春,梅の季節がすぎて,桜が咲くまでのわずかな間,一瞬,観光客の少なくなるときがあって,私は,その頃を大切にしています。
京都ではないのですが,その時期,大津の石山寺を訪れると,やがてくる華やかな桜の季節を前にした静けさとその予告が,とても幸せな気持ちにしてくれます。
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石山寺は,749年(天平勝宝1年)に聖武天皇の発願で,良弁僧正によって開かれました。西国三十三所第十三番札所で,清水寺と並ぶ双璧です。
本堂は木造建築の中で県下では最古のものです。本堂内には紫式部が「源氏物語」を執筆したという源氏の間があります。紫式部はじめ清少納言や和泉式部なども石山寺のことを日記や随筆に記していて、女流文学の開花の舞台ともなっているということが,このお寺の華やかさの源となっています。
その後も松尾芭蕉や自然主義文学者の島崎藤村が石山寺を慕っていて,随所に文学の背景が散りばめられています。
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石山寺の入口にあたる山門東大門を正面にのぼる石段はかなり険しくて,私は,そこを登るたびに,あとどのくらいしたらこの石段が登れなくなる日が来るのか,といつもさびしくなります。
本堂を過ぎると庭園があります。ここを散策すると,いたるところに様々なな花が見られて、何とも初春らしい景色が広がっています。ミツバツツジにオトメサザンカ、モクレンにユキヤナギ、コブシにヒラドツツジ,特に,花をつける前のツツジが,私は好きです。鶯の鳴く声がまた,山里の香りをいっそう引き立たせます。
ある年,私は,そんな石山寺を2週間連続で訪れました。ずっと晴天に恵まれて,また,今のように,黄砂で霞むこともない,平和な春でした。
たった1週間しか過ぎていないのに,春の草木はせっかちで,確実にその花のつぼみはふくらみを増しているのでした。