●安価で快適な「メガバス」●
私はこの旅で50州制覇とMLB30球団のボールパーク制覇に加えて,長年の夢であった「アムトラック」にも乗ることができた。長距離バスはすでに「グレイハウンド」は乗ったことがあったが「メガバス」は初体験であった。
フィラデルフィアからワシントンDC まで利用したアムトラックは39ドルであった。そして,今回ワシントンDCからフィラデルフィアに行くメガバスは2階の最前列という最も高価な席でも10ドル,そこに手数料を加えて私が支払ったのは12ドル75セントであった。わずか1,500円くらいでワシントンDCからフィラデルフィアまで行くことができるのである。240キロ,東京から浜松ほどの距離である。
アメリカのメガロポリス,つまり,ニューヨーク,ワシントンDC,ボストンなどを観光するには車は邪魔になるだけだから,都市間の移動にはバスを使い,市内観光には地下鉄などを利用するに限る。このとき,公共交通機関を利用して観光するのに便利なように,地下鉄の駅から徒歩圏内の場所に適当なホテルを見つけるのがポイントである。
しかし,アメリカの東海岸の夏は日本以上に蒸暑いから,夏休みに旅をするには覚悟がいる。
考えてみれば,私にとっては,35年前に生まれてはじめて何もわからずアメリカをひとり旅をしたときが最も旅のやり方としては優れていたようなのだ。
確かに今よりも大都市の治安は悪かったが,今ほどに観光客でごった返していなかったし,市内観光は歩くか公共交通機関を使い,都市間の移動にはグレイハウンドを利用したとても楽しい旅であった。若さは暑ささえ苦にしなかった。
思い出すのは,ニューヨークで宿泊した安ホテルから,朝,歩いて近くのレストランに行ってモーニングサービスのような食事をしたときのことだ。ビリージョエルのアメリカが,吉田ルイ子のアメリカがそこにはあった。ああ,懐かしき日々よ。
今考えると,たいして英語もできなかったのに,今回の旅以上にいろんなところに行き,様々な経験をしているのだ。若いというのは実に素晴らしい。そして,そうした旅をしたことが生涯の思い出となる。若い時間を決して無駄に使ってはいけない,としみじみ思う理由である。
メガバスの乗り心地は,日本の高速バスとほとんど変わらなかった,というよりも日本のバスよりも広く快適であった。
私は,2階の最前列の席に座ったからずっと景色を見ることにしていた。このバスは無料のWifiが通じてはいるがさほど入りがよくないらしい。しかし,私はこの貴重な時間をネットサーフィンをするような無駄をして過ごす気はまったくなかった。
バスはユニオンステーションを出て,そのままインターステイツ95を目指してワシントンDCのダウンタウンを走っていった。
写真にあるように,私の乗ったバスの前にボルトバスが走っていた。それと進路を別にすると,その前にもう1台のメガバスが別の目的地に向かって走っていて,ジャンクションで分かれていった。
私の乗ったバスはインターステイツ95に乗ってフィラデルフィアを目指して進んでいく。この道はすでに私が数日前に車で走ったところである。それにしても… と前回走ったときに思ったのは,このインターステイツの道路標示が変だったことである。アメリカでは茶色地の標示は観光地を示すものなのである。道路標示なら緑色地でなければならないのだ。
今回,座席から見ても,ここの標示は確かに茶色地であった。どうやら,このインターステイツ95の走っているところは国立公園のなかであって,管轄が国立公園局のようで… あった。
そうこうするうちに,バスはボルチモアの行政区域に入った。さらに走っていくと道路は有料道路になった。私は有料道路を走るのは避けたので,この道路は走っていない。バスはこのまま有料道路を通ってインターステイツを一旦降りて,ボルチモアのダウンタウンに向かうのかと思った。このあたり,窓から外を見ても,インターステイツにもパトカーが数台停まってなにやら取り調べをしているし,物騒なところだった。
実は,私はバスがボルチモアのダウンタウンを走るのを密かに期待していた。ダウンタウンの疲弊した景色が見たかったからだ。しかし,バスはインターステイツを降りずそのままボルチモアを通過してしまい,それからもずいぶんと走って,ボルチモア郊外のモールの駐車場に停まった。
