しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

カテゴリ: 「感想」

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【Summary】
The seventh episode of Kyoto Secrets: Rouge – Succession depicts the pain of businesses that cannot be inherited and must close, while others struggle to continue traditions. The story shows the heavy burden of succession. However, I felt disappointed because the series focuses too much on dramatic family conflicts rather than Kyoto’s beauty and culture.

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 2026年3月8日,「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」の第7回「幕の引き方」が放送されました。
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 洛は,鶴子とある和菓子屋を訪れる。廃業する決意をした女将の姿を目の当たりにした洛のこころが動く。三八子は悟に久楽屋の継承の相談を持ちかける。広臣の母・嘉譽子は夫・譽太夫に息子と向き合うよう迫り,驚きの事実を告げる。
 幸太郎は鋭二と再会。イギリスにいる釉子に電話をすると?
  ・・・・・・
 この回は,継承ができず,やむを得ず幕引きをしなければならない状況に陥ったときの無念さを裏に,いかに継承をするかという苦労が展開されました。要するに,進むも地獄、退くも地獄,というのが「伝統」の重み,ということなのでしょう。
 私は,何事も,自然の流れに任せれば,まあ,何とかなる,と思っていて,きちんとした展望もないのに何かの工夫をすればするほど事態が深刻で複雑になる,と考えるのですが,当事者とってはそう簡単にはいかないものなのでしょう。
 あと2話でどいういう結末を迎えるのでしょうか?

 ところで,「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」は,どうも,私の期待したような展開のドラマになっていないので,少しがっかりしています。もっと京都らしい文化,歴史を,美しい映像とともに伝える内容を期待していましたが,ドロドロのホームドラマのようになってしまいました。9回という設定が長すぎるのです。また,女性陣はいかにも京都人らしく魅力的ですが,男性陣に深みがなく,京都人の男,という感じがしない。それが残念です。
 ところで,今の時代,こうした個人商店で,何代も続いているからといって,同じような商売が成り立つものなのでしょうか。何らかの大企業の中に入るとか,ビジネスの専門家に経営を委託するとか,観光業界とタイアップするとか,そういった工夫をして,合理的な商売に変えて行かなくては,たとえ継承ができても,その先がないように思います。それとも,京都という地であれば,今でも,こうした昔ながらの商売が成り立っているものなのでしょうか。そこが知りたい。でなければ,このドラマは,現実離れをしたおとぎ話になってしまいます。現実的な内容にするのなら,継承,というだけでなく,和菓子屋さんとか呉服屋さんという職業が抱える問題についても取り上げることが必要でしょう。

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【Summary】
I attended an NHK Symphony Orchestra concert in Omiya mainly to hear conductor Nodoka Okisawa while traveling. Although the program of Taiga drama music was not very appealing and the ticket was expensive, the second half—especially The Moldau—was excellent. Through many concerts, I have realized that seat, hall, and access matter most.

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 今回の大河ドラマをテーマとする演奏会,取り上げられていた大河ドラマは私があまり興味がなかったものが多かったのでもともとの音楽になじみがなく,残念でした。私が好きだった「国盗り物語」「勝海舟」「家神」などが演奏されたらずいぶん印象が異なっていたことでしょう。
 また,この演奏会の前日には,東京のNHKホールでも同じプログラムの演奏会が行われていたようですが,それにはゲストで高橋英樹さんが登場したりと,比較をすれば,ちょっと損をした感じでした。それにしても,入場料が高過ぎました。京都市交響楽団の定期演奏会の2倍ほどしました。この演奏会に限らず,近ごろのNHK交響楽団の演奏会は高すぎます。

 さて,どうして大宮のソニックシティ大ホールまで聴きにいったかというと,まず第一に,指揮者が沖澤のどかさんだった,ということです。これが最大の理由でした。もし違う指揮者なら行きませんでした。つまり,沖澤のどかさんがNHK響楽団を指揮する演奏会を聴きたい,ということでした。しかし,それならNHKホールでもよかったのですが,第二に,私は,東北旅行を企画していました。東北旅行のことはまた,別に書きますが,そのついで,というか,大宮で聴くほうが都合がよかった,ということにありました。ただし,前回も書きましたが,ソニックシティ大ホールは期待外れでした。
 そんな理由で大宮まで行ったのですが,第1部はともかく,第2部はたいへん楽しめました。特に,最後に演奏した「モルダウ」は最高でした。これを聴けただけで満足しました。これだけの盛り上がりをみせる指揮ができるのだから,やはり,沖澤のどかさんは大したものです。いっそのこと,第1部をやめて,スメタナの「わが祖国」(Má Vlast)全曲をやってもらうだけでよかったように思いました。

 まあ,今回の演奏会はそんなところでしたが,ここ数年,手当たり次第に行きたいと思った多くの演奏会を聴いてみて,私にとって,どういう演奏会なら楽しめるのかがよくわかってきました。
 まずは,座席です。とはいえ,これがもっとも難しい。いい席を取ることも難しいのですが,たとえ取れても,隣に座る人によっては不快になることがあるからです。そこで,定期会員になって,いつも近くに座る人が決まっていれば,そんな不安から解消されるわけですが,逆に,周りに不快な人が決まって座ってしまうと,絶望的にもなります。次が,会場です。これは,アクセスも含めてです。
 私は,20年来のNHK交響楽団の定期会員ですが,サントリーホールならまだしも,NHKホールは本当に情けない。アクセスも最悪です。とはいえ,通いはじめたころは,ああ,これがテレビで見るNHKホールそのものだ,というだけで感激していたこともあります。しかし,今や,ほかの多くのすばらしい会場を知ってしまうと,それと比べたとき,行く気が失せます。
 NHKホールは音もよくない。それがなぜか,会場で聴いた同じ演奏会なのに,FM放送で聴きなおすと,NHK交響楽団の演奏はすばらしいのです。ということで,私の結論は,NHK交響楽団の定期公演は,FM放送で聴くものであって,会場,特にNHKホールに足を運んで聴くものではない,ということです。日本でトップクラスといわれるオーケストラなのに,本拠地がNHKホールでは気の毒というものです。
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【Summary】
On March 6, 2026, I attended the NHK Symphony Orchestra’s “Taiga Drama & Masterpieces” concert at Sonic City Hall in Omiya, conducted by Nodoka Okisawa. The first half featured themes from historical TV dramas, while the second presented river-themed classical works. Although many enjoyed the familiar themes, I personally preferred the classical pieces.

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 2026年3月6日,大宮市のソニックシティ大ホールで,N響大河ドラマ&名曲コンサートを聴きました。指揮は沖澤のどかさん,そして,「秀吉」でピッコロ・トランペットを演奏したのがN響首席トランペット奏者の菊本和昭さん,「源義経」で用いられた薩摩琵琶が友吉鶴心さん,龍笛が稲葉明徳さん,纐纈拓也さん,岩﨑達也さん,シンセサイザーが篠田元一さん,そして,司会が田添菜穂子さんでした。
 どうして大宮まで来たかという話は次回書きます。
 ソニックシティ大ホールははじめてきました。大宮駅からすぐのところで,地の利は最高でした。ソニックという名前はソニーと関係があるのかな,と思ったのですが,調べてみると,「埼玉県(Saitama)」「大宮市(Omiya)」「日本生命(Nihon-seimei)」「産業(Industry)」,もしくは「国際(International)」「文化(Culture)」,もしくは「コンベンション(Convention)」の頭文字から「SONIC」となったそうです。
 中に入って驚きました。客席数はなんと2,505席もあって,巨大な空間でした。以前,座席数は2,336席のアクトシティ浜松大ホールに行ったことがあるのですが,よく似ていました。こんな巨大なホールは,クラシック音楽には不向きです。観客は8割程度の入りでした。

 第1部の曲目は,大河ドラマのテーマ曲から「風林火山」「豊臣兄弟!」「秀吉」「峠の群像」「元禄繚乱」「源義経」,それに,武満徹の作曲ということで,大河ドラマのテーマではないけれど「夢千代日記」,さらに「竜馬がゆく」「利家とまつ~加賀百万石物語~」「天地人」でした。
 そして,第2部の曲目は,「大河」にちなんだクラシック名曲選ということで,まずはライン川からワーグナーの楽劇「神々のたそがれ」(Götterdämmerung)より「夜明けとジークフリートのラインの旅」,次にドナウ川からイヴァノヴィチ(Iosif Ivanovici)のワルツ「ドナウ川のさざ波」(Valurile Dunării),最後に,ヴルタヴァ川(モルダウ川)からスメタナの交響詩「モルダウ」(Vltava)でした。
 司会がいて,曲目の紹介や,沖澤のどかさんをはじめとして,さまざまな人とのインタビューなどを挟みながら進行しました。それはそれで楽しかったのですが,私にとっての違和感は,以前,石田組のコンサートに行ったときに感じたものと同じでした。つまり,クラシック音楽の演奏会とは客層が違う。それとなく聞こえてきた会話は,クラシック音楽は長ったらしくて難しくてよくわからないけれど,大河ドラマのテーマ曲ならなじみがあるし短いからいい,というものでした。そういった人たちは,第1部はうかれて楽しそうでしたが,第2部はかなりつまらなそうでした。
 私には,むしろ第2部のほうがよかったのですが…。
 オーケストラもこうした演奏会をしてクラシックファンを増やす試みが必要だし,オーケストラもいろいろと駆り出されて大変だなあと思いましたが,コンサートが終わって,帰っていく観客の中に,今度はクラシック音楽のコンサートに行こうか,と話している人たちもいて,この演奏会の目的は果たせているようで,うれしくなりました。

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【Summary】
After joining the Kyoto Symphony Orchestra’s subscription series last April, I discovered the charm of Kyoto Concert Hall. Winning a signed copy of Chogakki, a book of essays on music and the hall, deepened my appreciation. The hall’s atmosphere and accessibility have made it a treasured place in my musical life.

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 京都コンサートホールから,「京都コンサートホールの思い出」というテーマで送るというプレゼントキャンペーンがあったので応募したら,当選して,京都ゆかりの文化人が音楽への思いをつづった「超楽器」という単行本が送られてきました。京都コンサートホールの館長・鷲田清一さんの直筆のサインが入った ものです。
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 「超楽器」は,開館30周年を機に,京都コンサートホール館長で哲学者の鷲田清一さんとプロデューサーの高野裕子さんが編集にあたり、京都ゆかりの16人の文化人が音楽への思いをつづったものです。
 指揮者の広上淳一さん,佐渡裕さん,沖澤のどかさん,木琴奏者の通崎睦美さん,ロックバンド「くるり」のフロントマン岸田繁さんが現場の音楽家としての思いを寄せれば,人類学の山極寿一さん,西洋音楽史の岡田暁生さん,建築史の五十嵐太郎さん,音響設計の豊田泰久さんが学術的な視点も交えてホールの実相を考察。堀江敏幸さん,小沼純一さん,三宅香帆さんといった作家や評論家に,能楽師の金剛永謹さんや彬子女王も加わり,音楽との関わりをそれぞれの物語を通じて問い直す,鋭くかつ軽やかな筆致のエッセーが共鳴しています。
 書名は,ホールを設計した磯崎新さんが開館25周年に「コンサートホールとはそれ自体が響きを生みだすひとつの大きな楽器」として「ハイパーインストゥルメント(超楽器)」と表現したことにちなみ,装丁も手に取りやすいスタイリッシュなデザイン。音楽関係者だけが読むような記念誌を超えて,現代社会における音楽の意味や,大規模改修を控える京都コンサートホールの未来を考えるためのヒントになる一冊です。
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 私が京都コンサートホールを知ったのは,京都市交響楽団の定期会員になった昨年の4月のことだから,まだ,1年も経っていません。沖澤のどかさんの指揮するオーケストラの演奏会を聴いてみたい,というのが動機だったのですが,通いはじめてみると,地下鉄烏丸線の北山駅を出てすぐのところにあるというすばらしい立地条件や,北山という落ち着いた場所,そして,広いらせん状のスロープを上り,中に入れば,のびのびとしたホワイエが迎えてくれる,というのは,ほかのコンサートホールにはないすばらしさで,圧倒されました。
 私は,コンサートは,演奏会そのものはもちろんのこと,そこに至るまで,そして,帰るまで楽しくありたいと思っているので,それをすべて満たす,京都コンサートホールがとても気に入りました。
 そんなコンサートホールについて,その背景やら,かかわりのある人たちの感じ方がわかる「超楽器」は私の宝物のひとつとなりました。
 これからも,末永く,このコンサートホールで音楽を楽しみたいものです。それにしても,京都市交響楽団を知ってからというもの,私にはすばらしいことばかりが起こります。感謝。

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【Summary】
In Episode 6 of "Kyoto People's Secret Pleasures: Rouge‐Inheritance", the theme of succession deepens. Miyako struggles with inheriting Kuraya, realizing tradition requires not only skill but spirit and resolve. The story portrays generational tension, showing that true succession blends youthful individuality with inherited wisdom to create renewed tradition.

