しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場を制覇し,南天・皆既日食・オーロラの3大願望を達成した不良老人の日記

タグ:星を見るのも大変だ

望遠鏡 反射望遠鏡の作り方

 以前このブログで「月刊天文ガイド」と「天文年鑑」について書きました。それらに加えて,私が面白いと思うのは,昭和40年代に出版された天文書です。こうし古い天文書の多くは,現在,ヤフーオークションに出品されていたりするのですが,その多くのものは内容が古く,懐かしいというだけでそれ以外には価値がなくなってしまいました。私も実家で探していたら,今はもう,手に取ることもなくなっていたそのころに出版された多くの本が出てきました。
 しかし,それらの書籍のなかには,今でも入手困難な,そして価値のある人気本がいくつかあります。

 その1冊に,「望遠鏡」(広瀬秀雄著・中央公論社自然選書)があります。
 著者の広瀬秀雄教授は1909年生まれです。 教授は日本の星食観測データを整約すると系統的な狂いが出ることから、日本での観測位置を移動させる必要があることを指摘し,この指摘は,1948年5月に礼文島で見られた金環日食の際に,実際に観測隊を移動させて,事実であることが証明されたことで知られています。
 広瀬教授は私が小学生だった頃の東京大学の先生ですが,1947年に出版された「シュミットカメラ」という著書が有名です。私は,この本を,偶然,神田の古本屋さんで見つけたことがあります。本というよりも,触ると破けしまいそうなざら紙の束でしたが,それでも数万円しました。これは戦後まもなく出版された幻の本です。
 そこで,広瀬教授とシュミットカメラとのかかわりについて調べてみたら,日本天文学会の出版する「天文月報」のバックナンバーに,教授が書かれたさまざまな記事が見つかりました。私が思うに,教授の研究は,視野の広い天体カメラが欲しいというその一念だったのでしょう。そのために,シュミットカメラという新しい技術を習得する書物を読み研究したのです。だから,その後,木曽の観測所に巨大な105センチのシュミットカメラが設置されたときは,本当にうれしかったのではないかと思います。
 この「望遠鏡」という本には,これらのことが随筆風に,しかし,情熱的に書かれています。

 もう1冊の価値ある本は「反射望遠鏡の作り方」(木邊成麿著)です。
 木邊成麿(きべ しげまろ)さんは1912年生まれの真宗木辺派錦織寺(野洲市木部)の門主です。木邊さんは門主でありながら,日本有数の反射凹面鏡研磨家で,木邊さんの磨くレンズは「木邊鏡」と呼ばれて非常に有名でした。 「反射望遠鏡の作り方」は,その独特な製本と赤い表紙の品のある本で,この本を何度も読んで,立派な鏡を作成した人の中には,池谷・関彗星の発見で有名な池谷薫さんがいます。
 実際は,この本は,「反射望遠鏡の作り方」ではなくて,その内容のほとんどは「反射鏡の作り方」なのですが,当時は,ガラスを磨いて反射鏡を作り,自分で作った望遠鏡で星を見る,ということに,多くの天文少年が憧れたものでした。

 このように,昭和40年代は,貧しくとも,本当に夢のある時代でした。人々の生活が豊かになっていくにつれて,夜空も明るくなって,星が消えていきました。同時に,こうした少年たちの夢も消えていったのでした。
 それにしても,あの頃に出版された本というのは,内容は古くなっても,品格があって,しかも,大切に書かれていました。私は,今よりももっと多くの本を買ったり読んだりした思い出があるのですが,それらの多くのものはすでに手元になくて,本当に残念に思っています。
 天文学自体に触れた本は,内容が古くなって,今では,全く役に立ちません。そして,近年は,あまりに天文学の発展が早すぎて,本として出版される間もないので,よい本が少ないこともまた残念です。 今にしてみると,あの頃は,本当にいい時代だったなあ,と思います。
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 明け方,まだ寒い時期に,こう,天の川が昇ってくるでしょう。
 望遠鏡をのぞけばまさに別世界だよね
  池谷薫
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☆ミミミ
そんなわけで,なかなかよい本のない現在は,一般の人が最新の天文学に触れるのなら,ブルーバックスの「新・天文学辞典」を片手に,国立天文台のサイトにある「国立天文台ニュース」を読んだり,放送大学の天文学に関する講座を見たり,BSプレミアムの「コズミックフロント☆NEXT」を見るのが一番手頃だと私は思います。

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「月刊天文ガイド」創刊50年-少年の夢を再び

NGC5139M15M13

 私は,前回ブログに球状星団について書いたころは,球状星団はあまり面白くないものだと思っていました。しかし,その後に多くの星の写真を写した結果,球状星団は散開星団よりもずっときれいで美しく写せるので,次第に興味が増してきました。

 球状星団(globular cluster)とは100億歳を超えるような古い恒星が密集して,互いの重力によってつなぎ留められているために球状で存在している天体で,銀河の渦の外・ハローとよばれる領域にあります。
 天の川銀河最大の球状星団であるケンタウルス座のω星団は17,000光年の距離にあり,星の数は1,000 万個もあります。

 球状星団はどのようにして誕生したのでしょうか?
 138億年前に誕生した宇宙ですが,誕生して間もないころには小さな銀河がたくさんできて,これらが衝突・合体を通じて大きくなっていきました。その過程でガスが高密度になった場所ができて,そこに球状星団ができたというのです。
 現在でも銀河衝突は起きていて,近年その場所で球状星団が生れている様子が発見され爆竹分子雲(Firecracker cloud of molecular gas)と名づけられました。

 では,どうして球状星団は銀河の渦の外に存在するのでしょうか?
 それは,銀河衝突によって作られた球状星団なのですが,小さなものは破壊されてしまい大きなものは吹き飛ばされてハローの地で安住をえたからだというのです。
 しかし,球状星団のなかには銀河よりも若いものもあるのです。当然,それらの球状星団は銀河衝突によって作られたものとは考えられません。そうした球状星団は,母銀河の周囲を回る伴銀河が母銀河に呑み込まれたときに,伴銀河にあった球状星団が母銀河の球状星団になったものだといわれています。

 星は質量によって寿命が決まります。
 年齢の古い星々が集まった球状星団だから,そこにある星々の年齢は当然100億歳以上で,質量の小さいものは現在も主系列星として存在しますが,質量の大きなものはすでに老齢の赤色巨星や白色矮星になってしまっています。ところが,球状星団にある星のなかには,質量が大きいのにもかかわらず,現在も青く輝いているものもあるのです。それが「青色はぐれ星」(blue straggler)です。観測で,青色はぐれ星にもふたつの種類があって,そのひとつは明るく高温のもので,もうひとつはやや暗く低温のものがあることがわかりました。
 では,どうして星が若返ったのでしょうか?
 それは,ふたつの種類それぞれ別のメカニズムによるものです。低温タイプのものは近づいてきた別の星のガスを吸収して若返ったものであり,高温タイプのものはふたつの星が融合したことによって若返ったというものです。青色はぐれ星が星々の多い,つまり密度の濃い球状星団の核のあたりに存在することがその根拠となっています。
 人間もこのようにして若返れたら素敵ですね。近づいてきた若い人の生気を吸い取って若返るのです。あるいは,年寄り同士が融合して若返るのです。
  ・・
 このように,球状星団はさまざまなことを我々に教えてくれたり,楽しい想像ができるのです。
 そんなことを知ると,ますます,球状星団を見るのが楽しみになってきます。

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星を見るのも大変だ-星空の宝石・球状星団①

GarnetStar IC1396

☆☆☆☆☆☆
 ケフェウス座μ(μCephei)星は,もともとエラキス(Erakis)という名がついていたのですが,この星があまりにも赤い「赤色超巨星」のために,ドイツの天文学者ウィリアム・ハーシェル(Sir Frederick William Herschel)は,これをガーネットスター(Garnet Star)と名づけました。
 ケフェウス座は星座線をつなぐと五角形になる星座で,11月の夜9時ころはちょうど天頂に見えます。ガーネットスターは五角形の底辺α星とδ星の間にあって,簡単に見つけることができます。また,IC1396という大きな散光星雲が淡くガーネットスターの南寄りに広く拡散していて,写真に写すととてもきれいです。
 私は「メシエ全天体撮影」を成し遂げてその呪縛から解き放たれたので,今度はこうしたものを写す余裕ができてきて,今回初めて写真に収めました。今日はその写真をご覧ください。

 星は星雲から生まれます。生まれたばかりの星(=原始星)が収縮して核融合反応が始まると,自分のもつ質量に応じた主系列星となります。質量が大きい星ほど核融合反応が激しいので表面温度が高く明るくなるのですが,短命です。
 核融合反応が進みすぎて中心核の水素が枯渇すると,今度は,膨張を始めます。こうして最終的に赤色巨星となったのち,質量の大きかった星は超新星爆発を起こし,質量の小さかった星は白色矮星となって,星は一生を終えます。
 「赤色超巨星」とは直径が太陽の数百倍から千倍以上ある赤色巨星のことで,なかでも質量が太陽の十倍以上のものについては,やがて超新星爆発を起こしたのちに中性子星もしくはブラックホールになると考えられています。
 現在赤色超巨星であるガーネットスターは,3等から5等の間を730日の周期で変光する脈動変光星です。この星の直径は太陽の1,420倍程度で,明るさは太陽の約35万倍,距離は3,500光年と考えられています。
 ガーネットスターは,かつて,宇宙で一番大きな星だといわれていました。
 現在は,それよりも大きな星が見つかっていますが,では一番大きな星はどれかといえば,さまざまな説があります。インターネット上にもいろんなことが書かれていますが,それらを読んでいても,かなりいい加減なものや,中には,星というもの自体を理解しておらず,地球のような個体だと思っている人の書き込みさえあります。
 そもそも脈動する気体である赤色巨星の大きさ,といっても,綿菓子の大きさ比べをするようなものです。

 では,星の大きさはどのようにして測るのでしょうか?
 恒星は非常に距離が遠いため,近距離にあるほんのいくつかの大きな恒星だけは干渉計を用いて直接測定することができますが,それ以外のほとんどの星は直接その大きさを観測することはできません。
 ではどうするかというと,星の表面温度と距離と明るさから求めるのです。
 表面温度はその星の色などから知ることができます。また,星の見かけの明るさと距離から,もともとの明るさ(=絶対等級)を求めることができます。絶対等級はその星を距離32.6光年においたときの等級で表します。
 絶対等級からその星の出す全エネルギーを求めることができます。星の表面温度からは表面の単位面積あたりから放射されるエネルギーの量がわかります。
 したがって,星の全エネルギーを単位面積あたりから放射されるエネルギーで割ってやれば星の表面積がわかり,表面積がわかれば半径を求めることができるというわけです。
  ・・
 こうして割り出した現在最も大きい星は,さいだん座のウェスタールンド1-26 (Westerlund 1-26) ではないか,ともいわれるのですが,まだわからないことが多く非常に不確かだそうです。それを抜いて,はっきりわかっているなかでは,はくちょう座V1489星(16等)が大きくて太陽直径の1,650倍です。次に,いっかくじゅう座V838星で太陽直径の1,570倍,さらに,大マゼラン雲に存在する赤色極超巨星WOH G64(?等)が太陽直径の1,540倍と続き,いて座VX星(6等以下),ケフェウス座V354星(10等)の1,520倍,そして,ガーネットスターと並んで,いて座KW星(11等),おおいぬ座VY星(8等),はくちょう座KY星(13等)の1,420倍といわれています。
 しかし,上記に書いたように,直接計ったわけでなく,また,星も気体からなる脈動星なので,これらの大きさを比べて順位付けをすること自体にかなりの無理があるかもしれません。
 それにも増して,ガーネットスターの価値は「肉眼でも見ることのできる」宇宙で最も大きな星ということなのです。私は,その赤く美しい姿に魅了されます。

NGC55NGC247NGC253 NGC288

 前回「この秋は何も見るものがない。」と書きましたが,結局,天気も悪く,見るものがあろうとなかろうと,星を見る機会がほとんどありませんでした。
 この週末は珍しく天気がよく,おむすび型の気圧配置で日本列島の中央に高気圧が位置するという理想的な状況になって,しかも月明りがなかったので,久しぶりに星見に出かけました。

 よほどの山奥にでも住んでいなければかぞえるほとしか星の見えないこの国ですが,さらに秋の南の空には星がありません。
 夏ならさそり座,冬ならオリオン座の1等星や2等星が都会でも見られるので,星座の確認もできまが,秋は,フォールハウトというみなみのうお座の1等星が寂しそうに輝いているだけです。
 
 しかし,空の暗いところに出かけると,都会では単に灰色にくすんで何もないように見えるところには,くじら座やうお座,そして,みずがめ座の星々があります。
 特に,くじら座は大きな星座で,堂々としています。くじら座,うお座と順に天頂に目を向けていくと,夏には東の空に見えたはずのペガサスが天頂を駆けていてびっくりします。星座の配置というのは,実際に星を見ないとなかなか実感のわかないものです。

 昨年の冬から春にかけてはしし座やおとめ座の銀河を写そうと走り回っていましたが,夏から秋に見られるこのくじら座付近の銀河をこれまで写したことがないことに気づきました。メシエ天体がないので盲点になっていたようです。
 探してみると,この辺りにはかわいくて写真写りのよい銀河がいくつかあって,あたりの星の配置が単純なので,簡単に視野に入れることができました。そうして写したのが今日の写真です。

 1番目はNGC55です。この8等星の銀河はくじら座の南にあるちょうこくしつ座とそのさらに南のほうおう座の境にあって,地平線に近く高度が低いので写すのが難しいのです。
 2番目はNGC247です。この銀河はくじら座のβ星に近く,この次の写真のNGC2534とともにちょうこくしつ座の銀河団に属するものです。
 そして3番目がNGC253銀河とNGC288球状星団です。ともに見栄えのよい天体ですが,特にNGC253は南天のアンドロメダ銀河とでもいうほど明るくて大きなものです。

 写真を写しているうちに,東の空にはエリダヌス川を渡るようにオリオン座が昇ってきました。この姿を見るともうすぐ冬が来るんだなあと毎年感慨深くなるのですが,それよりも,今の私には,この秋の星空の地平線の下にはマゼラン雲があるんだなあ… と気持ちはすでに11月末に出かけるニュージーランドでいっぱいなのです。

