しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:室戸岬

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室戸岬まで来ました。2017年にはじめて来たときはずいぶん感動したものです。
室戸岬には中岡慎太郎の銅像あります。高知県には,ほかに,桂浜に坂本龍馬,足摺岬にジョン万次郎の銅像があって,私は,そのすべての銅像をみたいものだとずっと思っていたのですが,それも達成した今になっては,そのころが懐かしいです。
まだ太陽が沈むには1時間ほど早かったのですが,この季節はすでに夕暮れ感が漂っています。夕日を見ようと中岡慎太郎の銅像の裏手の展望台に登ると,太平洋と太陽を美しく見ることができました。

室戸岬まで行くのに思った以上に時間がかかったので,ここでコーヒーブレイク,という余裕もなくなり,高知龍馬空港に急ぐことにしました。本当は室戸岬で太陽が沈むのを見たいのですが,それでは帰ることができなくなってしまいます。
国道55号線を戻りながら,その途中で太陽が沈んでしまうので,どこかで夕日が沈むのを見たいものだと思っていたのですが,なかなか車を停める適当なところがありません。あきらめかけていたとき,羽根岬というところに出ました。駐車場があって,海を見ることができるようでした。そこで,車を停めて,太陽が沈むまで眺めることにしました。
幸運なことに,この日はまったく雲がなく,太陽がすっかり海に隠れるまでを見ることができました。私が海を見ていたとき,となりにネコがいて,同じように夕日を眺めていました。ネコにもその美しさがわかるのかな,と思わずうれしくなりました。

太陽がすっかり沈むのを見届けて,再び出発しました。
午後6時30分ごろに高知龍馬空港に着きました。空港の2階に食堂があることを前回知ったので,レンタカーを返却して,そこで夕食を取る予定でした。
ターミナルに入って,まず,私の乗る飛行機が予定通りだということを確認しました。私の乗る飛行機の出発には1時間以上あるというのに,それがこの日の空港の最終便だったので,すっかり空港内のお店は終了ムードでした。2軒ある食堂のうち,1軒はすでに閉店していたので,選択の余地はなく,もうひとつの食堂に入って,夕食を取りました。
  ・・
こうして,今回の,幸運を取り戻すためにさくらサーカスを見るという私の高知への日帰り旅行が終了しました。10月に行った2泊3日の四国旅行の3日目のやり直しができました。
わずか50分程度のフライトです。機内からの名古屋の夜景がきれいでした。私にとってFDA による日本の旅は最高の癒しです。次に四国に来るときは,まだ行ったことがない佐田岬の先端を目指そうと,今から楽しみにしています。

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 では,今日は,念願かなって写すことができた中岡慎太郎,坂本龍馬,ジョン万次郎の像です。

 まず,1番目の写真が室戸岬にある中岡慎太郎の像です。
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 中岡慎太郎は1838年(天保9年)土佐藩郷士の子として生まれた幕末の尊攘派志士です。1861年(文久元年),武市瑞山の編成した土佐勤王党に入り,藩主を護衛し上京して尊王運動に奔走しましたが,藩論が公武合体に傾くと脱藩して長州に走り,以後,長州藩で活動しました。
 海援隊の坂本龍馬と並び,中岡慎太郎は陸援隊を結成し,薩長同盟の成立に尽力し,武力討幕の計画を立てていましたが,京都・近江屋で坂本龍馬と謀議中襲われ,殺害されました。ときに30歳でした。
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 2番目の写真が桂浜にある坂本龍馬の像です。
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 坂本龍馬は1835年(天保6年)土佐藩郷士の子として生まれた幕末の尊攘派志士です。本名直柔,別名才谷梅太郎,通称龍馬。
 江戸で剣術修行中に知った武市瑞山,久坂玄瑞らの影響を受けて尊王攘夷運動に入り,1862年(文久2年)年脱藩して江戸で幕府の軍艦奉行勝安房守(勝海舟)の知遇を受けました。
 薩摩藩の援助を受けて長崎で洋式銃砲の取り引きを行う貿易商社亀山社中を設立,1866年(慶応2年)薩摩藩と長州藩の間を斡旋して両藩を和解させ,薩長同盟を成立させました。1867年(慶応3年)に脱藩の罪を許され土佐藩に戻り,亀山社中を海援隊と改め藩と密接に結びました。
 討幕派と佐幕派の調停,融合をはかろうと,朝幕連合政権による新体制樹立を謀議中,中岡慎太郎とともに京都・近江屋で刺客に暗殺されました。ときに33歳でした。
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 最後の写真が足摺岬にあるジョン万次郎の像です。
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 中浜万次郎は1828年(文政11年)生まれの幕臣です。ジョン万次郎ともいい,John Munnとも書きます。
 土佐国中ノ浜の漁師悦助の二男に生まれ,1841年(天保12年),出漁中台風に遭い,南の鳥島に漂着。アメリカの捕鯨船に救助され,アメリカに渡り,勉学ののち捕鯨業に従事し,1851年(嘉永4年)に琉球を経て薩摩に到着します。長崎奉行所で取り調べを受けたのち,土佐藩に送致され,島津斉彬や山内豊信に珍重されました。
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 幕末に貴重な人材として,マシュー・C・ペリー来航のときは幕府に出仕して通訳に従事し,その後,軍艦操練所に勤務し,「咸臨丸」の遣米使節に随行しました。明治政府成立とともに徴士(明治初年に藩士や地方の有力者の中から召し出されて政府に登用された者)となり,東京大学の前身である開成学校教授,のち,普仏戦争視察団としてヨーロッパへ派遣されたりと活躍しました。

