しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場を制覇し,南天・皆既日食・オーロラの3大願望を達成した不良老人の日記

カテゴリ:アメリカ合衆国旅行LIVE > LIVE・2019春

出発1週間前まで,行きも帰りもファーストクラスで旅行をするなどとは全く考えていなかったのですが,結果としてこういう豪華な旅になりました。こんな旅をしてしまうと,これからがたいへんです。
座席に着くと私の担当の客室乗務員(こういう席はお客さんごとに特定の客室乗務員が担当になります)が以前もご一緒しましたね,と言いました。私は覚えがなかったのですが,そんなこんなで,特に私に親切でした。私も調子に乗って普段は飲みもしないのに白ワインなどを頼んでしまい,いい気になりました。
ジェット気流の関係で,日本からハワイに行くときとは違い,ハワイから日本への帰国便はずいぶんと時間がかかるので,こうした座席は楽です。しかし,帰りは行きとは違って,機内で眠ると逆に帰ってからたいへんなので,起きていたほうがいいのです。そんなことは十分に承知しているのですが,せっかくフルフラットになるので,やはり寝てしまいました。そこで,帰国してからもずっと時差が変わらず,午後8時(ハワイ時間で午前1時)には眠たくなり,午前3時(ハワイ時間で午前8時)に起きるという生活をずっとおくることになってしまいました。

行きと同じく,フルコースの夕食が出ました。行きのときは和食にしたので洋食を選択したのですが,行きに見たのとメニューが違いました。考えてみれは,行きは2月のメニューで帰りは3月のメニューだったのです。そのあとアイスクリームが出て,さらに,朝食にカレーライスが出ました。
私は,海外旅行に行って何が食べたくなるかというとおそばとカレーライスなのですが,今回はホノルルの空港のラウンジでも機内でもカレーライスを食べることができました。
やがて日本の夜景が見えてきました。飛行機は静岡あたりから海岸線に沿って飛んでいるらしく,やがて三河湾に出て,そのままセントレア・中部国際空港に定刻に着陸して,今回の旅が終わりました。
ハワイまで行ってきたのに,何か東京に行ってきただけのような,そんな身軽な旅でした。

このところの私は,海外旅行といっても6泊8日程度が楽でいいと思うようになったのでもっぱら短期間だし,空港ではほとんどラウンジで時間をつぶしているし,機内はエコノミークラスでは狭いので最低でもコンフォートに乗るようになったし,荷物も着替えくらいなので非常に少なくて機内持ち込みです。さらに,フライトのチェックインも事前に済ませてあるので空港では航空会社のカウンタを通ることもありません。また,ほとんどのことは iPhone だけで済ますことができるようになったので,iPhone とパスポートとクレジットカードと近ごろ手に入れたグローカルミーというい世界中でつながるWifiルータだけですべて事足ります。
そんなゆったりで便利な海外旅行をするようになったら,どこも狭くゴミだらで道は渋滞,クレジットカードが使えない店が多いので現金は手放せず,食べきれないほどの食事にマナーの悪い外国人で落ち着かない温泉旅館に泊まるような国内旅行よりも,海外にでかけるほうがずっと楽なのです。
そしてまた,今回の「何もしなきことをする」贅沢な旅をして,行く前にはこころの中で緩んでいたネジもしっかり締め直されたのでした。

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ホノルルの国際空港は昨年,ダニエル・K・イノウエ国際空港という名前に変わりました。
ダニエル・K・イノウエ(Daniel Ken "Dan" Inouye)という人はアメリカ合衆国の政治家であり,元アメリカ陸軍将校でした。日本名は井上建といいます。50年近くにわたって上院議員に在任していた長老議員であり,上院民主党の重鎮議員のひとりでした。上院仮議長に選出されて亡くなるまで同職にありました。上院仮議長は大統領継承順位第3位の高位で,アメリカの歴史上アジア系アメリカ人が得た地位としては最上位のものでした。
死去に際してバラク・オバマ大統領は「真の英雄を失った」「彼が示した勇気は万人の尊敬を集めた」との声明を発表しました。

さて, マウイ島からオアフ島ホノルルに着きました。私はトランジットなので,ここでセキュリティを通る必要もなく,単にターミナルを移動して乗り換えるだけです。そこで,搭乗時間までをいつものようにデルタ航空のスカイクラブラウンジで過ごします。
しかし,このホノルルの空港は私にはどうも鬼門のようで,いつもなにかしら戸惑うのです。前回はラウンジを探していて空港の外に出てしまい,改めてセキュリティを通過することが必要になりました。そのときの失敗を教訓に,デルタ航空のスカイクラブラウンジは13番ゲートの前にあると記憶しました。このラウンジはホノルルでセキュリティを通過すればわかりやすいところにあるのですが,私のような島内からの乗り換えにはわかりにくい場所なのです。
そこで,今回はその教訓から,まず,空港内を無料のシャトルバスで移動して,国際線のターミナルに来て,13番ゲートを探しました。ところが,なんと13番ゲートというのがないのです。これには参りました。ずいぶんあとで知ったことに,昨年,私に連絡もなく? ターミナルの名前が変わったというのです。そこで,13番ゲートはF1に変更されていたのです。どおりで,今回,国際線のターミナルは場所ごとにA~Fという符号が振られていたわけです。
グーグルでホノルル空港の地図を検索すると,古い地図と新しい地図が混在していて,ゲートの名前が地図によって違っていた理由もこれでよくわかりました。

普段はラウンジで過ごすのでごった返すコンコースを歩くこともないのですが,この日はラウンジが見つからないものだから,国際線ターミナルのコンコースをかけずりまわっていると,コンコースはどこから湧き出てきたのかというほど日本人がうじゃうじゃいました。ちょうど卒業旅行シーズンだったので,若い女性だらけでした。私は昨年のこのころフィンランドに行ったのですが,やはり,帰りにトランジットをしたヘルシンキのヴァンター国際空港は卒業旅行の女性たちだらけでした。ハワイとフィンランド,行先ごとにそうした女性の雰囲気がどことなく違うのがおもしろいと思いました。
私はそうしたコンコースの免税店には興味がないのですべて通過して,何度も聞きながら進んでいくと,やっとラウンジを見つけて中に入りました。これでは前回の失敗と同じです。ただし,空港の外に出なかったのだけは進歩でした。ラウンジでおそい朝食をとったり,今回はちょっとしたお土産を買う必要があったのでラウンジを出たり入ったり,そんなことをしながら,搭乗時間までを過ごしました。
やがて搭乗時間がきたので,ラウンジを出てゲートまで行ったのですが,あいにく30分ほど搭乗開始時間が遅れていました。私の座った座席の前には,手持ちぶさたそうにデルタ航空の客室乗務員が搭乗を待っていました。

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旅の9日目。帰国の日になりました。
ホテルから空港は近く,また,マウイ島からオアフ島までも近く1時間もかからないので,朝食はパスして,オアフ島に着いてからホノルルの空港でデルタ航空のスカイクラブラウンジに行って食べ放題の朝食をとることにしました。
まず,空港に行ってレンタカーを返却しました。マウイ島の空港は空港の周りを各レンタカー会社のパーキングが取り巻いています。道路標識がはじめのうちはわかりやすかったものに,どこだったか1社だけ別の場所にパーキングがあって,その道路標示だけがえらく大きくてその案内に幻惑させられて迷ってしまい,結局,空港の周りを2周する羽目になりました。それでもまだハワイはいいほうで -とはいえ私はオアフ島のことはわからないのですが- アメリカ本土の空港はどこもごった返しているので,レンタカーを返すだけでも結構難儀なのです。

それでもなんとか目的のレンタカー会社に着いて,レンタカーをチェックイン(レンタカーの場合は借りるときがチェックアウトで返すときがチェックインになります)して,シャトルバスで空港に着きました。
アメリカでは大きな空港でトランジットして帰国するときはトランジットをする空港ではセキュリティを通過する必要がありません。つまり,私はマウイ島でセキュリティを通過すれば,トランジットするホノルルではセキュリティを通過する必要がないのです。だから,帰国の場合,なるべく小さな町の空港から乗ることにすれば,空いているので,セキュリティの時間が短縮できるわけです。それはヨーロッパも同様です。
アメリカでは入国の場合もまた同様なのですが,どういうわけか,ヨーロッパではトランジットであっても再びセキュリティを通る必要があります。一度香港でトランジットしてオーストラリアに行ったことがありますが,トランジットするだけの香港で再びセキュリティを通る必要があっていやになりました。私が香港経由で海外旅行をしたくない理由のひとつはこれが面倒なことなのです。

さて,「TSA-Pre」の私は,マウイ島の空港のセキュリティを簡単に通過して,あとは搭乗を待つだけになりました。マウイ島カフルイ空港の空港コードは,なぜか「OGG」なので,私はそれを不思議に思っていたのですが,空港のコンコースにその理由がかかれてありました。それは,1960年代後半に今のハワイアン航空が運航していた航空機を8席のS-38水陸両用機からDC₋3やDC₋9へ変更する仕事をしたBertram J. Hoggに敬意を表してつけられたものだということでした。
まだ朝早いので,空港内のコンコースは空いていました。ハワイ島のヒロ空港とは違って,ここは空港内にもレストランがありますが,ホノルルの空港にあるラウンジで食事をもくろんでいた私はパスしてイスに座って外を見ていました。めずらしくこの日のマウイ島は朝から雨でした。
私が滞在していた間,気温は低かったのですが,それでも天気はそれほど悪くなかったので,帰国の日がはじめての雨になりました。とはいえ,飛行機の運行にはなんの問題もなく,定刻にマウイ島を離陸しました。
空からはモロカイ島が雲の間から眺められ,それを通過すると,まもなくオアフ島が見えてきました。

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旅の8日目,マウイ島滞在5日目になりました。もうマウイ島ではやり残したことがありませんでした。ということで,今日は何をしようか? と考えたところ,パイアのあたりを散策することに決めました。
パイアという町は,1870年にサトウキビのプランテーションが建設されてから発展して,1940年ごろには人口が8,000人に達してマウイ最大の町になりました。その後はさびれていきましたが,1960年ごろからヒッピーが住みはじめ,そしてまた,その周辺にサーファーが住みはじめたことから,再び賑わいを戻しました。
今は,ここもまた早朝からなかなか車を停める場所がないのですが,着いた時間にはそれでもまだ2~3台のスペースは残っていました。私はそこに駐車して,パイアの町を散策するつもりだったのですが,ふと気が変わりました。そのことがまた奇跡を起こします。
パイアから南に走るとマカワオというカーボーイタウンがあって,そこに1916年創業のコモダ・ベーカリーというお店があります。そこの串刺しドーナッツがおいしくて有名なので,パイアを散策するまえにそこに行って,ドーナッツを買ってくることにしたのです。

