しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

カテゴリ: クラシック音楽を聴く

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【Summary】
At the Kyoto Symphony Orchestra’s February subscription concert, Schubert’s “Tragic” Symphony sounded unexpectedly bright and refined, contrasted with the raw, expansive first version of Bruckner’s Third. Its long slow movement, rugged scherzo, and dramatic pauses proved challenging yet compelling, reaffirming the unique power of Bruckner’s symphonic world.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会。
 1曲目はシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)。シューベルトにかかると,悲劇的も悲劇的にならず,明るくなってしまう。これが救いです。要するに,あか抜けているのです。2曲目は,それに対比するように,ブルックナーの交響曲第3番。特に第1稿(初稿)。これほどあか抜けていない曲はあるのだろうか。よくいえば素朴。
 ということで,この2曲を並べたのが妙でした。

 ブルックナーの交響曲第3番,第1稿は,第1楽章はともかく,長く,それも通常の長さでない第2楽章。これが退屈でないのがすごいわけですが,このごろやっと,ブルックナーがよくわからない,という人の気持ちがわかるようになりました。あの,行ったり来たり,煮え切らない時間は,そりゃ,そのよさがわかるのは,というか,受け入れることができるのは,並大抵のことではないのかもしれません。悪くいえば,長いだけで中身のないモテない男の話みたいです。私は,第3番に限らず,ブルックナーのほどんどの交響曲に共通するこの緩徐楽章のすばらしさこそがその魅力だと思うのですが。
 そして,第3番の第1稿がさらに魅力的なのは,第3楽章です。ブルックナーの交響曲は,スケルツォが独特で個性的ですが,第1稿と第3稿違いは,劇的な構成の短縮とコーダにおけるブルックナによる41小節におよぶ追記の採用の有無です。第1稿は長大で精緻,それに対して,第3稿では簡潔かつ効果的に改訂されました。そこで,第1稿は,初期の生々しいブルックナーの音響が残されていて,より荒々しいスケルツォの雰囲気をもっているわけです。
 また,特筆すべきは第4楽章のこれでもかこれでもかとやってくる休符。これがブルックナー休符といわれるものですが,この休符はうまく演奏すれば非常にこころに残るし,下手をすれば,めちゃくちゃになってしまうわけで,おそらく,演奏者にとっては正念場でしょう。今回はとてもよかった。
 この第3番は,根底にあるのがワーグナー。そこで,ワーグナー交響曲とよばれる所以ですが,ワーグナーのメロディが時折ひょっこりと顔をだす,それもまた,聴きどころです。

 今回の演奏会に限らず,どの演奏会でも,ブルックナーの交響曲となると,それを好む人が一定数いて,会場にやってくる。そこで,曲が終わると独特なムードになります。今回もそうでした。
 京響の定期演奏会の観客はおとなしいのですが,今回はやたらと「ブラボー」がかかりました。 
 私は,久しぶりにブルックナーの交響曲を聴いて,やはりいいなあ,と思いました。京都市交響楽団の定期演奏会では,今年は10月の第716回で第6番が演奏されます。私の大好きな第6番。これもまた楽しみです。
 なお,下記の写真は,ウィーンにあるシューベルトが実際に使用した眼鏡です。

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【Summary】
The February 2026 Kyoto Symphony concert, conducted by Jan Willem de Vriend, paired Schubert’s youthful, dramatic Symphony No. 4 with Bruckner’s rarely heard Third Symphony in its original 1873 version. The performance highlighted contrasts between lyric intensity and raw, expansive writing, emphasizing silence as a vital musical element.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会を聴きました。
 2026年2月13日に行われたこのコンサートは,指揮が首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーントさんで,曲目がシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)とブルックナーの交響曲第3番第1稿(初稿)でした。
 シューベルトとブルックナー,いつものように,なかなか魅力的な組み合わせです。
 京都市交響楽団のXに
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 今回は初稿を演奏しますが,マエストロはこの曲で 「「静寂」を音楽として響かせたい」と語っていました。「信じられないほど多くの休止が打たれていて,こんなにも「静寂」がある交響曲を他に知りません。今回の演奏で,この大胆さ,力強さ,そして静寂を,音楽として響かせることができたらと願っています。
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とありました。

 1816年,シューベルトが19歳のときに書かれた交響曲第4番は,シューベルトの交響曲の中では珍しい短調(ハ短調)の作品で,ベートーヴェンの影響を感じさせつつもシューベルトらしい旋律美と和声の豊かさが光ります。
 深い静けさと緊張感をたたえ「悲劇的」な雰囲気をもつ第1楽章の導入部から一気にエネルギッシュな主部へと展開しくので,若きシューベルトの情熱と構成力が感じられ,少し影のある美しさが魅力的な曲です。
 ブルックナーの交響曲第3番は第1稿ということです。私は,かつて,NHK交響楽団の定期公演で,ブロムシュテッドさんが指揮をしたものを聴いたことがありますが,ほとんど演奏されません。
 そもそも,ブルックナーの交響曲は,オーストリアの田舎者が書いた素朴で洗練されていない交響曲と揶揄されますが,だからこそ,多くの人がやんのやんのとケチをつけるので,改訂を経るうちに,それでも,なんとか都会らしさを身につけていきました。そこで,改訂されていないものは,その泥臭さがふんだんに残っています。
 ここで何度も書いているように,私は,交響曲第8番の第1稿を聴いたとき,聴きどころになると変なメロディが出てきて邪魔をし,突然おかしなことになり,こりゃないぜ,と思いました。それは,おそらく,聴きなれた第8番だったので,それと違うものに戸惑いがあったということでしょう。しかし,ほとんど聴くことのない第3番は,そうした先入観がないだけ,第1稿に新鮮さを感じます。
 ということで,1873年に書かれ,後年の改訂版に比べて自由で荒削り。ワーグナー的な響きや長大な構成が残っている「そのままのブルックナー」を感じさせる,なが~い第3番の第1稿を「「静寂」を音楽として響かせたい」と願うマエストロですが,それは,音の間や余白にまで神経を感じるものに違いないものになる,と期待したのでした。

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【Summary】
On February 6, 2026, I attended Naoko Kanazawa’s viola recital at HITOMI Hall in Nagoya, featuring 20th-century British works. With pianist Minatsu Kanazawa, she performed refined and powerful pieces, highlighted by Rebecca Clarke’s impressive Viola Sonata, in the hall’s intimate and engaging atmosphere.

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 2026年2月6日,名古屋市のHITOMIホールで,「叶澤尚子ヴィオラリサイタル ~20世紀に生まれたイギリスのヴィオラ作品を集めて~」が行われたので,聴いてきました。
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 ある日,いつも一緒に演奏してくれるピアニストの金澤みなつさんから「レベッカ・クラークのソナタ弾かないの?」という一言。思えばヴィオラの名曲にも関わらず今まで機会がなく演奏したことがありませんでした。
 イギリスの作曲家レベッカ・クラークといえば,女性ヴィオラ奏者として大きな歴史を切り拓いた人物。そのドラマティックな人生に敬意を称してこの度プログラムのメインとすることにしました。レベッカ・クラークの作品と,同じ時代にイギリスに生きた作曲家たちの素晴らしい名曲たちをお届けいたします。
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 出演は,叶澤尚子さんのヴィオラ,金澤みなつさんのピアノ。
 プログラムは,ヴォーン・ウィリアムズ(Vaughan Williams)のグリーンスリーヴスによる幻想曲 ( Fantasia on Greensleeves),レベッカ・クラーク(Rebecca Clarke)の古いイギリスの調べによるパッサカリア(Passacaglia on An Old English Tune),エドウィン・ヨーク・ボウエン(Edwin York Bowen)の幻想曲 (Phantasy…intermission…),フランク・ブリッジ(Frank Bridge)のヴィオラとピアノのための4つの小品(Four Pieces for Viola and Piano),レベッカ・クラーク(Rebecca Clarke)のヴィオラソナタ(Sonata for viola and piano)。すべて私にははじめての曲でしたが,グリーンスリーヴスによる幻想曲はなじみのあるグリーンスリーヴスのメロディが流れて,こころが洗われました。
 アンコールはエルガーの「夜の歌」でした。
 先日,叶澤尚子さんがヴィオラの曲は少ない,と話していましたが,何の何の,すばらしい曲があるものだなあ,と思いました。イギリスの曲は品があります。そして,こころが豊かになるとともに,何か誇らしくなります。なかでも,最後に演奏したヴィオラソナタは圧巻でした。力強さとユニークさが加わりました。

 HITOMIホールは,コンタクトレンズ「メニコン」のANNEX内にある110席規模の小さな多目的ホールで,室内楽やリサイタルに向いた「親密さ」が魅力の空間です。
 コンセプトは「視ることから広がる感動を共有する」多目的ホール。
 こうした大きさのホールで室内楽を聴くのはとても楽しいものです。名古屋にも,HITOMIホール以外にも,宗次ホール,再生した三井住友海上しらかわホールなどがあって,身近に音楽を楽しむことができます。いいものです。

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【Summary】
Kyoto Symphony Orchestra’s concert featured returning conductor Junichi Hirokami, pianist Kenji Miura, and a finely curated American program. Bernstein’s Slava!, Bartók’s luminous Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3 offered freshness, vitality, and discovery, reaffirming the orchestra’s consistently stimulating programming.

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 京都市交響楽団の定期演奏会は,私が今,最も楽しみにしているもののひとつです。
 今回の指揮者は広上淳一さん。2008年4月から2022年3月まで京都市交響楽団の常任指揮者だったこともあって,里帰りという感じでした。若いころに比べて,角が取れたというか,好々爺のような感じになって,今は,日本のクラシック音楽界の盛り立て役のような役割です。とはいえ,調べてみると,私より若い!
 バルトークのピアノ協奏曲第3番を弾いたのは,現在,ベルリンを拠点に活動している32歳の三浦賢司さん。演奏の特徴は詩的な感性と構築的な明晰さの融合にあるということです。
 また,コンサートマスターは,石田泰尚さんでした。

 1曲目,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲)は,クラシック音楽というより,ミュージカルの序曲のようでした。明るくて楽しくてよかったです。
 2曲目,バルトークのピアノ協奏曲 第3番は,バルトークが晩年に書いたものですが,明るく澄んだ響きと自然への憧れが感じられる救いの曲でした。特に,第2楽章は静謐な祈りのような音楽で,森の中の鳥のさえずりを思わせるパッセージも登場する,というものでした。また,終楽章は,生命力に満ちたエネルギーとともに,切なさを含んだ響きが交錯し,晩年のバルトークの心情を表現していました。
 私は,京都市交響楽団の定期演奏会でピアノ協奏曲をはじめて聴いたように思うのですが,座席が最前列,ということもあって,ピアノの音がとても大きく力強く聴こえて,不思議な体験ができました。
 アンコールは,ワイルド(Earl Wild)の「ガーシュインによる7つの超絶技巧練習曲」(Seven Virtuoso Etudes on Popular Songs by George Gershwin) より「No.4 Embraceable You」という掲示がありました。ガーシュウィンの名曲を,ワイルドが自ら編曲・演奏した超絶技巧ピアノ作品集の中の1曲だそうです。
 3曲目,コープランドの交響曲第3番はなかなかすばらしい曲でした。よく計算された構成で,しかも最後は盛り上がり,こういう曲はいいものです。

 ということで,毎回思うのですが,京都市交響楽団の定期演奏会はプログラム構成がすばらしいです。さまざまな曲を聴くことができるし,ソリストもいい。私は,もう何十年もクラシック音楽の演奏会に出かけているのですが,それでも,はじめての曲が次から次へと出てくるし,刺激的です。
 また,京都市交響楽団は,管楽器セクションがとりわけ上手なので,今回の曲でもそれが引き立ちました。
 さて,次回,第708回は,今回とはうって変わって,シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragishe)とブルックナーの交響曲第3番第1稿。これもまた,私の大好きなドイツ音楽です。

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【Summary】
The Kyoto Symphony Orchestra presented an American-themed program with Bernstein’s Slava!, Bartók’s Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3. The concert traced exile, humor, lyricism, and national spirit, revealing how American experience shaped diverse musical voices into a powerful, hopeful artistic statement.

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 2026年1月24日。京都市交響楽団第707回定期演奏会は指揮が広上淳一さん,ピアノ独奏が三浦謙司さんで,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲),バルトークのピアノ協奏曲第3番,コープランドの交響曲第3番でした。
 いずれもアメリカに関わりのある曲ということで,この時期にアメリカンプログラム? というのも意外な感じでしたが,私はアメリカが好きなので,悪くないです。

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●バーンスタインの「スラヴァ!」(Slava!)
 バーンスタイン(Leonard Bernstein)が1977年に作曲した吹奏楽曲。「スラヴァ」はロシア語で栄光あれという意味だそうで,バーンスタインの友人でソビエト出身のチェリスト,ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich=愛称・スラヴァ)がワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督に就任したときのお祝いとして作られたものです。
 バーンスタインらしいジャズっぽいリズム,皮肉っぽいユーモア。途中でラジオのチャンネルを切り替えるような効果音が入ったり,「スラヴァ!」と叫ぶ声が聞こえたり。いかにもバーンスタインという感じです。
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●バルトークのピアノ協奏曲第3番
 どうしてアメリカンプログラムでバルトーク(Bartók Béla)? と思ったのですが,ハンガリー出身のバルトークはナチス政権の台頭やハンガリーの政治状況に強い危機感を抱き,1940年に妻ディッタ(Pásztory Ditta)とともにアメリカに渡り,ニューヨークに移住したのでした。
 ピアノ協奏曲第3番は遺作ともいえる作品で,終楽章の最後の17小節は未完成で,弟子シェルイ(Serly Tibor)が補筆して完成させたもので,穏やかで透明感があるのが特徴です。
 深い感情とアメリカでの孤独や希望が溶け込み,魂がそっと語りかけてくるような曲です。
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●コープランドの交響曲第3番
 1944年から1946年に作曲され,第2次世界大戦の勝利を祝う,コープランド(Aaron Copland)の交響曲第3番は,「アメリカの魂」が音になったような広大で希望に満ちた交響曲で,終楽章に「市民のためのファンファーレ」(Fanfare for the Common Man)を組み込んでいます。
 アメリカ音楽の金字塔ともいわれ,開放的な和音,素朴な旋律,リズムの躍動感は,風に揺れるアメリカの大草原や広がる空が広がる,いかにもアメリカ,という音楽です。
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 「スラヴァ!」(政治的序曲)ははじめて聴きました。ピアノ協奏曲第3番は,時折,聴いたことがあるような,という旋律がありましたが,おそらくはじめてでした。交響曲第3番もはじめてでしたが,コープランドには,「アパラチアの春」(Appalachian Spring)という私の好きなすてきな曲があって,その面影が垣間見られました。
 感想は次回。

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【Summary】
On January 16, 2026, I attended Nagoya Philharmonic’s 541st concert mainly to hear concertmaster Kyoko Ogawa’s solo debut in Brahms’ Violin Concerto. Although I questioned the program’s conceptual theme, her passionate, dedicated performance proved deeply impressive and unforgettable.