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 「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」は,オリンピックでしばらく間が空いてしまいましたが,2026年3月1日に第6回「後継の資格」が放送されました。
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 鶴子が倒れた。洛は,自分の無力さを痛感する。
 重くのしかかる久楽屋の継承問題。洛はバーで志保の息子・幸太郎と出会い,庭師の世界では必ずしも血筋の人間が家を継がないという話を聞いていた。イギリスで修業をしていた幸太郎が帰国したのは師匠・美山清兵衛によばれたからと言う。
 一方,三八子は,僧から還俗した異母弟・悟を訪れる。
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ということで,いよいよ物語は佳境。今シリーズのテーマは継承,ということなので,洛さんが久楽屋を継承できるかどうか,ということがこれからの話の焦点になっていくのでしょう。

 今回の内容は,若い世代が「自分らしさ」と「継承」の間で揺れる姿から,伝統を受け継ぐ,というのは,ただ技術を学ぶだけでなく,その背景にある「こころ」や「覚悟」まで引き継がなければいけないということがいいたかったのでしょう。
 そうした世代交代は,どこにでもある話なのですが,それが京都となると,何か特別な体を成すのが,この町の恐ろしいところです。歴史が深すぎるのです。私は,若い人は「流れを受け継ぎながらも,自分の色を加えていく」ということこそが,若さの特権だと思うのです。だから,若い人なりの考えがあるから,歳寄りは任せたらいいのに,と思ってしまいます。
 実際,若い人には若い人なりの感性や時代の空気があって,それを活かしてこそ「継承」も生きたものになるわけで,伝統というのは,ただ守るだけではなく,時代に合わせて少しずつ形を変えていくもので,そうやってこそ次の世代に根づいていくです。しかし,年配の人たちにとっては,自分たちが大切にしてきたものが変わってしまうのが怖いというのもまた,当然の感情で,だからこそ,若い人の自由な発想と年配の人の知恵がうまく混ざり合えば,素敵な「新しい伝統」が生まれるのでしょう。

 「任せることの難しさ」と「任される側の覚悟」が交差して,さて,今後,どのように洛さんは成長していくのでしょうか。楽しみです。

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【Summary】
At the 95th subscription concert of the Aichi Chamber Orchestra at Tokai City Arts Theater, Mozart’s Piano Concerto No. 22 and Symphony No. 39 were performed. Pianist Yoko Kikuchi played elegantly and sensitively. However, although the performance was refreshing, it lacked excitement. I wonder how a passionate conductor might have inspired greater joy and unity.

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 今回,愛知室内オーケストラの第95回定期演奏会が行われた東海市芸術劇場大ホールは,もったいないくらいの会場です。
 この地方には,名古屋市にある1,800席の愛知県芸術劇場コンサートホールは別格として,1,025席の東海市芸術劇場大ホール,1,004席の豊田市コンサートホールがあります。東海市芸術劇場大ホールと豊田市コンサートホールはほぼ同じ規模ですが,豊田市コンサートホールはパイプオルガンがありクラシック専用ホールであるのに対して,東海市芸術劇場大ホールはパイプオルガンもなく,多目的ホールです。
 東海市芸術劇場大ホールで何よりもいいのが,名鉄電車の太田川駅から徒歩1分というアクセスのよさです。東海市芸術劇場ができた経緯は,東海太田川駅西地区第一種市街地再開発事業」の一環として,その中核施設として2015年8月に完成し,10月4日にオープンしました。
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 クラシック音楽を楽しむ土壌は,この地方にはさほど強いものではなく,率直にいって,客層が悪い。悪くいえば,田舎者です。フライングのブラボーを行う一部の常連客が出没していて,もめ事が頻繁に起きます。最後が静かに終わる曲など,いつも,聴きながらハラハラします。私ができれば名古屋を避けて,東京や京都などの演奏会に出かける理由もそこにあります。これが名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期会員にならない理由のひとつです。
 今回は,7割程度の入りでその心配は杞憂におわりましたが,このくらいだと,階段状の東海市芸術劇場大ホールでは見晴らしがいいので,最上段で聴くのがもっともよい楽しみ方なのかもしれません。

 さて,演奏会自体に話を戻して。
 コンサートのはじまる前に,広瀬大介さんのプレトークがありました。NHKFMのNHK交響楽団の演奏会中継で解説者のひとりとして出演する人です。このごろは,プレトークを行うコンサートが増えてきて,これはとてもよいことだと思います。私が定期会員である京都市交響楽団の定期演奏会でも行われています。
 曲目は,前回書いた森田泰之進の「音信」(おとづれ)につづいて,モーツァルトのピアノ協奏曲第22番,休憩をはさんで,交響曲第39番でした。
 ピアノ協奏曲でピアノを演奏したのは菊池洋子さん,私は,今回,これが目当てでした。
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 菊池洋子さんは群馬県前橋市出身で,2002年にモーツァルト国際コンクールで日本人として初優勝を果たし注目を浴びました。桐朋学園女子高等学校音楽科を卒業後,イタリアのイモラ音楽院に留学し,フランコ・スカラ氏にピアノを,ステファノ・フィウッツィ氏にフォルテピアノを学びました。
 「モーツァルトをライフワーク」と語り,モーツァルト作品への深い愛情と解釈で知られ,今回の選曲はまさに十八番。繊細で,深い情感に満ちたタッチが特徴で,のびのびとした自然なフレージングと透明感のある音色が際立っているということです。私は手元がよく見える座席だったのですが,気になったのが,右手の小指でした。左手は見えないので知りませんが。

 モーツアルトの2曲,とても爽やかな曲ですが,少し重たくて,強いていえば,楽しさに欠けました。前回聴いたときはよかったのに,どうしてなのでしょう? ということで,いつも楽しそうに指揮をするトゥガン・ソヒエフさんが愛知室内オーケストラを指揮したらどんな演奏をするのかな? と思いました。もっと色彩豊かなものになったに違いありません。
 トゥガン・ソヒエフさんは,音楽に対する情熱が全身からあふれ出ていて,ただ指揮棒を振るだけでなく,体全体で音楽を感じて,オーケストラと一体になって指揮をします。それはまるで音楽の波に乗って踊っているようです。しかも,とても表情豊かで,音楽のドラマや感情を視覚的にも伝えるので,観客は,音だけでなく視覚的にも引き込まれます。演奏者もとても楽しそうなのです。
 愛知室内オーケストラに欠けているものがあるとすれば,そういう点なのかもしれません。

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【Summary】
On February 28, 2026, I attended the 95th subscription concert of the Aichi Chamber Orchestra at Tokai City Arts Theatre. The highlight was the premiere of Yasuyuki Morita’s “Otozure.” I had expected a gentle spring mood, but felt a powerful spring after a harsh winter. Though intellectually complex, it was impressive, yet contemporary works are rarely heard again.

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 2026年2月28日,東海市芸術劇場大ホールで,愛知室内オーケストラの第95回定期演奏会を聴きました。曲目は,森田泰之進の「音信」(おとづれ),モーツァルトのピアノ協奏曲第22番と交響曲第39番,指揮は,音楽監督の山下一史さん,ピアノは菊池洋子さんでした。
 聴きどころは
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 古典の鮮やかな歓びと,新しく生まれる瑞々しい驚きとの出逢いを!
 いつまでも音楽家を深く刺激してやまない天才・モーツァルトの「三大交響曲」から,円熟を堂々たるスケールに注ぎこんだ傑作・交響曲第39番をお届けします。
 隅々まで満ちる自信と,磨かれぬいた優美と,オーケストラを底から燃やす躍動感と… 音楽監督・山下一史と共に追究してきた「古典美」も眩しく輝くことでしょう。
 さらに,ピアノ協奏曲から(かの「フィガロの結婚」と並行して書かれた)第22番も。柔らかくも豊かな色彩感といい,瞑さゆらめく主題から変奏が美しく広がる緩徐楽章といい,こころうきたつ軽やかさと(ちょっとオペラのような)中間部との対照も絶妙なフィナーレといい,モーツァルト弾きとしても絶賛されてきた菊池洋子を迎えての演奏は至福!
 さらに,時代を拓く新しい作品を併演するのもACOの大切な使命。モーツァルトと新作が出逢うからこそ鮮やかな「いま」を,ぜひ。
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というものでした。

 出かけた理由は,菊池洋子さんの演奏が聴きたかったこと,曲目が気楽でよかったこと,そして,東海市芸術劇場が名鉄電車の太田川駅からすぐのところにあって,とてもいい雰囲気だったこと,でした。
 1曲目は森田泰之進さんの新作「音信」(おとづれ)。この曲は,愛知室内オーケストラが取り組む「オーケストラ・プロジェクト」の一環で,現代作曲家の新作を紹介する試み。ということで,初演に立ち会えました。タイトルの「音信」(おとづれ)には,「音の便り」や「遠くからの知らせ」といった意味が込められていて,言葉や記憶,時間の流れを音で描くような詩的な世界観が想定されています。聴くまでは,私は,ほのかな春の便り,というものを想像したのですが,そうではなく,厳しい冬を乗り越えた力強い春,といった感じでした。ネットに森田泰之進さんの難しい解釈を見つけたのですが,私にはさっぱり。いずれにしても,そういう深き知識の上に立って綿密に作られたもの,ということだけは何となく理解できました。
 演奏会でこうした現代音楽の新作を耳にするのですが,そのほとんどは1回きりの出会いで,おそらく聴きこめばそのよさがわかるのでしょうが,そういう機会がないのをいつも残念に思います。

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【Summary】
On February 23, 2026, I visited the special exhibition “Big Five Mass Extinctions” at the National Museum of Nature and Science in Ueno Park. Although I had prior knowledge of the topic, the exhibition was extremely crowded, making it hard to appreciate. Disappointed, I left early and had lunch at a café in Tokyo Bunka Kaikan instead.

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 2026年2月23日,東京・上野公園の国立科学博物館で,特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」を見ました。
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 生命が誕生してから40億年,地球上では幾度も生命の危機が訪れました。しかし,生命は危機を乗り越え,絶滅したグループに代わるグループが新たに繁栄することを繰り返すことで,多様に進化を遂げてきました。いわば,大量絶滅は生命の繁栄を促した現象だと捉えることもできるのです。
 本展では,その中でも規模の大きかった5回の大量絶滅事変,いわゆる「生命史のビッグファイブ」を,化石や岩石に残された様々な証拠から紐解き,「生き物たち」の生存をかけた進化の歴史を辿ります。
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というものですが,私は,招待券をもらったので,何かのついでに東京へ行ったときに,と考えているうちに最終日になってしまい,今回,名古屋フィルハーモニー交響楽団の東京特別公演を聴きに行った折に,やっと行くことができました。

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 「生命史のビッグファイブ」とは,地球の歴史の中で起きた5回の大規模な大量絶滅事変をいいます。
●オルドビス紀(Ordovician period)末の大量絶滅(約4億4,500万年前)
 氷河期の到来と海面の変動が原因で,海洋生物の85パーセントが絶滅。
●デボン紀(Devonian period)後期の大量絶滅(約3億6,000万年前)
 環境の変化や海洋の無酸素化により,魚類の時代が終わる。
●ペルム紀(Permian period)末の大量絶滅(約2億5,200万年前)
 火山活動やメタンガスの放出が原因で,最大規模の絶滅で,海洋生物の96パーセント,陸上生物の70パーセント以上が絶滅。
●三畳紀(Triassic period)末の大量絶滅(約2億年前)
 火山活動や気候変動が影響し,恐竜が台頭するきっかけになった絶滅。
●白亜紀(Cretaceous period)末の大量絶滅(約6,600万年前)
 小惑星の衝突と火山活動が複合的に関与し,恐竜が絶滅。
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 そもそも「生命史のビッグファイブ」といったところで,私はすでに詳しく知っていたことでもあり,特に行ってみたいと思ったわけではありませんでした。招待券をもらわなければ,行くこともなかったと思います。とはいえ,多くの人には「生命史のビッグファイブ」というのは初耳で,驚きのことだったのかもしれません。すごい人気でした。
 当日は,早朝の新幹線で東京駅まで行って,そこから乗り換えて,上野駅に到着したのが午前9時少し前だったのですが,すでに長い行列ができていました。この行列の先に入口があるのではなく,あくまで,入場時間の整理券がもらえるだけで,そこに指定された時間までは,国立科学博物館の通常の展示を見て時間をつぶす,という段取りでした。私がもらった整理券の指定された時間は午前10時30分でした。
 私のような老人は,国立科学博物館の通常の展示は無料です。そこで,これまでにも,何度も行っているわけですが,ここは,さすが首都東京の博物館らしく,なかなか充実しています。今回は祝日だったので多くの人がいましたが,平日の午前中なら,静かな館内でゆっくりした時間が過ごせるので,穴場です。

 やがて,午前10時30分に近くなったので,入場口に並び,ほどなくして中に入りました。
 整理券があるとはいえ,館内はすごい人で,人の頭を見るようなものでした。東京では,美術館も同様,休日に行くものではありません。何となく見て回っていたのですが,多くのものはレプリカで,たまに実物があるという程度でした。アメリカのデンバー自然科学館から貴重な標本が多数来日! とありましたが,私は,すでに,デンバーの自然科学博物館で見ているし…。確かに,「生命史のビッグファイブ」というのは,私もはじめて知ったときは驚きましたが,そんな知識もない多くの人は,ここでそれを知ったにせよ,こんなに混雑した館内では,何が学べるというのでしょうか?
 招待券で入ってこんなことをいうのも失礼なのかもしれませんが,人混みがきらいで落胆した私は,早々に館内から外に出ました。本当にじっくりと見たいのなら,2026年3月20日から6月14日まで,名古屋市科学館で開催するので,平日の午前,それも,学生が遠足や野外授業でやってこない始業式のような日を選んで行くほうがずっといいと思いました。時間はお昼少し前でした。国立科学博物館内にはレストランもあるので,昼食を,と思ったのですが,これもまた,30分待ち。こんな状態なのに,それに耐えてでも休日にやってくる東京の人たちにこそ,私は感動しました。そういうことはすべて承知で,それでも招待券を捨てることができずやってきた私は,まだまだ進化が足りないようです。
 ということで,国立科学博物館内のレストランをあきらめ,これもまた,穴場である東京文化会館のカフェで昼食をとりました。

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【Summary】
Toru Takemitsu’s Family Tree – Musical Poem for Young People (1992) is a late work for narrator and orchestra, based on a text by Shuntaro Tanikawa. Its quiet, spacious sound world reflects Takemitsu’s aesthetic of silence and nature. Listening again, I was reminded of its warm, intimate atmosphere, gently narrated this time by the young actress Noa Goto.

