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●この美術館の見物はデュシャン●
 フィラデルフィア美術館が所蔵する作品は30万点を誇るが,なんといってもここの見物はデュシャンのコレクションである。
 マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)はフランス生まれの美術家で,20世紀美術に決定的な影響を残した。デュシャンは画家として出発したが油彩画の制作は1910年代前半に放棄した。また,チェスの名手としても知られた。第一次世界大戦中の1915年に渡米しニューヨークにアトリエを構えたが,1919年に一旦フランスへ帰国し,それ以後はアメリカとフランスを行き来しつつ,おもにアメリカで活動した。
 アメリカにはルイーズ&ウォルター・アレンズバーグ(Louise&Walter Conrad Arensberg)夫妻というデュシャンのパトロンとなる人物がいたので,デュシャンの主要作品のほとんどがアレンスバーグ夫妻のコレクションとなり,フィラデルフィア美術館に寄贈されて一括展示されている。
 デュシャンは晩年アメリカに帰化した。

 デュシャンはニューヨーク・ダダの中心的人物と見なされ,20世紀の美術に最も影響を与えた作家のひとりと言われる。
 ダダとはダダイズム(Dadaïsme)のことで,1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動である。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており,既成の秩序や常識に対する否定,攻撃,破壊といった思想を大きな特徴とする。
 デュシャンは現代美術の先駆けとも見なされる作品を手がけたが,他の画家たちと異なるのは,30歳代半ば以降の後半生にはほとんど作品らしい作品を残していないことである。没したのは1968年だが「絵画」らしい作品を描いていたのは1912年頃までで,以降は油絵を放棄し,そののちは「レディ・メイド」と称する既製品(または既製品に少し手を加えたもの)による作品を散発的に発表した。

 ここでは,そんなデュシャンの作品から代表作2点を紹介しよう。
 ひとつめは「階段を降りる裸体 No2」(Nude Descending a Staircase No.2)である。
 降りるということから連続性によって落下をイメージさせているという。階段は室内にあリ,裸体は非文明でもなく犯罪にも遠い。無機的な情感を排除したこの作品は,あたかも散乱した板状の物を寄せ集めたような裸体,物理的にも精神的にも条件を外した無為は裸体の意味を剥奪しており,性的興奮はもとより骨肉という人間の条件をことごとく打ち消しているように,現存を否定し,鑑賞者を寄せ付けない。
 作品と鑑賞者に生じる亀裂の空間こそが作品の主眼であろうか。

 ふたつめは有名な「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」(The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even)である。通称「大ガラス」」(The Large Glass)という。
 この作品はデュシャンが1915年から1923年にかけて制作し,8年間の歳月がかけられたが未完成のまま放棄された。
 作品は縦2.7メートル,横1.7メートルを超える2枚のガラス板に機械のような金属が並べられている。「花嫁と独身者という理性に対立する感情的なエロティシズム,周囲の空間と混ざりあう透明なガラス,偶然に出来た塵やひび割れ,メモなど外部の現実や言葉の侵入を受け入れ成立しているのだという。