今日の1番目から4番目はの写真は,私が見に行った17日の前日,16日のものです。
私は,16日の朝自宅を出て,京都市美術館でモネ展を見て,石清水八幡宮へ行ってから,大阪に来ました。
これらの写真は,ホテルに行く途中で立ち寄った大阪府立体育会館の前で写したものです。
時刻は3時過ぎで,体育館の前は,力士の場所入りを見ようと大勢の人で溢れていました。
もうこの時刻は,ほとんどの力士は到着してしまっているはずなので,どうしてかな,と思ったのですが,あとでわかったことは,3番目の写真のように横綱白鵬が来るのがすごく遅くて,十両の取り組みが3分の2も終わったころにやっと到着したので,それまで,このように,規制ができていたというわけでした。
近年は,ファンサービスで,力士が体育館に入るのは玄関と決められているらしいので,ここで待っていればすべての力士を見ることができます。帰りはめいめいで,裏口から帰ってしまう力士もいるということですが,それでも玄関で帰りを待っていると,気軽に写真を写したり,サインをもらえたりするので,それを待ち構えているファンもいます。
また,出番を終えた力士が,写真のように集まって話をしている様子は,まるで,下校時刻に校門にたむろしている学生と変わりありません。
こうした姿を見ていると,力士の人柄がよくわかります。テレビで相撲を取っているのを見ていてもわからない好印象を抱く力士も大勢います。また,その反対の場合もあります。
玉垣親方(現役名・智ノ花)が出てきました。高校の教師から相撲界に入った異色の力士でした。ファンの一人がサインを頼むと,俺は現役でないという照れ臭そうな表情だったのですが嬉しそうでした。
力士も,こうして親方になって相撲界に残れるのなら定年まで食うのに困るわけでないからいい商売なのでしょうか? 特に近頃は,外国籍の力士が多く,彼らは親方になれないので,日本国籍の力士が親方になるのも少しは間口が広そうです。
人の生き方にルールはありませんからなんともいえませんが,安定という意味では,スポーツは割が合いません。超一流まで上り詰められればいいのですが,それは少数。だから,相撲に限らず,引退した後が大変だなあと,私はそんなことを考えてしまいます。
私の近くにパンフレットを片手にサインを集めている人がいたのですが,彼の話では,お相撲さんは愛想がいいけど野球選手はダメだといっていました。
私が思うに,日本のプロ野球選手は若いころから野球エリートだからそういう態度になるのでしょう。しかし,多くの選手は30歳を過ぎたら野球界に残れず第二の人生を歩むことになるから,そのときまでにいかによい人脈を築いておくかだと思うので,そんなことではだめだと思うのは,年寄りの冷水でしょうか。
今,日本のプロ野球をスキャンダルが覆っていますが,数年前の相撲界も同様で,こうした閉鎖社会で何かよからぬことが万延したときに,それに染まらず生きるというのも,また,難しいものでしょう。それは別にスポーツ界だけのこととは限りません。
人が生きるのはどんな社会でも自己がきちんとしていないと大変なものです。
ここで,少し余談です。
ここまで書いてきて私が思い出した別の話は,携帯電話が世の中に出てきたころのことです。
当時,携帯電話を持っていたのはマスコミ関係者くらいのものでしたが,そのマナーの悪かったこと。お相撲をやっている体育館の館内には,ひっきりなしに電話がかかってその呼び出し音だらけでした。
そしてまた,タバコも同様でした。館内で喫煙が許されていた頃,マス席全体は完全に煙っていて,もうもうとした煙の中で相撲を取っているようなものでした。私は,マス席など絶対座りたくないと思っていました。イス席は禁煙でしたが,そんなことお構いなしの,これもまたマスコミ関係者が喫煙をしていて,それを注意した外国人と険悪になったりしていました。
そんな話は,どこにも書かれていませんが,事実です。そして,これがこの国の実態でした。その頃に比べたら,今はずいぶんとマシです。
それはそうと,ここ大阪府立体育会館の素晴らしいのは,5番目の写真にあるように,全ての座席に立派な座布団が用意されていることです。名古屋や九州にはありません。すでに書きましたが,九州は,マス席さえ座布団がありません。それで1日楽しめというのはかなり無理があります。
さらに,大阪には車イスの人が楽しむための観戦スペースもあります。名古屋や九州など,エレベータさえありません。
また,名古屋にもありますが,当然,大阪にもレストランがあります。私は,昨年,このレストランで,今は亡き北の湖理事長と偶然遭遇して,ツーショットを写すことができました。
大阪は,朝から体育館に行っても,退屈することなく,終日楽しむことができるところがたくさんあります。
しかし,最大の難点は,階段が非常にわかりにくいことです。設計が凝りすぎで,登ったり降りたり曲がったりと,一度行ったくらいでは把握できません。何か災害でもあれば,悲惨なことになってしまうでしょう。