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 サントリーホールは,コンサート開演前にからくり時計が登場,大ホールと同じ素材のパイプオルガン37本が曲を奏でます。これからのときめきにワクワクする瞬間です。
 これまで何度かサントリーホールで聴きましたが,今回,はじめての最前列。まさかサントリーホールの最善列で音楽を聴くことができるとは…。さすがにサントリーホールは品格があります。
 
 さて,1曲目は武満徹の「系図-若い人たちのための音楽詩-」(1992年)でした。珍しい曲をやるんだなあ,と思いました。
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 武満徹の「系図-若い人たちのための音楽詩-」(1992年)は,武満徹の代表作のひとつで,語りとオーケストラのために書かれた作品です。タイトルの「系図」は「家系図」や「血筋」を意味していて,家族や記憶,時間の流れといったテーマが込められています。詩人・谷川俊太郎のテキストをもとに,語り手(ナレーター)が子どもの視点で家族について語り,その語りに寄り添うようにオーケストラが繊細で幻想的な音楽を奏でることで,語りと音楽が対話するような構成となっていて,まるで夢の中を漂っているような感覚になるものです。
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 調べてみると,初演は1992年にNHK交響楽団によって行われ,語りは武満徹の娘である武満真樹さんが務めました。とあるのですが,NHK交響楽団の演奏記録アーカイブを調べてみると,曲名が「 ファミリー・トゥリー (系図)」となっていましたが,1997年6月18日,19日に第1327回定期公演Bプログラムで,指揮がシャルル・デュトワさん,ナレーションが遠野凪子さん,アコーディオンが御喜美江さんで行われたものと,2016年4月22日,23日に第1833回定期公演Cプログラムで,指揮がレナード・スラットキンさん,ナレーションが山口まゆさん,アコーディオンが大田智美さんで行われたものが見つかりました。で,思い出したのですが,私は,2016年に演奏されたものを実際に会場で聴いています。このふたつの公演はYouTubeで見られるのですが,そこで,思い出しました。この曲,よく覚えています。

 武満徹は,1930年に生まれ,1996年に亡くなりましたから,この曲は晩年のものです。
 武満徹の音楽は,メロディックな「わかりやすい音楽」とは違い,静けさや余白,響きの移ろいが基本となっていて
  ・・・・・・
●間の美学
 音と音のあいだの「沈黙」や「余白」を大事にし,日本庭園の静けさや茶室の空気感のような,音がない時間に意味をもたせる。
 ●自然との共鳴
 風の音,水のさざめき,木々のざわめきといった自然の音を思わせるような響きが多く,聴いているとこころが落ち着いてくる。
●西洋と東洋の融合
 西洋の現代音楽の技法を使いながら,日本的な感性や美意識を大切にしている
 特に有名なのは,尺八や琵琶とオーケストラを組み合わせた「ノヴェンバー・ステップス」はその象徴。
  ・・・・・・
といった特徴があります。
 今回の「系図-若い人たちのための音楽詩-」(1992年)は,お年寄りが暖かな日差しの入る居間にいて,その姿を見ながら孫が語っている,というような感じがしました。
 語りは五藤希愛(のあ)さんという人で,2010年生まれというからまだ15歳の俳優,声優さんです。この大役をこなす人をさがすのも大変だったことでしょう。

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【Summary】
On February 24, 2026, I attended the Nagoya Philharmonic Orchestra’s special Tokyo concert at Suntory Hall. I especially looked forward to Strauss’s Ein Heldenleben. Sitting in the front row, I was amazed by concertmaster Kyoko Ogawa’s powerful solo. It felt like a violin concerto. However, the string sound seemed stronger than the winds.

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 2026年2月24日,サントリーホールで,名古屋フィルハーモニー交響楽団の東京特別公演を聴きました。曲目は,武満徹の「系図-若い人たちのための音楽詩-」,R・ シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。指揮は音楽監督の川瀬賢太郎さん,語りが五藤希愛さん,アコーディオンが大田智美さん,そして,コンサートマスターで「英雄の生涯」のソロを弾くのが小川響子さんでした。
  ・・・・・・ 
 今シーズンの東京公演はサントリーホールで開催します。
 サントリーホールでの開催は2021年以来4年ぶりとなります。名フィルサウンドが音楽の殿堂であるホールでどのように響くのか,僕も今からとても楽しみにしています。
  ・・・・・・
ということでした。
 愛知県芸術劇場コンサートホールでも同じプログラムがあるのに,わざわざ東京へ行ったのは,サントリーホールで「名フィル」が聴きたかったことと,地方,というか,東京公演では,定期会員がいないので,上席が手に入ること,そして,この機会を利用して,東京近郊で行きたいところがあったことにあります。このことは,また,後日書きます。

 曲目のうち,武満徹の「系図-若い人たちのための音楽詩-」は次回書きます。
 R・ シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」,これが楽しみでした。私は,何度も書いているように,R・ シュトラウスが苦手です。というか,よさがわからん,ともいえます。であったのですが,このごろになって,やっと何となくわかってきました。特に,「英雄の生涯」はいいです。
 この曲は,以前,NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)さんが得意としていました。そのころは,コンサートマスターのソロということよりも,サヴァリッシュさんの人生とダブって感じられる,ということがクローズアップされていて,特別な曲でした。
 私が,この曲を再発見したが,2025年3月16日に兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホールで「沖澤のどか指揮 京都市交響楽団〈英雄の生涯〉」と題した演奏会を聴いたときです。このときは,沖澤のどかさんが目当てで,曲目は二の次だったのですが,コンサートマスターの会田莉凡さんのソロがあまりにすばらしく,それ以来,「英雄の生涯」では,コンサートマスターのソロを聴くのが楽しみになりました。今回は,小川響子さん。私は,最前列,コンサートマスターの真ん前の座席をいち早くチケットを入手しました。

 実際に聴いてみて,正直驚きました。小川響子さんはすごい迫力で,まるで,私こそが英雄! とばかりのヴァイオリン協奏曲のような「英雄の生涯」でした。動作が大きく,音楽に合わせて,思わず足音がしたり,さらには,唸り声まで聞こえました。最前列の強みです。
 ちょっと珍しい「英雄の生涯」でした。
 先日聞いたNHK交響楽団の「英雄の生涯」は正反対で,コンサートマスターの長原幸太さんのソロは,影がとても薄かったのですが,今回の演奏では,コンサートマスターの独演会の様相を呈していました。こういう演奏は,賛否両論あるのでしょうが,私は,これはこれでありかな,と思いました。お見事でした。
 ただし,そもそも,サントリーホールの最前列なんてはじめて座ったので,サントリーホールの響きを知らなかったせいか,やたらと弦の音が大きくて,管楽器が少し霞んでいるように思いました。京都コンサートホールでは,最前列でもそういうことはなく,弦と管のバランスがとてもよいので,それだけがちょっと意外でした。

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【Summary】
At the Kyoto Symphony Orchestra’s February subscription concert, Schubert’s “Tragic” Symphony sounded unexpectedly bright and refined, contrasted with the raw, expansive first version of Bruckner’s Third. Its long slow movement, rugged scherzo, and dramatic pauses proved challenging yet compelling, reaffirming the unique power of Bruckner’s symphonic world.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会。
 1曲目はシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)。シューベルトにかかると,悲劇的も悲劇的にならず,明るくなってしまう。これが救いです。要するに,あか抜けているのです。2曲目は,それに対比するように,ブルックナーの交響曲第3番。特に第1稿(初稿)。これほどあか抜けていない曲はあるのだろうか。よくいえば素朴。
 ということで,この2曲を並べたのが妙でした。

 ブルックナーの交響曲第3番,第1稿は,第1楽章はともかく,長く,それも通常の長さでない第2楽章。これが退屈でないのがすごいわけですが,このごろやっと,ブルックナーがよくわからない,という人の気持ちがわかるようになりました。あの,行ったり来たり,煮え切らない時間は,そりゃ,そのよさがわかるのは,というか,受け入れることができるのは,並大抵のことではないのかもしれません。悪くいえば,長いだけで中身のないモテない男の話みたいです。私は,第3番に限らず,ブルックナーのほどんどの交響曲に共通するこの緩徐楽章のすばらしさこそがその魅力だと思うのですが。
 そして,第3番の第1稿がさらに魅力的なのは,第3楽章です。ブルックナーの交響曲は,スケルツォが独特で個性的ですが,第1稿と第3稿違いは,劇的な構成の短縮とコーダにおけるブルックナによる41小節におよぶ追記の採用の有無です。第1稿は長大で精緻,それに対して,第3稿では簡潔かつ効果的に改訂されました。そこで,第1稿は,初期の生々しいブルックナーの音響が残されていて,より荒々しいスケルツォの雰囲気をもっているわけです。
 また,特筆すべきは第4楽章のこれでもかこれでもかとやってくる休符。これがブルックナー休符といわれるものですが,この休符はうまく演奏すれば非常にこころに残るし,下手をすれば,めちゃくちゃになってしまうわけで,おそらく,演奏者にとっては正念場でしょう。今回はとてもよかった。
 この第3番は,根底にあるのがワーグナー。そこで,ワーグナー交響曲とよばれる所以ですが,ワーグナーのメロディが時折ひょっこりと顔をだす,それもまた,聴きどころです。

 今回の演奏会に限らず,どの演奏会でも,ブルックナーの交響曲となると,それを好む人が一定数いて,会場にやってくる。そこで,曲が終わると独特なムードになります。今回もそうでした。
 京響の定期演奏会の観客はおとなしいのですが,今回はやたらと「ブラボー」がかかりました。 
 私は,久しぶりにブルックナーの交響曲を聴いて,やはりいいなあ,と思いました。京都市交響楽団の定期演奏会では,今年は10月の第716回で第6番が演奏されます。私の大好きな第6番。これもまた楽しみです。
 なお,下記の写真は,ウィーンにあるシューベルトが実際に使用した眼鏡です。

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【Summary】
The February 2026 Kyoto Symphony concert, conducted by Jan Willem de Vriend, paired Schubert’s youthful, dramatic Symphony No. 4 with Bruckner’s rarely heard Third Symphony in its original 1873 version. The performance highlighted contrasts between lyric intensity and raw, expansive writing, emphasizing silence as a vital musical element.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会を聴きました。
 2026年2月13日に行われたこのコンサートは,指揮が首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーントさんで,曲目がシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)とブルックナーの交響曲第3番第1稿(初稿)でした。
 シューベルトとブルックナー,いつものように,なかなか魅力的な組み合わせです。
 京都市交響楽団のXに
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 今回は初稿を演奏しますが,マエストロはこの曲で 「「静寂」を音楽として響かせたい」と語っていました。「信じられないほど多くの休止が打たれていて,こんなにも「静寂」がある交響曲を他に知りません。今回の演奏で,この大胆さ,力強さ,そして静寂を,音楽として響かせることができたらと願っています。
  ・・・・・・
とありました。

 1816年,シューベルトが19歳のときに書かれた交響曲第4番は,シューベルトの交響曲の中では珍しい短調(ハ短調)の作品で,ベートーヴェンの影響を感じさせつつもシューベルトらしい旋律美と和声の豊かさが光ります。
 深い静けさと緊張感をたたえ「悲劇的」な雰囲気をもつ第1楽章の導入部から一気にエネルギッシュな主部へと展開しくので,若きシューベルトの情熱と構成力が感じられ,少し影のある美しさが魅力的な曲です。
 ブルックナーの交響曲第3番は第1稿ということです。私は,かつて,NHK交響楽団の定期公演で,ブロムシュテッドさんが指揮をしたものを聴いたことがありますが,ほとんど演奏されません。
 そもそも,ブルックナーの交響曲は,オーストリアの田舎者が書いた素朴で洗練されていない交響曲と揶揄されますが,だからこそ,多くの人がやんのやんのとケチをつけるので,改訂を経るうちに,それでも,なんとか都会らしさを身につけていきました。そこで,改訂されていないものは,その泥臭さがふんだんに残っています。
 ここで何度も書いているように,私は,交響曲第8番の第1稿を聴いたとき,聴きどころになると変なメロディが出てきて邪魔をし,突然おかしなことになり,こりゃないぜ,と思いました。それは,おそらく,聴きなれた第8番だったので,それと違うものに戸惑いがあったということでしょう。しかし,ほとんど聴くことのない第3番は,そうした先入観がないだけ,第1稿に新鮮さを感じます。
 ということで,1873年に書かれ,後年の改訂版に比べて自由で荒削り。ワーグナー的な響きや長大な構成が残っている「そのままのブルックナー」を感じさせる,なが~い第3番の第1稿を「「静寂」を音楽として響かせたい」と願うマエストロですが,それは,音の間や余白にまで神経を感じるものに違いないものになる,と期待したのでした。

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【Summary】
On February 6, 2026, I attended Naoko Kanazawa’s viola recital at HITOMI Hall in Nagoya, featuring 20th-century British works. With pianist Minatsu Kanazawa, she performed refined and powerful pieces, highlighted by Rebecca Clarke’s impressive Viola Sonata, in the hall’s intimate and engaging atmosphere.