パイアからマカワオの間には,サトウキビ畑や牧草地が広がっているのですが,前回来たときはそれを眺める余裕すらありませんでした。今回再び走ってみて,なかなかおもしろいところだと再発見しました。途中には学校や教会もたくさんあります。ほんとうにマウイ島というのは不思議な島で,場所によって,まったく別の景色が広がっているのです。
周辺に牧草地が広がっている小さな町マカワオは「カーボーイの町」 -ハワイアン・スパニッシュはこれを「パニオロ・タウン」とよぶのですが- で,西部劇のセットのような昔ながらの風情のあるところです。もともとはサトウキビ畑で働く人々の住んだところなので,日系移民がたくさんいました。そのなかの1軒がコモダ・ベーカリーとして今も営業をしているパン屋さんです。
幸い,ちょうどお店の前の道の駐車スペースが空いて,私はすぐに車を停めることができました。お店にはすでに列ができていました。私は名物の串刺しドーナッツを買うつもりできたのですが,ちょうど火曜日でスペシャルマラサダの販売がありました。それもまた偶然のことでした。
並んでいると,偶然,私の後ろにEさんがいました。いくら狭いとはいえ,マウイ島で偶然出会うなんていう不思議なことが起きるものです。びっくりしました。その結果,この先の予定は変更。今日もまた,Eさんとビーチで海を眺めて1日を過ごすこととなりました。今日過ごしたのはマケナビーチではなく,キヘイのコマオレビーチでした。こちらは砂浜は狭い代わりに,砂にまみれることもなく,ベンチもあるので,それはそれで過ごしやすいところでした。

そんなこんなで,この日もまた三たびビーチで1日を過ごしてEさんと別れての帰り道,道を隔てて土産物屋さんがならんでいたのでウィンドウショッピングをしました。そのあとでマクドナルドで軽食をとり,さらにモールでお寿司を買ってホテルに帰って夕食にしました。こうして,マウイ島最後の日もまた,「何もしないことをする」贅沢な1日になりました。もう気分はすっかりアメリカ人です。
ホテルの部屋にあるテレビでは日本の番組が見られるのですが,どうでもいいようなことをちまちまとやっている日本という国のニュースを見ていると,それは何か別の惑星のできごとのように思えました。

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マケナビーチでEさんと別れて,のんびりとホテルに帰ることにしました。途中,キヘイのビーチにも寄ってみました。マケナビーチに比べて砂浜は少ないのですが,キヘイのリゾートホテルから近いので,多くの人が遊んでいました。南マウイにはこうした海岸がたくさんあるのです。
このあたりが開発されたころ「マウイ最後のリゾート」という触れ込みで,当時バブル華やかなりし日本の西武グループが進出したことがありましたが,それも昔のことです。そのころは,水の少ないマケナにわざわざイワオ渓谷から水路を引いてきたりゴルフ場を作ったりと,他国にまで進出していかにも日本らしい自然破壊をしました。どうしてこうも日本という国は外国に行ってまでこうした傍若無人なふるまいをするのでしょう。遠慮ということがないのは,日本国内で「おもてなし」というきれいごとの裏に金儲けしか頭にない日本人の本性と同じです。哀れにも現在,西武は撤退しました。

マケナビーチからの帰り,今度はワイルクの町に立ち寄りました。
ワイルクはモロカイ島,ラナイ島,カホオラウエ島を含むマウイ郡庁があって,ハワイの政治の中枢部をなしているところ,いわば,マウイ島の官庁街です。ここにはかつて日本からの移民がたくさん住んでいて,日系の人を見かけます。
今はややさびれてしまっていて,悲しくなります。日本同様,マウイ島にも大型モールができたので,こうした古い商店街は用済みとなってしまっているのでしょう。私がマウイ島に来た1日目に行ったイワオ渓谷はここから州道300を西に行ったところであり,ベイリー・ハウス博物館があるのもこの場所です。
できればここで食事でもと思ったのですが,たいして何もないので,この日もまた,ホテルから道を隔てたところのモールで適当にとることにしました。安価でおなかの満たされるパンダエクスプレスの中華料理で済ませました。

これまでに書いてきたように,今回の旅で私は,すでに一度行ったことのあるハワイ島とマウイ島に再び出かけて,はじめて行ったときにやり残したわずかなことをすべてやり遂げて,さらに,残りの数日は「何もしないことをする」日々を過ごしています。
来るまえには,もうハワイは今回で卒業と思っていたのですが,こうして「何もしなことをする」ことを覚えてしまうと,やっと私もおのぼりさん観光から卒業して,本当のハワイの過ごし方を知ったように思います。で,その結果,一度は関心をなくしたモロカイ島とラナイ島にやはり行ってみたいなあ,と思いはじめたというのが今の気持ちなのです。おそらく,この「何もしないことをする」ことが楽しめないうちは,モロカイ島やラナイ島の本当の魅力を味わうことなんてできないのでしょう。

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旅の7日目,マウイ島滞在4日目になりました。今日はアメリカ人のハワイの過ごし方をまねることにしました。つまり「何もしないことをする」です。
その前に腹ごしらえです,朝食をとろうと近くのマクドナルドに行きました。ハワイではマクドナルドの朝食セットにご飯があります。これはカウアイ島で試したことがあって,そのときにブログに書きました。ご飯と玉子とハンバーグという内容ですが,こんなもの日本で出しても誰も食べません。ハワイだからこそ存在できるメニューです。私は,この日はパンケーキセットにしました。私はなぜかマクドナルドで朝食をとるときパンケーキが食べたくなるのです。
ハワイのマクドナルドもヨーロッパやオセアニアのマクドナルド同様,液晶パネルで注文ができるようになっていたのでチャレンジしてみたのですが,国によってシステムが少し違いました。戸惑っているとえらく親切な若い女性の店員さんがやってきて丁寧に教えてくれました。おそらく私以外にもはじめてで戸惑う人が多いのでしょう。
ヨーロッパとの違いは番号の書かれたプレートが液晶パネルの横に置いてあって,そのプレートをとって,そこに書かれた番号を入力するようになっていたことで,そうすると注文が終わったあと,カウンタに行かなくても座席に座ってプレートを置いておくと店員さんが持って来てくれるのです。

朝食を済ませて,私はこの日もまただらだらと海岸沿いの道を走ってマケナビーチに行きました。途中,工事のために片側1車線が閉鎖されていて,えらく時間がかかりましたが,そんなことは気にもなりませんでした。今日もビーチでEさんと会って,1日何もせずのんびりと海を眺めることにしていたからです。
今日,私の宿泊しているカフルイはさほどいい天気でなかったのですが,マケナビーチに着くと時折薄雲が太陽を隠すほどのいい天気でした。少し雲があるのが幸いで,快晴だとすぐに日焼けしてしまうのであとが大変なのです。ビーチで過ごすには日焼け止めは必須です。こうして私はEさんに教えられて,ハワイのビーチでの過ごし方を覚えました。
この日は遠くにサーフィンの練習をしている若者たちがいました。このビーチは波が高くないのでサーフィンに向いていないのですが,それが幸いで初心者には向いているのでしょう。いずれにしても,必死に泳いているような人は皆無で,ほとんどの人は何もせず,ビーチでイスに座って本を読んでいたり,ごろっとしているだけです。時折クジラが泳いでるのが見えたり,カメが泳いて出るのが見えたりするのが愛嬌です。こんなすばらしい海岸を知ってしまうと,ますます,ゴミだらけ人だらけで悪臭さえする日本の海岸が貧しく思えます。
そんなこんなで,この日1日,私は生涯でもっとも有意義な「何もしない1日」を過ごしたのでした。

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今回は登る予定がなかったのに,結局,ハレアカラ山頂に登ることになりました。やはり,マウイ島といえば一番の魅力はこのハレアカラ山頂です。
山頂での景観を十分堪能して,再びカフルイに戻ってきました。お昼はいつものようにモールの2階にあるフードコートにしました。食事を終えてフードコートを出ようとしたときに,近くで日本語が聞こえてきました。その方向を見ると,年配の女性がふたり日本語で話をしていました。マウイ島で日本人と出会うのも珍しいので,日本からの観光の方ですか? と声をかけると,こちらに住んでいるということでした。私は何もすることがなく暇だったので,しばらくご一緒していいですか? というと快諾されたので,いろんなお話をお聞きしました。旅先では,現地に住む日本の人の情報というのが聞いていて一番おもしろいのです。このおふたりのうちのひとりの方はマウイ島でツアーガイドをしているということでした。

おそらく,98%の日本人がこれがハワイだと思っているオアフ島以外のハワイの島々に日本人がわざわざ旅行で来るのは珍しいものです。また,たとえ訪れても,主な滞在先であるオアフ島のホノルルから,ときには日帰り,あるいは1泊2日といった日程で結構高価なツアーでやってきて,あわただしく観光地を訪れて,ハワイ島やマウイ島に1泊するにしてもリゾートホテルに滞在するという場合がほとんどです。しかも,キラウエア火山のあるハワイ島のほうが日本人の観光客は多く,マウイ島に来る日本人はほんとうに少ないのです。
マウイ島でツアーガイドをしていると,やってくる数少ない日本人のほとんどはフラダンスの先生なのだそうです。日本人が海外旅行をする場合の障害というのは言葉と移動手段なので,結局のところ,ツアーガイドの仕事はドライバーであり,リゾートホテルで行われているフラダンスのショーの予約なのだそうです。
一方,マウイ島での滞在客の98%を占めるアメリカ人は,マウイ島に長期滞在する目的はサーフィンだそうです。彼らはコンドミニアムを年間予約して滞在するのだそうです。

私としては,このマウイ島の最大の魅力は星空だと思います。マウイ島では,お昼間はマケナビーチでぼーっと海を眺め,夜になれば満天の星空を見て過ごす,という天国のような生活が送れます。ただし,マウイ島に限らず,ハワイはホテルが非常に高く,また,住もうと考えると,住宅がものすごく高騰しているのだそうです。
正直な話,ハワイ政府はもうあまり人に来てもたいたくないらしいということです。日本とは違って無秩序に宅地の開発やら自然破壊のできないアメリカでは,これ以上の開発は望んでいないということです。そんなこともあって,マウイ島は日本人の観光誘致などまったくしていないしする気もないということです。結局のところ,日本人にはワイキキビーチをハワイと思ってもらって,ホノルルの狭い場所に押し込めて観光気分になってもらってお金を落としてもらえばそれでいい,というのが本音だそうです。

