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2021年になって早くも半月が過ぎました。改めて,1年前に書いた「2020年がやってきた」を読み返してみると,あのころから早くも1年が過ぎてしまったんだなあ,という感慨とととも,いろんなことがあった1年だったんだんあ,という思いがあります。
2020年,最も変わったのはほとんど海外旅行に行けなかったことですが,それ以外はけっこういろんなことができた年でした。それまでも,ただでさえ精神的かつ物質的な「断捨離」をずっとしてきたので,おまけに,海外旅行に行けなかった副産物として,お金をほとんど使わずに済んでしまいました。
しかし,私のような生き方をしていたら国の経済は成り立たなくなってしまうだろうから,ここに書くことは決して参考にせず,これを読んでいるみなさんは,せいぜい無駄遣いをしてください。
では,改めて,2020年を順に振り返ってみます。
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まず,2020年に立てた「安価に国内旅行をする」という目標ですが,これは実現しました。遠くに出かけた国内旅行は北海道だけでしたが,往復格安航空を使い,現地ではレンタカーを利用しました。東京のコンサートと大阪の美術展,これは,新型コロナウィルスが流行する前に立てた計画だったのですが,奇しくも「Go To Travel」が実施されていたおかげでその恩恵を受けて,ものすごく安く新幹線を利用して行くことができました。
それ以外には,バスや列車などの公共交通を利用してさまざまな場所に行く計画を立てていたのですが,すべて,自家用車に切り変えて,早朝家を出て日帰り旅行をすることになりました。その結果,新潟県の親不知子不知海岸,兵庫県の余部鉄橋をはじめ,行きいと思っていたところはほぼ行くことができました。
山形県と青森県にも行く予定を立てて,航空券まで手配したのですが,ともにキャンセルとなってしまって行くことができなかったことだけが心残りでした。しかし,この先行くことができるだろうから,こんな時期に行かなくても慌てることもないと思っているのですが,今ではあまり行く気さえなくなってしまいました。
いずれにせよ,結果的に「人混みには行きたくない」が実現してしまったのは,皮肉なことです。そしてまた,時折,人のいない辺鄙な場所で星見を楽しむのが最も気の休まる時間です。
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次に,「断捨離」ですが,まず「物質的な断捨離」としては,欲しいモノがまったくなくなってしまいました。その結果,キャンペーンをやっていようがいまいが,クーポンがあろうがなかろうが,そもそも何も買わないのだから,そういった類のことは私には全く関係がなくなってしまいました。
また,情報は手に入れないほうがいい,と悟ったことで,雑誌等の類は買うどころか,まったく読まなくなりましたし,書店にも行かなくなりました。必要な専門書をインターネットで購入するだけです。
好きだったカメラも,ミラーレス一眼とやらにメーカーの製品開発が移行して,やたらと高価なので,私にとっては「あちらの世界」のものになってしまいました。ミラーレス一眼はこれまでのものより性能がいいという話ですが,所詮,私には単なる趣味の世界です。
プロでもないのに50万円も出費してどれだけ使えるというのでしょう。2,3年もすればディスコンになるだけです。私にはその性能を生かす能力もないので,必要ありません。その結果,まったく興味がなくなりました。私には今使っているもので十分なので,これを壊れるまで使います。そして,壊れたらそれまでです。
そんなわけで,生きるのに必要な食べ物と衣服以外に何も買わなくなりました。
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「精神的な断捨離」については,先に書いたように,情報をすべて遮断することにしたら,極めて快適になりました。インターネット上のニュースのポータルサイトとそれに付随するコメントやテレビのワイドショーは最悪です。特にテレビのワイドショーは百害あれど一利もありません。一時期,将棋ブームでその話題が取り上げられていたときに少し見たことがありますが,そのときにこうした番組の質が理解できました。そんな番組ばかりを見ていると精神が病んでしまいます。また,NHK総合のように,別の番組まで侵入してくる画面のL字テロップも同様です。まさに情報テロ,そんなものを見たくてその番組を見ているのではありません。
テレビ局が情報を発信したければデータ放送があります。何のためのdボタンなのでしょう。
私にとってテレビは暇つぶしの娯楽にすぎません。以前は楽しいものだけを選んであらかじめタイマー録画しておいて早朝に見ていたのですが,今日では多くの番組がインターネットで見られるので,そちらに移行しつつあります。それ以外の時間は,ほぼ,クラシック音楽を楽しみます。
それに加えて,私がボケ防止でやっているのがラジオによる語学講座ですが,これは英語とドイツ語を聴いています,もう齢なのでまったくモノにはなりませんが,そんなことは私には問題ありません。しかし,いつの日か,片言のドイツ語でも,旅に出かけて役に立つときがまた来るのでしょうか?
結果として,教養としての学問と芸術と,娯楽としてのフィクション,これが穏やかに生活するための糧となりました。これもまた,そんな楽しみをみつけたら,ムダな出費は一切不要となりました。
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まあ,いずれにせよ,2021年の私は,行きたいところも欲しいモノも何の予定も計画もないので,気楽に楽しく毎日を過ごすことにしましょう。
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