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 2026年2月6日,名古屋市のHITOMIホールで,「叶澤尚子ヴィオラリサイタル ~20世紀に生まれたイギリスのヴィオラ作品を集めて~」が行われたので,聴いてきました。
  ・・・・・・
 ある日,いつも一緒に演奏してくれるピアニストの金澤みなつさんから「レベッカ・クラークのソナタ弾かないの?」という一言。思えばヴィオラの名曲にも関わらず今まで機会がなく演奏したことがありませんでした。
 イギリスの作曲家レベッカ・クラークといえば,女性ヴィオラ奏者として大きな歴史を切り拓いた人物。そのドラマティックな人生に敬意を称してこの度プログラムのメインとすることにしました。レベッカ・クラークの作品と,同じ時代にイギリスに生きた作曲家たちの素晴らしい名曲たちをお届けいたします。
  ・・・・・・

 出演は,叶澤尚子さんのヴィオラ,金澤みなつさんのピアノ。
 プログラムは,ヴォーン・ウィリアムズ(Vaughan Williams)のグリーンスリーヴスによる幻想曲 ( Fantasia on Greensleeves),レベッカ・クラーク(Rebecca Clarke)の古いイギリスの調べによるパッサカリア(Passacaglia on An Old English Tune),エドウィン・ヨーク・ボウエン(Edwin York Bowen)の幻想曲 (Phantasy…intermission…),フランク・ブリッジ(Frank Bridge)のヴィオラとピアノのための4つの小品(Four Pieces for Viola and Piano),レベッカ・クラーク(Rebecca Clarke)のヴィオラソナタ(Sonata for viola and piano)。すべて私にははじめての曲でしたが,グリーンスリーヴスによる幻想曲はなじみのあるグリーンスリーヴスのメロディが流れて,こころが洗われました。
 アンコールはエルガーの「夜の歌」でした。
 先日,叶澤尚子さんがヴィオラの曲は少ない,と話していましたが,何の何の,すばらしい曲があるものだなあ,と思いました。イギリスの曲は品があります。そして,こころが豊かになるとともに,何か誇らしくなります。なかでも,最後に演奏したヴィオラソナタは圧巻でした。力強さとユニークさが加わりました。

 HITOMIホールは,コンタクトレンズ「メニコン」のANNEX内にある110席規模の小さな多目的ホールで,室内楽やリサイタルに向いた「親密さ」が魅力の空間です。
 コンセプトは「視ることから広がる感動を共有する」多目的ホール。
 こうした大きさのホールで室内楽を聴くのはとても楽しいものです。名古屋にも,HITOMIホール以外にも,宗次ホール,再生した三井住友海上しらかわホールなどがあって,身近に音楽を楽しむことができます。いいものです。

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【Summary】
“Hannari” is a Kyoto term expressing understated elegance: gentle brightness, refinement, and natural grace without showiness. Though once a negative word meaning gaudy excess in medieval times, it evolved into today’s ideal of quiet beauty, where color, atmosphere, restraint, and dignity harmoniously blend.

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 「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」。第5回は「まことの花」。
  ・・・・・・
 洛は,三八子に教わる着付け,茶道,書道などの女将修業にやや食傷気味。老舗和菓子屋の久楽屋は,一年で一番忙しい季節を迎えていた。鶴子は,病気を抱えつつ女将業に精を出し,洛も女将見習いをしていく。
 中秋の名月の夜,お月見をしていると,三八子や鶴子は「中秋の名月より“後の名月”のほうがはんなり”している」という。「はんなり」を調べようとする洛に東雲は?
  ・・・・・・
 ということで,今回の話題は「はんなり」です。

 諸説あれど,「はんなり」は,「花なり」あるいは「華なり」が転じたということです。華やかだけれど,決して咲き誇らない。 控えめな美を尊ぶ京都の美意識そのものです。このことばを,京都人が使うとき,その背後には,色・空気・間合い・品がすべて溶け込んでいます。
●上品で,明るく,しっとりしている 派手ではない, しかし地味でもない。 ふわっと華やぐが,決して前へ出すぎない。 まるで薄紅の椿が,冬の庭にそっと咲いているような存在感。
● 力みのない美しさ 京都の美意識は「頑張ってます感」を嫌います。はんなりは,余裕・ゆとり・自然体の美を含んでいます。
●色気ではなく「気品」。 艶っぽさよりも気品と柔らかさが前に出る。 舞妓さんの所作や,京ことばの柔らかい語尾が象徴的。
 たとえば,
 「はんなりした着物やね」は,色が明るくて上品。柄がうるさくない。
 「あの人,はんなりしてはる」は,物腰が柔らかく,落ち着いていて,品がある。
 「このお菓子,はんなりしてる」は,甘さや香りが控えめで,上品にまとまっている。
という感じで,対象は人でも物でも空気でもよく,「京都的な上品さがふわっと漂う状態」 を指します。
 では,今回の番組にも出てきた「はんなり」を英語で表すのはむずかしいのですが,ニュアンスからさがしてみると
 ① graceful
  「優雅で落ち着いた」という感じ
 ②elegant in a gentle way
  「派手ではない優雅さ」
 ③subtly refined
  「控えめだけれど洗練されている」
 ④softly charming
  「柔らかい魅力」
 ⑤delicately elegant
  「繊細で上品な雰囲気」

 また,世阿弥が「風姿花伝」で表した「はんなり」は
  ・・・・・・
 ひする花を知ること 秘すれば花なり
 秘せずは花なる べからず となり
 この分け目を知ること 肝要の花なり
 そもそも一切の事 諸道芸において その家々に秘事ひじと申すは 秘するによりて大用たいようあるがゆゑなり
 しかれば 秘事といふことをあらはせば させることにてもなきものなり
 これを「させることにてもなし」と言ふ人は
 いまだ秘事といふことの大用を知らぬがゆゑなり
 まづ この花の口く伝でんにおきても ただめづらしきが花ぞと皆知るならば
 「さてはめづらしきことあるべし」と思ひまうけたらん見物けんぶつ衆しゅうの前にては
 見る人のため花ぞとも知らでこそ 為手しての花にはなるべけれ
 たとひめづらしきことをするとも 見手の心にめづらしき感はあるべからず
 されば 見る人は ただ思ひのほかにおもしろき上手とばかり見て これは花ぞとも知らぬが 為手の花なり
 さるほどに 人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて これ花なり。
  ・・
 秘密にする(ことによって生まれる)花を知ること 秘密にするから「花」であり
 秘密にしないならば「花」でありえない ということである
 (花になるかどうかという)この分け目を知ることが 「花」についての大切なところである
 そもそも全ての事 さまざまな芸道において そのそれぞれの家に秘事と申し上げるものは (それを)秘密にすることによって大きな効用があるからである
 だから 秘事ということを明らかにすると たいしたことでもないものである
 これを「大したことでもない。」と言う人は
 まだ秘事ということの大きな効用を知らないからである
 まず この「花」の口伝においても ただただ珍しいことが「花」なのだと みんなが知っているのであるならば
 「それでは珍しいことがあるだろう」と予期しているような観客たちの前では
 (演者が)たとえ珍しいことをしようとも 観客の心にめずらしいという感動はあるはずがない
 観客にとって「花」なのだと知らないでこそ 演者の「花」になるはずである
 だから 観客は ただ意外に面白い上手な演者とだけ見て これは「花」なのだとも知らないのが 演者の花なのである
 そういうことだから 人の心に予期していない感動を起こさせる方法 これが花なのである
   「風姿花伝」 第七 別紙口伝 六
  ・・・・・・

 この「花」という言葉の裏にひそむのは,現在使われている「上品でしっとり」という意味とはまったくの別物で,「派手」「けばけばしい」「上品さを欠いた華やかさ」 という否定的な意味を含むもの,ということで,当時の語感では, 派手すぎる,目立ちすぎる,風情がない,粗雑で洗練を欠くといったニュアンスが強いものといいます。要するに,世阿弥の美学である「幽玄」は,従来の意味の「花」ではなく,秘めた花になれ,ということです。
 だから,「花なり」ではなく,「秘めた花なり」。それが,現在では「秘めた」が消え「花なり」だけが残って,これが「はんなり」という京都で「上品・優雅」の意味に転じたのは,多くの京都語の特徴で,否定語を婉曲に柔らかく言い換える文化の中で語感が変化したと考えられているといいます。
 世阿弥が表した「花なり」の意味だと,英語に訳すなら
 ① gaudy
  「けばけばしい,下品に派手」
 ②flashy
  「やたら目立つ」
 ③showy
  「見た目だけ派手」
 ④vulgar in its showiness
  「派手さが下品」
 ⑤lacking refined elegance
  「洗練を欠く」
 このような,奥の深い文化,はんなりとした文化,インバウンドの方々には到底理解できますまい。

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Cold Moon 2026.

2026年2月2日の早朝に写した満月です。
ちょうど新幹線が通りました。
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【Summary】
The episode explores Kyoto’s “rooji,” narrow alleys filled with lived memory and linguistic elegance, compared with Nagoya’s “kansho.” It reflects on heritage, language, and place, while questioning the burden of succession in traditional families and the tension between inherited paths and personal freedom.

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 第4回は「路地(ろおじ)の記憶」。
  ・・・・・・
 老舗呉服屋の当主・伊月誉太夫から,洛と柊子は,かつて室町がいかに栄えており,今でも日本の着物文化の中心地であると熱弁を振るわれる。
 ゴリゴリの京都人ぶりにややげんなりした洛だったが、鶴子からは誉太夫の意外な裏話を聞く。
 三八子曰く,老舗に生まれた人間は「跡を継ぎたくない病」にかかるらしい。洛は実母の実家のある西陣を訪ね光治と出会う。
  ・・・・・・

 ところで,今回の題名にある「ろおじ」。この読み方は京ことばの特徴のひとつで,古い日本語の音の名残をとどめているものです。「ろーじ」と伸ばして発音することで,やわらかく上品な響きになる…,これは京都の人たちが大切にしてきた「ことばの美意識」の表れとでもいいますか。
 また,京都の「ろおじ」は,ただの細い道ではなく,町家と町家の間を縫うように続く暮らしの記憶が染み込んだ空間として,特別な響きを持たせて「ろおじ」とよぶことで,その文化的な重みや情緒を大切にしているという意味を込めます。
 私が子供のころに住んでいたところでは「間所」(かんしょ)といいました。「間所」といういい方は,家と家の間にある細い通路や空間を指していて,生活の動線や近所同士のつながりの場でもあっという意味では,京都の「ろおじ」と同じです。ともに,表通りから奥の町家へと続く細道を指し,そこに住む人たちの暮らしや気配がにじみ出ていることばです。これらは,町割りや町家の構造と深く結びついていて,通り抜けできる「通り庭」や「うなぎの寝床」的な家のつくりからきています。
 「かんしょ」は,名古屋やその周辺の古い町並みで使われていた地域語で,まさに,名古屋版の「ろおじ」です。名古屋の下町や旧市街も,家と家の間にある細い通路や裏へ抜ける小道のことを「かんしょ」とよび,そこは子どもたちの遊び場だったり,近所の人が顔を合わせる場所だったり,生活のにおいが詰まった空間でした。京都の「ろおじ」が町家の奥へと続く静かな通路なら,名古屋の「かんしょ」はもう少しざっくばらんで,人情味あふれる暮らしの舞台だったという違いがことばからもうかがえます。また,ともに,人と人とのつながりが生まれる場所ということが共通しています。
 洛は実母の実家のある西陣を訪ねるのですが,その場所が,まさに,「ろおじ」に中にあるというのが,この先のドラマの展開の伏線となっているのでしょうか。

  ・・・・・・
 老舗に生まれた人間は「跡を継ぎたくない病」にかかるらしい。
  ・・・・・・
 というのは,京都の老舗に限ることではありません。このような話はいくらでもあります。そして,その多くは,そうした紆余曲折を経て,やはり,元のさやに納まる,というのが,私が多く見てきたことです。私はひねくれているから,こうしたことは,結局は,挫折の産物だとも思ったりします。
 そういえば,音楽家の人たちの名前に,「響」「音」「弓」「奏」「調」…といったものが見られますが,これもまた,いかにも,という感じです。生まれながらに,そんなプレッシャーのある名前にしなくても…。実力があるのならいいのですが,そうでなければちょっと気の毒に思ったりします。
 かくいう私は,自分の将来について,そうした期待も義務も圧力も何もなく,何になるのも自由だったのですが,このことこそが,もっとも幸せなことだったと今でも思っています。

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【Summary】
Kyoto Symphony Orchestra’s concert featured returning conductor Junichi Hirokami, pianist Kenji Miura, and a finely curated American program. Bernstein’s Slava!, Bartók’s luminous Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3 offered freshness, vitality, and discovery, reaffirming the orchestra’s consistently stimulating programming.

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 京都市交響楽団の定期演奏会は,私が今,最も楽しみにしているもののひとつです。
 今回の指揮者は広上淳一さん。2008年4月から2022年3月まで京都市交響楽団の常任指揮者だったこともあって,里帰りという感じでした。若いころに比べて,角が取れたというか,好々爺のような感じになって,今は,日本のクラシック音楽界の盛り立て役のような役割です。とはいえ,調べてみると,私より若い!
 バルトークのピアノ協奏曲第3番を弾いたのは,現在,ベルリンを拠点に活動している32歳の三浦賢司さん。演奏の特徴は詩的な感性と構築的な明晰さの融合にあるということです。
 また,コンサートマスターは,石田泰尚さんでした。

 1曲目,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲)は,クラシック音楽というより,ミュージカルの序曲のようでした。明るくて楽しくてよかったです。
 2曲目,バルトークのピアノ協奏曲 第3番は,バルトークが晩年に書いたものですが,明るく澄んだ響きと自然への憧れが感じられる救いの曲でした。特に,第2楽章は静謐な祈りのような音楽で,森の中の鳥のさえずりを思わせるパッセージも登場する,というものでした。また,終楽章は,生命力に満ちたエネルギーとともに,切なさを含んだ響きが交錯し,晩年のバルトークの心情を表現していました。
 私は,京都市交響楽団の定期演奏会でピアノ協奏曲をはじめて聴いたように思うのですが,座席が最前列,ということもあって,ピアノの音がとても大きく力強く聴こえて,不思議な体験ができました。
 アンコールは,ワイルド(Earl Wild)の「ガーシュインによる7つの超絶技巧練習曲」(Seven Virtuoso Etudes on Popular Songs by George Gershwin) より「No.4 Embraceable You」という掲示がありました。ガーシュウィンの名曲を,ワイルドが自ら編曲・演奏した超絶技巧ピアノ作品集の中の1曲だそうです。
 3曲目,コープランドの交響曲第3番はなかなかすばらしい曲でした。よく計算された構成で,しかも最後は盛り上がり,こういう曲はいいものです。

 ということで,毎回思うのですが,京都市交響楽団の定期演奏会はプログラム構成がすばらしいです。さまざまな曲を聴くことができるし,ソリストもいい。私は,もう何十年もクラシック音楽の演奏会に出かけているのですが,それでも,はじめての曲が次から次へと出てくるし,刺激的です。
 また,京都市交響楽団は,管楽器セクションがとりわけ上手なので,今回の曲でもそれが引き立ちました。
 さて,次回,第708回は,今回とはうって変わって,シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragishe)とブルックナーの交響曲第3番第1稿。これもまた,私の大好きなドイツ音楽です。

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【Summary】
The Kyoto Symphony Orchestra presented an American-themed program with Bernstein’s Slava!, Bartók’s Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3. The concert traced exile, humor, lyricism, and national spirit, revealing how American experience shaped diverse musical voices into a powerful, hopeful artistic statement.

