しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:京響定期演奏会を聴く

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【Summary】
At the Kyoto Symphony Orchestra’s February subscription concert, Schubert’s “Tragic” Symphony sounded unexpectedly bright and refined, contrasted with the raw, expansive first version of Bruckner’s Third. Its long slow movement, rugged scherzo, and dramatic pauses proved challenging yet compelling, reaffirming the unique power of Bruckner’s symphonic world.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会。
 1曲目はシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)。シューベルトにかかると,悲劇的も悲劇的にならず,明るくなってしまう。これが救いです。要するに,あか抜けているのです。2曲目は,それに対比するように,ブルックナーの交響曲第3番。特に第1稿(初稿)。これほどあか抜けていない曲はあるのだろうか。よくいえば素朴。
 ということで,この2曲を並べたのが妙でした。

 ブルックナーの交響曲第3番,第1稿は,第1楽章はともかく,長く,それも通常の長さでない第2楽章。これが退屈でないのがすごいわけですが,このごろやっと,ブルックナーがよくわからない,という人の気持ちがわかるようになりました。あの,行ったり来たり,煮え切らない時間は,そりゃ,そのよさがわかるのは,というか,受け入れることができるのは,並大抵のことではないのかもしれません。悪くいえば,長いだけで中身のないモテない男の話みたいです。私は,第3番に限らず,ブルックナーのほどんどの交響曲に共通するこの緩徐楽章のすばらしさこそがその魅力だと思うのですが。
 そして,第3番の第1稿がさらに魅力的なのは,第3楽章です。ブルックナーの交響曲は,スケルツォが独特で個性的ですが,第1稿と第3稿違いは,劇的な構成の短縮とコーダにおけるブルックナによる41小節におよぶ追記の採用の有無です。第1稿は長大で精緻,それに対して,第3稿では簡潔かつ効果的に改訂されました。そこで,第1稿は,初期の生々しいブルックナーの音響が残されていて,より荒々しいスケルツォの雰囲気をもっているわけです。
 また,特筆すべきは第4楽章のこれでもかこれでもかとやってくる休符。これがブルックナー休符といわれるものですが,この休符はうまく演奏すれば非常にこころに残るし,下手をすれば,めちゃくちゃになってしまうわけで,おそらく,演奏者にとっては正念場でしょう。今回はとてもよかった。
 この第3番は,根底にあるのがワーグナー。そこで,ワーグナー交響曲とよばれる所以ですが,ワーグナーのメロディが時折ひょっこりと顔をだす,それもまた,聴きどころです。

 今回の演奏会に限らず,どの演奏会でも,ブルックナーの交響曲となると,それを好む人が一定数いて,会場にやってくる。そこで,曲が終わると独特なムードになります。今回もそうでした。
 京響の定期演奏会の観客はおとなしいのですが,今回はやたらと「ブラボー」がかかりました。 
 私は,久しぶりにブルックナーの交響曲を聴いて,やはりいいなあ,と思いました。京都市交響楽団の定期演奏会では,今年は10月の第716回で第6番が演奏されます。私の大好きな第6番。これもまた楽しみです。
 なお,下記の写真は,ウィーンにあるシューベルトが実際に使用した眼鏡です。

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【Summary】
The February 2026 Kyoto Symphony concert, conducted by Jan Willem de Vriend, paired Schubert’s youthful, dramatic Symphony No. 4 with Bruckner’s rarely heard Third Symphony in its original 1873 version. The performance highlighted contrasts between lyric intensity and raw, expansive writing, emphasizing silence as a vital musical element.

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 京都市交響楽団の2月定期演奏会を聴きました。
 2026年2月13日に行われたこのコンサートは,指揮が首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーントさんで,曲目がシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragische)とブルックナーの交響曲第3番第1稿(初稿)でした。
 シューベルトとブルックナー,いつものように,なかなか魅力的な組み合わせです。
 京都市交響楽団のXに
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 今回は初稿を演奏しますが,マエストロはこの曲で 「「静寂」を音楽として響かせたい」と語っていました。「信じられないほど多くの休止が打たれていて,こんなにも「静寂」がある交響曲を他に知りません。今回の演奏で,この大胆さ,力強さ,そして静寂を,音楽として響かせることができたらと願っています。
  ・・・・・・
とありました。

 1816年,シューベルトが19歳のときに書かれた交響曲第4番は,シューベルトの交響曲の中では珍しい短調(ハ短調)の作品で,ベートーヴェンの影響を感じさせつつもシューベルトらしい旋律美と和声の豊かさが光ります。
 深い静けさと緊張感をたたえ「悲劇的」な雰囲気をもつ第1楽章の導入部から一気にエネルギッシュな主部へと展開しくので,若きシューベルトの情熱と構成力が感じられ,少し影のある美しさが魅力的な曲です。
 ブルックナーの交響曲第3番は第1稿ということです。私は,かつて,NHK交響楽団の定期公演で,ブロムシュテッドさんが指揮をしたものを聴いたことがありますが,ほとんど演奏されません。
 そもそも,ブルックナーの交響曲は,オーストリアの田舎者が書いた素朴で洗練されていない交響曲と揶揄されますが,だからこそ,多くの人がやんのやんのとケチをつけるので,改訂を経るうちに,それでも,なんとか都会らしさを身につけていきました。そこで,改訂されていないものは,その泥臭さがふんだんに残っています。
 ここで何度も書いているように,私は,交響曲第8番の第1稿を聴いたとき,聴きどころになると変なメロディが出てきて邪魔をし,突然おかしなことになり,こりゃないぜ,と思いました。それは,おそらく,聴きなれた第8番だったので,それと違うものに戸惑いがあったということでしょう。しかし,ほとんど聴くことのない第3番は,そうした先入観がないだけ,第1稿に新鮮さを感じます。
 ということで,1873年に書かれ,後年の改訂版に比べて自由で荒削り。ワーグナー的な響きや長大な構成が残っている「そのままのブルックナー」を感じさせる,なが~い第3番の第1稿を「「静寂」を音楽として響かせたい」と願うマエストロですが,それは,音の間や余白にまで神経を感じるものに違いないものになる,と期待したのでした。

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【Summary】
Kyoto Symphony Orchestra’s concert featured returning conductor Junichi Hirokami, pianist Kenji Miura, and a finely curated American program. Bernstein’s Slava!, Bartók’s luminous Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3 offered freshness, vitality, and discovery, reaffirming the orchestra’s consistently stimulating programming.

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 京都市交響楽団の定期演奏会は,私が今,最も楽しみにしているもののひとつです。
 今回の指揮者は広上淳一さん。2008年4月から2022年3月まで京都市交響楽団の常任指揮者だったこともあって,里帰りという感じでした。若いころに比べて,角が取れたというか,好々爺のような感じになって,今は,日本のクラシック音楽界の盛り立て役のような役割です。とはいえ,調べてみると,私より若い!
 バルトークのピアノ協奏曲第3番を弾いたのは,現在,ベルリンを拠点に活動している32歳の三浦賢司さん。演奏の特徴は詩的な感性と構築的な明晰さの融合にあるということです。
 また,コンサートマスターは,石田泰尚さんでした。

 1曲目,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲)は,クラシック音楽というより,ミュージカルの序曲のようでした。明るくて楽しくてよかったです。
 2曲目,バルトークのピアノ協奏曲 第3番は,バルトークが晩年に書いたものですが,明るく澄んだ響きと自然への憧れが感じられる救いの曲でした。特に,第2楽章は静謐な祈りのような音楽で,森の中の鳥のさえずりを思わせるパッセージも登場する,というものでした。また,終楽章は,生命力に満ちたエネルギーとともに,切なさを含んだ響きが交錯し,晩年のバルトークの心情を表現していました。
 私は,京都市交響楽団の定期演奏会でピアノ協奏曲をはじめて聴いたように思うのですが,座席が最前列,ということもあって,ピアノの音がとても大きく力強く聴こえて,不思議な体験ができました。
 アンコールは,ワイルド(Earl Wild)の「ガーシュインによる7つの超絶技巧練習曲」(Seven Virtuoso Etudes on Popular Songs by George Gershwin) より「No.4 Embraceable You」という掲示がありました。ガーシュウィンの名曲を,ワイルドが自ら編曲・演奏した超絶技巧ピアノ作品集の中の1曲だそうです。
 3曲目,コープランドの交響曲第3番はなかなかすばらしい曲でした。よく計算された構成で,しかも最後は盛り上がり,こういう曲はいいものです。

 ということで,毎回思うのですが,京都市交響楽団の定期演奏会はプログラム構成がすばらしいです。さまざまな曲を聴くことができるし,ソリストもいい。私は,もう何十年もクラシック音楽の演奏会に出かけているのですが,それでも,はじめての曲が次から次へと出てくるし,刺激的です。
 また,京都市交響楽団は,管楽器セクションがとりわけ上手なので,今回の曲でもそれが引き立ちました。
 さて,次回,第708回は,今回とはうって変わって,シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(Tragishe)とブルックナーの交響曲第3番第1稿。これもまた,私の大好きなドイツ音楽です。

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【Summary】
The Kyoto Symphony Orchestra presented an American-themed program with Bernstein’s Slava!, Bartók’s Piano Concerto No. 3, and Copland’s Symphony No. 3. The concert traced exile, humor, lyricism, and national spirit, revealing how American experience shaped diverse musical voices into a powerful, hopeful artistic statement.