さて,私は,このおふたりと別れてから,今日から3泊するマウイビーチホテルにチェックインしました。
その後,天気もよかったので,再びハレアカラ山に行って夕日を眺めて過ごすことにしてホテルを出ました。途中クラロッジで簡単な夕食と飲み物を買いこみました。
まだ日の入りには1時間以上あるのにもかかわらず,ハレアカラ山頂はすでに夕日を見る人たちでごった返していて,車を停める場所を見つけるのにも苦労しましたが,なんとか車を停めて,車内で夕食を食べながら夕日が沈むのを待ちました。日没の時間が近づいたので車から外に出ました。
夕日を背にプロポーズをしているカップルがいました。彼らもまた,恥ずかしげもなく「見て,私たちたちを見て」状態で,指輪を渡していました。その一方で,日本人の女子大生らしいふたり組が日本語を話しながらやってきました。ツアーのバンできたのでしょう。彼女たちは夕日を写真に収めようと動き回りながら「あの変な建物が邪魔なのよねえ」とか言っていました。彼女たちが変な建物というのはハレアカラの天文台のことです。アホかと思いました。猫に小判,豚に真珠というのはこのためにあるような表現です。

やがて,日が沈んで,夕焼けの感動も終わりました。私はそれと同時に早々,渋滞する前に山から下りました。前回来たときに私がそうしたように,ここでさらに1時間待てば世界一美しい満天の星空を見ることができます。ちょうど月はほぼ新月なので,まさに最高の条件です。しかし,オーストラリアでの星見に慣れてしまった私は,今回そこに留まって星を見る気はありませんでした。
帰り道,街灯ひとつない道路の周囲は真っ暗でしたが,道路にはきちんとラインが引かれていて,とても安全でした。意味のない街灯を空に向かって光らせることで逆に道路が光り前方が見えなくなって,しかも,道路のラインすらかすれていたり消えていたりしてまともに見ることができないという,まるで交通事故を誘発したいような本末転倒の日本の山道とはまるで異なる大人の世界でした。

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マウイ島3日目,この旅の6日目の朝になりました。今日は宿泊先を移動します。
今日は,今回の旅でマウイ島に来るまで予定がなかったハレアカラ山頂に登ることにしました。前回3度も登ったのですが,帰国して以来,ハレアカラ山頂の天文台が何度かテレビに出てきたこともあって,もう一度しっかり見てみたいものだと思いたったからです。ただし,残念ながら,ハレアカラ山頂の天文台はドームを見ることができても,望遠鏡自体を見ることはできないのです。見学コースもなく,完全に研究用として使われています。逆にいえば,このことを考えてもなかり「マジ」な研究用の施設に思えます。
したがって,この天文台で撮影される天体写真もまた,一般受けするようなものではありません。もし私が天文学者なら,こうした設備で思う存分研究してみたいと思わせるものでもあります。
「ハワイの天文台で発見された彗星」というものが多くあります。それはこのブログにもよく出てくるパンスターズ彗星(Comet Panstarrs)のことですが,それらはこの天文台で発見されるものなのです。実際は彗星を発見するために捜索しているのではなく,地球に衝突する可能性のある天体を探している中で見つかるものなのです。

一昨晩は一晩中宿泊先のB&Bで星の写真を写しましたがそれですっかり満足して,昨晩はよく寝ました。昨晩は戸や窓を締め切ったために,寒さもまったく気になりませんでした。朝は6時ころに起床したのですでに夜は白んでいて星は見えませんでした。それもまた承知の上で,私が見たかったのは夜明け直前に昇る月齢27の月でした。外に出てみると,ちょうど昇ったばかりの月が白みはじめた東の空に見えて,それは幻想的でした。
事前に星を見るために宿泊先を探してもなかなか理想の場所が見つからないのに,こうして偶然,その気もなかったのに,星の美しいマウイ島で絶好な場所に泊ることができたのだから,まさに偶然というのは不思議なものです。
今日の朝も7時に朝食を食べてからオーナーと写真を撮ったりして,そのあとでチェックアウトしました。
こうして私は,期せずしてあこがれだったクラに宿泊し,満天の星空に遭遇することができたのでした。

さて,これから車でハレアカラ山に登ります。
ハレアカラ山は国立公園なので入園料が必要です。また,天文台のうちのひとつは軍の施設です。そのために山頂まで道路がしっかり整備されているともいえます。日本の山のように,無料で登れる反面,ゴミだらけだったり,自然が破壊されていたりするのとは大違いです。こうした美しい自然に接するたびに,日本を旅する気持ちがどんどんと失せてきます。
やがて山頂の駐車場に着きました。標高3,055メートルの山頂は今回それほど寒くなくて風もなく,すばらしい景色と雲海が広がっていました。

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Eさんと別れて,マケナビーチを後にしました。特にすることがないといっても,ハワイ島同様にマウイ島にも前回来たときにできず心残りだったことがいくつかります。そのひとつめがイワオ渓谷に行けなかったことで,これはマウイ島到着早々実現しました。そして,もうひとつはベイリー・ハウス博物館に行かなったことでしたが,これもまたイワオ渓谷の帰りに行くことができました。
さらにもうひとつあって,それは,マウイ島の西海岸ラハイナで夕日を見ることでした。
西マウイのラハイナからカアナバリの区間は夕方はかなり渋滞するということだったので,前回来たときはあきらめました。しかし,今回は特に何をしたいかという予定もなかったので,たとえ渋滞してもゆっくりと戻ればいいやと,この日の夕方ラハイナに足を延ばすことにしました。

ラハイナは,1795年カメハメハ大王がハワイを統一したときから1845年にカメハメハ3世がホノルルに遷都するまでの約100年間ハワイ王国の首都だったところです。多くの史跡があって,歩き回るのが楽しい町で,私は,前回来たときに街歩きを楽しみました。そのときの様子はすでにブログに詳しく書きましたが,今回とは違ってかなり暑くてめげた記憶があります。今回ラハイナに来たのは,そんな史跡巡りでなく,夕日を眺めながらのんびり過ごすことが目的で,願わくば,海岸沿いのレストランで食事でも楽しめたら申し分ないないなあ,と思っていました。
夕日を眺めながらの食事といえば,ハワイ島のカイルアコナでの体験が最高でした。ハワイアンミュージックのライブ演奏を聴きながら,そして,波の音に癒されながら,夕日が海に沈んでいくのを心置きなく楽しんだ最高の思い出がよみがえります。そんな体験がここでもまたできればいいなあと思いました。

ラハイナまでは州道30号線が海岸沿いを走っているのですが,今回再び行ってみて,2年前には完成されていなかった海岸線から離れた高台にバイパスが完成していて,渋滞もなくラハイナに到着したのには驚きました。
ラハイナは狭い町ですが多くの観光客でごった返していて,駐車する場所を知らないと車を停めるのにも苦労します。私も前回は苦労してやっと有料の駐車場に車を停めましたが,そのときに無料の駐車場を見つけておいてたので,今回はそこに停めることにしていました。いくら駐車場が少ないとはいえ,少し離れたところならなんとかなって,そこから歩けばいいのですが,どうもアメリカ人というのはその少しすら歩きたくないようです。そんなこんなで,多くの車が少しでも中心に近い場所に駐車しようとだらだら車を走らせるものだから,ダウンタウンの道路は慢性的に渋滞が起きます。これもまた,アメリカらしいものです。

私はダウンタウンを抜けて,前回調べておいた無料の駐車場に車を停めました。海岸沿いを歩いていると,期待どおりよさそうなレストランを見つけることができたので,そこに入って日が沈むまでゆっくりと食事を楽しみました。
やがて,日没の時間になりました。
ひとつだけ残念だったのは,ラハイナから西側の海のむこうにはちょうどラナイ島があって,夕日は海に沈むのではなくラナイ島に沈んでいくことでしたが,海に沈む夕日はカイルアコナで見たことだし,これはこれでいいやと思いました。ただ,それよりももっと残念だったのは,ちょうど夕日が沈むあたりだけ雲がかかっていたことでした。しかしこれもよく見ると,ちょうど太陽が沈むあたりだけ雲が切れていました。
やがて,一度は雲に隠れた太陽が再び雲の切れ目から姿を現すと,ちょうど雲のすきまがスリットのようになって,太陽の光が十文字のように輝きだし,この世のものとも思えないすばらしい姿を見せました。

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マウイ・スワップミートを出て,所用のあるEさんとは午後にマケナビーチで落ちあうことにして一旦お別れしました。こうして,今日の午後はビーチで海を見ながらのんびりと過ごすことになりました。
いかにもハワイらしいではないですか!
私はマウイ・スワップミートの会場だったカフルイから州道311号線を南にリゾートのあるキヘイまで来て州道311号線を降りました。せっかくだったので,短時間でマケナビーチに到着するハイウェイである州道311号線を通らず,海岸沿いの渋滞する狭い道路を南に向かって,右手にずっと海を眺めながら,だらだらとマケナビーチまで,途中で昼食を物色しながらドライブすることにしたのです。
すでに書いたように,マウイ島はとても不思議なところです。高い山が海岸まで迫っていて道路がないところがあるかと思えば,いつも雨ばかりのハナへ続く狭いくねくね道があるし,私の宿泊している高原の高級住宅地クラや,西海岸の京都のような古都ラハイナ,そして,キヘイのような高級リゾートと,狭いのにもかかわらず,日本でいうところの熱海と湘南海岸と信州と軽井沢と京都がすべてそろっているのです。つまり,何でもあるのです。天候もまた変化に富み,いつも雨が降っているようなハナへ続く北の海岸があるかと思えば,高原のようにすずしいクラ,そして寒いハレアカラもあれば,キヘイからマケナへの海岸沿いのようにいつも天気に恵まれていてとてもハワイらしいところまであります。