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 2026年1月24日。京都市交響楽団第707回定期演奏会は指揮が広上淳一さん,ピアノ独奏が三浦謙司さんで,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲),バルトークのピアノ協奏曲第3番,コープランドの交響曲第3番でした。
 いずれもアメリカに関わりのある曲ということで,この時期にアメリカンプログラム? というのも意外な感じでしたが,私はアメリカが好きなので,悪くないです。

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●バーンスタインの「スラヴァ!」(Slava!)
 バーンスタイン(Leonard Bernstein)が1977年に作曲した吹奏楽曲。「スラヴァ」はロシア語で栄光あれという意味だそうで,バーンスタインの友人でソビエト出身のチェリスト,ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich=愛称・スラヴァ)がワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督に就任したときのお祝いとして作られたものです。
 バーンスタインらしいジャズっぽいリズム,皮肉っぽいユーモア。途中でラジオのチャンネルを切り替えるような効果音が入ったり,「スラヴァ!」と叫ぶ声が聞こえたり。いかにもバーンスタインという感じです。
  ・・
●バルトークのピアノ協奏曲第3番
 どうしてアメリカンプログラムでバルトーク(Bartók Béla)? と思ったのですが,ハンガリー出身のバルトークはナチス政権の台頭やハンガリーの政治状況に強い危機感を抱き,1940年に妻ディッタ(Pásztory Ditta)とともにアメリカに渡り,ニューヨークに移住したのでした。
 ピアノ協奏曲第3番は遺作ともいえる作品で,終楽章の最後の17小節は未完成で,弟子シェルイ(Serly Tibor)が補筆して完成させたもので,穏やかで透明感があるのが特徴です。
 深い感情とアメリカでの孤独や希望が溶け込み,魂がそっと語りかけてくるような曲です。
  ・・
●コープランドの交響曲第3番
 1944年から1946年に作曲され,第2次世界大戦の勝利を祝う,コープランド(Aaron Copland)の交響曲第3番は,「アメリカの魂」が音になったような広大で希望に満ちた交響曲で,終楽章に「市民のためのファンファーレ」(Fanfare for the Common Man)を組み込んでいます。
 アメリカ音楽の金字塔ともいわれ,開放的な和音,素朴な旋律,リズムの躍動感は,風に揺れるアメリカの大草原や広がる空が広がる,いかにもアメリカ,という音楽です。
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 「スラヴァ!」(政治的序曲)ははじめて聴きました。ピアノ協奏曲第3番は,時折,聴いたことがあるような,という旋律がありましたが,おそらくはじめてでした。交響曲第3番もはじめてでしたが,コープランドには,「アパラチアの春」(Appalachian Spring)という私の好きなすてきな曲があって,その面影が垣間見られました。
 感想は次回。

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【Summary】
The episode explores “Rakuchu and Rakugai” as both geographical and cultural boundaries in Kyoto. Through Sartre’s idea of “freedom as a sentence,” it contrasts human freedom with Kyoto people’s social constraints, suggesting that their apparent unfreedom also nurtures a unique beauty, pride, and delicate sense of identity.

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 2026年1月18日の放送された「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」第3回は「洛中洛外」でした。
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 洛(みやこ)は東雲教授の研究会で「京都の中の京都,洛中とはどこか?」という議論に巻き込まれる。 京都LOVEな柊子が勉強の成果を述べる一方で,プライド高き京都人・伊月は,老舗呉服屋の跡取り息子ならではの持論を展開し,皆をあきれさせる。果たして伊月の父とはどんな人物か!? 
  ・・・・・・
 この物語の主人公の名前の漢字でもある「洛」は,唐の都・洛陽に発することばで,京都の雅なよび名となっています。そこで,洛中というのは,洛の中部,つまりは平安京の内側,あるいは,御所を中心とした市街地を指していて,東は鴨川,西は西ノ京,南は九条,北は北大路あたりまでを含みます。一方,洛外は,文字通りその外側の地域を指します。洛内は生活圏であるのに対して,洛外には寺社や別荘が多く自然と調和した風景が広がっています。
 物理的な分類はそんな感じですが,それが文化的な価値観や美意識の違いをも表していることから,たとえば,洛中はしきたりや格式を重んじ,洛外は自然との共生や自由な発想が息づくところとされる,といった意にまでつながり,話は複雑になっていきます。

  ・・・・・・
 人間は自由の刑に処せられている。
 人間は生まれたときから何者かを定められているのではなく,自らを選択し自分を作り上げていく自由とそれに伴う責任を持っている。
   ジョン・ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)
  ・・・・・・
 今回のテーマは,かなり難しいものでした。
 このことばは,サルトルの「実存は本質に先立つ」(l’existence précède l’essence) という命題で,人間は最初から「こうであるべきだ」として生まれるのではなく,まず存在し,その後の選択と行為によって,自分が何者であるかを形づくっていくという意味です。人生はすべて自分の選択の結果だ,というのです。
 しかし,どうしてそれが「刑」なのか?
 自由はすばらしいものですが,それは同時に重荷を背負っていることになります。自由であれば,自分の生き方はすべて自分の責任ということになり,それなら,人間は逃げ場のない自由を背負わされていることになる,というのです。だから,人は,生き方・価値観・職業・愛し方・逃げるか立ち向かうかなど,無数の場面で自由に選択できれば,その積み重ねこそが「その人自身」だ,というのがサルトルの人間観となります。
 ならば,反対に,「京都人は不自由な刑に処せられている」とは?。
 京都という土地に生きる人々が,ある種の「しきたり」や「空気」に縛られて生きているということは,不自由の中にいるということになって,それもまた「刑」だというわけです。たとえば,京都では「直接的に言わない」「察する」「表と裏を使いわける」というような独特のコミュニケーション文化があり,それが,自由に振る舞うことを難しくし,「不自由な刑」に処されているかのように感じるということになるわけです。自由であることも不自由であることも,ともに生きにくいわけです。

 ということで,「自由に生きられない京都人」の哀しみや美学が今回のテーマ。しかし,このドラマは,そういう「不自由さ」の中にこそ,京都らしい美意識や誇りが宿っている,といいたかったのか?
 ああ,めんどくさい。

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【Summary】
Quantum entanglement challenged classical ideas of locality and realism throughout the twentieth century. Tracing debates from Einstein’s EPR paradox to Bell’s inequality and its experimental tests, this book reconstructs the scientific and human drama behind one of quantum theory’s deepest mysteries, culminating in its modern experimental confirmation and technological implications.

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 ブルーバックス「宇宙は「もつれ」でできている-「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか-」(Quantum Enigma: Physics Encounters Consciousness )を読みました。
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 ひとりの天才の独創が生んだ相対論に対し,量子論は多数の物理学者たちの努力によって構築されてきた。その精緻化のプロセスで,彼らを最も悩ませた奇妙な現象が「量子もつれ」(quantum entanglement)。因果律を破るようにみえる謎の量子状態は,どう理解されてきたのか。
 EPRパラドックス,隠れた変数,ベルの不等式…。
 当事者たちの論文や書簡,討論などを渉猟し,8年をかけて気鋭の科学ジャーナリストがリアルに再現した,物理学史上最大のドラマ。
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という紹介の本ですが,590ページもあって読むのがたいへんでした。

 「量子もつれ」は,2022年に フランスのアラン・アスペ(Alain Aspect)(フランス),アメリカのジョン・クラウザー(John F. Clauser),オーストリアのアントン・ツァイリンガー(Anton Zeilinger)(オーストリア) の3人の物理学者がノーベル賞をとったことで知られました。
 「量子もつれ」とは,entangleという,もつれさせる,巻き込むという意味の動詞からきていることばで,複雑な関係といった意味です。
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 「量子もつれ」は,ふたつ以上の粒子が強く結びついていて,それがどんなに離れていても一方の状態が決まるともう一方の状態も即座に決まるという現象をいいます。
 たとえば,ふたつの電子がもつれているとき,このふたつの電子が地球と月の距離でも,あるいはもっと遠く離れていても,一方のスピンが上向きだとわかった瞬間,もう一方は必ず下向きになるということが成立するというのです。
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 一度ふたりの間に契約が成立すれば,このふたりがどんなに離れていてもこころが通じあえる,といったところでしょうか。
 アラン・アスペ,ジョン・クラウザー,アントン・ツァイリンガー,この3人は,量子もつれの「実在性」や「非局所性」(non-locality)をめぐるベルの不等式の検証実験で大きな功績を残しました。しかし,「量子もつれ」がなぜ起きるのかということはまだ完全には解明されておらず,物理学では量子力学の基本的な性質として受け入れられているそうです。ただし,どういう条件でもつれが生じるのか,どうやって制御できるのかという点についてはかなり詳しくわかってきていて,量子コンピュータや量子通信の技術にも応用されはじめています。

 物理的な影響は光の速さを超えて伝わらない。つまり,遠く離れたもの同士は即座に影響し合えない,という局所性(locality)と,観測する前から物理量には「決まった値」がある,という実在性(realism),これが局所実在論というものですが,1964年に物理学者のジョン・ベル(John Bell)は,「もしこの世界が局所実在論に従っているのなら,観測結果にはある制限(=不等式)があるはずだ」というベル不等式を提唱しました。
 しかし,「量子もつれ」では, もつれた粒子は,どんなに距離が離れていても,一方の粒子を観測するとその測定結果がもう一方に(光の速さよりも速く)即座に影響するように見えるから,これは,ベルの不等式を破るという結果となります。そこで,ベルの不等式が破られたということは,この世界は「局所実在論」では説明できないということになるのです。

 残念ながら,「宇宙は「もつれ」でできている-「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか-」は,「量子もつれ」を説明することが内容の本ではありません。そこで,「量子もつれ」の解説書だと思って手に取ったひとは落胆することになります。
 ではなくて,この本は,1909年から2006年まで,物理学者が「量子もつれ」という現象を知るに至るまでの人間ドラマを描いたものです。いわば,幕末の大河ドラマのようなものです。こうした大河ドラマは,もととなる歴史上のできごとを知っていなければ,楽しむことができません。逆に,知っていればのめり込むことができます。それと同じように,この本で語られている人間ドラマも,物理学,ここでは,主に量子力学のことですが,その知識がないと,楽しむことができません。また,そうした知識があっても,登場人物が多すぎ,しかも,そのほとんどは外国人だから,理解することが困難です。私は学生時代に物理学を専攻したから,何とか脈絡はつかめたのですが,それでもずいぶん苦労しました。 映画化でもすれば,本を読むよりは理解できるのでしょうが,そもそも,量子力学を扱うような映画に興味をもつ人はそれほど多くないので,商業ベースにはのりません。
 とはいえ,こうした偉大な物理学者たちの偉業を残すことはとても貴重なことなので,この本の意義は高いものだと思います。読み終えるのは大変ですが…。 

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【Summary】
On January 16, 2026, I attended Nagoya Philharmonic’s 541st concert mainly to hear concertmaster Kyoko Ogawa’s solo debut in Brahms’ Violin Concerto. Although I questioned the program’s conceptual theme, her passionate, dedicated performance proved deeply impressive and unforgettable.

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 2026年1月16日,久しぶりに名古屋フィルハーモニー交響楽団第541回定期演奏会に行きました。
 曲目は,ブラームスのヴァイオリン協奏曲,エルガーの「スルスム・コルダ」(Sursum Corda),そして,エニグマ変奏曲(Variation on an Original Theme for Orchestra "Enigma"=管弦楽のための創作主題による変奏曲「エニグマ」)。指揮は松井慶太さんで,私にははじめての名前でした。ヴァイオリンは,コンサートマスターの小川響子さんでした。松井慶太さんは八戸市出身だそうで,沖澤のどかさんと同郷です。3歳ほど年上で,接点はないみたいですが…。小柄な人が多い日本の指揮者ですが,長身で,なかなかかっこよかったです。
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 2024シーズン急遽代役として定期デビューを果たした松井慶太が満を持して再登場!
 川瀬音楽監督の友人でありよきライバル。英国の大作曲家エルガーが妻や友人をモチーフに描いた交友録「エニグマ変奏曲」。そして,我らがコンサートマスターの小川響子がソリスト・デビューする〈友人たちの肖像〉は会場を温かく包み込むでしょう。
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 私が出かけた理由は,小川響子さんのソロデビューを聴きたかったからで,エルガーの2曲のうち「エニグマ変奏曲」は,以前,NHK交響楽団の定期公演で聴いたことがありますが,特に興味はありませんでした。
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 名フィル第541回定期演奏会〈友人たちの肖像〉で,小川響子がついにソリスト・デビュー‼ 葵トリオのヴァイオリニストであり,名フィルのコンサートマスターとして普段はオーケストラを牽引する彼女が,ソリストとしてブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏します。
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とありました。
 ブラームスのヴァイオリン協奏曲をコンサートマスターの小川響子さんが演奏する,というのがこの演奏会最大のウリです。で,私もそれが動機で聴きにいったわけです。

