しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:「麒麟がくる」

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 2月7日,先週の日曜日で毎週楽しみにしていたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が終わってしまいました。これで,連続テレビ小説「エール」とともに,私の2020年に癒しを与えてくれたドラマはともに終了しました。
 いつも書いているように,戦国時代を扱った大河ドラマはどれも「国盗り物語」を越えることができず,また,「国盗り物語」と比較して見てしまうので,どうしても物足りなさが残ってしまいましたが,やっとこれで救われました。それは,描こうとする視点が「国盗り物語」とはまったく違っていたことで,比較する必要でなかったことが大きな理由です。

 巷では,描き方に賛否両論があるようですが,そもそも,ドラマはドラマであり,歴史の授業とは違います。歴史を題材としていても,そこから何をひねり出そうと自由です。だから,史実通りに描かなくてもどう装飾を加えても自由なわけです。また,語り部として架空の人物を想定するのは常套手段です。
 だから,何を描きたいかというきちんとした視点さえあればいいのです。その点,「麒麟がくる」では,庶民の目線が十分に取り入れられていたことが私には一番よかったと思いました。
 現代でも通じることですが,権力者は,文字通り,もともと権力をもっているわけだから,権力者に媚びを売って利権を得ようとする人はともかく,そうでなければそれに味方をする必要などありません。忖度も遠慮も不要なのです。むしろ,弱い庶民は権力に飲み込まれ,利用されるだけだから,ちゃんと役割を果たしているかを,怯えながら,そして,批判しながら眺めるしか手立てがありません。 
 戦国時代は,織田信長も豊臣秀吉も,ある種の狂気のなかで生きていて,今とは比べ物にならない権力意識の中で,おそらく他人には手がつけられない人物だったことでしょう。しかし,でなければ,あのめちゃくちゃな社会で国をまとめることなど,できますまい。もし,私があの時代に生きていたら,どこかで野垂れ死んでいたか,せっかく作った田畑の作物を戦でやかれ路頭に迷っていたことでしょう。
 いずれにしても,たかだか49年の生涯を閉じた織田信長も,死に際に豊臣秀頼だけが心配だった豊臣秀吉も,どんなに豪華な安土城やら大坂城に住んだとしても,たかだか数年のこと。それが本当に幸せな生涯だったのかと思うと,気の毒になるというものです。

 それよりも,私が「麒麟がくる」を見てよかったと思うのは,この番組にちなんださまざまな場所を知り,実際に行くことができたということです。そのほとんどは私の住む場所からとても近くで,こんなところにこんな史跡があったのかと驚くことも少なくありませんでした。そして今,心残りなのは,以前から行ってみたいと思い続けている京都の愛宕神社にまだ行くことができていないことです。愛宕神社は愛宕山にあって,登頂には2時間とも3時間ともかかるらしいので,私は二の足を踏んでいるのです。
 愛宕神社は,本能寺の変の直前に明智光秀が登り,自らの武運を祈願するためにお参りしたといわれるところです。愛宕神社を参詣した翌日,明智光秀は,里村紹巴たちと連歌の会を開きました。この連歌の会では次の句が詠まれました。
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【発句】ときは今 あめが下しる五月哉(光秀)
【脇句】水上まさる庭の松山(行祐)
【第三】花落つる流れの末をせきとめて(紹巴)
【挙句】国々はなほ長閑なる時(光慶)
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 発句は「土岐氏が天下を支配する五月となった」と取れ,続く脇句の「まさる」は「勝る」,第三の「落つる」は「信長の首が落ちる」というふうに解釈される,というのが今に伝わる有名なお話です。
 そんなことを思いながら,もう少し暖かくなったら,丈夫なうちに一度愛宕神社に足を運んでみようと思っていますが,いかに…。