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 2026年1月24日。京都市交響楽団第707回定期演奏会は指揮が広上淳一さん,ピアノ独奏が三浦謙司さんで,バーンスタインの「スラヴァ!」(政治的序曲),バルトークのピアノ協奏曲第3番,コープランドの交響曲第3番でした。
 いずれもアメリカに関わりのある曲ということで,この時期にアメリカンプログラム? というのも意外な感じでしたが,私はアメリカが好きなので,悪くないです。

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●バーンスタインの「スラヴァ!」(Slava!)
 バーンスタイン(Leonard Bernstein)が1977年に作曲した吹奏楽曲。「スラヴァ」はロシア語で栄光あれという意味だそうで,バーンスタインの友人でソビエト出身のチェリスト,ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich=愛称・スラヴァ)がワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督に就任したときのお祝いとして作られたものです。
 バーンスタインらしいジャズっぽいリズム,皮肉っぽいユーモア。途中でラジオのチャンネルを切り替えるような効果音が入ったり,「スラヴァ!」と叫ぶ声が聞こえたり。いかにもバーンスタインという感じです。
  ・・
●バルトークのピアノ協奏曲第3番
 どうしてアメリカンプログラムでバルトーク(Bartók Béla)? と思ったのですが,ハンガリー出身のバルトークはナチス政権の台頭やハンガリーの政治状況に強い危機感を抱き,1940年に妻ディッタ(Pásztory Ditta)とともにアメリカに渡り,ニューヨークに移住したのでした。
 ピアノ協奏曲第3番は遺作ともいえる作品で,終楽章の最後の17小節は未完成で,弟子シェルイ(Serly Tibor)が補筆して完成させたもので,穏やかで透明感があるのが特徴です。
 深い感情とアメリカでの孤独や希望が溶け込み,魂がそっと語りかけてくるような曲です。
  ・・
●コープランドの交響曲第3番
 1944年から1946年に作曲され,第2次世界大戦の勝利を祝う,コープランド(Aaron Copland)の交響曲第3番は,「アメリカの魂」が音になったような広大で希望に満ちた交響曲で,終楽章に「市民のためのファンファーレ」(Fanfare for the Common Man)を組み込んでいます。
 アメリカ音楽の金字塔ともいわれ,開放的な和音,素朴な旋律,リズムの躍動感は,風に揺れるアメリカの大草原や広がる空が広がる,いかにもアメリカ,という音楽です。
  ・・・・・・

 「スラヴァ!」(政治的序曲)ははじめて聴きました。ピアノ協奏曲第3番は,時折,聴いたことがあるような,という旋律がありましたが,おそらくはじめてでした。交響曲第3番もはじめてでしたが,コープランドには,「アパラチアの春」(Appalachian Spring)という私の好きなすてきな曲があって,その面影が垣間見られました。
 感想は次回。

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【Summary】
On December 27, 2025, inspired by an excellent rehearsal, I attended Beethoven’s Ninth Symphony. The fast yet clear opening movements, a serene and sacred third movement, and a powerful finale under Nodoka Okisawa’s lucid direction created an unforgettable performance—deeply moving, and the finest Ninth I have ever heard.

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 2025年12月27日。
 リハーサルがすばらしかったので,大いに期待して本番の「第9」を聴きに行きました。前日のリハーサルでは第1楽章と第2楽章しか聴くことができなかったので,果たしてどんな第3楽章と第4楽章になるのだろう,ととても楽しみでした。
 開演前,京都コンサートホールの1階にある「前田珈琲 京都コンサートホール店」で野菜たっぷりカレーという昼食をとりましたが,いつも以上に混み合っていました。このように,「第9」の演奏会では,さまざまなことが,普段のコンサートとは違った雰囲気になります。それは,「第9」に限って聴きに来る観客も多いからでしょう。芸妓さんの姿があったのも京都らしいというか。

 やがて開演。ステージ上に現れた団員さんも「晴れの日」のムードが醸し出されているようで,身に着けていた衣装も一段とゴージャスだったように感じました。
 曲がはじまりました。
 第1楽章と第2楽章は,リハーサルどおり,いい意味で今どきの「第9」で,テンポが速く,とはいえ,速すぎることもなく,しかも,メリハリがあってすばらしいものでした。もう,今は,昔の「第9」,つまり,ゆっくり目のテンポで,重々しく,威厳のあるような演奏は,私には古臭く,受けつけません。
 前半のふたつの楽章が終わり,独唱者も出そろって第3楽章がはじまりました。
 私が思っていたよりもゆったりとした,かつ,神々しいものでした。それがまた,美しかったこと。第3楽章も,第1楽章,第2楽章と同じようにしてものすごいスピードで駆け抜ける演奏もあるのですが,それでは救いがありません。この交響曲は,まさにベートーヴェンの描きたかった「苦悩を乗り越えて歓喜へ」至らなければならないのです。そして,第4楽章で歓喜に到達するには,そのまえに澄みわたるような祈りの音楽が必要なのです。
 今回のコンサートマスターは会田莉凡さんでしたが,第3楽章では,会田莉凡さんのヴァイオリンの音色が引きたって聴こえました。これは,以前聞いた「英雄の生涯」のソロに共通するすてきなものでした。

 第3楽章が終わり,そのままアタッカーのようにして第4楽章に入りました。こうでなければなりません。第3楽章の祈りのあと,奈落に落ちるような,雷を打つような,そんなはじまりが必要なのです。また,この部分のテンポがよかった。
 それにしても,この曲を指揮するのはたいへんだなあ,と思いました。オーケストラは制御できても,ソリストや合唱の人たちはそう簡単にはいかないからです。しかし,沖澤のどかさんの指揮は,聴いている私でも,何を表現したいのかが明確にわかるから,演奏している人たちは,もっとよく理解できると思いました。そうした積み重ねが最後まで持続して,すばらしい演奏になりました。このような「第9」なら,演奏していてとても楽しいだろうな,と嫉妬しました。とりわけ,各楽章の最後の終わり方がよかった。 
 今回,改めて,ベートーヴェンは,何とすごい交響曲をつくったものか,と思いました。こうしたものが存在し,今も演奏が聴けるということに感謝しました。
 私がこれまで聴いた中でも,最高の「第9」でした。
 泣けました。

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【Summary】
The 706th Kyoto Symphony Orchestra concert featured lively works by Rossini and Haydn, with Haydn’s “Bear” Symphony humorously shaped by Spinosi’s playful ending. A well-timed “bear” sound from the audience added surprise. Afterward, a JR Tokai–Kyokyo collaboration event with orchestra members offered enjoyable behind-the-scenes stories.

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 京都市交響楽団第706回定期演奏会。前半のロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」(L'italiana in Algeri)序曲とハイドンの交響曲第82番「熊」(L'Ours)は似た雰囲気の曲です。ロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」序曲は頻繁に演奏される曲です。ハイドンの交響曲第82番「熊」も,ときどき耳にします。楽しい曲です。
 ハイドンの交響曲第82番「熊」は,1786年に作曲された「パリ交響曲」6曲のうちの1曲です。当時のパリにコンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピック(Le Concert de la Loge Olympique)という大編成のオーケストラがあって,このオーケストラの依頼で作曲されました。タイトルの「熊」はハイドン自身がつけたものではなく,第4楽章の冒頭に登場する低音のうなり声のようなモチーフがまるで熊使いの音楽のように聞こえることから自然とそうよばれるようになったそうです。
 私は,ウィーンに行ったとき,ハイドンに関する史跡をずいぶん見て,さらに,ウィーン楽友協会で,パーヴォ・ヤルヴィさんが指揮をしたドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団でハイドンの交響曲を聴いて以来,ハイドンの交響曲を聴くたびにウィーンにいるような気持ちになって,満ち足ります。

 この曲もまた,指揮者ジャン・クリストフ・スピノジさんの味つけで,普段聴いているものとは違いました。特に,曲の最後,わざわざお客さんの拍手のフライングを誘発するような,そんな演出でした。これは,通常の演奏会で不快なるフライングとは全く異なるものでした。一体,いつ終わるのか,そう思うような繰り返しが何度も続き,とても愉快になりました。このときの様子は,探してみると,YouTubeにhr交響楽団(hr-Sinfonieorchester)を演奏したものがありました。まさに同じ感じだったので,これは,指揮者が意図したものでしょう。でも,今回は,それよりも最後の繰り返しが多かった。
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 「熊」の終楽章は,終わりそうで終わらない感じがします。この第4楽章「フィナーレ・ヴィヴァーチェ」は,ソナタ形式で書かれていて,前打音を伴う低音のモチーフがずっと続きます。まるで熊がのっしのっしと踊ってるみたいなリズムで,聴いてると「もう終わるかな?」と思った瞬間に,また元気よく再開します。ハイドンは,ユーモアの達人でもあって,聴き手の予想を裏切るのが得意でした。だから,「終わるぞ〜と思ったらまだだよ〜!」という音楽のいたずらを仕込んでるのかもしれません。
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と,当時のサロンで,貴族が,食事を楽しみながら音楽を適当に聴いていて,エッーと驚くさまが想像できます。だから,これはこれでいいのです。

