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 NHKFMの「名曲のたのしみ」は,1971年の4月から始まり,吉田秀和の死によって2012年12月で終了しました。今回,放送した内容が「名曲の楽しみ,吉田秀和」として,5巻にまとめられて出版されることになりました。その第1巻は「ピアニストききくらべ」。
 本にはCDが付属していますが,音楽は録音されていません。でも,生前にマイクの前で,朴訥と,しかし知性と愛情のある語り口で話された内容を改めて活字として読んでみると,心の中に,確実に,音楽が聞こえてきます。

 私は,この本に書かれたピアニストの幾人かの演奏を生で聞いたことがあります。
 アルゲリッチ,ムストネン,小菅優,河村尚子,ユンディ・リ,ユジャ・ワン。何事でもそうですが,その道に優れた人は,その個性が引き立っています。それぞれの人たちは確かにその人でしかありえない抜群の存在感があります。それぞれのピアニストの,その人にしか奏でられない音楽が,どうして,吉田秀和の手にかかると,その文章から,音としてよみがえってくるのでしょうか。

 たとえば,ムストネンのところには,
  ・・・・・・
  僕が特におもしろいと思うのは,音楽の解釈に自分の考えっていうものがはっきり出てるんですね。それでいてちっとも独断的にきこえなくて,歯切れのいいピアノをひいている。
  ・・・・・・
と書いてあります。

 それだけです。それだけであるのに,そのことばだけで,それを読んでいる頭の中に,ムストネンの,ピアノに向かう姿やら,そのときの音楽やらが,頭の中で,はっきりと姿を見せ始めるのです。
 この本を読んでいると,ああ,そうなんだ。人が生きているということは,こういうことなんだなあ,としみじみと感じます。また,ひとつ,大切な宝物を手に入れました。