高知県立牧野植物園には,牧野富太郎記念館がありました。
立派な業績を残した学者さんでも,記念館がある人は多くはありません。牧野富太郎博士は,なんと幸せな人なのだろうと思いました。それとともに,高知県がいかに牧野富太郎博士を大切にしているのかがよくわかるというものでした。
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牧野富太郎博士は幕末の1862年(文久2年)に現在の高知県高岡郡佐川町に生まれ,1957年(昭和32年)に94歳で亡くなった植物学者です。私が生まれたときは,まだ,御存命だったわけです。
豊かな自然のなかで育ち,幼少から植物に興味をもち,独学で植物の知識を身につけていきました。2度目の上京のとき,現在の東京大学理学部植物学教室への出入りを許され,植物分類学の研究に打ち込むようになり,自ら創刊に携わった「植物学雑誌」に,新種ヤマトグサを発表し,日本人として国内ではじめて新種に学名をつけました。また,「牧野日本植物図鑑」を刊行しました。
生涯で収集した標本は約40万枚,蔵書は4万冊を越えます。また,新種や新品種など1,500種類以上の植物を命名しました。
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2023年前期のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公は牧野富太郎博士をモデルにしているのですが,史実とは異なっていることも多々あるそうです。
ドラマはドラマ,フィクションなので,それはそれで問題はないのですが,「らんまん」は元気が出るすばらしいドラマだったと思うし,牧野富太郎博士の生涯を,あく抜きして,なぞっていたように私は思います。
牧野富太郎博士に限らず,明治生まれの人には,今の時代には決して現れないであろう,こうした,ある意味,仙人のような人がいます。私は,そうした人の生き方に憧れます。
以前,ブログに「私は「高等遊民」になりたい」と書いたのですが,果たして,牧野富太郎博士は「高等遊民」だったのでしょうか? いや,「高等遊民」にしては,天賦の才能が有りすぎます。私は,「高等遊民」に憧れていても,決して,牧野富太郎博士ようにはなれません。それは,私には,天賦の才能がないからです。
将棋の藤井聡太竜王名人やMLBの大谷翔平選手のように,天賦の才能をもって生まれた人は,選ばれた,それを生かすことができる人だけに宿るように,創造主は授けるのでしょう。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは












