大相撲,東京と名古屋はよく見にいくのですが,大阪にははじめて行きました。
大阪場所ならではのよさは,3月,新しく相撲界に入った力士が多く,前相撲をたくさん見ることができることです。しかし,千秋楽には前相撲はありません。だから,千秋楽のチケットが買えなかったら,前相撲のある3日目あたりに行こうと思っていました。
私がわざわざ見にいきたいのは,テレビではやらない,足を運ばなければ見ることができないことを見るためなのです。
はじめに結論を言うと,大阪場所,最高でした。九州に行ったことはないのですべての比較はできませんが,名古屋とは比較にならず,東京よりも楽しめます。すっかり気に入った私は,今後は大阪場所に行くことに決めました。
近鉄の難波駅から会場の「ボディーメーカーコロシアム(大阪府立体育館)」に歩きましたが,道路のところどころに会場までの経路が表示してあって,しかも,お相撲さんが歩いていたので,あとを追いて徒歩で約10分,問題なく会場まで行くことができました。
千秋楽は,10時過ぎと取組開始が遅いのですが,到着した9時半頃には,すでに場内に入ることができました。とりあえず,自分の座席(イス席)まで案内してもらいました。会場は名古屋より狭く,というかイス席が土俵に近くて見やすく,内装はずっと豪華でした。電光掲示板の豪華さも,名古屋と比較になりません。開始前なのに,すでにけっこうなお客さんがいました。開始前の場内は,相撲甚句が流れています。とりあえず,体育館内を一周してみました。インタビュールームやら,行事部屋やらが通路に面していて,お客さんの歩くところと力士や行司さんや呼び出しさんの歩くところが同じなのにびっくりしました。
やがて取組開始。まだ席がたくさん空いているので,正面のイス席に行って,写真を写していると,「おおさかのおばちゃん」がいて,いろいろと教えてくれました。端的に言うと,大阪はお相撲さんを身近にみることができる場所がたくさんあるということでした。近くに座っていた女性の方ともたくさんお話ができ,いろいろと案内をしていただき,楽しく観戦することが出来ました。この場でお礼を申し上げます。
十両の土俵入りの前後に,幕内力士が場所入りするけれど,入口は一般のお客さんと同じところだから,一度だけ可能な再入場制度を利用して,外でお相撲さんの場所入りを見たらいい,と言われました。その後は,館内に戻り,花道と支度部屋に続く通路で待っていると,身近にお相撲さんが通るから東か西を決めてそれを見るといいということでした。今日は,東方に注目力士がたくさんいるから,私は東方の支度部屋の前に行くことにしました。
しばらくお相撲を見て,お昼を食べに地下にある食堂に行きました。なかに入ると,北の湖理事長がみえました。近くに席が空いていたので,そこに座って恐る恐る写真をお願いすると快諾していただけたので,ツーショットを写しました。食後は,会場のロビーで引退されたばかりの豊真将さんが買った手ぬぐいにサインをしていただけるということだったので,手ぬぐいを購入して,サインと写真をお願いしましました。会場にはほかにも,いろんなイベントをやっていました。
そのあとは,教えてもらった通りに,一旦外に出て,力士の場所入りを見ました。力士ではないけれど,サンコンさんも歩いてきました。待っているとほとんどの力士を本当に目の前で身近にみることができました。近くで見るとデカイですねえ。やがて最後に来るという白鵬が入ったので,私も館内に戻り,今度は通路で力士の出を待ちました。
ちょうど桝ノ山が帰るところで「頑張れ」と声をかけたら「ハイ」と返事がありました。この日は千秋楽なので,協会ご挨拶で土俵に向かう理事長と三役力士を見て,その後,土俵入りの力士をすべて目の前で見ることができました。それから自分の座席に初めて行って,横綱の土俵入りからは,いよいよお相撲の観戦です。館内は満員,すごい熱気でした。
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浪速の春の大相撲観戦①-人気の源流を探る。
相撲人気復活だそうです。私も,大相撲の「千秋楽」をナマで見たくなって,初めて大阪場所に足を運びました。
気楽にチケットを買おうと思ったのですが,なんと,抽選! そして,めでたく当選したというわけでした。
昔は,といっても,本当に遙か昔は,千秋楽のテレビの大相撲中継は最後の最後まで中継をしていて,「神送りの儀式」-そんな儀式があるのも多くの人はご存じないでしょう!- まで見ることができたのですが,今は,それを見る機会もなくなってしまいました。また,ついぞ「千秋楽」の大相撲を40年以上ナマで見ていなかったので,何とかみたいものだと思い,チケットを購入することにしたのです。
観戦記は次回書くことにして,きょうは昔話です…。
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私は,かれこれ半世紀,お相撲を見てきました。そのはじめは「栃若」でした。
「栃若」といっても,栃錦を見た記憶はないのですが,若乃花は,枡席で見た明確な記憶があります。不思議なものです。そうそう,親方だったころの双葉山や千代の山も生で見たことがあります!
そのあとの「柏鵬」 -白鵬ではありません- は,とてもよく覚えています。私が初めてファンになったのが柏戸です。柏戸という横綱は,勝っても負けて土俵から落ちていくのでケガが多く,見ていていつもハラハラしました。相手がだれてあっても常に負ける可能性があって,安心してみていられない,今の稀勢の里のようなものでした。子供心に,柏戸の取組が始まると心臓がいつもドキドキするので,自分の体が壊れたかと思っていました。
柏戸の晩年から引退後のしばらくの間は,つまらない(といわれた)大鵬の一人舞台で,相撲人気は衰えていましたが,「北玉」つまり北の富士と玉の海が横綱となったあたりは,また,活況を呈し,私には最も面白い時代でした。中でも北の富士はかっこよく,しかし,腰高でもろく,玉の海急死の後の一人横綱を背負って立つにはあまりにその責任が重すぎました。
その次の「輪湖」,つまり,輪島と北の湖の時代は玄人受けしても,相撲はワンパターンで水入りばかりでした。
そして,訪れたのが,千代の富士です。
千代の富士は強いのだけれど,体の小ささからもろく負けることがあったので,逆に人気があって,私は,強いというものがいつも嫌いなのだけれど,唯一,千代の富士だけは例外でした。千代の富士は,その入門以来とてもよく知っていたのですが,あの小さな青年がまさか大横綱になるとは当時は思いもしませんでした。
そして,そのあとの貴乃花の頃からの相撲にはさほど興味がなく,現在に至っているのです。
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誰も思ってはいても口に出さないけれど,現在の大相撲は「あの」大横綱がいなければ,毎場所誰が優勝するかわからないから,もっと,優勝争いに興味がわくのでしょうが,どうやら,現在の相撲人気は,誰が優勝するかというようなことは,どうでもよくなっているのだと思います。その意味では,これまでとは全く異質の相撲人気だと言えるでしょう。実際に見に行くと,お客さんの目が肥えていて,面白い相撲でなければ,そっぽを向きます。
私は,ずっと,相撲を見に行くのなら,はじめから見るべきだと思っています。だから,相撲を見に行くときは,朝の9時前には出かけます。このことは,MLBを見に行くときも同じですが,実際に見に行くというのは,その全体の雰囲気を味わうためなので,勝負の結果は,結局のところ,たいした意味を持っていないかもしれません。
それより熱戦が期待です。