 ところで,名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会はいつも何らかのテーマが提案されます。今回は〈友人たちの肖像〉。
 2曲目エルガーの「スルスム・コルダ」は,ラテン語で「心を上げよ」という意味で,聖別されたパンを高く挙げる「聖体奉挙」というカトリックの儀式を意味します。エルガーはこの作品を亡き友人の追悼のために書いたともいわれ,静謐さと祈りのような雰囲気が全体に漂っている「威風堂々」のような,いかにもイギリス,という曲でした。3曲目の「エニグマ変奏曲」の「エニグマ」は古代ギリシャ語の由来で「謎」という意味です。第1変奏は妻アリス,第14変奏はエルガー自身を描き,第2変奏から第13変奏はすべて友人たちが描かれているということです。そこで,この2曲は〈友人たちの肖像〉のテーマにふさわしい…,とのことです。
 そのような説明から,〈友人たちの肖像〉というテーマでエルガーの2曲が取り上げられているのは納得がいったのですが,そこにどうしてブラームス? と私は思いました。その理由は,この曲がブラームスの親友だったヨーゼフ・ヨアヒムの助言を受けながら作曲されたから,ということでした。とはいえ,何ゆえに,ブラームスとエルガーなの? しかも,これらのことは,Xに書かれていたことで,プログラムには何の説明もない。

 私は,名古屋フィルハーモニー交響楽団自体は上手だし,地元のオーケストラだから贔屓にしたいし,演奏会にも行きたいと思っているのですが,演奏会のプログラム構成がどうも私には魅力がなくて,それが演奏会に行く気持ちを削いでいます。
 それは,コンサートにこうしたテーマを掲げることが,小難しく理屈っぽく感じるのもひとつの理由です。お前にわかるか,みたいな上から目線に感じるし,何だからこじつけのような気がします。でありながら,テーマについての説明がない。学校のお勉強でないのだから,もっと気楽に,次の演奏会は好きな曲だな,聴きたいソリストだな,この指揮者ならば行ってみよう,という動機で足を運びたいような曲やソリスト,指揮者の選択にならないものか。来年度のプログラムを見ても,何かひとつ物足りない。
 今回も,エルガーがやりたいのなら,エルガーのチェロ協奏曲を1曲目にして人気のチェリストを招聘してプログラムを組みたてればいいのだし,小川響子さんが演奏するブラームスのヴァイオリン協奏曲を目玉にしたいのなら,後半はブラームスの交響曲にすればいい。おそらく,名古屋フィルハーモニー交響楽団のプログラム作成の担当者がそうしたありきたりのプログラム編成にしたくない人なのでしょうが…。また,こうしたテーマを背景にしたいのなら,それを第一に掲げるのではなく,京都市交響楽団の定期演奏会のように,演奏会の前にプレトークをすればいい。私はそう思います。

 何はともあれ,小川響子さんのブラームスは,「正月返上で練習に明け暮れ,演奏者冥利に尽きる」と本人が言っていたように,曲に対する想い入れがこもっていて,圧巻でした。はじめのうち,かなり緊張しているように見えましたが,一生懸命さが伝わってきて感動しました。観客の反応を見ても「我らの地元・名フィルの愛らしきコンマス」という暖かな感じが伝わりました。アンコール曲は定番,バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番から第3楽章「ラルゴ」でした。
 カーテンコール時の写真撮影もできるし,終演後にお見送りもしてもらえるし,いい意味で「名フィル」も変わったな,と思いました。チケット代だけがうなぎ上りで,開演前のロビー室内楽もやめてしまって観客との接点がなくなり,お高くとまっているNHK交響楽団も少しは見習いなさい。「カーテンコール時の写真撮影可」を最初にはじめたことだけは評価するけれど,これも近ごろは撮影会の様相を呈してしまっているし。

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【Summary】
On January 13, 2026, I visited the Van Gogh exhibition focusing on the family collection. Although the venue was quiet, the number of works was limited. Only a few paintings impressed me, making the exhibition disappointing compared with the excellent 2022 Van Gogh show.

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 2026年1月13日,「ゴッホ展-家族がつないだ画家の夢-」を見てきました。おそらく週末は混んでいるだろうと,平日の,しかも祝日の次の火曜日を選んで,開場時間の午前10時の30分前に並びました。空いていました。聞くところでは,昨日は雪が降る寒い日だったのにもかかわらずすごい人だったそうです。
  ・・・・・・
 フィンセント・ファン・ゴッホの作品は,今日までどのように伝えられてきたのでしょうか。
 本展は,ファン・ゴッホ家が受け継いできたファミリー・コレクションに焦点を当てます。フィンセントの画業を支え,その大部分の作品を保管していた弟テオは兄の死の半年後に生涯を閉じ,テオの妻ヨーが膨大なコレクションを管理することとなります。
 テオとヨーの息子フィンセント・ウィレムは,コレクションを散逸させないためにフィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立し,美術館の開館に尽力します。
 本展では,フィンセント・ファン・ゴッホ美術館の作品を中心に,日本初公開となるファン・ゴッホの貴重な手紙4通なども展示します。
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というもので,フィンセント・ファン・ゴッホ美術館所蔵の作品を展示したものです。

 見どころとしては
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①ファン・ゴッホ家のコレクションから75点を紹介。
② 30点以上のゴッホ作品で初期から晩年までの画業をたどる。
③ フィンセント・ファン・ゴッホの手紙4通を展示。
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ですが,正直言って,期待外れでした。
 見てよかったと思った作品は,パンフレットにある1887年の画家としての自画像,1888年の「アルル」,1890年の「オーヴェール・シュル・オワーズ」(Auvers-sur-Oise)くらいのもので,作品の数も少なく,あまり得るものはありませんでした。ということで,ここで書きたいこともこれ以上ありません。
 2022年3月に開催された「ゴッホ展-響きあう魂 ヘレーネとフィンセント-」がよかっただけに残念な展覧会でした。なお,神戸市立博物館で開催されている「大ゴッホ展」とは別物です。「大ゴッホ展」で展示されている「夜のカフェテラス」」(Terrasse du café le soir)は2005年に開催された東京国立近代美術館の「ゴッホ展」で見たことがあります。

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【Summary】
In February 2024,I traveled around Lake Biwa and discovered Makino’s metasequoia avenue, featured in the drama Grace’s History. Written by Takashi Minamoto, the drama portrays poetic journeys through Japan and reflects on Kyoto identity, emphasizing subtle expression, tradition, and a quiet, lingering emotional atmosphere.

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 2024年2月27日から2月28日まで1泊2日で琵琶湖1周の旅をしました。そのとき,奥琵琶湖のマキノというところにある民宿に泊まりました。シーズンオフの奥琵琶湖は,天気がよかったこともあって最高でした。そこで知ったのがメタセコイアの並木道でしたが,この道は,2022年に放送された「グレースの履歴」というドラマのオープニングに出てくるところでした。
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 「グレース」という愛車に乗って成田に向かった妻。そして、南仏で彼女を襲ったバス転落事故。遺品として残された妻の愛車のカーナビには,夫に内緒で日本各地を訪れていた旅の履歴が残されていた! 
 妻の不貞を疑った夫・希久夫はその謎を解くため,カーナビの履歴をたどる旅に出る。
 藤沢,松本,近江八幡,尾道,松山…。
 美しい日本の原風景を名車でたどる希久夫の前に,次々と現れるかけがいのない人々との出会い。妻が遺した疑惑のカーナビ履歴。果たしてそれは妻の夫に対する裏切りだったのか,それとも…。
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というのがドラマの紹介ですが,このドラマの脚本を書いたのが,「京都人の密かな愉しみ」の脚本を手掛ける源孝志さんです。
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 映像作家・演出家・脚本家として知られる源孝志さんのドラマは,独自の世界観を描きます。
 テレビ朝日のディレクターとしてキャリアをスタートして,その後フリーになり,映画やテレビドラマ,ドキュメンタリーなど幅広く手がけています。代表作は「京都人の密かな愉しみ」シリーズのほかに,「東京タワー 〜オカンとボクと,時々,オトン〜」の演出や「プラトニック」なども手がけていて,どれもこころに染みるような作品です。
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 源孝志さんのドラマは,どこか詩的で静かな余韻がこころに残ります。映像も美しく,時間がゆっくり流れている感じがします。まさに,人生を長く生きてきたおとなの雰囲気がします。

 さて,「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」。第1回「十一面観音」に続く第2回「牙城」では
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 老舗の和菓子屋を継いでみないか,と父に提案されたパリ育ちの洛(みやこ)は,三八子の実家に転がり込み,鶴子と同居しはじめる。大学院では柊子と友人になり,教授の東雲の研究会に入り,「京都人とは何者か」というテーマと向き合うことに。柊子とお茶をしていると現れたのはパリにいるはずの三八子。夫の提案は洛には荷が重すぎると思った三八子は…。
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 「京都人とは何者か」。Copilotのアクアちゃんに聞いてみると
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 京都人は「京都独特の美意識や言葉遣い,距離感のある人間関係の築き方などを体現している人を指す」ことが多いということですが,京都人もいろいろ。みんながみんな「いけず」なわけではなく,気配り上手で奥ゆかしい人が多い…らしい。
① 遠回しな表現
 「よう言わはるわぁ」のようにやんわりと批判する。
②伝統を重んじる
 季節の移ろいや年中行事を大切にする。
②内と外の意識
 長く住んでいても「よそさん」と見なされるほど地域のつながりが深い。
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ということですが,はたしてこのドラマではどう描かれるのでしょうか。そしてまた,洛はどう思う?

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【Summary】
I began 2026 by attending a complete performance of Brahms’s violin sonatas at Munetsugu Hall in Nagoya, featuring violinist Kyoko Ogawa. The refined, deeply expressive music left a strong impression. The concert also highlighted the growing presence of outstanding female concertmasters in Japanese orchestras.

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 2026年1月10日は,コンサートのハシゴをしました。ひとつ目は,叶澤尚子さんの「サタデー・モーニング・コンサート vol.24」,そして,ふたつ目は小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
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 次に聴いたのが,小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
 場所は名古屋の宗次ホール。定員310人のホールですが,満席でした。ヴァイオリンが小川響子さんで,ピアノが稲生亜沙紀さん,曲目はブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲,といっても,3曲しかないのですが,それをすべて演奏する,というものでした。

 私はブラームスのヴァイオリン・ソナタはこれまで聴いたことがなかったので,聴く前に予習をしました。
 ブラームスは1833年に生まれ,1897年に63歳で亡くなりました。ピアノ協奏曲第1番の作曲が1858年,ピアノ協奏曲第2番が1881年,ヴァイオリン協奏曲が1878年,交響曲は第1番が1876年,第2番が1877年,第3番が1883年,そして,第4番が1885年なので,ヴァイオリン・ソナタは晩年の作品です。
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●ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」
 1879年の作曲で,優しくて抒情的。3楽章構成。
 避暑地で自然に囲まれて作曲した影響で,しっとりとした雨のような雰囲気があります。「雨の歌」とよばれるのは第3楽章に歌曲「雨の歌」(Regenlied)の旋律が使われているからということです。
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●ヴァイオリン・ソナタ第2番「愛の歌」
 1886年の作曲で,明るくて親しみやすい雰囲気。3楽章構成。
 ブラームスが恋をしていたときに書いたから,といわれ,甘くて優雅な旋律が魅力的です。だそうですが,恋をしていた相手はソプラノ歌手のヘルミーネ・シュピース(Hermine Spies)という人だそうです。ヘルミーネ・シュピースはブラームスのお気に入りの歌手で,彼女のために書かれた歌曲の旋律がこのソナタの中に織り込まれているということです。
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●ヴァイオリン・ソナタ第3番
 1888年の作曲で,ドラマチックで情熱的。4楽章構成。
 ブラームスのヴァイオリン・ソナタの最高傑作とわれます。第1楽章ではピアノとヴァイオリンがまるで火花を散らすように対話し,第2楽章ではピアノが深い呼吸のように歌いヴァイオリンがそれに寄り添うように奏で,間奏曲のような軽やかな第3楽章に続き,嵐のクライマックス第4楽章ではピアノが怒涛のように駆け抜けヴァイオリンがそれに食らいついていくという,リズムの切迫感ハーモニーの緊張というようにふたつの楽器がせめぎ合うすばらしいものです。
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 小川響子さんは,ブラームスが好きということで,ソナタ全曲を弾くのが夢だったそうです。私も,このごろ,渋くてこころに染みるブラームスの作品がどれもがとてもいいと思うようになってきました。とりわけヴァイオリン・ソナタは気品があり,すてきな曲なので,聴くのが楽しみでした。
 小川響子さんはのびやかで張りのある音色がすばらしい奏者です。曲に特別な想いがあるというのがにじみ出ていました。今回,一度に全曲聴くことができて,私もとてもしあわせでした。
 アンコール曲は,ブラームスのF.A.E.ソナタよりスケルツォと,シューマンの3つのロマンスより第2楽章でした。F.A.E.ソナタは,1853年にブラームスがシューマンとその弟子ディートリヒ(Albert Dietrich)と共作したヴァイオリン・ソナタで,ヨアヒム(Joseph Joachim)のために書かれたものです。F.A.E.とは、ヨアヒムのモットーである「Frei aber einsam」(自由にして孤独)の頭文字を取ったもので,音楽的モチーフとしてF-A-Eの音を作品に織り込んでいます。ブラームスがかいた第3楽章のスケルツォは,単独でも演奏されるほどの人気を誇ります。
 今回の演奏会の主役である小川響子さんは名古屋フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターです。1年前に愛知県稲沢市の市民会館で,名古屋フィルハーモニー交響楽団のメンバーによる室内楽の演奏会があって,そのときに出演したのを聴きました。
 何とまあ,美しい音をさらりと簡単そうに奏でる人なのだろう,と思っていたら,このごろはAoiTrio(葵トリオ)というピアノ三重奏団でも活躍しているようです。私は,AoiTrio(葵トリオ)は,まだ聴いたことがないので,一度聴いてみたみたいと思っています。また,来週1月16日と1月17日には,名古屋フィルハーモニー交響楽団でブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾くということなので,こちらは聴きに行きます。とても楽しみです。

 ところで,近ごろ,オーケストラのコンサートマスターには多くのすばらしい女性がいます。調べてみると
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 京都市交響楽団と札幌交響楽団には会田莉凡さん,読売日本交響楽団には日下紗矢子さん,仙台フィルハーモニー管弦楽団には神谷未穂さん,山形交響楽団には犬伏亜里さん,群馬交響楽団には伊藤文乃さん,新日本フィルハーモニー交響楽団には立上舞さん,日本フィルハーモニー交響楽団には千葉清加さん,富士山静岡交響楽団には大森潤子さん,セントラル愛知交響楽団には島田真千子さん,大阪交響楽団には林七奈さん,関西フィルハーモニー管弦楽団には木村悦子さんと赤松由夏さん,日本センチュリー交響楽団には松浦奈々さん,広島交響楽団には四方恭子さん,北田千尋さん,蔵川瑠美さん,NHK交響楽団にはトゥールーズキャピトル国立管弦楽団から藤江扶紀さんがゲストで。
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という具合ですが,女性のコンサートマスター,華やかでいいです。
 ちなみに,以前は,女性の場合,コンサートミストレス(Concertmistress)とよんでいましたが,今では,性別に関わらずコンサートマスター(Concertmaster)とよぶことが多いです。英語圏では「master」が男性名詞であることから「mistress」が使われたものの,近年はポリティカル・コレクトネス(=政治的正しさ)の観点から「concertmaster」に統一する傾向があり,同様にして,日本語でも「女性でもコンマス」というケースが増えているということです。

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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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【Summary】
On January 10, 2026, I attended two concerts in one day. At a Saturday Morning Concert, former Nagoya Philharmonic principal violist Naoko Kanazawa played and spoke about music, comparing viola and violin. Though lacking musical talent myself, I enjoy sharing the joy of gifted performers through concerts.

