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歳をとって,私のように,何の不安も不満もなく,好きなことをして生きていると,50歳を過ぎても,まだ,責任を背負って生きている人を気の毒に思ってしまいます。
宇宙が創成して13,800,000,000年,地球が生まれて4,600,000,000年であり,その長い時間の中で,人類が文化をもってからはわずか3,000年です。それは,恐竜が地球上に繁栄していた150,000,000年のわずか50,000分の1でしかありません。
そして,人の一生はたかだか80年。
しかも,地球上の7,900,000,000人もいる人類の中のほんの数人の,まさに悪性の腫瘍のような人物の傍若無人な行いで,もう間もなく人類は滅ぼうとしています。
しかし,人類が滅んでも地球は残ります。そして,再び,新たな人類が出現するかもしれません。もしそうなったとき,地球の歴史の中で,今の人類というものが存在したのは,そのわずか100,000分の1の一瞬の出来事だったことになるかもしれません。
少し話題が逸れますが,地球以外の天体に知的生物がいるかもしれないと,天文学者が探していますが,もし,そういった天体があったとしても,その天体に知的生物が存在しうる期間は,その天体の長い歴史の中のわずかな期間に過ぎないわけで,そのわずか期間に遭遇する確率ははるかに小さいのではないか,と私は思います。
その反対に,地球以外の知的生物がいて,知的生物を探しに地球にたどりついたことがあったとしても,地球上に人類が存在している(た)期間はほんのわずかなものだから,その時に人類と遭遇する(した)可能性なんてほどんどないのです。
話を戻します。
そんな小さな小さな存在でしかない人類。
その中で,個人個人は,自分の意思とは無関係に生まれてしまったわけですが,生まれてしまった以上,自分が生きる目的やら意義を,何とか理屈をつけて,でないと,むなしいだけだから,生きてるわけです。ただそれだけのことです。
だから,人に勝とうだとか,人の上に立ちたいだとか,高級な車に乗りたいだとか,大きな家に住みたいだとか,そんなものは所詮ははかないだけなのに,人は,生まれたときに,そうした「欲望」の「膿」をもつように,創造主は造ったのでしょう。そうした「膿」をたくさんもっているかどうか,それが,その人の人生をどれだけむなしいものにしているかどうかを決定づけているのです。
宗教ではこれを「業」といいます。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

