以前ブログに書いたことのある雑誌「アサヒカメラ」の1975年5月号を改めて読んでみて,私は大変驚きました。それは,雑誌に掲載されていたものすごい数のカメラ会社の広告です。そして,そのほとんどが,今見ても欲しいと思う製品ばかりなのです。
いつから,カメラにまったく魅力がなくなってしまったのでしょう? そしてまた,私が久々に購入した「アサヒカメラ」の最終号にはほとんど読みたい記事がないのに比べて,なんと,魅力に満ち満ちた記事が並んでいたことでしょうか。
カメラの将来が危ういという意見がもありますが,スマホでは撮ることができない被写体は山ほどあるから,カメラがなくなるとは思えません。先日,ホタルを撮りに行ったときも,スマホでは写らない,とぼやいていた人が少なからずいたし,私が写した天体写真も,スマホじゃないよねえ,という人が結構いる,つまり,そうしたスマホでは撮れない被写体を写したいという人が少なくないのです。
であるのに,カメラがまったく売れないのはどうしてでしょう。それはおそらく,カメラメーカーがそんなニーズに応える製品を出していないからなのでしょう。こんなことでは,本当に冗談でなく,プロのカメラマンや趣味として大金をカメラメーカーに貢いでいるアマチュアカメラマンでない人たちが,気軽に使えるカメラは,この世の中から消え去ってしまうかもしれません。
簡単にいうと,一般の人には使いにくすぎるのです。
一般の人が簡単にカメラが使えるようにと考えられているものにシーンモードがあります。シーンモードは,被写体やシーンに合わせてモードを選択するだけで,それに適した露出設定が自動で行われる機能です。初心者向きの撮影モードで,複雑な設定をしなくても被写体に合わせて最適な撮影ができるというものですが,多くの場合,撮影者が任意で絞りやシャッター速度,露出補正,ホワイトバランスなどの設定を個々に変更することができないという欠点があります。
モードの種類はメーカーや機種によって異なっていますが,主なモードに「風景」「ポートレート」「スポーツ」「クローズアップ」「夜景ポートレート」などがあります。たとえば「風景」モードは,ピントの合う範囲が広く,緑や青の発色が鮮やかに,さらに遠くの景色を撮ることを前提とし,フラッシュは発光しないという設定だそうです。また,「ポートレート」モードは,絞り開放でぼかしやすく,ぶれないようにシャッター速度は速め,肌をきれに見せるため露出はやや明るく,少し赤みの強い発色になるそうです。また,「夜景ポートレート」モードはフラッシュを発光させた上で,シャッター速度を遅くして露光時間を延ばし,人物だけでなく背景の夜景も明るく写るというものだそうです。
いわば,お任せ定食です。
しかし,私のように,少しだけカメラの知識があると,これではむやむやします。それぞれのモードが実際にどういう設定を自動化しているのか知りたいし,知らないと,お任せする気にならないからです。つまり,つべこべ言わずに任せりゃいいという,上から目線を感じるわけです。あるいは,細かい設定はカメラメーカーの秘密だよ,という大人の事情なのかもしれません。
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そんなわけで,私はこれまでシーンモードは無視してきました。しかし,前回書いたように,夜明けの空や鳥の飛ぶのをなかなかうまく写せないなあ,どうしたらいいのかなあとカメラの説明書を読んでいて,このシーンモードに興味をもちました。さらに,今どきのカメラには,シーンモードに限らず,それ以外にも多くの機能が搭載されていることをいまさらながら知りました。しかし,そのほとんどはまったく使っていなかったわけです。
カタログには,〇〇ができる,〇〇ができる,と多くの機能がうたわれていますが,いざ,製品を購入すると,小さな字で書かれた簡単な説明書があるだけで,カタログにうたわれている機能をどう実現すればいいのかさっぱりわかりません。写真集やら豪華なパンフレットにも,そうした機能を使ってプロが上手に写した写真だけが並んでいるだけで,どうすれば同じように写せるのか見当がつきません。
どうやら,カメラが売れない原因はそこにあるような気がします。多くの人はせっかく買っても使いこなせないから飽きてしまうのです。しかし,暇で,かつ,新たなものを買う気のまったく失せた私は,今持っているものの性能を十分に生かすために,今更ながら,こうした機能をひとつずつ覚えてみたいものだと,意欲がわいてきました。
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「不良老人」の日常⑮-早朝の散歩で写真に親しむ。
私は,土日祝日はまず外出しません。それは自粛とは関係ありません。人混みがきらいなだけです。平日でも私が行動するのは,買い物をする以外は人のいない時間,つまり,夜明け前と日没後ですが,この時間に散歩をするのは,とても快適です。特に,夜明け前は最高です。