 さて,私は「麒麟がくる」の最後は,山崎の戦いを逃げ延びた明智光秀がひそかに故郷にもどり,隠居をしている帰蝶さんとともに茶飲み話をする,という結末になるのならさぞ愉快なのになあと思っていました。もし,そこまでやったらおそらく SNS は大炎上となることでしょうが,密かにそれを期待していました。実際は当然そこまでは無理だったとしても,最終回の最後で,明智光秀が生きていた,とほのめかされていたことに大満足しました。さらに,茶飲み話ではなかったのですが,最終回のひとつまえの第43回で,明智光秀が帰蝶さんと再会したシーンが圧巻でした。もう帰蝶さんは出演しないのではないかと思っていただけに,ちゃんと期待に応えてくれました。
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光秀「道三様ならどうなされましょう」
帰蝶「毒を盛る,信長様に。胸は痛む。我が夫,ここまで共に戦うてきたお方。しかし父上なら,それで十兵衛の道が開けるなら,迷わずそうなさるであろう」
光秀「道三様は私に,信長様とともに新たな世をつくれと仰せられました。信長様あっての私でございます。そのお人に毒を盛るのは,己に毒を盛るのと同じに存じます」
帰蝶「あの時,父上は織田家に嫁げと命じ,そなたもそうしろと。私は,そう命じた父上を恨み,そなたをも恨んだ。行くなと言ってほしかった。あの時,事は決まったのじゃ。今の信長様をつくったのは父上であり,そなたなのじゃ。その信長様が独り歩きを始められ,思わぬ仕儀となった。やむを得まい。よろず,つくった者がその始末を成す他あるまい。違うか。これが父上の答えじゃ」
光秀「帰蝶様はそのお父上の答えをどう思われますか」
帰蝶「私はそう答える父上が大嫌いじゃ」
光秀「私も大嫌いでございました」
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 「麒麟がくる」のおかげで,楽しい1年を過ごすことができました。

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 テレビの報道番組を一切遮断してこころ穏やかに過ごすことができるようになった日々です。そうしてみると,それがまあ,いかに快適であるかということが身に染みました。巷にあふれる情報のほとんどは自分にはいらないものでした。
 そこで,「人生暇つぶし」の次のステップとして,肩の凝らないドラマを,NHK,民放問わず見ることにしました。番組表からよさそうなものを探して一度見てみて,自分に合わなければそれでやめ,気に入ったら見続けることにしたのです。今日は,こんな次第で私が見はじめたドラマについての話題を書くことにします。

●「エール」「麒麟がくる」
 まずは定番の朝ドラ(連続テレビ小説)と大河ドラマです。ともに,このごろはあまり見たこともなかったのですが,今年は朝ドラの「エール」と大河ドラマの「麒麟がくる」,ともに出来がよいので気に入りました。
 私がこれまでに見た朝ドラは「あまちゃん」「おひさま」「ちゅらさん」「ひよっこ」です。それらの何がよかったかというと,元気が出るドラマだったということです。とにかく私は暗いものやいびりのあるものはダメです。そして,脚本にきちんとした主張がないとさらにダメです。「エール」はヒロインの二階堂ふみさんがいいです。あんな役柄の女性なら妻にしたいとほれ込みながら見ています。二階堂ふみさんはなんとなく宮崎あおいさんとイメージがダブるのですが,いろいろな表情を見せるのが魅力的です。こんな女優さんがオーディオを受けにきたらほかの人はたまったものではありません。
 大河ドラマの「麒麟がくる」もとてもおもしろいです。これまでに見た大河ドラマの中でもこれは最高です。ただひとつ,しかし,そしてそれが最も残念な問題は,コロナ禍で一度中断したのち,まったく帰蝶さんが出てこなくなってしまったことです。巷では「帰蝶ロス」が起きているとか…。私もそのひとりです。漏れ聞こえてくる噂では,帰蝶を演じている川口春奈さんが別のドラマで忙しいかららしいということでした。そこで,その別のドラマである「極主夫道」を,単に川口春奈さん見たさに,チャンネルを合わせてみました。
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●「極主夫道」
 「極主夫道」は,
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 史上最強の専業主夫が降臨! 主夫力高すぎる“元極道”が筋を通し,世の中と仁義を斬りまくります!! 裏社会に数々の伝説を残した最凶の極道“不死身の龍”。そんな彼が極道から足を洗い,選んだ道はなんと専業主夫だった!
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とまあ,実にくだらないドラマです。このドラマを見ても得るものは何もありません。が,暇つぶしにはいいです。というより,「帰蝶ロス」を治療するにはこの妙薬しかないのです。なので,ひき続き見ます。
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●「一億円のさようなら」「危険なビーナス」
 それ以外のドラマで見はじめたのは「一億円のさようなら」と「危険なビーナス」です。
 「一億円のさようなら」は,
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 つつましく平凡に暮らしてきた鉄平は,妻・夏代が48億円の遺産を相続していたことを知る。なぜ妻はそれを隠していたのか。会社での戦いに傷つく鉄平は人生の後半戦に逆転できるか。極上のファミリーストーリー!
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ということですが,とにかく,私には内容のすべてにおいて共感できないドラマです。主人公の鉄平の生き方にはまったく理解できません。すぐにキレるし,話し方がねちっこいし,ぜったいに友達になりたくない人物です。しかも,男のくせにぐだぐだしていてなさけない。頭悪そうだし。すぐぶちキレるくせに頭が切れない… まるで私の昔の上司のような輩です。
 ストーリーに「わけ」をもたせるためにいろんなエピソードを絡ませるのですが,そのいずれもが無理があって不自然だし,ありえない話ばかりだし,非現実的だし,できの悪いドラマです。そもそも,子供ももう大人なのでどう生きようと親がとやかく言う必要もないし,金持ちの妻なんてこの先不倫しようとどうしようとひとりでどうにでも生きられることでしょう。で,私なら,そんな薹が立った妻から1億円といわず3億円ほど頂いてさっさと会社も家族も縁を切り,若い女性と再婚でもして楽しい別の人生をはじめます。と思うのですが,まったく共感ができないことが逆に魅力となって,このドラマもまた見続けます。この先何か話が展開するような噂もありますし。相続税はどうなっているんだとかツッコミどころも満載です。
 一方,「危険なビーナス」は,
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 東野圭吾の同名小説を原作とする,ある失踪事件をきっかけに,主人公が謎の美女と共に遺産をめぐる名家の争いに巻き込まれていく壮大なスケールのミステリー。東野ミステリーは「引き込まれる世界観」「緻密なトリック」そして「魅力的な登場人物たち」で多くの読者を魅了しているが,本作はそれだけではなく,誰もが驚く「ラストの大逆転」もみどころのひとつ。そんな東野ワールドを黒岩勉の脚本で,連続ドラマならではのスリリングな手法とタッチで描いていく。 
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というものです。こちらは48億円に比べたら大したことない30億円の遺産をめぐる骨肉の争いです。私が見はじめた「極主夫道」「一億円のさようなら」「危険なビーナス」のなかでは,これだけがまともなドラマです。あえて原作も読まず,ネタバレ情報も手に入れず,この先の大逆転とやらを楽しみたいと思います。

