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 開田高原を出て,国道19号線に入り北に向かい,木曽福島を過ぎさらに北に進み奈良井に近づくと,木祖村に入ります。この村のウリは「木曽川源流の里」です。
 私は小学校の低学年のころ,夏休みの自由研究で「木曽川を源流から河口まで」というのに取り組みました。とはいえ,実際に行くわけにも行かず,単に本で調べたことを書き写しただけのことでした。何せ,インターネットもなかった時代,調べるといっても百科事典からのパクリにすぎませんでした。
 もし,理解のある親なら,それでも,寝覚めの床などに,車がなければ電車で連れて行って,川の石の形状の違いくらいは実際に見てくることもできたのでしょうが,残念ながら私の親には,日ごろ勉強しろと言う割にはそんな興味も情熱もなかったので,完全に孤立無援でした。
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 子供のころに考えたことはいつまでも忘れないものです。車を走らせていて,木曽川源流の里という看板を見つけて,そうか,この村に木曽川の源流があったのか,と妙に感動しました。

 ところが,「木曽川源流の里」と村のウリをうたいはしてもそれだけのことで,そうした類の博物館への道案内があるわけでもなし,そこがどこなのかという目立った案内があるわけでもなしということで,私はがっかりしました。
 しかし,しばらく走っていくと,観光案内の大きな地図がありました。それを見ると,どうやら,木曽川は国道19号線を左折して西に,山を登っていったところに源流があるらしいことがわかりました。源流の近くに味噌川ダムというものがあって,そのダム湖の東側を道路が伸びていて,その先にある標高2446.6メートルの鉢盛山が木曽川の源流だということを知りました。
 そこで,味噌川ダムを目指して走っていきました。

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 味噌川ダムは木祖村の木曽川に建設された高さ140メートルのロックフィルダムです。洪水調節,不特定利水,上水道,工業用水,水力発電を目的とした水資源機構の多目的ダムで,ダム直下では利水放流水を利用して水力発電を行っています。この奥木曽発電所は最大4,800キロワットの電力を発生できる長野県企業局の発電所です。
 今は川は伊勢湾まですべてを木曽川とよぶのですが,かつては,鉢盛山から流れ出た小さな川が木祖村の小木曽というところで笹川と合流し,それを味噌川といいました。それは,古くは木曽川を「曽川」といったことから、源流地域では「未だ曽川でない」といういい方があり,それで「未曽川」といっていたらしいからですが,それがいつの間にか「味噌」の字になっていったということだそうです。
 そこで,このダムを味噌川ダムというわけです。
 ダム湖の名は奥木曽湖で,面積は1.4平方キロメートルあります。右岸にはダム管理所,左岸には「木曽川源流ふれあい館」という名前の味噌川ダム資料館があります。
 味噌川ダム建設によって水没した世帯はなかったものの,有数の木曽ヒノキの産地でもある木祖村のヒノキ林が水没することから,当時の木祖村長が補償をめぐって水資源開発公団や建設省,下流受益自治体と交渉し,愛知県,岐阜県から補助金を支出してもらうということで解決したのだそうです。
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 このダムの周囲は道路があるのですが,東側の道路は落石の危険があり,通行止めとなっていました。西側の道路のほうはダム湖に沿って先に進むことができて,奥木曽湖の先にはある奥木曽大橋までは自由に行くことができました。通行止めとなっている東側の道路のほうはそれを進むと木曽川の源流まで林道が通じているらしいのですが,許可がないと行くことができないということでした。
 「木曽川源流ふれあい館」に入ってみました。館内にはさまざなま展示があって,かつて木曽川源流にあった昔の碑の本物と木曽川源流の場所の写真もあって,興味深くそれを見ることができました。また,「木曽川源流ふれあい館」から先小高い山の上に展望台があって,そこまで車で行くことができました。展望台からは中央アルプスの峰々が見渡せ,ダムとダム湖である「奥木曽湖」を同時に一望できました。
 こうして,木曽川の源流はどこなのだろう,という子供のころの疑問が解決して,私はとてもうれしくなりました。

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