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 ある時,旅先で,幸せそうにひとり旅を続ける初老の男に会いました。私はその男に,どうしてそんなに幸せそうなのかと聞いたら,「不良老人」だというその男は,私に次のような話をしました。
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 今から数年前,私はとんでもない上司のもとで働くことになりました。
 彼は,プライドが服を着たような輩でした。外向きには慇懃だったから組織から評価されていました。けれども,部下に対しては暴君でした。彼のいた職場は,どこも,彼が去るまで首をすくめて耐えていました。
 彼は,自分が気に入らないことがあるとすぐに切れました。密室によんでは,机をたたき,自分が一番偉いから言うことをきけと恫喝しました。
 裸の王様にするなと言うのが口癖でしたが,実際,彼は裸の王様でした。自分の意見を言えといつも言っていました。しかし実際は,たとえそれを言っても聞く耳をもたなかっただけでなく,その意見が気に入らないと叱りつけました。
 あるものはおびえ,あるものは距離を置き,あるものは組織を辞めました。また,別の賢いあるものは,まるで娼婦のように自分を捨てて出世のために従順に仕えましたが,その末路は哀れなものでした。
 立場のある人に訴えても,そのだれもが,普段は偉そうにしていたのに,我が身かわいさに何もしようとはしませんでした。本当に心配してくれたのは,強い立場の人たちではありませんでした。私はその人たちのおかげで救われました。
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 彼は,責任者であることをいつも自慢して「オレは責任者だ」ということばを繰りかえして使いました。しかし,本当に責任を負ったことなどただの一度もありませんでした。最も大切なことは自分の保身だけでした。そして,他人にはいつも冷酷でした。彼の言っていることは,体験から得たものではなく読んだ本の受け売りでしたし,今にして思うと,彼の行為は,実は自分の弱さと無知をかくすための精一杯の去勢でした。だから,職場が変わると,彼は,自説を平気で変えました。
 私は,人間不信になり,精神的におかしくなりました。そして,仕事を辞めたのです。
 どうして,こういった行為が現代のいじめや太平洋戦争の軍部の独走と同じ根底だということがわからないのでしょう。恐怖を感じます。そのことで,私は,地位や名誉というものの本当の姿を知りました。飲み会まで上司に気を遣い,何を恐れているのか自分の気持ちを出さず,たいして役にも立っていないのに仕事に打ち込んでいた,そんな熱病に侵されたようなこれまでの人生のはかなさに気がついて,すっかり夢から醒めました。そして,社会に幻滅しました。
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 今,自分が歳をとってみると,あの人の人生は何だったのだろうと思うようになりました。自分にかかわりをもった多くの人を不幸にして,幸せを奪って,本当に哀れな人だと思います。そして,そういう人に地位を与えた組織という社会の仕組みも信用できないと思うのです。
 私は,今,旅に出て世界を見て回ると,本当にすばらしい人とはどういう人なのかが,とてもよくわかります。自分を自分らしく,生きる喜びを味わって生活している人に会うと,私も本当に幸せを感じます。そして,真実と偽善の間に隠れた肩書きやら見せかけの権威やらがいかに虚構なのかが身に染みてわかるのです。仕事を辞めて,その結果としてそれを知ったことが,今の私の宝です。
 だから,これからも,私は旅を続けるのだし,そのことが私を幸せにするのです。
 そして,
 したくないことはしない。
 したくないことはさせない。
 したくないことはさせられない勇気をもとう。
と決めたのです。
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 私は,自分を「不良老人」だというその男の話を聞いて,その男の「しない・させない・させられない」生き方を学びました。そして,私もそうした生き方をしようと決めたのです。