 こうして,本格的なメインディッシュ(「危険なビーナス」)に安物のぱっさぱさのケーキ(「一億円のさようなら」)とあま~くカロリーの高いジュース(「極主夫道」)をデザートにお付けいただいて,おいしい上等なパン(「麒麟がくる」)と美味な味付けのスープ(「エール」)ともども,私はおなか一杯で秋の夜長を楽しむのです。
 これぞまさに「不良老人」の暇つぶしにうってつけです。

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 家から岐阜市は近く,また,よく車で通るのですが,これまで,通り過ぎるだけで岐阜市自体に行ったことはほとんどありませんでした。50年近く前の大河ドラマ「国盗り物語」でも,主人公が斎藤道三と織田信長だったことで,たびたび岐阜が取り上げらえていたのですが,当時はそれだからといって岐阜市を観光したこともありませんでした。
 岐阜市は今年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台でもあるので,時間があるときに,少しずつ岐阜市をめぐることにしました。たびたび私がブログで書いているように,先日は金華山に登り,また,その後に加納城跡に行き,旧中山道の加納宿あたりを歩きました。そして,やっと,岐阜市のことが少しずつわかってきました。
 
 今回9月6日に行ってみたのは,前々から気になっていた鷺山城跡でした。
 鷺山城跡は,加納城跡とともに,名前は知っていても,そこがどこにあるのかをまったく知りませんでした。調べてみると,私がよく走る岐阜市の環状線の西北のカーブに当たる場所に近く,こんな場所にあったのかとびっくりしました。そんな場所に小高い山というか丘があるとは思えなかったからです。そこが鷺山で,かつて,その頂上に鷺山城がありました。
 鷺山は標高が68メートルといいますから,この春,登る気もなく標高が400メートルほどの山城にたびたび登った私は,大したことはないと思いました。