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 2026年1月16日,久しぶりに名古屋フィルハーモニー交響楽団第541回定期演奏会に行きました。
 曲目は,ブラームスのヴァイオリン協奏曲,エルガーの「スルスム・コルダ」(Sursum Corda),そして,エニグマ変奏曲(Variation on an Original Theme for Orchestra "Enigma"=管弦楽のための創作主題による変奏曲「エニグマ」)。指揮は松井慶太さんで,私にははじめての名前でした。ヴァイオリンは,コンサートマスターの小川響子さんでした。松井慶太さんは八戸市出身だそうで,沖澤のどかさんと同郷です。3歳ほど年上で,接点はないみたいですが…。小柄な人が多い日本の指揮者ですが,長身で,なかなかかっこよかったです。
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 2024シーズン急遽代役として定期デビューを果たした松井慶太が満を持して再登場!
 川瀬音楽監督の友人でありよきライバル。英国の大作曲家エルガーが妻や友人をモチーフに描いた交友録「エニグマ変奏曲」。そして,我らがコンサートマスターの小川響子がソリスト・デビューする〈友人たちの肖像〉は会場を温かく包み込むでしょう。
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 私が出かけた理由は,小川響子さんのソロデビューを聴きたかったからで,エルガーの2曲のうち「エニグマ変奏曲」は,以前,NHK交響楽団の定期公演で聴いたことがありますが,特に興味はありませんでした。
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 名フィル第541回定期演奏会〈友人たちの肖像〉で,小川響子がついにソリスト・デビュー‼ 葵トリオのヴァイオリニストであり,名フィルのコンサートマスターとして普段はオーケストラを牽引する彼女が,ソリストとしてブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏します。
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とありました。
 ブラームスのヴァイオリン協奏曲をコンサートマスターの小川響子さんが演奏する,というのがこの演奏会最大のウリです。で,私もそれが動機で聴きにいったわけです。

 ところで,名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会はいつも何らかのテーマが提案されます。今回は〈友人たちの肖像〉。
 2曲目エルガーの「スルスム・コルダ」は,ラテン語で「心を上げよ」という意味で,聖別されたパンを高く挙げる「聖体奉挙」というカトリックの儀式を意味します。エルガーはこの作品を亡き友人の追悼のために書いたともいわれ,静謐さと祈りのような雰囲気が全体に漂っている「威風堂々」のような,いかにもイギリス,という曲でした。3曲目の「エニグマ変奏曲」の「エニグマ」は古代ギリシャ語の由来で「謎」という意味です。第1変奏は妻アリス,第14変奏はエルガー自身を描き,第2変奏から第13変奏はすべて友人たちが描かれているということです。そこで,この2曲は〈友人たちの肖像〉のテーマにふさわしい…,とのことです。
 そのような説明から,〈友人たちの肖像〉というテーマでエルガーの2曲が取り上げられているのは納得がいったのですが,そこにどうしてブラームス? と私は思いました。その理由は,この曲がブラームスの親友だったヨーゼフ・ヨアヒムの助言を受けながら作曲されたから,ということでした。とはいえ,何ゆえに,ブラームスとエルガーなの? しかも,これらのことは,Xに書かれていたことで,プログラムには何の説明もない。

 私は,名古屋フィルハーモニー交響楽団自体は上手だし,地元のオーケストラだから贔屓にしたいし,演奏会にも行きたいと思っているのですが,演奏会のプログラム構成がどうも私には魅力がなくて,それが演奏会に行く気持ちを削いでいます。
 それは,コンサートにこうしたテーマを掲げることが,小難しく理屈っぽく感じるのもひとつの理由です。お前にわかるか,みたいな上から目線に感じるし,何だからこじつけのような気がします。でありながら,テーマについての説明がない。学校のお勉強でないのだから,もっと気楽に,次の演奏会は好きな曲だな,聴きたいソリストだな,この指揮者ならば行ってみよう,という動機で足を運びたいような曲やソリスト,指揮者の選択にならないものか。来年度のプログラムを見ても,何かひとつ物足りない。
 今回も,エルガーがやりたいのなら,エルガーのチェロ協奏曲を1曲目にして人気のチェリストを招聘してプログラムを組みたてればいいのだし,小川響子さんが演奏するブラームスのヴァイオリン協奏曲を目玉にしたいのなら,後半はブラームスの交響曲にすればいい。おそらく,名古屋フィルハーモニー交響楽団のプログラム作成の担当者がそうしたありきたりのプログラム編成にしたくない人なのでしょうが…。また,こうしたテーマを背景にしたいのなら,それを第一に掲げるのではなく,京都市交響楽団の定期演奏会のように,演奏会の前にプレトークをすればいい。私はそう思います。

 何はともあれ,小川響子さんのブラームスは,「正月返上で練習に明け暮れ,演奏者冥利に尽きる」と本人が言っていたように,曲に対する想い入れがこもっていて,圧巻でした。はじめのうち,かなり緊張しているように見えましたが,一生懸命さが伝わってきて感動しました。観客の反応を見ても「我らの地元・名フィルの愛らしきコンマス」という暖かな感じが伝わりました。アンコール曲は定番,バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番から第3楽章「ラルゴ」でした。
 カーテンコール時の写真撮影もできるし,終演後にお見送りもしてもらえるし,いい意味で「名フィル」も変わったな,と思いました。チケット代だけがうなぎ上りで,開演前のロビー室内楽もやめてしまって観客との接点がなくなり,お高くとまっているNHK交響楽団も少しは見習いなさい。「カーテンコール時の写真撮影可」を最初にはじめたことだけは評価するけれど,これも近ごろは撮影会の様相を呈してしまっているし。

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【Summary】
I began 2026 by attending a complete performance of Brahms’s violin sonatas at Munetsugu Hall in Nagoya, featuring violinist Kyoko Ogawa. The refined, deeply expressive music left a strong impression. The concert also highlighted the growing presence of outstanding female concertmasters in Japanese orchestras.

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 2026年1月10日は,コンサートのハシゴをしました。ひとつ目は,叶澤尚子さんの「サタデー・モーニング・コンサート vol.24」,そして,ふたつ目は小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
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 次に聴いたのが,小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
 場所は名古屋の宗次ホール。定員310人のホールですが,満席でした。ヴァイオリンが小川響子さんで,ピアノが稲生亜沙紀さん,曲目はブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲,といっても,3曲しかないのですが,それをすべて演奏する,というものでした。

 私はブラームスのヴァイオリン・ソナタはこれまで聴いたことがなかったので,聴く前に予習をしました。
 ブラームスは1833年に生まれ,1897年に63歳で亡くなりました。ピアノ協奏曲第1番の作曲が1858年,ピアノ協奏曲第2番が1881年,ヴァイオリン協奏曲が1878年,交響曲は第1番が1876年,第2番が1877年,第3番が1883年,そして,第4番が1885年なので,ヴァイオリン・ソナタは晩年の作品です。
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●ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」
 1879年の作曲で,優しくて抒情的。3楽章構成。
 避暑地で自然に囲まれて作曲した影響で,しっとりとした雨のような雰囲気があります。「雨の歌」とよばれるのは第3楽章に歌曲「雨の歌」(Regenlied)の旋律が使われているからということです。
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●ヴァイオリン・ソナタ第2番「愛の歌」
 1886年の作曲で,明るくて親しみやすい雰囲気。3楽章構成。
 ブラームスが恋をしていたときに書いたから,といわれ,甘くて優雅な旋律が魅力的です。だそうですが,恋をしていた相手はソプラノ歌手のヘルミーネ・シュピース(Hermine Spies)という人だそうです。ヘルミーネ・シュピースはブラームスのお気に入りの歌手で,彼女のために書かれた歌曲の旋律がこのソナタの中に織り込まれているということです。
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●ヴァイオリン・ソナタ第3番
 1888年の作曲で,ドラマチックで情熱的。4楽章構成。
 ブラームスのヴァイオリン・ソナタの最高傑作とわれます。第1楽章ではピアノとヴァイオリンがまるで火花を散らすように対話し,第2楽章ではピアノが深い呼吸のように歌いヴァイオリンがそれに寄り添うように奏で,間奏曲のような軽やかな第3楽章に続き,嵐のクライマックス第4楽章ではピアノが怒涛のように駆け抜けヴァイオリンがそれに食らいついていくという,リズムの切迫感ハーモニーの緊張というようにふたつの楽器がせめぎ合うすばらしいものです。
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 小川響子さんは,ブラームスが好きということで,ソナタ全曲を弾くのが夢だったそうです。私も,このごろ,渋くてこころに染みるブラームスの作品がどれもがとてもいいと思うようになってきました。とりわけヴァイオリン・ソナタは気品があり,すてきな曲なので,聴くのが楽しみでした。
 小川響子さんはのびやかで張りのある音色がすばらしい奏者です。曲に特別な想いがあるというのがにじみ出ていました。今回,一度に全曲聴くことができて,私もとてもしあわせでした。
 アンコール曲は,ブラームスのF.A.E.ソナタよりスケルツォと,シューマンの3つのロマンスより第2楽章でした。F.A.E.ソナタは,1853年にブラームスがシューマンとその弟子ディートリヒ(Albert Dietrich)と共作したヴァイオリン・ソナタで,ヨアヒム(Joseph Joachim)のために書かれたものです。F.A.E.とは、ヨアヒムのモットーである「Frei aber einsam」(自由にして孤独)の頭文字を取ったもので,音楽的モチーフとしてF-A-Eの音を作品に織り込んでいます。ブラームスがかいた第3楽章のスケルツォは,単独でも演奏されるほどの人気を誇ります。
 今回の演奏会の主役である小川響子さんは名古屋フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターです。1年前に愛知県稲沢市の市民会館で,名古屋フィルハーモニー交響楽団のメンバーによる室内楽の演奏会があって,そのときに出演したのを聴きました。
 何とまあ,美しい音をさらりと簡単そうに奏でる人なのだろう,と思っていたら,このごろはAoiTrio(葵トリオ)というピアノ三重奏団でも活躍しているようです。私は,AoiTrio(葵トリオ)は,まだ聴いたことがないので,一度聴いてみたみたいと思っています。また,来週1月16日と1月17日には,名古屋フィルハーモニー交響楽団でブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾くということなので,こちらは聴きに行きます。とても楽しみです。

 ところで,近ごろ,オーケストラのコンサートマスターには多くのすばらしい女性がいます。調べてみると
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 京都市交響楽団と札幌交響楽団には会田莉凡さん,読売日本交響楽団には日下紗矢子さん,仙台フィルハーモニー管弦楽団には神谷未穂さん,山形交響楽団には犬伏亜里さん,群馬交響楽団には伊藤文乃さん,新日本フィルハーモニー交響楽団には立上舞さん,日本フィルハーモニー交響楽団には千葉清加さん,富士山静岡交響楽団には大森潤子さん,セントラル愛知交響楽団には島田真千子さん,大阪交響楽団には林七奈さん,関西フィルハーモニー管弦楽団には木村悦子さんと赤松由夏さん,日本センチュリー交響楽団には松浦奈々さん,広島交響楽団には四方恭子さん,北田千尋さん,蔵川瑠美さん,NHK交響楽団にはトゥールーズキャピトル国立管弦楽団から藤江扶紀さんがゲストで。
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という具合ですが,女性のコンサートマスター,華やかでいいです。
 ちなみに,以前は,女性の場合,コンサートミストレス(Concertmistress)とよんでいましたが,今では,性別に関わらずコンサートマスター(Concertmaster)とよぶことが多いです。英語圏では「master」が男性名詞であることから「mistress」が使われたものの,近年はポリティカル・コレクトネス(=政治的正しさ)の観点から「concertmaster」に統一する傾向があり,同様にして,日本語でも「女性でもコンマス」というケースが増えているということです。

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【Summary】
On January 10, 2026, I attended two concerts in one day. At a Saturday Morning Concert, former Nagoya Philharmonic principal violist Naoko Kanazawa played and spoke about music, comparing viola and violin. Though lacking musical talent myself, I enjoy sharing the joy of gifted performers through concerts.

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 2026年1月10日は,コンサートのハシゴをしました。ひとつ目は,叶澤尚子さんの「サタデー・モーニング・コンサート vol.24」,そして,ふたつ目は小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
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 まずは「サタデー・モーニング・コンサート」。
 元名古屋フィルハーモニー交響楽団の首席ヴィオラ奏者だった叶澤尚子さんがヴィオラをひきながら楽しいお話をする,という1時間程度の軽いコンサート。これで3回目でした。場所は,愛知県芸術劇場の中リハーサル室。150人程度入ることができるところです。今回の曲目は,エルガーの「朝の歌」,新年のあいさつを兼ねて,宮城道夫の「春の海」,ドヴォルザークの「ユーモレスク」,そして,エネスコの演奏会用小品でした。そして,アンコールに葉加瀬太朗さんの「情熱大陸」がヴァイオリンで演奏されました。

 今回は,20年以上前ぶりにヴァイオリンを弾くというのがウリで,ドヴォルザークの「ユーモレスク」をヴィオラとヴァイオリンで弾き比べをしました。
 体格の劣る日本人は,ヴィオラ奏者の99パーセントはヴァイオリンから転向組ということで,叶澤尚子さんも高校生まではヴァイオリンだったそうです。体格がよくて,ヴァイオリンを窮屈に感じていたときにヴィオラに出会い,転向したそうです。ヴァイオリンに比べてヴィオラは曲が少ないのが難点で,子供のころからヴィオラを練習すると,大人になるころに弾く曲がなくなってしまうとも言っていました。
 そんな叶澤さんは,今は手元にヴァイオリンがないということで,フリマで9,500円で手に入れたというヴァイオリンを使って,20年ぶりという演奏でした。ヴァイオリンとヴィオラの大きさを比べると,ずいぶん違うものだと思ったのですが,弓はヴァイオリンのものの方が長いのだそうです。楽器の大きいヴィオラではヴァイオリンの弓だと届かないという話でした。こういう話はとてもためになりました。 

 私は,まったく弦楽器は弾けないので,詳しいことはわからないのですが,YouTube に,Yu-ka(新井優香)さんという人がコントラバスで弦楽器のヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバスのすべてのパートを弾く,というおもしろい動画を載せています。趣味でチェロを弾く友人に聞くと,オクターブを変えて弾いているということですが,楽しそうで,弾ける人がうらやましいです。
 楽器に限らず,私はこの歳になって,楽器はだめ,語学はだめ,運動はだめ,というだめだめ尽くしの才能のなさが身にしみてとても残念に思うのですが,ならば,せめて,才能のあふれた人からその楽しさだけでも共有しようと,足しげく,コンサートに出かけているわけです。

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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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【Summary】
On December 27, 2025, inspired by an excellent rehearsal, I attended Beethoven’s Ninth Symphony. The fast yet clear opening movements, a serene and sacred third movement, and a powerful finale under Nodoka Okisawa’s lucid direction created an unforgettable performance—deeply moving, and the finest Ninth I have ever heard.

