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●美しきワシントンパーク●
 ポートランドのダウンタウンから西に2キロメートルほど行くと高台となるが,そこには159エーカー,640,000平方メートルの広大なワシントンパーク(Wasington Park)という公園がある。ここには,日本庭園とローズガーデン(International Rose Test Garden),動物園,そして,ピトック邸(Pittock Mansion)がある。こうした広大な公園のある都会はすてきだ。
 外国にある日本庭園には,けっこういい加減なものや,日本人が訪れると首をかしげるところもあるが,ここの日本庭園はアメリカで一番すばらしい日本庭園といわれるだけのことはあって,かなりのホンモノで,多くの観光客が訪れていた。
 それにしても,こうした日本庭園は,造ることはもとより,それを維持するほうがずっとたいへんだろう。
 また,バラのシーズンは5月から6月で,私が行ったのは8月だったが,ローズガーデンにはけっこうな数のバラが咲き誇っていた。

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 日本庭園は,1958年,ポートランド市と札幌市が姉妹都市となったのを記念して造園された本格的なものである。
 オレゴン日本庭園協会が計画し,デザイナーの戸野琢磨氏にもと,5.5エーカー,22,000平方メートルの敷地に,白砂の美しい平庭やアヤメが植えられた池泉回遊式庭園,花心邸と名づけられた茶室がある露地庭,東屋や竹垣がアクセントなっているナチュラルガーデン,枯山水の禅庭など,5つの日本庭園が森の中に配されている。
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 ローズガーデンは,ダウンタウンを見下ろす丘に700種8,500株以上のバラが咲き誇るアメリカ最古のバラの試験場である。
 ポートランド市内を走るタクシーや警察の車に一輪のバラの絵が描いてあったり,5月の下旬から6月の下旬にかけてローズ・フェスティバル(Rose festival)というお祭りが開催されていたり,ポートランンドの女子サッカーチーム「ソーンズ」(Thorns)はバラの棘を意味していたりと,ポートランドは「バラの街」といわれてる。
 1888年,オレゴン州最大の新聞社「オレゴニアン」(Oregonian)の創業者ピトックの夫人がバラ協会を設立し,1901年に弁護士ホルマンが「ポートランドをバラの街に!」と新聞に記載したことが後押しとなって「バラの街」といわれるようになったのがはじまりである。
 ローズガーデンは1917年に作られた。現在では,アメリカで無料観覧できる場所ベスト10に選ばれたり,最優秀庭園に選ばれたりしているこの庭園には,年間50万人の観光客が訪れるという。
 毎年,ポートランド市内の高校生からローズ・クィーンがひとり選ばれ,6月のローズフェスティバルでヒロインとなる。通路には歴代のローズ・クィーンのサインが刻まれたプレートが埋め込まれれている。
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 ワシントンパークで最後に行ったのがピトック邸であった。
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 ヘンリー・ルイス・ピトック(Henry Lewis Pittock)は1835年に生まれ,1919年に亡くなったイギリス生まれのアメリカの開拓者であった。新聞の編集者であり,共和党の政治家,そして,市民活動家であり,また,熱心なアウトドアマンで冒険家だった。はじめ週刊として発行された「オレゴニアン」(Oregonian)はのち,日刊紙として,今もオレゴン州最大の発行部数を誇るが,ヘンリー・ルイス・ピトックは,この「オレゴニアン」の創設者である。
 ピトック邸は,ヘンリー・ルイス・ピトックが自分と妻のために建てたルネッサンス風の大邸宅であるが,現在は,ポートランドの発展におけるピトックと彼の家族の役割を記録した博物館として運営されている。
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 ピトック邸の広い庭からは,見事なポートランドの街並みを見ることができた。

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