このごろは日の出が午前6時50分ごろです。そこで,午前5時過ぎに起床して,食事をとり,準備をして,午前6時20分過ぎに家を出て,約1時間ほど,散歩をするのが日課になってきました。私は犬を飼っていないので,犬を散歩に連れていくということはないのですが,その代わりにカメラを持参します。小さな一眼レフに高倍率のズームレンズをつけています。画像がどうのとかそういったこだわりはないので,というより,そんな腕はないので,写せばそれで自己満足の世界に浸ることができます。こころがほっこり休まる写真を写すことができればそれで幸せです。
そんなわけで,今日は,散歩のお供に連れていくカメラ,ではなく,カメラで写す写真のお話です。
この国では,お昼間にカメラをお供に散歩しても,京都やら奈良のように,撮り甲斐のある被写体がある場所ならともかく,写すものがありません。海外旅行をしたときに,絶えず写したいものに出会うのとは格段の違いです。私はずっとそう思っていました。以前は,お昼間にカメラを持参して散歩をしていたこともあるのですが,何も写さずに帰ることばかりでした。
しかし,日の出のころなら,写したいと思う対象がいくらでも「出現する」ことを知りました。まさに「出現する」のです。それは,暗いからです。欲しくない情報は隠すに限るのです。そうすると,単なる草花であっても,それなりに絵になることがわかりました。さらに,地上に姿を現したばかりの太陽の光を味方にすると,自分のイメージ以上の写真にすることさえできるのです。これには驚きました。
しかし,難しいのはカメラの使い方です。
まず,太陽の光を入れるときはその露出が問題となります。私は,子供のころから一眼レフカメラを使っていたので,その仕組みはそれなりにわかりますが,昔は,オートフォーカスもなかったし,TTLと言って,適正露出を測る露出計こそついていましたが,シャッタースピードか絞りを設定すると,それに見合った絞りやシャッタースピードになるというだけだったので,手動で補正することも簡単でした。それが,現代のカメラは賢こすぎて,カメラが自分で何とかしようとしてしまい,ピントは合わせてしまうし,露出も合わせてしまいます。普通の写真を写すのならこれで十分なのですが,それを補正しようとすると,逆に面倒なのです。
また,鳥を写そうとするときはピントが問題となります。ピントもまた,手動で合わせるほうがむしろ簡単で,カメラに任せると,何か別のものにピントを合わせようと,自分の予期せぬ動きをしてしまったり,シャッターチャンスを逃してしまうのです。
いつも失敗して,帰宅して写した写真をチェックしてはがっかりしています。そして,毎度毎度,説明書を眺めながら設定を変更することになっていまいます。こんなことなら,昔のように,すべてマニュアルで操作するほうがずっと楽だし正確ではないかと思ってしまいます。
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最後にカメラのお話を少しだけ。そんなわけで,私にはオートなど不要だから,すべてマニュアル操作だけで,フィルムがディジタル画像素子に代わっただけのカメラ -高価なライカならあるのですが- たとえば,ニコンFM-D(仮称)が欲しいと思ったりしています。
今後「不良老人」はいかに生きるか⑧-昔は欲しかったけれど
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前回はマスメディアについて書きました。振り返れば,世の中にあふれかえる情報,そのほとんどは,自分にはいらないものだということがわかりました。
今日取り上げるのは,生活必需品以外のモノについてです。
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昔,本屋さんで,男性向けの雑誌のコーナーに並んでいるのが車関係のものばかりであることに気がついて驚いたことがあります。私は,車は故障せず動けばいいと思っているので,車種とかメカにはまったく興味がなかったのですが,そんな人は例外で,多くの男の人は車が好きなんだということをはじめて知りました。
それは今も同じで,私には,狭く渋滞だらけの日本の道路を走るのに,車にこだわる気持ちがまったく理解できません。高価な車にこだわっているくらいなら,そのお金でほかにいろんなことができるのに,と思ってしまいます。狭い駐車場で大きな車を入れるのに苦労をしているのを見ると,何をしているんだか,と不思議な気がします。
その代わり,私は,子供のころからカメラと天体望遠鏡に興味がありました。これだって,理解できない人にとれば,どうでもいいことでしょう。