それに対して「98%の日本人の行くハワイ」というのは,実は「ハワイ=オアフ島のワイキキビーチ」のことであって,それは日本人ご用達の,いわば「ハワイという名のテーマパーク」に過ぎません。ワイキキビーチにある日本資本のホテルに宿泊して,カリフォルニアから砂を運んできた人工のワイキキビーチで水浴びをして,ワイキキビーチとダイヤモンドヘッドを往復する日本企業の大きな名前の書かれたオープンデッキのバスに乗ってちょっとした観光をする。さらに,もう少しお金に余裕のある人は,家族4人で10万円以上も出して,日帰りか1泊でハワイ島やマウイ島をツアー旅行をする。そして高価な土産物を買って帰る。というアメリカにとれば人のいいお得意さんです。そこに,ハワイ通を名乗る芸能人がテレビ番組や雑誌でそのメッセンジャーとなり,多くのおのぼりさんがそれを見てあこがれて日本から4泊6日で「夢のハワイというテーマパーク」にツアーやウェディングでやってきます。まことに気の毒なことですが,自分というものがなく「安全・安心・快適」を旨とする日本人というのは生まれてから死ぬまですべてがパック旅行のようなものだから,それに疑いすらもちません。

正真正銘天然の砂浜の広がる本当のハワイであるマケナビーチにいるのは98%がアメリカ人です。これこそがハワイなのです。この時期にビーチでのんびりと遊んでいるのはタトゥーを入れた軍人さんとそのファミリーかシーズンオフのフットボール選手,または,アメリカ本土から来たハネムーン客だそうです。
ハワイといえばサーフィンですが,サーフィンができるような波の高い海岸はハワイの北側の海岸で,オアフ島ではノースショアが有名ですが,マウイ島でもパイアにあるホオキバビーチがあります。それに対して,このマケナビーチは波も穏やかで遠浅で,ゴミひとつ上陸せず,しかも,海にはサメどころか魚もいません。
そうした海岸で,それぞれがイスに座って海を眺めたり本を読んだりして1日を過ごすわけです。つまり,「何もしないことをする」,これこそが西洋人のバケーションなのです。
遠くにはスノーケリングの聖地モロキニ島が見えます。そのあたりには時折クジラがやってきて,潮を吹いたりダイビングをする姿が見えます。クジラがいるとわかるとそのあとをホエールウォッチングの船が追いかけていくのを見るのもまたおもしろいものです。

そんなマケナビーチには地元の人だけが知る秘密があります。ビーチの右手には崖がありますが,その崖の上の高台まで登っていくことができるような階段状の道があって少し険しい断崖をよじ登っていくと,その向こうにもビーチがあるのです。実は,そのビーチはヌーディストビーチなのです。

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マウイ島2日目,この旅の5日目の朝になりました。夜の星の美しさが幻想であったかのように,空には青空が広がっていました。朝7時に朝食をお願いしてあったので,定刻に準備がされました。
B&B というのは bed と breakfast,つまり,朝食つきで,ホテルとの違いは自分の部屋にバス・トイレがないことです。日本でいえば民宿のようなものです。ホステルというのもありますが,ホステルはバス・トレイだけでなく,部屋も共用だったりします。ゲストハウスというものもありますが,それらの区別はあいまいで,私にもよくわかりません。アメリカ本土にはモーテルというガレージつきの簡易ホテルがたくさんあって,そのなかには朝食がついている場合とない場合がありますが,ハワイではモーテルはほとんどなくて,コンドミニアムという住居型の宿泊施設が一般的です。そこでは食事のサービスはなく,キッチンがついていて家族向けです。そこで,私のような個人旅行者は逆に困ってしまうのです。若い人ならホステルに宿泊すればいいのでしょうが,私はもう,そういう他人と同じ部屋というのは面倒です。
旅で苦労するのはそうした宿泊施設を探すことです。

今回泊ったところは私以外にはだれも泊まっていなかったから,バス・トイレが共用であろうとなかろうと全く問題なく,非常に快適で過ごしやすいところでした。ゲストハウスといえば,昨年の夏に泊ったアイスランドのゲストハウスは最悪でした。私がアイスランドによいイメージがないのは,物価が異常に高かったこともありますが,それ以上にそのときのゲストハウスのせいです。B&B では,一昨年の夏に泊ったアラスカ・フェアバンクスは期せずして人生初の B&B 体験でしたが,そこはかなり手の込んだ朝食が出ました。それに比べたら,ここの朝食はケーキのようなものが数個とフルーツ,そしてコーヒーのみで,ジュースすらなく,拍子抜けでした。
いずれにしても,日本とは違って,こちら(アメリカ)の朝食というのは,食事というよりもデザートのようなものなのらしいです。この程度のものなら,むしろマクドナルドで朝食セットでも食べるほうがずっとおなかが満たされます。マクドナルドといえば,前回,カウアイ島にいったときにこのブログに書きましたが,ハワイのマクドナルドではご飯の出る朝食セットがあります。
個人で海外旅行というのは,宿泊施設を選ぶときには食事も考慮に入れる必要があります。しかし,これだけは泊ってみないことにわかりません。

食事を終えて,今日はまず,マウイ・スワップミートという蚤の市でEさんと落ち合うことになりました。
この蚤の市は週末だけやっている市場です。カフルイの街中に会場があり,広い無料の駐車場が隣にあるので車は簡単に停められたのですが,ずいぶん多くの人でごった返していました。また,会場に入るだけで50セントが必要でした。
私はこうしたフリーマーケットで売っているものには興味がなくて,地元の食べ物だとかジュースだとかいわれても何かピンときません。さらに,飾り物や衣服なども,まったく興味をそそらなれないので,何も買いません。こうしたマーケットでもっぱら関心があるのは,地元の人の生活ぶりや人々の姿のほうなのです。
日本でも私が子供のころは結構どこにも青空市があったのですが,今では,高山などの朝市や京都・東寺の骨董市など有名なもののほかには,都会では姿を消してしまいました。

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ハワイはとても星がよく見えます。なかでも,ハワイ島とマウイ島は別格です。
ハワイ島にはマウナケア山頂に多くの国の天文台があります。また,マウイ島のハレアカラ山頂にもハワイ州立大学とアメリカ軍の天文台があります。マウナケア山は標高が4,205メートルと高く,しかも,山頂までの道路は一部舗装されていませんが,ハレアカラ山は標高が3,055メートルで山頂まで舗装道路があります。マウナケア山よりもハレアカラ山のほうがずっと条件がよいので,外国の天文台はマウナケア山に押し込めて,条件のよいほうのハレアカラ山は外国に開放していないのではないか? と私は勝手に思っています。
アマチュア天文愛好家がその美しい星空を求めてハワイに行こうとしたとき,ハワイ島はマウナケア山の中腹を越えて雲の上まで行かないと天気が不安定で意外と星を見る場所に困ります。それに比べると,マウイ島はハレアカラ山頂まで車があればだれでも登れるし,天気もよく,しかも,星を見ることができる駐車場もいくつかあるので,マウイ島のほうがずっとお勧めです。ただし,ハレアカラ山は日の出を見に多くの観光客が押しかけるので,現在は午前3時以降の登頂は予約制となっています。

私も3年前,ハワイ島で星を見るのに苦労し,その結果,マウイ島のハレアカラ山を知り,2年前に大いに期待してやってきました。そして,実際に,ハレアカラ山で美しい星空を見ました。その後に南半球に出かけて星を見るようになると,所詮は北半球,変化に富む南半球の星空に比べて魅力に欠けるのです。すでに書きましたが,そうしたわけで,私はこの旅で星の写真を写す気持ちはありませんでした。今回は星を写す本格的な機材すら準備してきませんでした。
しかし,これもまたすでに書いたことですが,この時期,明け方の東の空に3つの惑星,木星,土星,金星があって,その惑星に月が次々と接近するので,これだけは写真に収めようと,三脚といくつかのレンズだけは持ってきました。ただし,まったくテンションは低く,その気もあまりありませんでした。
ところが,私が宿泊したクラの B&B は,東側と西側に広いベランダがあり,しかも,高台にあるこの建物自体が私ひとりの独占状態ということだったので,いやがうえにも満天の星空が手に入ってしまったのです。これはまことに望外なことでした。こうなると,もともと星空が大好きな私のこと,数十分ごとに外に出ては空を見上げることになってしまいました。固定撮影しかできないとはいえ,ハワイではもともと空が暗いので,日本で高価な機材を使って写真を撮り,あとでコンピュータで画像処理をするよりも,ずっとマシな写真が写せてしまうのですから,寝ているわけにもいきません。この旅は何かをしたいということがまったくなかったわけだから,明日のことを考える必要もなく,こうなれば朝まで数時間おきに写真を写すことに決めました。
ということで,この晩私が夜を徹してしたことは,冬の銀河を写すこと,南十字星を写すこと,そして,明け方の金星と月の接近した写真を写すことでした。

日が沈み,空が暗くなってくると星が輝きはじめました。ところが,肉眼で見ると日本では見ることができないほどの満天の星空であっても,写真を撮ってみると薄く雲がかかっていてがっかりしました。しかし,それもはじめのうちだけで,夜9時30分ごろは次第に雲が切れてきて,冬の大三角が美しく見えるようになりました。さらに,1時間後の午後10時30分ごろになると,雲がまったくなくなって,待望の冬の銀河をとらえることができました。
ここでしばらく休憩です。ここは見晴らしがいいとはいえ,周囲の山が高く,空が大きく開けた西の空以外は高度が5度くらいから上にならないと見られません。このB&Bからわずか20分も走れば360度地平線まで見渡せるハレアカラ山の山頂に行くことができるのですが,そんな元気はありませんでした。そこで,この場所から南十字星が見られるかどうかを調べると,午前3時30分ごろの数分だけなんとか見ることができそうだったのです。iPhone のアラームをセットして午前3時まで眠ることにしました。

午前3時30分。再び外に出ると,南十字星がかろうじて見えました。幸運だったのは,地平線ぎりぎりに北半球では南十字星うちで最も高度が低くまた1番明るいα星「アクルックス」が顔をのぞかせて,南十字すべての星が見えたことです。これは奇跡的なことでした。
その後,再び仮眠をして,午前5時過ぎ,今度は月と金星の接近した写真を写すことにしました。
そして,午前5時。東の空から南の空にかけて幻想的な星空が広がっていました。空の明るい日本では月明かりがあれば銀河など望むべくもありませんが,ここでは,月明かりがあろうとそんなものはお構いなしに銀河もきれいに見えたのです。
こうして,私はこの晩ずっと星見を楽しんだのでした。