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 2025年12月27日。
 リハーサルがすばらしかったので,大いに期待して本番の「第9」を聴きに行きました。前日のリハーサルでは第1楽章と第2楽章しか聴くことができなかったので,果たしてどんな第3楽章と第4楽章になるのだろう,ととても楽しみでした。
 開演前,京都コンサートホールの1階にある「前田珈琲 京都コンサートホール店」で野菜たっぷりカレーという昼食をとりましたが,いつも以上に混み合っていました。このように,「第9」の演奏会では,さまざまなことが,普段のコンサートとは違った雰囲気になります。それは,「第9」に限って聴きに来る観客も多いからでしょう。芸妓さんの姿があったのも京都らしいというか。

 やがて開演。ステージ上に現れた団員さんも「晴れの日」のムードが醸し出されているようで,身に着けていた衣装も一段とゴージャスだったように感じました。
 曲がはじまりました。
 第1楽章と第2楽章は,リハーサルどおり,いい意味で今どきの「第9」で,テンポが速く,とはいえ,速すぎることもなく,しかも,メリハリがあってすばらしいものでした。もう,今は,昔の「第9」,つまり,ゆっくり目のテンポで,重々しく,威厳のあるような演奏は,私には古臭く,受けつけません。
 前半のふたつの楽章が終わり,独唱者も出そろって第3楽章がはじまりました。
 私が思っていたよりもゆったりとした,かつ,神々しいものでした。それがまた,美しかったこと。第3楽章も,第1楽章,第2楽章と同じようにしてものすごいスピードで駆け抜ける演奏もあるのですが,それでは救いがありません。この交響曲は,まさにベートーヴェンの描きたかった「苦悩を乗り越えて歓喜へ」至らなければならないのです。そして,第4楽章で歓喜に到達するには,そのまえに澄みわたるような祈りの音楽が必要なのです。
 今回のコンサートマスターは会田莉凡さんでしたが,第3楽章では,会田莉凡さんのヴァイオリンの音色が引きたって聴こえました。これは,以前聞いた「英雄の生涯」のソロに共通するすてきなものでした。

 第3楽章が終わり,そのままアタッカーのようにして第4楽章に入りました。こうでなければなりません。第3楽章の祈りのあと,奈落に落ちるような,雷を打つような,そんなはじまりが必要なのです。また,この部分のテンポがよかった。
 それにしても,この曲を指揮するのはたいへんだなあ,と思いました。オーケストラは制御できても,ソリストや合唱の人たちはそう簡単にはいかないからです。しかし,沖澤のどかさんの指揮は,聴いている私でも,何を表現したいのかが明確にわかるから,演奏している人たちは,もっとよく理解できると思いました。そうした積み重ねが最後まで持続して,すばらしい演奏になりました。このような「第9」なら,演奏していてとても楽しいだろうな,と嫉妬しました。とりわけ,各楽章の最後の終わり方がよかった。 
 今回,改めて,ベートーヴェンは,何とすごい交響曲をつくったものか,と思いました。こうしたものが存在し,今も演奏が聴けるということに感謝しました。
 私がこれまで聴いた中でも,最高の「第9」でした。
 泣けました。

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【Summary】
In 2025, I became a subscription member of the Kyoto Symphony Orchestra and eagerly anticipated Beethoven’s Ninth Symphony conducted by Nodoka Okisawa. Attending the open rehearsal, I was deeply impressed by how her expressive intentions were shaped through repeated refinement, heightening expectations for the concert.

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 2025年は,私が京都市交響楽団の定期会員になった年。そして,最大の楽しみは,「沖澤のどかさんの指揮する第9」でした。年末恒例となったベートーヴェンの交響曲第9番。京都市交響楽団の演奏会は20205年12月27日と28日ですが,その前日の公開リハーサルにも行くことができました。
 これまでにも何度もブログに書いているように,私は,「第9」の演奏会にはそれほど多く行ったことがありません。近年では,2015年のパーヴォ・ヤルヴィ指揮とその翌年2016年のブロムシュテッド指揮の,ともにNHK交響楽団のものに行ったきりです。しかし,NHKではFMで生放送があって,大みそかにはEテレでも放送されるので,毎年聴いています。というか,唯一,2024年のファビオ・ルイージ指揮のものは,聴くに堪えず,途中でやめてしまいましたが…。

 これだけ多く聴いていると,素人の私にもその演奏の違いがよくわかります。指揮者によって最も異なるのはテンポです。そして,勝負所,というか何というか,つまり,聴かせどころでの味つけ。これらは,私にはこういうものがいい,という一定の基準ができてしまっているので,そこから外れる演奏だと,それもありかな,と肯定的に思うことがあったり,こりゃ受けつけないなあ,と否定的に感じることもあります。だから,あまり知らない指揮者の「第9」演奏会は行くのが怖い。
 近年で,私がよかったと思ったのは,生演奏は聴かなかったのですが,放送で聴いたた2023年の下野竜也指揮・NHK交響楽団のもの。それと,2024年のフランチェスコ・アンジェリコ(Francesco Angelico)指揮・読売日本交響楽団のもの。ともに,ソプラノの中村恵理さんがすばらしかった。ほかにも気に入る演奏はあるのでしょうが,放送されなければ,私には知る由もありません。ちなみに,今年は中村恵理さんが急病で,いくつかのオーケストラの「第9」をキャンセルしたということです。
 はたして,今年,私が生演奏を聴く沖澤のどか指揮の我が愛する京都交響楽団の「第9」は,いかなるものか。絶対に期待をうらぎらないという確信があったので,こころときめかせながら,まずはリハーサルに行きました。

 このごろ,公開リハーサルがさまざまなところで行われているので,私もこれまで何度かさまざまなオーケストラの公開リハーサルを聴いたことがありますが,京都市交響楽団の公開リハーサルははじめてでした。また,「第9」のリハーサルももちろんはじめてでした。プロの演奏家の人たちだから,そして,とりわけ京響が上手だから,技術的にどうの,ということではなくて,リハーサルを通じて,指揮者の描くテンポや表現の仕方がオーケストラにどのように伝わっていくのか,が聴きどころなのでしょう。
 今回聴くことができたのは,第1楽章と第2楽章だけでしたが,聴かせどころで何度も繰り返し,そのポイントを押さえるのが上手というか,私がこうであってほしい,と思っているものになっていくので,とてもうれしかったです。例えていえば,2アウト2,3塁で,ここで打ってほしいと期待した左打者が期待に応えてライトにあざやかなクリーンヒットを放ったときの爽快感。リハーサルなのに感動しました。
 本番の演奏がより楽しみになりました。
  ・・
 今回の「第9」ではないのですが,私も2025年3月16日に沖澤のどか指揮・京都市交響楽団の演奏会に行ったときに聴いた「英雄の生涯」のリハーサル風景を YouTube で見ることができます。それを見るだけでも,今回の公開リハーサルのすばらしさがわかるというものです。


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【Summary】
I attended a members-only concert by the Kyoto Symphony Orchestra on December 23, 2025. In an intimate hall, musicians gave friendly talks, followed by a lottery and Mozart’s Symphony No. 25 conducted by Nodoka Okisawa. The warm atmosphere and festive encore made it a perfect Christmas gift.

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 私の生きがいのひとつ京都市交響楽団で,2025年12月23日に友の会コンサートが開催されたので,行ってきました。京都市交響楽団は,定期会員になると,友の会の会員になれます。その友の会の会員限定のお楽しみ会があったのです。
 開演は午後7時で,午後6時30分開場でした。私は午後6時ころに京都コンサートホールに到着したのですが,会場前の広場が,クリスマスの飾りでとてもきれいでした。見とれて写真を撮っていると,ひとりの女性が同じように写真を撮っていたので,お願いして,私の写真を写してもらいました。私はてっきり,私と同じ観客だともっていたのですが,話をすると,何と,出演者,つまり,京都市交響楽団の団員さんでした。いろいろなお話ができて,とても楽しい時間になりました。

 この日の演奏会は,いつもの大ホールとは違い,ムラタホールという名前の小ホールでした。開場時間まではまだ15分ほどあったのですが,会場の入り口まで行くと,すでに,20人ほどが並んでいました。やがて開場の時間になったので,中に入りました。
 私は,演奏会はできれば最前列,と決めています。それは,CDなどでは聴くのが難しい音が聴けたり,指揮者や団員さんの表情がわかるからです。今回もまた,最前列に座ることができました。
 この日の内容は,はじめに,4人の団員さんのトーク,次が抽選会,そして,最後が,常任指揮者の沖澤のどかさんと京響メンバーによるモーツァルトの交響曲第25番ということでした。

 団員さんのトークは,好きな食べ物とか,好きな作曲家とか,京都でお気に入りの場所とかが話題でした。京都市交響楽団は,団員さんとの精神的な距離が近いと感じるのがとてもいいと私は思っているのですが,まさに,そんな印象を抱くものでした。残念ながら,抽選は当たりませんでした。商品は,「ボレロ」を聴かせたお酒,でした。
  ・・・・・・
 京都市交響楽団が演奏を聴かせたお酒は,佐々木酒造 とオンキヨーのコラボによる「聚楽第 京乃響」(きょうのひびき)シリーズの日本酒で,2025年の第2弾では,第685回京響定期演奏会の沖澤のどか指揮ラヴェル「ボレロ」の演奏を聴かせて醸造されました。
 これは音楽の振動を日本酒の味に活かす「音楽振動熟成」という特別な製法で,京都の文化と酒造りが融合した限定品です。
  ・・・・・・
だそうです。

 そして,最後がモーツァルトの交響曲第25番。こうした小編成のオーケストラ曲は,京都市交響楽団の定期演奏会ではあまり聴く機会がなく,かつ,沖澤のどかさんの指揮するモーツアルトもはじめてだったので,とても興味がありましたが,さすが,という感じでした。
 最後に,クリスマスメドレーのアンコールがありました。聴きなれた曲も優れた指揮者とオーケストラの手にかかると,こうも魅力的になるのか,と思いました。
 最高のクリスマスプレゼントになりました。

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Happy Holodays 2025.

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【Summary】
The workshop “Sound and Calligraphy” was held at Kōshōji Temple in Nishijin, usually closed to the public. Opened specially for autumn, it is known as the “Oribe Temple,” linked to Furuta Oribe. Though the maple leaves had mostly fallen, the quiet atmosphere revealed a refined and memorable beauty.

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 ワークショップ「音と書」が行われたのは,西陣の興聖寺(こうしょうじ)という寺院でした。
 普段一般公開はされておらず,2025年11月15日から12月14日まで,~「織部寺」のもみじ特別公開~として
  ・・・・・・
 茶道織部流の祖でもある武将・古田織部(ふるたおりべ)との関わりから「織部寺」(おりべでら)ともよばれる非公開寺院では,この秋,本堂前や方丈庭園の美しい紅葉の特別公開が行われます。
 本堂天井画「雲龍図」(うんりゅうず)や,青が印象的な「青波の襖」が奉納された方丈(ほうじょう),「降り蹲踞」(つくばい)などがみどころです。
  ・・・・・・
ということです。

 私は,地下鉄烏丸線に乗って,鞍馬口で降り,興聖寺を目指して,西に向かって歩きました。その途中で見つけたのが,京都大学室町寮でした。吉田寮は有名ですが,ここにももうひとつ,昔のままの寮があったんだ,と驚きました。
  ・・・・・・
 室町寮は京都大学の歴史ある男子寮で,設立は戦後間もない1946年。当初は戦災で住む場所を失った学生たちのための仮設住宅としてはじまりました。
 特徴は,何といっても自治と自由の精神で,寮生たちが自分たちで運営し,寮のルールやイベントも自分たちで決めるという,小さな共同体になっています。
 建物自体はかなり年季が入っている「ボロ寮」としても知られていて,それが味わい深いものとなっている「生きた歴史博物館」です。
  ・・・・・・

 次に見つけたのが妙覚寺でした。
  ・・・・・・
 妙覚寺は,1378年(永和4年)に四条大宮に創建し,幾度かの移転ののち,豊臣秀吉の都市計画により現在地へ移ったものです。北竜華具足山と号し,妙顕寺・立本寺とともに「京都日蓮宗名刹三具山」に数えられ,京都16本山のひとつです。
 戦国時代には二条衣棚にあり,斎藤道三の息子が住職を務めたことから織田信長の京都での定宿となり,本能寺の変の際には信長の長男・織田信忠が宿泊していました。大門は、秀吉が建てた聚楽第の裏門で,本堂前の「法姿園」(ほうしえん)は紅葉美しき所として有名です。
  ・・・・・・
 通常は庭園は非公開ですが,この時期だけ特別公開が行われるのですが,今年は紅葉が早く散り,すでに公開は終了していました。

 やがて,堀河通りの向こうに興聖寺が見えてきました。
  ・・・・・・
 興聖寺は臨済宗興聖寺派の本山の寺院で,山号は円通山。本尊は釈迦如来です。
 1603年(慶長8年)に,妙満寺・日重上人の弟子である虚応円耳が,法華宗の教えを広めるために,東隣の大応寺から移って創建したもので,創建時は興正寺といいました。
  ・・・・・・
 茶人・古田織部部の妻センが隠棲した北野天満宮隣りの青霄院が,センの死後移転して同寺の塔頭となり,その後,豊後国岡藩の家老・古田家が織部と子らの墓を建てた関係で,昭和になってから織部寺とよばれるようになったということです。
 ワークショップがはじまる前,時間があったので,境内を散歩しました。
 この寺院もまた,今年は紅葉が早く,すでにほとんど散り紅葉となっていましたが,それはそれで趣がありました。
 京都の寺院は,つねに公開していて観光客いっぱいのところも数多くあるのですが,そうでなく,ひっそりとしたところもまた,すばらしい紅葉を見ることができます。何かの縁で,そうした場所を訪れれる機会があったのは,とても幸運なことでした。

 ワークショップの帰り,再び,鞍馬口まで歩いたのですが,その途中にあった料亭から出てきた舞妓さんと芸妓さんを見ました。観光客の知らない世界。ああ,京都というのは,誠に奥が深いところだと思いました。

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【Summary】
After a Kyoto Symphony Orchestra concert, I joined a workshop titled Sound and Calligraphy at a quiet Nishijin temple. Violinist Tomoko Kinoshita’s intimate performance, combined with live calligraphy inspired by The Tale of Genji and a hands-on writing experience, offered a deeply calming and enriching encounter with Japanese culture.

