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 どうしようもない,見ているほうが恥ずかしくなるような興味本位の番組がたくさんあるなかで,時々,宝石のような番組に出会うことがあります。そうしたときには,とても幸せな気持ちになります。NHKBS1で放送された「父と子のアラスカ・星野道夫命の旅」という番組もそうでした。
 星野道夫さんは知っていましたが,恥ずかしながらこれまでほどんど興味がありませんでした。それが,昨年アラスカに行ったことでこの番組に興味をもち見てみようと思ったのだから,旅というのはすごい力があるものです。
 そうした理由から見はじめたのですが,それがなんと,予想以上のすばらしい番組でした。
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 生涯アラスカにこだわり写真を撮り続けた星野道夫さんは,ロシアでヒグマに襲われて43歳で亡くなりました。星野道夫さんが亡くなったときわずか1歳だったひとり息子の星野翔馬さんには父の記憶がほとんどありません。これまで父の写真や本から目を背けてきたのですが,23歳になって,アラスカに父の思い出に出会う旅に出たのです。
 その旅で,父がはじめてアラスカに触れた村であるシシュマレフ(Shishmaref)を訪れて,先住民の神話の語り部で父の親友だったボブさんに会います。自分探しをする星野翔馬さんは,この旅で父から大切なメッセージを受け取るのです。
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 私は,この番組を見て,星野道夫さんの息子さんはすばらしい人だと思いました。この息子さんの姿を見ているだけで,父であった星野道夫という人のすばらしさもわかる気がしました。
 失礼ながら,私はこの番組を見るまで,星野道夫という人は,アラスカなんかに行って,クマに食われた生涯なんて,なんと物好きなと思っていました。しかし,この番組を見終わった今の私は,まったくその正反対で,私が思っている理想の生き方そのものを貫いた人だったんだなあ,と思いました。そしてまた,人の心は時間と距離を,さらには世代をも超越するだということを強く感じました。
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 星野道夫さんは千葉県市川市生まれの写真家であり探検家。慶應義塾大学時代は探検部で活動し,熱気球による琵琶湖横断や最長飛行記録に挑戦しました。
 19歳のときに神田の洋書専門店で購入したアラスカの写真集に掲載されていたシシュマレフに惹かれ,その地を訪問したいと村長に手紙を送ってみたところ,半年後に村長本人から訪問を歓迎する旨の返事がきたのです。そこで翌年の夏,シシュマレフに渡航し,ホームステイをしながらクジラ漁についていったり写真を撮ったり漁などの手伝いをしたりしながら3か月間を過ごすことになったのです。
 大学卒業後は動物写真家の田中光常さんの助手となったのですが,思いとはちがって雑用ばかりだったので職を辞し,アラスカ大学フェアバンクス校を受験するのです。入試の結果は英語の合格点が30点足りなかったのですが,学長に直談判して野生動物管理学部に入学します。その後,アラスカを中心にカリブーやグリズリーなど野生の動植物やそこで生活する人々の魅力的な写真を撮影しました。
 やがて悲劇が襲います。1996年8月8日の午前4時ごろ,TBSテレビ「どうぶつ奇想天外!」という番組の取材のため滞在していたロシアのカムチャツカ半島南部のクリル湖畔に設営したテントでヒグマの襲撃に遭い死去してしまったのです。
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 私は,星野道夫さんという人の生き方をきちんと知りたいと思うようになりました。そこで,星野道夫さんの本を読んでみようと思いました。そしてまた,もう一度アラスカに行ってみたくなりました。
 アラスカは遠いです。ものすごく遠いのです。日本からは直行便がないので,飛行機で20時間以上もかかります。しかし,なぜか,私にとってアラスカというのはものすごく身近な気がする場所なのです。家の外にでると,フェアバンクスの町が広がっているような気がするくらいです。目を閉じると,はっきりとアラスカの風景が浮かびます。そうした私は,この番組で星野道夫さんの生きざまを知って,さらにアラスカへの思いを深くすることができたのです。

無題