しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場を制覇し,南天・皆既日食・オーロラの3大願望を達成した不良老人の日記

カテゴリ:アメリカ合衆国50州 > ミシシッピ州

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●美しいアラバマ州へようこそ●
 今日の写真も,道路ばかりだが,ミシシッピ州のトゥペロからアラバマ州までがどういった風景であるか,をご覧いただきたい。こんなところ,その気になってわざわざ行かなければ,生涯無縁だろうから。
  ・・
 メンフィスからトゥペロに行く途中にあるブルースプリングスという町には,2011年にトヨタの工場ができたので,この辺りまでは,日本になじみのあるところかもしれない。しかし,そこからさらに南東に行くという動機がないだろうから, こんな道を走った日本人もほとんどいないと思われる。
 私がアラバマ州に向けて走っていったのは,そんな国道78であった。

 国道78は,この先南東に向けて走っていくと,アラバマ州に入っていくが,そこでインターステイツ22と名前が変り,アラバマ州の最大の都市であるバーミンガムまで行くことができる。インターステイツ22はそこで終了となる。
 バーミンガムからその先は,南北にはインターステイツ85が走っていて,南に行けば私が行きたかったモンゴメリー,北へ行けばナッシュビルまでいくことができる。また,東には南西からやってきたインターステイツ20とインターステイツ59の共用道路と合流し,バーミンガムでインターステイツ20は東方向にジョージア州のアトランタを通って,サウスカロライナへ行く。また,インターステイツ59は北東にテネシー州チャタヌーガまで行く。

 このように,この道は私がまだ行ったことがない,そして,ぜひ行ってみたいところに次から次へとつながっているのだから,今回の旅でどこまで行こうか迷っていた理由がこれでおわかりになるであろう。しかし,それでは帰れなくなってしまうので,やむを得ず,今回はそこまで行かないと決めた。
 そこで私は,バーミンガムまでは行かずに,この国道78を州境の近くまで走って北東に方向を変え,アラバマ州に入り,斜めにショートカットでナッシュビルを目指すことにした。ただし,そうすると,走る道路はインターステイツではないから,距離が短くても,時間がそれほど短縮できるというものではないかもしれなかった。しかし,インターステイツを走るよりも一般道を走るほうが,周りの様子がとてもよくわかるのだ。

 では,トゥペロからアラバマ州境までどのように走ったかを,先に書いておこう。
 まず,トゥペロのダウンタウンから州道178を西に少し走って,国道45に入り,北に向かって国道45をしばらく走って,今日のはじめに書いた国道78に乗った。そして,国道78をそのまま東南東へ走っていった。そして,州道23とのジャンクションまで行って,ショートカットをするために州道23に進路を変えて,北に向かって走った。さらにまた,少し走っていくと,道路は東西を走る178とぶつかり,ここを少し西へ,つまり少しだけ遠回りして走っていく。その間は,州道23との併用区間である。そして,再び,州道23は分離して北北東に向かって進む。
 そのようにして走って行って,アラバマ州との州境に至るのであった。
 インターステイツを走らないと,こんな複雑な進路になるのだが,ここに書いているのを読むのと実際に走るのとは大違いで,このあたりの一般道路は広く,信号も交通量もなかったから,とても走りやすかった。
 そうして,私は,予想よりも早く,ついに,念願のアラバマ州にたどりついたのだった。
 「Welcome to Alabama the Beautiful.」と書かれた道路標示が私を迎えてくれた。

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●エルヴィスの生家は我家より広い●
 「トゥペロ」(Tupelo)という町が,メンフィスから国道78を2時間くらい南東に走ったところにある。人口3万人ほどの小さな町だ。
 私は,全く知らなかったのだが,この町は,エルヴィス・プレスリーの生家があることで有名なのだそうだ。トゥペロへ行けば,私の行きたいミシシッピ州だし,そこから北上すれば,アラバマ州を経由して,テネシー州のナッシュビルへ行くことができるので,私は,急遽,トゥペロへ行くことを決めた。
 エルヴィス・プレスリーといえば,メンフィス郊外には「グレースランド」というプレスリーの豪邸だったところを展示・公開しているテーマパークがあるのだが,テーマパークという形にして,お金儲けをしているだけ… という感じで,私は行く気にならなかった。エルヴィスファンなら怒る話であろうが…。

 メンフィスの外周をインターステイツ240が走っている。アメリカの他の都会とはちがって,まるで,日本の都市高速のような道路だった。まず,そこを走って,道路標示に従って国道78に進路を変えて進んで行くと,やがて,郊外に出て,思ったほど遠くなく,トゥペルにたどり着くことができた。
 町は国道78の南側に広がっていて,町の手前で,州道178に乗り換えて,ダウンタウンに入った。
 トゥペロは,「地球の歩き方」に載っていた小さな地図でも迷うことない小さな町で,州道178は町の中央を東西に走るメインストリートとなって,そのまま走っていくと,町の東の外れに広い公園があった。その中に「エルビス・プレスリーの生家と博物館」はあったので,車を停めて,ビジターセンターで入場料を払って見学することにした。
 それほど広いところではなく,歩いて十分に回れるところであった。おもな見どころは,プレスリーの生家と子どもの頃に信心深い母親に連れられて通ったという小さな教会,そして,ビジターセンターに併設してあった博物館である。

 私はまず,教会へ行った。
 入口が閉まっていて,どうやって入るのか分からず,戸惑っていたら内側から扉が開いた。中には係員がいた。私と,もう1組カップルが中に入って,イスにすわったら,プリスリーの幼年期を説明する映画がはじまった。
 その次に行ったのが,プレスリーの生家であった。
 この生家は「ショットガンハウス」(Shotgun House)とよばれているそうだ。つまり,弾丸が突き抜けてしまうほど小さい,という意味だ。

 私は,これまでに,アメリカ建国時代を展示する様々なテーマパークで,その時代の民家の展示を数多く見たことがあるから,いわれるほど小さいものだとは思わなかった。というよりも,機能的に作られていて,むしろ住みやすそうな家であった。
 ここも,中に案内をする人がいて,この家やプレスリーについて説明をしてくれた。
 私は,自分の持っている旅行ガイドブック(「地球の歩き方」のこと)に小さい家だと書いてあったが,私が日本で住んでいる家よりずっと広いと思う,と話したら,大笑いされた。
 これまでにも書いたことがあるが,アメリカはどんなことも思想が一貫していて,ホテルの部屋も,広い家も,キャンピンクカーも,結局機能的には全て同じでとても使いやすく作られていて,日本の古い民家のように,家は大きくてもトイレが外にあったり,とかいう,非合理的なことがない。
 私は,この家で十分な広さだと思った。

 最後に行ったのが博物館であった。
 ここには,プレスリーのゴールドディスクや衣装などが展示されていた。また,土産物屋もあった。
 外にはプレスリーの愛用した車も展示してあった。
 プレスリーは,いわば,日本では美空ひばりのようなものだが,亡くなって何年も経つのにこうしたところが運営できて,今も多くの観光客が来るのが,また,アメリカらしいことである。
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 この博物館を見学し,私は国道78まで行って,国道をに南東に進んで,アラバマ州へ向かうことにした。博物館から国道78に向かう途中の一般道を走っていると,プレスリーが通ったというロウホン小学校(Lawhon Elementary School)があった。小学校の周りを走ってみたのだが,その帰りに道を間違えて,住宅街に入り込んで行き止まりになってしまったり,一方通行で州道に出られなくなったりと,何度も戸惑ったが,なんとか州道178に戻ることができた。

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