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 2026年1月10日は,コンサートのハシゴをしました。ひとつ目は,叶澤尚子さんの「サタデー・モーニング・コンサート vol.24」,そして,ふたつ目は小川響子さんのヴァイオリン演奏会でした。
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 まずは「サタデー・モーニング・コンサート」。
 元名古屋フィルハーモニー交響楽団の首席ヴィオラ奏者だった叶澤尚子さんがヴィオラをひきながら楽しいお話をする,という1時間程度の軽いコンサート。これで3回目でした。場所は,愛知県芸術劇場の中リハーサル室。150人程度入ることができるところです。今回の曲目は,エルガーの「朝の歌」,新年のあいさつを兼ねて,宮城道夫の「春の海」,ドヴォルザークの「ユーモレスク」,そして,エネスコの演奏会用小品でした。そして,アンコールに葉加瀬太朗さんの「情熱大陸」がヴァイオリンで演奏されました。

 今回は,20年以上前ぶりにヴァイオリンを弾くというのがウリで,ドヴォルザークの「ユーモレスク」をヴィオラとヴァイオリンで弾き比べをしました。
 体格の劣る日本人は,ヴィオラ奏者の99パーセントはヴァイオリンから転向組ということで,叶澤尚子さんも高校生まではヴァイオリンだったそうです。体格がよくて,ヴァイオリンを窮屈に感じていたときにヴィオラに出会い,転向したそうです。ヴァイオリンに比べてヴィオラは曲が少ないのが難点で,子供のころからヴィオラを練習すると,大人になるころに弾く曲がなくなってしまうとも言っていました。
 そんな叶澤さんは,今は手元にヴァイオリンがないということで,フリマで9,500円で手に入れたというヴァイオリンを使って,20年ぶりという演奏でした。ヴァイオリンとヴィオラの大きさを比べると,ずいぶん違うものだと思ったのですが,弓はヴァイオリンのものの方が長いのだそうです。楽器の大きいヴィオラではヴァイオリンの弓だと届かないという話でした。こういう話はとてもためになりました。 

 私は,まったく弦楽器は弾けないので,詳しいことはわからないのですが,YouTube に,Yu-ka(新井優香)さんという人がコントラバスで弦楽器のヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバスのすべてのパートを弾く,というおもしろい動画を載せています。趣味でチェロを弾く友人に聞くと,オクターブを変えて弾いているということですが,楽しそうで,弾ける人がうらやましいです。
 楽器に限らず,私はこの歳になって,楽器はだめ,語学はだめ,運動はだめ,というだめだめ尽くしの才能のなさが身にしみてとても残念に思うのですが,ならば,せめて,才能のあふれた人からその楽しさだけでも共有しようと,足しげく,コンサートに出かけているわけです。

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【Summary】
“Kyoto People’s Secret Pleasures: Rouge – Inheritance” revives the series with a fictional, dreamlike narrative set between Kyoto and Paris. While aware of its distance from reality and the passage of time, the reviewer welcomes its beautiful imagery and romantic tone, finding it a comforting and hopeful return to Kyoto’s allure.

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 2015年1月から2017年5月まで「京都人の密かな愉しみ」の第1シリーズが放送されました。最後は,主人公の常盤貴子さんが演じる沢藤三八子が,不倫をしてパリに旅立ち,密かな愉しみというのはこういうことだったのか,というオチで終了しました。
 これで終わりにしておけばいいものを,だれが引っ張り出してきたものか,アイデアが枯渇してしまったのか…。ともあれ,その続編となる第3シリーズ「京都人の密かな愉しみ Rouge‐継承‐」が2026年1月4日から放送されることになりました。
 その第1話は題して「十一面観音」
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 長い伝統を誇る京都の和菓子屋の若女将(わかおかみ)だった沢藤三八子は、三上驍(すぐる)との恋を実らせ結婚しパリで暮らしていた。仕事のため一時帰国した驍は,三八子の母・鶴子が重い病気にかかっていることを知り,店の継承はどうなるのか? との思いに駆られる。先妻との間の娘・洛(みやこ)はパリ育ちの大学院生。留学を希望する洛に驍は,とある大胆な提案をする。
  ・・・・・・
 というのがストーリーですが,この続編は,番組の題名にある「継承」どおり,果たして,第1シリーズの遺伝子を引き継いだすてきな番組になったのでしょうか?

 かくいう私は,第1シリーズが放送されていたころは京都に恋をしていたので,とても楽しく見ていたのですが,その後,京都は豹変し,というか,京都にインバウンドが押し寄せ,その結果,京都のよさがなくなってしまい,私も失望して,唯一,インバウンドの去った2020年のコロナ禍以外には京都には足を運ばなくなっていました。それが,2025年,京都市交響楽団の定期会員になったことで,再び,京都に足を運ぶようになったことで,京都熱が再燃しているので,私的には,放送するにはいい時期です。
 第1シリーズがドラマと現実のミックスでとてもすてきな番組だったのに,第2シリーズが現実中心だったのはがっかりしました。それに対して,今回の第3シリーズがドラマ仕立てなのは,私には好印象でした。「旅するフランス語」も終わってしまい,常盤貴子ロスだっただけに,常盤貴子さんが再び登場となれば,テンションも上がります。

 パリと京都を舞台にする,なんて,一見,何とエキゾチックなドラマのステージなんでしょう。「京都人の密かな愉しみ」だけでなく「旅するフランス語」の続編にもなります。この現実離れをした雰囲気を醸し出す想定こそが,このドラマの真骨頂。しかも,美しい映像に仕上げているから,まさに,夢物語のドラマとなっていて,これがすばらしい。
 が,現実は,ゴミだらけらしいパリとインバウンドだらけの京都。そう考えると,果たしてその実態は…と,人間をやりすぎ,実際の姿を見過ぎて冷めた目で見ているもうひとりの私がいます。そう無理せんでも,と。さらには,常盤貴子さんが母親役となっているのが,年月の重さを感じ,現実に引き戻させます。
 とはいえ,そんな私を再び夢見心地にしてくれるほどすてきなドラマです。娘役の若い主人公・洛を演じる穂志もえかさんもいいです。今後に期待。

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【Summary】
A year-end special of Local Bus Journey followed celebrities relaying a 550-kilometer route from Matsuyama to Tojinbo. Despite declining bus services, walking hardships, and harsh weather, the journey succeeded. I enjoyed the travel scenery and reflects that enduring severe natural conditions often creates the most memorable travel experiences.

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 2025年12月27日と12月28日の2日間にわたって,テレ東で「ローカル路線バス乗り継ぎの旅!総勢15名で挑む550キロSP」が放送されました。
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 テレ東を代表する「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」年末特別編!
 ミスターバス旅・太川陽介&バス旅Wで大活躍中の髙木菜那&テレ東でレギュラー番組を持つテレ東オールスターズを代表してオードリー春日の三人をリーダーに,チーム太川→チーム春日→チーム太川→チーム髙木と4区間たすきをつなぎ,550キロ超のコースに挑む!前代未聞のバス旅リレー。
 果たしてゴールできるのか!?
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だそうです。昨年は確か8時間だったので,年々,時間が長くなっていきます。
 出演者は,太川陽介,大友花恋,クロちゃん(安田大サーカス),稲田直樹(アインシュタイン),春日俊彰(オードリー),佐々木久美,ゆめっち(3時のヒロイン),山添寛(相席スタート),トラウデン直美,すがちゃん最高No.1(ぱーてぃーちゃん),宮澤佐江,エース(バッテリィズ),高木菜那,村井美樹,Aマッソ加納ということです。
 私は,ほとんど民放の番組を見ないし,NHKも,60年以上紅白歌合戦は見たことがないし,報道番組はまったく見ないし,朝の連続テレビ小説と大河ドラマのほかには,旅番組とクラシック音楽番組,そして,歴史番組と科学番組,ときにはMLB中継と大相撲というように,ほぼBSしか見ないので,太川陽介さんと高木菜那さん,村井美樹さん,春日俊彰さん以外はまったく知りません。そもそもお笑い芸人は苦手ですが,今回は,不快な人がいなかったからよかったです。

 今回のコースは,愛媛県の松山城から福井県の東尋坊までの全長約550キロメートルを8日間・4区間でつなぐというもので,瀬戸内海をいかにして超えるかと,琵琶湖が広がる滋賀県をどのようにして北上するかがカギでした。
 近年は路線バスが少なくなり,路線バスの旅というよりも歩く旅の様相を呈していて,見ていて気の毒になることも少なくありません。また,これだけの長寿番組となると,ほとんどコースが定番化してしまうので,コースを決めるのはずいぶん大変でしょう。
 今回もまた,最終日にハラハラさせながらなんとかゴールを達成する,というものになって,これは,おそらく,何らかの筋書きは用意されていたことでしょう。でないと,最悪の場合,番組が成り立たなくなってしまいます。とはいえ,私としては,楽しければそれでいいので,野暮なことはいいますまい。それよりも,私は,バス旅はしませんが,日本各地のさまざまなところに行くので,その様子がわかるだけでも大変楽しめますし,参考になります。何より,観光地でないところを知ることができるのがいいです。こんな旅ができるのも日本ならでは,でしょう。

 しかし,筋書きがあろうとなかろうと,天候だけはどうにもなりません。
 今回の最大の見せ場であった最終日。天候が最悪でした。雨が降ったり,晴れたり,虹が出たりと,ご苦労なことでした。
 私は,2014年の夏に,アメリカのネブラスカ州に行ったことがあります。
 ネブラスカ州はアメリカの中央部に位置するのですが,天候が過酷であることと,砂嵐が多いことで知られます。私が行ったときも,雷雲が発生したり,遠くにはトルネードが見えたり,雨が降っているかと思えば,反対側は晴れていたりと,それはそれは,すごいところでした。これが自然の驚異か,と思いました。
 今にして思うに,そうした経験がもっとも記憶に残るものです。過酷な自然を体験することこそが,旅の最大の醍醐味なのかもしれません。

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【Summary】
On December 27, 2025, inspired by an excellent rehearsal, I attended Beethoven’s Ninth Symphony. The fast yet clear opening movements, a serene and sacred third movement, and a powerful finale under Nodoka Okisawa’s lucid direction created an unforgettable performance—deeply moving, and the finest Ninth I have ever heard.

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 2025年12月27日。
 リハーサルがすばらしかったので,大いに期待して本番の「第9」を聴きに行きました。前日のリハーサルでは第1楽章と第2楽章しか聴くことができなかったので,果たしてどんな第3楽章と第4楽章になるのだろう,ととても楽しみでした。
 開演前,京都コンサートホールの1階にある「前田珈琲 京都コンサートホール店」で野菜たっぷりカレーという昼食をとりましたが,いつも以上に混み合っていました。このように,「第9」の演奏会では,さまざまなことが,普段のコンサートとは違った雰囲気になります。それは,「第9」に限って聴きに来る観客も多いからでしょう。芸妓さんの姿があったのも京都らしいというか。

 やがて開演。ステージ上に現れた団員さんも「晴れの日」のムードが醸し出されているようで,身に着けていた衣装も一段とゴージャスだったように感じました。
 曲がはじまりました。
 第1楽章と第2楽章は,リハーサルどおり,いい意味で今どきの「第9」で,テンポが速く,とはいえ,速すぎることもなく,しかも,メリハリがあってすばらしいものでした。もう,今は,昔の「第9」,つまり,ゆっくり目のテンポで,重々しく,威厳のあるような演奏は,私には古臭く,受けつけません。
 前半のふたつの楽章が終わり,独唱者も出そろって第3楽章がはじまりました。
 私が思っていたよりもゆったりとした,かつ,神々しいものでした。それがまた,美しかったこと。第3楽章も,第1楽章,第2楽章と同じようにしてものすごいスピードで駆け抜ける演奏もあるのですが,それでは救いがありません。この交響曲は,まさにベートーヴェンの描きたかった「苦悩を乗り越えて歓喜へ」至らなければならないのです。そして,第4楽章で歓喜に到達するには,そのまえに澄みわたるような祈りの音楽が必要なのです。
 今回のコンサートマスターは会田莉凡さんでしたが,第3楽章では,会田莉凡さんのヴァイオリンの音色が引きたって聴こえました。これは,以前聞いた「英雄の生涯」のソロに共通するすてきなものでした。

 第3楽章が終わり,そのままアタッカーのようにして第4楽章に入りました。こうでなければなりません。第3楽章の祈りのあと,奈落に落ちるような,雷を打つような,そんなはじまりが必要なのです。また,この部分のテンポがよかった。
 それにしても,この曲を指揮するのはたいへんだなあ,と思いました。オーケストラは制御できても,ソリストや合唱の人たちはそう簡単にはいかないからです。しかし,沖澤のどかさんの指揮は,聴いている私でも,何を表現したいのかが明確にわかるから,演奏している人たちは,もっとよく理解できると思いました。そうした積み重ねが最後まで持続して,すばらしい演奏になりました。このような「第9」なら,演奏していてとても楽しいだろうな,と嫉妬しました。とりわけ,各楽章の最後の終わり方がよかった。 
 今回,改めて,ベートーヴェンは,何とすごい交響曲をつくったものか,と思いました。こうしたものが存在し,今も演奏が聴けるということに感謝しました。
 私がこれまで聴いた中でも,最高の「第9」でした。
 泣けました。

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【Summary】
In 2025, I became a subscription member of the Kyoto Symphony Orchestra and eagerly anticipated Beethoven’s Ninth Symphony conducted by Nodoka Okisawa. Attending the open rehearsal, I was deeply impressed by how her expressive intentions were shaped through repeated refinement, heightening expectations for the concert.

