9月。NHK交響楽団の定期公演が帰ってきました。今シーズン最初の,2023年9月9日の第1989回 Aプログラムを聴きました。コンサートマスターは篠崎史紀さんで,これがいいんだなあ。引き締まります。指揮は首席指揮者の ファビオ・ルイージさんで,今回の曲目は,私が苦手とするリヒャルト・シュトラウスの3つの作品でした。
ここで,私が以前書いた「リヒャルト・シュトラウスのよさとは」を再び載せます。
・・・・・・
ヨーロッパのクラシック音楽が華やかなりしころの終焉と幕引き,それを感じつつ,最高傑作「ばらの騎士」を聴き,その勢いで,交響詩を鑑賞して,そのチャラさに理解を示し,オーケストラの鳴り響くさまから,演奏家の自己満足を同化しつつ,結局は,「最後の4つの歌」で,人間の不条理さを救いに転じる。
・・・・・・
要するに,リヒャルト・シュトラウスを味わうというのは,リヒャルト・シュトラウスのチャラさを理解する,ということになるわけです。NHK交響楽団の演奏がチャラいというわけではありませんよ!
それはそれでいいのですが,私がクラシック音楽を聴くときに求める,こころに染みる,という感じはまったく味わえません。
さて,今回の定期公演,まずは,交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(Till Eulenspiegels lustige Streiche)からはじまりました。この曲のチャラさは,ディズニーの映画音楽みたいなもの,ということだと私は思います。1895年に作曲されたこの曲で,主人公ティル・オイレンシュピーゲルをホルンで描くのは,リヒャルト・シュトラウスの父へのオマージュだそうで,反権威主義的な,乾いた挑発の哄笑と独創性がその底に沈んいます。
「むかしむかしティル・オイレンシュピーゲルは…」ではじまり,リヒャルト・シュトラウスのさまざまな作品同様に,何がメロディーかもわからないロンド形式の堂々巡りを繰り返し,最後にティル・オイレンシュピーゲルが悲鳴を上げて処刑にされるような音楽が終わると,すべてをあざ笑うかのように,再び「むかしむかし」のテーマが繰り返される,というだけのものです。
2曲目は「ブルレスケ」(Burleske)で,この曲ははじめて聴きました。
「ブルレスケ」というのは下品な笑劇のことで,リヒャルト・シュトラウスが作曲した2曲の左手のためのピアノ協奏曲「家庭交響曲余禄」(Parergon zur Symphonia Domestica),「パンアテネ神の大祭」(Symphonische Etuden in Form einer Passacaglia)と並ぶピアノ独奏とオーケストラのための作品だそうです。ピアノは1982年生まれのマルティン・ヘルムヒェン(Martin Helmchen)さんでした。
冒頭の4台のティンパニによるソロは子気味よく,かつ,挑発的で結構楽しめましたが,これもまた,それだけのことでした。解説では,ブラームスのピアノ協奏曲の影響が濃厚,という話ですが,私には,まったくそうは思えません。しいていえば,ブラームスのピアノ協奏曲第2番のチェロとピアノの掛け合いみたいなものを連想しますが,ブラームスのほうがずっといいです。いずれにしても,リヒャルト・シュトラウスがピアノ協奏曲を作るとこうなる,ということでしょう。それにしても,アンコールのシューベルトの「即興の時」のほうがこころに染みるのだから,困ったものです。
最後が,交響的幻想曲「イタリアから」でした。
当時のヨーロッパの上流家庭では,20歳くらいになると息子に見聞を広めるため,イタリア長期旅行をさせる習慣があって,リヒャルト・シュトラウスもそれに習ったそうで,ローマとナポリを中心に名所旧跡を見て回り,鮮烈な印象を受けて,帰国後に完成させたのがこの作品ということでした。
第1楽章は「エステ荘から眺めた灼熱の太陽に燃えるローマのカンパーニャ」を描いたもので,ドイツ的なものへの訣別とラテン的なものへの志,第2楽章はソナタ形式で意外なほど古典主義的な音楽でメンデルスゾーンのよう,と解説にありましたが,メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」のほうがずっといいです。第3楽章は「風にそよぐ葉、鳥の歌、自然のひそやかな声、海の遠い波、岸辺に届く寂しい歌」を描いたもの,だそうですが,これもまた,何がメロディーかもわからない堂々巡り。まあ,別に,という感じです。
極め付きは第4楽章です。リヒャルト・シュトラウスは,ナポリ民謡だと思い込んでいた「フニクリ・フニクラ」をパラフレーズしたものということで,フィナーレでこうした俗謡を引用すること自体,ロマン派の真面目くさった交響曲伝統への嘲笑であって,まさにチャラさ絶好調のようでした。
リヒャルト・シュトラウスには家庭交響曲とかアルプス交響曲という名前の交響曲らしきものがありますが,それらもまた,実体は交響詩であって,この曲こそが,リヒャルト・シュトラウスの交響曲でしょう。
ということで,今回の定期公演は,だれでも知っている交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」で客寄せをしておいて,そのあとに,チャラさ絶好調のリヒャルト・シュトラウスなりに作曲したピアノ協奏曲と交響曲を,まあ,一度は聴いてみてごらん,というものだったと私は理解しました。
演奏者にとれば,多くの団員が参加できて,しかも,思い切り演奏できるリヒャルト・シュトラウスは,久しぶりの定期公演の肩慣らしにちょうどいいのかもしれません。それにしても,観客の方は,私の座っていた2階席のうしろのあたりはガラガラでしたけれど。
さて,来月は,待ちに待った巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットさんのブルックナー。きっと満員でしょう。お元気で来日されますように!
◇◇◇
◆◆◆
「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは




