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 2025年11月29日に行われた京都市交響楽団第706回定期演奏会のあと,「音楽と珈琲と語らいのひととき」という企画があって参加したのですが,このとき,ヴァイオリンの木下知子さんから,12月13日午後5時30分からワークショップを行うという案内があったので,参加してきました。場所は,西陣の興聖寺というところでした。
 チラシによると,感覚・感性を磨く 臨む!ワークショップ「音と書」ということでした。何をするのか,あまりよくわかっておらず,何事も経験だと思って行ってみたのですが,とても楽しい時間となりました。

 まず,木下知子さんのヴァイオリンを楽しみました。曲目は,こころに問いかけるようなものばかりで,静かな寺の空間にとてもふさわしく,すばらしかったです。大音響のオーケストラや,有名な曲もよいですが,それとはうって変わって,こうしたものもまた,すてきです。何よりも,プロのヴァイオリンの音を近くで味わうというのは,何というぜいたくなことなのでしょうか。
 次に,玉雪さんという書道家の描く作品をヴァイオリンの即興演奏とともに鑑賞しました。私は,書道はよくわからないのですが,それでも,何を表現したいのかはわかったような気がします。書かれた作品にある文章は,「源氏物語」の若菜の第五章光る源氏の物語・玉鬘,源氏の四十の賀を祝う から
  ・・・・・・
よろづの物の音調へられたるは妙におもしろくあやしきまで響く
  ・・
すべての楽器の音色がひとつになっていくのは見事に素晴らしく不思議なまでに響き合う
  ・・・・・・
というところだそうです。

 薄茶と菓子をいただいて,最後は,書道を体験しました。私は,書道は50年以上やったことがありません。子供のころ,書道教室に行って,というか,行かされて,墨をするのが嫌でやめたトラウマしかないのです。それが,この歳になると,こころが落ち着く時間となるのが,不思議なことでした。もっと早くこういうことを知っていたら,ずいぶんと違ったかもしれません。
 紅葉も終わりに近づいたこの時期,静かな寺院の方丈で,こうした時間を過ごすことができたのは,とても有意義な時間でした。それにしても,人間の作ってきた文化というのは,何と奥が深いことか,とこのごろつくづく思います。

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【Summary】
I attended the Mayuko Kamio & Mami Hagiwara Duo Recital at Nagoya’s Munetsugu Hall on December 6, 2025. Their program ranged from Sinding and Grieg to Elgar, Rachmaninoff, and a stunning “Zigeunerweisen.” Kamio’s powerful, resonant Stradivarius tone and exceptional technique stood out. Encores were Gluck/Kreisler’s “Melody” and Bazzini’s “Dance of the Goblins.”

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 2025年12月6日,名古屋の宗次ホールで, 神尾真由子&萩原麻未 デュオ・リサイタルを聴きました。
 曲目は,前半がシンディングのヴァイオリンとピアノの組曲「古い様式で」,グリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番という技巧的な曲,後半がエルガーの「愛のあいさつ」,クライスラーの「愛の悲しみ/中国の太鼓」,ラフマニノフのヴォカリーズ,リムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」,マスネのタイスの瞑想曲,そして,最後が特筆すべきすばらしい演奏のサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」でした。
  ・・・・・・
 ヴァイオリンの神尾真由子さんは,2007年の第13回チャイコフスキー国際コンクール第1位,ニューヨークタイムズ紙で「聴く者を魅了する若手演奏家」「輝くばかりの才能」と絶賛されました。使用楽器は宗次コレクションより貸与された1731年製ストラディヴァリウス「ルビノフ」(Rubinoff)ということです。
 ピアノの萩原麻未さんは,2010年の第65回ジュネーブ国際コンクール第1位だそうです。
 私は,たびたびーケストラの演奏会によく行きますが,こうした小規模の演奏会も好きで,聴きたいものがあるときに出かけます。音楽は,こころを豊かにするので,大好きです。
  ・・・・・・

 これまで,多くのヴァイオリニストの演奏を聴きましたが,気になる存在でありながら,なかなかその機会がなかったのが神尾真由子さんでした。それがやっとかなったのが,2025年1月11日。広上淳一指揮のセントラル愛知交響楽団の定期演奏会で,曲目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でした。今回は,狭い会場での室内楽,ということで,また,別の楽しみでした。
 私は,神尾真由子さんのヴァイオリンの特徴は,技巧の冴えと音の存在感にあると思っています。音が太く伸びがすごいのです。
  音の太さと伸びは,神尾真由子さんが1735年製のグァルネリ・デル・ジェス( Giuseppe Guarneri del Gesù)を弾いていたころ,「地響きのようなパワーがある」「太くよく鳴る」と語っていたということで,自覚があるようです。その後は,先に書いたように,「ルビノフ」を使用していて,これもまた,深みのある音色で知られているのだそうです。また, 技巧面では,ザハール・ブロンやドロシー・ディレイといった名教師に学んで身につけた圧倒的なテクニックと情熱的な表現力という裏づけがあり,まさに「火と水を操るヴァイオリン」です。
 なお,アンコールは,グルック作曲クライスラー編曲の「メロディ」とバッツィーニ(Antonio Bazzini)の「妖精の踊り」(La Ronde des Lutins)2曲でした。これがまたよかった。
 楽しい土曜日の午後をすごすことができました。

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Cold Moon 2025.

早朝の伊吹山と「コールドムーン」と新幹線です。
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【Summary】
The 706th Kyoto Symphony Orchestra concert featured lively works by Rossini and Haydn, with Haydn’s “Bear” Symphony humorously shaped by Spinosi’s playful ending. A well-timed “bear” sound from the audience added surprise. Afterward, a JR Tokai–Kyokyo collaboration event with orchestra members offered enjoyable behind-the-scenes stories.

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 京都市交響楽団第706回定期演奏会。前半のロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」(L'italiana in Algeri)序曲とハイドンの交響曲第82番「熊」(L'Ours)は似た雰囲気の曲です。ロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」序曲は頻繁に演奏される曲です。ハイドンの交響曲第82番「熊」も,ときどき耳にします。楽しい曲です。
 ハイドンの交響曲第82番「熊」は,1786年に作曲された「パリ交響曲」6曲のうちの1曲です。当時のパリにコンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピック(Le Concert de la Loge Olympique)という大編成のオーケストラがあって,このオーケストラの依頼で作曲されました。タイトルの「熊」はハイドン自身がつけたものではなく,第4楽章の冒頭に登場する低音のうなり声のようなモチーフがまるで熊使いの音楽のように聞こえることから自然とそうよばれるようになったそうです。
 私は,ウィーンに行ったとき,ハイドンに関する史跡をずいぶん見て,さらに,ウィーン楽友協会で,パーヴォ・ヤルヴィさんが指揮をしたドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団でハイドンの交響曲を聴いて以来,ハイドンの交響曲を聴くたびにウィーンにいるような気持ちになって,満ち足ります。

 この曲もまた,指揮者ジャン・クリストフ・スピノジさんの味つけで,普段聴いているものとは違いました。特に,曲の最後,わざわざお客さんの拍手のフライングを誘発するような,そんな演出でした。これは,通常の演奏会で不快なるフライングとは全く異なるものでした。一体,いつ終わるのか,そう思うような繰り返しが何度も続き,とても愉快になりました。このときの様子は,探してみると,YouTubeにhr交響楽団(hr-Sinfonieorchester)を演奏したものがありました。まさに同じ感じだったので,これは,指揮者が意図したものでしょう。でも,今回は,それよりも最後の繰り返しが多かった。
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 「熊」の終楽章は,終わりそうで終わらない感じがします。この第4楽章「フィナーレ・ヴィヴァーチェ」は,ソナタ形式で書かれていて,前打音を伴う低音のモチーフがずっと続きます。まるで熊がのっしのっしと踊ってるみたいなリズムで,聴いてると「もう終わるかな?」と思った瞬間に,また元気よく再開します。ハイドンは,ユーモアの達人でもあって,聴き手の予想を裏切るのが得意でした。だから,「終わるぞ〜と思ったらまだだよ〜!」という音楽のいたずらを仕込んでるのかもしれません。
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と,当時のサロンで,貴族が,食事を楽しみながら音楽を適当に聴いていて,エッーと驚くさまが想像できます。だから,これはこれでいいのです。

 それにしても,曲が終わったところで,観客の誰かがクマの鳴き声を,それもまた,いいタイミングで発したのは,これはハプニングだったようです。日本中がクマの出没で慄いているときに,コンサート会場にまでクマが出没するとは…。この叫びはブーイングだったという噂も。

 この演奏会のあと,「音楽と珈琲と語らいのひととき」というJR東海×京都市交響楽団コラボ企画があって,参加しました。これは,前田珈琲京都コンサートホール店で行われたのですが,演奏を終えたばかりの団員さん,宅間斉さん,木下知子さん,黒川冬貴さん,藤本茉奈美さんの4人が出演されました。
 いろいろな裏話を聞くことができて,とても楽しい時間となりました。
 「京響」は最高です。大満足の演奏会でした。

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【Summary】
The Kyoto Symphony Orchestra’s 706th subscription concert featured Spinosi conducting Rossini, Haydn’s “Bear,” and Beethoven’s “Pastoral.” Spinosi’s background in Baroque music was highlighted. I appreciated the standard violin seating, recalling Ashkenazy’s memorable “Pastoral.” Berlin Philharmonic violinist Kotoha Machida served as concertmaster, praised the orchestra’s strong strings and excellent winds.

######
 2025年11月29日に京都市交響楽団第706回定期演奏会を聴きました。
 指揮はジャン・クリストフ・スピノジ(Jean-Christophe Spinosi)さん,曲目はロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」(L'italiana in Algeri)序曲,ハイドンの交響曲第82番「熊」(L'Ours),ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」(Pastorale)でした。さわやかなとても快適なプログラムです。
  ・・・・・・
 ジャン・クリストフ・スピノジさんは,1964年生まれのフランス・コルシカ出身の指揮者・ヴァイオリニストです。1991年に自ら創設した「アンサンブル・マテウス」を率いて,特にバロック音楽,なかでもヴィヴァルディのオペラ解釈で国際的に高い評価を受けています。
 舞台演出にも積極的で,振付師や演出家とコラボしながら音楽と演劇を融合させた独創的なプロダクションを次々と生み出しています。
  ・・・・・・
ということですが,私はおそらくはじめてでした。楽しく,自由に,というのがモットーのようです。
 ところで,この日,東京では,東京芸術劇場で東京都交響楽団の定期演奏会があって,ここでも,メインプログラムがベートーヴェンの交響曲第6番「田園」だったようです。同じ曲目が同じ日,あるいは,数日後,というのはけっこうあります。
 めずらしい曲だと,楽譜の貸し借りをするために同じ曲が数日の感覚で並ぶということがあるようです。しかし,「田園」では楽譜を楽団がもっているからそういうことではなく,今回は偶然だと思うのですが,秋らしい曲,ということで,たまたまこのような選曲になったのでしょう。

 ということで,今回のメインプログラムである「田園」。大好きな曲のひとつです。
 以前,ウィーンに行ったとき,「田園」のモチーフとなった小川のほとりを歩いてみたことがあります。いい思い出です。こういう経験のもとで曲を聴くと,また,輝きます。
 私は,これまで,「田園」は何度も聴いているのですが,以前,NHK交響楽団で,アシュケナージさんが指揮をしたのが最も印象に残っています。というのは…
  ・・・・・・
 オーケストラの配置は,ステージに向かって左から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロが並び,その後にコントラバスというのが,現代の一般的な通常配置((Stokowski shift))とよばれるものです。この場合,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリンが隣同士なので,オクターブやユニゾンで音程を取りやすく,一体感のある響きが生まれるといわれます。また,第2ヴァイオリンとビオラがまとまっているため,内声のハーモニーも自然に溶けやすくなります。
 それに対して, 対向配置というものがあります。それは,古典派やロマン派の作曲家が想定していた配置のひとつで,ステージに向かって,左側に第1ヴァイオリン,次いで,ビオラ,右側に第2ヴァイオリン,次いで,チェロと並びます。これは,左右対称で音が広がるように聞こえ,弦楽器の掛け合いがはっきり感じられるということです。
  ・・・・・・
 こうした配置は,オーケストラによって決まっているというものではなく,指揮者によって決まるようですが,「田園」では,第1楽章の展開部で,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロという順に流れるように音階が続くところがあって,これが,対抗配置だと,音階が左から右へと飛びはねるので変なのです。アシュケナージさんが指揮をしたときは,通常配置(ストコフスキー・シフト)だったので,左から右へ流れるように奏でられて,とてもすてきでした。「田園」を対抗配置で演奏するなんて,私には理解できません。今回の京都市交響楽団は,当然のように,通常配置だったので,私は,ホッとしたというか,うれしくなりました。
 ところが,ジャン・クリストフ・スピノジさんの「田園」は,聴きなれたものとはずいぶんと違いました。テンポがある部分で非常にゆっくりとなったり,わずかな休符があったりと,おそらく,賛否両論だったことでしょう。団員さんも出るタイミングを合わせるのが大変そうでした。お客さんにも戸惑いがありました。しかし,NHK交響楽団の某指揮者のように,最初から最後までものすごいスピードで駆け抜けるだけなのとは全く違い,指揮者の主張がはっきり出たもの,と考えると,これはこれでありだと私は思いました。 

 なお,今回の演奏会では,コンサートマスターがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者である町田琴和さんが務めました。
 ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州のロイトリンゲンを拠点とするオーケストラであるロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団(Württembergische Philharmonie Reutlingen)のコンサートマスターを務めたのち,1997年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者として正式に加わったという経歴です。演奏は透明感があって芯のある音色が魅力ということです。現在,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がジャパンツアーを行っていることから来日しているので,それが縁で起用されたようです。
 「今回初めてご一緒させていただきますが,弦も層が厚くて,管も素晴らしくてびっくりしました」とのことでした。

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【Summary】
Emanuel Ax offered a gentle, refined Mozart, though the hall felt too large. Payare’s passionate style suited other repertoire better, and “Ein Heldenleben” impressed less than past performances. Poor balance and the outdated, remote Toyota Civic Center left the concert feeling underwhelming despite the holiday weekend.