 それにしても,曲が終わったところで,観客の誰かがクマの鳴き声を,それもまた,いいタイミングで発したのは,これはハプニングだったようです。日本中がクマの出没で慄いているときに,コンサート会場にまでクマが出没するとは…。この叫びはブーイングだったという噂も。

 この演奏会のあと,「音楽と珈琲と語らいのひととき」というJR東海×京都市交響楽団コラボ企画があって,参加しました。これは,前田珈琲京都コンサートホール店で行われたのですが,演奏を終えたばかりの団員さん,宅間斉さん,木下知子さん,黒川冬貴さん,藤本茉奈美さんの4人が出演されました。
 いろいろな裏話を聞くことができて,とても楽しい時間となりました。
 「京響」は最高です。大満足の演奏会でした。

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【Summary】
The Kyoto Symphony Orchestra’s 706th subscription concert featured Spinosi conducting Rossini, Haydn’s “Bear,” and Beethoven’s “Pastoral.” Spinosi’s background in Baroque music was highlighted. I appreciated the standard violin seating, recalling Ashkenazy’s memorable “Pastoral.” Berlin Philharmonic violinist Kotoha Machida served as concertmaster, praised the orchestra’s strong strings and excellent winds.

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 2025年11月29日に京都市交響楽団第706回定期演奏会を聴きました。
 指揮はジャン・クリストフ・スピノジ(Jean-Christophe Spinosi)さん,曲目はロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」(L'italiana in Algeri)序曲,ハイドンの交響曲第82番「熊」(L'Ours),ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」(Pastorale)でした。さわやかなとても快適なプログラムです。
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 ジャン・クリストフ・スピノジさんは,1964年生まれのフランス・コルシカ出身の指揮者・ヴァイオリニストです。1991年に自ら創設した「アンサンブル・マテウス」を率いて,特にバロック音楽,なかでもヴィヴァルディのオペラ解釈で国際的に高い評価を受けています。
 舞台演出にも積極的で,振付師や演出家とコラボしながら音楽と演劇を融合させた独創的なプロダクションを次々と生み出しています。
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ということですが,私はおそらくはじめてでした。楽しく,自由に,というのがモットーのようです。
 ところで,この日,東京では,東京芸術劇場で東京都交響楽団の定期演奏会があって,ここでも,メインプログラムがベートーヴェンの交響曲第6番「田園」だったようです。同じ曲目が同じ日,あるいは,数日後,というのはけっこうあります。
 めずらしい曲だと,楽譜の貸し借りをするために同じ曲が数日の感覚で並ぶということがあるようです。しかし,「田園」では楽譜を楽団がもっているからそういうことではなく,今回は偶然だと思うのですが,秋らしい曲,ということで,たまたまこのような選曲になったのでしょう。

 ということで,今回のメインプログラムである「田園」。大好きな曲のひとつです。
 以前,ウィーンに行ったとき,「田園」のモチーフとなった小川のほとりを歩いてみたことがあります。いい思い出です。こういう経験のもとで曲を聴くと,また,輝きます。
 私は,これまで,「田園」は何度も聴いているのですが,以前,NHK交響楽団で,アシュケナージさんが指揮をしたのが最も印象に残っています。というのは…
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 オーケストラの配置は,ステージに向かって左から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロが並び,その後にコントラバスというのが,現代の一般的な通常配置((Stokowski shift))とよばれるものです。この場合,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリンが隣同士なので,オクターブやユニゾンで音程を取りやすく,一体感のある響きが生まれるといわれます。また,第2ヴァイオリンとビオラがまとまっているため,内声のハーモニーも自然に溶けやすくなります。
 それに対して, 対向配置というものがあります。それは,古典派やロマン派の作曲家が想定していた配置のひとつで,ステージに向かって,左側に第1ヴァイオリン,次いで,ビオラ,右側に第2ヴァイオリン,次いで,チェロと並びます。これは,左右対称で音が広がるように聞こえ,弦楽器の掛け合いがはっきり感じられるということです。
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 こうした配置は,オーケストラによって決まっているというものではなく,指揮者によって決まるようですが,「田園」では,第1楽章の展開部で,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロという順に流れるように音階が続くところがあって,これが,対抗配置だと,音階が左から右へと飛びはねるので変なのです。アシュケナージさんが指揮をしたときは,通常配置(ストコフスキー・シフト)だったので,左から右へ流れるように奏でられて,とてもすてきでした。「田園」を対抗配置で演奏するなんて,私には理解できません。今回の京都市交響楽団は,当然のように,通常配置だったので,私は,ホッとしたというか,うれしくなりました。
 ところが,ジャン・クリストフ・スピノジさんの「田園」は,聴きなれたものとはずいぶんと違いました。テンポがある部分で非常にゆっくりとなったり,わずかな休符があったりと,おそらく,賛否両論だったことでしょう。団員さんも出るタイミングを合わせるのが大変そうでした。お客さんにも戸惑いがありました。しかし,NHK交響楽団の某指揮者のように,最初から最後までものすごいスピードで駆け抜けるだけなのとは全く違い,指揮者の主張がはっきり出たもの,と考えると,これはこれでありだと私は思いました。 

 なお,今回の演奏会では,コンサートマスターがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者である町田琴和さんが務めました。
 ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州のロイトリンゲンを拠点とするオーケストラであるロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団(Württembergische Philharmonie Reutlingen)のコンサートマスターを務めたのち,1997年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者として正式に加わったという経歴です。演奏は透明感があって芯のある音色が魅力ということです。現在,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がジャパンツアーを行っていることから来日しているので,それが縁で起用されたようです。
 「今回初めてご一緒させていただきますが,弦も層が厚くて,管も素晴らしくてびっくりしました」とのことでした。

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【Summary】
I was deeply moved by Shostakovich’s Symphony No.10, a work of human passion and liberation. Listening close to the stage, I learned much from the performers’ presence. I now look forward to Symphony No.15.

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 演奏会も後半です。
 私は,ショスタコービッチの交響曲は,第2番,第3番,第11番,第12番はおそらく演奏会で聴いたことがないと思いますが,それ以外は聴きました。難解な第13番,第14番も昨年聴くことができました。
 積極的に録音を聴くことはないのですが,なかなか魅力的です。聴くとこころが沸き立ちます。今回は第10番でした。

●ショスタコーヴィチの交響曲第10番
 1953年,ショスタコーヴィチ47歳のとき,スターリンの死後すぐに完成・初演されたもので,個人の解放,怒り,希望が凝縮された「嵐のあとに静かに広がる湖のような深さと力強さがある」と評される作品です。
 第1楽章は,静かな低弦の旋律からはじまり,抑圧された感情がじわじわと広がるような構成となっています。クラリネットが提示する主題は「素朴に」(semplice)と指示され,内省的で孤独な響きです。 終盤はピッコロのデュエットが透明感を添え,静かな回想のように幕を閉じます。
 第2楽章はスターリン体制への批判と回顧です。
 「音楽によるスターリンの肖像」といわれるほど激烈で,暴力的なスケルツォで,独裁の影が音になって襲いかかってくるような,激烈なテンポと荒々しい音響が特徴です。トリオなしで突き進む構成は暴力的な権力の象徴のようであり,最後の一音は「最大音量」(sffff)で,怒りと恐怖が爆発するようにおわります(楽譜1)。
 第3楽章は自己表現と解放です。
 陰気なワルツ風の冒頭にはじまり,DSCH音型(D-Es-C-H=ドミートリイ・ショスタコーヴィチのイニシャル=楽譜2)が頻出します。これは自画像的モチーフで,抑圧から解き放たれた自分自身の姿を描いているとされます。また,ホルンで奏される「E-A-E-D-A」の音型(楽譜3)は、教え子エリミーラ・ナジーロヴァの名前の暗号とされます。愛の象徴でもあり,マーラーの「大地の歌」の旋律と重なることで死の予兆とも結びついています。
 第4楽章は,愛と死,個人と体制の対話が交錯する,私的な楽章です。
 低弦の内省的な旋律からはじまり,軽やかで華やかなアレグロへと向かいます。DSCH音型が再登場し(楽譜4),自画像としてのショスタコーヴィチが音楽の中に立ち現れ,最後は勝利や解放を思わせる明るい終結で締めくくられます。

 ショスタコーヴィチは「この作品では人間的な感情と情熱を描きたかった」と語っていて,政治的な意味をぼかしながらも魂の叫びを音楽に込めています。曲は「あなたは、抑圧の中でどう生きる?」「愛と死が交差するとき何を信じる?」と,沈黙の中から問いかけ,深い水底からの声が聴く人のこころに波紋を広げていくのです。
 このごろ,各地の演奏会で,ショスタコービッチの交響曲がずいぶん取り上げられています。世界情勢の反映でしょうか?
 私は,京都市交響楽団の定期会員になって以来,前の席で聴くようになって,再発見したことがずいぶんとあります。生演奏を聴くなら,なるべくステージに近い席がいいと思うようになりました。それは,演奏者の姿がよく見えるからです。私のような,楽器を弾くことができない者にとっては,これがずいぶんとよい刺激になります。
 今回の演奏会も,予想以上でした。大変すばらしい時間になりました。
 さて,来年度,2027年2月には,私の好きな第15番が取り上げられるということなので,今から楽しみです。

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【Summary】
At the Kyoto Symphony Orchestra’s 705th Subscription Concert, conductor Pierre Dumoussaud and saxophonist Kohei Ueno performed Pierné’s Ramuntcho Overture, Tomasi’s Ballade, and Shostakovich’s Symphony No. 10. The program highlighted the vivid colors and emotional depth of French music, with Ueno’s expressive tone and Dumoussaud’s refined direction creating a brilliant, youthful atmosphere.

