しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:断捨離

IMG_1363
######
 2021年になって早くも半月が過ぎました。改めて,1年前に書いた「2020年がやってきた」を読み返してみると,あのころから早くも1年が過ぎてしまったんだなあ,という感慨とととも,いろんなことがあった1年だったんだんあ,という思いがあります。
 2020年,最も変わったのはほとんど海外旅行に行けなかったことですが,それ以外はけっこういろんなことができた年でした。それまでも,ただでさえ精神的かつ物質的な「断捨離」をずっとしてきたので,おまけに,海外旅行に行けなかった副産物として,お金をほとんど使わずに済んでしまいました。
 しかし,私のような生き方をしていたら国の経済は成り立たなくなってしまうだろうから,ここに書くことは決して参考にせず,これを読んでいるみなさんは,せいぜい無駄遣いをしてください。

 では,改めて,2020年を順に振り返ってみます。
  ・・ 
 まず,2020年に立てた「安価に国内旅行をする」という目標ですが,これは実現しました。遠くに出かけた国内旅行は北海道だけでしたが,往復格安航空を使い,現地ではレンタカーを利用しました。東京のコンサートと大阪の美術展,これは,新型コロナウィルスが流行する前に立てた計画だったのですが,奇しくも「Go To Travel」が実施されていたおかげでその恩恵を受けて,ものすごく安く新幹線を利用して行くことができました。
 それ以外には,バスや列車などの公共交通を利用してさまざまな場所に行く計画を立てていたのですが,すべて,自家用車に切り変えて,早朝家を出て日帰り旅行をすることになりました。その結果,新潟県の親不知子不知海岸,兵庫県の余部鉄橋をはじめ,行きいと思っていたところはほぼ行くことができました。
 山形県と青森県にも行く予定を立てて,航空券まで手配したのですが,ともにキャンセルとなってしまって行くことができなかったことだけが心残りでした。しかし,この先行くことができるだろうから,こんな時期に行かなくても慌てることもないと思っているのですが,今ではあまり行く気さえなくなってしまいました。
 いずれにせよ,結果的に「人混みには行きたくない」が実現してしまったのは,皮肉なことです。そしてまた,時折,人のいない辺鄙な場所で星見を楽しむのが最も気の休まる時間です。
  ・・
 次に,「断捨離」ですが,まず「物質的な断捨離」としては,欲しいモノがまったくなくなってしまいました。その結果,キャンペーンをやっていようがいまいが,クーポンがあろうがなかろうが,そもそも何も買わないのだから,そういった類のことは私には全く関係がなくなってしまいました。
 また,情報は手に入れないほうがいい,と悟ったことで,雑誌等の類は買うどころか,まったく読まなくなりましたし,書店にも行かなくなりました。必要な専門書をインターネットで購入するだけです。
 好きだったカメラも,ミラーレス一眼とやらにメーカーの製品開発が移行して,やたらと高価なので,私にとっては「あちらの世界」のものになってしまいました。ミラーレス一眼はこれまでのものより性能がいいという話ですが,所詮,私には単なる趣味の世界です。
 プロでもないのに50万円も出費してどれだけ使えるというのでしょう。2,3年もすればディスコンになるだけです。私にはその性能を生かす能力もないので,必要ありません。その結果,まったく興味がなくなりました。私には今使っているもので十分なので,これを壊れるまで使います。そして,壊れたらそれまでです。
 そんなわけで,生きるのに必要な食べ物と衣服以外に何も買わなくなりました。
  ・・
 「精神的な断捨離」については,先に書いたように,情報をすべて遮断することにしたら,極めて快適になりました。インターネット上のニュースのポータルサイトとそれに付随するコメントやテレビのワイドショーは最悪です。特にテレビのワイドショーは百害あれど一利もありません。一時期,将棋ブームでその話題が取り上げられていたときに少し見たことがありますが,そのときにこうした番組の質が理解できました。そんな番組ばかりを見ていると精神が病んでしまいます。また,NHK総合のように,別の番組まで侵入してくる画面のL字テロップも同様です。まさに情報テロ,そんなものを見たくてその番組を見ているのではありません。
 テレビ局が情報を発信したければデータ放送があります。何のためのdボタンなのでしょう。
 私にとってテレビは暇つぶしの娯楽にすぎません。以前は楽しいものだけを選んであらかじめタイマー録画しておいて早朝に見ていたのですが,今日では多くの番組がインターネットで見られるので,そちらに移行しつつあります。それ以外の時間は,ほぼ,クラシック音楽を楽しみます。
 それに加えて,私がボケ防止でやっているのがラジオによる語学講座ですが,これは英語とドイツ語を聴いています,もう齢なのでまったくモノにはなりませんが,そんなことは私には問題ありません。しかし,いつの日か,片言のドイツ語でも,旅に出かけて役に立つときがまた来るのでしょうか?
 結果として,教養としての学問と芸術と,娯楽としてのフィクション,これが穏やかに生活するための糧となりました。これもまた,そんな楽しみをみつけたら,ムダな出費は一切不要となりました。
  ・・
 まあ,いずれにせよ,2021年の私は,行きたいところも欲しいモノも何の予定も計画もないので,気楽に楽しく毎日を過ごすことにしましょう。

