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 太平洋戦争国立博物館は,太平洋戦争の開戦から終戦までが,数多くの資料やら説明やらで展示してあった。
 太平洋戦争のアメリカ側からの見方がよくわかって,非常に興味深かった。
 日本の資料も多く展示してあった。その中には,千人針だとか,寄せ書きをした国旗だとか,飛行機だとか戦車,はたまた潜水艦までがあった。
 アメリカ人からみると,理解不能なものも多いので,私はいろいろと説明を求められて,困ってしまった。「大和魂」なんて,どうやって説明すればいいのだろう。
 アメリカ側のものの中には,兄弟全員が派兵されて,同じ船に乗っていたために,全員が死んでしまった。悲しんだ母親が大統領に訴えて,それ以後は,兄弟は,必ず別の乗り物に乗るように配慮されるようになった,という出来事が,1つの大きなコーナーに展示してあった。こういうことが大きく取り上げられている,しかも,こういった決断が美談として語られるというのは,きっと日本にはあり得ないであろう。私は,人権というものの考え方の違いを深く考えざるを得なかった。
 きっと私ひとりなら,この博物館に入ったかどうかわからない。もし,入ったとしても,ここで2時間も費やすとは思えなかったから,この博物館に行くことができて,とてもよかったと思った。

 次に友人が私を連れて行ったのは,雑貨屋であった。
 日本の百均のような店であった。アメリカにも百均(99セントショップ)なるものは存在するが,この店は,そうではなく,ただ,雑貨がたくさん,値段の安さが売り物の普通の店であった。
 友人は,この店安いから… といっていたが,ほとんどのものは,作りの悪い一昔前のメイド・イン・チャイナであって,それも,日本の百均と同じ品物が300円近くした。

 この町は,そんな雑貨屋でなくほかに結構おもしろい店がたくさんあって,歩いているだけでも一日は十分に楽しめるところであった。
 私には,もっと見てみたいものもたくさんあったのだが,どうも,この友人の興味は,ちがったようであった。
 なにせ,今日の出だしが遅く,しかも,太平洋戦争博物館に2時間近くも費やしてしまったのに,その後でどこか気の利いたレストランで町の雰囲気を味わいながら昼食をとるということもなく,というより昼食をとらないので,私にはだんだんと,訳が分からなくなってきた。

 昼食の代わりに行ったのは,ジャムやら漬物やらを売っている店であった。ここもそれなりに面白い所であった。
 建物の中に多くの小売店が入っていて,それぞれの店には,自家製のジャムやら漬物やらを売っているのであるが,それを試食できるのだった。
 その方法は,左の写真のように八橋の小片のようなビスケットがたくさん置いてあって,その上に気に入ったジャムを塗って試食していくのである。
 アーモンド味とかバナナ味,フルーツ味のようにおいしいものから,ニンニクジャムといった日本で食べたことのない得体のしれないものまで,さまざまなジャムがあった。
 はじめのころは楽しかったのであるが,だんだんお腹が膨れて,さらに,これまでに食べた味が食べたこともない妙な味と合わさったりで,だんだんと気持ち悪くなってきた。昼食をとっていない空腹に,この味は堪えた。
 ここは日本のデパ地下の試食コーナーを巨大にしたようなものであった。
  ・・
 このようにして,この町の散策は終了した。
 名古屋から高山市までやってきて,どこかの博物館に2時間滞在して,地元の雑貨屋でしゃもじでも買って,そのあとで漬物の食べ比べをした1日だった,とでもいえようか。