しかし,天体望遠鏡はともかく,カメラ好きの人も多いらしく,インターネット上には,やれ,どこの製品がすぐれているだの,新製品が出るだの今度は買いだのといった情報があふれています。天体望遠鏡は,カメラほどではありませんが,これもまた,星好きの人にとっては,関心の的のようです。天文雑誌には天体の話題よりも機材の話題のほうが多いくらいです。
私はお金もないので,趣味として不自由ない必要最小限のモノだけは持っていますが,それ以上のモノを購入したことがありません。新しい製品が出ても,もっぱらカタログを眺めていただけです。
このごろ,ディジタルカメラの売れ行きが芳しくないということで,カメラ業界の将来が心配されています。一応写真が趣味の私も,普段使っているのはスマホのカメラになりました。それで充分に事足りるということもあるのですが,それ以上に,カメラを持って旅に出るのがめんどうになったというのが理由です。これでは趣味失格です。
しかし,スマホのカメラでは写すことができない対象もあるので,カメラ持って出かけることもあります。特に,海外旅行をするときには,どんなカメラを持っていくか毎回悩まされます。なるべく小型でいろんなものが不自由なく写せるのが理想です。ところが,ディジタルカメラの売れ行きが芳しくなくなってきた今,メーカーは高級品に特化しはじめて,私の満足するカメラがどんどんなくなってきました。ほとんどのカメラメーカーは,ミラーレスカメラにシフトしたら,レンズはとんでもなく高価になり,また,ミラーレスになっても思ったほど小さく軽くなったわけでもありませんでした。高性能,高機能であっても,それは,私には必要がないのです。どうやら,カメラは,私の世界から,あちら側,つまり,私の手の届かない世界に行っていってしまったようです。
そうなると,カメラにはまったく興味が失くなりました。
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天体望遠鏡もまた,同様です。現在の天体望遠鏡はパソコンを利用して天体が自動で導入できたり,自働で追尾ができるといったように,確かに,非常に機能がすぐれ,また,光学性能がよいものになりました。もし,そんな機材を十分に活用できる場所に住んでいたら欲しくなってしまうかもしれません。しかし,満足に星も見えないところに住む私は,それを買っていったいどこで使うの? と思ってしまいます。
日本は,晴天率に恵まれず,また,空の暗いところもほとんどありません。これでは,海もないのに潜水艦を買うようなものです。今は行くことができませんが,たとえば,南半球やハワイなどの星のきれいなところに出かけたり,あるいは,国内でも,四国や信州,北海道など,わずかに残る星の美しいところに出かけて,旅先で星を見たり写真を写そうと思えば,三脚も含めて2キログラムほどのポータブル赤道儀で事足りるし,大きなものは持っていくことすらできないのです。
このように,現実を知らなかった子供ころには欲しいと思ったものも,そんな現実を知ってしまうと,いまさら新しいモノを欲しいとも思わなくなってしまいました。
私のような世代は,子供のころには,大人になったらなんとかに手に入る程度のほどほどの優れたモノががたくんあったので,いつかはそれを手に… と,恋に恋するように憧れていたものです。このような状況が一番幸せだったのかもしれません。それに比べると,今の若い人には,そうしたモノがまったくなくなってしまったので,気の毒です。
昔より性能は優れていても,一般の人が少し無理をすれば手に入れることができるほどの手ごろなモノがないのです。普通の車を買いにいったらトラックしか売っていなかったというような感じです。いくら性能がよいからといって,たかが趣味なのに,カメラも天体望遠鏡も,それが車1台ほどの値段がしては,車のように毎日使うモノとは違って,たかだか月に1,2度の使用頻度では手が出ませんし,それをいつも活用するような場所もありません。置き場所もありませんし,要らなくなったときに廃棄するにも困ります。また,そんな高性能のモノはプロでない限り必要がなく,もはや,アマチュアが楽しむ世界ではなくなってしまったのです。
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私には,何十年も前の,私でも手に届くころに買ったモノで今も十分満足だし,愛着をもって使えます。当然,今のモノにくらべたら性能も劣りますが,だからといって,困るほどのこともありません。仕事ならともかく,趣味であれば,その不便さこそが楽しいものです。だから,現在のような,新製品が高価で手に入らないという状況は,それを手に入れようという邪気が起きないだけより好ましいのです。その結果,お金を散財することもなく趣味に没頭できるというものだから,むしろ,心落ち着く日々が過ごせるのです。
今の若い人の多くは車にも興味がないというし,こんなことでは,ますますモノは売れますまい。
いつか来た道①-カメラはどこへ向かっていくのだろう?