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ハワイ島の面積は10,432.5平方キロメートルで四国の約半分の大きさです。一方,マウイ島の面積は1,883平方キロメートルで大阪府と同じくらいなので,ハワイ島の10分の1しかありません。ただし面積の比なので注意が必要です。というのは「1辺の長さが2倍の正方形の面積はもとの正方形の4倍」ということを考えればわかるように,面積が10倍というのは正方形に例えれば1辺の長さは10倍ではなく3倍強ということになるわけです。
いずれにしても,マウイ島はハワイ島よりはずっと狭いのですが,この狭い島は変化に富んでいるのです。気候も場所によってずいぶんと違います。また,ハワイ島は島を1周する道路が整備されているので容易に外周をまわれますが,マウイ島は険しい場所が多く,レンタカーでは外周をまわることができません。また,ハレアカラ火山の西山麓に位置する集落クラはなだらかな山の斜面を利用した広大な牧場が広がっていて,酪農と野菜や果物の栽培が盛んな場所です。また,高台からはマウイ島の絶景を望むことができます。
前回来たとき,そんなクラに泊ってみたいものだと思いました。

クラにはクラロッジという宿泊施設がありますが,結構高価です。しかし,それ以外に泊れる場所というのがなかなか見つからないのです。あきらめかけたころに,クラの高台に1件のB&Bを見つけました。なかなかよさそうだったので,そこに2泊することにしましたが,いったいどういうところなのか想像もつきませんでした。
住所から場所を特定して,クラハイウェイ(州道370)を途中で東に折れ,狭い道を上がっていきました。そこは超高級住宅地だったのですが,目指す場所がどこにあるのかさっぱりわかりません。もちろん看板などまったくありません。私が予約したときに記載されていた住所は「マノストリート112」だったのですが,112に着いても,その住宅はそれらしきものではありませんでした。路肩に車を停めて探していると,道の反対側に住む女性から罵声を浴びせられてびっくりしました。怪しいものに思われたのでしょう。もうすこし進んで,今度は別の家の前に車を停めて,ちょうどその家の住民である気のよさそうなおばさんがいたので聞いてみると,今度は丁寧に教えてくれて,わざわざ場所までついてきてくれました。番地は112ではなく116でした。

予想とは大違いで,私の予約したB&Bは1軒の家でした。つまり,これは民泊です。入口のブザーを押すと初老の男の人が出てきました。この人がオーナーさんで,今日泊るのは私ひとりということで,部屋に案内されました。部屋以外にもどの部屋も居間もふたつあるバスルームもすべて使っていいということで,まるまる1軒が私の滞在する場所,ということになりました。
部屋からはマウイ島が美しく見渡すことができました。居間にゲストブックがあったので読んでみると,毎日だれかかれかが1組滞在しているようでした。ここは超おすすめの場所です。特に新婚旅行ならもってこいです。まさかマウイ島のクラで,こんな素晴らしいところに泊れるとは思いませんでした。
ただひとつだけ問題だったのは,この場所は非常に標高が高い場所で,寒くて仕方がなかったということでした。常夏のハワイ,ということで,夏物しかもっていなかったのをずいぶんと後悔しました。
夜は部屋を出てカフルイまで戻り,キヘイという場所に滞在してバケーションを楽しんでいるEさん夫妻と「ジッピー」というファミリーレストランで夕食を楽しみました。

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イオア渓谷州立公園を出て,再び山を下ってカフルイに向かっていきました。イオア渓谷へのアクセス道路は州道320号線ですが,カフルイへ行く途中のワイルクの町まで戻ってくると,州道30号線と交わります。その道路が交差する手前,右手にあったのがベイリー・ハウス博物館でした。
歴史のあるマウイ島にはいくつか博物館があります。島の西海岸にある歴史の町ラハイナにはもちろん多くの博物館があって,それらを訪れるのは楽しいのですが,中央マウイにもまた,このベイリー・ハウス博物館以外にも,マウイ・トロピカル・プランテーションやアレキサンダー&ボールドウィン砂糖博物館があります。私はこのふたつの博物館には前回行きました。しかし,ベイリー・ハウス博物館だけは行く機会を逸したので,今回通りかかったのを機に入ってみることにしました。

ベイリー・ハウス博物館の駐車場に車を停めて中に入ってお金を払おうとクレジットカードで決済を終えたときに壁にかかっていた料金表に目が行くと,60歳以上は値段が安いことに気がつきました。受付にいたのは初老の女性でした。彼女は私のクレジットカード決済を一旦キャンセルして新たに値段を入れなおすことができず,戸惑ってしまいました。はじめに言わなかった私のほうが悪いのに,申し訳なさそうに謝られて大変恐縮しました。
奥からその子供さんらしい人が出てきて機械を操作しました。この初老の女性はここでも何度も謝っていました。ハワイにはこうした昔の日本人のような人がたくさんいますが,私のほうが恐縮してしまいました。

この博物館は,1830年代に宣教師のベイリー夫妻が住んでいた家屋を復元して,ハワイ文化の遺品を展示したものです。
1830年代といえば,日本はまだ江戸時代です。ハワイは1780年ごろは大族長(アリイ・ヌイ)による島単位での統治が行われていましたが,1790年になるとカメハメハによって統一がはじまり,1795年にはニイハウ島とカウアイ島を除くすべての島を制圧されハワイ王国が誕生し,1810年にカウアイ島およびニイハウ島の割譲に成功して,ハワイ諸島の統一が成し遂げられました。
その後,ハワイ王国は栄えましたが,西洋からの侵略に耐え切れず,1898年にハワイの主権がアメリカ合衆国へ移譲され,1900年にはハワイ領土併合法が公布されてアメリカの諸法が適用されることとなって,ハワイ王国は滅亡しました。
このように,ハワイがひとつの国として存在したのは19世紀の約100年間と考えてもよいわけですが,この博物館は,ちょうどそのハワイ王国華やかなりしころの様子を伝えているものでした。
ハワイ島ヒロにもこうした博物館があるのですが,ほとんどの日本人はハワイに来てもこうした場所には訪れないものです。

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曇っていて寒かったハワイ島に比べて,到着したマウイ島は飛行機の機内から見ると,明るい日差しが降り注ぎ,ハワイらしいムードで,やっとハワイに来たという実感がしました。マウイ島で宿泊するのは,クラという高原の高級住宅地にあるB&Bに2泊,そこはすこしお高いので,残りの3泊はカフルイの街中にあるマウイ・ビーチホテルです。
2年前マウイ島にはじめて来たときは,今回宿泊するマウイ・ビーチホテルの隣にあるマウイ・シーサイドホテルに宿泊しました。カフルイの中心部にあるこれらのホテルは空港からわずかな距離だったのに,到着したときはすでに日が暮れていて道がわからず迷いました。それに比べたら今はすっかり道路も理解しているし,日本にいるのと違いはありません。ただし,うかつだったのは,私が今回宿泊するホテルが前回と同じと思い込んでいたことです。このふたつのホテルは隣同士なのですが,駐車場の広さといい,ホテルのロビーといい,今回のビーチホテルのほうが少しだけ立派でした。

ハワイ島は3年ぶりでしたが,マウイ島は2年ぶりです。ハワイ島と同様に,マウイ島も2年前に見どころはほぼすべて行くことができたので,特に何をしたいというものがほとんとありません。というよりも,まだハワイ島には行きたいところもあったけれど,マウイ島にはそれもまったくありません。そんなマウイ島には5泊するのですが,5日間も何をしようかと思って上陸しました。そう考えると,今回はかなり贅沢な旅です。
「何もすることがないことをする」というのが最も贅沢なことなのです。日本人には理解しがたいことでもあります。マウイ島での唯一の目的は,現在マウイ島でバケーションを楽しんでいるシアトル在住の友人Eさん夫妻と会うことだけなのです。
まずはカフルイのダウンタウンを目指して走りはじめました。ここにはモールがあるので,その2階のフードコートで昼食をとろうというわけです。カフルイは海に面していても海岸がビーチになっているわけでもなく,いたってつまらない場所です。ただし,大通りに面してモールがふたつあるので,食事にはまったく困りません。しかしこれでは日本にいるのと変わりません。

モールのフードコートで昼食を済ませてました。まだ今日の宿泊先に行くには早いので,夕方まで島の観光をすることにして,イアオ渓谷州立公園に行くことにしました。
先に,行きたいところがないと書きましたが,実は,このイアオ渓谷州立公園だけが,前回行くことのできなかったところです。それを思い出しました。前回,イアオ渓谷は行かなかったということではなく,行けなかったのです。そのときも行ってはみたのですが,途中で道路が閉鎖されていたのです。
偶然そんなことがあると,いつも閉鎖されているような気になるものですが,それは前回の特別な出来事だったようで,今回は何の問題もなく,公園の駐車場まで行くことができて,逆に調子抜けしました。

マウイ島はひょうたん型の島で,その西のほうの丸い部分の中央にかなり高い山がそびえていて,その中腹にあるのがイアオ渓谷州立公園です。高台からは針のように尖った異形を見せるイワオ・ヌードル(ハワイ名クカエモク)をはじめとする渓谷美が美しく,ここを訪れたマーク・トゥインがその昔「太平洋のヨセミテ」とよんだということです。
トレイルがあって,川沿いを歩くことできました。アメリカの公園はどこもこうしたごみひとつないトレイルがあって,そこをのんびり散策するのが,一番の楽しみなのです。その川畔で人が水の流れを見ながら思い思い過ごしていたのですが,水着姿の若い女性が「見て見て,私を見て」状態ではしゃいでいたのには驚きました。

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4日目の朝です。今日はハワイ島からマウイ島に移動します。
このところ明け方の空に木星,土星,金星と3つの惑星が並んでいて,そこに月が順番に接近しています。日本にいるなら毎朝早起きして写真に収めるところだなあ,と残念に思っていたのですが,調べてみると日本とハワイでは明け方の時間が違うので,日本とは違った見え方をして,幸運なことに,日本よりもハワイのほうが月が惑星に接近するのが見えるのです。この旅で星の写真を積極的に写す気持ちはなかったのですが,この天体現象だけは写そうと,一応三脚と魚眼レンズ,そして,2本のズームレンズを一眼レフカメラとともに持ってきたので,固定撮影で星の写真をとることができるようにはしてきました。

おとといの明け方は月が木星に接近しましたが,あいにく天気が悪く見ることができませんでした。昨日は木星と土星の中間にあったので魅力に欠けていて見る気もなかったのですが,この日の早朝は土星に接近するのでできれば見たいと思っていました。
私の泊っているところは街灯が結構明るいのですが,それでも,東の空が比較的暗い場所を昨晩調べておきました。もともと空の状態がいいので,街灯があっても星がたくさん見られるのです。そして朝5時。雲が切れていたので,写真を写すことにしました。そうして写したのが今日の写真ですが,同時に南の空に沈む南十字星のうちの3つの星もかろうじて写すことができました。
ハワイでは南十字星は地平線ぎりぎりになんとか見ることができるのです。