三鷹65センチ堂平91センチhsc-02IMG_0866img_0911

 日本では満足に星の見られるところもありませんが,それでも秋になって星がきれいに見られる季節がきたので,これからは時間があれば星見を楽しみたいと思うようになってきました。
 そこできょうはピントのお話です。
  ・・
 望遠鏡で一番大切なのはピントです。
 カメラでも,ピント合わせが一番重要ですが,その一番大切な部分も今では「オートフォーカス」になって,自動化されました。一眼レフカメラがオートフォーカスになった始めのころはカメラに内蔵されたモーターが「ジージー」と音を立てながらピント合わせをしていて人間が目で合わせるほうが早いくらいだったのですが,どんどん進化を遂げて,動いている物体にピントを合わせて追っかけるまでになりました。
 このように,ピントはカメラが自動で合わせることが当たり前になってしまったので,それがいかに大変なことかを特に意識もしなくなりましたが,自動でピントが合うということ自体,考えてみれば不思議なことです。

 星の写真を写すときは,今でもピント合わせにとても苦労します。無限でいい,と思われるでしょうが,レンズも高性能になって,温度によって無限の位置さえ一定でなくなったのです。
 では,超高性能の一眼レフなら星さえもオートフォーカスでピントが合うのでしょうか? 調べてみても本当のことがなかなかなわかりません。
 木星ならオートでピントが合う,と書かれたものもあります。確かに木星は明るいから十分にピントを合わせられそうです。月は明るすぎて逆にうまくピントが自動で合うのがむずかしそうですが,でも,何とかなりそうです。

 私は,月も木星もともに遠いので同じように無限とみなせるから,月でピントが合うのなら星を写すときも同じ位置でピントを決定すればいいと思っていたら,厳密にはピントの位置が違うと書かれてありました。私のような年寄りには現代の技術を理解するのはたいへんです。
 それでもまだ,カメラのレンズなら自動でピントが合うのかもしれませんが,望遠鏡に直接カメラのボディーを接続して写真を写すとなると,今でも手動でピントを合わせる必要があって,それが大変なのです。
 デジタルカメラは写した像がすぐに確かめられるから,それでも,焦点をすこしずつずらしながらピントを追い込んでいけばいいので,まだなんとかなります。

 では,フィルムの時代はどうしていたのでしょう。しかも,天文台の大型の望遠鏡となれば,その苦労は並み大抵のものではなかったのでは? と疑問に思っていたので,三鷹の国立天文台を見学したときに,昔活躍した65センチメートル屈折望遠鏡の案内をしていた人にそのことを聞いてみたことがありますが,そんなこと考えもしなかったと答えられました。
 私はそことがそのままずっと気になっていたのですが,1979年に発行された季刊雑誌「星の手帖」の冬号を読み返していたらその話題が載っていて,びっくりするとともに,やっとその疑問が解決しました。

 1番目の写真の三鷹の天文台で使われていた65センチメートルの屈折望遠鏡はFが暗くて焦点深度が3.1ミリメートルもあったので,季節やシンチレーションによる温度差で焦点が変わったとしても,それはわずか2.5ミリメートル程度だったので焦点深度の範囲内に収まるのだそうです。だから,一度焦点を決めてしまえば,あとはその状態を固定しておけば大丈夫だったという話でした。
 要するに固定焦点で写していた,ということです。
 しかし,2番目の写真の埼玉県の堂平山にあった91センチメートルの反射望遠鏡はFが明るかったのでピントの変化が大きくて,観測する度に初めに焦点を合わせるために,0.2ミリメートルずつ動かしては10秒露出して写真を写して… を繰り返して,写し終わったところですぐに現像してその日のピントを決めていたのだそうです。
 たいへんな苦労をしていたのですね。
 そうした天文台の大きな望遠鏡も,現在はすべてデジタル化されています。ハワイ島マウナケア山にあるすばる望遠鏡では,3番目の写真のような「Suprime-Cam(SC)」と名付けられた主焦点カメラに「主焦点補正光学系」と呼ばれる複雑なレンズユニットを搭載していて,主鏡からの光の収差補正だけでなく,大気による星の光のにじみをも補正して焦点を自動で検出する機能が備えられているのだそうです。
 まさに,時代が違うという感じです。
  ・・
 かくいう私は,これまでは,月や惑星を写すときは少しずつピントをずらしながら何枚も写しておいてあとで一番ピントがあっているものを選んでいましたし,長時間露出の必要な星を写すときは,カメラのプレビュー画面を拡大して明るい1等星でピント合わせをしていましたが,これがなかなか大変でした。
 今は,4番目の写真のような「バーティノフマスク」というものを知ったので,それを自作して使っています。
 このマスクを対物レンズの前に取り付けてカメラのプレビュー画面で明るい星を使ってピント合わせをすると,5番目の写真のように,星の光がこのスリットを通ったときに焦点が合った状態だと左右対称に回折光がでるので,簡単でとても正確にピントを合わせることができるのです。
 どんなに苦労をして写そうが,写真はピントが合っていないと意味がない… 何事も「ピンボケ」ではいけないのです。

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I wish you are a Happy Halloween 2016.

アンドロメダM52C_2014S2_PanSTARRS_20151007C_2015F4_Jacques_20151018エンケ20131109星図

☆☆☆☆☆☆
 昨年は春から初夏にかけて数か月間まったく星が見られませんでしたが,秋は毎晩晴天でした。それに比べて,今年は初夏は晴れ間もあったのですが秋は一向に晴れません。かろうじて中秋の名月の日に月が見られただけです。
 日本では美しい星がみられないとはいえ,それでも星空の美しい季節なので,今日はせめて写真だけでもということで,お星さまの写真をご覧ください。

 秋の北の夜空にはカシオペア座が高く輝くので,それにつれられるようにアンドロメダ座のM31銀河が肉眼でも見られます。それに対して,春は北斗七星が昇ってくるのでそれにつれられるようにしし座やおとめ座の銀河団が見られます。
 そこで今日の1番目の写真はアンドロメダ座のM31銀河を左端に配置した星野写真です。そして,2番目の写真がカシオペア座の代表的な散開星団であるM52です。
 こういった星の集まりは空の暗いところで双眼鏡を使ってじっくりと楽しみたいものです。

 星雲や星団のように毎年同じ季節に見ることができるものは別として,今年は残念ながらまったく彗星が見られないのです。
 さすがに肉眼で容易に見られるような明るいものは数年に1個くらいしか現れないのですが,11等星より明るくカメラで簡単に写せるようなものなら2~3個くらいはいつも夜空に見られたのですが,この秋は,なんとそれすらひとつもないのです。
 これでは,学者さんは別として一般の天文ファンを引きつけるための「ウリ」がないので,そうした人を対象としてメシを食っている人は大変です。

 そこで,昨年の今ごろ見えていた彗星の写真を載せましょう。
 3番目はパンスターズ彗星(C/2014S2 PanSTARRS)が北極星に大接近したときのもの,そして,4番目のものはジャック彗星(C/2015F4 Jacques)です。
 こうした暗くてかわいい彗星なら,空が多少明るくても写すことができてそれはそれで楽しいので,日本で星見をするにはよい対象です。
 で,これから先のまさに期待の「星」なのはエンケ彗星(2P Encke)です。5番目の写真は3年前,前回の接近のときのものです。

 エンケ彗星という名は天文ファンではあまりに有名ですから,知らないという人は「もぐり」でしょうか? 私は,星に興味をもった今から50年近く前から頻繁にこの名前は天文雑誌にあったので自然と知ったのですが,だからといって,この彗星はそれほど明るいものでないので,自分の目で見ることができるようになるまでにはずいぶんと時間がかかりました。

  ・・・・・・
 エンケ彗星は古くから観測されている周期彗星で,この彗星の軌道の研究に尽くしたエンケの名をとって命名されました。
 エンケは1818年にマルセイユのポンが発見した彗星が周期3.3年の短周期彗星であることを計算しました。さらに,この彗星が1786年1月17日にパリのメシャンが発見した彗星,1795年11月7日にハーシェルが発見した彗星,1805年10月19日にマルセイユでチューリが発見した彗星と同じものであることも突き止めたのです。
 周期が3.3年と周期彗星の中でもっとも短いもので,現代では太陽から最も遠い遠日点でも21等程度で観測することが可能です。
  ・・・・・・
 この彗星が3年ぶりに地球に近づきます。今日の最後に載せた星図は来年1月30日の午後7時の西の空ですが,金星のとなりに尾を引いた7等星くらいのかわいい彗星の姿を双眼鏡でも見ることができることでしょう。

 彗星や星雲や星団の写真を写すだけなら,真っ暗で満天の星空が見られるところまで出かけなくても家に帰ってからコンピュータ処理をすればある程度はなんとかなるので,日本でも「こんなもんだと諦める」ことで,星を写す趣味を楽しむことはできます。私は,そんなことをここ数年やってみて,40年も前には夢だったような星の写真をだれでも簡単に写すことができるということを知りました。
 これから先に進むには,小さな望遠鏡から一段レベルアップすることが必要になっていくのでしょう。しかし,私は歳を重ねた結果,そうした「追っかけ」の先にある「むなしさ」を痛いほど経験してしまいました。そして,「走る道路もないのに高級車に乗る」のと同じ「愚」が待ち構えていることも知ってしまいました。だから,所詮,満足に星も見られないこの国では,この楽しみも,このあたりで「こんなものだと諦めて」ことを終わらせるほうが身のためです。

 それよりも私は,道具など使わず「満天の星空」というものを見てみたくなりました。
 「高い山に登れば格別の星空が見られるよ」という話を聞きました。しかし,この国では,どれほどの山奥へ行ったところで,遠くに輝く都会の醜い灯りから逃げ切ることなど到底不可能なのです。名古屋から御岳が見えるということは空が暗いといわれる御岳から名古屋の光が見えるということです。
 だから私は,この国で「満天の星空」を追いかけることも諦めました。その代わりに,この春にはハワイ島マウナケア山の標高2,400メートルの1メートル先が暗くて見えないという場所で念願の「満天の星空」に出会い「夢だった「満天の星空」というのはこういうものだったんだ」という体験をしました。そしてまた,その数か月のちには,ワシントン州ノースカスケーズ国立公園で,全天にわたって雲以上に明るく帯のように横たわる天の川を見て「ああ,これこそが本当の天の川の姿なんだ」という体験をして,身震いをしました。
 それとともに「日本では,こういう星空は絶対に手に入らないんだなあ」と改めて失望しました。

 そんな程度のものしか手に入らないこの国なのに,天文雑誌の記事や天体現象のニュース,あるいは,全国にある公開天文台から発信される情報というのは,そうした日本の夜空の実情を知っているのにも関わらず現実に目をつぶって(つぶらざるをえず),だれもが満天の星空が見られるところに住んでいるかのような情報を発信しています。ニュースで時折取り上げられる天体現象など,実際にはそんなものが見られ場所などほとんどないのです。
 天文雑誌に載っているような美しい星空の写真は,かろうじて日本に残っている空の暗い場所を使用するためにお金を出して契約したり,あるいは,幸運にもそういうところに住んで星を趣味としている人と契約して載せているのだということを知りました。つまり,それらは一般の人たちには容易に手に入らない「虚構」なのです。
 それは,早朝,まだ一般客が来ないうちに撮影した紅葉まっさかりの京都を紹介する旅番組や,開館前に撮影した美術展の紹介番組と同じことで,一般の人がそう見えることを期待して実際にそこに行ってみたところで,あるのは人混みだけで何も見えやしなのです。

 要するに,我々は,実際にはありもしない「虚構」を真実と思って,それに代価を支払うということになってしまっているのです。そして,実際に手に入らないという現実を知ってしまったときに「あなたが手に入れることができのは所詮こんなものだと諦めなさい」といわれているのに過ぎないのです。
 それは,儲かるといわれて投資をして大損する素人投資家や,体によいというキャッチフレーズで要らないものをつかまされるある種の通信販売など,そうした巷にあふれた商法と同じ類の結果なのでしょうか。
 この国ではそんな夜空しか見ることができなくなってしまったことがとても残念です。私は,マウナケア山やノースカスケード国立公園で本当の「満天の星空」を見てしまったので,この国で「満天の星」を追いかけることが正真正銘「虚構」であるという事実を今更ながら再認識してしまいました。そして,そんな手に入らないものを追いかけることのむなしさを感じてしまいました。
 ああ,星ひとつ満足に見られる場所がないなんて,日本はなんてなさけない国なんでしょう。

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 同じ名前の彗星ばかりでわかりにくいのですが,「パンスターズ彗星」という名前の彗星だけでもものすごくたくさんあります。現在,私の持っているような小さな望遠鏡で写真に写せるものだけでも夜空に3つ(C/2014S2,C/2014W2,C/2013X1)あります。
 以前書いたことがありますが,パンスターズ(PanSTARRS)というのは人の名前ではなく「Panoramic Survey Telescope and Rapid Response System」という名の4台の望遠鏡で継続的に全天観測を行って地球に衝突する恐れがある天体を発見する国際プロジェクトのことです。2008年に,アメリカ,イギリス,ドイツ,台湾の大学や研究機関による共同運用が始まりました。
 4台の望遠鏡は,ハワイ島のマウナケア山とマウイ島のハレアカラ山に設置された口径1.8メートルの望遠鏡で,これらを使って24等級までの明るさの天体を検出します。そうして見つけ出された彗星がすべて「パンスターズ彗星」と呼ばれるので,たくさんあるわけです。

 そのうち「C/2013X1」という記号のついたものが,この5月,6等星まで明るくなって,地球に接近してきました。あいにく,月明かりがちょうど重なってしまいましたが,その月も彗星を追い越し新月に向かい,やっとその影響がなくなるこの5月5日からが見ごろ,ということで,私は,天気と相談しながら,この時期に写真を写すことにしていました。
 理想は5月6日の早朝で,この日はちょうどみずがめ座η流星群の極大となる日でもあります。
 しかもゴールデンウィークでもあり,もし,この日の天気がよければ,星が見られる数少ない場所は,それを写すために人が集まりそうで,私は,どこへ行こうかなと頭を悩ませていました。
 「うるさ方」の方々と一緒に見る気にもならず,だからといって,そうでない人とはなおさら同席したくない,というのが,「孤独を愛する」星見人のつねなのです。
 それととともに,先週,この近く(といっても車で2時間以上かかりますが)で私が理想と思っていた観測場所に久しぶりに行ってみて,ハワイの星空と比べてしまった私はその星空のひどさにひどく落胆したこともあって,半ばすてっぱちで,近くて明るくても人の来ないところで,しかも,彗星がみられる東の空がなんとか開けたいつもの海岸近くの高台に行くことに決めていました。

