【Summary】
After visiting the Mint, I stopped at Cocoon City, then visited Hikawa Shrine, drawn by its status as Musashi Province’s ichinomiya. The text explains ritsuryō institutions, shrine classifications, and ichinomiya rankings. Hikawa Shrine, an ancient Izumo-linked sanctuary with vast grounds, symbolizes early eastern governance and reveals deep pre-Edo regional history.
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造幣局を出て,ほど近いところにあった巨大ショッピングモール「コクーンシティ」(COCOON CITY)に行って,昼食をとりました。ここは,片倉工業の製糸場跡地に開発されたもので,コクーン1からコクーン3で構成された約270店舗を擁する県内有数の大型施設です。なぜか,ニュージーランドのクライストチャーチにあったモールを思いだしました。
昼食を終えて,鉄道博物館に行く途中で見つけたのが氷川神社でした。私は,この神社が武蔵国の一宮ということに惹かれて,行ってみることにしました。
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養老律令が作られたのは,728年(養老2年)のことでした。1867年(慶応3年)に王政復古の大号令が発せられたとき,摂関政治の廃止を謳い律令時代に戻す宣言が行われ,養老律令で定められた規定が採用されました。大日本帝国憲法が施行されるまで,養老律令が日本の憲法ということになります。
養老律令によると,令制国の国司が政務を執る施設である国庁が置かれたのが国府で,国府付近には,国庁のほかに国分寺,国分尼寺,総社が設置されました。総社とは,特定地域内の神社を合祀したものです。このように,一般に神社といっても,その成り立ちは様々です。式内社というのは延喜式によって官社に指定された神社の一覧(延喜式神名帳)に登載された神社のことで,いわば,公認の神社ということです。
一宮とは,令制国ごとに最も格式が高いとされた神社のことで,10世紀から11世紀ごろに成立したとされます。国司がまず参拝する筆頭神社として扱われ,多くの一宮が現在でも〇〇国一宮として信仰されています。一宮に次ぐ二宮,三宮もありますが,全ての国にあるとは限りません。また,一宮は地域内での筆頭であって,全国的な序列ではありません。
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武蔵国では,一宮は東京都多摩市一ノ宮にある小野神社,または,氷川神社,二宮はあきる野市二宮にある小河神社,三宮は氷川神社,または小野神社,四宮は秩父市にある秩父神社,五宮は埼玉県神川町にある金鑽神社です。
大宮市の氷川神社は,全国に約280社ある氷川神社の総本社でもあります。
創建は約2,400年前とも伝わる非常に古い神社で,主祭神は須佐之男(すさのお),稲田姫(いなだひめ),大己貴(おおなむち)。
約33万平方メートルという広大な境内へは,2キロメートル以上続くケヤキ並木の参道を通って,朱塗りの楼門や美しい神橋を渡っていくことになります。
氷川神社の起源は,神話,古代祭祀,武蔵国の政治構造が重なり合って形成されたものです。
氷川神社の主祭神である須佐之男,稲田姫,大己貴は出雲系の神々です。古代における出雲系氏族の進出やヤマト政権の東国支配の一環として「出雲の神を東国に祀ることで地域を統合した」という説があります。つまり,氷川神社は東国経営の象徴として創建された出雲系の古社という位置づけになります。
社伝では,氷川神社の創建は紀元前473年(孝昭天皇4年)と伝えられていて,これは,非常に古い時代からこの地で祭祀が行われていた,という伝承の重みを示しています。氷川神社の周辺は縄文時代から人が住み, 湧水や台地の地形が聖なる場所として選ばれやすい環境でした。そのため,自然崇拝が出雲系神の祭祀と発展し,武蔵国の国家的神社となったと考えられます。
私は,関東というと,江戸幕府の創設以前は辺鄙な田舎,というイメージでしたが,さにあらず。いつも思うのですが,日本の歴史は,それはそれは奥が深いもです。
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