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●ラハイナの歴史を感じるトレイル●
 私は「ラハイナ・ヒストリック・トレイル」(Lahaina Historic Walking Trail)でラハイナを隈なく巡っている。地図やパンフレットを片手にこんなふうに観光をしている人たちがほかに少しだけいたが,日本人の姿はなかった。
 ウエブで調べても,ブログをさがしても,日本の旧東海道を歩いているとか,百名山を登っているといったものは山ほどあるのにも関わらず,ラハイナの歴史地区を歩いたというブログはほとんどないか,あっても写真と簡単な説明が載っているだけである。

 では,先を続けよう。
 今日の1番目の写真は「イギリス国教派墓地」(Maria Lanakila Catholic Cemetery Episcopal Church)である。この墓地は「イギリス国教派教会」(The Episcopal Church)の隣にある墓地であった。この墓地にはイギリス国教派教会に関わった家族や信者が埋葬されている。つまり,ハワイにはじめてキリスト教が布教されたときに信者となった人たちが今ここに埋葬されているわけである。
 「イギリス国教派教会」は1862年に宣教師によって設立された。1909年に現在の場所に動かされ,1927年に改装された。

 2番目の写真は「真言宗法光寺」(The Buddist Church of the Shingon Sect)である。
 「真言宗法光寺」は1902年砂糖キビプランテーションで働くため日本人が移民してきたころに普通の家屋を使い真言宗初の布教場としてスタートしたハワイ州で1番古く歴史のある真言宗のお寺である。
 この後で訪れることになる浄土寺も含め,ここラハイナにはこうした仏教寺院がいくつかあった。

 このようにして,私はラハイナの南にあった寺院を巡ってふたたびダウンタウンに戻ってきた。
 3番目の写真はカメハメハ3世の「タロイモ畑跡」(The Taro Patch)である。
 1959年のおわりごろまでここにタロイモ畑の跡をみることができた。カメハメハ3世は自らこの畑で働き,人民の労働意欲を鼓舞したといわれている。現在は真似事のようにタロイモが少し植えられて当時の面影を味わうことができるように再現されていた。
 タロイモとは何であろうか? 日本で栽培されているサトイモ,エビイモ,エグイモ,京料理のカラノイモ,タケノコイモ,南日本のタイモもタロイモの一種である。なかでもサトイモはタロイモのうちで最も北方で栽培されている品種群である。熱帯アジアやオセアニア島嶼域,アフリカの熱帯雨林地帯ではさらに多くの種やその品種群が多く栽培されていて,これを主食としている民族や地域も多い。また,キプロスにはコロカシと呼ばれるタロイモがあり,ポリネシアではタロイモから作るポイというペースト状の食品が主食とされている。
 ハワイ州の伝統料理に豚肉をタロイモの若葉で包んで蒸し焼きにしたラウラウという料理がある。

 そして,今日の最後,4番目の写真が「ウォ・ヒン博物館」(The Wo Hing Museum)である。
 ハワイには日本人だけでなく中国人移民も数多い。「ウォ・ヒン」は道教信徒のお寺であり,また,「中国人友愛組合」(Chee Kung Tong)の支部でもある。1階には中国の工芸品が展示されているほか,トーマス・エジソンが撮ったといわれるフィルムが公開されているそうだが,私は外から見ただけで中には入らなかった。それは,この建物に入るのに入館料が必要であったことに加え,中国に興味がないのが理由であった。
 トレイルにはもう一箇所浄土寺というお寺があるのだが歩いていくには少し遠いので,私は駐車場に戻って,車で行くことにした。