昔,日本ではふたつのものが競い合うのが常でした。たとえば,トヨタと日産とか,朝日新聞と読売新聞とか,さらには,プロ野球の巨人と阪神とか,相撲の大鵬と柏戸とか,将棋の大山と升田とか,そういったものです。
武田信玄と上杉謙信というのもありました。
昨年の夏にアメリカに行ったとき,「日本って,車以外に何か誇れるものあるの?」と聞かれました。今や,アメリカでは,そういうふうにしか見られていないということに,私はショックを受けました。
リーマンショックのときに,日本の企業もすべて窮地に追い込まれました。そして,韓国製品の台頭は,日本の電化製品をアメリカ市場から追いやりました。今や,テレビをはじめ,日本の会社の名のついた製品はアメリカではほとんど目にしなくなってしまいました。
次は車か? と心配したのですが,私が思っていた以上に,日本車は安泰でした。
しかし,リーマンショックのときにはアメリカでも売れたハイブリッド車は今やアメリカでは見る影もありません。実は,「プリウス」はアメリカではまったく売れていないのです。2050年までにエンジン車をやめるとトヨタは宣言したのですが,それもまた,その先が問題なのです。そのとき,フィルムからデジタルに変わったときのカメラ業界のように,電気屋さんが車産業に参入して,その結果日本製品が全滅する日が来るのでしょうか?
このように,車だけでなく,オーディオにせよ,テレビにせよ,かつては日本の工業製品が世界を席捲していたのが,今や車以外は見る影もありません。スマホも日本国内「だけ」はまだSONYブランドが残っているようですが,海外では,アップルとサムソンばかりです。
車以外で今でも日本の会社の製品が世界でほとんどのシェアを握っているのはカメラなのです。カメラこそ,日本の会社の「最後の砦」なのです。しかし,すでに,そのカメラさえ存在が危ういのです。
一眼レフの時代が到来してドイツ製品を追い越してからというもの,ずっと日本のカメラ業界は,世界に君臨してきました。映像技術は今後もますます進化して,今まで以上に必要不可欠なものになっていくでしょう。しかし,そのことと日本のカメラ業界が安泰であることとは無関係なのです。
それは,もはや一般の多くの人はスマホで十分な写真が写せるのでカメラが不要になってしまったことにあります。
カメラにおいても,ニコンとキヤノンというように,日本製品が競い合っていたのはすでに古きよき時代のことで,今となっては,業界全体で協力しあって共存を図っていかないと,業界全体がつぶれていってしまう危機的状況になってきているのです。
しかし,足の引っ張り合いと囲い込みが大好きなこの国のこと,乱立する多くのメーカーが,今もなお,縮小する少ないパイを求めて,競って新製品を次から次へと出していますし,未だにメーカーにこだわって敵対意識をむき出しにしているユーザーもいますが,そのうちにほとんどのメーカーが撤退して,ユーザーは裏切られ嘆き悲しむことになるでしょう。これもまた愚かな日本の「いつか来た道」です。
「最後の砦」カメラ業界は,今後どこへ向かっていくのでしょうか?
