◇◇◇


◆◆◆
過去のブログの一覧は ここ をクリックすると見ることができます。

💛

2019-11-23_12-36-04_753

######
 「精神的な断捨離」についてはすでに書きました。今日は「物質的な断捨離」です。
 歳をとると,モノを買うとか,人と比べるとか,そういったことの価値感がまったくわからなくなってきました。
 買うまでは欲しかったモノでも,一旦買えばそれが家にたまるだけで使うこともあまりない,そんなモノがたくさんあります。私の興味のあるカメラでも,新しいシステムカメラを買ったところでそれを使う時間すらあまりないから,結局,使わず家にため込むだけだということが,これまでの経験で身に染みました。私も昔は欲しいモノだらけでしたが,やっとそういうモノを手に入れても,すぐに新製品が出てきて,また新しいモノが欲しくなることはいつものこと。あるいは,売れ行きがよくないと,ユーザーのことなどお構いなしに,そのメーカーが撤退して裏切られることもいつものことなのです。
 そんなことを思い出すと,結局,衝動的に買いたくなるモノで本当に必要なモノなど,ほとんどないことに気づきます。

 といいながらも,周りを見回すと,ここ何十年も使ったことのないモノやら着たことのない衣服やらがいくらでも出てきます。で,これらを断捨離しようと考えると,今度は逆に,捨ててしまったものに限って,ある日突然必要になったりすることも,また,まれではありません。捨てるときには要らないと思っても,何かの事情でそれが必要になることが少なくないのです。それは,捨てるときには必要がないと思ったモノでも,そのモノを買ったときにはそれが必要だという事情があったからで,捨てるときにはそのことを忘れているだけかもしれないからです。だから,断捨離は難しいのです。
 このごろ,終活とかいって,身の回りを整理することが流行っていたりするのですが,これは時間のムダです。いざ本当に処分しなけらばならないとなれば,お金を出して業者に頼めば,一挙に廃棄などできてしまうのです。だから,生きている貴重な時間をそんなことに費やすのは愚というものかもしれないなあと,親の遺品を整理したときしみじみそう思いました。
 お金を貯めるにはお金を使わなければいい,モノを減らすにははじめからモノを買わなければいい。これが大原則なのです。ということで,すでに買って持っているものは大切に使う,そして,衝動買いはしない。何か新たなものが必要になったときには,すぐにモノを買わずに,身の回りにあって今は必要がないと思っていたモノをまず思い出してそれで代用できないかを考えて,そのモノに活躍を場を与える。それさえ心掛ければ,少ない持ちモノでこころ静かに生きることができることでしょう。
 「精神的な断捨離」ができれば「物質的な断捨離」もできる,そしてまた,「物質的な断捨離」ができれば「精神的な断捨離」もできるわけです。

DSC_4182s

Happy New Year 2020
◇◇◇

 新しい年になりました。
 2019年は,なかなか楽しい年でした。それとともに,いろんな人と不思議な関わりのたくさんあった年でもありました。海外では,新たにまたいろんなところへ出かけて,さまざまなことを経験しました。国内も,長年行きたかったのに行く機会がかなったところに数多く行くことができました。1年前は「人恋しい病」にかかっていたのですが,それも全快し,それとともに新たな境地になったりと,精神的にとても落ち着いた年になりました。さらに,世界の歴史を調べたり,いろんな国の言葉を覚えたりと,そうした時間がもてるようになってきました。それとともに,海外に出かけても,より深くその国の文化がわかるようになってきました。
 常日頃,水が流れるように毎日を過ごそうと心がけけているのですが,そんな心がけをしなくても,自然に毎日を過ごせるようになってきました。それはまさに「精神的な断捨離」がうまくいったからでしょう。

