅をすること
 さまざまなとところにいろいろな方法で行ってみて,これまで知らなかった公共交通のこと,宿泊のことなど,いろいろなことがわかりました。
 そしてまた,人が少なく,必要以上に気をつかうことのないところが最もくつろげると知りました。しかし,これが難しいのです。
 ともかく,今は,どこもかも人が多すぎるのです。とはいえ,探せばいいところがあるものです。そのコツは,有名でなく人が知らないところ,観光地化されていないところですが,そうしたところにも,それなりにすばらしいことが存在しています。それを探すのが楽しみです。

●音楽を聴くこと
 2024年は,NHK交響楽団,読売日本交響楽団,東京都交響楽団の3大オーケストラに加えて,神奈川フィルハーモニー管弦楽団,東京交響楽団,新日本フィルハーモニー交響楽団,オーケストラ・アンサンブル金沢,愛知室内オーケストラ,名古屋フィルハーモニー交響楽団,京都市交響楽団のコンサートに行きました。
 その結果知ったのは,音楽を聴きに行くときに考えなければならないのは,どんな曲を演奏するのか,とか,だれが演奏するか,といったこと以上に,会場だということでした。そして,座席でした。これは本当にまちまちで,せっかくすばらしい演奏でも,それを聴く環境が悪いと,よい思いをして帰ることができません。
 さまざまな会場に行ってみて,ここはいい,いろいろな座席に座ってみて,この場所がいい,というところがわかってきたので,これからは,それを考慮することを忘れずに,指揮者とオーケストラ,そして会場を吟味して,引き続き,いい音楽に接していきたいと思っています。
 私の2025年の推しは,指揮者の沖澤のどかさんです。

 今年も楽しい年になるといいな。

2024トラベルマップ


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