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 堺市役所から,反正天皇陵を通り,仁徳天皇陵経由して,履中天皇陵と3つの天皇陵の拝所を通り,もよりのJRの上野芝という駅まで,ずいぶん歩いてたどり着きました。お昼になったので駅の近くで食事でもと思っていたのですが,お店が何もなかったので和歌山駅まで我慢することにしました。
 阪和線というくらいだから,上野芝駅で乗れば一挙に和歌山市に行けるだろうと思い,そのまま来た電車に乗りました。ところが,電車はふたつめの鳳とかいう駅が終点で,そこで降ろされました。次に来る,前4両が関西国際空港で後ろ4両が和歌山へ行くという8両編成の電車に乗り替えるのだそうです。
 待ち時間が13分でした。この駅に何か食べるところがないかなと探すと,構内にそば屋が1軒あったのですが,わずか10分では食べるのもはばかられ,改札を出たところにコンビニがあったので,バカらしかったのですが,一旦改札を出て,コンビニでパンを買って,これを昼食とすることにしました。

 再び改札を通りホームに降り,電車が来たので乗りました。しかし,今度は,和歌山市には和歌山駅と和歌山市駅があって,その位置関係がさっぱりわかりません。そもそも,駅の名前の付け方からしてよくわかりません。名古屋に名古屋駅と名古屋市駅が,京都に京都駅と京都市駅があるようなものです。そもそも私はこれまで和歌山市にまったく関心がなかったのです。乗った電車の終点は和歌山駅で,和歌山市駅はそこからまた盲腸線のような支線に乗り換える必要があるのでした。
 で,一体,和歌山城は和歌山市のどこにあるのだろうと調べてみると,それは和歌山駅と和歌山市駅の中間あたりでした。ならば和歌山駅から歩けばいいではないかということで,終点で電車を降りてお城まで歩くことにしました。
 降り立ったJRの和歌山駅周辺は,正直言ってかなりさびれていて,想像以上に活気のないところでした。三重県の四日市市のJRの駅の周辺に似ていました。日本の地方都市というのは,どこもみなそんな感じです。栄えているのは東京だけです。日本はオリンピックなんてやっている場合じゃないんです。
 駅前通りのアーケード街は,御多分にもれずシャッター商店街で,人通りもほとんどありませんでした。なのに,景気づけなのか活気づけなのかずっと民謡のような音楽がかかっていてやかましいというか,まったく歩いていて楽しくありません。ここの商店街のお偉い人はこういう趣味なのでしょう。なんだかなさけなくなってきました。
 ずっと西に向かって大通り沿いに歩いて行ったのですが,和歌山城まではかなりの距離がありましたが,やがて,やっとお城が見えてきました。
 和歌山城は,江戸時代,徳川御三家のひとつ紀州家の居所,いわば,老舗です。だから,威厳があるだろうと思っていたのですが,天守閣はかなりの石段を上ったところにあり,私は上るのにへろへろになりました。昨年行ったオーストリアのザルツブルク城はもっと険しかったのですが,ザルツブルグ城と違うのは,和歌山城はおどろくほど閑散としていて,観光客もまばらで,しかも,ぼろっちいお城でした。お城の中の展示もなさけないほどのモノでした。ただし,「和歌山城おもてなし忍者」とかいうかわいいくノ一が数少ない観光客にいちいち声をかけては一緒に写真を撮ってくれたので,それだけはいいところだなあ,と思いました。

 ところで,私が興味があったのが,どうしてこんな辺境の地が,江戸時代には重要な場所だったのだろう,ということでした。そこで調べてみました。
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 その昔,今から50年近くまえの大河ドラマに「国盗り物語」というものがありました。司馬遼太郎作品で,主人公は斎藤道三と織田信長。この作品でかっこよかったのが,林隆三という俳優さんが演じた鉄砲の名手であり,織田信長を苦しめた雑賀孫市でした。その雑賀衆の住んでいたのが和歌山市,だったわけです。そんなわけで,戦国時代から江戸時代のはじめはここは重要な軍事拠点,鉄砲というのが戦国時代の最新兵器であって,その武器庫だったのです。それで納得しました。しかし,今となっては,特に何もないところです。これ以上のことはまた後日書くことにします。
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 お城の帰りに博物館に寄ってから,私は和歌山城を後にして和歌山市駅まで行き,南海電車の乗って大阪に戻りました。南海電車のほうは終点が和歌山市駅なのです。帰りは新今宮駅で環状線に乗り替えました。
 大阪駅に戻る途中,ひとつ前の福島駅で降りて,福島駅近くにある将棋連盟関西本部にある将棋メシの聖地「レストランイレブン」に寄って,「珍豚美人定食」なるものを食べました。この日,ちょうど対局のあった藤井聡太七段の食べた昼食のメニューが同じものだったということを,帰宅後に知りました。
 帰り,東海道線が強風で遅れが生じていたのですが,常日ごろ,うるさいくらい車内放送がかかるのに,電車の遅れやら接続する電車の情報となると全く流れないというのもまた,日本らしい現象でした。要するに,これぞ日本,どうでもいいことはくどいほどの情報を流すのに,必要な情報はいつも全く流れない,というわけなのです。
 しかしまあ,こういった,ある意味どうでもいいプチ旅行というのは悪くないものです。