 天気予報を調べると一晩中安定して晴れる一番条件のよさそうなのは5日の早朝。その調子だと6日は曇りそうだったので,5日に行くことにしました。この季節は夜明けがものすごく早く,なんと午前3時50分には夜が白み始めてしまうので,彗星の昇る3時ごろからの50分だけが勝負なのです。
 現地に着いたのが2時30分ごろでした。予想よりも空が暗く,というか,すっかりあきらめ気味なのでもともと期待値が低いこともあったのにもかかわらず,さそり座といて座から夏の大三角のあたりに見事な天の川が輝いていたのには驚きました。
 せっかくなので魚眼レンズでそれをなんとなく写したのが1番目の写真ですが,地平線近くの醜いほどの明るい光がショックですね。これがハワイとの違いということになりますが,それでも,天頂付近は,まあ,なんとか見られます。
 そして,せっかくニコンD5100をローパスレスに改造したカメラを手に入れたのでその性能を確かめようと写したのが,2番目のはくちょう座北アメリカ星雲です。さすがローパスレスだけあって,赤色が見事に写し出されたので,満足しました。

 そうこうしているとやがて彗星が昇ってきて,地平線上に双眼鏡で辛うじてペガサス座のα星が見えてきたので,それを基準に星をたどっていって写したのが3番目の彗星の写真です。
 彗星は思った以上に簡単に写りましたが,地平線近くで空が明るく,この程度しかとらえることができませんでした。
 写した画像をよく見ると,核がふたつに分裂しているかのようです。しかも,予想よりはるかに暗そうです。いずれにしても,彗星を写すことができたので,ホッとしました。
 この彗星は,昨年の11月15日に一度,まだ暗いころに写したことがありますが,その時の姿からさほど大化けもせず,淡い綿菓子状のままなのが残念でした。今後1か月くらいは同じような位置で見ることができますが,この先もさほど高く昇らないので,ずっとこのような姿だと思われます。
 ハワイから帰って日本の夜空を見て,日本ではよほどの山奥にでも行かない限り,時間をかけて郊外まで出かけてもさほど空の状況がよくなるというわけでもないのを私は痛感しました。この程度の空で「こんなもんだと諦めて」こうして適当に楽しむのが一番なのでしょう。
 この夜は,明るい流星が時折流れ,夏の星座が南の空いっぱいに広がり双眼鏡を使えば星雲や星団がたくさん見えました。その帰り,東の空には月齢27.4の美しく細い月が,明るくなりはじめた東の地平線の上に気品高く輝いていました。 

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 将棋に「手順前後」という言葉があります。A→B→Cという順番に指さなければいけないのに,それをB→A→Cという順番に指してしまったためにうまくいかないということです。
 私が大学生のときには北海道を一人旅するのが流行していて,こういう人を「カニ族」といったのですが,宿泊先は大抵はユースホステルでした。ユースホステルは連泊制限があったのですが,そんな規則はお構いなし,北の果ての利尻島と礼文島にはちょっと変わったユースホステルがあって,一度そこに宿泊すると,連泊が半ば強制されてしまい,他のところに行けなくなってしまったわけです。だから,これらのユースホステルに初日に宿泊してしまうと,せっかくの北海道旅行もこのユースホステルに宿泊するだけになってしまったわけですね。

 今日は,物事には順序があった,というお話です。
 若い人は覚えておくとよいと思いますが,人生,実は50歳からが地獄なのです。だから,50歳を過ぎて偉くなろうなどとは決して思わず,50歳で昇りつめる気持ちで生きることが大切なのです。50歳をすぎてローンを抱えているなんて最悪,子育ても50歳で卒業すべきなのです。そのためには,若いときにお金を借りて家を買う,というのが一番やってはいけないことで,この人の一生は,住宅ローンを払うだけで終わります。この国で家を買うのは財産ではなく負債になります。やるべきことの順序が逆なのですね。
 家もそうですが,私は,実際はな~んにも考えずに生きてきただけなのに,結果的にそうしなかったのが幸運でした。そのおかげで,今,何の心配もなく好きなことをすることができます。そのひとつが海外旅行なのですが,今回ハワイに行ってみて,もし若い時に行っていたら,きっと,アメリカ合衆国50州制覇などする気も起きなかっただろうな,と思いました。これまでハワイに行かなかったからその魅力も知らず,アメリカ本土をドライブしたり美しくもない日本の夜空でたくさん星見をしてきました。その結果,はじめて行ったハワイ島なのに,自由気ままにドライブしたり星を見たり写真を写したりすることができたのでした。
 やはり,物事には順序がある,ということなのですね。
 
 さて,5月になりました。
 1か月前マウナケアで満天の星空に感動していたのが遠い昔のようですが,また,新たな新月が近づいてきました。去る4月29日は,例のごとく絶対に晴れるという気象配置の晩でした。かなり風が強かったのですがそれも空気が澄むから幸いで,星見に行きました。明け方の東の空には待望の明るくなったパンスターズ彗星(C/2013X1 PanSTARRS)が昇り始めるのですが,新月前でまだ月が明るいのでそれは1週間後の楽しみに取っておくとして,この晩は日が沈んでからの3時間ほど星を写すことにしました。
 しかし,写したい天体がないのです。あまり行く気が進まない…。これも,ハワイで見た満天の星空の影響なのです。結局,ずいぶんと暗くなってしまったリニア,パンスターズ、カタリナの3つの彗星とそのついでにメシエ天体を2つ写しただけで帰って来ました。
 今日の写真は上から順に,9等星まで暗くなったリニア彗星(252P),10等星まで暗くなったパンスターズ彗星(C/2014S2 PanSTARRS),そして,ふたご座のM35と有名なおとめ座のソンブレロ銀河M105です。

 この晩,星を見に行って私は失望しました。もう,この国はだめです。この国で美しい星空を見るのは無理です。どんな山の奥でもそんなところにある必要のない街灯が意味なくまぶしく光り輝き,か弱き美しい星の光を消し去っています。道路は消えかかったセンターラインを引き直すこともしないくせに,やたらと街灯だけを照らすものだから明るい必要のない周囲までもが光り,また明るすぎるので目にまぶしくて疲れるだけなのです。雨でも降れば道路は反射して輝いて,どこがセンターでどこが道路の端なのかもわからなくなって,決して安全でないというよりもむしろ危険なのです。
 必要十分で控えめな街灯と,道路にきちんとひかれたラインがヘッドライトによる蛍光で明確に光り,走りやすかったハワイ島の深夜の道路が懐かしくなりました。これまではこんなものかと思っていたのに,ハワイで星空を見たために,日本でこんな絶望感を味わうことになってしまったのも,理想の姿を知ってしまったからなのです。これもまた,はじめにそれを知らなかったのがこれまではよかったのでしょう。
 しかし,それを知ってしまった今,これからは,灰色の夜空しかない日本なんてとっとと捨てて,年に数回,ハワイやニュージーランドで星見をしようと,固く誓った夜でした。

 彗星の光度を正確に予測するのは非常に難しいものです。
 小惑星などの天体は,地球までの距離と太陽までの距離の2乗に反比例して明るくなるのですが,彗星の場合は,太陽に近づくと塵やガスが噴出しコマができたり尾が伸びたりするために,太陽までの距離の5乗から場合によっては10乗以上に反比例して明るくなっていきます。
 要するに,岩石でできている小惑星とは違って,氷の塊である彗星は,その大きさや作りなどがあまりにまちまちで,しかも,それが割れたり中から塵やガスが出てきたり,あるいは出てこなかったりなどなど,不確定な要素が多すぎるので,どのくらい明るくなるのか,皆目見当がつかないのです。
 このことが,これまで「世紀の大彗星」といわれながら,その期待を裏切った数々の彗星を生んできた原因でした。当然その逆もありうるわけで,核が分裂するなどの要因で活動が急に活発化し,急激な増光 -これをアウトバーストというのですが- が起こった場合は,突然ものすごく明るくなったりすることもあるのです。そして,アウトバーストが終わるなどで活動が衰えた場合や核が崩壊して消滅していく場合などは,急に暗くなることもあります。

 これまでにアウトバーストした彗星で有名なのはホームズ彗星(17P Holmes)です。
 このことはすでにブログに書いたことがありますが,ホームズ彗星(17P Holmes)は2007年に太陽に近づいてたときに突然大バーストを起こし,17等星だった彗星が最終的には2等星まで達して,街明かりの中でも肉眼で存在を確認できるほどになりました。
 また,近年では,2012年にリニア彗星(C/2012X1 LINEAR)もアウトバーストを起こして,予報光度は14等級だったものが8等星になりました。
 今年の3月,先に書いたリニア彗星(C/2012X1 LINEAR)とは別物のリニア彗星(252P LINEAR)がアウトバーストを起こしました。
 このブログに以前書いたように,3月はこれまで明るく楽しませてくれたカタリナ彗星(C/2013US10 CATALINA)やパンスターズ彗星(C/2014S2 PanSTARRS)が太陽から遠ざかっていって暗くなってしまったので,彗星を見る楽しみもなくなって,次の期待は6月に明るくなると予想されるパンスターズ彗星(C/2013X1 PanSTARRS)だとばかり思っていたのに,このリニア彗星のアウトバーストを知って,私はまさにびっくりぽんでした。
 リニア彗星(252P LINEAR)はリニア地球近傍天体捜索プロジェクトで2000年4月に発見された周期彗星で,今回の接近での光度の予想は15等星でした。これでは私は写真に残すこともできないので,縁遠いものだと思っていたのに,突然,6等星にまで明るくなったというニュースでした。
 しかし,明るくなったこの時は,南半球からは見えても日本からは見ることができなかったことと,北半球で見られるようになる3月の末ごろは,私はハワイに行っているので,帰ったときにはもう暗くなってしまっているだろうとあきらめていました。

 ハワイから帰って聞いてみると,その間,日本ではずっと天気が悪く星が見られなかったということだったので,リニア彗星(252P LINEAR)が,現在,どのくらいの明るさを保っているのかわかりませんでした。
 4月11日。この日だけ天気が回復しました。これから先は月が明るくなるので,おそらく,この彗星を写すことができるのはこれがラストチャンスだと思ったので,ともかく写してくることにしました。彗星が東の空に昇ってくるのが夜の11時ごろなので,その時間にいつもの場所に出かけてみると,それはそれは空の汚いこと! というか,ハワイの真っ暗な夜空を見てしまったので,失望でしかなかったのですが,それでも写真に捉えてみると,灰色の空のもと,えらく明るく写ったその姿に,これまたびっくりしました。
 アウトバーストした彗星の特徴で尾が伸びていなくて単に淡い姿が写っただけではありますが,この明るさと大きさには本当に驚きました。そして,いまだ6等星を保っていてうれしくなりました。よく見ると,この彗星,核が割れていますね。
 このように,彗星というのは気まぐれで,それがかわいいというか,追いかける価値があるというものです。
 こうして思わぬ成果がありましたが,それとともに,この明るさならハワイの夜空に肉眼で見えたのにと,ハワイで見損ねたことを残念に思ったことでした。

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 連日の晴天で,月も暗く,オリオン座流星群の極大期で,しかも,明け方の東の空に惑星が四つ,さらに,国際宇宙ステーションが夕方の空に見られる。このように天界は大忙しでした。
 天気予報は,夜だけ曇,という予報が続き,あまりの晴天続きで茶色く濁って,星を見にいくべきかやめるべきか,迷っているうちに,月齢12になってしまいました。
 土曜日の夜は,午前2時くらいまでは雲がでるけれど,そのあとは晴れ上がるという予報だったので,どっちみち月が沈むのが午前3時だから,明け方の星を見にいくことにしました。

 見たかったのは,2つのパンスターズ彗星と明け方の惑星,そして,おまけのオリオン座流星群でしたから,明け方の空さえ晴れてくれれば問題ありません。しかも,夜明けのドライブは,星を見るよりも楽しいので,うきうきと,深夜1時過ぎに家を出ました。
 家を出るときはものすごい風が吹いていて,まさに前線が通過する感じ,これなら大丈夫と思ったのですが,いつもの場所に着いたら,もう風は止んで,代わりに,天気が変って,冬型になりました。そんなわけで,同じ快晴でも,昨日の濁った空とは違って,日曜日はまさしく秋晴れ,澄んだ青空が広がりました。

 パンスターズ彗星2つ,そのひとつは「C/2014S2 PanSTARRS」というもので,前回北極星に大接近したときに写真に撮ったものです。その後,こいぬ座をゆっくりと動いています。もうひとつは「C/2013X1 PanSTARRS」で,こちらのほうが大物で,来年の夏に6等星になるといわれていますが,現在はまだ12等星。ぎょしゃ座のカペラ付近を動いています。
 月が沈んだので,まず,パンスターズ彗星(C/2014S2 PanSTARRS)を狙いました。急激に増光して予報より明るいということでしたが,問題は天の北極に近く,望遠鏡を操作するのが難しかったことです。何とか視野に入れると,簡単にうつりました。それが1番目の写真です。しっかり尾も見えるし,このくらいの彗星はかわいくていいです。
 次はパンスターズ彗星(C/2013X1 PanSTARRS)です。1等星カペラは天頂に輝いています。天頂というのは贅沢な話ですが最悪です。ファインダーが覗けないので位置が定まりません。なんとか彗星のある位置を探して1枚だけ写しましたが,写っているのやらいないのやら,写真を見て探す気も失せました。

 こうしている間も,オリオン座は南の空高く輝いていましたが,流星なんて,ひとつも見えません。今年のオリオン座流星群はだめです。広角レンズで時々オリオン座付近を写したのですが,ひとつも写りませんでした。その時の写真の1枚が2番目のものです。この写真に流星が写っていれば最高だったのですが…。
 この夜,2時間で,ものすごく明るい流星を3個見たのですが,見たときにその視野を写していなかったのが不運でした。1番残念だったのが,3番目の写真を写した直前に,ちょうどその場所に流星が出現したときでした。

 東の空には金星と,それに寄り添うように木星が昇ってきました。その下には火星が輝いています。
 金星と木星は焦点距離750ミリ相当の画角に収まるほど接近していたので,露出時間をかけて写しました。ここに載せた4番目の写真は1分ほど露出したのもで,金星が派手に明るく写りましたが,木星の周りにあるガリレオ衛星のうちのひとつ・イオは木星の光に吸い込まれてしまいました。もっと露出時間の少ない写真には写っているのですが,難しいものです。
 そして,午前5時。
 東の空には,金星,木星,火星,そして,上ってきた水星,地上の風景は地球ですから,水・金・地・火・木星が見えるようになりました。
 土星だけは,夕方西の空に見えていました。
 家に帰る途中,高度を上げた水星が,夜明け前の東の空,山々の上に元気に輝いているのを肉眼でもはっきり見ることができました。

 お金を出して,高性能の望遠鏡やカメラを買えば,もっとすばらしい写真が写せるのですが,私は,これまで40年以上長年付き合ってきた自分の持ち物を,恩返しのつもりで使い続けています。若いころにせっかく手に入れたものだから,その持って生まれた能力を十分に発揮させてやりたいものだと思っています。別に,学術的な研究をしているわけでもなく,自分の精神的な満足を手に入れることが目的だから,私にはこれで十分です。
 それにしても,頭ではわかっていても,実際に写すのは本当に難しいものだと,いつも思います。だからこそ,楽しいのです。そして,夜明けはいつ味わっても気持ちのよいものです。
 今日は十三夜。月も明るくしばらく星見もお休みです。

◇◇◇
The Beautiful Moon in the Chestnut Season.