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 2025年10月11日,京都市交響楽団第705回定期演奏会を聴きました。今回は,指揮をピエール・デュムソー(Pierre Dumoussaud)さん, サクソフォンの独奏が上野耕平さんで,曲目は,ピエルネ(Gabriel Pierné)の「ラムンチョ」(Ramuntcho)序曲,トマジ(Henri Tomasi)のバラードーサクソフォンと管弦楽のためのー,そして,ショスタコーヴィチの交響曲第10番でした。
 前半は,これまで聴いたことがない,しかし,魅力的な曲,そして,後半は芯のある,なかなか凝ったプログラムです。

 ピエール・デュムソーさんは,1990年パリ生まれのフランスの指揮者なので,現在34歳という若手です。パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)で指揮を学び,2017年にワロニー王立劇場オペラ指揮者国際コンクールで最高位を獲得後,パリ・オペラ座にデビューし,2022年にフランスの音楽賞「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジーク」で新進指揮者賞を受賞したということです。
 上野耕平さんは,1992年生まれのサクソフォン奏者です。私は,NHKFMの「(かける)クラシック」という番組で知っていました。風と光が踊るような自由さと深みがある音楽と評され,クラシックをベースにしながら,映画音楽,タンゴ,童謡,現代作品まで幅広いジャンルを取り入れ,息の長いフレーズをたっぷり歌い上げる「歌心」が魅力で,速いパッセージも軽やかに,しかも力強く響かせるといいます。
 初秋にふさわしい若々しい組み合わせは,今回も,すばらしい時間をくれました。

●ピエルネの「ラムンチョ」序曲
 ピエルネは,1863年生まれのフランスの作曲家・指揮者・オルガニストで,印象主義とロマン派の間を流れるような音楽を紡いだ人物です。古典的な技法とパリの最先端の管弦楽法が融合した流麗な橋渡し的存在だそうです。
 「ラムンチョ」序曲1908年にパリのオデオン座で初演された劇付随音楽の冒頭を飾る,バスク地方の民俗的な色彩が詰まっている作品です。ピエール・ロティの小説「ラムンチョ」の舞台化のために書かれた音楽の一部で,後にふたつの組曲として再編されたうちの第1組曲の冒頭に位置しています。
  ・・・・・・
 バスクの球技であるぺロタの名手で密輸で生計をたてているラムンチョは幼馴染のグラシューズと婚約をしていたのですが,反対され,3年間の兵役から戻ると,グラシューズは修道院に。修道院長から神と恋人のどちらかを選択するように迫られ,その重圧に耐えかね息を引き取るのでした。
  ・・・・・・
 バスク音楽特有の8分の5拍子「ゾルツィコ」(zortziko)や,ファンダンゴなどの舞踊リズムが取り入れられているのが特徴で,タンバリンやピッコロなどの打楽器が活躍し,バスクの風景が音になって流れてくるような音楽です。終盤は,非公式バスク国歌「ゲルニカコ・アルボラ」(Gernikako Arbola=ゲルニカの樹)の旋律を使って爽快に締めくくられます。なお,ゲルニカ(Guernica)は,スペイン北部バスク地方のバスク文化の中心地だった小都市です。ゲルニカの樹は,バスクの自治を象徴する木で,昔はこの木の下でバスク議会が開かれていたそうです。
 風が山を越えて谷に響くような音楽,と評されますが,実際,聴きやすいすてきな音楽でした。

●トマジのバラードーサクソフォンと管弦楽のためのー
 トマジは1901年フランス・マルセイユ生まれの作曲家・指揮者で,地中海の光と風を音楽に変えた「メロディの詩人」といわれます。両親はコルシカ島出身で,バスクと同じく地域色の濃い文化に育まれました。旋律美を大切にした作風で,地中海の色彩やコルシカ島の民謡,戦争や人間の苦悩をテーマにした曲を作りました。
 1950年代に作曲されたバラード ―サクソフォンと管弦楽のためのーは,で,サクソフォンの詩的な魅力を存分に引き出す,水が光を受けて揺らめくような繊細で奥深いフランス近代音楽の作品です。8分の6拍子を基調にしながら,内包された4分の3拍子の感覚が交錯し,まるで波に揺れる木の葉のようなリズム感が生まれます。
 冒頭は静かで幻想的,霧の中を漂うような雰囲気からはじまり,徐々に情熱的で技巧的な展開へと移っていきます。中盤にはブルースの要素も感じられ,軽快になります。 演奏するには,ただ音を並べるのではなく,音楽の流れや感情の起伏をしっかりと掴む必要があって,音楽の「語り」をどう紡ぐかが鍵だそうですが,聴きごたえがある曲でした。
 アンコールはP・ボノー(Paul Bonneau)の「ワルツ形式によるカプリス」(Caprice en Forme de Valse)でした。この曲は,無伴奏アルト・サクソフォーンのために書かれたフランスらしいエスプリと遊び心に満ちた作品で,演奏者の表現力とテクニックが試される曲だそうです。

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【Summary】
At Kyoto Concert Hall, Kyoto Symphony Orchestra performed Rimsky-Korsakov’s Scheherazade with Yasuhisa Ishida’s solo violin shining as narrator, followed by Debussy’s Clair de lune as encore; afterward, members even played Brahms’s String Sextet at Café Montage—showing their remarkable stamina.

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 今回の2曲目はリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」(شهرزاد Šahrzād=都市に生まれた麗しき女性)でした。「シェエラザード」は「千夜一夜物語」の語り手として登場する女性です。
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 暴君シャフリヤール王の殺戮を止めるために,自ら王の妃となり,毎晩女性を娶っては翌朝に処刑していたシャフリヤール王の流れを断ち切るため,毎晩魅力的な物語を語り続ける,というお話です。
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 「シェエラザード」において,ヴァイオリンは,単なる楽器のひとつではなく,物語の語り手,つまり,シェエラザード自身を象徴する存在として,作品全体の核を担っています。
 独奏ヴァイオリンは,物語を語るシェエラザードの声を表現します。第1楽章の冒頭,王の威圧的な主題のあとに,ハープの伴奏に乗ってヴァイオリンが「むかしむかし…」と語りはじめるように登場します。そして,各楽章の冒頭や転換点で,ヴァイオリンがシェエラザードの主題を奏でることで,物語の流れをつなぎます。
 ヴァイオリン独奏はカデンツァ風の自由な表現が求められ,演奏者の表現力が試されます。高音域まで滑らかに上昇するフレーズや繊細なニュアンスが必要で,音程の狂いが目立ちやすいため,非常にプレッシャーのかかるパートでもあります。ヴァイオリンの音色は,繊細さ・情熱・神秘性を表現するのに最適で,ここでは,シェエラザードの知恵と優しさ,命をかけた語りの緊張感がヴァイオリンの旋律に込められています。
 とまあ,この曲は,ヴァイオリンの出来がすべて,だと私の友人のひとりが言っていましたが,そのヴァイオリンを担当するのが,石田泰尚さん,というのが,これまた,なんとまあ,すばらしいことでしょうか。

●リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」
 作曲者のニコライ・リムスキー・コルサコフは1844年に生まれ,1908に亡くなったロシアの作曲家で,華麗な管弦楽法と民族色豊かな作品で知られています。
 1888年に作られたリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」は,全4楽章からなる交響組曲で,「千夜一夜物語」(アラビアン・ナイト)を題材にしています。色彩豊かなオーケストレーションと幻想的な物語性で知られる傑作です。
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 第1楽章「海とシンドバッドの船」では,勇壮な王の主題と優美なシェエラザードの主題が交錯し,波や航海が描写されます。
 第2楽章「カランダール王子の物語」では,托鉢僧となった王子の悲哀と冒険を描きます。ファゴットやオーボエのソロが特徴的です。
 第3楽章「若い王子と王女」は, ロマンティックで優雅な旋律が展開される愛の物語です。
 第4楽章「バグダッドの祭り,海,船の難破」は,華やかな祭りの描写から,嵐と船の難破へとドラマティックに展開し,最後は静かに幕を閉じます。
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 私は,こういう交響詩的な作品の多くは,あまり好みませんが,「英雄の生涯」「幻想交響曲」とともに,この曲は別です。
 重々しく威圧的に奏でられるシャリアール王の主題,繊細で語りかけるようなシェエラザードの主題,そして,圧巻のクライマックスとなる嵐と難破の描写など,まるで音楽による絵巻物のようにこころに響き,夢の中にいるような気がしました。何とすばらしい時間だったことでしょうか。
 今回の演奏会のプログラムは,定期演奏会が2回,その後,全国ツアーで6回と,合計8回も演奏されるようです。そこで,京都市交響楽団の団員さんはフルキャストでした。ヴァイオリンでは,コンサートマスターが組長こと石田泰尚さん,りぼんちゃんこと会田莉凡さん,そして,泉原隆志さんが勢ぞろい,また,ヴィオラには店村眞積さん,チェロには山本裕康さんといったソロ首席奏者が並びました。感動的な2時間でした。
 さらに,アンコール曲として,ドビッシーのベルガマスク組曲から「月の光」が演奏されました。それがまた,きれいだったこと。