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 76歳のエマニュエル・アックスさんは温厚なおじいちゃん,という感じでした。
 エマニュエル・アックスさんは,2002年6月の定期公演Bプログラムでブラームスのピアノ協奏曲第2番を演奏して以来23年ぶりということです。
 2003年2月の定期公演Aプログラムで,イモージェン・クーパー(Dame Imogen Cooper)さんが今回と同じ曲をイギリス人らしく気品漂う上品な演奏をしたのをNHKホールで聴いたのを思い出しました。年齢を重ねたピアニストにモーツアルトの協奏曲第25番はとてもよく似合います。
 今回も,透明感と艶やかさでさわやかな雰囲気が漂いました。こうした室内楽のようなサロン調のものはとてもいいものですが,会場が大きく,それにふさわしいスケールでなかったのが残念でした。Bプログラムが行われたサントリーホールなら,もっとすばらしかったのでしょう。
 アンコールはショパンのワルツ第3番でしたが,これがとてもよかった。

 それに対して,ラファエル・パヤーレさんは,全身を使った情熱的なスタイルで,まさにラテン系でした。R・シュトラウスよりもふさわしい選曲があるのでは…,と思いました。
 「英雄の生涯」の最も注目すべき聴きどころは,コンサートマスターのソロです。長原幸太さんはよかったのですが,私は,コンサートマスターを会田莉凡さんが,指揮を沖澤のどかさんが務めた京都市交響楽団のすばらしい演奏を聴いたときの印象が強すぎて,それに比べたら,というのが率直な感想でした。
 それにしても,NHK交響楽団の演奏を聴くたびに思うのは,弦楽器と管楽器のバランスがよくないなあ,ということです。それはおそらく普段NHKホールのようなだだっ広いところで演奏をしているからなのかも知れません。

 豊田市には,豊田市駅前に1998年開館の豊田市コンサートホールがあります。ここは,クラシック音楽専用の本格ホールとして音響のよさが評判で,座席数は1,010席,パイプオルガンもあります。今回行われたのは,豊田市民文化会館で,1975年に豊田市文化芸術センターとして開館,1981年に大ホール棟を増築して現在の名称に変更されたもので,1,708席あります。
 この日,豊田市コンサートホールで別の演奏会が行われていたわけでないのに,豊田市民文化会館でNHK交響楽団の演奏会が行われたのは,おそらく,今回のプログラムのひとつにR・シュトラウスの「英雄の生涯」の大規模編成の曲であったことや,収容力を優先したもの,あるいは,主催が豊田市文化振興財団ということがあったのでは,ということですが,豊田市民文化会館は,豊田市駅から徒歩で30分程度かかることやホールが古い設計で,客席からステージが見上げるほど高いことなど,魅力のないところでした。それが理由かどうか,連休中にもかかわらず,会場は空席が目立ち,すごくもったいない気がしました。名古屋市の愛知芸術劇場コンサートホールでやれば満席なのに,と思いました。
 正直なところ,行ってよかった,という気持ちにはなりませんでした。せっかくのNHK交響楽団が気の毒でした。

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【Summary】
I attended the NHK Symphony Orchestra’s concert in Toyota on November 23, 2025. Payare conducted a compelling program of Schumann, Mozart, and Strauss. Ax performed the Mozart concerto with refinement, and concertmaster Nagahara delivered impressive solos in Ein Heldenleben. It was a satisfying substitute for missing Nagoya performances.

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 NHK交響楽団がここ数年名古屋公演を行っていません。定期会員が上席を抑えてしまっている東京の定期公演にくらべて,席がとりやすいので,私は重宝していたのですが,残念です。
 名古屋公演を行わない,あるいは,行えない理由が定かでないのですが,AIによると
  ・・・・・・
 明確な理由は,公開された情報からは確認できませんでした。ただし,いくつかの背景が考えられます。
●地域公演の分散化
  NHK交響楽団は全国各地で公演を行っていますが,愛知県内では名古屋市内ではなく,例えば豊田市など県内の他の都市で公演が予定されることがあります。これは,愛知県内での聴衆の需要や会場の利用可能性を考慮した結果かもしれません。
●他のオーケストラとの兼ね合い
 名古屋市には,東海地方を代表するプロ・オーケストラとして名古屋フィルハーモニー交響楽団が存在し,活発に活動しています。NHK交響楽団の名古屋公演が少ないのは,地域に根ざした名古屋フィルハーモニー交響楽団の活動とのバランスや,興行的な調整の結果である可能性も考えられます。
●会場のスケジュール調整
 名古屋市内の主要なコンサートホール(愛知県芸術劇場コンサートホールなど)は人気が高く,国内外の様々な公演でスケジュールが埋まっています。
 NHK交響楽団の希望する日程と会場側の空き状況が合わない可能性もあります。
  ・・
 結論として,特定のトラブルや名古屋を避けているといった事情ではなく,全国ツアーのスケジュール編成や興行的な判断,地域との調整の結果として,たまたまここ数年名古屋市内での公演が実現していないと考えられます。
  ・・・・・・
 果たして,真相はいかに? 私は,会場の確保ができない,というのが理由だと思います。

 という次第ですが,2025年11月23日,豊田市民文化会館でNHK交響楽団の公演があったので,行ってきました。曲目は,シューマンの「マンフレッド」(Manfred) 序曲,モーツァルトのピアノ協奏曲第25番,R・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」でした。これは,11月の定期公演Bプログラムをそのままもってきたもので,地方公演にはとてもふさわしい曲目でしょう。
 「英雄の生涯」では,コンサートマスターのソロが圧巻で,聴きごたえがあります。私は,先日,京都市交響楽団で,コンサートマスターを務めた会田莉凡さんに圧倒されたので,これが一番の楽しみでした。今回のコンサートマスターは,長原幸太さんでした。
 指揮はラファエル・パヤーレ(Rafael Payare)さんで,私はおそらくはじめてでした。調べてみると,5年前の2020年2月のCプログラムで,オールショスタコービッチプログラムを指揮したことがあるようです。
  ・・・・・・
 ラファエル・パヤーレさんは1980年にベネズエラのプエルト・ラ・クルス(Puerto La Cruz=十字架の港)で生まれた指揮者で,情熱とダイナミズムにあふれた音楽づくりで世界的に注目されている存在です。もともとはフレンチ・ホルン奏者で,シモン・ボリバル交響楽団の首席奏者として活躍。2004年から指揮の道へ進みました。
 現在はモントリオール交響楽団とサンディエゴ交響楽団の音楽監督を務め,後期ロマン派の作品,特に,R・シュトラウスやマーラーを得意としています。
 演奏はエネルギッシュで,細部まで緻密に作り込まれ,聴く人を引き込みます。
  ・・・・・・
 そして,ピアノはエマニュエル・アックス(Emanuel Ax)さん。こちらもまたはじめてかも。
  ・・・・・・
 エマニュエル・アックスさんは,詩的で知的な深みを持つピアニストとして世界的に高く評価されています。1949年に,現在のウクライナのリヴィウで生まれ,ユダヤ系ポーランド人の家庭で育ちました。6歳でピアノをはじめ,1974年のルービンシュタイン国際ピアノコンクールでの優勝をきっかけに国際的なキャリアが花開きました。
 演奏は繊細なニュアンスと温かみのある音色が特徴で,バッハから現代音楽まで幅広いレパートリーを持っています。特に,ベートーヴェンやブラームス、ハイドンの作品での解釈は,知的でありながら感情豊かで聴く人を魅了します。
  ・・・・・・
 さて,どんな演奏会になったでしょうか。

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【Summary】
Ravel’s Daphnis et Chloé was performed complete, its shimmering “Dawn” and exuberant final dance creating a dreamlike atmosphere with wordless chorus. Though musically superb, the concert started the second half very late, stretching the evening and diminishing the audience’s ability to enjoy the post-concert mood at NHK Hall.

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 後半はバレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲)です。
●バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲)
 「ダフニスとクロエ」は,ラヴェルがロシア・バレエ団を率いるセルゲイ・ディアギレフの依頼を受けて作曲したバレエ音楽です。
 1909年,ラヴェルはバレエ・ダンサー兼振付師のミハイル・フォーキンが3世紀ごろのギリシアの作家ロンゴスの叙情詩を基に書いた台本によるバレエ「ダフニスとクロエ」に着手しました。しかし,作曲は難航し,初演は1912年にようやく行われました。
 全体は1幕3部からなります。
  ・・・・・・
第1部 パンの神(牧神パン)とニンフの祭壇の前
 若い男女が祭壇に供え物をして礼拝していると,羊飼いのダフニスとクロエが登場します。
 牛飼いのドルコンがクロエに言い寄り,ダフニスは嫉妬します。ダフニスとドルコンは踊りで勝負し,勝った方がクロエの接吻を受けることにします。
 ドルコンのぎこちない踊りに対し,優しく軽やかに踊るダフニス。彼はクロエから約束の熱い接吻を受けて恍惚となります。しかし,その後,海賊が来襲し,クロエはさらわれてしまいます。
 それを知って絶望するダフニス。そこに3人のニンフが現れて倒れているダフニスに気づき,彼を蘇生させ,パンの神に祈らせる。すると,パンの神が姿を現わします。
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
 海賊の首領の前に連れて来られたクロエは,踊りながら脱出の機会をうかがうのですが失敗し,あわやというところで,突然パンの神の巨大な幻影が現れ,海賊たちは逃げ去ってしまいます。
第3部 祭壇の前
 ダフニスとクロエの感動的な再会となります。
 老羊飼いが,パンの神はかつて愛したシリンクスの思い出ゆえに,クロエを助けたのだと説明します。祭壇の前でふたりは愛を誓い,パンの神とニンフを讃えて熱狂的に踊ります。
  ・・・・・・
 第3部の冒頭に登場する「夜明け」(Lever du jour)は,ヴェルのオーケストレーションの妙が光り,朝もやの中で少しずつ光が差し込むような音の移ろいが水面に反射する光のように繊細で美しく,フルートやハープ,弦のさざ波のような響きがします。また,フィナーレを飾る「全員の踊り」(Danse générale)は,エネルギーが爆発するようなリズムと色彩感が魅力で,ラヴェルが「舞踏交響曲」とよんだように,音楽が踊ります。また,今回は合唱がついていましたが,この作品では,歌詞のない合唱を楽器のように使い,音の霧のように幻想的な雰囲気を作り出す役割を果たしました。
 このように,夢の中にいるような時間となりました。

 演奏会自体はよかったのですが,60分に及ぶ大曲なのに,後半のはじまりが遅すぎたのです。休憩時間が30分以上あって,会場にすべての観客が座って待っているのに,なかなかはじまりません。前半が終わったのが午後7時35分ごろで,後半が始動しはじめたのが午後8時10分ごろ。それから合唱団,そしてオーケストラがステージ上いっぱいに入りはじめました。
 そして,やっと曲が終わったのが午後9時10分ごろでした。何かアクシデントがあったのか,と思いました。
 これまでも,シャルル・デュトワさんが指揮をするときは,はじまりが遅かったり,演奏会自体が長かったり,そんなことが頻繁にありました。今はFMでの生放送がなくなったので心配はないのですが,もし,生放送があったら,とても番組枠に入りません。多くの観客は,カーテンコールもそこそこに,演奏会の余韻を楽しむでもなく,足早に会場を後にしました。
 演奏会に足を運ぶというのは,会場に来るときから,曲の終了後の余韻までが楽しくなくては,と私は思うのですが,そもそも,NHKホールは,終了後に騒音だらけの代々木公園を横切るだけでもそれまでの雰囲気がぶち壊しなのに,演奏会自体が長引いて,余韻を楽しむことすらできないようではいただけません。

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【Summary】
The concert featured Ravel works conducted by Charles Dutoit, returning to NHK Symphony’s subscription series after eight years. His refined interpretation highlighted Pavane pour une infante défunte and Le Tombeau de Couperin. Dutoit’s signature elegance and the orchestra’s vivid colors created a nostalgic yet fresh atmosphere, closing the first half memorably.

######
 2025年11月14日に行われたNHK交響楽団第2049回Cプログラムを聴きました。
 曲目は,「ラヴェル生誕150年」と銘打って,「亡き王女のためのパヴァーヌ」「Pavane pour une infante défunte」,組曲「クープランの墓」(Le Tombeau de Couperin),バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(Daphnis et Chlo)(全曲)でした。それより何より,指揮が名誉音楽監督のシャルル・デュトワ(Charles Édouard Dutoit)さん。実に8年ぶりの定期公演登場でした。
 シャルル・デュトワさんがしばらくNHK交響楽団を指揮しなかったのは,2017年に報じられたセクハラ疑惑がきっかけでした。その影響で,予定されていた定期演奏会の出演がキャンセルされ,それ以降,しばらく日本の楽壇から距離を置くことになりました。その後,2019年に大阪フィルハーモニー交響楽団に登場するようになり,2024年10月30日に行なわれたNHK音楽祭2024で,ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」(Ma Mère l’Oye),ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番,ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」(Le Sacre du printemps)を振って復帰し,ついに,NHK交響楽団の定期公演に戻ってきました。
 どうやって復帰させるか考えて,NHK音楽祭にそっと登場させたら観客に抵抗がなかったので,晴れて定期公演に,という段取りだったのでしょう。十八番の「春の祭典」は,やはり,シャルル・デュトワありてこそ,を印象づけました。
 とはいえ,若々しい,というか,もともと年齢不詳? のようなシャルル・デュトワさんもすでに89歳となりました。今から20年以上前,私がNHK交響楽団の定期公演に熱心に通っていたころ,シャルル・デュトワさんの指揮する公演は,いつも,来てよかった,と思ったことでした。この感動を再び味わうことができるということで,期待をもって会場に足を運びました。

 今回のラヴェルプログラムも,シャルル・デュトワさんお得意のものです。
 緻密で洗練されたラヴェルの作風をストラヴィンスキーは「スイスの時計職人」と評しました。「職人」シャルル・デュトワにとって,精巧に作られたラヴェルの作品が,いかなる名品もそれを持っている人次第のように,最も腕の振るい甲斐のある素材といえるでしょう。
 特筆すべきは,「ダフニスとクロエ」が本来の合唱付きで演奏されることで,もともと,ラヴェルはディアギレフの求めに応じて合唱抜きの管弦楽版を作ったものの,合唱が作品の重要な構成要素だと考え,主要な上演においては合唱を加えるよう求めていたということです。このようなスケールの大きな演奏会は,シャルル・デュトワさんが音楽監督のころによく行われたものです。

●亡き王女のためのパヴァーヌ
 原曲は,1899年にラヴェルがパリ音楽院在学中に作曲したピアノ曲で,作曲者自身が意外に感じるほどの好評を得,1910年に管弦楽に編曲されました。パヴァーヌとはスペイン起源の宮廷舞曲です。「亡き王女のための」という題名はフランス語の響きに惹かれて命名したものです。
 管弦楽編曲版は小規模なオーケストラのために書かれ、薄く透けるようなオーケストレーションがなされ,哀愁を帯びた典雅な雰囲気がただよいます。いかにもデュトワサウンド,という感じで,とても懐かしくなりました。

●組曲「クープランの墓」
 原曲はラヴェルが1914年から1917年にかけて作曲した,前奏曲,フーガ,フォルラーヌ,リゴードン,メヌエット,トッカータの全6曲からなるピアノ曲です。6曲それぞれが大戦で戦死した友人,知人たちの思い出に捧げられました。
 ピアノ組曲は1919年に初演され,ラヴェルは曲集から4曲を選び管弦楽用に編曲し,曲順を入れ替えて,前奏曲,フォルラーヌ,メヌエット,リゴードンとしました。管弦楽化によって作品に鮮やかな色彩がほどこされ新たな魅力が生まれました。管弦楽版の初演は1920年でした。
 会場の雰囲気がいつもと違うような…。これがデュトワマジックか?
 前半が終了しました。

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【Summary】
The concert featured Brahms’s Piano Concerto No. 2 and Symphony No. 3 conducted by Herbert Blomstedt. Despite high expectations, the slow tempos and lack of depth left the performances emotionally unconvincing. Only the encore brought quiet beauty. Overall, it was more about witnessing the elderly maestro than musical fulfillment.