やがて夜が明けたので,チェックアウトをして空港に向かいました。
まだ飛行機の搭乗時間には早かったので,空港へ行く途中で遠回りしてヒロ近くの海岸まで行ってみました。ヒロからもマウナケア山の山頂を見ることができますが,なかなか天気がよい日がないので,今回の旅ではこれまで見ることができませんでした。幸いにこの日の朝は晴れていて,山頂にある望遠鏡のドームもいくつか見るここができました。ただし,すばる望遠鏡のドームを見ることはできません。3年前にはじめてハワイ島に来てマウナケア山の山頂に光るドームを見て感動したのを昨日のことのように思い出しましたが,これほどはっきりと多くのドームが見えたのははじめてでした。

そして,空港に向かいました。すでに昨晩ネットでフライトのチェックインはネットで済ませてあったので,車を返してそのままセキュリティを抜けて,搭乗を待ちました。素朴なヒロの空港はセキュリティの前に唯一のレストランがあって,セキュリティを抜けると売店しかありません。ここでもまた,3年前に売店で辛ラーメンととかいうカップヌードルを買って辛すぎて食べられず困ったことを思い出しました。
定刻に離陸してマウイ島に向かいました。今回の旅はフライトがすべて順調でした。
ハワイ島からマウイ島は近く,機内ではいつものようにジュースが配られるのですが,それを飲み終えたころにはすでにマウイ島への着陸態勢に入りました。
マウイ島のカフルイ空港はハワイ島のヒロ空港よりも広く,レンタカーのパーキングもシャトルバスに乗って向かうことになります。今回借りたのはカローラクラスだったのですが,用意されていたのはワングレード高い日産のSUVでした。SUVに限らず,ハワイで走っている多くの車が日産車なのですが,それはいったいどうしてなのでしょうか?

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ワイメアから州道190号線を南に走っていくところがハワイ島というよりもニュージーランド南島の牧草地帯のような雄大な感じで私は好きです。ここをまっすぐに南に行くとやがて州道200とのT字路に差し掛かり,左折して東に進むとマウナケア山の山麓を通ってヒロに戻ることができます。しかし,その前に,サドルロードというかなり上下差のある道路でショートカットができるのですが,この日はあいにく道路工事中で閉鎖されていました。交通整理をしている人に聞くと,いつ道路が通れるようになるのかわからないといわれたので,一旦はサドルロードに入ったものの途中で引き返すことにしました。
こうしてさらに州道190号線を南に下ることになって,やがてT字路に差し掛かりました。このまま州道200号線に入らずに州道190号線を南西にすすむと,私が3年前に来たときに滞在していたカイルナコナに行くことができます。

ハワイ島は日本人ご用達のリゾートであるホノルルや,アメリカの金持ちご用達のリゾートであるマウイ島とは違って,リゾートが少なく,オアフ島からハワイ島に1~2日のオプショナルツアーでやってくる日本人が宿泊するのは島の北西にあるワイコロアリゾートに限られます。したがって,ほとんどの日本人が知っているハワイ島というのはこのリゾートのことだけで,ここに1泊ほど宿泊して,1日20,000円もする現地ツアーでキラウエア火山やマウナケア山に出てくるわけです。そこで,キラウエア火山やマウナケア山以外の場所で日本人を見かけることはまれです。また,ワイコロアリゾートは島の西側にあるコナ国際空港からアクセスするので,何度ハワイ島に行ってもヒロに行ったことがないという日本人も多いのです。
そこで,そんな日本人の団体ツアー客を避けて,本当のハワイ島を観光したいと思うハワイ初心者は,3年前の私のようにカイルナコナに宿泊するのをお勧めします。

今回私はカイルナコナに行く気はなかったので,そのまま州道200号を東にヒロに戻ることにしました。
州道200号線を走っていくと,途中で左折するとマウナケア山に登ることができる道路との交差点に差し掛かるのですが,その少し前にマウナケア州立公園というだだっ広いだけの公園があります。マウナケア山のビジターセンターに行くことができないときは,星空観察ツアーはこの公園で星空観察をするわけです。
この公園を過ぎて,マウナケア山へのアクセス道路との交差点を越えると,たいていいつも急に天気が悪くなってきます。この日はすごい霧でした。ハワイに限らず,アメリカ本土でもこうした濃霧が発生することは多いのですが,こうしたとき,アメリカの道路はセンターラインと道路の端のラインがとても明白に自動車のライトに照らされて,対抗車線の道路端は赤く,センターは黄色く,そして,進行方向の道路の端は白く光るので,まったく危険ではありません。それに対して,ロクに道路のラインすらひかれていなかったりかすれているのに空に向かってライトを光らせる日本のバカげた道路は危険極まりないのです。

ヒロに戻ると,再び天気が回復していました。
幾度となく津波に襲われているヒロのダウンタウンには津波博物館があります。私はこれまで行ったことがなかったので,今回行くことにしました。その後,ヒロのいくつかの公園をめぐって,宿泊先に戻る途中で,ずっと気になっていた「ポンズ・ヒロ」という名前のレストランがあったので,そこで夕食をとりました。
これで,私のハワイ島の滞在は終了です。今回の旅で,前回行くことができなくて,ずっと気になっていたところはすべて行くことができて,すっかり納得しました。心残りといえば,たくさんいるといわれるウミガメを見ることができなかったことだけでした。

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ワイメアはハワイ島で3番目に大きな町です。このあたりハワイというより高原ムード満載の美しいところですが,これまでに何度も通ったことがあっても,町を散策したことがありませんでした。私には,ひとめぼれの片思いのようなところでした。そこで今回そのワイメアに行ってみたわけです。つまり,これもまた,やりたかったちょっとしたことのひとつでもありました。
ワイメアはパーカー・ランチ(Parker Ranch)を中心に成り立っている町です。日本語では「r」と「l」の区別がないので紛らわしいのですが,英語ではこのふたつの音をきちんと区別する必要があります。さらに「a」と「u」の区別も重要です。当然,ここでの「ランチ」(ranch)はお昼ご飯(lunch)などではなく牧場のことです。

ワイメアには東京23区の1.5倍もの広さがある大牧場があります。州道19号を走っていると町の中に入っていくので見逃すのですが,よく見ると周りは牧草地帯で,牛やら馬の姿も見えます。
ワイメアは1848年にジョン・パーマー・パーカーという人がハワイ島で野生化していた山羊,羊,牛を集めることを条件にカメハメハ大王から土地を譲り受けたのがはじまりです。ここではカーボーイを「パニオロ」,女性のカーガールを「パニオラ」とよび,彼らが広大な牧場をかけめぐっているのです。とはいえ,観光で訪れたときに,この町に特に何がということもでもなく,パーカー・ランチ・ショッピングセンターとワイメア・センターというふたつのショッピングセンターが道路を挟んであるだけでした。私は,混みあうワイメア・センターのほうにやっと車を停めて,どこかでお昼でもと散策したのですが,特にというお店もなく,歩いてパーカー・ランチ・ショッピングセンターのほうに行って,そこにあったフードコートを利用しました。

フードコートを出て,東のほうに目を転じると,そこに見えたのが晴れ渡ったマウナケア山でした。山頂にはたくさんのドームが光っていました。そこで思い出したのですが,3年前に,マウナケア山頂にあるすばる望遠鏡のドームがどこからで見られると思ってハワイ島に出かけた私ですが,マウナケア山の中腹にあるオニヅカ・ビジターセンターまで行ってもドームは見られず,私がはじめてすばる望遠鏡のドームを見ることができたのは,ビジターセンターを越えて,4,205メートルのマウナケア山頂まで行ったときでした。
その後,ワイメアを目指して州道190号線を北上していたときに,やっと地上からマウナケア山頂に輝くすばる望遠鏡のドームを眺めることができました。つまり,ハワイ島ですばる望遠鏡のドームを地上から見ることができるのは,このワイメアの町付近だけなのです。
そんなことを思い出しながら,私は,この日,ワイメアからヒロにもとるために州道190号線を州道200号線に向かって走りながら,左手にずっとすばる望遠鏡を眺めていました。この辺りはハワイというよりもニュージーランドを走っているような錯覚を覚えるところです。そしてまた,私がハワイ島でもっとも好きな場所なのです。

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ハワイ島滞在3日目です。今回のハワイ島でやりたかったささやかなことは2日目に達成したので,今日はとくにやりたいことはありません。この旅は,この後でいくマウイ島も含めて,特にやりたい,行きたいということがほとんどないのです。だからこそのハワイ旅行ともいえるのですが,これまでにたった一度来ただけなのに,そのときにしたいことをほぼすべてやってしまったというのが,私もまた働きバチのように観光旅行をするという外国の人が見たらバカげた日本人そのものではないですか。
というわけで,今日の予定の候補はふたつで,そのひとつはワイメアという町にいく,もうひとつはキラウエア火山を見に行く,というものにして,どちらにするかを考えました。キラウエア火山は先日噴火があって近づけなくなったのですが,それもどうやら下火となっているらしいのですが,こちらはハワイ島でもっとも人気のある観光地なので人が多く,行きたいと思いませんでした。当然3年前にお昼間と夜の2回訪れていて,そのときの様子はすでにこのブログに書きました。そこで,もうひとつの候補であるワイメアまでドライブすることにしました。

ワイメアはハワイ島北西の内陸部にある小さな町ですが,およそハワイらしくなくアメリカの中西部の町のようなところです。前回来たときも当然通ったのですが,そこで降りて観光をしなかったので,私のとっては車中からみてよさそうなところだと思っていただけで,実際のところどういったところか好奇心満載でした。そして,できればワイメアの町に数日宿泊してみたいものだとさえ思っていました。しかし,来るまえに調べてみたのですが,意外なことにワイメアには宿泊できるようなところがありませんでした。
私の宿泊しているヒロからはハワイ島の北海岸にそった州道19号線を走るルートと内陸部のマウナケア山の山麓を通る州道200号線をまっすぐに西に行くルートがあります。そこで,行きは北海岸を通り,帰りは内陸部を通ることにしました。
ハワイ島は四国の半分ほどの大きさですが,天候が様々で,場所によって晴れていたり曇っていたり,さらには雨が降ってきたりします。往路,この日は滞在はじめてヒロは天気がよかったのですが,走っていくうちに曇ってきてさらには雨が降ってきて,ワイメアに着いたときはまた晴れていました。また,復路はマウナケア山の山麓をすぎ峠を越えるとすっかり霧となり,ヒロに戻ったらふたたび晴れていました。