 演奏会が終わり,いつものように,お見送りがあったのですが,そこには,指揮者の沖澤のどかさんの姿もありました。
 それにしても,会田莉凡さんのXによると,この演奏会のあと,京都の「カフェ・モンタージュ」で,この演奏会に出演した会田莉凡さん,杉江洋子さん,金本洋子さん,山本裕康さん,一樂恒さんの5人に大阪フィルハーモニー交響楽団の一樂もるゆさんを加えた6人がブラームスの弦楽六重奏曲を演奏したのだとか。なんとまあ,タフな人たちなのでしょう。演奏家はすごいです。

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【Summary】
Louise Farrenc’s Symphony No. 3, long forgotten due to gender bias and historical context, revealed Beethoven-like strength and lyrical beauty—truly a rediscovered gem.

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 2025年9月20日,京都コンサートホールで,京都市交響楽団第704回定期演奏会を聴きました。
 指揮は沖澤のどかさん,曲目は,ルイーズ・ファランク(Louise Farrenc)の交響曲第3番とリムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」で,「シェエラザード」のヴァイオリンソロを石田泰尚さんが演奏しました。
 今回もまた,何とすばらしく粋なプログラムなのでしょう。毎回毎回,行くのがとても楽しみです。

●ルイーズ・ファランクの交響曲第3番
 ルイーズ・ファランク? 誰それ? という感じで,私の持っている「交響曲読本」にも「名曲大事典」にもその名はありませんでした。調べてみると
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 ルイーズ・ファランクは,1804年に生まれ,1875年に亡くなった,19世紀のフランス・ロマン派時代に活躍した作曲家・ピアニスト・教育者で,同時代にはメンデルスゾーン,シューマン,ショパン,リストなどがいます。
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ということでしたが,ルイーズ・ファランクが忘れられていた理由は,彼女の音楽的才能とは無関係な,社会的・文化的な要因が大きく関係しているそうです。
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 まずは,性別による偏見です。19世紀の音楽界は圧倒的に男性中心で,パリ音楽院で初の女性教授となるなど,当時としては異例の成功を収めましたが,女性作曲家の作品は体系的に記録・演奏される機会が少なく,死後は急速に忘れられていきました。
 次が,ジャンルの選択です。フランスでは,当時,オペラが主流で,交響曲や室内楽はあまり注目されていませんでした。ファランクは交響曲や室内楽を中心に作曲していたため,時代の流れと合わなかったという面がありました。
 そして,出版と演奏の機会の不足でした。彼女の作品は生前にある程度出版されましたが,死後は楽譜の流通が滞り,演奏機会が激減しました。特に,交響曲などの大規模作品は,楽譜が入手困難だったために演奏されることがほとんどなくなりました。
 最後に,家族の喪失と創作活動の停滞です。夫と娘を相次いで亡くしたことで,作曲活動をほぼ停止してしまいました。
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 ルイーズ・ファランクの作曲した交響曲は3曲ありますが,今回演奏された交響曲第3番は,1847年ごろに完成し,1849年に初演されたものだそうです。
 もちろん,私ははじめて聴きました。
 第1楽章と終楽章は,ベートーヴェンを彷彿とさせる緊張感と構築美があって,ドラマティック,また,優雅で抒情的な旋律が展開される第2楽章,スケルツォの躍動感が感じられる第3楽章というように,古典派の交響曲の模範のような構成になっているのですが,そこに,一味も二味もひねりや聴きどころが用意されていて,聴きやすく,かつ,深みのある曲でした。また,すっとこころに入ってきました。 
 どうして,こんなにもすばらしい曲が埋もれていたのでしょう? それがまた,どこから発掘されたのでしょうか?
 いずれにしても,1980年代以降,フェミニズム運動やマイナー・レーベルの台頭によって,女性作曲家の再評価が進み,ルイーズ・ファランクの作品も徐々に録音・出版されるようになりました。今回の指揮者が女性であることも幸いして,こうした曲に出会えたのは,幸運な限りです。
 ルイーズ・ファランクの音楽は,ベートーヴェンやメンデルスゾーンに匹敵する構成力と情感をもっていて,まさに「埋もれた宝石」といえるものでした。

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【Summary】
At Kyoto Symphony’s concert, Dvořák, Wieniawski, and Mozart’s Requiem were performed. The contrast between Mozart’s fragments and Süssmayr’s completion, especially from “Lacrimosa” onward with trombone parts, struck me deeply.

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 ドヴォルザークのロマンスヘ短調,ヴィエニャフスキのファウスト幻想曲,この2曲をHIMARIさんの演奏で聴くことができただけでも大満足だったのに,さらにモーツァルトのレクイエム,通称「モツレク」が演奏されるというのは,すごいサービスでした。
  ・・
●モーツァルトのレクイエム
 モーツァルトの遺作となったレクイエムは,大部分を作曲途中で残し,弟子であるジュスマイヤー(Franz Xaver Süssmayr)がそれを完成させました。
 よく知られているのは,第8曲(Ⅲ続唱(Sequentia)の第6曲)「涙の日」(Lacrimosa)の冒頭8小節までをモーツァルトが書き残し,弟子のジュスマイヤーが補筆完成させたということです。なお,自筆譜の「涙の日」の9小節目と10小節目もソプラノが書かれていますが,これは弟子のアイブラー(Joseph Leopold Eybler)による補筆です。
  ・・・・・・
[モーツァルトが完成させた部分①]
 第1曲「入祭唱」(Introitus)
 第2曲「キリエ」(Kyrie)
[モーツァルトが草稿を残した部分②]
 第3曲「怒りの日」(Dies irae)から第7曲「呪われた者」(Confutatis)までのメロディーラインと低音部
 第8曲「涙の日」の冒頭8小節
[ジュスマイヤーが補筆完成させた部分③]
 第3曲「怒りの日」から第7曲「呪われた者」,第8曲「涙の日」冒頭8小節までのオーケストレーション
 第8曲「涙の日」9小節以降と第9曲「奉献唱」(Offertorium)以降
  ・・・・・・

 さらに,レクイエムではトロンボーンの問題があります。
 トロンボーンは特定の箇所で「追加」または「補筆」されています。モーツァルト自身が完成させた部分はトロンボーンのパートが明確に書かれていない箇所もありますが,弟子のジュースマイヤーなどが補筆した部分にはトロンボーンのパートが含まれています。そのため,モーツァルト自身が書いた部分とジュースマイヤーが補筆した部分でトロンボーンのパートの有無が異なります。具体的には
  ・・・・・・
[モーツァルト自身が書いた部分①②]
 これらの部分に,トロンボーンのパートが明確に書かれていないところがあります。
[ジュースマイヤーが補筆した部分③]
 これらの部分にはトロンボーンのパートが含まれています。つまり,補筆された部分では非常に重要な役割を果たしています。
  ・・・・・・
 ということです。
 私は,トロンボーンが象徴的に演奏される第4曲(Ⅲ続唱(Sequentia)の第2曲)「奇しきラッパの響き」(Tuba mirum)が自筆譜にどう書かれていたのか気になっていました。で,やっと自筆譜を見つけ出しました。この曲では,自筆譜に,確かに,トロンボーンが明確に書かれていました。
 今回の演奏では,トロンボーン,とってもよかったです。京都市交響楽団は,本当に金管楽器が上手です。これで,「モツレク」がより引き立ちました。

 「モツレク」はこれまで何度も聴いていますが,これほどのめり込んで聴いたのは,今回がはじめてでした。そこで思ったのは,第9曲「奉献唱」以降,がらっと曲の雰囲気が変わる,ということでした。モーツアルトらしい憂いさがないというか…。このことも助けとなって,第8曲「涙の日」の冒頭8小節がより衝撃的に聴けます。そして,こころに染みます。泣けます。
 映画「アマデウス」でも,この部分が非常に象徴的に描かれていました。
 今回は,ソリストがオーケストラの左右の端に座り,歌うときだけステージの中央,指揮者の横に出てくる,という演出でした。ステージが狭いから,なのかもしれませんが,これが少し煩わしいと感じました。しかし,それはともかく,モーツアルトのレクイエムはすばらしい曲です。

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【Summary】
On Aug 30, 2025, at the Kyoto Symphony Orchestra concert, HIMARI impressed with both depth and virtuosity—lyricism in Dvořák and dazzling technique in Wieniawski, with a moving encore. I eagerly await her Sibelius with NHK Symphony.

