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【Summary】
On December 27, 2025, inspired by an excellent rehearsal, I attended Beethoven’s Ninth Symphony. The fast yet clear opening movements, a serene and sacred third movement, and a powerful finale under Nodoka Okisawa’s lucid direction created an unforgettable performance—deeply moving, and the finest Ninth I have ever heard.

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 2025年12月27日。
 リハーサルがすばらしかったので,大いに期待して本番の「第9」を聴きに行きました。前日のリハーサルでは第1楽章と第2楽章しか聴くことができなかったので,果たしてどんな第3楽章と第4楽章になるのだろう,ととても楽しみでした。
 開演前,京都コンサートホールの1階にある「前田珈琲 京都コンサートホール店」で野菜たっぷりカレーという昼食をとりましたが,いつも以上に混み合っていました。このように,「第9」の演奏会では,さまざまなことが,普段のコンサートとは違った雰囲気になります。それは,「第9」に限って聴きに来る観客も多いからでしょう。芸妓さんの姿があったのも京都らしいというか。

 やがて開演。ステージ上に現れた団員さんも「晴れの日」のムードが醸し出されているようで,身に着けていた衣装も一段とゴージャスだったように感じました。
 曲がはじまりました。
 第1楽章と第2楽章は,リハーサルどおり,いい意味で今どきの「第9」で,テンポが速く,とはいえ,速すぎることもなく,しかも,メリハリがあってすばらしいものでした。もう,今は,昔の「第9」,つまり,ゆっくり目のテンポで,重々しく,威厳のあるような演奏は,私には古臭く,受けつけません。
 前半のふたつの楽章が終わり,独唱者も出そろって第3楽章がはじまりました。
 私が思っていたよりもゆったりとした,かつ,神々しいものでした。それがまた,美しかったこと。第3楽章も,第1楽章,第2楽章と同じようにしてものすごいスピードで駆け抜ける演奏もあるのですが,それでは救いがありません。この交響曲は,まさにベートーヴェンの描きたかった「苦悩を乗り越えて歓喜へ」至らなければならないのです。そして,第4楽章で歓喜に到達するには,そのまえに澄みわたるような祈りの音楽が必要なのです。
 今回のコンサートマスターは会田莉凡さんでしたが,第3楽章では,会田莉凡さんのヴァイオリンの音色が引きたって聴こえました。これは,以前聞いた「英雄の生涯」のソロに共通するすてきなものでした。

 第3楽章が終わり,そのままアタッカーのようにして第4楽章に入りました。こうでなければなりません。第3楽章の祈りのあと,奈落に落ちるような,雷を打つような,そんなはじまりが必要なのです。また,この部分のテンポがよかった。
 それにしても,この曲を指揮するのはたいへんだなあ,と思いました。オーケストラは制御できても,ソリストや合唱の人たちはそう簡単にはいかないからです。しかし,沖澤のどかさんの指揮は,聴いている私でも,何を表現したいのかが明確にわかるから,演奏している人たちは,もっとよく理解できると思いました。そうした積み重ねが最後まで持続して,すばらしい演奏になりました。このような「第9」なら,演奏していてとても楽しいだろうな,と嫉妬しました。とりわけ,各楽章の最後の終わり方がよかった。 
 今回,改めて,ベートーヴェンは,何とすごい交響曲をつくったものか,と思いました。こうしたものが存在し,今も演奏が聴けるということに感謝しました。
 私がこれまで聴いた中でも,最高の「第9」でした。
 泣けました。

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