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日々やすらかに生活するために,テレビのニュースやウェブからの情報を遮断して,再び紙媒体の新聞だけを読むようになったと書きました。そうして,改めて新聞を読んでみると,新聞には突っ込みどころが満載です。それがまたおもしろいというか,ちゃちゃを入れていると退屈しません。そこで今日は,その一例として,2020年10月10日の朝日新聞be版にあった「生まれ変わったら日本人になりたい?」という記事をとりあげてみます。
記事の中にも記者の反省の弁がありましたが,この質問自体が間違っています。この記事には「生まれ変わったら日本人になりたい?」という質問の次に「日本以外で生まれ変わるならどこ?」という質問があるのですが,このふたつは並列したものではありません。ふたつめにそのような質問をしたいのなら,はじめの質問は「日本に生まれてよかったか?」「生まれ変わるとしたらまた日本に生まれたいか?」というものでなければなりません。また,この質問の回答を読むと,どうやら,回答者は「日本人に生まれたいか?」ではなく,「日本に住みたいか?」と解釈して答えているようです。
また,かつて,大相撲で「日本人横綱」という言い方が問題となりましたが,一般の人が会話の中で使うならともかく,マスコミが容易に「日本人」という言い方をするようではその時点で失格です。配慮なさすぎです。日本人というのが民族のことをいっているのか,国籍のことを言っているのかわからないからです。しかも,日本人といっても,そこには,歴史的に多くの問題を抱えています。
いずれにしても,この種の質問は,「生まれ変わるとしたらまた男(女)に生まれたいか?」(とはいえ,第3の性を考慮する必要があるので,この質問も配慮が必要ですが)というものと同様,質問に無理があります。それは,リンゴとみかんの両方を食べてみて,その結果「どちらが食べたいか」ということとは違い,その一方のみの経験しかできないのに,どちらがいいかと質問をしているようなものだからです。しかし,「生まれ変わるとしたらまた男(女)に生まれたいか?」という,もうひとつの立場に立つことが不可能な質問よりは「生まれ変わるとしたらまた日本に生まれたいか?」のほうが,生まれるということは無理としても,外国生活を長くした経験があればその経験をもとにして比べることは可能だから,少しはましなのかもしれません。そういったことを考えると,海外で生活をしたことがある人とそうでない人とでは,おのずから回答が異なるから,それを考慮せずに集計しても,本当の結果はわからないのです。
また,「日本に生まれてよかったか?」という質問だったら,〇〇という国に生まれるくらいなら日本のほうがマシ,という前提で「日本に生まれてよかった」と答える人もあれば,〇〇という国に生まれることができるのなら日本よりいい,と考える人もあるから,こうした質問の答えは,より高い理想を持つ人と,まず最悪を考える人によって,変わると思います。
ともかく,こうした質問の答えとして,日本がよいと答える人の多くは,実際に外国に生活をした経験のない人や海外の現状を知らない人が多いと私は思います。そしてまた,ふたつめの質問である「日本以外で生まれ変わるならどこ?」についても,実際にその国で生活をしたわけでもない人には,それは単にその人がその国に抱くイメージでしかありません。
この記事の「また日本人に生まれたい」という人の理由は,「また日本人に生まれたい」ではなく「また日本で暮らしたい」という意味での回答だと思うのでちぐはぐです。
それはともかく,その理由で「治安・秩序が保たれている」というものが最も多かったのですが,私には納得がいきません。確かに物騒な国はたくさんありますが,その逆に,日本より「治安・秩序が保たれている」国はほかにもたくさんあります。日本では,殺人事件こそあまりありませんが,窃盗は少なくないし,振込め詐欺が横行しお年寄りには暮らしにくい国だと思うし,車の運転は傍若無人だし,日本人は人の目がなければ平気でごみは捨てるしやりたい放題なので,本質的には日本は無秩序な国だと私は思います。
また,理由の3番目に「自然が美しい」という回答がありましたが,これだけ自然が破壊され,野山を歩けば廃墟だらなのに,それはないよと思います。それはよほど外国を知らない人の意見です。日本は,京都の庭園のような,手をかけた人工の美しさは確かにすばらしいけれど,自然と限定して考えれば外国の自然のほうがずっと美しいです。富士山だって遠くから見れば美しいけれど実際はゴミだらけだと聞きます。それに比べたら,アメリカの国立公園などはゴミひとつなく,また,人工物の建設なども制限されていて,自然が守られています。日本はどこに行ってもゴミだらけ廃墟だらけです。オーストリアやニュージーランドの山村地帯など,日本の信州などに比べたら,比較にならないほど美しいです。
私は,幸いにも,これまで,多くの国に行くことができて,どの国も,いいところもあればよくないところもある。そして,その人の生き方によって,住みやすい国とそうでない国は異なってくるということを実感しました。また,人もそれぞれで,どの国でも,親切な人もいれば,そうでない人もいるのは当然なので,一般論では語れません。
そうしたことを含めて,私の経験からは,芸術や歴史に触れるなら文句なくオーストリア,自然が美しいのはニュージーランド,星を見るならオーストラリア,スポーツ鑑賞や大自然のなかでアウトドアに興じるならアメリカ,心豊かに生活するならフィンランドに住みたいと思うようになりました。
日本のよさというのは,食べ物に尽きますが,日本で嫌いなのは,何といっても人が多すぎることと,自然破壊がひどすぎることです。そして,人が陰湿で,クレーム大好き,裏表ありすぎ,責任のがれのやったふりばかりだということです。
日本は,地理的に,海外のどこに行くにも中途半端に遠いのですが,考え方を変えると,どこに行くにも9時間で行くことができるから便利だともいえます。オーストラリアやニュージーランドに生まれても,歴史のないこうした国ではアウトドア好きならともかく,することがなくなって退屈します。オーストラリアやニュージーランドから海外に行こうと思っても東南アジアや日本以外の外国はヨーロッパもアメリカも遠すぎます。また,競争社会のアメリカでは,才能なく生まれたら生きるのがたいへんです。暮らすという意味では,フィンランドやオーストリアなどに生まれたのなら,日本よりマシだったかな,と私は思います。
現実は,好むと好まざるにかかわらず日本に生まれちゃったので,日本ではおいしい食事を楽しみ,日本でしかない文化を楽しみ,ときどき海外に出かけては日本にないよさを味わうのが一番かな,と思ってこれまでずっと生活してきました。しかし,今は海外に行くことができないので,多くの楽しみが奪われてしまい,とても残念です。