 Google Maps の指示に従って走っていくと,市街地の中に,突然森が現れました。それが鷺山でした。近づいてみたものの,あたりの道路は非常に狭く,どこに車を停めていいのかさっぱりわかりません。案内標識もまったくありません。観光地にしたいのなら,それなりに何とかすべきだと思いました。ふもとの北側に白山神社があって,神社の駐車場があったので,そこに車を停めました。
 なんとなく付近を歩いていたら,鷺山公園と書かれた古びた小さな標示があって,そこから登れるようだったので,歩いていきました。
 わずか標高が68メートルなので10分もすると山頂に着いたのですが,蒸し暑く,結構汗をかいたのは想定外でした。
 山頂には鷺山城跡の碑がありました。また,山頂から少し南に行ったところに展望台があって,そこから岐阜城が見えました。
 南側にも道があったので,帰りはそこから降りました。
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 南側のふもとには鷺山公園と北野神社がありました。また,北野神社には斎藤道三公を弔う碑がありました。結構立派で,今年の大河ドラマの影響でしょうか,旗が建てられれいて,それなりに,観光客を意識しているようでした。しかし,この神社は駐車場が整備されているでもなく,鷺山公園も駐車場らしき土地はあれどどこから入ればいいのかわからず,これでは,訪れる人が困ります。
 家に帰ってから調べてみると,やはり,出かけた人はみな,私同様に,どこに車を停めていいのかがわからず,付近をうろうろして困ったようでした。

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 鷺山城は,平安時代末期または鎌倉時代から戦国時代にかけて機能した鷺山の山頂に作られた城です。1548年(天文17年),斎藤道三が家督を息子の斎藤義龍に譲ったのち,隠居した城ということで有名です。「麒麟がくる」で出てくる帰蝶は,1549年(天文18年)にこの鷺山城から尾張の織田信長に嫁いだといわれてます。
 1555年(弘治元年),斎藤義龍は,父の斎藤道三が斎藤義龍の弟である斎藤龍定に名門一色姓を名乗らせたことから弟に家督に譲るつもりだと思って,斎藤道三を鷺山城から追放してしまいます。「国盗り物語」や「麒麟がくる」などの大河ドラマでは,斎藤義龍は斎藤道三を実の父でないと思ったというのが理由になっています。そして,翌年1556年(弘治2年)に,斎藤義龍は斎藤道三を長良川の戦いで攻め滅ぼしてしまうのです。
 この戦いの後,鷺山城は廃城となりました。
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☆ミミミ
鷺山城跡からの帰り,長良川畔を東に走ってみました。岐阜公園を過ぎてしばらく走っていくと,富田学園がありました。富田学園といえば,以前,このブログにカルバー望遠鏡のことを書いたときに出てきた学校です。また,「月刊天文ガイド別冊・日本の天文台」にも紹介されていたところです。
今は,学校にはその望遠鏡はありませんが,学校の名前を見て驚きました。富田学園はここにあったのか,という感じでした。
こうして近場を気ままにドライブをしていると,これまでの謎がいろいろと解けてきて,なにかとても楽しいのです。

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 大河ドラマ「麒麟がくる」は6月7日の桶狭間の戦いで中断となりました。よくちょうど切りのいいところまで収録できたものです。ここで中断ならば,後半が楽しみです。中途半端なところでなくてよかったです。
 1年後,2年後に後半を放送しても大丈夫です。…と私が思うほど,最高の第21回となりました。
 このドラマのすばらしいのは,描きたいことがしっかりしていることです。そして,内容が緻密です。
 以前にも書いたように,歴史ドラマは日本史の授業をやっているわけではないので,必ずしも史実に忠実である必要もなく,歴史を題材として,人の生きざまを訴える力さえあれば,見ている人は共感します。

 私は,これまでこのブログに書いたように,はじめのうちは,意識することもなく,訪ねたところ訪ねたところが「麒麟がくる」ゆかりの場所だったのですが,6月7日の桶狭間の戦いのシーンを見て,翌日の早朝,今度は意識して,さっそく,桶狭間周辺に行ってみました。
 どこも道が狭く,駐車場もないので,本当は名鉄電車で鳴海駅まで行って,そこから歩いてまわるのがいいのでしょうが,このご時世,公共交通機関に乗るのを避けていることと,早朝だったことで,車で出かけて,駐車できる場所を探しては少しの時間だけ停めて写真を撮ってきました。

 善照寺砦,桶狭間古戦場跡,丸根砦,鷲津砦と行ってきたのですが,驚いたのは,その距離と標高差でした。
 桶狭間古戦場跡だけは以前一度行ったことがあって,鷲頭砦の付近も以前よく走ったことがあるのですがこれまで名前こそ知っていたものの意識することはありませんでした。あらためて行ってみて,鷲頭砦はかなり険しい山であったり,これらの三つの砦の間の距離が思った以上に遠いことが一番印象に残りました。やはり,実際に行ってみないと実感がわかないものです。歴史は足で感じるものだと,今回もまた思いました。

