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「精神的な断捨離」についてはすでに書きました。今日は「物質的な断捨離」です。
歳をとると,モノを買うとか,人と比べるとか,そういったことの価値感がまったくわからなくなってきました。
買うまでは欲しかったモノでも,一旦買えばそれが家にたまるだけで使うこともあまりない,そんなモノがたくさんあります。私の興味のあるカメラでも,新しいシステムカメラを買ったところでそれを使う時間すらあまりないから,結局,使わず家にため込むだけだということが,これまでの経験で身に染みました。私も昔は欲しいモノだらけでしたが,やっとそういうモノを手に入れても,すぐに新製品が出てきて,また新しいモノが欲しくなることはいつものこと。あるいは,売れ行きがよくないと,ユーザーのことなどお構いなしに,そのメーカーが撤退して裏切られることもいつものことなのです。
そんなことを思い出すと,結局,衝動的に買いたくなるモノで本当に必要なモノなど,ほとんどないことに気づきます。
といいながらも,周りを見回すと,ここ何十年も使ったことのないモノやら着たことのない衣服やらがいくらでも出てきます。で,これらを断捨離しようと考えると,今度は逆に,捨ててしまったものに限って,ある日突然必要になったりすることも,また,まれではありません。捨てるときには要らないと思っても,何かの事情でそれが必要になることが少なくないのです。それは,捨てるときには必要がないと思ったモノでも,そのモノを買ったときにはそれが必要だという事情があったからで,捨てるときにはそのことを忘れているだけかもしれないからです。だから,断捨離は難しいのです。
このごろ,終活とかいって,身の回りを整理することが流行っていたりするのですが,これは時間のムダです。いざ本当に処分しなけらばならないとなれば,お金を出して業者に頼めば,一挙に廃棄などできてしまうのです。だから,生きている貴重な時間をそんなことに費やすのは愚というものかもしれないなあと,親の遺品を整理したときしみじみそう思いました。
お金を貯めるにはお金を使わなければいい,モノを減らすにははじめからモノを買わなければいい。これが大原則なのです。ということで,すでに買って持っているものは大切に使う,そして,衝動買いはしない。何か新たなものが必要になったときには,すぐにモノを買わずに,身の回りにあって今は必要がないと思っていたモノをまず思い出してそれで代用できないかを考えて,そのモノに活躍を場を与える。それさえ心掛ければ,少ない持ちモノでこころ静かに生きることができることでしょう。
「精神的な断捨離」ができれば「物質的な断捨離」もできる,そしてまた,「物質的な断捨離」ができれば「精神的な断捨離」もできるわけです。