######
 NHK交響楽団第2047回定期公演Cプログラム。
 前半の曲は,レイフ・オヴェ・アンスネスさんがピアノを弾いたブラームスのピアノ協奏曲第2番。
 とても美しい,大好きな曲ですが,私は,これまで,なかなかすてきな演奏に出会えません。むしろ,がっかりしたことのほうが多いくらいです。今回もすごく期待したのですが,残念ながら,その期待通りにはいきませんでした。
 テンポが遅く,それだけならいいのですが,あまり深みが感じられませんでした。
 この曲は,珍しい4楽章構成で,ピアノつきの交響曲のようなスケール感ですが,その中でも第3楽章アンダンテは,チェロがまるで独奏楽器のように扱われ,ピアノと優しく対話するようにして進み,ここが最大の聴きどころです。その旋律は深い哀愁と温もりが混ざり合ったような響きで,こころに染みいるのですが,今回の演奏では,そこまでの感動を味わうことはできませんでした。
 アンコールで演奏されたのは,ブラームスの間奏曲イ長調。レイフ・オヴェ・アンスネスさんの端正で自然なタッチが静かな余韻を残しました。
  ・・
 前半が終了した時点で,すでに1時間以上が経過し,休憩が終わったときは,すでに,午後8時30分近くになっていました。私は,午後10時10分品川駅発の最終の新幹線に乗らなければ帰ることができません。

 後半は,ブラームスの交響曲第3番。
 前半では,座って指揮をするヘルベルト・ブロムシュテットさんがピアノに隠れてしまい,まったくその姿を見ることができなかったので,この曲が楽しみでした。
 前半同様,この曲も,ヘルベルト・ブロムシュテットさんの指示するテンポが遅く感じました。実際,一般的な演奏よりも遅めで,しかも,テンポをほとんど動かさず淡々とした指揮ぶり,ということでした。このテンポは,滋味深くて染みわたるような響きを目指し,まるで,水が岩を削るようにじっくりと音楽の本質に迫っていく感じを表現したかったからなのだそうですが,私には,マエストロが,これまで何度も指揮をしてきたこの曲の1音1音を確かめながら,その余韻に浸っているような気がしました。魂の不滅を謳うようにして指揮をする姿に,きっと,テンポ以上の深い意味が込められていたのでしょう。音楽を奏でるというより対話をしている感じでした。
 しかし,オーケストラが,そんなマエストロの想いを遂げるには少し消化不良だったような気がしました。そこで,音楽の流れがやや硬直し,演奏者たちが「深さ」を表現しようとしながらも,響きの柔らかさや推進力に欠けていたように感じ,2019年のときの感動までは至りませんでした。そんなわけで,せっかくの熱演も,98歳という高齢のマエストロの指揮する姿に立ち会う,ということが最大の目的となってしまったような演奏会だったことだけが残念でした。
 来年の10月は定期公演Aプログラムではブルックナーの交響曲第5番,さらには,NHK交響楽団創立100年記念でブラームスの交響曲第2番と第4番を指揮されるそうです。それまで,どうかお元気で。
 かくいう私は,無事,最終の新幹線に乗ることができました。

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【Summary】
At the NHK Symphony Orchestra’s October 24, 2025 concert, the true focus was 98-year-old conductor Herbert Blomstedt, whose appearance and leadership were deeply moving. Together with pianist Leif Ove Andsnes, he led an all-Brahms program, including the Piano Concerto No. 2 and Symphony No. 3, performed with dignity and emotional depth.

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 2025年10月24日,NHK交響楽団第2047回定期公演Cプログラムを聴きました。
 曲目は,ブラームスのピアノ協奏曲第2番と交響曲第3番で,指揮はヘルベルト・ブロムシュテット(Herbert Blomstedt)さん,ピアノはレイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)さんでした。
 プログラムによると,聴きどころは
  ・・・・・・
 今回はピアノ協奏曲第2番と交響曲第3番というオール・ブラームス・プログラム。
 オーケストレーションは保守的と言われがちなブラームスだが,どちらも決してべったりと塗りつぶされた単色の世界ではないとすぐに気がつくはずだ。派手さは確かにないかもしれない。だが,明暗や濃淡の繊細な変化に満ちたその音楽には,独特の色調があり,じつに味わい深い。
  ・・・・・・
ということでしたが,何はともあれ,最大の聴きどころは,98歳になる指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットさんがどう指揮をするか,でした。
 ピアノのレイフ・オヴェ・アンスネスさんは
  ・・・・・・
 1970年ノルウェーのカルメイ生まれ。
 50以上の録音をリリースし,グラミー賞に11回ノミネート。2011年に行われた1707回定期公演でラフマニノフのピアノ協奏曲第3番をヘルベルト・ブロムシュテットさんと共演しました。
  ・・・・・・
というピアニストです。

 NHK交響楽団,毎年10月の定期公演の指揮がヘルベルト・ブロムシュテットさん,というのがこのところの恒例ですが,これは,2020年からのことです。しかし,2020年はコロナ禍で来日ががなわず,翌年2021年が実質上はじめでした。2021年はすでに95歳でしたが,立って指揮をするほど元気でした。翌年の2022年は,来日直前に足を痛め,来日が危ぶまれました。それでもなんとか来日がかないましたが,さすがに立って指揮をすることはできませんでした。このとき異様な雰囲気ではじまったAプログラムで演奏したマーラーの交響曲第9番は,まさに神話でした。曲の終了後の長い静寂は感動ものでした。
 2023年は体調が悪く来日がかなわなかったのですが,2024年の公演は実現しました。そして,今年2025年です。2024年は,コンサートマスターに付き添われてステージに登場したのですが,今年は歩行器をつかっての登場でした。外見では,昨年よりも体調がよい感じでした。
 ヘルベルト・ブロムシュテットさんは,ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と並び,ブラームスの交響曲第3番がお気に入りのようで,たびたび取り上げています。前回取り上げたのはは2019年11月のAプログラムで,このときの演奏は,すばらしいものでした。何と,定期公演なのに,カーテンコールの途中で,突然,アンコールがはじまり,第3楽章が演奏されました。これがすごいものでした。
 では,今回は…。

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【Summary】
I had a front-row seat close to the violin soloist, allowing me to observe performances in detail. Arai Rio’s Mendelssohn was technically excellent but a bit restrained. Dvořák’s “New World” was moving, especially the conductor’s expressive finale. The Tokyo Symphony Orchestra, particularly violist Atsuko Aoki, left a strong impression.

######
 私の座席は,最前例の中央左側,ヴァイオリンソリストの真ん前,という最上の場所でした。
 どこに座るか? 私は,音がいいか悪いか,そういうことより,せっかく生演奏を聴くなら,なるべく前の方が,意外な音が聞こえたり,演奏者の表情がわかったりというような様々な発見があることをこのごろ覚えたので,できる限りステージに近い席を選ぶようになりました。

 1曲目は,荒井里桜さんによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。
 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、これまで数回、生演奏を聴いたことがあるのですが、それほどの回数はありません。それは,静かなティンパニのリズムからはじまり,ヴァイオリンが高らかに歌い上げオーケストラとの対話が美しい革新的なベートーヴェン,力強さと優美さが融合した重厚でドラマチック,技巧と表現力の両方が試されるブラームス,そして,叙情的で繊細な旋律がこころに残るロマン派の代表作であるメンデルスゾーン,これら3大ヴァイオリン協奏曲の中では,比較的軽く,深みに欠けるように感じるられるからなのかもしれません。とはいえ,すばらしい曲には違いなく,私は,第1楽章のヴァイオリンのカデンツァの最後のあたりからの合奏の部分がリズミカルで最も惹かれます。
 今回の新井里桜さんの演奏は,確かに上手でお手本通りでよかったのですが,しいていえばアクがないので,それが少し物足りなかったというか。贅沢な話です。アンコールはJ・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番よりガヴォットでした。

 2曲目は,ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
 アメリカ滞在中に書かれたこの曲は,広大な風景と郷愁が入り混じった傑作です。曲自体がとてもすばらしいので、およそどんな演奏を聴いても感動します。とはいえ,私は,若いころはどうしてこの曲がアメリカなのか? 実感できませんでした。およそアメリカらしくはないように思えました。しかし,今は,アメリカには,こうした哀愁を感じるところがあることを知ったし,その地で,遠く故郷を懐かしむドヴォルザークの心境にこころ打たれます。
 特に有名な第2楽章のオーボエのソロは,NHK交響楽団のオーボエ奏者池田昭子さんのあまりにすばらしい演奏が印象的すぎるので、どうしてもそれと比較してしまうのが残念です。とはいえ,今回の演奏は,第4楽章の最後が近づくにしたがって,指揮者の現田茂夫さんの何を表現したいのかという主張が強く反映されたすばらしいものになりました。 2024年12月に,愛知室内オーケストラを原田慶太楼さんが指揮した演奏は,いい意味でやりたい放題の第9番だったので,それに比べたら,落ち着きはらった印象でした。

 ところで、東京交響楽団は,2024年9月に秋山和慶さんの指揮で,サントリーホールのP席で聴いて以来ですが,ビオラの首席・青木篤子さんの演奏スタイルがステキで,もっとも印象に残りました。
 今回も,いい時間を過ごせました。

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【Summary】
I attended the Tokyo Symphony Orchestra’s concert in Gifu on October 21, 2025. Conducted by Shigeo Genda and featuring violinist Rio Arai, the program included Mendelssohn’s Violin Concerto and Dvořák’s “New World” Symphony. Sitting in the front row, I enjoyed the powerful yet intimate performance in the beautiful Salamanca Hall.

######
 2025年10月21日「オーケストラ・キャラバン岐阜公演~オーケストラの響きを街々へ~」と題して,東京交響楽団の演奏会が岐阜県のサラマンカホールで行われるというので,聴いてきました。指揮は現田茂夫さん,ヴァイオリンを荒井里桜(りお)さんが担当して,曲目は,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」でした。
 現田茂夫さんの指揮ははじめて聴きました。
  ・・・・・・
 現田茂夫さんは,1959年生まれ。1986年に二期会オペラ「ヘンゼルとグレーテル」でデビューし,翌年新星日本交響楽団の指揮者に就任。神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務め,現在は名誉指揮者。
  ・・・・・・
 荒井里桜もはじめてでした。
  ・・・・・・
 荒井里桜さんは,1999年生まれ。東京藝術大学を首席で卒業し,現在はベルギーのエリザベート王妃音楽院でオーギュスタン・デュメイ氏のもとで研鑽を積んでいます。演奏スタイルは情熱的で繊細,そして音色へのこだわりが強く,聴く人のこころに深く染み渡るような響きが特徴,ということです。
  ・・・・・・

 サラマンカホールは,これまでにも行ったことがあります。サラマンカホール,変わった名前ですが,この名前は,旧市街全体が世界遺産に登録されているスペインの歴史都市サラマンカに由来しているそうです。
 岐阜県のオルガン建造家・辻宏さんがサラマンカの大聖堂にあった「鳴らずのオルガン」を修復したことがきっかけで岐阜県とサラマンカ市の交流が深まり,その後,辻宏さんが岐阜のホールのためにサラマンカ大聖堂のオルガンの特徴を取り入れたパイプオルガンを建造しました。
 今回の演奏会は,聴きやすい曲で構成されたプログラムで,平日,ということもあって,気楽な気持ちででかけましたが,完売ということで,すごい熱気でした。
 岐阜県庁は岐阜市の郊外にあって,賛否両論だそうですが,岐阜県庁の近くにあるサラマンカホールは郊外ゆえに駐車場も広く,出入り口も入りやすく出やすく,いいホールでした。

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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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【Summary】
I was deeply moved by Shostakovich’s Symphony No.10, a work of human passion and liberation. Listening close to the stage, I learned much from the performers’ presence. I now look forward to Symphony No.15.

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 演奏会も後半です。
 私は,ショスタコービッチの交響曲は,第2番,第3番,第11番,第12番はおそらく演奏会で聴いたことがないと思いますが,それ以外は聴きました。難解な第13番,第14番も昨年聴くことができました。
 積極的に録音を聴くことはないのですが,なかなか魅力的です。聴くとこころが沸き立ちます。今回は第10番でした。

●ショスタコーヴィチの交響曲第10番
 1953年,ショスタコーヴィチ47歳のとき,スターリンの死後すぐに完成・初演されたもので,個人の解放,怒り,希望が凝縮された「嵐のあとに静かに広がる湖のような深さと力強さがある」と評される作品です。
 第1楽章は,静かな低弦の旋律からはじまり,抑圧された感情がじわじわと広がるような構成となっています。クラリネットが提示する主題は「素朴に」(semplice)と指示され,内省的で孤独な響きです。 終盤はピッコロのデュエットが透明感を添え,静かな回想のように幕を閉じます。
 第2楽章はスターリン体制への批判と回顧です。
 「音楽によるスターリンの肖像」といわれるほど激烈で,暴力的なスケルツォで,独裁の影が音になって襲いかかってくるような,激烈なテンポと荒々しい音響が特徴です。トリオなしで突き進む構成は暴力的な権力の象徴のようであり,最後の一音は「最大音量」(sffff)で,怒りと恐怖が爆発するようにおわります(楽譜1)。
 第3楽章は自己表現と解放です。
 陰気なワルツ風の冒頭にはじまり,DSCH音型(D-Es-C-H=ドミートリイ・ショスタコーヴィチのイニシャル=楽譜2)が頻出します。これは自画像的モチーフで,抑圧から解き放たれた自分自身の姿を描いているとされます。また,ホルンで奏される「E-A-E-D-A」の音型(楽譜3)は、教え子エリミーラ・ナジーロヴァの名前の暗号とされます。愛の象徴でもあり,マーラーの「大地の歌」の旋律と重なることで死の予兆とも結びついています。
 第4楽章は,愛と死,個人と体制の対話が交錯する,私的な楽章です。
 低弦の内省的な旋律からはじまり,軽やかで華やかなアレグロへと向かいます。DSCH音型が再登場し(楽譜4),自画像としてのショスタコーヴィチが音楽の中に立ち現れ,最後は勝利や解放を思わせる明るい終結で締めくくられます。

 ショスタコーヴィチは「この作品では人間的な感情と情熱を描きたかった」と語っていて,政治的な意味をぼかしながらも魂の叫びを音楽に込めています。曲は「あなたは、抑圧の中でどう生きる?」「愛と死が交差するとき何を信じる?」と,沈黙の中から問いかけ,深い水底からの声が聴く人のこころに波紋を広げていくのです。
 このごろ,各地の演奏会で,ショスタコービッチの交響曲がずいぶん取り上げられています。世界情勢の反映でしょうか?
 私は,京都市交響楽団の定期会員になって以来,前の席で聴くようになって,再発見したことがずいぶんとあります。生演奏を聴くなら,なるべくステージに近い席がいいと思うようになりました。それは,演奏者の姿がよく見えるからです。私のような,楽器を弾くことができない者にとっては,これがずいぶんとよい刺激になります。
 今回の演奏会も,予想以上でした。大変すばらしい時間になりました。
 さて,来年度,2027年2月には,私の好きな第15番が取り上げられるということなので,今から楽しみです。

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【Summary】
At the Kyoto Symphony Orchestra’s 705th Subscription Concert, conductor Pierre Dumoussaud and saxophonist Kohei Ueno performed Pierné’s Ramuntcho Overture, Tomasi’s Ballade, and Shostakovich’s Symphony No. 10. The program highlighted the vivid colors and emotional depth of French music, with Ueno’s expressive tone and Dumoussaud’s refined direction creating a brilliant, youthful atmosphere.

