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 いかにこころ落ち着く日々を過ごすかを話題にしています。
 まず,情報はできるだけ遮断してしまおう,と書きました。次に,モノを買うのは必需品以外はやめましょう,と書きました。そうして,家で過ごすときは,本を読んだり,音楽を聴いたり,旅をするときは,人の少ない自然の中を,なるべく予定を立てずに散策する,これだけを心掛けるだけで,日々がとても楽しくなります。
 そもそも,地球上に生き物がいなくても何の問題もないのです。それが,創造主の気まぐれで,何かの偶然で人間ができてしまった。そして,そこに自分が宿ってしまったというだけのことなのです。未来永劫などない,そして,人間がこしらえた地位だの名誉だのに何の価値もないのです。さまざまな価値観や道徳もまた,人が作っただけのものです。だから,何事も難しく考えずに,宿っている間を楽しく過ごせばいいのです。と書いてきました。
 今日は,日々をより楽しくすごすための音楽の話題です。

 私はこれまで,時にはコンサートに出かけ,行くことができないときは,テレビやラジオなどで音楽に親しんできました。その多くは,クラシック音楽です。クラシック音楽のよさは,それに関する芸術やそれが生まれた歴史などを深く知れば知るほど,よりおもしろく聴くことができることです。ここ数年,オーストリアやフィンランドに出かけて,そのことがよりわかりました。オーストリアではハイドンやマーラー,フィンランドではシベリウスの音楽のおもしろさを再発見することができました。そうした音楽は,やはり,ライブで演奏を味わうに限ることもわかりました。
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 とはいえ,いつもライブで演奏を聴くわけにはいきません。しかし,このごろ,私がとても残念に思うようになったのは,テレビなどの映像で音楽を味わうことが苦痛になってきたきたことがあります。その理由はふたつあります。
 そのひとつは,数年前の演奏を見るとき,演奏家の昔の姿を見るのに耐えられなくなってしまったことがあります。人はだれでも平等に老いるのです。しかし,楽しむための音楽で,老いを感じてむなしくなるのはせつないのです。マエストロや演奏家が年々老いていく姿を見るのがつらいのです。
 そしてもうひとつは,今年のコロナ禍で,ステージ上で一部の奏者がマスクをして演奏している姿を見たくないのです。観客は別として,演奏者が,リハーサルならともかく,私語を発するわけでもなく飛沫が飛ぶわけでもないのだから,予防効果はなく感染者が自分の飛沫が飛ぶのを防止するのが目的であるマスクなど全く意味がないのに,あの姿はいただけません。まるで下着姿で出てくるようなものです。また,感染者であるなら当然ステージに上がってはいけません。力士がマスクをして相撲をとるのと同じです。
 日常を離れて音楽に没頭したいのに,あれでは台なしです。
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 というわけで,私は,自宅で音楽を楽しむには,映像を見ることはやめて,音楽だけを聴くことのほうがずっと楽しいということに気づきました。それは何もクラシック音楽に限ることではありませんが,映像から離れてみると,何と音楽がよりすばらしく聴こえることか。それは新鮮な驚きでした。
 コロナ禍は,こんな,当たり前のことを気づくことができただけでも,意味があったのかもしれません。これもまた,塞翁が馬でした。

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