北の海岸線も3年前にすでに走りましたが,そのときに見過ごしたところがないかと走っていくと,州道19号線を離れて右折すると海岸ぞいの展望台に出る狭い道があったので,そこに入ることにしました。狭い道路を延々と走っていくと,やがて,海岸ぞいの断崖にでました。結構な車が道路わきにとまっていたので,私も車を停めて,トレイルをしばらく歩くことにしました。それが今日の写真ですが,ハワイというのはこの場所にかぎらず,ビーチよりもこうした断崖のほうが多いものです。
トレイルから戻って再び車で走っていくと,ハワイ・トロピカル・ボタニカル・ガーデンに出ました。そこには行ったことがあるのを思い出しました。そのときはかなり暑かった記憶があるのですが,この日は寒く,とても同じ場所とは思えませんでした。このあと,ずっと海岸にそって州道19号線をたどり,やがて着いたのがホノカワという古びた町でした。この町もまた以前通り過ぎたことがありますが,今回は車を停めて歩いてみることにしました。
ハワイのこうした古い町には日本人の名前のついたお店がたくさんあって,移民が多く定住していることをうかがわせます。

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今日の夕食もヒロで取ろうと,マウナケア山から戻って来ましたが,まだ夕食には時間が早かったので少し時間つぶしをすることにしました。
ヒロは狭い町でダウンタウンは徒歩で歩き回れるのですが,その周りにとんでもなく広い公園がたくさんあって,そこまで行くにはとても歩いて散策できるものではありません。そこでまず,気になったところを車でまわってみました。
まず目についたのがカメハメハ大王の像でした。
カメハメハ大王の像が建てられている場所は,ハワイ州内に3か所,アメリカ本土に1か所あります。そのなかでも最も有名なのは,オアフ島イオラニ宮殿向かいに建っている像です。おそらく日本人観光客の知っているカメハメハ像はこれであろうと思いますが,私は見たことがありません。また,ハワイ島北部のハヴィの町からポロル渓谷展望台への途中にあるにある小さな町カパアウにあるカメハメハ大王像が1番最初に作られた大王像です。ここには行きましたが,残念ながら像を見損ねました。そして,ヒロに大王の像が建てられたのが1997年で,これはハワイ州にある大王像の中では1番新しいものです。

カメハメハ大王像を見終えてからさらに車で走っていくと,その近くにスポーツ公園がありました。そこには野球場をはじめとしたスポーツ施設が建てられていますが,その一角にどこかで見覚えのある建物を見つけました。
ヒロでは毎年イースターから1週間の期間でハワイで最も権威あるフラの祭典「メリー・モナーク・フェスティバル」が開催されます。これは,選抜されたフラダンサーたちがカヒコ(古典)やアウアナ(現代)などのフラを「ミスアロハ(若い女性)」「ワヒネ(女性)」「カネ(男性)の3部門で競うものです。私は3年前にはじめてのハワイ旅行でハワイ島に来たときが偶然その日だったので,ホノルルからの機内で参加者をたくさん見て,このイベントを知りました。そして,ホテルのテレビで生中継を見ました。ちなみに,「メリーモナーク」とはハワイ王朝時代の国王デビッド・カラカウアの「陽気な王様」というニックネームのことです。そのときはどこでやっているのだろうと思ったのですが,その場所がまさにこのエディス・カナカオレ・スタジアムでした。

さて今日の夕食ですが,昨日お店の前を通って気になっていた「パイナップルズ」に行くことにしました。
食べたのはカボチャカレーでした。そしてもちろんパイナップルジュースを追加しました。ここはオープンエアのレストランで,外から見ていると入りたくなる雰囲気のところです。メニューはハンバーガーやタコス,グリルなどでボリュームがありリーズナブルということです。
店内のカウンターにはテレビがあり,スポーツ観戦を楽しむ人もいるそうです。ここでは金曜日の夜には音楽の生演奏も行われているということでした。

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今回私がハワイ島でやりたかったもうひとつのことは,マウナケア山中腹にあるオニヅカ・ビジターセンターですばる望遠鏡のシールが買いたかったことなのです。このシール,日本では手に入りません。
3年前,ハワイのことなど何も知らずやってきた私は,せめてハワイ島マウナケア山頂のすばる望遠鏡のドームが見たいものだ,願わくばすばる望遠鏡も見たいものだと思いました。しかし,調べていくうちにそれがかなり困難なことだとわかりました。すばる望遠鏡自体は公開されているのですが,行くのが大変なのです。

標高4,205メートルのマウナケア山は途中にオニヅカ・ビジターセンターがあって,そこまでは誰でも行くことができます。そこから先がダート道で4WDが必要とのこと,また,ツアー会社でチャーターするとかなり高価なのです。しかし,それよりもっと問題なのは山頂が強風だと道路が閉鎖されて登れないことが多いということなのです。
3年前の私は南十字星見たさに深夜にビジターセンターまで登りましたが,その後,南十字星なんてオーストラリアで見ればいいと知ったので,もはやハワイで星を見ようとも思わなくなって,今回はお昼間にビジターセンターに行ってシールを購入することだけを考えていました。

アストロノミー・センターを見終えてから時間があったので,この日の午後,マウナケアを目指すことにしました。ヒロからは州道200号線(ダニエル・イノウエ・ハイウェイ)で38マイル(60キロメートル)の道のりです。
この日,ヒロからずっと霧雨が続いていたのですが,峠を越えた瞬間に晴れ上がりました。ハワイ島の天気は場所によって目まぐるしく変わるのです。やがて,マウナケアアクセス道路に右折して山を登り,ビジターセンターに着いたのですが,快晴ににかかわらず,この日もまた山頂への道路は閉鎖されていました。何でも山頂は強風と雪ということでした。私は念願のシールを手に入れて,早々に引き上げました。

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ついに,私はイミロア・アストロノミー・センターに来ました。3年前に来ていたら,今回再びハワイ島に来ることはなかったことでしょう。そう考えると,旅というには何かひとつやり忘れてくるほうがよいのかもしれません。
現在地球上で星をきれいに見ることができる場所は限られています。そこでそうした場所には国籍を越えて世界各国の観測機器が集まっています。有名な場所はスペイン領のカナリア諸島,南アメリカ・チリの山岳地帯,そして,ハワイです。
日本の誇るすばる望遠鏡もハワイ島マウナケア山頂にあります。望遠鏡はコンピュータによる自動制御が行われるので,観測の拠点は強風吹き荒ぶ山頂4,205メートルから下界に降りたハワイ大学のヒロ校舎にあります。そこで啓蒙活動のために同じ構内にこのイミロア・アストロノミー・センターがあるのです。

館内には展示とプラネタリウムがありました。プラネタリウムは時間ごとに違ったメニューが上映されるので,私は午後1時からのものを選びました。そこで展示を見てから併設されたレストランで昼食をとって時間をつぶすことにしました。
展示は期待したほどのものではありませんでした。日本の科学館といい勝負です。
私は3年前には南十字星すら満足に見たことがなく,満天の星空さえ見たことがなく,さらにまた,マウナケア山というところにも大いなる願望をもって,わけもわからずハワイ島に来たので,ずいぶんと無謀なこともやりました。しかし,ビギナーズラックとはよく言ったもので,そのときの到着1日目のヒロは雲ひとつなく晴れ渡っていました。

その後いろんな経験をして,アマチュアが満天の星空を見るならオーストラリアに限るということも知り,また天文学の知識も増したので,もはやハワイで星を見ることには何の興味もありません。そこで今回は,星を写すために星の動きを追尾する機材である赤道儀すら持っていません。ただ前回来ることのできなかったイミロア・アストロノミー・センターに来たかっただけでした。
しかし,せっかく来たのに展示もプラネタリウムも今ひとつでした。ともあれ,それもまた来なければわからなかったことなのでよしとしましょう。いずれにせよ,一般向けの博物館というのはテレビ番組同様,どういったレベルにするかというのは頭の痛い話なのでしょう。

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2日目の朝が来ました。このコテッジは朝食のサービスがあるというより自分で賄うという方が正解なのですが,準備されている食材はパンとシリアルと果物くらいのものです。それでもまあお腹を満たすには十分です。部屋にあったコーヒーはさすがにコナコーヒーでした。

今日は前回ハワイ島でできなかったことのうちの最大だったイミロワ・アストロノミー・センターに行く予定でした。ヒロにあるハワイ大学の構内にこの宇宙に関する博物館があります。前回もその気があれば行けたのに,帰国の前日にはじめてその存在を知って行ってみたら,たまたま月曜日でお休みだったのです。このときのことをブログには次のように書きました。
  ・・・・・・
しかし,私はこういうとき,いつかはそれを必ず実現しているから,おそらく,数年うちにはこの博物館を訪れるに違いない。
円錐形の形をした建物で,つくづくここに来ることができなかったのを残念に思ったのだが,きっと,私は数年のうちにはここに来ることになるであろう。まあ,私の人生そんなもんだ。
  ・・・・・・
ということで本当にそうなったのです。

開館にはまだ時間があったので,ヒロの町に寄ってマーケットを見ました。こうしたマーケットは週末だけのところが多いのですが,ヒロは毎朝やっています。午後にも営業しているところがあります。売り切るまでやるのでしょう。ヒロもまた,郊外に大きなショッピングセンターができているので,こうした昔ながらの一角の将来が心配になります。ヒロはダウンタウンだけは日本の昭和のような場所です。現在外国で中国語やハングルよりも日本語が目につくのはもうハワイくらいのものですが,そんなヒロもまた日本以外のアジアが目につくようになって来ました。

イミロワ・アストロノミー・センターへ行く途中で足を伸ばして,レイボー滝に行ってみました。前回も行ったのですが,今回も虹は見えませんでした。ここはヒロからわずかのところにあるので多くの観光客が訪れて駐車場もいっぱいなのですが,大した見どころがあるわけでもないので早々に引き上げて行きます。
レインボー滝などという名に釣られるのでしょうが,虹なんて滅多に見られないのです。私は今回もダメでした。その代わりにヒロの町で虹を見たのでよしとしましょうか。