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 2025年8月30日,京都市交響楽団第703回定期演奏会を聴きました。
 曲目は,ドヴォルザークのロマンスヘ短調,ヴィエニャフスキ(Henryk Wieniawski)のファウスト幻想曲,モーツァルトのレクイエム,指揮はヤン・ヴィレム・デ・フリーント(Jan Willem de Vriend)さん,ヴァイオリンの独奏はHIMARIさん,レクイエムの独唱は石橋栄実さん,中島郁子さん,山本康寛さん,平野和,合唱は京響コーラスでした。
 それにしても,このプログラムは何だ! と思いました。凄すぎます。
 毎回同じことを書いているようですが,京都市交響楽団の演奏会のプログラムは,とても魅力的です。ほとんど外出をしなかった暑すぎるこの夏でしたが,それを押して京都まで行くという気力わいたこの夏一番の楽しみでした。

●ドヴォルザークのロマンス
 ドヴォルザークがロマンスを作曲したのは,1879年,38歳でした。
 ヴァイオリンと管弦楽のための単一楽章作品で,元々弦楽四重奏曲第5番のアンダンテを基にしています。ドヴォルザークらしいとても美しく優美な旋律が12分ほどの演奏時間の中でソナタ形式で展開されます。
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●ヴィエニャフスキのファウスト幻想曲
 ロマン派の作曲家ヴィエニャフスキは,1835年にポーランド・ルブリンで生まれ1880年にモスクワで亡くなったのヴァイオリニスト兼作曲家です。超絶技巧とポーランドの民族音楽の要素を融合させた作品が特徴です。
 ファウストの主題による華麗なる幻想曲は,ヴァイオリン独奏とオーケストラの編成版があります。
 グノーのオペラ「ファウスト」からインスピレーションを得た作品で,オペラに登場する「花の歌」や「ワルツ」などの有名なメロディを巧みに組み合わせたものです。
 「ファウスト」は,ドイツの伝説に基づく,知識欲が深すぎて悪魔メフィストフェレスと契約を交わした人物です。ファウストは,現世の知識や快楽を得ますが,魂を代償に地獄に落ちる運命が待っています。
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[第1部]
 ファウストは知識欲の果てに絶望し,メフィストフェレスと契約を結び,現世の快楽を追求します。 素朴な娘グレートヒェンと恋をしますが,家族の破壊,罪悪感をめぐるドラマが展開されることになります。
[第2部]
 メフィストの助けで再生を図り,絶世の美女ヘレネーとの恋が描かれます。 国の戦勝や大事業に乗り出しますが,最後には盲目になり夢を追い求めながら死を迎えます。
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 この2曲をヴァイオリンで演奏するのがHIMARIさんでした。HIMARIさんは,2歳半でヴァイオリンをはじめ,15歳でプロデビューて以来,国内外の複数のコンクールで優勝し,アジア人最年少としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とも共演したりと,世界的に活躍しているということで,期待しました。
 ドヴォルザークのロマンスでは,暖かくロマチックな音楽が奏でられました。低音は深く,高音はぶれず,リズムは安定し,大したもんだ,と思いました。
 それに対して,ヴィエニャフスキのファウスト幻想曲は超絶技法が求められる曲でしたが,楽々と弾きこなしているように見えました。どうして,14歳でこれだけの技術があるんだろう,と感動しました。
 この2曲は,HIMARIさんの「この若さで深い音楽的表現と技巧的な完成度が融合している」といわれている,その特徴が如実に表されたすばらしいプログラムでした。
 終了後,拍手が鳴りやまず,やっとアンコール曲イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ第6番が演奏されたのですが,これがまたすごかった。人のこころを打つ演奏でした。
 次に私がHOMARIさんを聴くのは,2026年6月19日,NHK交響楽団の定期公演,シベリウスのヴァイオリン協奏曲ですが,今回とはまったく性格の異なる曲なので,楽しみがより増しました。1年後の次回は,果たしてどんな演奏になるのでしょうか。

IMG_7934IMG_7935京響第703回(8月)定期_page-0001


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【Summary】
I attended a superb concert by the Kyoto Symphony Orchestra featuring Mahler’s Symphony No. 5. The performance, especially the winds and brass, was outstanding under Ken Takaseki’s detailed direction. I was deeply moved and also had the chance to speak with the timpanist afterward.

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●マーラーの交響曲第5番
 マーラーの交響曲第5番の第4楽章アダージェットは,映画「ベニスに死す」で使われたことで,あまりに有名です。
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 1971年に公開されたルキノ・ヴィスコンティ監督による映画「ベニスに死す」は,トーマス・マンの小説を原作に,美少年への魅了と人生の葛藤を描いた作品です。
 老作曲家がベニスを訪れ,究極の「美」を象徴する少年タジオに出会い,強く惹かれていくという物語で,マーラーの交響曲第5番アダージェットが全編で使われていて印象的です。
 主人公は,病と死と向き合いながらも少年の姿を追い求め続けるのです。そして,ベニスの美しい風景や哲学的テーマが物語を彩っている作品です。
  ・・・・・・
 私は,映画自体は,その魅力がよくわかりませんでしたが,音楽はこころに残りました。
 しかし,その印象が強すぎて,交響曲全体のよさがわかっているとは言い難いものでした。

 2025年2月15日に豊田市コンサートホールで,ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団(Gürzenich-Orchester Köln)の演奏会で,サカリ・オラモ(Sakari Markus Oramo)さんの指揮で聴いたときに,全曲を通して,はじめていいなあと思いました。そこで,今回も期待しました。
 実際は,そのときより,さらにすばらしいものでした。
 指揮の高関健さんが,この曲の演奏に念入りな準備を重ねてきたことがとてもよくわかりました。ステージのオーケストラをいつもより下がらせて,前方向かって左側にハープ2台を設置し,また,第3楽章では,ソロ的に扱われるホルンを協奏曲のように指揮者の隣で演奏するように演出されていました。それにしても,この曲は,管楽器の出来次第のところがあるのですが,京都市交響楽団は金管,木管とも,管楽器がとてもすばらしいです。すごく感動しました。

 演奏終了後,お見送りがあって,ティンパニを演奏した中山航介さんとお話をすることができました。京都市交響楽団は,団員さんと観客の距離が精神的にも物理的にも近いです。今回もまた,最高の演奏会でした。


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【Summary】
On July 19, 2025, I attended the Kyoto Symphony Orchestra's concert featuring Kagel’s unique timpani concerto with soloist Kosuke Nakayama and Mahler’s Symphony No. 5. The theatrical, avant-garde piece drew many new listeners and ended with a bold, unforgettable finale.

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 2025年7月19日,京都市交響楽団第702回定期演奏会を聴きました。
 指揮は高関健さんで,曲目は京都市交響楽団首席打楽器奏者の中山航介さんティンパニを独奏するとマーラーの交響曲第5番,コンサートマスターはわれらが石田泰尚さんでした。

●カーゲルのティンパニとオーケストラのための協奏曲
  ・・・・・・
 マウリシオ・カーゲル(Mauricio Raúl Kagel)は1931年にブエノスアイレスで生まれ,20代でドイツに移り住み生涯をそこで過ごし,2008年に亡くなったアルゼンチン出身の前衛的作曲家だそうです。
 カーゲルの作品は非常に独特で想像力豊かな劇的な要素が込められていて,映画や舞台の影響を受けた「総合芸術」を提唱し,ベートーヴェンの作品を引用して構成された「ルートヴィヒ・ヴァン」など異色の作品を多数残しているようです。
 カーゲルの作品はいつも一味違い,その大胆なアイデアが音楽の世界に新しい波を作り出しているということです。今回取り上げられたティンパニとオーケストラのための協奏曲は,伝統的な音楽形式を超越し,フォーマンス要素を取り入れるなどといった多彩な方向性を持っています。
 この曲は,最後に演奏者がティンパニの中に体を投げ込むというユニークな仕掛けがあって,いろいろなところで取り上げられています。
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 ということで,話題となっているようで,若い人や,普段はクラシック音楽を生で聴く機会のない人が大勢いました。
 曲は4部構成からなっていて,それぞれ,ティンパニとオーケストラの合奏,ティンパニのみによるカデンツァが交互に現れます。ティンパニのみによるカデンツァが特に興味深く,ワイヤーブラシでたたく,メガフォンを持ってティンパニに向かって大声で歌う,といったことが楽譜にあって,これを演奏するのは,かなり大変そうでした。そして,最後が極めつけ。クレッシェンドでffffまで音が大きくなったあと,fffffの最後の音で,奏者がティンパニに上半身を突っ込む,というのが終わり,というか,オチです。
 かなり期待しましたが,最後の瞬間,ステージ上の団員さんたちにも大うけでした。そして,割れんばかりの拍手が起きました。曲自体は何やらよくわかりませんでしたが,すばらしい演奏だったということはわかりました。
 こうした曲ばかりの演奏会では身がもちませんが,演奏会の前半は,こうした曲が取り上げられるのは,話題性の上でもいいことだと思いました。

 私の席が1列目のティンパニの真正面ということもあって,奏者の姿が見づらかったというのは残念でしたが,それ以上に,迫力を身近に感じるという恩恵を受けることができました。
 それにしても,「京響」はいつもすばらしい。こんなすばらしい生演奏に触れてしまうとまた来たくなっちゃうよ,という感じの一見さんらしい観客の人たちが大勢いました。

京響第702回(7月)定期チラシ校了データ 2025-04-01_page-0001


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【Summary】
The concert's second half featured three fairy tale–like pieces. Though I’m not fond of French music, Nodoka Okisawa’s warm, expressive conducting made everything delightful. The hall’s atmosphere was also wonderful.