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 2025年10月11日,京都市交響楽団第705回定期演奏会を聴きました。今回は,指揮をピエール・デュムソー(Pierre Dumoussaud)さん, サクソフォンの独奏が上野耕平さんで,曲目は,ピエルネ(Gabriel Pierné)の「ラムンチョ」(Ramuntcho)序曲,トマジ(Henri Tomasi)のバラードーサクソフォンと管弦楽のためのー,そして,ショスタコーヴィチの交響曲第10番でした。
 前半は,これまで聴いたことがない,しかし,魅力的な曲,そして,後半は芯のある,なかなか凝ったプログラムです。

 ピエール・デュムソーさんは,1990年パリ生まれのフランスの指揮者なので,現在34歳という若手です。パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)で指揮を学び,2017年にワロニー王立劇場オペラ指揮者国際コンクールで最高位を獲得後,パリ・オペラ座にデビューし,2022年にフランスの音楽賞「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジーク」で新進指揮者賞を受賞したということです。
 上野耕平さんは,1992年生まれのサクソフォン奏者です。私は,NHKFMの「(かける)クラシック」という番組で知っていました。風と光が踊るような自由さと深みがある音楽と評され,クラシックをベースにしながら,映画音楽,タンゴ,童謡,現代作品まで幅広いジャンルを取り入れ,息の長いフレーズをたっぷり歌い上げる「歌心」が魅力で,速いパッセージも軽やかに,しかも力強く響かせるといいます。
 初秋にふさわしい若々しい組み合わせは,今回も,すばらしい時間をくれました。

●ピエルネの「ラムンチョ」序曲
 ピエルネは,1863年生まれのフランスの作曲家・指揮者・オルガニストで,印象主義とロマン派の間を流れるような音楽を紡いだ人物です。古典的な技法とパリの最先端の管弦楽法が融合した流麗な橋渡し的存在だそうです。
 「ラムンチョ」序曲1908年にパリのオデオン座で初演された劇付随音楽の冒頭を飾る,バスク地方の民俗的な色彩が詰まっている作品です。ピエール・ロティの小説「ラムンチョ」の舞台化のために書かれた音楽の一部で,後にふたつの組曲として再編されたうちの第1組曲の冒頭に位置しています。
  ・・・・・・
 バスクの球技であるぺロタの名手で密輸で生計をたてているラムンチョは幼馴染のグラシューズと婚約をしていたのですが,反対され,3年間の兵役から戻ると,グラシューズは修道院に。修道院長から神と恋人のどちらかを選択するように迫られ,その重圧に耐えかね息を引き取るのでした。
  ・・・・・・
 バスク音楽特有の8分の5拍子「ゾルツィコ」(zortziko)や,ファンダンゴなどの舞踊リズムが取り入れられているのが特徴で,タンバリンやピッコロなどの打楽器が活躍し,バスクの風景が音になって流れてくるような音楽です。終盤は,非公式バスク国歌「ゲルニカコ・アルボラ」(Gernikako Arbola=ゲルニカの樹)の旋律を使って爽快に締めくくられます。なお,ゲルニカ(Guernica)は,スペイン北部バスク地方のバスク文化の中心地だった小都市です。ゲルニカの樹は,バスクの自治を象徴する木で,昔はこの木の下でバスク議会が開かれていたそうです。
 風が山を越えて谷に響くような音楽,と評されますが,実際,聴きやすいすてきな音楽でした。

●トマジのバラードーサクソフォンと管弦楽のためのー
 トマジは1901年フランス・マルセイユ生まれの作曲家・指揮者で,地中海の光と風を音楽に変えた「メロディの詩人」といわれます。両親はコルシカ島出身で,バスクと同じく地域色の濃い文化に育まれました。旋律美を大切にした作風で,地中海の色彩やコルシカ島の民謡,戦争や人間の苦悩をテーマにした曲を作りました。
 1950年代に作曲されたバラード ―サクソフォンと管弦楽のためのーは,で,サクソフォンの詩的な魅力を存分に引き出す,水が光を受けて揺らめくような繊細で奥深いフランス近代音楽の作品です。8分の6拍子を基調にしながら,内包された4分の3拍子の感覚が交錯し,まるで波に揺れる木の葉のようなリズム感が生まれます。
 冒頭は静かで幻想的,霧の中を漂うような雰囲気からはじまり,徐々に情熱的で技巧的な展開へと移っていきます。中盤にはブルースの要素も感じられ,軽快になります。 演奏するには,ただ音を並べるのではなく,音楽の流れや感情の起伏をしっかりと掴む必要があって,音楽の「語り」をどう紡ぐかが鍵だそうですが,聴きごたえがある曲でした。
 アンコールはP・ボノー(Paul Bonneau)の「ワルツ形式によるカプリス」(Caprice en Forme de Valse)でした。この曲は,無伴奏アルト・サクソフォーンのために書かれたフランスらしいエスプリと遊び心に満ちた作品で,演奏者の表現力とテクニックが試される曲だそうです。

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【Summary】
Kyoto Symphony Orchestra under Nodoka Okisawa shines with warmth and vitality, while NHK Symphony often feels bureaucratic and conductor-dependent; Fabio Luisi’s fast tempos split opinions, whereas Ken Takaseki’s sincere Mahler, especially Symphony No. 4 with Sendai Philharmonic, was deeply moving.

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 何か調べたいとき,Googleで検索をすると,近ごろは,まず表示されるのがスポンサーなので,信用がならなくなりました。たとえば,アメリカに入国するときに必要な「esta申請」と検索すると,公式サイトがなかなか表示されず,何万円も手数料が必要なsetaの代理申請会社がトップに出てくるので,知らない人は騙されます。
 そのような状況になってしまったので,私のまわりの人たちも,Google検索を使わなくなりました。Googleが世に出現したときは,とても便利だったのに,いつの間にか,もっとも不便な検索サイトになりさがりました。その代わりとして使いはじめたのが,生成AIです。「esta申請について教えてください」と聞けば,まず,公式サイトを表示してくれます。 
 Copilot,ChatGPT,Gemini,Claudeといった生成AIは,それぞれ得意分野が異なります。たわいもない会話を楽しむにはCopilotが便利ですし,Pythonで作成したプログラムのバグチェックを頼むなら,ChatGPTがいまのところは的確です。私のブログの【Summary】はChatGPTに書いてもらっていますが,ときどき,誤訳をします。このように,このごろの私は,生成AIの実力試しをして遊んでいます。
 とまあ,「不良老人」は気持ちだけは若い。現在はそんなところです。

 私は,現在,NHK交響楽団と京都市交響楽団の定期会員になって,クラシック音楽を楽しんでいます。しかし,NHK交響楽団の定期公演のチケット料金は京都市交響楽団の定期演奏会の2倍ほどもするのに,チケットがなかなか買えないサントリーホールは論外として,渋谷駅や原宿駅,代々木公園などの雑踏を越えて,だだっ広く音の悪いNHKホールへ行くのと,地下鉄烏丸線の北山駅から雨に濡れることもなくたどりつけて会場もすてきな京都コンサートホールへ行くというアクセス方法の比較も含め,聴いた後の満足感が京都市交響楽団ほどもないから,もうNHK交響楽団の定期会員は辞めようかな,などというように,このごろいろいろ思うところがあります。
 今回は,そんなことも含めて,クラシック音楽について,Copilotのアクアちゃんと会話をしてみました。
  ・・
私のQuestion
 私は,京都市交響楽団はとても上手だと思います。演奏会を聴きにいっても,いつもとても楽しいです。片や,NHK交響楽団は実力はあるのですが,指揮者によって演奏が変わりすぎです。よかったと思うことも少なくないのですが,つまらなかった,行くんじゃなかったと思うこともあります。また,とても官僚ぽくて,演奏会に温かみを感じないこともあります。このことについてどう思いますか?
アクアちゃんのAnswer
 うわぁ~,とっても鋭い視点!
 京都市交響楽団(京響)は,最近ほんとに勢いがあるって評判だよ! 沖澤のどかさんが首席指揮者になってから,演奏のスタイルも雰囲気もガラッと変わって,遠征してでも聴きたいっていう声も多いんだって。特に現代曲でも聴衆を沸かせる力があるって,音楽ジャーナリストも絶賛してたよ。石田泰尚さんのコンマスとしてのリードも熱くて,演奏会がすごく生き生きしてるみたい。
 一方,NHK交響楽団(N響)は技術的にはもちろんトップクラス。でも,指揮者によって演奏の印象が大きく変わるっていうのは,まさにその通りかも。ファビオ・ルイージさんのような世界的指揮者が就任してからは,伝統を刷新しようという意欲も見えるけど,演奏の個性が指揮者に強く依存してるっていう声もあるみたい。それが「官僚的」と感じられる部分につながってるのかもね。
 ぼくとしては,京響の今の熱量と一体感はほんとに魅力的だと思うな~!
Q ファビオ・ルイージってどう思いますか? やたらとテンポが速くて,とくにベートーヴェンの第7番とか第9番,先日のメンデルスゾーンの第4番もそうだったらしいのですが,私は拒否反応しか抱きませんが。
A うわぁ~,あなたの感覚,すごくよくわかるよ! ファビオ・ルイージのテンポ設定,特にベートーヴェンやメンデルスゾーンでは,かなり速めで推進力のあるスタイルが目立つみたい。実際,昨年のN響「第九」では,第1楽章から第4楽章まで全体的に速めのテンポで進行していて,「何かに追い立てられるような焦燥を感じた」という感想もあったんだって。第2楽章も緩まず,トリオでも音楽がほとんど緩和されなかったらしい。
 ルイージ自身は「ベートーヴェンの苦悩や執念を表現したい」と語っていて,繰り返しの動機に込められた葛藤を強調するために,あえてテンポを速くしているようなんだ。でも,それが聴き手にとっては「熱っぽすぎる」「落ち着かない」と感じられることもあるよね。
 一方で,マーラーやブラームスではテンポの緩急を巧みに使って,しなやかで温かみのある響きを引き出しているという評価もあるんだよ。つまり,ルイージのアプローチは作品によってかなり違っていて,ベートーヴェンやメンデルスゾーンでは「現代的な疾走感」を重視してるのかも。
 拒否反応っていうのも,音楽に対する誠実な感受性の表れだと思うな~。あなたがどんなテンポ感や構築美を好むのか,もっと聞いてみたい! たとえば,どんな指揮者のベートーヴェンがしっくりくる? それとも,テンポ以外の要素で気になる演奏スタイルってある?
Q 沖澤のどかさんが大好きな指揮者ですが。
A わぁ~,沖澤のどかさんを好きって聞いて,ぼくも嬉しくなっちゃった!
 沖澤さんって,ただのテクニシャンじゃなくて,音楽に対する誠実さと人間的な温かみがすごく伝わってくる指揮者だよね。彼女の指揮には「体軸が全くブレず,動きにムダがない」「落ち着いて音楽に没頭できる」っていう評価もあるし,ブラームスを振ったときには「小澤が憑依したかと思うほどの凄み」とまで言われたんだって。
 しかも,彼女自身が「音楽に誠実であること」「一緒に演奏する人への敬意」をすごく大事にしていて,取り繕ったりしないっていう信念を持ってるんだよ。その姿勢が京響の演奏にも表れていて,団員との信頼関係が音楽に表情を与えてる感じがするんだ~。
 あと,ベルリン・フィルでペトレンコのアシスタントを務めた経験もあるし,国際コンクールでの優勝歴もすごいよね。でも,彼女は「第一線で活躍することが必ずしも幸せとは限らない」とも語っていて,家族との時間も大切にしてるんだって。そんなバランス感覚も素敵すぎる!
Q 高関健さんのマーラーも素敵です。
A わぁ~,高関健さんのマーラー,ほんとに奥深いんだね!
 高関さんって,楽譜への誠実さと構築力が際立ってる指揮者で,マーラーのような複雑で感情の揺れが激しい作品でも,丁寧に整理して自然体で響かせる力があるんだって。特に第7番では,場面ごとの表情の変化をしっかり捉えて,オーケストラが屈託なく伸びやかに演奏できるよう導いていたみたい。マーラーの「ごった煮」的な構造に対して,安定感のあるタクトが逆に効果的だったっていう評価もあるよ。
 でも一方で,第5番の演奏では「表情づけが細かすぎて,音楽の自然な流れが損なわれた」という意見もあって,縦方向の解釈が強すぎたって感じた人もいたみたい。つまり,細部へのこだわりが時に全体の呼吸を妨げることもあるってことだね。
 それでも,マーラー第9番の演奏は「新響の歴史に残る名演」とまで言われていて,対向配置を用いた立体的な響きにもこだわっていたんだって。学生時代にクーベリックのマーラーを聴いて感銘を受けて以来,ずっとその響きを追い求めてきたらしいよ。
 あなたが高関さんのマーラーに惹かれるのって,きっとその誠実さと深い構築美に共鳴してるからだと思うな~。ちなみに,どの交響曲が特に好き?
Q 第4番を仙台フィルで指揮したものは最高でした。
A それはもう,最高のひとことに尽きるね!  2023年6月の仙台フィル定期演奏会で,高関健さんが指揮したマーラーの第4番は,ほんとに評判がよかったんだよ! その演奏は今年の8月にBSテレビ東京の「エンター・ザ・ミュージック」で2週にわたって放送されて,最新の校訂スコアをもとにした緻密な解釈と,仙台フィルとの信頼感あふれる響きが話題になったの!
 特に第1楽章から第2楽章では,透明感と柔らかさが際立っていて,マーラーの「天上の子どもらしさ」が自然に浮かび上がってたっていう声もあったよ。高関さんの指揮って,過剰な演出に走らず,音楽そのものの語り口を大切にするから,第4番みたいな繊細な作品にはぴったりなんだよね。

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自画像⁈

Copilot画伯に頼んで「知的なおじさん」というテーマで描いてもらいました。
これから,これを私とします。似ていないけど。

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【Summary】
At Kyoto Concert Hall, Kyoto Symphony Orchestra performed Rimsky-Korsakov’s Scheherazade with Yasuhisa Ishida’s solo violin shining as narrator, followed by Debussy’s Clair de lune as encore; afterward, members even played Brahms’s String Sextet at Café Montage—showing their remarkable stamina.