 このドラマで圧巻だったのは,今川義元を討ち取った毛利新介役の今井翼さんでした。
 1999年の「元禄繚乱」で矢頭右衛門七を演じた今井翼さんですが,今回の「麒麟がくる」での毛利新介役の演出は最高でした。空から槍を持って降ってきて今川義元を切りつけるなんて,あんな討ち取り方はこれまでの多くの大河ドラマで扱われた「桶狭間の戦い」史上,もっとも斬新なものでした。
 これだけでも見る価値がありました。

無題

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IMG_0287 (4)IMG_0294 IMG_0286 (2) きちょう きりん

 私はもともとドラマはあまり見ないし,演劇の興味もないので考えたこともなかったのですが,もれ聞こえるところでは,ドラマは脚本次第,だそうです。
 そういえば,私が好きだった大河ドラマは「国盗り物語」と「花神」に尽きるのですが,その2作とも脚本は大野靖子さんでした。「骨太でダイナミックな群像劇,シャープで乾いた叙事的作風で歴史物や社会派物に強みを発揮」したという大野靖子さんは,司馬遼太郎作品をドラマ化するのに相性がよかったようで,すぐれた作品を残しました。
 現在,日曜日の朝6時からNHKBSプレミアムで「太平記」が再放送されていますが,この作品の脚本が現在の大河ドラマ「麒麟がくる」と同じ池端俊策さんになるものとは知りませんでした。作品の作りや流れが似ています。

 「麒麟がくる」について,池端俊策さんはつぎのように書いています。
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 今回,大河ドラマのオファーが来たとき,室町幕府の後期,つまり戦国時代をやるというのは決まっていました。僕は以前「太平記」で室町幕府を開いた足利尊氏を書いたことがあり,いつかは室町幕府の後期を書きたいと思っていたので、ぜひやってみたいと。
 (中略)
 そんなときNHKサイドから明智光秀の名前が挙がり,僕はそれに飛びついたわけです。信長と義昭をつなげたのが光秀という説もあるし,美濃の出身といわれているので道三との関わりもあるはず。しかも光秀は,戦国時代の裏街道を歩いた人物の代表格です。僕は裏街道を生きた人が大好きなので,これはおもしろくなりそうだと直感しました。
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 「太平記」は1991年に放送された大河ドラマでした。
 吉川英治の「私本太平記」をもとに,鎌倉時代末期から南北朝時代の動乱期を,室町幕府初代将軍足利尊氏を主人公に描いた物語でした。南北朝というのは日本史ではタブーの時代のようで,それまでドラマ化されたことはありませんでした。
 「太平記」と「麒麟がくる」で,池端俊策さんの脚本による大河ドラマは,室町時代のはじめとおわりを描くことになるわけですが,そういえば,「国盗り物語」と「花神」もまた,戦国時代末期と江戸時代末期ということで,ひとつの時代のはじまりとおわりの関係だったのです。

 私は,若いころは大の日本史好きだったのですが,歳を経るにつれて,学校で学ぶ日本の歴史は英雄賛美史,大和朝廷正当化史みたいで,嫌いになりました。それとともに,大河ドラマもまた,関心がなくなりつつありました。しかし,「麒麟がくる」,この作品では,その時代に生きた庶民にも光があたっているし,何より,演じている人たちが上手で,緊迫感があります。帰蝶はすてきだし,斎藤道三も織田信長も最高です。特に,4月12日と4月19日に放送された斎藤道三と織田信長の聖徳寺の会見までの流れはすばらしく思えました。
 この会見の舞台となった聖徳寺があった跡地は一宮市の富田で,家から近いので,さっそく散歩してきました。これまで私は,富田という地名から,聖徳寺は名古屋市中川区の富田にあったとばかり思っていました。
 歴史ドラマでは,やれ史実と違うだの,有名なあのシーンをやらなかっただのという批判をする人がいるものですが,学校で学ぶ歴史教材を作るわけでもなし,人間ドラマとして見ているほうに訴えるものがあればそれでいいと思っています。「麒麟がくる」でも,織田信長の父織田信秀の葬儀で,位牌に焼香を投げつけたという有名なシーンがなかったのが物足りないと書かれたブログがありましたが,池端俊策さんはドラマで人の最期を直接描かないのです。
 つねにこれまで,戦国時代を扱った大河ドラマでは「国盗り物語」の亡霊を見て,がっかりしていた私に,「麒麟がくる」は,はじめてそれとはまったく異なる次元で,かつ「国盗り物語」をはるかに凌駕しているので,どんどんとのめりこみはじめています。最高です。
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 どうかこのドラマが最後まで無事に放送できますように。

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