【Summary】
Photographer Ruiko Yoshida, who inspired my admiration for America and Harlem, passed away in May 2024. Remembering her brings back my youthful passion. May she rest in peace.
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新聞もテレビのニュース番組も全く見なくなってしまったので,吉田ルイ子さんが亡くなったことを最近まで知りませんでした。
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吉田ルイ子さんは,1934年7月10日に生まれ,2024年5月31日に亡くなったフォトジャーナリストです。北海道の出身でしたが,小学校時代に同じ学校に通っていたアイヌの生徒への差別を目の当たりにしたことでジャーナリストの道を志し,慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後,1961年にフルブライト交換留学生として渡米しました。
ニューヨーク在住中にハーレムで撮った写真が高く評価されました。
1971年に帰国し,写真展「ハーレムーブラック・イズ・ビューティフル」を開催。また,ルポルタージュ「ハーレムの熱い日々」を出版。また,1982年にはサンリオ映画「ロングラン」で監督を務めました。
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私がかつてアメリカ50州を旅したり,ニューヨークのハーレムに行ったのも,すべては吉田ルイ子さんを知ったからにほかなりません。これまで何度か吉田ルイ子さんのことを書きましたが,吉田ルイ子さんの訃報を知って,私がアメリカに憧れていたころの気持ちを思い出しました。
私の手元には,写真集「ハーレム」が2冊あります。1冊は初版で,これは古書店で入手しましたが,中に,貴重な絵ハガキが紛れ込んでいました。
また,なぜか,映画「ロングラン」の台本があります。映画「ロングラン」は,若者がローラースケートでアメリカ大陸を横断する,というもので,その最後はニューヨークのワシントンブリッジをローラースケートで駆け抜けるシーン。これに憧れました。憧れは現実となったのですが,私が横断したのは,ワシントンブリッジではなくブルックリンブリッジだったし,ローラースケートではなく徒歩でした。
そうした何もかもが,今となっては昔のことです。
現在のアメリカには,当時の面影もなく,私も憧れがなくなってしまいましたが,私の若いころの熱い気持ちを今はまぶしく思います。
吉田ルイ子さんのご冥福をお祈りします。
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いじめられ,けんかし,愛したアメリカが,私は憎らしくて大好きだ。
America--I hate but I love.
吉田ルイ子「吉田ルイ子のアメリカ」
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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは
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