 さて,この新しい年。今年もまた,いろんな新しい計画を立てて,実際にそれを実現したいものだと思っています。そしてまた,私は,これまで以上に精神的に楽しい年になったらいいなあ,と思っています。それは,美しい音楽を聴いたり,静かな場所でゆったりと本を読んだり,おいしいものを食べたり,気持ちのよい場所に出かけたりといった時間が過ごせたらいいなあ,ということです。
 人がこれまでに築いてきた文化や芸術は本当に奥が深く,知れば知るほどおもしろくなってきます。そうした楽しみを少しでも多く味わいたいものです。人は結局,物質ではなく精神的な幸福を求めて生きているのです。

DSC_2383

Happy New Year 2019
◇◇◇

 これまで私は,手に入れたかったもの,行きたかったところ,やりたかったことをひとつずつ実現してきたのですが,どうやらそれも卒業して,また,新しい境地になってきました。
 手に入れたかったもの,その代表はすでに手に入らなくなった古本が多かったのですが,それらをすべてネットで探して手に入れることができたので,もはや,そういうものを探し回る必要がなくなりました。新刊本は手間暇かけた濃いものもないので,専門書以外はよほどのことでもない限り買うこともなくなりましたし,買う気もなくなりました。興味本位の雑誌の類など,自分の精神が劣化しそうで,まったく読む気もなくなりました。
 以前は,カメラやら望遠鏡やら,欲しいものもあったのですが,カメラは私の望む意外の世界に行ってしまい,やたらと大きく重く,私には必要のない性能を追い求めた製品ばかりになってしまい,興味を失いました。望遠鏡は,結局,星の見えない日本ではどれほど高価なものを手に入れてもたかが知れているし置く場所もないし,星の美しい南半球に出かけるときに持っていく小型のものはすべて整備してしまいました。渋滞だらけで走る道もないのに高級車に乗ることも,少子化で空き家だらけ将来は負債にしかならないのに家を持つことも,ともに意味がないのです。要するに,もう私は衣食以外に手に入れたいものがないのです。
 行きたかったところは,私がずっと思い描いていた大概の場所には行くことができましたし,また,やりたかったこともやってしまいました。

 そんなわけで,これから最も心掛けたいことは「断捨離」です。それは「物質的な断捨離」だけではなく,「精神的な断捨離」なのです。
 「物質的な断捨離」というのは要らないものを処分するということですが,それはモノを買うというよりもずっと贅沢なことです。それをするには,自分にとって何が必要で何が必要でないのか,つまり,自分が何ものなのかがわからないとできないからです。しかし,それ以上に,究極の「断捨離」というのは,むしろ精神的なものです。それは,むやみやたらとモノをなくすことではなく,また,モノを買わないことでもなく,身の丈で自分にとって必要なものはなるべくよいものを手に入れてそれを大切に使うということにつながるからです。
 私はこれまで,まず,消費文化の権化であるアメリカをさんざん旅行して,借金をしてでもモノを手に入れるという物質至上の軽薄なアメリカ文化を経験しました。そのあとで,ヨーロッパを旅行するようになって,アメリカ的な価値観とは真逆な世界を感じることで,新たな驚きを覚えました。俗にいえば,静かなカフェでメランジェを飲みながら内容の濃い本を読み,モーツアルトの音楽を聴いてゆったりと時間を過ごす,という究極の贅沢です。それは,何事も金儲けと対費用効果,そして,教育から商売まで,他人と競うことしか考えない,日本の貧困で愚かな精神性では考えられないことでした。
 乗客を子供扱いするうるさいだけの車内放送,情報としていらないことだけが大きく書かれた案内表示に名を借りた広告板,競争し順位付けするだけで何も身につかない教育という名をかりたビジネス産業,興味本位なだけのテレビ番組や週刊誌,老人からお金を搾取することが目的の若返り商品,そして,オリンピックに万博にリニア新幹線など,この国でやっていることのほぼ9割はなくてもいいことなのです。それらに関わりをもたないことこそが,心の安定と豊かさを生む「精神的な断捨離」なのです。
 そうしたことに目覚めた私が2019年に思い描くのは,物質ではなく精神的な満足とときめきばかりなのです。

このページのトップヘ