 中岡慎太郎と坂本龍馬は僚友としてわかるのですが,どうして,もうひとつの像がジョン万次郎なのかと私は思っていました。それが,ジョン万次郎は足摺岬の地に生まれたということを知って,納得がいきました。
 現在,足摺岬には,ジョン万次郎の生まれ育った家が再現されていて,見学することができます。また,博物館もあります。
 稀有な人生を送った人ですが,漂流してアメリカに渡り,たまたま能力が優れていたために,その機会を生かすことができたことで,その奇跡が起きたのだと思います。もし,台風に遭わず漂着しなかったら,そうした能力も埋もれ,ただの漁師としてその一生を終えたのでしょう。
 「カムカムエヴリバディ」で松重豊さん扮する伴虚無像さん言う「日々鍛錬し,いつ来るともわからぬ機会に備えよ」というセリフがあったのですが,それこそ,その人の生まれつき与えられた能力あってこそなので,そうした人材が幕末の日本に存在したということこそがこの国にとって幸運なことでした。

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 私が若いころは,本州と九州は関門トンネルがありましたが,今とは違って,北海道と四国は本州とは橋やトンネルで結ばれておらず,船で渡る必要がありました。
 四国に行くには宇高連絡船というものがありました。宇高連絡船は,岡山県玉野市の宇野駅と香川県高松市の高松駅との間で運航されていた旧・日本国有鉄道,現在のJR四国の鉄道連絡船で,実際の距離は11.3海里,21キロメートルほどでした。
 1988年(昭和63年)4月10日,というから,今からちょうど34年前の今日,本四備讃線,つまり,瀬戸大橋が開業しました。そして,宇高連絡船は,1991年(平成3年)3月に廃止となりました。
 瀬戸大橋ができたころは,車で通行するのにはずいぶんと高速料金が高価だという評判で,そのことだけが記憶に残っています。
 
 船を使わなければならなかったとはいっても,高松あたりは昔から身近なところで,岡山を含めた観光コースとして,私も,宇高連絡船を利用して,何度か行きました。また,高知市は「四国V字」といって,高松,高知,松山と巡る修学旅行のコースでした。
 しかし,四国のそれ以外のところは,なかなか行く機会がありませんでした。私が長年行きたかったのは,徳島市,室戸岬,足摺岬,宇和島市でした。
 そこで,私がまず目指したのが徳島市へ行って阿波踊りを見ることでした。まずは,列車で行きました。そして,2度目は淡路島を経由して,車で行きました。ずいぶんと簡単に行くことができるのだなあと思いました。
 次に目指したのが室戸岬でした。
 室戸岬は,徳島市から,あるいは高知市から,ここもまた,車を使えば,比較的楽に行くことができました。それでもなかなか行く機会がなかったのが足摺岬でした。
 そんな足摺岬でしたが,2020年のコロナ禍がはじまる直前に,やっと行くことができました。その折に,四万十川や宇和島市にも寄ることができたことは,すでに書きました。

 室戸岬には中岡慎太郎,高知市の桂浜には坂本龍馬,そして,足摺岬にはジョン万次郎の像があります。坂本龍馬像は有名ですが,おそらく,その次に有名なのは中岡慎太郎像でしょう。私は,若いころにこのふたつの像があると聞いて,ぜひ,見たいものだと思っていましたが,足摺岬にジョン万次郎の銅像があるのを知ったのは,比較的最近のことです。
 しかし,正直,そのころは,ジョン万次郎って,だれ? という感じでした。
 その後,いろんなことを知ってから,ぜひ,この三つの像をすべて見たいものだという想いが募ってきたのでした。


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