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大洲城の窓口で,大洲市の観光案内を聞いたら,地図をもらえて,とても親切に教えてもらうことができました。大洲市の古い町並みが大洲城から少し離れたところで,その中心に「大洲まちの駅・あさもや」という無料の観光用の駐車場があるから,そこに車を停めて,町歩きを楽しんでくださいと言われました。
「大洲まちの駅・あさもや」の北側に「おはなはん通り」がありました。
NHK朝の連続テレビ小説「おはなはん」の放送は1966年(昭和41年)の4月から翌年の3月で,今から57年も前のことです。それが今でもこうして残っているのが驚きでしたが,それほど,当時評判のドラマだったわけです。「おはなはん」は,私が知っている,そして,テレビで見たことがあるはじめてのNHK朝の連続テレビ小説でした。
それにしても,「らんまん」にちなんだ地を訪ねて高知県に来て,まさか「おはなはん」ゆかりの地にも来るとは思いませんでした。
「大洲まちの駅・あさもや」に観光案内所があったので,中に入って食事処などを聞いたのですが,そのときに,係の若い女性に「「おはなはん」なんて見たことないでしょう?」と言った会話をしました。

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「おはなはん」は,明治中期,大洲市出身の,愛称をおはなはんという,底抜けの明るさとユーモアを持った女性・浅尾はなの一代記です。
女学校卒業を機に軍人と結婚し,子どもも生まれましたが,夫が病死したことで,おはなはんは医学を志し,助産師となります。2人の子どもを育てながら,明治,大正,昭和の時代を,たくましく,周囲に笑いと力と幸福を与えながら生き抜きます。
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という内容のドラマでした。
随筆家の林謙一さんが母・はなの半生を綴った「おはなはん一代記」が原作です。実際のおはなはんは徳島市の生まれでしたが,「戦災で徳島の古い街並みがほとんど失われたため,古い街並みの残る大洲が選ばれた」というのが表向きの理由だそうです。本当は,徳島市がドラマの舞台になることに難色を示したから,とかいわれていて,このドラマの人気が出てからくやしがった,という話です。
最終回は「おはなはん」自身が自分を主人公とするドラマの第1回放送を見るシーンで終わっているのですが,私は今でも,このときの番組をとても鮮明に記憶しています。

また,大洲市は,サラリーマンの永尾完治(=カンチ)と同僚の赤名リカ(=リカ)の関係を中心に東京に生きる若者たちの姿を描いた「東京ラブストーリー」でもロケ地となりました。大洲の町は主人公カンチの故郷という設定でした。
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「東京ラブストーリー」は,柴門ふみさんによる日本の漫画作品で,フジテレビの「月9ドラマ」として1991年に放映されました。
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リカがロサンゼルスへの転勤を断って,誰にも行き先を伝えずにどこかへ行ってしまいます。カンチはリカが「カンチの故郷を見たい」と言っていたのを思い出し,カンチのふるさと愛媛に探しに行きます。ふたりは再会し,大洲の町を巡ります。
おはなはん通りは,そのとき,リカとカンチが子供時代を思い出しながら歩いていた通りです。そして,カンチと一緒にいたリカが,カンチに気づかれないように,こっそりと別れの手紙を投函した郵便ポストが残っています。

大洲市を訪れたのは大当たりでした。ここはすばらしいところでした。日本にはこのようなすてきな小さな町があるのです。住んでみたいとさえ思いました。
ゆっくりお昼を,と思って入ったのが,あとで行くことになる臥龍山荘の,脇にあった「臥龍茶屋」というカフェでした。食事といっても,ここはカフェで,チャーハンとカレーライスくらいしかなかったのですが,ほかに人もおらず,窓から見える庭がきれいで,落ち着いた時間を過ごすことができました。

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「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは

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