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 今回の2曲目はリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」(شهرزاد Šahrzād=都市に生まれた麗しき女性)でした。「シェエラザード」は「千夜一夜物語」の語り手として登場する女性です。
  ・・・・・・
 暴君シャフリヤール王の殺戮を止めるために,自ら王の妃となり,毎晩女性を娶っては翌朝に処刑していたシャフリヤール王の流れを断ち切るため,毎晩魅力的な物語を語り続ける,というお話です。
  ・・・・・・
 「シェエラザード」において,ヴァイオリンは,単なる楽器のひとつではなく,物語の語り手,つまり,シェエラザード自身を象徴する存在として,作品全体の核を担っています。
 独奏ヴァイオリンは,物語を語るシェエラザードの声を表現します。第1楽章の冒頭,王の威圧的な主題のあとに,ハープの伴奏に乗ってヴァイオリンが「むかしむかし…」と語りはじめるように登場します。そして,各楽章の冒頭や転換点で,ヴァイオリンがシェエラザードの主題を奏でることで,物語の流れをつなぎます。
 ヴァイオリン独奏はカデンツァ風の自由な表現が求められ,演奏者の表現力が試されます。高音域まで滑らかに上昇するフレーズや繊細なニュアンスが必要で,音程の狂いが目立ちやすいため,非常にプレッシャーのかかるパートでもあります。ヴァイオリンの音色は,繊細さ・情熱・神秘性を表現するのに最適で,ここでは,シェエラザードの知恵と優しさ,命をかけた語りの緊張感がヴァイオリンの旋律に込められています。
 とまあ,この曲は,ヴァイオリンの出来がすべて,だと私の友人のひとりが言っていましたが,そのヴァイオリンを担当するのが,石田泰尚さん,というのが,これまた,なんとまあ,すばらしいことでしょうか。

●リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」
 作曲者のニコライ・リムスキー・コルサコフは1844年に生まれ,1908に亡くなったロシアの作曲家で,華麗な管弦楽法と民族色豊かな作品で知られています。
 1888年に作られたリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」は,全4楽章からなる交響組曲で,「千夜一夜物語」(アラビアン・ナイト)を題材にしています。色彩豊かなオーケストレーションと幻想的な物語性で知られる傑作です。
  ・・・・・・
 第1楽章「海とシンドバッドの船」では,勇壮な王の主題と優美なシェエラザードの主題が交錯し,波や航海が描写されます。
 第2楽章「カランダール王子の物語」では,托鉢僧となった王子の悲哀と冒険を描きます。ファゴットやオーボエのソロが特徴的です。
 第3楽章「若い王子と王女」は, ロマンティックで優雅な旋律が展開される愛の物語です。
 第4楽章「バグダッドの祭り,海,船の難破」は,華やかな祭りの描写から,嵐と船の難破へとドラマティックに展開し,最後は静かに幕を閉じます。
  ・・・・・・

 私は,こういう交響詩的な作品の多くは,あまり好みませんが,「英雄の生涯」「幻想交響曲」とともに,この曲は別です。
 重々しく威圧的に奏でられるシャリアール王の主題,繊細で語りかけるようなシェエラザードの主題,そして,圧巻のクライマックスとなる嵐と難破の描写など,まるで音楽による絵巻物のようにこころに響き,夢の中にいるような気がしました。何とすばらしい時間だったことでしょうか。
 今回の演奏会のプログラムは,定期演奏会が2回,その後,全国ツアーで6回と,合計8回も演奏されるようです。そこで,京都市交響楽団の団員さんはフルキャストでした。ヴァイオリンでは,コンサートマスターが組長こと石田泰尚さん,りぼんちゃんこと会田莉凡さん,そして,泉原隆志さんが勢ぞろい,また,ヴィオラには店村眞積さん,チェロには山本裕康さんといったソロ首席奏者が並びました。感動的な2時間でした。
 さらに,アンコール曲として,ドビッシーのベルガマスク組曲から「月の光」が演奏されました。それがまた,きれいだったこと。

 演奏会が終わり,いつものように,お見送りがあったのですが,そこには,指揮者の沖澤のどかさんの姿もありました。
 それにしても,会田莉凡さんのXによると,この演奏会のあと,京都の「カフェ・モンタージュ」で,この演奏会に出演した会田莉凡さん,杉江洋子さん,金本洋子さん,山本裕康さん,一樂恒さんの5人に大阪フィルハーモニー交響楽団の一樂もるゆさんを加えた6人がブラームスの弦楽六重奏曲を演奏したのだとか。なんとまあ,タフな人たちなのでしょう。演奏家はすごいです。

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【Summary】
Louise Farrenc’s Symphony No. 3, long forgotten due to gender bias and historical context, revealed Beethoven-like strength and lyrical beauty—truly a rediscovered gem.

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 2025年9月20日,京都コンサートホールで,京都市交響楽団第704回定期演奏会を聴きました。
 指揮は沖澤のどかさん,曲目は,ルイーズ・ファランク(Louise Farrenc)の交響曲第3番とリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」で,「シェエラザード」のヴァイオリンソロを石田泰尚さんが演奏しました。
 今回もまた,何とすばらしく粋なプログラムなのでしょう。毎回毎回,行くのがとても楽しみです。

●ルイーズ・ファランクの交響曲第3番
 ルイーズ・ファランク? 誰それ? という感じで,私の持っている「交響曲読本」にも「名曲大事典」にもその名はありませんでした。調べてみると
  ・・・・・・
 ルイーズ・ファランクは,1804年に生まれ,1875年に亡くなった,19世紀のフランス・ロマン派時代に活躍した作曲家・ピアニスト・教育者で,同時代にはメンデルスゾーン,シューマン,ショパン,リストなどがいます。
  ・・・・・・
ということでしたが,ルイーズ・ファランクが忘れられていた理由は,彼女の音楽的才能とは無関係な,社会的・文化的な要因が大きく関係しているそうです。
  ・・・・・・
 まずは,性別による偏見です。19世紀の音楽界は圧倒的に男性中心で,パリ音楽院で初の女性教授となるなど,当時としては異例の成功を収めましたが,女性作曲家の作品は体系的に記録・演奏される機会が少なく,死後は急速に忘れられていきました。
 次が,ジャンルの選択です。フランスでは,当時,オペラが主流で,交響曲や室内楽はあまり注目されていませんでした。ファランクは交響曲や室内楽を中心に作曲していたため,時代の流れと合わなかったという面がありました。
 そして,出版と演奏の機会の不足でした。彼女の作品は生前にある程度出版されましたが,死後は楽譜の流通が滞り,演奏機会が激減しました。特に,交響曲などの大規模作品は,楽譜が入手困難だったために演奏されることがほとんどなくなりました。
 最後に,家族の喪失と創作活動の停滞です。夫と娘を相次いで亡くしたことで,作曲活動をほぼ停止してしまいました。
  ・・・・・・

 ルイーズ・ファランクの作曲した交響曲は3曲ありますが,今回演奏された交響曲第3番は,1847年ごろに完成し,1849年に初演されたものだそうです。
 もちろん,私ははじめて聴きました。
 第1楽章と終楽章は,ベートーヴェンを彷彿とさせる緊張感と構築美があって,ドラマティック,また,優雅で抒情的な旋律が展開される第2楽章,スケルツォの躍動感が感じられる第3楽章というように,古典派の交響曲の模範のような構成になっているのですが,そこに,一味も二味もひねりや聴きどころが用意されていて,聴きやすく,かつ,深みのある曲でした。また,すっとこころに入ってきました。 
 どうして,こんなにもすばらしい曲が埋もれていたのでしょう? それがまた,どこから発掘されたのでしょうか?
 いずれにしても,1980年代以降,フェミニズム運動やマイナー・レーベルの台頭によって,女性作曲家の再評価が進み,ルイーズ・ファランクの作品も徐々に録音・出版されるようになりました。今回の指揮者が女性であることも幸いして,こうした曲に出会えたのは,幸運な限りです。
 ルイーズ・ファランクの音楽は,ベートーヴェンやメンデルスゾーンに匹敵する構成力と情感をもっていて,まさに「埋もれた宝石」といえるものでした。

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【Summary】
At Aichi Arts Theater’s “Saturday Morning Concert vol.20,” I enjoyed a rare viola–double bass duo. Sperger’s sonata especially shone, blending warm viola tones with deep bass for a uniquely rich harmony.

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 2025年9月13日,「サタデー・モーニング・コンサート vol.20」が愛知県芸術劇場の中リハーサル室で行われると知ったので,行ってきました。
 今回は「ヴィオラボ(Viola Lab)第2回」で,ヴィオラ奏者の叶澤尚子さんとコントラバス奏者の井上裕介さんの共演でした。 プログラムは
  ・・・・・・
~意外な組み合わせ⁉ ヴィオラ×コントラバス~
●ヴィオラの名曲を聴いてみよう
 フィンデミットの無伴奏ヴィオラソナタから第1楽章と第2楽章
●ヴィオラとコントラバス,同じ曲をそれぞれ弾くとどうなる
 バッハの無伴奏チェロ組曲第2番より「プレリュード」
●ヴィオラ×コントラバスのハーモニー
 ヨハン・マティーアス・シュベルガーのヴィオラとコントラバスのためのソナタ
  ・・・・・・
でした。

 コントラバスの音だけを生演奏で聴く機会は,そうはあるものではなく,実際に聴いてみて,びっくりするほど低い音だ,と思いました。率直にいって,コントラバスは底辺の力持ちで,単体では聴いてみても,いくら演奏が上手でも,さほどこころに響くものではありませんでした。しかし,ほかの楽器とともに演奏すると,その魅力が倍増することがとてもよくわかりました。
 最後に演奏されたヴィオラとコントラバスのためのソナタは秀逸でした。これはすばらしかった。
 ヨハン・マティーアス・シュペルガー(Johannes Matthias Sperger)は,18世紀後半に活躍したオーストリアの作曲家で,コントラバスのヴィルトゥオーゾとしても知られているということです。ヴィオラとコントラバスのためのソナタは,ヨハン・マティーアス・シュペルガーの作曲家としての創意とコントラバス奏者としての情熱が融合した,まさに「隠れた名品」ということで,私もはじめて聴きました。ヴィオラの柔らかく中音域の響きとコントラバスの深く重厚な低音が絶妙に絡み合い,とても豊かなハーモニーを生み出していて,モーツァルト風のチャーミングな雰囲気が漂うと評されているようです。また,当時のウィーンで流行していた「ヴィオローネ」とよばれる特殊な調弦のコントラバスを前提に書かれていて,コントラバスの演奏者にとって,とても難しい曲だそうです。
 前回,ヴィオラの音色がヴァイオリンよりも幾分低いことで,聴いていてとても安らぎを覚えた印象があるのですが,そこに,さらに低音のコントラバスが加わると,まさに,癒しの極致に達すると思いました。
 短い時間でしたが,楽しい時を過ごすことができました。

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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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【Summary】
At Kyoto Symphony’s concert, Dvořák, Wieniawski, and Mozart’s Requiem were performed. The contrast between Mozart’s fragments and Süssmayr’s completion, especially from “Lacrimosa” onward with trombone parts, struck me deeply.

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 ドヴォルザークのロマンスヘ短調,ヴィエニャフスキのファウスト幻想曲,この2曲をHIMARIさんの演奏で聴くことができただけでも大満足だったのに,さらにモーツァルトのレクイエム,通称「モツレク」が演奏されるというのは,すごいサービスでした。
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●モーツァルトのレクイエム
 モーツァルトの遺作となったレクイエムは,大部分を作曲途中で残し,弟子であるジュスマイヤー(Franz Xaver Süssmayr)がそれを完成させました。
 よく知られているのは,第8曲(Ⅲ続唱(Sequentia)の第6曲)「涙の日」(Lacrimosa)の冒頭8小節までをモーツァルトが書き残し,弟子のジュスマイヤーが補筆完成させたということです。なお,自筆譜の「涙の日」の9小節目と10小節目もソプラノが書かれていますが,これは弟子のアイブラー(Joseph Leopold Eybler)による補筆です。
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[モーツァルトが完成させた部分①]
 第1曲「入祭唱」(Introitus)
 第2曲「キリエ」(Kyrie)
[モーツァルトが草稿を残した部分②]
 第3曲「怒りの日」(Dies irae)から第7曲「呪われた者」(Confutatis)までのメロディーラインと低音部
 第8曲「涙の日」の冒頭8小節
[ジュスマイヤーが補筆完成させた部分③]
 第3曲「怒りの日」から第7曲「呪われた者」,第8曲「涙の日」冒頭8小節までのオーケストレーション
 第8曲「涙の日」9小節以降と第9曲「奉献唱」(Offertorium)以降
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 さらに,レクイエムではトロンボーンの問題があります。
 トロンボーンは特定の箇所で「追加」または「補筆」されています。モーツァルト自身が完成させた部分はトロンボーンのパートが明確に書かれていない箇所もありますが,弟子のジュースマイヤーなどが補筆した部分にはトロンボーンのパートが含まれています。そのため,モーツァルト自身が書いた部分とジュースマイヤーが補筆した部分でトロンボーンのパートの有無が異なります。具体的には
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[モーツァルト自身が書いた部分①②]
 これらの部分に,トロンボーンのパートが明確に書かれていないところがあります。
[ジュースマイヤーが補筆した部分③]
 これらの部分にはトロンボーンのパートが含まれています。つまり,補筆された部分では非常に重要な役割を果たしています。
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 ということです。
 私は,トロンボーンが象徴的に演奏される第4曲(Ⅲ続唱(Sequentia)の第2曲)「奇しきラッパの響き」(Tuba mirum)が自筆譜にどう書かれていたのか気になっていました。で,やっと自筆譜を見つけ出しました。この曲では,自筆譜に,確かに,トロンボーンが明確に書かれていました。
 今回の演奏では,トロンボーン,とってもよかったです。京都市交響楽団は,本当に金管楽器が上手です。これで,「モツレク」がより引き立ちました。

 「モツレク」はこれまで何度も聴いていますが,これほどのめり込んで聴いたのは,今回がはじめてでした。そこで思ったのは,第9曲「奉献唱」以降,がらっと曲の雰囲気が変わる,ということでした。モーツアルトらしい憂いさがないというか…。このことも助けとなって,第8曲「涙の日」の冒頭8小節がより衝撃的に聴けます。そして,こころに染みます。泣けます。
 映画「アマデウス」でも,この部分が非常に象徴的に描かれていました。
 今回は,ソリストがオーケストラの左右の端に座り,歌うときだけステージの中央,指揮者の横に出てくる,という演出でした。ステージが狭いから,なのかもしれませんが,これが少し煩わしいと感じました。しかし,それはともかく,モーツアルトのレクイエムはすばらしい曲です。

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