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 相撲人気復活だそうです。私も,大相撲の「千秋楽」をナマで見たくなって,初めて大阪場所に足を運びました。
 気楽にチケットを買おうと思ったのですが,なんと,抽選! そして,めでたく当選したというわけでした。
 昔は,といっても,本当に遙か昔は,千秋楽のテレビの大相撲中継は最後の最後まで中継をしていて,「神送りの儀式」-そんな儀式があるのも多くの人はご存じないでしょう!- まで見ることができたのですが,今は,それを見る機会もなくなってしまいました。また,ついぞ「千秋楽」の大相撲を40年以上ナマで見ていなかったので,何とかみたいものだと思い,チケットを購入することにしたのです。

 観戦記は次回書くことにして,きょうは昔話です…。
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 私は,かれこれ半世紀,お相撲を見てきました。そのはじめは「栃若」でした。
 「栃若」といっても,栃錦を見た記憶はないのですが,若乃花は,枡席で見た明確な記憶があります。不思議なものです。そうそう,親方だったころの双葉山や千代の山も生で見たことがあります!
 そのあとの「柏鵬」 -白鵬ではありません- は,とてもよく覚えています。私が初めてファンになったのが柏戸です。柏戸という横綱は,勝っても負けて土俵から落ちていくのでケガが多く,見ていていつもハラハラしました。相手がだれてあっても常に負ける可能性があって,安心してみていられない,今の稀勢の里のようなものでした。子供心に,柏戸の取組が始まると心臓がいつもドキドキするので,自分の体が壊れたかと思っていました。
 柏戸の晩年から引退後のしばらくの間は,つまらない(といわれた)大鵬の一人舞台で,相撲人気は衰えていましたが,「北玉」つまり北の富士と玉の海が横綱となったあたりは,また,活況を呈し,私には最も面白い時代でした。中でも北の富士はかっこよく,しかし,腰高でもろく,玉の海急死の後の一人横綱を背負って立つにはあまりにその責任が重すぎました。
 その次の「輪湖」,つまり,輪島と北の湖の時代は玄人受けしても,相撲はワンパターンで水入りばかりでした。
 そして,訪れたのが,千代の富士です。
 千代の富士は強いのだけれど,体の小ささからもろく負けることがあったので,逆に人気があって,私は,強いというものがいつも嫌いなのだけれど,唯一,千代の富士だけは例外でした。千代の富士は,その入門以来とてもよく知っていたのですが,あの小さな青年がまさか大横綱になるとは当時は思いもしませんでした。
 そして,そのあとの貴乃花の頃からの相撲にはさほど興味がなく,現在に至っているのです。
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 誰も思ってはいても口に出さないけれど,現在の大相撲は「あの」大横綱がいなければ,毎場所誰が優勝するかわからないから,もっと,優勝争いに興味がわくのでしょうが,どうやら,現在の相撲人気は,誰が優勝するかというようなことは,どうでもよくなっているのだと思います。その意味では,これまでとは全く異質の相撲人気だと言えるでしょう。実際に見に行くと,お客さんの目が肥えていて,面白い相撲でなければ,そっぽを向きます。
 私は,ずっと,相撲を見に行くのなら,はじめから見るべきだと思っています。だから,相撲を見に行くときは,朝の9時前には出かけます。このことは,MLBを見に行くときも同じですが,実際に見に行くというのは,その全体の雰囲気を味わうためなので,勝負の結果は,結局のところ,たいした意味を持っていないかもしれません。
 それより熱戦が期待です。