The lunar calendar, the night of the Moon age 13 in September is "Ju-san Ya".
 It is also called "Kuri Meigetsu" or the Beautiful Moon in the Chestnut Season.
If we don't watch both the Harvest Moon and this,
it is less favorable as single moon-viewing.

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 21日の深夜から22日にかけて,オリオン座流星群が極大を迎えました。
 なぜかこの流星群のことが大きく報道されていて,ニュースの天気予報のコーナーでも,「今晩の流星群は見られますか?」とか「流星群見ましたが?」 などといったアナウンサーの会話がありました。
 星のことに関心をもってもらえるのはうれしいのですが,何かみんな勘違いをしているように思えてなりません。
 流星群は,皆既月食のように晴れていえば見られるというようなものではないし,2等星もまともに見えない都会で,流れ星がスイスイと飛んで見えるとでも思っているのでしょうか?

 私は昨年,星を見に行ったついでにこのオリオン座流星群を堪能したので,今年はもうどうでもよかったのですが,ちょうど明け方の空に,金星,木星,火星,水星と,惑星が四つも並んでいるので,そちらを見たくて,この時期を待ち焦がれていました。
 ずっと雨だった夏が終わったと思ったら,秋は連日晴れになりました。これでは晴れすぎです。空が濁ってしまって,秋の空というよりも,まるで春霞です。こんな空ではやる気も起きません。それに加えて,天気予報があいまいで,夜だけ曇るとか,明日のほうが天気がいいとか,寒くなるとか,そういった予報がころころと変ってしまうのです。
 昨年のこの時期は,すでに凍てつくような寒さで,その中で,流れ星がたくさん流れましたが,今年はまったく違う季節のような気がします。

 そんなわけで,私は星を見にいく気もなくなっていたのですが,朝3時に目が覚めてしまって,外を見たら晴れていたので,車で近くの川の土手まで行ってみることにしました。
 汚い空でしたが,そこでなんとか写した流星が1番目の写真です。左側にあるのがオリオン座の大星雲,暗い流星が右下を横切っています。拡大してみてください。
 そして,金星,木星,火星を地平線とともに写したのが2番目の写真です。画面の中央上部に右から一番明るいのが金星,その左が木星、そのさらに左の暗い星が火星です。レンズを変えて拡大したのが3番目の写真です。
 星を見た帰り道,車の中で聞いたラジオの放送でも,その番組を聞いている人から寄せられた,流星が「見えた」とか「見えなかった」とかいうメールが紹介されていました。それに答えてアナウンサーが,「見えた人と見えなかった人がいるんですね」とか言ってその流れで天気予報のコーナーになって,「そうですね,ところによって晴れていたり曇っていたり…」。
 私は,そういうことじゃあないだろうと突っ込みを入れたくなりました。
 まあ,このことひとつをとってみても,ずいぶんといい加減なことを言っているわけです。きっと,私の詳しくない事も,実際には,こういう感じでずいぶんといいかげんなこと言っているのではないかな,と思ったことでした。
 少し前のことになりますが,朝,日本で金環日食が見られたことがありました。日食を観測することはとても大切なことだから,という理由ならともかく,日食で空が暗くなるから危険なのでこの日に限って学校の開始時間を遅くする,と決めた専門が理科の校長がいたそうですが,この人,本当に学問わかってるの? と思いました。
 金環日食が皆既日食と違って空など暗くならないことは,小学生でも知っています。
 地位の高い人は,その立場にふさわしい人を任命してほしいものです。専門性をリスペクトしない日本らしい恥ずかしい話です。

 この日は,夕方に国際宇宙ステーションが北西から天頂に向かって飛んでいくのを見ることができたので,それも写しました。4番目の写真です。
 いろいろなことが夕方も明け方も起きるので,私は大忙しです。
 そんなわけで,オリオン座流星群の「まとも」な写真は写せませんでしたが,せっかく連日晴れているので,毎日月の写真を写すことにしました。果たして,30日晴れ続けて,月の満ち欠けをすべて写すことができるでしょうか?
 夜空が暗く,満天の星空なら申し分ありませんが,そうでなくても,空を見上げると,人間の力を超えた様々な出来事が起きていて感動します。国際宇宙ステーションが夜空を動いていく姿を見るだけでも,なにかとても神々しく感じるものです。

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 2014年8月17日に発見されたラブジョイ彗星(C/2014Q2 Lovejoy)は,先週見たときには,はじめの予報よりずいぶんと明るく輝いていました。
 この今年のクリスマスの贈り物は,12月28日から29日にかけて,オリオン座の南にあるうさぎ座のM79という球状星団に近づきます。そして,来年の1月11日には4等星まで増光するという楽しい予想が出されています。

 都会に住む私は,家の庭で星を見ることができないので,どうしても空の暗いところまで行く必要があります。天気予報を入念にチェックして,雲がないという確信があれば,決行します。近ごろの天気予報は非常に精度がよくて,正確に雲の予想さえできるので助かります。
 予報では,あいにく,28日以降は天気がよくなくて,雨か雪ということで,一番条件がよさそうな26日の深夜に,再び見に行くことにしました。
 彗星は,まだ,球状星団からは少し離れてはいるのですが,180ミリの望遠レンズなら,彗星と星団を1枚の写真に収めることができることを確認しました。

 また,別の機会に書こうと思っていますが,私が星を見にいく場所は4,5箇所あります。それぞれの場所には,いろいろと問題があって,1箇所に絞れないのが残念なのですが,毎回,見るものの条件に一番あったところに行くことにしています。
 今回は,この彗星が見られるのが南の空低いというとを考慮して場所を決めました。そうそう,ひとつ書き忘れていましたが,一番大切なのは,場所よりも,月の光がないということです。その点では,ちょうど,今は新月なので問題はありませんでした。
 また,歳をとって,睡眠時間が少しですむようになったので,午前2時くらいまで星を見るのなら,見終わってから家に帰って,2時間程度仮眠すれば,次の日は朝から何の問題もありません。
 さすがに明け方の空を見にいくときだけは,あらかじめ仮眠をしてから出かけます。

 この日も,いつものように1時間半くらいかけて,観測場所に到着しました。
 さっそく望遠鏡を設置したのですが,そのころになると雲が出てきて,ついには北極星すら見えなくなってきました。しかし,長年の経験で,この日は,雲は,待っていれば切れる確信があったので,特にあせりもせず,準備を続けました。風が非常に強かったのですが,風が強いのは,夜露がつかないので,むしろ望ましいのです。寒さは,防寒着でなんとかなります。
 やがて,いつのまにか雲がなくなって快晴。南の空には美しくオリオン座が見られるようになりました。
 双眼鏡でなんとなくうさぎ座のあたりを見ていると,全く問題なく,視野の中に,ぼんやりとした彗星像が飛び込んできました。こんなに楽に彗星を見つけることができたのは,久しぶりのことでした。
 この彗星は,よほど明るいということなのです。
 前回見た12月20日に比べて,ここ1週間で彗星は非常に明るくなっていました。

 まず,180ミリの望遠レンズで彗星と球状星団を一緒に写真に収めました。もともとこの球状星団は小さくてさえないものなので,ほとんど恒星と区別がつかないのが残念ではあります。
 きょうの1番目の写真の白丸の中にあるのが球状星団で,彗星と同じ写真に収めることができました。そして,次に,いつものように,500ミリレンズで写しました。それが下の写真です。家に帰って確かめてみると,ずいぶんと長い尾が見えています。
 このように,この,望外に増光した彗星は,これから,もっともっと明るくなるので,期待が高まります。
 サプライズなクリスマスプレゼントになりました。C_2014Q2_Lovejoy_20141226

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 現在ラブジョイ彗星(C/2014Q2  Lovejoy)がオリオン座の南あたりに見えています(=1番目の写真)。予想よりも明るくて,双眼鏡を使えば,綿菓子のような姿を容易に見ることができます。
 …と書くと,混乱する人も多いと思います。というのは,昨年の今ごろもラブジョイ彗星を見ることができたからですが,それとは別の天体です。
 現在見ることのできるラブジョイ彗星は,このあと,12月28日にはうさぎ座のM79という球状星団に接近して同じ視野の中に輝き,その後オリオン座の東側をどんどんと北上して,来年1月11日ごろに最も明るくなります。
 連休中でもあり,非常に条件がよく,冬の代表的な星座オリオン座の隣にほうき星が輝くという素晴らしい写真を写すことができるかもしれません。

 彗星は発見した人の名前がつきます。とはいっても,近ごろは,天文台が大規模なサーベイをやって,主だったものは発見してしまうので,なかなかアマチュアが発見することは困難になってしまいました。
 そんな中で,この彗星を発見したテリー・ラブジョイ(Terry Lovejoy)さん(=2番目の写真)は,1966年生まれ,オーストラリアクイーンズランド州の情報技術者,つまりアマチュアの天文家です。

 彼がはじめに発見したのが「C/2007E2」(=3番目の写真)で,2007年3月27日に発見されました。その2か月後には2個目の「C/2007K5」。それは2007年5月26日のことでした。
 そして,彼の名を有名にした33個目の「C/2011W3」(=4番目の写真)。これは2011年12月2日に発見された彗星で,この彗星は肉眼ではっきり見えるくらいに明るくなったと同時に,太陽に極めて接近し生き延びた「サングレーザー」として話題となりました。
 太陽表面から13万キロメートルという極めて近い距離を通過したにもかかわらず,蒸発や衝突せずに生き残った彗星としても話題になりました。
 クリスマス・シーズンの南半球で明るく雄大な姿を見せて,「2011年クリスマスの大彗星 (The Great Christmas Comet of 2011) 」ともよばれています。残念ながら日本で見ることができなかったために,知らない人も多いと思いますが,南半球ではとんでもないことになっていました。
  ・・
 そして4個目が「C/2013R1」(
=5番目の写真)。この彗星が昨年見えていたものです。これは2013年9月7日に見つかった長周期彗星で,2013年11月1日には肉眼でも観察することができるようになって,2013年10月の上旬には,話題となったアイソン彗星よりも印象的な彗星となりました。この彗星は2013年12月22日に太陽に最も近づく近日点を迎え,太陽に地球と太陽の距離の0.81倍 まで接近しました。
 そのころは,アイソン彗星の話題で持ちきりで,私のようにアイソン彗星を見に行った人たちは「ついでに」見たら,こっちの方がよほど明るかった,という冷遇された彗星だったのですが,アイソン彗星が消滅したことで,一躍時の人(星?)となってしまったのでした。
 そして,今回のものが「C/2014Q2」。2014年8月17日に発見された彗星です。はじめの予報では8等星くらいということだったのですが,すでに6等星で輝いています。

 このように,これまでに発見した彗星は5個。彗星を7個発見した日本のアマチュア天文家・池谷薫さん同様,ラブジョイさんの発見した彗星は予想よりも明るくなるのです。また,池谷・関彗星のような「サングレーザー」を発見したことも似ています。
 冬の凍てつく夜空に輝く彗星。地上の煩わしさをのがれ,星を眺めるのもまた一興です。

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 「ロゼッタ」(Rosetta space probe)は,2004年3月2日にフランス領ギアナから打ち上げられた欧州宇宙機関の彗星探査機です。
 当初の計画では,2003年1月12日に打ち上げられて,小惑星・大田原 (4979),小惑星・シワ (140) に接近,その後,ワータネン彗星へ到達する予定だったのですが,打ち上げロケットが爆発事故を起こしたことで,当初の予定が変更されて,目標がチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星へ変更されたものです。

 探査機は,予定通りに2014年8月にチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に到着し,11月12日に彗星の地表に着陸機「フィラエ」 (Philae) を投下,着陸に成功して人類史上初の「彗星に着陸した探査機」となって,写真を送ってきたのです。
 残念ながら,ハヤブサとは違い,この探査機は地球には帰還しません。

 この「ロゼッタ」,おもしろい話があります。
  ・・・・・・  
 「ロゼッタ」がチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に向けて飛行中の2007年11月7日,「カタリナ・スカイサーベイ」によって,地球に接近中の地球近傍小惑星として誤って「発見」されちゃったのです。
 そして,この「新天体」は「2007VN84」と仮符号までつけられて,直径20メートルの天体が11月13日に地球から5,600キロメートルのところを通過するという予測が出されて,きわめて衝突リスクの高い天体となって大騒ぎになったという事件があったのです。

  ・・・・・・
 間が抜けた話です。

 着陸したチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星(67P Churyumov-Gerasimenko)は,クリム・チュリュモフとスヴェトラナ・ゲラシメンコが発見した,周期6.57年の周期彗星です。
  ・・・・・・
 1969年10月22日,アルマアタ天体物理研究所のスヴェトラナ・ゲラシメンコがコマス・ソラ彗星 (32P Comas Solá) を目標として撮影し,その写真を調べたキエフ大学のクリム・チュリュモフは,写真乾板の端近くに目的の彗星のような像を見つけました。チュリュモフはそれをコマス・ソラ彗星だと思いこんだのですが,後に詳細に調べると,その天体はコマス・ソラ彗星の予想位置から1.8度も離れていたことがわかりました。また,予想どおりの位置にコマス・ソラ彗星が写っていたので,最初に見つけた天体は新彗星であることが明らかになりました。
  ・・・・・・

