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 稲沢市は中央を南北に名鉄が走り,そのはるか東2キロメートルほどのところを南北にJR東海道線が走っているので,名鉄の国府宮駅とJR東海道線の稲沢駅間の乗り換えは不便です。また,名鉄もJR東海道線も高架でないので,踏切で絶えず道路が混み合います。
 一方,美濃路は稲葉宿を過ぎると南西に進み,まず,現在の名鉄を越え,さらに,JR東海道線をも越えたところでJR東海道線に沿って名古屋に向かいます。稲葉宿の次が清須宿になります。

 JR東海道線の踏切を越えてすぐに旧街道があるのですが,その西側に平行に現在の県道が走っているので,わざわざ通らない限り,旧街道は見過ごされるので,稲沢市に住んでいる人にも,このあたりの住民でなければ縁の浅いところです。
 どこも同じですが,旧街道が現在の自動車道にならず,その近くに今も存在している限り,それに気づくことは少なく,わざわざ徒歩で行ってみて,こんな道があったのかと驚くことが多いものです。
 その反対に,自働車道がないか,あっても旧街道の方が最短距離である場合,狭い道路が朝のラッシュ時には車で大渋滞を起こしているところもすくなくありません。しかし,ラッシュ時以外の時間なら,そこに代々住んでいる人以外はほとんど人が通らないことが多いので,旧街道歩きを楽しむことは可能です。こうした旧街道に気の利いたおそば屋さんとか喫茶店でもあればさらによいのですが,そもそも人が通らないので,そうした店があることのほうがまれなのが残念です。

 先に書いたように,稲沢市に住んでいる人の多くも,ここに旧街道があるという認識をもつ人は少なく,いくつか由緒ある寺があることも,当然知りません。
 亀翁寺は鎌倉時代に創建された古刹です。国の重要文化財に指定されている亀翁寺の木造虚空蔵菩薩坐像は南北朝時代の寄木造で,25年に一度だけ開帳されるそうです。
 亀翁寺から450メートルほど北に行くと左手に長光寺の山門が現れます。門前の街道沿いには 「左京都道大垣道,右ぎふ並浅井道」と刻まれた四ッ家追分の道標が立っていて,ここが岐阜街道(旧鎌倉街道)と美濃路との追分となります。長光寺の入口には仁王門があります。長光寺は平忠盛の五男であり平清盛の弟であった平頼盛の寄進で創建され,足利尊氏が祈願所とし,織田,徳川の保護を受けた古刹なのです。長光寺の境内の地蔵堂は室町時代の1510年(永正7年)建立の六角円堂形です。六角堂に祀られる本尊鉄造地蔵菩薩は文暦2年(1235年)の銘を持ち,足利尊氏は勝軍地蔵と崇め,また,国家に変事があると全身に汗をかくというので、汗かき地蔵ともいわれるそうです。また,堂の正面にかかる大鰐口には永和2年(1376年)の銘があります。寺の奥にある臥松水は織田信長のお気に入りの井戸だったといわれています。
  美濃路と岐阜街道の分岐点の四ッ家追分には「下津,一宮,黒田を経て岐阜へ向かう鎌倉街道。 後の岐阜街道と稲葉・萩原・起を過ぎて垂井へ向かう美濃街道との分岐点である」と書かれていますが, かつて,ここには茶屋が数軒あり,うどんが名物であったということです。

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十三夜の月

十三夜の月は後の月,栗名月ともいいます。隣には大接近中の火星が見えました。
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