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 2025年は,私が京都市交響楽団の定期会員になった年。そして,最大の楽しみは,「沖澤のどかさんの指揮する第9」でした。年末恒例となったベートーヴェンの交響曲第9番。京都市交響楽団の演奏会は20205年12月27日と28日ですが,その前日の公開リハーサルにも行くことができました。
 これまでにも何度もブログに書いているように,私は,「第9」の演奏会にはそれほど多く行ったことがありません。近年では,2015年のパーヴォ・ヤルヴィ指揮とその翌年2016年のブロムシュテッド指揮の,ともにNHK交響楽団のものに行ったきりです。しかし,NHKではFMで生放送があって,大みそかにはEテレでも放送されるので,毎年聴いています。というか,唯一,2024年のファビオ・ルイージ指揮のものは,聴くに堪えず,途中でやめてしまいましたが…。

 これだけ多く聴いていると,素人の私にもその演奏の違いがよくわかります。指揮者によって最も異なるのはテンポです。そして,勝負所,というか何というか,つまり,聴かせどころでの味つけ。これらは,私にはこういうものがいい,という一定の基準ができてしまっているので,そこから外れる演奏だと,それもありかな,と肯定的に思うことがあったり,こりゃ受けつけないなあ,と否定的に感じることもあります。だから,あまり知らない指揮者の「第9」演奏会は行くのが怖い。
 近年で,私がよかったと思ったのは,生演奏は聴かなかったのですが,放送で聴いたた2023年の下野竜也指揮・NHK交響楽団のもの。それと,2024年のフランチェスコ・アンジェリコ(Francesco Angelico)指揮・読売日本交響楽団のもの。ともに,ソプラノの中村恵理さんがすばらしかった。ほかにも気に入る演奏はあるのでしょうが,放送されなければ,私には知る由もありません。ちなみに,今年は中村恵理さんが急病で,いくつかのオーケストラの「第9」をキャンセルしたということです。
 はたして,今年,私が生演奏を聴く沖澤のどか指揮の我が愛する京都交響楽団の「第9」は,いかなるものか。絶対に期待をうらぎらないという確信があったので,こころときめかせながら,まずはリハーサルに行きました。

 このごろ,公開リハーサルがさまざまなところで行われているので,私もこれまで何度かさまざまなオーケストラの公開リハーサルを聴いたことがありますが,京都市交響楽団の公開リハーサルははじめてでした。また,「第9」のリハーサルももちろんはじめてでした。プロの演奏家の人たちだから,そして,とりわけ京響が上手だから,技術的にどうの,ということではなくて,リハーサルを通じて,指揮者の描くテンポや表現の仕方がオーケストラにどのように伝わっていくのか,が聴きどころなのでしょう。
 今回聴くことができたのは,第1楽章と第2楽章だけでしたが,聴かせどころで何度も繰り返し,そのポイントを押さえるのが上手というか,私がこうであってほしい,と思っているものになっていくので,とてもうれしかったです。例えていえば,2アウト2,3塁で,ここで打ってほしいと期待した左打者が期待に応えてライトにあざやかなクリーンヒットを放ったときの爽快感。リハーサルなのに感動しました。
 本番の演奏がより楽しみになりました。
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 今回の「第9」ではないのですが,私も2025年3月16日に沖澤のどか指揮・京都市交響楽団の演奏会に行ったときに聴いた「英雄の生涯」のリハーサル風景を YouTube で見ることができます。それを見るだけでも,今回の公開リハーサルのすばらしさがわかるというものです。


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【Summary】
I attended a members-only concert by the Kyoto Symphony Orchestra on December 23, 2025. In an intimate hall, musicians gave friendly talks, followed by a lottery and Mozart’s Symphony No. 25 conducted by Nodoka Okisawa. The warm atmosphere and festive encore made it a perfect Christmas gift.

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 私の生きがいのひとつ京都市交響楽団で,2025年12月23日に友の会コンサートが開催されたので,行ってきました。京都市交響楽団は,定期会員になると,友の会の会員になれます。その友の会の会員限定のお楽しみ会があったのです。
 開演は午後7時で,午後6時30分開場でした。私は午後6時ころに京都コンサートホールに到着したのですが,会場前の広場が,クリスマスの飾りでとてもきれいでした。見とれて写真を撮っていると,ひとりの女性が同じように写真を撮っていたので,お願いして,私の写真を写してもらいました。私はてっきり,私と同じ観客だともっていたのですが,話をすると,何と,出演者,つまり,京都市交響楽団の団員さんでした。いろいろなお話ができて,とても楽しい時間になりました。

 この日の演奏会は,いつもの大ホールとは違い,ムラタホールという名前の小ホールでした。開場時間まではまだ15分ほどあったのですが,会場の入り口まで行くと,すでに,20人ほどが並んでいました。やがて開場の時間になったので,中に入りました。
 私は,演奏会はできれば最前列,と決めています。それは,CDなどでは聴くのが難しい音が聴けたり,指揮者や団員さんの表情がわかるからです。今回もまた,最前列に座ることができました。
 この日の内容は,はじめに,4人の団員さんのトーク,次が抽選会,そして,最後が,常任指揮者の沖澤のどかさんと京響メンバーによるモーツァルトの交響曲第25番ということでした。

 団員さんのトークは,好きな食べ物とか,好きな作曲家とか,京都でお気に入りの場所とかが話題でした。京都市交響楽団は,団員さんとの精神的な距離が近いと感じるのがとてもいいと私は思っているのですが,まさに,そんな印象を抱くものでした。残念ながら,抽選は当たりませんでした。商品は,「ボレロ」を聴かせたお酒,でした。
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 京都市交響楽団が演奏を聴かせたお酒は,佐々木酒造 とオンキヨーのコラボによる「聚楽第 京乃響」(きょうのひびき)シリーズの日本酒で,2025年の第2弾では,第685回京響定期演奏会の沖澤のどか指揮ラヴェル「ボレロ」の演奏を聴かせて醸造されました。
 これは音楽の振動を日本酒の味に活かす「音楽振動熟成」という特別な製法で,京都の文化と酒造りが融合した限定品です。
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だそうです。

 そして,最後がモーツァルトの交響曲第25番。こうした小編成のオーケストラ曲は,京都市交響楽団の定期演奏会ではあまり聴く機会がなく,かつ,沖澤のどかさんの指揮するモーツアルトもはじめてだったので,とても興味がありましたが,さすが,という感じでした。
 最後に,クリスマスメドレーのアンコールがありました。聴きなれた曲も優れた指揮者とオーケストラの手にかかると,こうも魅力的になるのか,と思いました。
 最高のクリスマスプレゼントになりました。

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Happy Holodays 2025.

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【Summary】
The workshop “Sound and Calligraphy” was held at Kōshōji Temple in Nishijin, usually closed to the public. Opened specially for autumn, it is known as the “Oribe Temple,” linked to Furuta Oribe. Though the maple leaves had mostly fallen, the quiet atmosphere revealed a refined and memorable beauty.

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 ワークショップ「音と書」が行われたのは,西陣の興聖寺(こうしょうじ)という寺院でした。
 普段一般公開はされておらず,2025年11月15日から12月14日まで,~「織部寺」のもみじ特別公開~として
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 茶道織部流の祖でもある武将・古田織部(ふるたおりべ)との関わりから「織部寺」(おりべでら)ともよばれる非公開寺院では,この秋,本堂前や方丈庭園の美しい紅葉の特別公開が行われます。
 本堂天井画「雲龍図」(うんりゅうず)や,青が印象的な「青波の襖」が奉納された方丈(ほうじょう),「降り蹲踞」(つくばい)などがみどころです。
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ということです。

 私は,地下鉄烏丸線に乗って,鞍馬口で降り,興聖寺を目指して,西に向かって歩きました。その途中で見つけたのが,京都大学室町寮でした。吉田寮は有名ですが,ここにももうひとつ,昔のままの寮があったんだ,と驚きました。
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 室町寮は京都大学の歴史ある男子寮で,設立は戦後間もない1946年。当初は戦災で住む場所を失った学生たちのための仮設住宅としてはじまりました。
 特徴は,何といっても自治と自由の精神で,寮生たちが自分たちで運営し,寮のルールやイベントも自分たちで決めるという,小さな共同体になっています。
 建物自体はかなり年季が入っている「ボロ寮」としても知られていて,それが味わい深いものとなっている「生きた歴史博物館」です。
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 次に見つけたのが妙覚寺でした。
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 妙覚寺は,1378年(永和4年)に四条大宮に創建し,幾度かの移転ののち,豊臣秀吉の都市計画により現在地へ移ったものです。北竜華具足山と号し,妙顕寺・立本寺とともに「京都日蓮宗名刹三具山」に数えられ,京都16本山のひとつです。
 戦国時代には二条衣棚にあり,斎藤道三の息子が住職を務めたことから織田信長の京都での定宿となり,本能寺の変の際には信長の長男・織田信忠が宿泊していました。大門は、秀吉が建てた聚楽第の裏門で,本堂前の「法姿園」(ほうしえん)は紅葉美しき所として有名です。
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 通常は庭園は非公開ですが,この時期だけ特別公開が行われるのですが,今年は紅葉が早く散り,すでに公開は終了していました。

 やがて,堀河通りの向こうに興聖寺が見えてきました。
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 興聖寺は臨済宗興聖寺派の本山の寺院で,山号は円通山。本尊は釈迦如来です。
 1603年(慶長8年)に,妙満寺・日重上人の弟子である虚応円耳が,法華宗の教えを広めるために,東隣の大応寺から移って創建したもので,創建時は興正寺といいました。
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 茶人・古田織部部の妻センが隠棲した北野天満宮隣りの青霄院が,センの死後移転して同寺の塔頭となり,その後,豊後国岡藩の家老・古田家が織部と子らの墓を建てた関係で,昭和になってから織部寺とよばれるようになったということです。
 ワークショップがはじまる前,時間があったので,境内を散歩しました。
 この寺院もまた,今年は紅葉が早く,すでにほとんど散り紅葉となっていましたが,それはそれで趣がありました。
 京都の寺院は,つねに公開していて観光客いっぱいのところも数多くあるのですが,そうでなく,ひっそりとしたところもまた,すばらしい紅葉を見ることができます。何かの縁で,そうした場所を訪れれる機会があったのは,とても幸運なことでした。

 ワークショップの帰り,再び,鞍馬口まで歩いたのですが,その途中にあった料亭から出てきた舞妓さんと芸妓さんを見ました。観光客の知らない世界。ああ,京都というのは,誠に奥が深いところだと思いました。

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【Summary】
After a Kyoto Symphony Orchestra concert, I joined a workshop titled Sound and Calligraphy at a quiet Nishijin temple. Violinist Tomoko Kinoshita’s intimate performance, combined with live calligraphy inspired by The Tale of Genji and a hands-on writing experience, offered a deeply calming and enriching encounter with Japanese culture.

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 2025年11月29日に行われた京都市交響楽団第706回定期演奏会のあと,「音楽と珈琲と語らいのひととき」という企画があって参加したのですが,このとき,ヴァイオリンの木下知子さんから,12月13日午後5時30分からワークショップを行うという案内があったので,参加してきました。場所は,西陣の興聖寺というところでした。
 チラシによると,感覚・感性を磨く 臨む!ワークショップ「音と書」ということでした。何をするのか,あまりよくわかっておらず,何事も経験だと思って行ってみたのですが,とても楽しい時間となりました。

 まず,木下知子さんのヴァイオリンを楽しみました。曲目は,こころに問いかけるようなものばかりで,静かな寺の空間にとてもふさわしく,すばらしかったです。大音響のオーケストラや,有名な曲もよいですが,それとはうって変わって,こうしたものもまた,すてきです。何よりも,プロのヴァイオリンの音を近くで味わうというのは,何というぜいたくなことなのでしょうか。
 次に,玉雪さんという書道家の描く作品をヴァイオリンの即興演奏とともに鑑賞しました。私は,書道はよくわからないのですが,それでも,何を表現したいのかはわかったような気がします。書かれた作品にある文章は,「源氏物語」の若菜の第五章光る源氏の物語・玉鬘,源氏の四十の賀を祝う から
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よろづの物の音調へられたるは妙におもしろくあやしきまで響く
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すべての楽器の音色がひとつになっていくのは見事に素晴らしく不思議なまでに響き合う
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というところだそうです。

 薄茶と菓子をいただいて,最後は,書道を体験しました。私は,書道は50年以上やったことがありません。子供のころ,書道教室に行って,というか,行かされて,墨をするのが嫌でやめたトラウマしかないのです。それが,この歳になると,こころが落ち着く時間となるのが,不思議なことでした。もっと早くこういうことを知っていたら,ずいぶんと違ったかもしれません。
 紅葉も終わりに近づいたこの時期,静かな寺院の方丈で,こうした時間を過ごすことができたのは,とても有意義な時間でした。それにしても,人間の作ってきた文化というのは,何と奥が深いことか,とこのごろつくづく思います。

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