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私が今回ハワイ島でしてみたかったちょっとしたことにひとつ目はEbisuyaというお寿司屋さんを再訪することでした。3年前に来たときはヒロの町には半日ほどしかいなかったのですが,そのときにお昼を食べたところ。そのとき,また来るねと言ったので行って見ようと思ったわけです。場所は定かでなかったのですが,さほど広くもないヒロの町,なんとか見つけました。
ところが開店時間の5時になっても店は開きません。なんの掲示もないのですが,店内は改装中みたいな様子でした。せっかく来たのに残念なことでした(その2日後,改装中という張り紙がありました)。

そこでそのお店の近くにあったベトナム料理店に入りました。ベトナム料理といってもメニューにあるのはフォーばかりでした。フォーというのは日本のきしめんのようなもので,違いは原料が米粉と水,つまりライスヌードルの一種です。それはいいとして,いろんな種類があってさっぱりわかりません。スープやサラダ具が違うということなのでしょうか,どれを選んでも値段は一緒だったし,まあ何を選んでもいいかと半分目をつぶり適当に注文しました。
はじめに山盛りのモヤシが登場しました。どうすればいいのかわからず周りを見渡すと隣のテーブルに若い男性客がひとりでいたので,すべて彼のやる通りに食べることにしました。要するにトッピングしちゃえばいいのです。
食事を終えて,ヒロの町をとめどもなく歩き,最後にスーパーマーケットでペットボトルを買って帰りました。現地時間では夜の7時だというのにやたらと眠たいのには困りました。長い1日目はこれで終了です。

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3年前は南十字星すら満足に見たことがなかったから,とにかくハワイに行って南十字星を見たい,そしてできればマウナケア山頂にあるすばる望遠鏡のドームが見たいという一念でした。ハワイ島には東にヒロ,西にカイルアコナという町があって,ヒロは天気が悪くコナは天気がいいという話だったので,コナに泊まろうと思ったのですが,到着する空港がヒロでしかも夜遅かったので1泊目だけヒロということになって予約をしたのがアーロンコテッジという空港の近くの安宿でした。
帰国して以来なぜか懐かしくなってまた宿泊したいなあと思うようになりました。それが今回3泊するところなのです。

このコテッジは部屋が全部で4部屋くらいで年配のオーナーがやっている民宿みたいなところです。多くの日本人の考えるハワイとはまったく違う世界です。朝食のサービスはあってキッチンに用意されたものから自分で適当に作ります。
3年前に来たときはハワイ島で念願だった南十字星を見ることができたのですが,それ以来,南半球のオーストラリアやニュージーランドに何度も足を運んだので,もはやハワイで南十字星を見る気持ちもなくなりました。

今回の旅の行き先はマウイ島で,その前にハワイ島に足を運んだのは,3年前にやり残したわずかなことをするためだったのですが,懐かしさもあって再び同じコテッジに泊まることにしたのです。
3年ぶりのコテッジ,あのときと変わったのか変わらないのか,当時は無我夢中だったのに,来てみるといろんなことを覚えていたのが不思議なことでした。

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はじめて行くときは思い入れが強く行動的なのですが,2回目となるとそうはいかないのはどこに行っても同じです。3年前はじめてのハワイでハワイ島に来てまったく勝手もわからず,それでもビギナーズラックでやりたいことはほとんどやってしまったので,今回のハワイ島はそのときの余韻を楽しむ旅となりました。
前回はデルタ航空のサイトでハワイ島ヒロまでのチケットを買ったためにセントレアではなく成田から,しかも,ホノルルからの乗り換え便が悪く選択され,ホノルルで10時間も待ち時間があったために,幸か不幸かホノルル観光をしました。また,ホノルルでの国内線の乗り換えにも戸惑いました。その教訓から,日本からハワイまでだけをデルタ航空で,ハワイの島間のハワイアン航空は別に購入することにしました。さらにはハワイアン航空のメンバーにもなりました。この方が自由に時間が選べるしチェックインが楽なのです。旅は究極の知恵比べなのです。そんなことをいろいろと思い出しながらの旅です。

わずか3年とはいえそれも遠い昔のこと。今回はすべてがすんなりとあっけなく過ぎていきます。ハワイアン航空は窓際席を選んだので眼下にハワイの島々が見えてきました。残念だったのは雲が多いことでした。
配っていたジュースを飲み終えたころにはハワイ島が見えてきました。ハワイの島の中でもハワイ島ヒロの空港が一番のどかで私は好きです。空港を出たところにレンタカー会社のカウンターがあってすぐに車を借りることができますし混雑していないからです。ハワイでは日本の免許証が使えるので国際免許証は不要です。ただし,日本の免許証には英語表記がないのでパスポートの提示も必要でした。
今は iPhone で走っている場所がわかるのでカーナビも不要,毎年いろんなことがどんどん変わっていきます。ずっと変わらず置いてきぼりをくらっているのは日本だけでしょう。

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今回が5回目のファーストクラスでした。はじめて乗ったのはファーストクラスが何ものかも知らない若いころのアメリカ旅行で,席が空いているからとアップグレートになりました。その次が交通事故にあって足を骨折して帰国したときでした。実はその前にも一度友人とアメリカから帰るときに1席だけファーストクラスが空いていたことがあるのですが,そのときは友人に譲りました。3回目はダブルブッキングの振替で,4回目は機内に入ってからキャンセルが出てウェイティングリストの筆頭だった私にファーストクラスがまわって来ました。そして今回です。
ファーストクラスで楽なのは座席がフルフラットになることです。食事は和食を選びました。帰りは洋食にしましょう。食事の後にはアメリカ人定番のアイスクリーム,そしてコーヒー。これが夜の10時に出てくるのだからさすがに食べ過ぎです。到着までにブタになりそうです。
ハワイまではわずか6時間なので,フルフラットとはいえ,寝る時間などほとんどありません。いつものように寝たのか寝ていないのかわからぬまま機内が再び明るくなって起こされました。日本時間ではまだ午前3時なのですが,ハワイ時間ではすでに8時です。朝食が出ました。

私が座っていたのは最前列右側の窓際でしたが,左にはハワイに住んでいるという男性,その後ろ中央2列前後に4人組の60歳になるというグループ旅行でウキウキの女性たち,そして,私の後ろが1歳の男の子を連れた女性でした。
機内でiPhoneに入れてあった,はじめてハワイに行ったときの写真を見ていて懐かしくなりました。なんといろんなところをまわってしかも楽しかったのだろうと。
あのときからわずか数年しか経っていないのに,あのときめきはどこへ行ってしまったのかなあと,なんだか情けなくなってきました。飛行機に乗る前セントレアのラウンジで読んだ「ナンバー」という雑誌にあった稀勢の里の記事とダブってきて複雑でした。月日は容赦なく流れ元には戻れず人は年老いるのです。

そうこうするうちに,眼下にハワイの禁断の島ニイハウが見えて来ました。あと20分で着陸という放送がかかりました。現地の気温は29度だそうです。到着後入国して,これからハワイ島に向かう国内線に乗り換えです。待ち時間が4時間,ラウンジでしばしの休息です。旅とは待つことなのです。

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ハワイに行きます。ハワイは,一昨年の秋にカウアイ島に行って以来です。
一時はハワイにハマって,この先はラナイ島とモロカイ島に行って観光で行くことができるハワイ6島全島制覇などと意気込んでいたころもありましたが,すっかり年老いてその気もなくなってきました。いや,年老いたのではなく,ヨーロッパに出かけるようになってその魅力にハマってしまい,ハワイなどどうでもよくなったというのが真相です。
その一方で,昨年11月下旬にオーストリアに出かけて以来3か月海外旅行をしていないうちに,精神状態がおかしくなってしまったようで,何か精密な時計の部品からネジが1本外れて,振るとゴロゴロと音を立てているような,心がそんな状態に陥りました。そこで心の修理を兼ねて,何はともあれ,ハワイです。これで正常に戻るといいのですが…。

数日前,半年以上前にフライトのチケット(もちろん最安値のエコノミー)を購入してからずっとそのままにしてあったので,座席を選択しようと久しぶりにネットで調べてみると,なんとファーストクラスがわずか40,000マイル弱でアップグレートできるではないですか。びっくりしました。私はデルタ航空のマイレッジを360,000マイルも溜め込んでいて使い道に困っていたので,さっそくアップグレードしました。ということで,今回は往復ともファーストクラスなのです。
出発の日になりました。いつもの通り私がその定刻運行にまったく信用していない名鉄に何があるかわからないので早めに自宅を出たのですが,この日は極めて順調で,セントレア・中部国際空港に着いたのが出発時刻午後9時40分の3時間も前でした。
今回はすでに自宅でチェックインを済ませてチケットもiPhone のWallet に登録してありました。また,キャリーバッグも機内持ち込みにしたので,空港に着いたらセキュリティを通って出国して乗るだけだったのですが,一応チェックインカウンタに行ってどうしてこんなに安いのか聞いてみると,この時期は空いているからということでした。往復で10万円もしないのにファーストクラスでハワイ旅行ができてしまうわけです。嘘のような話です。このごろはハワイアン航空も名古屋から就航しているし,こんなことではデルタ航空は撤退かもしれません。

セキュリティを通りました。正直言ってアメリカ旅行は年々セキュリティが厳しくなって,セントレアから出国するのは面倒で出発する前に不快になってしまいます。そもそも私はれっきとした「TSA Pre」資格者なので,アメリカの空港では簡易セキュリティで通過できるのです。デルタ航空の顔が効く成田空港も同様です。だから,TSAゲートすらない田舎のセントレアで一般客と同様なセキュリティを通過させられる必要などないのです。アホかと思います。
そんなこんなで出国手続きを済ませてもまだまだ出発まで時間があって,しかし,出発後におそい夕食が出るので時間つぶしに食事をすることもできず,ラウンジでまったり過ごすことにしました。

お昼間と違い閑散としたラウンジにいるのはお金持ちふうの年配の夫婦ばかり。きっと高いお金を出してホノルル観光の方々でしょう。現地で車を運転するわけでもなく,ホノルルのリゾートホテルに滞在してフラダンスでも見るのでしょう。そこまでしてハワイなんぞに行かなくても日本の温泉でおいしいものでも食べていた方が,と私は思うのですが,それはおせっかいですか。
私が今回出かけるのは,いつものように日本人だらけのオアフ島を避けてハワイ島とマウイ島ですが,何をするかまったく予定がありません。どうしましょう?

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