 彗星の写真は,すでに,ハレー彗星が地球に接近した1986年に撮影されているので,彗星の核の姿を写真でとらえたのははじめてのことではなかったのですが,これだけ接近して,しかも,着陸したのははじめてのことだったので,今後,さまざまなな新発見が期待されます。
 それにしても,彗星というのは単なる汚れた雪だるまで,大きさもその組成も彗星によってさまざまだから,単に発見された位置と明るさから,太陽に接近したときの明るさを予報するのは不可能だなあと私は思います。
 そういえば,明るくなると期待されたアイソン彗星が太陽へ接近して消滅したことは,もう今から1年も前の出来事だったのです。

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 今晩は皆既月食が見られます。
 子供のころ,皆既日食というものをはじめて知ったとき,一度は見ていたいものだと思いました。しかし,日本で皆既日食を見ることができるのは遠い先のことで,落胆しました。
 恐竜やマンモスの化石,オーロラ…。どうして,日本ではそういうものに無縁なのか,子供ごころに日本に失望した思いがたくさんありました。
 そのとき,皆既月食のことも同時に知ったのですが,皆既月食は皆既日食に比べて日本でも頻繁に見られるから,それはそれほど珍しい現象でもないし,皆既日食で見られるダイヤモンドリングもないし,私は,あまり興味がわきませんでした。

 それに,子供のころに,私は皆既月食をはじめからおしまいまで見てがっかりした記憶がありました。
 それは,15歳まで住んでいた家の近くの公園でブランコを漕ぎながら見たのだから,おそらく1960年代のことだと思うのですが,皆既月食といっても,日食とは違って,月が見えなくなるわけでもなく,やたら赤っぽい月が浮かんでいただけでした。なんだ,赤いだけじゃないか,と失望したことや,あまりに,皆既の時間が長く飽きちゃったことが,がっかりの原因でした。
  ・・
 やがて,月日が流れ,私は,1999年には念願の皆既日食をハンガリーで見ることもできたし,オーロラも見たし,マンモスの化石も見たし,恐竜の化石もたくさんアメリカで見ました。それは,子供ころの失望が反骨精神となって外国に行ってこれらを見てみたいと思っていたからこそ実現したのかもしれません。そして,今でも失っていない星への興味が,歳をとるにつれてさらに深まって,月も素敵なものだという気持ちに変わってきました。

 日食は,太陽と地球の間を月が通過するとき,つまり,ちょうど新月である月が,太陽の前を通過することで起きるわけだから,皆既日食というのは,実は太陽の前の月を見ているということになります。見かけ上の大きさがほぼ同じという偶然から,それが皆既日食になるわけです。だから,地球上で見ることのできる範囲は狭く,皆既になる時間もわずか数分です。
 それに,地球をまわる月の軌道は楕円だから,地球から月が遠いときには月の方が太陽よりも見かけ上小さくなるから,太陽をすべて隠すことができず,このときは残念ながら皆既日食にはならず,金環日食になってしまいます。これは2年前に日本でも見られました。私もしっかりと観測しました。
 それに対して,月食は,夜,月を輝かせている太陽の光を地球が邪魔して起こるので,地球上の非常に広範囲で見ることができるし,皆既の時間も1時間程度にもなるので,それほど珍しい現象でもないわけです。そして,私が子供のころに見たように,皆既月食では,地球の大気によって太陽の光のうち波長の長い赤系の光が屈折・散乱されて本影の中に入るために,月は真っ暗にはならず,暗い赤色(赤銅色)に見えるのです。
 しかし,火山爆発などで大気中に多量の微粒子が浮遊している場合には,月が非常に暗くなって灰色かほとんど見えなくなることもあるらしいです。今回の皆既月食は,赤銅色だと言われているのですが,実際はどうなのでしょうか。御嶽山の噴火は影響があるのでしょうか?
 それよりも,実は,今回の皆既月食で私が興味があるのは,皆既中に月の光が弱くなることで,満月の夜空には消えてしまう星々が皆既中には見られるということなのです。特に,今回の皆既月食では,月のわずか右側に天王星がいるので,これが見られるかどうか,ということが最大の楽しみなのですが…。

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 地球のたったひとつの衛星である月。旧暦とよばれる天保暦8月5日の月は中秋の名月です。

 2014年は9月9日が中秋の名月でした。そして,10月6日,旧暦の9月13日は十三夜です。後の月,豆名月,栗名月ともいいます。
 十三夜の月は十五夜の月についで美しい月とされていて,宮中では古くから宴を催すなど,月を鑑賞する風習がありました。十五夜の月だけ観賞するのは片月見といって忌まれていて,十五夜に月見をしたら,必ず同じ場所で十三夜にも月見をするものとされています。
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 旧暦では,月が欠けて満ちそして再び欠けるまでを1月とし、それを12回繰り返すことで1年としています。
 月の満ち欠けによる1年は約354日なので,太陽暦の1年とくらべて約11日ほど短くなるので,約3年間で1月ほど短くなります。そこで,旧暦では3年に1度閏月を加えるのです。
 閏月の月名は、その前月の月名の前に「閏」を置きます。例えば「4月」の次に挿入される閏月は「閏4月」となります。うるう年のように29日ができたり,13月ができたりするのではありません。
 何月が閏月になるかは,二十四節気と旧暦を比較して決めますが,今年は,なんと旧暦の9月に閏月があるのです。したがって,十三夜が2回あるということになります。
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 二度目の十三夜は「後の十三夜」とよばれます。今年の11月5日がその日に当たります。前回,後の十三夜があったのは1843年(天保14年)でしたから,なんと171年ぶりということになります。そして,今世紀中にはもうありません。
 ぜひ,後の十三夜を鑑賞したいものです。

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 二十四節気のひとつである春分の直前の新月の日を旧暦2月の1日とします。こうして,二十四節気の直前の新月の日を旧暦の1日としていくと,二十四節気は太陽の公転周期を24等分しているので,ひとつ置きに節とします。すると,節と節の間の1節気が約30.4日となります。しかし,旧暦は月の満ち欠けの周期だから29.5日なので,すこしずつ差ができてきて,1節気の中に,新月が2回ある場合が起こります。このときは,旧暦の同じ月が2回できるので,その後の方を閏とするわけです。
 そのように決めていくので,閏月が何月になるかは,その年次第ということになるのです。
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 では,ここで,月の話題をひとつ紹介しましょう。
 月はどのようにして生まれたのでしょうか?
 人間を乗せたアポロ宇宙船が初めて月に着陸した1969年には,月がどのようにうまれたかはわかりませんでした。アポロ宇宙船が地球に持ち帰った月の岩石を調べると,月の岩石は地球そっくりだったのです。しかも,かなりの高温にさらされた形跡がありました。そこで,月はほかの星が地球に接近して回り始めたというものではなくて,地球の岩石の残骸だという説が有力になってきたのです。
 現在,いわれているのは,月は惑星の衝突から生まれたというものです。
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 今から約46億年前,太陽の周りには,今より多くの惑星が回っていました。地球の軌道とほぼ同じ場所にも,テイア(Theia)と名付けられた原始惑星があったのです。そして,地球とテイラは時速3,000キロで衝突しました。これをジャイアント・インパクト(Giant Impact)といいます。
 もし,その衝突した角度が実際と少しでも違っていたら,地球は粉々になっていたかもしれません。その微妙な角度のおかげで,テイアだけが粉々に砕け,地球も一部が破損して,それらの破片が地球の周りを回り始めて,やがてひとつになったのが月というわけです。
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 現在は,月は地球と約38万キロメートル離れていますが,月の誕生した5億年後には,その距離はわずか20,000キロメートルでした。そして,地球の自転速度は1日に6時間という早いものでした。
 月の引力が地球の自転速度にブレーキをかけたことによって,現在の速度になったというわけです。しかも,月は,地球の海の潮の満ち引きにも影響を与えて,海には多くの栄養素が生まれ,その結果,地球に生命が誕生するきっかけになったともいわれています。
 こんなことを考えながら,月を眺めると,何かかいとおしくなってきます。

M51M81とM82と超新星ふくろう星雲(M97)とM103M101 M33aM74s

 現在は,形状からの分類とは別に,その物理的な性質から,銀河を分類しています。
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 太陽のような恒星は,銀河内にある巨大な分子雲で作られる冷たいガスから生成されるのですが,この星の生成が例外的に活発である銀河というものがあって,それらを「スターバースト銀河」とよんでいます。
 「スターバースト銀河」では,なんと通常の100倍から1,000倍規模の星が生まれます。この過程で発せられる強い赤外線を観測できるものを「超光度赤外線銀河」といいます。
 しかし,このような状態が続くと銀河内のガスが急激に消費されるために,スターバースト状態は銀河の寿命から考えれば非常に短い1,000万年程度しか持続しないと考えられています。
 こうした「スターバースト銀河」は,塵やガスが豊富で,大質量の星々が電離した雲で囲まれたHⅡとよばれる領域を持っています。これらの大質量星が起こす超新星爆発が超新星残骸を撒き散らして,周囲のガスなどに強い作用を与えます。そして,ガス領域の至る所で新しい星の生成を連鎖反応的に起こすのです。
 「スターバースト銀河」はしばしば相互作用銀河と関係します。このひとつの例がM82であり,近接するより大きな銀河M81からの影響を受けています。

 銀河の中には,非常に活動的な種類のものもあります。こうした銀河から放出されるエネルギーの大部分は,星やガス・星間物質とは異なる部分を元にしていて,この銀河を「活動銀河」と呼んでいます。
 実は,このエネルギーの発生源というのは,銀河中心に存在する超大質量ブラックホールの周囲に形成された降着円盤なのでです。活動銀河中心核の放射現象は,降着円盤の物質がブラックホールに落ち込む際の銀河潮汐力に由来しています。そして,この物質のうち約10パーセント程度が,中心部から双方向に1組の宇宙ジェットとなり,光速に近い速度で噴出していきます。
 「活動銀河」には,高エネルギーの放射線を発するものもあります。放射線が検知される銀河は光度によって「セイファート銀河」とか「クエーサー」とよばれています。
 また,特に宇宙ジェットが地球の方向へ放たれている種類のものを「ブレーザー」,あらゆる周波数の電波を放出する銀河を「電波銀河」とよんでいるのですが,これらは本当は同じものです。単に観察者の視角に基づいた活動銀河の分類であって,見る位置が違うだけなのです。

 初期の宇宙では,銀河が合体することは一般的な出来事でしたが,今でもそうした銀河の合体は見られるのです。
 前回書いたように,天の川銀河は近傍のアンドロメダ銀河と秒速約130キロメートルで近づき合っていて,将来衝突するといわれています。この衝突では,活発な星形成が行われた後に,一度は通り過ぎると考えられていますが,その際に太陽系がアンドロメダ銀河側に移ってしまう可能性も3パーセント程度あるのだそうです。そしてふたたび近づいてきて,最終的にはひとつの楕円銀河「ミルコメダ」になると考えられています。
 なんとまあ,すごい話でしょう!
 また,さらに,1,000億年ほど時が経過すると,「ミルコメダ」はおとめ座銀河団の各銀河と合体して,超巨大楕円銀河に纏まってしまうと考えられています。その後も宇宙の膨張は続くので,他の銀河は見かけ上光速を超える速度で遠ざかるために,観測できなくなってしまいます。そして,最後には小さくより寿命が長い赤色矮星ばかりが銀河系の中心要素となって,もはや恒星が誕生しなくなるのは10兆から100兆年後と見られています。
 そのころになると,銀河は,コンパクト星,褐色矮星,より冷えた状態の白色矮星や黒色矮星,中性子星,そしてブラックホールによって作られている状態となってしまい,見かけの色も暗い赤色を経てやがて輝きを失います。最終的に,重力の緩和時間を過ぎれば,全ての星は超大質量ブラックホールに飲み込まれるか,あるいは衝突を繰り返して銀河間空間に放り出されるかの結果が待っているのです。
 これが宇宙の終焉です。

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 今日の写真は,私が写した銀河です。
 1番目の写真はM51子持ち星雲,2番目の写真は本文にも説明したM81(左)とM82(右),3番目の写真はM103(右),そして,4番目の写真はM101,5番目の写真はM33,そして,一番下6番目の写真はM74です。
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 写真を写して,こういったかわいい姿を見ると,とてもうれしいものです。

 これまで,球状星団,散開星団,惑星状星雲,散光星雲を,私の写した写真とともに紹介してきました。最後は,銀河です。
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 銀河は,恒星やコンパクト星,ガス状の星間物質や宇宙塵,そして重要な働きをするが正体が詳しく分かっていないダークマターなどが重力によって拘束された巨大な天体です。以前は系外星雲といいわれていましたが,銀河は星団や星雲よりも,もう1段階スケールの大きなもので,恒星や星団,星雲などがすべて集まった集団です。
 我々がすむ太陽系も銀河の中にあります。昔は,我々のいる銀河のことを銀河系といい,それ以外を系外星雲といっていました。現在は,我々のいる銀河を特に「天の川銀河」といっています。「天の川銀河」も銀河のひとつです。

 銀河は,1千万個程度の星で成り立つ小さな矮小銀河から,100兆個の星々を持つ巨大な銀河まであります。銀河にある星々は恒星系,星団などを作り,その間には星間物質や宇宙塵が集まる星間雲,宇宙線が満ちています。それに加えて,ほとんどの銀河では質量の約9割を「ダークマター」という未だよくわかっていない物質が占めているといわれています。また,ほとんどの銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在すると示唆されています。
 写真に写すと,有名ないくつかのもの以外はとても小さくて暗くて,星々の中で米粒のようにしか写りません。でも,だからこそ,写ると嬉しいのです。
 普段,我々が見ている星々は天の川銀河の中にあって,比較的距離の近い星です。距離の遠い星は天の川として見えています。しかし,そのどちらも,天の川銀河に属するものです。そこで,それらの星々のずっと向こうに銀河があるわけなので,距離にすると,ものすごく遠いものを見ていることになります。何かとても奇妙な感じがします。また,銀河はいろんな形のものがあるので,とてもかわいいです。

