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私はお笑いタレントというものが苦手です。彼らが出演するテレビ番組を見たいとは思わないのです。しかし,現在,民放はもとよりNHKでも,教養番組などの進行役でさえそのような人たちが出ていない番組を探すほうが困難な状況になってしまいました。そんなわけで,もとからテレビの報道番組はまったく見ないので,限られたドラマや「コズミックフロント」以外見るものがなくなり,次第にテレビをつけることから遠ざかりはじめました。
そして,静かになった日常では,音楽を聴くことがさらに幸福だと感じるようになってきました。
そんな音楽で,私が好んで聴くのが,ブルックナーの交響曲であり,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲ですが,それが発展して,このごろは,ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲にはまりつつあります。
ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲は15曲あって,ベートーヴェンの16曲,シューベルトの15曲,ドヴォルザークの14曲に匹敵します。また,第1番が作曲されたのが32歳で,すでに交響曲第5番を作曲したあとであり,最後の第15番は,ショスタコーヴィッチ亡くなる前の年に完成されているということで,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に似ています。
しかし,ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲は演奏会でとりあげられるようなものではありません。それは,そのほとんどは暗く,切なく,そして,理解が困難だから,聴衆うけしないからです。たとえば,最後の第15番は「恐怖の暗黒音楽」とさえいわれ, 全6楽章が変ホ短調で,すべてアダージョからなっています。変ホ短調なんてフラット記号が6個もついていて,私は楽器が弾けないのでわからないのですが,演奏はかなり大変そうです。しかも,大変なのに,実際に演奏しても,聴く側はまったく理解できないとあっては,苦労のし甲斐もないというものです。
ショスタコーヴィッチは旧ソビエト連邦で苦労した作曲家であることはあまりに有名ですが,もし,その才能をもって,オーストリアなどで生まれていたら,はたして,どんな音楽を書いたのだろうかと思います。しかし,ある意味,ショスタコービッチの狂気すら感じる魅力は,皮肉にもソビエト連邦の悪政があったからこそ生まれたのかもしれません。
交響曲では旧ソビエト連邦の体制から多くの批判を受けたのですが,私は,この地味な弦楽四重奏曲で,作曲家のこころを吐露しているのではないだろうか,と聴きながら思います。お前たちのような下世話な人間にはわからないだろう,と報復をしているかのような感じです。そしてまた,ショスタコーヴッチの現世に対する執念と怨念は,自分のためだけに書いたと本人が言っていたとしても,実際は,聴く耳をもった聴衆だけが理解し楽しめるように作られたものだからです。
してやったりとほくそ笑んでるショスタコーヴッチの笑い顔が浮かんでくるようです。私も愉快です。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは