【Summary】
Watching Kyoto Secrets from the first season, the user feels Mitsuhako causes selfish turmoil around succession. Two themes stood out: the refined Japanese aesthetic of the slightly imperfect Thirteenth Night moon, and kafuku-kyūboku—the idea that fortune and misfortune intertwine like twisted ropes, shaping life’s unpredictable yet meaningful flow.
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残すはあと2回。
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女三代の継承の物語。
フランス育ちの洛は店を継ぐのか?広臣の母・嘉譽子は夫・譽太夫の隠し子を養子にすると言い出す。
広臣は東雲の紹介で橋の下に住む謎の男に洛と会いに行き…。
釉子に失恋した幸太郎は?
悟を再び訪ねた三八子は,料亭の女将・唯子と出会う。後の月の夜,鶴子は三八子に隠していた事実を告げる。
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ということなのですが,この物語は,第1シリーズから見ていると,三八子がひとりでおお騒ぎをしているとしか思えません。後を継がないと決めて,男を作ってパリに行ったと思えば,義理の娘・洛が跡と継ぐと決心してパリから帰国すれば,一緒についてくる。そして,洛が跡を継ぐ覚悟ができると,私が継ぐからといって,男に離婚を迫る…。これは,私がもっとも嫌いな姿です。自分のわがままで周囲をかき混ぜて,人には厳しく,自分だけはいい気になっている。まるで,どこかの政党みたい。
はたして,あと1回でどういう結末を迎えるか…。
さて,今回,私が気になったのが次のふたつです。
そのひとつは,後の月。
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後の月は十三夜ともいいます。
十三夜は,旧暦の13日の夜,主に旧暦9月13日の夜を指し,月見をする風習があります。
中秋の名月である十五夜の後に巡ってくるので「後の月」, 栗や豆の収穫祝いを兼ねているので「豆名月」「栗名月」,また,中秋の名月とあわせて「二夜の月」(ふたよのつき)ともいいます。
満月より少し欠けた十三夜の月が美しいというのは,極めて日本的な美意識だと思います。
平安時代に書かれた「躬恒集」(みつねしゅう)の,旧暦・919年(延喜19年)9月13日に醍醐天皇が月見の宴を催し詩歌を楽しんだというのが十三夜の月見のはじまりといわれています。
十五夜と十三夜のどちらか一方しか月見をしないことを「片見月」「方月見」といい,縁起が悪いとされています。さらに,旧暦の10月10日の十日夜(とおかんや)とあわせ,3日間月見ができると縁起がよいともいわれています。
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この不完全さがたまらなくいい,と私も思うのですが,「京都人の密かな愉しみ」では,月を京都の風流の象徴として幾度も描いているのにも関わらず,月の映像だけがいただけない。今回の後の月もまた,映像で出てきた月は,どうみても,月齢11,ひいき目に見ても月齢12の月でした。
もうひとつは,「禍福糾纆」(かふくきゅうぼく)。
「禍福糾纆」とは,人生の 災い(禍)と幸福(福)は,縄をより合わせたように交互にやってくる ということ。よいことと悪いことは切り離せず,互いに絡み合って起こるというたとえのことです。
「禍福は糾える縄の如し」(かふくはあざなえるなわのごとし)といい,人生では幸運と不運が交互にやってくるものだ。失敗のあとに思わぬ成功が来ることもある。まさに 禍福糾纆だ。ということです。
物理学で,ボールを転がすとき,平坦な面で転がすよりも,曲がりくねった(正弦曲線のような)面で転がしたほうが早い,というのが物事の真実を突いているのです。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは
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