 歴史的には,銀河は形状を元に次の三つに分類されてしました。それらは,楕円形の光の輪郭を持つ「楕円銀河」,細かな粒が集まった曲がった腕を持つ「渦巻銀河」,不規則でまれな形状を持つ「不規則銀河」です。
 「楕円銀河」の内部には何らかの構造がほとんど見られず,一般には比較的小さな星間物質で構成されています。したがって,この種の銀河は星形成が活発ではありません。そして,多くは古く寿命を経た星が任意の方角にある重心を回っている状態にあります。
 「渦巻銀河」は,薄い円盤状の回転する星々や星間物質で構成され,通常は中心部に近くなるほど古い星が多くなります。そして,中央の銀河バルジから比較的明るい渦巻き腕状の構造が伸びています。渦巻銀河の腕は,銀河を一様に回転する星の相互作用から,対数螺旋に近似した形状をもっています。星々と同様に,腕はバルジを中心に回転し,その角速度は一定です。星がこの腕の領域に入ると恒星系の宇宙速度が影響を受け,腕部分を抜けると元に戻ります。これは,自動車が道路で渋滞にはまると速度が落ち,抜けると早くなる現象と酷似しています。この高密度な状態が星形成を促進するため,腕は輝いて見えるのです。つまりは,腕部分には若い星が多く存在するということです。
 それ以外のものが「不規則銀河」です。他の銀河との相互作用によって異形の銀河になるもので,形態論上容易に分類できない銀河です。 

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 大きな楕円・渦巻銀河が最も目立つのですが,実際は,宇宙にある銀河のほとんどは規模が小さいものです。これらを矮小銀河といいます。矮小銀河は,天の川銀河の100分の1程度にあたる10億個の星をもつにとどまります。こうした多くの矮小銀河は,大きな銀河のまわりを周回していると考えられています。天の川銀河も,少なくとも12個ほどの矮小銀河を伴っていて,さらに未発見のものが500個程度あるものと思われています。

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 今日の写真はM31,有名なアンドロメダ大星雲です。
 地球から見てこれほど大きく見える銀河はほかにありません。カシオペア座からアンドロメダ座に目を移すと,肉眼でもみることができると本に書いてあるのですが,私は,最近まで,本当にこの銀河が見られるのかよくわかりませんでした。今は,空の暗いところなら肉眼でも容易に区別がつきます。
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 将来,といっても40億年以内のことらしいのですが,アンドロメダ大星雲が天の川銀河と一緒になってしまうといわれます。この合体で形成されるであろう新しい銀河は,すでに「ミルコメダ」(Milkdromeda)と命名されています。

M31 M32 M110

Hyakutake4aPerseus Double ClusterM45M29M103

 散開星団は恒星の集団です。分子雲から同時に生まれた星同士がいまだに互いに近い位置にある状態の天体を指します。
 通常,星団は年齢が若くて,高温で明るい星を多く含んでいます。
 散開星団の生みの親である分子雲が星団のそばに存在していて,星団の星によって分子雲の一部が輝いてひとつまたは複数の星雲として見えています。
 散開星団に属する星は全てほぼ同じ年齢,同じ化学組成を持っているために,星同士の違いはその質量の違いです。
 最も近い散開星団はおおぐま座の星々なんです。おおくま座の北斗七星(=1番目の写真)というのは,実は,ほとんど散らばってしまった古い散開星団で,宇宙の中で1,000光年以上にわたって広がっています。そして,太陽は,ちょうどこの星団の近くを通り過ぎているところなのです。
 銀河系の中での位置を考えると,太陽の運動速度は非常に奇妙なのですが,太陽は数十億年前に他の星と接近遭遇して,このときに重力を受けて加速したのかもしれないといわれています。
 ダイナミックで壮大な話です。
 なお,この写真は,北斗七星を横切る百武彗星です。
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 散開星団の中の星々は,生まれたころは強く密集していて,同じ速度で銀河中心の周りを回っています。約5億年くらい経つと,プレアデス星団やヒアデス星団といったよく知られた散開星団は,外部の要素によって擾乱を受けて,星々はわずかに異なった速度で動き出して,やがて,おおぐま座の北斗七星のようにばらばらにずれて動いていくのです。そうして,10億年ほど経つと,星団は完全にその姿を失ってしまいます。

 では,まず,代表的な大きな散開星団を2つ紹介しましょう。
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 ペルセウス座の2重星団(=2番目の写真)はふたつの散開星団が接近して存在しているものです。 当初は,単独の恒星と誤認されていたので,西側の星団にはh,東側の星団にはχのバイエル符号が振られました。そのため現在でもh+χ(エイチカイ)とよばれます。
誕生してから約300万年から2,000万年程度経過しているとされています。
 8月から9月の午後9時頃,北東の空を見るとカシオペア座の南にはたくさんの星々が見えているのですが,その中に,この2重星団もぼーっと肉眼でも確かめることができます。また,写真でも,簡単に美しい姿を写すことができます。
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 プレアデス星団(=3番目の写真)は,おうし座にある有名な散開星団です。M45,和名は「すばる」で,車のエンブレムにも使われています。地球から440光年の距離にあって,肉眼でも輝く7個の星の集まりを見ることができます。
 星団を構成する星の周囲には青白く輝くガスが広がっているので勘違いしますが,これは,星々とは関係のない星間ガス(IC349)が,星団の光を反射しているためで,幼い星たちを覆っている繭ではありません。
 肉眼でも非常によく見えますが,双眼鏡を使えば暗い星々まで美しく見ることができます。逆に,大きな望遠鏡では星団としてのまとまりを見ることができなくなります。こちらも簡単に美しい姿を写すことができます。
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 次に,小さな散開星団を2つ紹介しましょう。
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 M29(=4番目の写真)は,はくちょう座の散開星団です。はくちょう座には,前回紹介した北アメリカ星雲や網状星雲など天体写真でおなじみの美しい天体が多いのですが,この散開星団は小さなぱっとしないものです。はくちょう座γ星のすぐ南に位置していて,発見者メシエは「7,8個の小さな星の集まりで星雲状あるいは彗星のように見える」としています。
 約4,000光年のところにある星の赤ちゃんの集まりです。
 この写真の左上の明るい星はγ星です。
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 M103(=5番目の写真)は,この星団を発見したフランスの天文学者メシャンが「カシオペアの足のδ星とε星の間にある星団」と記しています。距離は8,000光年。当初,メシエカタログはこのM103までだったので,この星団はそのトリをとっています。散開星団ということになっていますが,偶然同じ方向に星が集まっているのではないかとする説もあるのだそうです。このδ星とε星の間には,他にも多数の散開星団があって,特にNGC663という散開星団は,M103よりも立派で,何気なしに双眼鏡を向けただけでも,散開星団とわかります。
 わたしも,こっちかなと思ったのですが,書籍やポスターにもよく間違えて記載されているということです。この写真の右上の明るい星はδ星です。
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M8 M20 M21Pelican Nebula North America Nbula_bVeil NebulaNGC281M42 M43

 散光星雲は,広い範囲に広がったガスや宇宙塵のまとまりで雲のようにみえる天体のことです。
 自ら発光している輝線星雲と近くにある恒星の光に照らされて見える反射星雲の二種類があります。また,この2つが混在している領域をまとめて散光星雲と呼んでいたり,輝線星雲だけを散光星雲と呼んでいる場合もあります。
 輝線星雲は,近くに存在する高温の恒星が発する紫外線によって水素ガスが電離して,その原子核と電子の再結合による輝線を放射して光っています。このために,電離水素原子を意味するHⅡ域ともよばれています。肉眼では感度の低い領域なので,天体写真でしか存在が確認できない輝線星雲も多くあります。
 また,暗黒星雲から恒星が誕生すると,その恒星が周囲に残るガスを輝線星雲へと変えます。そのために輝線星雲には誕生したばかりの散開星団が共存して見られることも多くあります。

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 いて座の南斗六星の柄の先端に位置する干潟星雲M8と三裂星雲M20(=1番目の写真)は,夏に見られる代表的な散光星雲です。
 干潟星雲は,南北に横切る帯状の暗黒星雲が存在していて,その姿が干潟に似ていることからその名がつけられています。約3,900光年のところにあります。星雲の所々にグロビュールと呼ばれる小さく丸い暗黒星雲の塊が見えるのが特徴です。肉眼でも確認でき,双眼鏡で楽しめます。
 三裂星雲は,星雲が3つの部分に裂けて見えるところからこうよばれています。しかし,実際に星雲が3つに分割されているわけではなく,散光星雲の手前に位置する暗黒星雲の姿により,後ろの散光星雲が分割されているように見えているものです。距離は5,200光年程と推定されています。北側と南側で性質が異なっており,北側は青い反射星雲,南側は赤い輝線星雲となっています。
 いて座のあたりは地球から見て銀河の中心になるので,非常に濃い天の川が見られます。また,たくさんの星があるので,写真を写すと,驚くほどの星々が写ります。その中に,こうした美しい散光星雲を入れると,見ていて楽しい写真になります。
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 北アメリカ星雲NGC7000,ペリカン星雲IC5067~IC5070(=2番目の写真)は, はくちょう座の1等星デネブの近くにある散光星雲です。18世紀の天文学者ウィリアム・ハーシェルによって発見されました。
 ペリカン星雲と北アメリカ星雲とは、電離した水素からなる同一の星間雲の一部です。
 北アメリカ星雲は,形が北アメリカ大陸にそっくりなところから名づけられました。また,ペリカン星雲も,形がペリカンに似ているところから名づけられました。
 見かけの大きさは満月の十倍もあるのですが,暗いため肉眼でみることはほぼ不可能だといわれています。広い視野角を持つ双眼鏡を使えば星雲の姿を観測することができるということですが,私は見たことがありません。星雲までの距離はわかっていなくて,この星雲はが発光している原因となる恒星が分かれば距離を特定できるということです。それがデネブであれば,距離はおよそ1,800光年です。
 フィルムのときは,赤い色をうまく写すことが難儀だったのですが,デジタルカメラになり,画像処理が可能となった今では,この星雲の姿は写真をとればきれいに写すことができます。私も,やっと写すことができました。
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 網状星雲NGC6992₋5(=3番目の写真)は,はくちょう座ε星とζ星,つまり,白鳥の翼を広げた右手のところにある散光星雲です。東西に3度離れて「い」の字のように向かい合っています。この写真はそのうちの東側のものです。
 この星雲は,よくグラビアで取り上げられているので有名ですが,お恥ずかしい話,私は,この星雲がどこにあるのか,長い間知りませんでした。
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 NGC281(=4番目の写真)は,カシオペア座のα星の近くにある散光星雲です。この星雲は、活発な星形成が行われている領域で,中央の明るい星の紫外線によって輝いているのです。この中心星IC1590は2重星です。
 かわいい姿で,しかも,あまり有名でないので,私は好きです。カシオペア座にこんな星雲があるなんてご存知ない人が多いでしょうね。
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 オリオン大星雲M42(=5番目の写真)はオリオン座の三ツ星の南の小三ツ星の中央にある冬の代表的な散光星雲です。肉眼で見える星雲の中では,干潟星雲と並び最も明るいものの一つです。地球から約1,600光年の距離にあって,肉眼でも通常緑がかった色に見えます。
 オリオン大星雲の中心部には,「トラペジウム」とよばれる4重星を構成メンバーとする,非常に若い星からなる散開星団がありますが,これらの星は周囲に惑星系が形成される非常に初期の段階にあるものと考えられています。
 こちらも,簡単に美しい写真を写すことができます。また,見栄えがよいので,絶好の写真の対象です。また,いて座のような夏の星座に比べて,冬は空もきれいなので,写真写りも最高です。寒いですけれど…。
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M13DSC_2761x2_M56

 前回紹介した惑星状星雲が星空の小悪魔なら,球状星団は宝石です。
 球状星団は数十万個の齢をとった恒星が互いの重力で球形に集まった天体で,銀河の周りを軌道運動しています。我々の銀河系には現在約150個が知られていますが,他の銀河にも同様に存在します。

 天の川銀河の直径は約10万光年で,わが太陽系は中心部から約3万光年の円盤状のはずれに位置しています。実は,太陽系がはずれに位置しているということが明らかになったのは球状星団の研究を通じてだったのです。
 1930年代までは、太陽は銀河系の中央近くにあると考えられていました。しかし,地球から見たときに,球状星団の分布はきわめて非対称だったのです。そこで,球状星団が銀河中心の周りにほぼ球対称に分布していると仮定してみると,太陽から見た天の川銀河中心の方向と,太陽から銀河中心までの距離が推定できるようになって,このようなことがわかったのです。
 球状星団は非常に星の密度が高いため、星同士が接相互作用や衝突を起こしたりしていると考えられています。また,近年,ハッブル宇宙望遠鏡を用いた球状星団の観測で,その中心にブラックホールが存在していることが明らかになりました。

 このように,天文学の発展に非常に役立った球状星団ですが,きょうは,私の写した写真からメシエ天体の球状星団の中で最大のものと最小のものの2つを紹介しましょう。
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 最大のものはM13(=1番目の写真)です。
 M13は,ヘルクレス座にある球状星団で,光度5.7等,距離は26,000光年のところにあります。この球状星団は北天最大で,美しさでは全天一といわれています。大きさは満月の3分の1ほどで,この星団は50万個もの星を含んでいて,実直径は約100光年にも及びます。
 双眼鏡では周辺がにじんでボーッとして見えるので明らかに普通の恒星とは違うことがわかります。
 この球状星団は,写すレンズによって,星が細かく分かれたりそうでなかったりするので,レンズの性能を調べるのにうってつけです。
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 最小のものはM56(=2番目の写真)です。
 M56は,こと座にある球状星団で,光度8.2等,距離45,000光年のところにあります。
 メシエ天体の球状星団の中では一番小さいものですが,先日紹介した惑星状星雲M57環状星雲やM27あれい状星雲など有名な天体が近くにあるために,それらを観察しようとすると,自然と望遠鏡の視野に入ってきます。
 暗いので,メシエ自身は星に分離することができなかったようで,「星のない星雲で,ほとんど輝いていない」と記録しています。双眼鏡で眺めると,メシエさん同様,星の周辺部がボーッとしてみえます。写真に写すと,かわいい星々がまあるく群がっている姿を写すことができます。

☆ミミミ
ただし,実際に星の写真を写しているとわかるのですが,球状星団って,私には,あまり面白くありません。形が似ていることと,やたらたくさんあることが理由です。そんなこと思うのは私だけかなあ?