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 さて,ここからが後半です。後半に演奏されたのが3曲。どれもおとぎ話を夢見心地で聴いているような曲でした。沖澤どのかさんが指揮をすると,どんな曲もすばらしく思えます。私は,どちらかというとフランス音楽は苦手なのですが,それさえ払拭されてしまいます。
  ・・・・・・
●タイユフェールの小組曲
 タイユフェール(Germaine Tailleferre)はフランス6人組のひとりです。フランス6人組(Les Six)というのは,20世紀初頭のフランスで活躍した作曲家のグループで,ルイ・デュレ(Louis Durey),アルテュール・オネゲル(Arthur Honegger),ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud), ジェルメーヌ・タイユフェール(Germaine Tailleferre),フランシス・プーランク(Francis Poulenc),ジョルジュ・オーリック(George Auric)。タイユフェールは唯一の女性で 新古典主義の音楽を提案したことで知られ,印象主義やロマン主義から脱却しシンプルで親しみやすい音楽を目指しました。不勉強な私は,この中で,タイユフェールだけを知りませんでした。
 小組曲はとても短い曲でしたが,フランスの伝統的な音楽と近代の感覚をうまく融合させた作品と繊細で軽やかな音楽性が反映されているということで,明るく爽やかな旋律が小品ながらも色彩豊かで聴く者に親しみやすい印象でした。
  ・・
●ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」(Ma Mère l'Oye)
 モーリス・ラヴェルの「マ・メール・ロワ」は,ラベルが友人の子供たちのために作曲した愛らしくも美しいピアノ連弾曲として誕生しました。
 タイトルはフランス語で「おとぎ話のお母さん」を意味し,シャルル・ペローなどの童話を基にした5つの短い楽曲で構成されています。それぞれの曲は物語の情景や登場人物を音楽で描いています。
「眠れる森の美女のパヴァーヌ」(Pavane de la Belle au bois dormant)は,ゆっくりとした優雅なリズムではじまり,静かな宮廷の情景を描きます。
「親指小僧」(Petit Poucet)は,小さな主人公が森で迷う不安と冒険心を表現しています。
「パゴダの女王レドロネット」(Laideronnette, impératrice des pagodes)は,東洋風の旋律が特徴的で,中国の宮殿を舞台にした場面を再現します。
「美女と野獣の対話」(Les entretiens de la belle et de la bête)は,クラリネットとコントラファゴットがそれぞれ美女と野獣を象徴している楽しい対比のある曲です。
「妖精の園」(Le jardin féerique)は,夢のように美しいフィナーレで最後に大団円を迎えます。
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●デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」
 ポール・デュカス(Paul Abraham Dukas )の交響詩「魔法使いの弟子」(L'apprenti sorcier)は,1897年に作曲された作品で,ドイツの文豪ゲーテの同名の詩に着想を得ています。
 物語の主人公は若い魔法使いの弟子。師匠が出かけたあと,水を汲む仕事に飽きた弟子が魔法を使って箒に仕事をさせます。しかし,魔法の解除方法を知らなかったため,箒は止まることなく水を運び続け,家中を水浸しにしてしまいます。最後に師匠が戻り魔法を解き,弟子を叱りつけて物語が締めくくられます。
 テーマにはファゴットが主導するコミカルな旋律が含まれ,箒が動き出す場面を鮮やかに描写します。1940年のディズニー映画「ファンタジア」では,ミッキーマウスが弟子役を演じました。
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 子供に昔話を聞かせているような,そんな感じがしました。 
 それにしても,沖澤のどかさんの指揮をする演奏会は,いつもこころが温かくなるのでしょうか。会場の雰囲気も最高でした。

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【Summary】
At Kyoto Symphony Orchestra's 701st Subscription Concert on June 25, 2025, Nodoka Okisawa conducted a bold French-themed program featuring Arabella Steinbacher performing Lentz’s intense violin concerto. Though impressive, the 40-minute piece felt long and hypnotic, yet ended with strong applause and a Kreisler encore.

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 2025年6月20日,京都市交響楽団第701回定期演奏会を聴きました。
 私は,現在,沖澤のどかさんの推し活中で -とはいっても演奏会に出かけるだけですが- 常任指揮者である京都市交響楽団の定期会員になった理由もそこにあるのですが,今回,定期会員になってはじめて,やっと沖澤のどかさんの指揮する定期演奏会がやってきたので,わくわくと出かけました。
 曲目は,アラベラ・美歩・シュタインバッハ(Arabella Steinbacher)さんのヴァイオリンでG・レンツ(Georges Lentz)のヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」,そして,タイユフェール(Tailleferre)の小組曲,ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」(Ma Mère l'Oye),デュカス(Dukas)の交響詩「魔法使いの弟子」(L’Apprenti sorcier)ということで,沖澤のどかさんお得意のフランス音楽ですが,なかなか攻めたプログラムでした。
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 アラベラ・美歩・シュタインバッハさんは,ドイツ人の父親と日本人の母親との間に生まれ,3歳でヴァイオリンをはじめ,2000年にハノーファーで開催されたヨーゼフ・ヨアヒム・ヴァイオリン・コンクールで入賞した世界的に活躍するヴァイオリニストです。
 細やかな音楽表現と卓越した技術で知られています。
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 演奏会の前に行われたプレトークで,沖澤のどかさんは,アラベラ・美歩・シュタインバッハさんを「完璧」,でも冷たくない,と言っていました。

 まずは,G・レンツのヴァイオリン協奏曲です。
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●G・レンツのヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」
 ウィリアム・ブレイクの「エルサレム」の壮大なポエムの中の「...to beam in distant heavens...」(...遠い天を照らす...)からインスピレーションを得て作曲したというG.レンツのヴァイオリン協奏曲は, エレキギター・サウンドも投入され,エキセントリックで物々しい過激さを併せもったアヴァンギャルドに相応しい音楽に仕上がっている,というもので,独奏ヴァイオリンが「暴力」と「天使のような愛」という相反するものの間に揺れ動く感情を表している衝撃的かつ立体的な協奏曲です。
 アラベラ・美歩・シュタインバッハさんは,この曲の依頼者であり初演者,ということです。
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 曲の出だし,すごい打楽器の音からはじまり,アラベラ・美歩・シュタインバッハさんが楽屋で演奏する,というもので,すでに,不思議な雰囲気でした。
 思ったよりもわかりやすい「現代音楽」だったのですが,この曲は40分にも及ぶ大曲で,単調なメロディが続き,私は眠たくなりました。
 プログラムに書かれたアラベラ・美歩・シュタインバッハさんの感想に
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 この曲は,無限の空間に漂いながら地球を見下ろしているような,そしてその自分はさらに大きなものの一部を成しているような,そんな気持ちにさせてくれます。そんな視点からすれば,私たち人類が憎しみや暴力にこころ奪われ,お互いや環境に対してこころない行いをしていることがとても愚かなことに思えます。
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とあります。
 劇的な効果を伴った曲のおわり。そして,そのあとのカーテンコールがいつまでも続き,演奏されたアンコールは,クライスラーのレチタティーヴォとスケルツォ「カプリース」作品6でした。

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【Summary】
I captivated by Beethoven's string quartets, found Heinz Holliger's modern piece surprisingly enjoyable, appreciated its emotional imagery, and was deeply moved by the melancholic yet expressive Schumann performance.

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 このところ,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に夢中の私は,今回のハインツ・ホリガーさんの作曲した曲をすんなりと受け入れることができました。
 現代音楽というのは,前例のないものなら何でもあり,なのだそうです。いわゆるクラシック音楽というものが,音楽の考えられるすべてを作ってしまったので,それを越えれば,それはみな現代音楽なのだと聞いたことがあります。だから,なかなか理解ができなくて当然で,であっても,音楽を聴くからには,楽しめなければ意味がない,と思うわけです。
 であるけれど,それほど難しく考えなくとも,音楽を聴きながら,こころの中になんらかのイメージが想像できればいいのではないか,と思うようになりました。そうすると,それなりに楽しいのです。何をイメージするかは自由だからこそ,愉快なのです。
 とはいえ,さらに,武満徹の曲があるというのは,ダメ押しに近いものでした。こういうのは,2度寝のようなものでした。実際に睡魔が襲い,ああ,気持ちがいい。

 さて,後半のシューマンです。
 シューマンは,オーケストレーションが下手,という話ですが,私にはよくわかりません。とはいえ,演奏者が何かこころなし苦労しているようで,一癖も二癖もあるところが魅力に思えました。この病的な作曲家の作った音楽をどう演奏するか,それが今回の楽しみでした。
 ハインツ・ホリガーさんの作った音楽は,陰翳を湛えた音色であり,かなり個性的でした。開放的な雰囲気よりも憂いのほうが多い,今年の蒸し暑い,すっきりしない陽気のような音楽でした。
 ということで,夢からさめるどころか,それ以上に…。
 この曲の生演奏をはじめて聴いたように思うのですが,何か,すごく感動しました。
 今回のコンサートマスターは会田莉凡さんでした。以前,英雄の生涯を聴いたときもそうでしたが,とてもすばらしかったです。


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【Summary】
On May 17, 2025, I attended the Kyoto Symphony Orchestra’s 700th subscription concert, featuring Heinz Holliger’s own works, Takemitsu’s Dream/Window, and Schumann’s Spring Symphony—a rich, poetic program blending modern and classical music.