メガバスのボルチモアの停留所は意外な場所にあった。後で調べると,そこは,
White Marsh Mall Opp Red Lobster
- 8092 Honeygo Blvd Baltimore MD Bus Station -
というところであった。ダウンタウンからは20マイルも離れていて,こんな場所で降りても車がなければボルチモアのダウンタウンには行くことができない。
この停留所で数人の乗客が下車した。どうやら家族がここまで迎えに来ているようで,モールの駐車場に停めていた車に乗って帰っていくのが見えた。メガバスの停留所は都会によってはこういう郊外の不便なところにあるあるから利用する際は注意が必要,とガイドブックに書かれてあったのを思い出した。
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2016夏アメリカ旅行記-アムトラックでワシントンDCへ④
●アムトラックから見たボルチモアもまた●
アムトラックは定刻よりもどれだけ遅れるだろうかという私の心配をよそに,時間どおりフィラデルフィアを出発して順調に走っていった。
窓の位置が高いこととガラスが汚くて見晴らしがあまりよくないことを除けば,日本の私鉄とそう変わらなかった。ただし,日本の新幹線は別格で,あれほど清潔で快適な乗り物は他にはないであろう。アムトラックを新幹線と比べてはいけない。
私が乗ったアムトラックがフィラデルフィアを出発したのは午前9時35分でワシントンDC到着予定時間は午前11時37分,およそ2時間の旅である。距離としては140マイル,つまり約225キロメートルなので,アムトラックの時速は100キロ強というところか。
アムトラックはやがてサスクエハナ川(Susquehanna River)を渡り,ボルチモアにさしかかった。この時点でもまだ,私には「ボルチモア=危険なところ」という印象しかなかったが,その根拠は,私のアメリカ人の友人たちが口をそろえて危ない危ないと言っていたことと,実際に私が行ったボルチモアのダウンタウンの雰囲気があまりにも悪かったこと,これだけであった。
アムトラックが到着するのはボルチモアの北側にあるペンシルバニア駅(Pennsylvania Station)であった。この駅からダウンタウンに行くにはライトレール(Light Rail)という市電に乗ることになる「らしい」のだが,私は乗っていないのでわからない。
しかし,今これを書きながら思うのだが,この旅で私のボルチモア滞在は半日と1泊でしかない。もっと他に行きたいところが多かったからである。しかし,2日くらいはボルチモアに滞在して,もっと時間をかけて,本当のボルチモアを実際に見て歩き知る必要があったかもしれない。
いずれにしても,アムトラックがボルチモアのペンシルバニア駅に近づくにつれて,線路にかかる道路の陸橋は落書きだらけになってきたし,車内から見える駅の近くのビルも,古いレンガ造りのものやら破壊されたものやら落書きばかりのものになってきた。
これを見ても,やはりこの街は友人たちがいうように本当に危険なところに違いがないのであろう。
アムトラックはボルチモアのペンシルバニア駅に到着した。ホームにはほとんど人がおらず,日本のローカル線のホールのようであった。若干の乗客が私の乗っていた列車から降りていった。
やがて,アムトラックは出発した。次に停車するのは終点ワシントンDCである。
ワシントンDCとボルチモアの間は非常に近く,わずか40マイル,つまり64キロメートルだから,東京から鎌倉ほどであろうか。
ワシントンDCとボルチモアの間は,アムトラックのほかに「マーク」(Marc)という名前の通勤列車の Penn Line 線が走っていて,マークはボルチモアではペンシルバニア駅ではなく,ボルチモア・オリオールズのホームグランドであるカムデンヤーズに隣接する場所にあるカムデン駅に到着する。つまり,ワシントンDCに住んでいるのなら,マークを利用すれば1時間もかからずボルチモアに行ってメジャーリーグを楽しんで当日帰ることができるわけだ。東京都民が西武ライオンズを見にいくようなものである。