M57zDSC_2538sxzDSC_2790sx2a

 天体写真で最も魅力のあるものは彗星ですが,その次は,星雲・星団です。 
 星雲には,散光星雲・暗黒星雲・惑星状星雲。銀河があります。また,星団には散開星団・球状星団があります。そのうち,私が最も魅力を感じるのは惑星状星雲です。
 恒星の末期は,その質量によって異なります。
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 質量が太陽の8倍以上の星は超新星爆発を起こして華々しい死を迎えます。このときの残骸が,超新星残骸といわれるもので,かに星雲M1が有名です。
 0.5倍以上8倍以下の恒星は,外層が膨張して赤色巨星となり,外層のガスは徐々に周囲に放出されていき,中心核は自分自身の重力で収縮し白色矮星となります。そのときに放射した紫外線が外層のガスに吸収されたときに光を放って輝くのです。これが惑星状星雲です。
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 惑星状星雲の名は,望遠鏡で観測したときに緑がかった惑星のように見えるところから,ウィリアム・ハーシェルによって名づけられました。このように,他の星雲・星団とは違って,惑星状星雲はたったひとつの星から作られたものなので,とても小さくて,そして,個性に富んでいて,かわいいのです。
 きょうは,有名な3つの惑星状星雲を私の写した写真と共に紹介しましょう。
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 環状星雲M57(=1番目の写真)は,こと座にある惑星状星雲です。地球からの距離は約2,600光年。リング状の特徴的な姿をしていて,惑星状星雲の中では最も有名な天体のひとつです。
 ウィリアム・ハーシェルは,「穴の開いた星雲で,中心部に暗い星があり,おそらく星からできたリングであろう」と記しました。小口径の望遠鏡でも,想像以上に小さな姿を見ることができます。
 写真で写すとリングの内と外で異なった色をしていることが分かります。星雲の中心には白色矮星が存在していて,この星から数千年前に放出されたガスが白色矮星からの紫外線を受けて蛍光灯のように輝いているのです。
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 ふくろう星雲M97(=2番目の写真の左上の緑色のまるいもの)はおおぐま座にある惑星状星雲です。地球からの距離は同じく約2,600光年。丸い星雲の中にやや暗い部分がふたつ並んで存在していて,これがフクロウの顔のように見えることからその名がつけられています。
 星雲の実際の形は円柱状のトーラスで,地球からはこのトーラスを斜めから見ていると推定されています。物質の少ないトーラスの両端の穴がフクロウの目に相当しているわけです。
 なお,同じ写真の右下の細長い天体は,銀河M108です。
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 あれい星雲M27(=3番目の写真)はこぎつね座にある惑星状星雲です。地球からの距離は約820光年。その形が鉄亜鈴に似ていることから名づけられています。
 あれい星雲は惑星状星雲として最初に見つかった天体です。
 双眼鏡でも容易に見ることができるので,非常に人気があります。

 環状星雲は,こと座のβ星とγ星のちょうど真ん中にあるので,容易に視野に入れることができます。また,ふくろう星雲は,北斗七星のβ星の近くに,M108と並んで存在しているので,これも容易に視野に入れることができます。しかし,あれい星雲は,環状星雲とは白鳥座のβ星についてちょうど点対称になる位置にあるのにもかかかわらず,この3つの惑星状星雲の中では,私には一番視野に入れにくいものでした。しかし,苦労して写真に写すことができたときに,一番大きくてきれいだったことに,私は感激しました。
 この環状星雲からあれい星雲のあたりには,M56,M71という2つの球状星団もあるのですが,M56は小さく,M71は球状星団らしくないのが,なかなか憎い演出だと,私は思いました。

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  2013年,マイケル・リューさんは,彗星の発見で有名なパンスターズプロジェクトで,やぎ座の中の80光年先にPSO J318.5‐22という赤い惑星を発見しました。
 この惑星は,質量は木星の6倍。ケイ素・鉄分を多く含んでいるのですが,なんと,この惑星は,中心となる恒星をもたず,宇宙区間を浮遊惑星としてさ迷い歩いているのだそうです。
 どうしてこんな浮遊惑星ができてしまったかということは,恒星からはじきとばされたとか,もともと恒星になり損ねた星だとか推測されています。
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 NGC1333星団の中の褐色矮星領域にも,質量が木星の6倍である浮遊惑星が発見されているのですが,木星よりも13倍から75倍重い惑星は,惑星でなく褐色矮星,また,さらに75倍以上のものを恒星と分類しているので,こうした浮遊惑星は,惑星というよりも,恒星のなりそこないではないかともいわれています。
 こうなると,こんどは,惑星と恒星との線引きが難しい問題になってくるのです。
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 特殊な星のまわりをまわる惑星というのもあります。
 おとめ座の中,980光年先には,PSR B1257+12bという惑星があるのですが,この惑星は,なんと,パルサーのまわりをまわっています。
 パルサーというのは,超新星爆発の残骸で,半径は太陽の5万分の1しかないのに,質量は太陽の1.4倍もあります。
 さらに,さそり座M4球状星団の中,12,400光年の距離には「メトセラ」という惑星がありますが,この惑星は,パルサーPSR B1620-26と白色矮星の連星のまわりをまわっています。
 この惑星は,木星の2.5倍で,公転周期は100年。きっとはじめは,白色矮星の周りをまわっていたのが,パルサーが白色矮星をその強力な引力で引きつけて,連星にしてしまったのではないか,ということです。
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 前回のブログで取り上げたケプラー望遠鏡で発見された岩石惑星は,地球型の惑星なので,これらの惑星は「スーパーアース」と呼ばれています。そのひとつ,てんびん座の中,20光年先にあるグリーゼ581は,M型と呼ばれる暗くて小さい恒星のまわりをまわっています。
 恒星の中でもM型の恒星は,銀河系にある恒星の7割から8割を占めているといわれています。
 そして.この惑星は,地球の海のように水をもつ惑星です。
 常に同じ面を恒星に向けて公転していて,表面から中心までの,なんと4分の1,つまり10万メートルの深さまで水の層からなっています。当然,水圧で水は圧縮されて100万気圧まで達するので,水は氷の固体になっています。
 M型恒星は小さいので,「ハビタブルゾーン」,つまり恒星の周りの生命の存在できる地帯もわれわれの太陽系よりも恒星に近いところにあるわけですが,恒星から出る紫外線やX線が当たらないところには,生命の存在が期待できるのではといわれています。
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 変わったところでは,かに座の先40光年にある55番星eという惑星があります。
 この惑星は,酸素より炭素が多いことから,炭素を主成分とする惑星だといわれています。黄色い靄と黒いすす,炭素化合物から成る大気があって,メタン,ブタン,ベンゼンの雨が降ると推測されています。
 そして,地下には,圧縮された炭素が液化したダイヤモンドとして存在し,地表にはダイヤモンドやグラファイトの山があるのではではないか,ということです。
 ダイヤモンドだらけの惑星なんてすごいです。

 このように,これまでに,数多くの様々な系外惑星が続々と発見されているのです。
 ひょっとしたら,こうした惑星には生命がいるかもしれません。もう間もなく,そうした生命の存在するニュースが我々に伝わるかもしれません。

プロバンス天文台 ベレロフォン

 今,天文学が面白い! とは,様々な観測装置や観測方法の発達で,どんどん新発見が続いているからで,そうしたニュースに接するだけでも,私はわくわくします。 
 太陽系外の惑星の発見もそのひとつです。2009年3月6日にアメリカが打ち上げたケプラー宇宙望遠鏡によって,はくちょう座の方角に,2,000個あまりの恒星の周りを,2,700個以上の惑星候補が回っていることがわかったのです。また,その惑星候補の中には,地球サイズの岩石惑星が300個以上も見つかったと,このブログで書きました。

 NHKBSプレミアム「コズミックフロント」という番組で,この系外惑星の不思議な性質を取り上げていたので,番組から紹介しましょう。
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 はじめめて系外惑星が発見されたのは1995年でした。ミッシェル・マイヨールさんが恒星が揺れていることから,その周りに惑星が存在することを証明したのです。
 それは,ペガスス座にある50光年先の恒星51番星の惑星で,「ベレロフォン」と名づけられました。表面温度1,000度,質量は地球の150倍,しかし,軌道は地球の20分の1と,ずっと恒星の近くをまわっているということでした。
 こうした惑星を「ホットジュピター」とよびます。
 この惑星は,恒星の近くを周回しているために,高温で灼熱地獄,常に同じ面を向けてまわっているらしいので,蒸発した鉄の雲があり,なんと,鉄の雨が降ったり,オーロラが出現していると推測されているということです。
 その5年後,今度は,恒星の前を横切るときの光度の変化からペガスス座の150光年に「オシリス」という惑星が発見されました。質量は地球の220倍で,公転周期はわずか3.5日です。
 惑星には,蒸発した水素とヘリウムガスの大気が雲を形成し,それが宇宙空間に尾のように広がっている姿が写真に写されています。また,大気にはナトリウムや酸素,炭素があると測定されています。
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 実は,これほど巨大な惑星が恒星近くをまわっていることは,とても不思議なことなのです。
 惑星は形成領域(フィーディンング・ゾーン)が決まっていて,恒星に近いところでは岩石惑星,少し遠くには木星のような大気惑星,その外側には,海王星のような氷惑星ができるといわれています。だから,この惑星は,初めは大気惑星として誕生したものの,恒星の周りの円盤ガスの収縮で,惑星が次第に恒星に近づいていったのではないかと推測されるそうです。

 恒星の周りを楕円軌道を描いて回る惑星もあります。
 白鳥座の70光年にある16番星b という惑星は,質量が地球の530倍もあって,短軸は水星の距離,長軸は木星の距離といったいびつな楕円軌道をまわっています。こうした惑星を「エキセントリック・プラネット」とよんでいるそうです。 
 この楕円軌道は1週が26カ月で,恒星からの距離が変わることから四季があります。四季は気温が800度にまでなる夏が1か月,春と秋は3か月,そして,マイナス260度になる冬が17か月間もあるということです。
 もし,この惑星の周りを岩石星の衛星が回っているなら,生命が存在可能な「ハビタブルゾーン」を通っていることから生命がいるかもしれないといわれています。

ケプラー望遠鏡太陽系外惑星TMT

 われわれの住む太陽系の惑星がどのように形成されたかということは,「京都モデル」とよばれる標準モデルで説明されています。
 それは,はじめガスダストが微惑星となって,それがやがて原始惑星となり,その状態を経て現在の惑星になったというものです。
 その説明を当てはめると,惑星形成の過程で,ガスがたくさんあったり恒星の周りの円盤が大きいときは灼熱巨大惑星が誕生するのですが,その巨大な惑星があまりに恒星に近い所に誕生すると,誕生後600万年くらい経つと軌道が不安定になって,それが偏心軌道惑星となるのではないかと解釈されます。
 こうしてはじめに発見されたのは,特殊な惑星たちでした。

 そこで,新たに地球型惑星を発見するために,「トランジット法」という方法を用いて,惑星を探すことが試みられるようになりました。
 「トランジット法」は,惑星が存在して中心星のまわりを回っているとすると,惑星が中心星を横切るときの中心星の光度減少を観測すれば,惑星の直径がわかるというものでした。
 そうした中心星を観測するために「ケプラー衛星望遠鏡」が打ち上げられました。「ケプラー衛星望遠鏡」は4年間で15万個の恒星を調べました。その結果,2,000個あまりの恒星のまわりを,2,700個以上の惑星候補が回っていることがわかったのです。また,その惑星候補の中には,地球サイズの岩石惑星が300個以上も見つかったのでした。
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 今日では,こうした観測から推定すると,実際には,惑星をひとつ以上もつ恒星の割合は,地球サイズが16パーセント,スーパー地球サイズが21パーセント,小型海王星サイズが20パーセントほどあるのではないか,といわれています。
 これを当てはめて,実際に計算してみると,天の川銀河には恒星が約1,000億個あるので,そのうちで太陽のような安定的な恒星が約30パーセント,そのうちで惑星を持つのは約50パーセント,また,その中で岩石惑星が約50パーセントとすると,地球サイズの惑星は,なんと天の川銀河だけで,75億個くらいあるということになります。

 では,そうした地球サイズの惑星のうちで,生命環境が存在する地帯,つまり「ハビタブル・ゾーン」とよばれる地帯,それは太陽系に当てはめると金星・地球・火星の回っている軌道あたりになるのですが,そこにどれだけが存在しているのか,ということを調べることが,地球外生命が存在するかどうかにつながるので,現代の重要な研究課題となっているわけです。
 そのように考えてみると,かつて火星に生命が誕生していたということがわかれば,こうした「ハビタブル・ゾーン」にある太陽系外惑星にも生命が存在する,ということにつながってくるのです。
 火星に生命がいるかどうかが重要な意味をもっているのは,そうした理由によるものなのです。
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 現在,2020年の完成をめざす30メートル望遠鏡TMTが待たれています。この望遠鏡で,太陽系外の地球型惑星に海と陸があるかどうか,そして,生命の痕跡があるかを探そうとしているのです。

IMGP0318sJupiterDSCN4938

 近ごろの天文学の進歩は著しくて,数年前の教科書は使いモノになりません。若いころに勉強した知識から,どこがどう変わってしまったのか,とまどうことばかりです。
 地球のような惑星も,太陽系以外にたくさん見つかるようになりました。ということは,地球以外にも生命がいるかもしれないということです。
 惑星の誕生については,次のように説明されています。
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 まず,超新星の爆発や赤色超巨星という恒星の終焉から,宇宙空間に分子ガスや星間ダストが放出されます。
 分子ガスの成分は,暗黒星雲で発見される有機分子,直線炭素鎖分子など,すべて炭素原子を含んでいます。また,星間ダストの成分は,水の氷,砂粒,炭素ガスの氷など,こちらも有機物なのです。
 これらが星の生成領域にあるということだから,宇宙空間には,惑星になる材料がすべて揃っているといえるのです。つまり,恒星の一生の活動によって,惑星のもととなる物質が作られるわけです。
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 こうして宇宙空間に放出された星間物質が自己の重力でまとまっている系が平衡状態にある場合,それは「ビリアル定理」が成り立っていて,そのままの状態でいられるのですが,重力エネルギーが内部エネルギーより大きくなるとつぶれる,つまり,重力による収縮が起きて縮んでいき,やがては恒星になります。
 これが新しい星の誕生です。
 そのとき,縮んでいく過程で,乱雑な運動があるからすべての星間物質が縮まることにはならず,星の周りに原始惑星系が誕生,つまり,星間塵という固体微粒子を中心にして,原始惑星のもとが集積するのです。

