佐渡の最北端・鷲崎から二ツ亀を通り尖閣湾までの約50キロメートルの地域を外海府といいます。佐渡島で最もダイナミックな景観と透明度の高い海など,手つかずの大自然が残っている地域です。
二つ亀というのは,沖の島と磯の島のふたつの島がくっついていて二匹の亀がうずくまっているように見えることからくるよび名だそうです。どちらが沖の島でどちらが磯の島なのかは私が調べた限りわかりませんでしたが,名前から判断すると手前が磯の島で奥が沖の島でしょう。
佐渡島は沖縄などの南の島とは違って,海で泳ぐために遠いところからやってくる,というイメージはないかもしれませんが,二ツ亀には海水浴場があって,屈指の透明度を誇り,日本の快適水浴場100選にも選ばれています。私が行ったときはシーズオフだったので,ほかにだれもおらず,寂れた感満載でしたが,果たして,ハイシーズンだとどうでしょうか。
ここにはSADO二ツ亀ビューホテルがあって,広い駐車場に車を停めることができました。私の車以外に車はありませんでした。
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景勝地を望む佐渡最北端のリゾートホテル・SADO二ツ亀ビューホテルは二ツ亀を眼下に見下ろす全室オーシャンビューで,ラウンジや大浴場からの眺望も見事です。ダイビング,釣りなどさまざまなアクティビティの拠点として最適です。
鷲崎漁港で揚がる魚介をはじめ,佐渡食材を使った料理には定評があり,レストラン「 サンセット」でも新鮮な海鮮料理をいただけます。
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というのがウリですが,宿泊代金は結構な金額でした。
昨年行った八重山諸島の小浜島にあったリゾートホテルもそうでしたが,こうした場所はどこもさびれ感満載なのです。これは,コロナ禍の影響なのか,それとも私が行く時期がオフシーズンだからなのか?
海岸までかなりの坂を降って行くと展望台があって,二ツ亀がきれいに見えました。砂州が二ツ亀までつながっていたのですが,帰ってから調べてみると,いつもつながっているわけではなく,私が行ったとき,たまたま干潮だったかららしいので,このチャンス,歩いて渡るべきでした。
二ツ亀から西に少し行ったところには大野亀がありました。こちらは標高167メートルの1枚岩が海に突き出しているものです。頂上には善宝寺石塔があり,登ると外海府の全貌を一望できるそうですが,私は行きませんでした。なお,二ツ亀,大野亀の「亀」というのは,亀の形をしているという意味のほかに,亀というのは,アイヌ語のカムイ,つまり,神聖な島を意味することからともいわれているそうです。
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二ツ亀から大野亀に至る約4キロメートの海岸線には自然遊歩道があって,海を見ながら散策をすることができ,その途中には,洞窟内に無数のお地蔵様がまつられた「賽の河原」もあります。
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とあって,自然遊歩道を歩いて「賽の河原」へ行くこともできたのですが,また戻ってこなくてはならないので,これもまた,行くのをやめました。
そのようなわけで,徹底的に軟弱な私は,再び来るとは思えないこの場所なのに,そのほとんどを断念してそのまま車に戻り,大野亀まで車で向かいました。この日の私はまったくもって行動的ではありませんでした。
道路を走っていくと,大野亀の手前に「賽の河原」という道路標示がありました。一旦は行くのを断念したのに,その道路標示に沿って行けば,長い距離を歩かなくても車で「賽の河原」に行けるんだ,と勘違いした私は,その道路標示に従って,車を海岸線に向けて右折しました。坂道を下っていくと,そこにあったのが,願(ねがい)という名前の集落で,そこにも駐車場がありました。
ここでやっと悟ったのは,「賽の河原」に行くには,ここに車を停めて,自然遊歩道を歩くのだということでした。何をどう思ったのか,今もってわからないのですが,今度は,私は「賽の河原」を目指して,海岸に沿って,道なき道を歩き出したのです。しかし,よくよく考えるに,先の二ツ亀から自然遊歩道を西に向かって歩くよりも,この願から自然遊歩道を東に向かって歩く方が,「賽の河原」まではずっと遠かったのです。
二ツ亀から大野亀の地域はパワースポットとしても知られているそうです。願の集落から「賽の河原」までは徒歩で15分くらいでしたが,岩場を歩くので疲れました。「賽の河原」は海食洞穴で,そのなかに「地蔵菩薩」を中心に無数の石地蔵が静かに並んでいました。
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「賽の河原」というのは,仏教の世界観の「三途」,その川のほとりのことで,親を遺して亡くなった子供たちが集まる場所です。
子供たちは小石を拾ってはひとつずつ積み上げて塔を作ろうとします。これは毎日12時間もかけて行う苦行ですが,その涙ぐましい行為は,塔が完成する前に鬼が出てきて石を崩してしまうので,必ず徒労に終わります。子供はこうして毎日虚しい苦行を繰り返しているというのが仏教の世界観で,亡くなった子供にとっても,子供を亡くした親にとってもあまりにも救いのない伝承です。
しかし,この伝承には続きがあります。
それは,子供たちの前に地蔵菩薩が現れて「私を冥途での親だと思いなさい」と抱きしめてくれるというものです。地蔵菩薩は地獄の入り口で死者を救う神様と考えられています。また,地蔵信仰は子供たちと結びつきが強く,安産や子供の病気の守護神としても敬われています。
昔は,出産で親子共々命を落とすことや,子供が育たずに亡くなることが多くあったので,遺された親を癒す必要があった時代だっだから生まれた伝承でしょう。
法華経には「童子の戯れに沙を聚めて仏塔を作る」とあり,これは,「子供が戯れで作ったとしても,仏塔を作ればそれは功徳を積んだことになる」という意味で、これが「賽の河原」につながったといいう説があるそうです。
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「賽の河原」とよばれる場所は,佐渡島のここ以外にも,青森県むつ市の恐山や長野県の木曽町の御嶽山にもあります。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは