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 2025年5月17日,私が出かけたのは京都市交響楽団の記念すべき第700回定期演奏会でした。
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 指揮とピアノを担当するハインツ・ホリガー(Heinz Robert Holliger)さんが,魅力的な選曲で,ハインツ・ホリガー自身の作品「エリス」や「2つのリスト作品のトランスクリプション」という現代音楽と古典が交錯する広がりのあるプログラムが特徴でした。
 また,武満徹の記念作品「夢窓」初演40周年記念と,シューマンの名作交響曲第1番「春」が披露された特別な一夜となりました。
  ・・・・・・
 曲目は,ハインツ・ホリガーさんの「エリス-3つの夜の小品(ピアノ独奏版&管弦楽版)」(Elis, "3 Nachtstucke"),同じく「2つのリスト作品のトランスクリプション」(2 Liszt-Transkriptionen)-「灰色の雲」(Nuages gris)「不運」(Unstern! Sinistre), 武満徹の「夢窓」(Dream - Window),そして,シューマンの交響曲第1番「春」でした。

 85歳になるオーボエの名手であり指揮者でもあるハインツ・ホリガーさんのふたつの作品から演奏会は開始しました。
●「エリス-3つの夜の小品(ピアノ独奏版&管弦楽版)」
 6分ほどの曲で,オーストリアの象徴派詩人であるゲオルク・トラークルによる,夢と死の間の「天国のように」純粋な存在であるエリスの物語に基づくものです。
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第1曲「死の告知」は「エリスよ,ツグミが暗い森で叫ぶとき/お前は世を去る」
第2曲「死の恐怖と恩寵」は「青い鳩が/夜飲む凍みた汗は/エリスの水晶の額から滲み出たもの」
第3曲「昇天」は「金色の小舟(Kahn)は/さびしい空で,エリス,お前の心を揺り動かす」
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 といった内容だったのですが,まるで夢の中にいるような不思議な響きがこころに染み,聴きやすい曲でした。

●「2つのリスト作品のトランスクリプション」
 こちらは少し長く12分ほどの曲で,リストのピアノ曲「暗い雲」と「不運」を編曲した,重厚暗鬱な響きをもった管弦楽曲でした。
  ・・・・・・
 「暗い雲」は,独自の音階や和声を用いて調性からの離脱を試みる実験を続けていた晩年のリストが1881年に作曲した深い悲しみを感じさせるような宗教的な色合いをもった小品です。「不運」もまた,晩年に作曲されたピアノ独奏曲で,不協和音や神秘的な雰囲気を強くもち,伝統的な調性から逸脱した前衛的な響きが特徴です。
  ・・・・・・
 リストは,後期作品で,ロマン派の華やかなスタイルから離れ,内省的で神秘的な音楽へと移行していきました。リストが晩年に到達したのがこれだったのか! という驚きとともに,私は,妙に納得してしまいました。歳をとった私にはわかる。

 ここで前半が終了して,15分の休憩となりました。楽器編成が異なるために,今回の演奏会では2回の休憩がありました。ここで,オーケストラの配置が一変して,弦楽器の首席奏者とともに,フルートとクラリネットの首席奏者が最前列に座りました。
●「夢窓」
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 武満徹が1985年に作曲した14分ほどのオーケストラ作品で,武満徹の独特な音響世界を反映していて,夢幻的な雰囲気と繊細な響きが特徴です。
 自然への憧れや空間的な広がりを感じさせる構成になっていて,音の流れがまるで夢の中を漂うような感覚を生み出します。
  ・・・・・・

 ハインツ・ホリガーさんは,オーボエ奏者としての経験を活かして,楽器の技術的な限界を押し広げるような作品を多く生み出しました。作曲は,詩や文学を題材にしたものが多く,音楽美学の集大成とも言われています。
 ピエール・ブーレーズの影響を受けつつも,独自の音楽言語を確立し現代音楽の中でも特異な存在となっている作品は,前衛的でありながらも詩的な深みをもつのが特徴,ということです。
 それにしても,このような曲を3曲も味わうと,完全に現実回避,いったいどうなってしまうのか??? ということで,そのあとに演奏された私の好きなシューマンの交響曲第1番「春」を聴いて,それまでに演奏された3曲から,いかに脱皮できるのか? 何かとても愉快な気持ちになっていましたが,さて…。

京響第700回(5月)定期チラシ_page-0001


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【Summary】
I became a subscriber to the Kyoto Symphony Orchestra in April 2025. I gained interest after Nodoka Okisawa became chief conductor and was drawn to their attractive programs. The first concert on April 19 featured John Axelrod conducting and Maki Mori as soloist, performing Vier letzte Lieder and Pathétique. Kyoto is easily accessible from Nagoya, allowing for sightseeing. I find the Nagoya Philharmonic’s programs less appealing and have issues with Aichi’s concert halls. A concert experience should be enjoyable, including the journey to and from the venue.

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 2025年4月から,京都市交響楽団の定期会員になりました。私は長年NHK交響楽団の定期会員ですが,それ以外にも,さまざまな興味のある演奏会に出かけています。そんな中,これまで京都市交響楽団は,まったく興味はなかったのですが,沖澤のどかさんが常任指揮者になったということから,関心をもち,スケジュールを調べてみて,なんと魅力的な演奏会がならんでいるのだろう,ということで,今回,定期会員になったのです。
 京都市交響楽団の定期演奏会のプログラムは,すべて,粋なのです。この日のお目当ては,何といっても森麻季さんでした。そして,次回5月はハインツ・ホリガー(Heinz Robert Holliger)さん指揮でシューマンの交響曲第1番「春」,6月は指揮が沖澤のどかさん,7月は高関健さん指揮でマーラーの交響曲第5番,そして,8月は,何とヴァイオンがHIMARIさんで,9月が特別コンサートマスターの石田泰尚さんのソロというように,毎回,何らかのお目当てがあるのです。

 さて,待ちに待った第1回は2025年4月19日。ワクワクと聴きにいきました。この日は,指揮はジョン・アクセルロッド(John Neal Axelro))さん,独唱がソプラノの森麻季さんで,曲目はチャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」,リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」( Vier letzte Lieder),そして,チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」でした。私がリヒャルト・シュトラウスが苦手だと再三書いていますが,「英雄の生涯」と今回の「4つの最後の歌」は別です。
 会場は,京都コンサートホールの大ホールで,はじめて行きました。場所は京都駅から地下鉄に乗って,北山駅下車徒歩5分,というとても便利なところでした。私が押さえた座席は最前列のほぼ中央,ということで,これもまた最高でした。名古屋から京都なんてすぐだし,コンサートのついでに観光もできるので,とても便利なのです。京都は観光客で混雑しているといっても,北山まで行けば別です。

 私は,名古屋近辺に住んでいるので,できれば,名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期会員になりたいのですが,プログラムの多くが私には魅力的に感じられません。それでも,ときどき,これは,というものがあるときは聴きに行きますが,ホームグランドの愛知芸術劇場コンサートホールも足が遠のく理由のひとつとなっています。音響には定評があるのですが,中に入るまでにストレスがたまるのです。地下鉄を降りて人混みの中を潜り抜け,やっと到着したら,外観とは異なり殺風景なビルの中,セルフの座席の少ないカフェしかなく,エスカレータは狭く,エレベータは混み合い,しかも階段がないというように最悪なのです。しかも,入口前が狭く,中に入ると,座席が見にくく,2階席の最前列は手すりが邪魔になって指揮者が隠れてしまう,というように,どうにもならないのです。
 どうして愛知県は愛知芸術劇場コンサートホールに限らず,箱ものがダメなんでしょう。新しくできたばかりの愛知県体育館なんて,設計が隈研吾という評判の悪い人で,外観は割り箸をくっつけたみたいで見るからに安っぽくて,しかも,険しい階段をずっと上らないと中に入ることができない,というように,いったい何を考えているのやら…。新たな愛知県体育館ができると聞いたときは,ここで行われる大相撲を見にいくのが楽しみだったのに,すでに行く気が失せてしまいました。
 楽しみは,演奏会自体はもちろんのこと,行き帰りも含めてすべてにおいてそうでなければ意味がないのです。その点,京都コンサートホールはすばらしかったです。
 演奏会のことは,次回。

京響第699回(4月)定期チラシ_page-0001


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