 こうした原始惑星系は,たとえば,オリオン星雲内の原始惑星系円盤とか,ハワイにある日本のすばる望遠鏡を使った観測で,GGTau星,SAO202462星など,惑星が生まれつつある様子が観測されています。
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 最近は,こうした原始惑星系から進化した太陽系外惑星が発見されるようになってきたのですが,そうした太陽系外惑星はどのようにして見つけられてきたのでしょうか。
 太陽系外惑星は,1995年に「ドップラー法」という方法ではじめて発見されました。
 「ドップラー法」とは,次のようなものです。
 中心星にあたる恒星に,もし,惑星が存在すれば,実は,その惑星が恒星の周りを回ってるのではなく,惑星と恒星の共通の重心の周りをお互いが回っているのです。しかし,惑星は恒星に比べれば非常に小さいので,地球から観測できるのは恒星(中心星)だけで,その恒星が惑星との公転によって運動するのを観測できるから,それがどのように周期的な運動をしているかを詳しく探ることで,見ることのできない方の惑星の存在を見つけようというものです。
 この方法で,これまでに800個以上の木星大の惑星が見つかりました。
 そうした惑星は,太陽に非常に近いところを回っていたり(灼熱巨大惑星),かなり偏心した楕軌道を回っていたり(偏心軌道惑星)と,太陽系とは異なった惑星でした。
 どうして,こんな巨大で特異なものばかりが見つかったのでしょうか? 
 実は,これは,ドップラー法で見つけることのできる惑星の限界なのです。
 私は,このニュースを知った時には,なんだ,惑星が見つかったといっても,太陽系とはずいぶん違って,生命の存在するような惑星ではないんだなあ,と失望したものでした。
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☆ミミミ
今日の写真は上から,火星,木星,土星です。天文台へ行って望遠鏡の接眼レンズにデジカメをくっつければだれもで写せます。

 私が若いころに疑問に思ったのは,雲と霧の違いでした。どういう状態を「雲」といい,どういう状態を「霧」というのだろう…。それと同じように疑問に思ったのは,小惑星と彗星の違いでした。今日は,小惑星と彗星の違いについて書いてみたいと思います。 
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 実は,こういうことが学問の対象になってきたのは,私が疑問に思っていたころよりもずっと後になってからのことだそうです。
 私は単に素人の興味で,発見されたばかりのころの彗星は小惑星と見わけがつかないから,どうやって彗星と小惑星を区別するのかなと思っていただけなのですが,その昔は,小惑星は火星と木星の間にあるメインベルトとよばれる小惑星帯にあって,このメインベルトで発見される小天体は彗星でなく小惑星である,というように学問的にその区別がされていたので,専門家は,私のような素人の疑問はもたなかったというわけです。
 
 現在は,小惑星と彗星の違いというのは,写真に写った姿で判断して,点像で見えるのが小惑星,ぼっと見えるのが彗星というだけのことなのです。そこで問題なのは,近年になって,メインベルトにある小天体にも,ぼっと見えるものが見つかったということなのです。
 彗星というのは,天王星よりも遠いところにあるカイパーベルトという一帯から太陽に近づいてその水分がぼっとなって見えるようになった周期の短い彗星周期彗星と,もっと遠いオールトの雲という仮想の一帯から来た長い周期の周期彗星や放物線軌道の彗星の2種類があるのです。そのほかに,メインベルトを周る彗星があったということなのです。
 近ごろでは,こうした小天体をメインベルト彗星と呼ぶそうです。それらは数個見つかっているということです。また,観測すると,そのメインベルト彗星にも,実際に水分がほっと見えるものと,そうでなく,小惑星が分裂しつつある状態がぼっと見えるものがあるらしく,それらは,未だ,研究途上なのだそうです。
 「ドンキホーテ」という名の小惑星は,スピッツアー赤外線望遠鏡で写すと,左の写真のように星の周りに「コマ」と呼ばれるぼっとしたものが写るし,右の写真のように,右方向に延びる尾が写ります。さらに,メインベルトを周る小天体が太陽系創生期に持っていた水分はとうの昔に蒸発したのに,未だこの天体に水分があるということも謎なのだそうです。
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 このように,以前,このブログに書いた超新星と,小惑星や彗星などアマチュアが発見したり観測したりできる天体現象には,現在でもたくさんの研究対象があって,それらの多くは,研究成果を出すには多くの観測が統計的に必要だということなので,星を見るという趣味は有意義であり,奥が深く,おもしろいものなのです。

donquixote 

リニアパンスターズアイソン彗星ラブジョイ20131208bラブジョイ彗星2012

 「実は,今もまた,別物の「リニア彗星(C/2012X1 LINEAR)が明け方の東の空に見えています」と書きましたが,この彗星の写真が今日のものです(=1番目の写真)。
 今日は,世界中の天文台で行われている彗星発見捜索プロジェクトを紹介しましょう。

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●「近地球小惑星観測プログラム(ニート)」 

 ニート彗星の名が付いた「ニート・プロジェクト」というのは,アメリカ・パロマー山天文台の口径1.2メートルシュミット望遠鏡による近地球小惑星観測プログラム(NEAT=Near-Earth Asteroids Tracking programme)です。
 この望遠鏡のことは,このブログにも,冥王星が準惑星に降格になったときのお話で取り上げました。
 この期待はずれになったニート彗星も,発見されたときは太陽からの距離が約15億キロメートルで,新彗星が発見された距離としては最高記録記録だったために,これだけ遠い距離で発見されたことは彗星が大型であるためだと考えられたので,大騒ぎになったわけです。これも,昨年のアイソン彗星とよく似ています。
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●「地球近傍小惑星サーベイ(リニア)・プロジェクト」
 リニア彗星のほうは,アメリカ空軍とアメリカ航空宇宙局(NASA) がマサチューセッツ工科大学 (MIT) に設立したリンカーン研究所による「地球近傍小惑星サーベイプロジェクト」(LINEAR=Lincoln-Laboratory Near Earth Asterid)で発見されたものです。こちらも発見された時の太陽からの距離は約10億キロメートルでした。
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●「パンスターズ・プロジェクト」
 他にも,「パンスターズプロジェクト」という,アメリカハワイ大学天文学研究所が主体となって,太陽系小天体の探索等を目的として進められているプロジェクト(PanSTARRS = Panoramic Survey Telescope And Rapid Response System)があります。マウイ島ハレアカラ山頂に設置した口径1.8メートルのPanSTARRS1望遠鏡を利用しています。
 ウィキペディアで「パンスターズ彗星」を調べてみると,「パンスターズ彗星 (Comet PanSTARRS)とは,パンスターズによって発見された彗星である。発見が単独では無い場合には,パンスターズ以外の名前もつけられる」という間違った情報が載っています。パンスターズというのは人の名ではなくて,このプロジェクトが発見したものです。
 その「パンスターズ彗星」も,昨年明るくなるといわれ,しかし,それほど明るくならず期待はずれに終わった彗星なのですが,実は,別物のパンスターズ彗星(C/2012K1 PanSTARRS)が今年の夏,地球に接近して明るくなるといわれています(=2番目の写真)。
 現在は,9等星くらいで見えていて,M51子持ち星雲と接近したときに私が写した写真はすでにこのブログに載せました。
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●「国際科学光学ネットワーク(アイソン)」
 昨年太陽に接近してあっけなく消えてしまったアイソン彗星(=3番目の写真)は,2012年9月21日にキスロヴォツク天文台 (Kislovodsk Observatory) で「国際科学光学ネットワーク」(ISON = International Scientific Optical Network)に所属していたヴィタリー・ネフスキー(Vitaly Nevsky)さん とアルチョム・ノヴィチョノク (Artem Novichonok) さんによって発見されたものです。
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●「カタリナ・スカイサーベイ」
 また,「カタリナ・スカイサーベイ」(Catalina Sky Survey)というものもあります。これは,アリゾナ大学の月惑星研究所(LPL)が組織的に行っている全天サーベイで,地球近傍天体(NEO)の捜索を主目的としています。
 このサーベイは,口径69センチ,F1.9のシュミット望遠鏡とCCDイメージセンサを用いてかなり低空まで捜索しているのが特徴です。オーストラリアのサイディング・スプリングサーベイやレモン山サーベイと提携して捜索範囲をほぼ全天に拡げたこともあって,2006年に発見された彗星の大部分をこの三つのサーベイが占めるに至りました。
 このカタリナ・スカイサーベイで発見された彗星はカタリナ彗星とかレモン彗星のようにサーベイの名称が付いているものと,ハーゲンローザー・スパール彗星,クリステンセン彗星のように個人名がついているものが混在しています。
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 このように,現在では,個人名のついた彗星よりもプロジェクト名の付いたものの方が多いのが現状なのです。しかし,そうした彗星捜索プロジェクトにもめげず,今でも,個人で彗星捜索をしている人もいます。
 この冬に明るくなったラブジョイ彗星(C/2013R1 Lavejoy)は,オーストラリアのアマチュア天文ファンのテリー・ラヴジョイさんによって,シュミットカセグレン式望遠鏡とCCDカメラを用いて2013年に発見された4番目の彗星でした(=4番目の写真)。そして,3番目の2011年に発見されたほうのラヴジョイ彗星(C/2011W3 Lovejoy)は,アイソン彗星のように太陽に接近したにもかかわらず消滅せず,きわめて明るくなって,南半球で最大級の彗星となって観測されたのでした(=5番目の写真)。

ブラッドフィールド1ブラッドフィールド2リニア彗星

 新彗星を発見すると,一般に,発見した順に先着3人までの名前がつきます。たとえは,池谷・関彗星というのは,池谷薫さんと関勉さんがそれぞれ別の場所でお互いの発見を知らず発見したもので,池谷さんのほうが少し早く発見したので,発見順にこの名前がつきました。
 例外は,ハレー彗星が有名で,これは,昔から約76年の周期でやってきた彗星が同じものであることをハレーが見つけたことからつけられたものです。
 このように,新しい彗星を発見すると自分の名前がつくことと,何年も探し続ければ,運がよければ発見できるかもしれないことで,30年くらい前にはアマチュアの天文マニアには,彗星探しがブームになりました。

 いまでも,昔ながらの方法で彗星を探している人もいますが,残念ながら,現在は,大規模な天文台による捜索で,ほとんどの彗星が発見されてしまいます。
 それらは,目的は単なる彗星探しでなくて,地球に接近,あるいは衝突する天体を監視する目的で大規模な捜索が行われているので,アマチュアの手が届かない暗いものまで見つけてしまいます。そうして発見した彗星は,発見した人(天文学者)の名前がつくこともありますが,多くはそのプロジェクトの名前がつけられます。
 暗いうちに発見された彗星の中には地球に接近して明るくなって,アマチュアの望遠鏡,あるいは肉眼でも見られるようになるものがあります。そうした彗星に,同じ名前のものがたくさんあるのに気づくと思いますが,それは,こうした理由からです。

 昔の本を探していたら,「5月の夕空に2つの大彗星が現る!」という雑誌を見つけました。この本は2004年4月1日という日付があるので,おそらくは2004年の3月に発行されたものなのでしょう。
 私は,今では,この本のこともほとんど記憶にないし,この本にある大彗星というのを見たという記憶すらほとんどなかったのですが,本を読み直していくうちに,思い出したことがたくさんありました。
 このふたつの大彗星というのは,ニート彗星(C/2001Q4 NEAT)(=1番目の写真)とリニア彗星(C/2002T7 LINEAR)(=2番目の写真)でした。

 結論を先に言うと,このふたつの彗星は,ともに,昨年のパンスターズ彗星とアイソン彗星のように期待はずれに終わったのでした。私は,昨年とは違って,このときは,期待はずれにしらけてしまって,ほとんとこの2つの彗星を見なかったわけなのでした。
 さらに,昨年,アイソン彗星が消滅した背後に,ラブジョイ彗星という思わぬ伏兵が現れたのと同じように,このときもブラッドフィールド彗星(C/2004F4 Bradfield)(=3番目の写真)という彗星が長い尾を引いて夜空を駆け抜けていったのでした。
 私のアルバムをみても,このブラッドフィールド彗星の写真は一杯あるので,きっと,このときも,この伏兵を追っかけていたのに違いないのです。
 この期待はずれに終わったニート彗星とリニア彗星は,彗星界の鈴木さんと佐藤さんといわれるほど同じ名前の彗星がたくさんあるのです。
 実は,今もまた,別物のリニア彗星(C/2012X1 LINEAR)が明け方の東の空に見えています。

ホームズ彗星

 オールトの雲からやってきた彗星のひとつアイソン彗星(C/2012S1 ISON)が昨年11月に消滅したことは,まだ,記憶に新しい出来事です。この事件は,天文学者にたくさんの謎を残しました。
 アイソン彗星が消滅したのは,彗星の核が,はじめ考えられていたよりもずっと小さくて,1.1キロメートル以下しかなかったことが原因だといわれています。
 しかし,2011年に接近し,太陽を無事通過して大彗星となって,南半球の人々を歓喜させたラブジョイ彗星(C/2011W3 Lovejoy)の核はわずか直径200メートルしかありませんでした。しかも,太陽に13万キロメートルまで近づいたのにもかかわらず,無事に生き延びました。
 アイソン彗星はそれよりも核は大きく,しかも,太陽には120万キロメートルまでしか近づきませんでした。

 アイソン彗星崩壊の原因は,アイソン彗星の核が,他の彗星のように岩石成分と氷の成分が1:1ではなくて,氷がほとんどを占めていたのではないか,といわれています。このことは,アイソン彗星のもととなる小天体が作られた場所が,他の彗星とは違っていて,別の場所で生まれたからなのではないかと予想されています。つまり,岩石成分が豊富にある原始惑星の近くではなくて,より外側で作られたのでないか,ということです。
 そこで,彗星のもととなる氷の小天体は,これまで考えられていたよりももっと広い範囲で作られたと考えられるようになりました。
 アイソン彗星の消滅は,太陽系誕生の謎ときに一役かったのでした。このように,彗星は,不思議な,また,魅力ある天体です。 

 今年期待の彗星の中で,ダークホースは,ホームズ彗星(17P Holmes)(=写真,尾が透き通ってうしろに見えるのはこと座の環状星雲)です。この彗星は,1892年に発見されたとき増光(アウトバースト)を起こしていたのですが,前回地球に接近した2007年10月24日から25日にかけても,2日足らずの間に17等星から2等星台にまで,約40万倍も明るくなって,肉眼でも容易に見ることができるようになりました。その,ホームズ彗星が,今年,また,地球に近づくのです。

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