今から40年以上前は,日本将棋連盟の建物といっても,東京も大阪も1軒家のようなところだったようです。時の名人だった大山康晴が会長となって尽力して,ともに立派なビルができましたが,おそらく,それを作るのはすごく大変なことだったと思います。
そうして作られた関西の将棋会館ですが,館内に将棋博物館があるというので,できたころに一度行ったことがあります。それはつい昨日のような気がするのですが,ずいぶん昔のことだったわけです。また,できたばかりの東京の将棋会館の地下には確か「歩」(あゆみ)とかいう名前のレストランがありました。
今は,東京の将棋会館の地下のレストランはなくなり,関西の将棋会館の地下の将棋博物館もなくなったようですが1階にはレストラン「イレブン」があります。
このごろは将棋メシといって話題となるので,このレストランも有名になりました。将棋連盟の建物内にあるとはいえ,将棋連盟が経営しているものはないということすら知りませんでした。私はてっきり社員食堂や大学の食堂のようなものだと思っていました。
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話題になったので,一度は行ってみようと思ったのですが,休業日だったりして,なかなか実現しませんでした。それが昨年やっと寄ることができて,私は,そこで写真にある「珍豚美人」(ちんとんしゃん)を注文しました。これは豚のてんぷらにセサミソースをたっぷりかけ,つけ合わせとしてマッシュポテトとニンジンがついたものです。
中途半端な時間に行ったので,だれか棋士の先生がいないかな,と期待したのですが,だれにも会うことなく,残念でした。
また行って,今度は藤井聡太二冠の好物である「バターライス」でも注文したいなあと思っているのですが,このご時世ではなかなか実現しません。
と思っているうちに,40年も経って老朽化し,また,手狭になったので,関西将棋会館が高槻市に移転することが決まったそうです。将棋で町おこしをしようと考えた高槻市に拍手です。しかし,レストラン「イレブン」は移転しないということです。また,東京の将棋会館もどこだかのビルに移転するようです。
大阪にまったく詳しくない私は,高槻市なんて,大阪市からすごく遠いイメージなのですが,調べてみると,京都市と大阪市の中間あたりで,まったくそんなことはないのでした。私が知る高槻市は戦国時代のキリシタン大名である高山右近です。さらに調べてみると,この辺りはおもしろい史跡がたくさんあるようなので,また,世の中が落ち着いたら行ってみたいと思いました。きっとそのころには,移転なった新しい関西将棋会館ができていることでしょう。
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高槻周辺はキリシタン大名として有名な高山右近の領地であったことから,熱心なキリスト教信仰の地として知られ,1581年(天正9年)には,領民の70パーセントを超える1万8,000人がキリシタンとなっていました。
高山氏よりも前に城主だった和田惟政も宣教師フロイスと親交があり,キリスト教を積極的に受け入れ,キリシタン文化の定着に寄与しました。
高山氏の居城であった高槻城は,江戸時代には岡部氏を経て高槻藩永井家の居城となっていましたが,明治に入り廃城となり,高槻城の跡には「陸軍工兵第四大隊」が置かれました。
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将棋メシの話に関連して,以前東京に行ったとき,千駄ヶ谷の東京将棋会館近くの,これもまた,将棋メシで有名なレストランや食堂を巡ってみました。そして,「みろく庵」で食事をしてきました。私が行ったときは,まだ,「みろく庵」が閉店するまえだったので,そんなことは知らず,これもまた,行っておいてよかったと,後になって思ったことでした。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは







