アラモの営業所では,私が車を旅の途中のバーリントンで交換したことも知っていたのであった。さらには,日本で店員がやたらと慇懃に客に対応するのと同じように,男性のスタッフが出てきて,「御無事でお帰りなさいませ。お車の調子はいかがでしたでしょうか?」というような内容の英語を話したのには,超・びっくりした。
アメリカでこんな経験ははじめてであった。私は,車を返して,再び,シャトルバスに乗り込んで,ジョン・F・ケネディ国際空港まで送ってもらうことになった。私を誘導してきたおばさんが運転手として乗っているシャトルバスに乗り込んだ。
おばさんは,「ちょっと待っててね」と言って,ペットボトルを1本買ってきて,「飲んでね」と言って,私に手渡した。
この親切さは何であろうか? ここは,本当にアメリカなのであろうか?
こんなふうにして,この旅の予定のルートを,無事にドライブしおえて,契約の返却時間よりずいぶん早く,レンタカーを返却することができた。
途中で車を交換してしまったので,トータルの走行距離がわからないのだが,約2,000キロメートルくらいだっただと思う。
それにしても,ずいぶんと走ったものだ。そして,これで車がなくなって,あとは公共交通機関頼りであることに,ちょっとほっとした。
やがて,シャトルバスが,ジョン・F・ケネディ国際空港に着いた。ここでバスを降りて,この後は,エア・トレインでジャマイカ・センターという駅まで行って,地下鉄に乗り換え,ヤンキースタジアムへ行くことになる。レンタカーを返すのにずいぶんと無駄な時間を使ってしまったので,間に合うかどうか,といった時間であった。
恥ずかしい話だが,この時点で,私は,ジョン・F・ケネディ国際空港からどのようにヤンキースタジアムに行くのか知らなかった。空港から電車でマンハッタンに行けることは当然知っていた。また,ヤンキースタジアムには,地下鉄4番に乗ることも知っていた。しかし,知っていたのはそれだけだった。
東京へはじめて行ったが羽田空港から東京ドームに行くようなもので,要するに,大都会の交通網を信ずれば,何の問題もないように思えた。なにせ,ここは,世界一の大都会,ニューヨークなのである。
とりあえず,ジョン・F・ケネディ国際空港のターミナルに入って,「電車」の表示がされた方向へ歩いて行った。
お恥ずかしいのは,この空港を周回する鉄道は,無料だと思っていたことだった。だって,これまで行った様々な空港で,ターミナル間を移動する交通手段は無料でしょう。実際は,ターミナル間だけの移動は無料で,この電車でジャマイカ・センターという地下鉄の駅に行くときには有料。これは後で知ったことだった。
そのくらい無知な私は,とにかく,電車の乗り場に着いた。そこにチケット売り場があった。
まだ,無料だと信じていたので,このチケットは,この先の地下鉄の料金を先払いするのだと思ったのであった。
地下鉄のチケットは,日本の「スイカ」のように,プレイペイドカードが便利だということは知っていた。地球の歩き方にそのように書いてあったのは,以前読んだことがあった。そこで,そのプレイベイドカード(メトロカード)を買うことにした。
発券機の前に,案内のおばさんがいたので,どうやって買うのかを聞いた。
メトロカードは,クレジットカードで購入できる。そのおばさんは,私からクレジットカードを受け取り,発券機に通したが,ガソリンスタンドの給油機同様,カードを読みとれない。
「いつもこうなのよ。隣の機械で再トライしてみましょう」といって,隣の機械で同様に発券を試みた。今度は何の問題もなく,メトロカードは私のものとなった。そのようにして,その,やたらと親切なおばさんは,何から何まで丁寧に説明して,メトロカードを購入してくれた。本当に,きょうは,日本にいるようであった。
ただし,その,すべて人任せ,が後に災いをよぶのであった。
改札を通って(この時点でも,まだ,私は,この電車は無料だと信じていた),今度は,近くを歩いていたナイスレディに,どこで電車に乗るのか聞いた。この先のエスカレータを上がったホームで,ジャマイカセンター行が来るから,それに乗ると教えてくれた。違う行先の電車があるからまちがえないようにね,とも言った。
この電車は,ターミナルを周回するもの,ターミナルを周回したのち,地下鉄のジャマイカ・センター駅へ行くもの,地下鉄のハワード・ビーチ駅へ行くものがあった。私は,その女性のあまりの美しさに年甲斐もなく興奮して(冗談です),下りのエスカレータに危うく乗ろうとして,その女性に,ちがうわよ,と助けられた。本当は,車の通行方向と同等,日本とは上りと下りのエスカレーターの位置が反対なので,まちがえかけたのだった。
このように,きょうは,親切な人ばかりに出会った。
ニューヨークは,本当に,東京と変わらない所だと思った。毎年,刺激を求めて,ニューヨークへ行く,という友人を知っているが,その意味がよくわかった。今回ニューヨークへ行ってみて,こりゃ,東京へ行くよりいいや,と思った。新幹線で東京へいくのと変わらないなあ,とも思った。
私も,これからは毎年ニューヨークに行こう。シーズンオフなら航空券だってすごく安い。
そのナイスレディは,実はこの電車の駅員であった。彼女は,ホームに到着すると電車を待つ乗客に放送をはじめた。この,エアターミナルを周回して地下鉄の駅まで行く電車を「エア・トレイン」という。こちらの人は「Aトレイン」とよぶので,はじめは,「Aトレイン」が何を意味しているのかも分からなかったし,この電車がどのくらいの間隔で運転しているのかもわからなかった。
ヤンキースタジアムの試合開始に間にあうのか,だんだんと心配になってきた。
やがて来たのは,ジャマイカセンター行きでなかった。先ほどのナイスレディが放送で,この電車の行き先に注意するように放送していた。そうしてその電車を見送ったら,そのあとすぐに,ジャマイカセンター行きが来たので,私はそれに乗り込んだ。