DSC_1881DSC_1871

佐川町の街中から少し歩いて行ったところに,牧野富太郎博士の墓があるということなので,行ってみたいと思いました。歩いて行くと牧野公園がありました。どうやら,お墓は公園の中にあるようでした。さすがに,団体ツアー客は,ここまではやってきません。静寂の中,すてきな時間を過ごすことができました。
  ・・・・・・
牧野公園は,日本の桜名所100選,高知を代表する花見どころということですが,それは,1902年(明治35年)に牧野富太郎博士が東京からソメイヨシノの苗を送って,それを地元の有志が青源寺の土手などに植えたことにはじまりました。そして,1958年(昭和33年)といいますから,牧野富太郎博士が亡くなってすぐ,公園内に町道が完成したときに牧野公園と称することになったそうです。
  ・・・・・・

牧野公園に差しかかる坂道を上りはじめると,まず,保育園があって,その先に青源寺がありました。
  ・・・・・・
清源寺は,1603年(慶長8年)にこの地を治めていた筆頭家老・深尾家の菩提寺として創建された,臨済宗妙心寺派の寺院で,春は桜,秋は紅葉の彩りが非常に美しい庭園は,同じく,佐川町にある乗台寺と共に,土佐三大名園のひとつで県指定文化財となっています。
枯淡の味わい深い庭園で,禅林の風格を持った簡素さが特徴といいます。先に書いたように,「らんまん」では「名教館」として登場しました。
  ・・・・・・

牧野公園は,結構歩き甲斐のあるところでした。坂を随分と上っていったその中腹に、牧野富太郎博士の墓がありました。
そういえば,私は,先日,東京の谷中霊園の牧野富太郎博士の墓に行ったばかりです。牧野富太郎博士の墓がどうして2か所にあるかというと,生前「佐川に帰りたい」と言っていたことから,亡くなった翌年に分骨が埋葬されたということです。墓の裏には「バイカオウレン」の群生が広がっていました。
帰り道,「うさぎ堂」という休憩所があったので,そこで少し休憩することにしました。ここの名物はわらび餅ということで,所望しました。とてもおいしかったのですが,お腹がふくれてしまいました。

佐川町はとてもすてきな町でした。泊まるところもあるようなので,今度は,この町で1泊してみたいと思いました。

DSC_1882DSC_1853DSC_1857 DSC_1863DSC_1862 DSC_1859DSC_1860 DSC_1875DSC_1880DSC_1878DSC_1884


◆◆◆
「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

💛
過去のブログの一覧は ここ をクリックすると見ることができます。